2010年から昨年末まで、4年間の会長任期を終えてひと月、少々ほっとしている昨今です。任期中にむかえた最大のエポックはなんといっても、2012年9月に東京大学で開催した学会の創立100周年記念式典でしょう。会場となった安田講堂には国内外から来賓が出席し、数多くの祝辞を頂戴するとともに、午後には記念シンポジウムが開催されたのですが、式典冒頭の会長挨拶で学会の歴史を振り返るなか、この100年間、特に20世紀後半における日本鳥学会の加速度的な発展を懐かしくも鮮やかに思い出していました。いまや学会規模は1200人をこえ、学会の魂ともいえる学会誌は和英両誌が滞りなく定期刊行されているのはもちろんのこと、英文誌がインパクトファクターを獲得するなど、歴代の編集委員長には深く頭が下がる思いです。
このほかの100周年記念事業としては、東京大学総合博物館と国立科学博物館で記念展示が行われるとともに、日本鳥類目録第7版と鳥学会誌100周年記念特別号が刊行されました。また学会の直接事業ではありませんが、一般書籍として「鳥学の100年」が刊行されるなど、密度の高い100周年となったのですが、これらが心ある学会員の時間を惜しまない献身的な努力と協力の結晶であったことを忘れてはなりません。また、今後の鳥類目録の編纂との関連で、あらたに「鳥類分類委員会」が新設されたことは、学問的にも重要なことです。これら100周年を記念する諸事業の成功が、21世紀における日本鳥学会のさらなる発展の礎になることは間違いないでしょう。
しかし学会の発展とともに、その運営はかなり大変なものになりつつあります。会長を頂点とする評議員会制度は長年の歴史をもつものの、これを支える、古くは幹事制度、これに続く常任評議員会制度から、事務局長を実質的なポストプレイヤーとする現行の事務局システムまで、かなりの紆余曲折があったことを知る人もおられると思いますが、13代会長時代にはじまった事務局システムが10年あまりの歴史をへて、この4年間にほぼ確立したと考えています。ただし、このシステムが事務局スタッフにもたらす膨大な負担を軽減できなかったことには、会長として自らの非力を思い知るとともに、以下に述べることとあわせて改善の余地があります。
任期中には、会員管理をはじめとする事務作業と学会誌印刷の委託先を分離することにより、効率的な予算執行の実現に大いに貢献できました。いっぽう、東京事務所の設立を含む事務委託先の変更は、事務の効率化等において得るところが大きく、事務局システム発展の経過措置と位置づけられるものの、この変更にともなって事務量が一時的に大きく増大しました。しかし、事務局スタッフはこのような状況下においても学会運営の地道な改善に取り組み,会長と事務局の交代に先だって、より適切な委託先をみつけ、次期事務局に見事に引き継いでくれました。これにより現事務局スタッフの方々には必要な環境整備ができたと考えています。
さて任期中には、若手研究者を対象とする「黒田賞」が創設され、4名のすぐれた受賞者を輩出しました。また昨年、久々にアマチュア研究者を対象とする「内田奨学賞」の受賞者がでたことは喜びに堪えません。日本鳥学会の大多数をアマチュア研究者が占めていることは、昔から変わらぬことですし、アマチュアたちの有している熱意とすぐれたデータが日本鳥学会の宝だと考えるからです。黒田賞に関してはいずれ安定期に入っていくことでしょう。そして賞の価値はその時にこそ決まります。歴代受賞者がその時にどのような優れたプロフェッショナルに成長しているかで、賞自体が評価されるからです。選考をになう基金運営委員会が、学会の趨勢をみながら常に賢明な判断と選考をされるものと信じるところです。
ところで、申し添えねばならないことは、学会員一般には知られないところで、各種委員会委員やさまざまな役員・委員が目に見えない不断の努力を続けていることです。日本鳥学会の運営にかかわる努力はすべて「見返りを求めないボランティア精神」に基づいて行われています。それは、私どもが「学会の先輩・先人たちから受けてきた恩恵を後進に返すことが役割だ」という健全な精神を引き継いでいるからです。このことにおいて、日本鳥学会ほどすぐれた学会はないこと、そのことが日本鳥学会をなにより素晴らしい学会にしているのだ、ということを堅く信じるものです。
最後に、任期中に招致に成功し、学会として共催・支援するIOC2014(国際鳥類学会議)が8月に東京で開催されます。関係者のご努力は想像にあまりありますが、世界における日本の鳥類学の位置を肌で感じとる絶好の機会だと思います。私たち日本人は「世界に誇れる日本の国語」を駆使して、西洋諸国に劣らない優れた文化をもち、科学を行っていますが、その一方、英語を使わなくとも生活に困らない、という恵まれた環境におかれていることもあって、英語表現が不得意にならざるをえないという宿命を負っています。しかし、強調しておきたいのは、「大切なのは英会話ではない」ということです。世界の一流はそのようなことで、研究を評価しません。たどたどしい英語でもよい、外国人が考えもつかないようなオリジナルな研究発表を行えば、彼らの眼は、それらにくぎ付けになることでしょう(日本鳥学会誌63巻1号のフォーラム拙文も参照されたい)。IOCの成功を祈りたいと思います。
受付日 2014. 2. 3
新しい年の初めに、会員の皆様にご挨拶を申し上げます。新年にあたっての抱負と、学会改革への提案を述べさせていただきます。
若手の将来に関して、学会としてのさまざまなアクションを起こして行くべきと考えています。これが今、私がいちばん重要だと思っていることです。ここ数年で、私も含め、定年で大学を去る研究者が続き、鳥の研究で学位を取れる大学が減って行きます。若い人たちが鳥の研究で学位を取って、日本の鳥学レベルを質量ともに高めて行かなければ鳥学の未来は広がりません。
私が学生の頃、「鳥なんかやっていても就職ないよ」と、よく言われました。今はどうでしょう。やっぱり「しんどいかも・・・」くらいは言われるかもしれませんが、まわりを見渡してみると、けっこう“鳥でメシを食っている”人が出始めているのではありませんか?たとえば現在,日本には鳥に関わるさまざまなNPOがあります。どのNPOもがんばっていい活動をしていると思います。その活動を大学で鳥や他の生き物の生態学、環境保全を専門に学んできた若い人たちが支えています。またアセス関連の仕事も増えて、「アセスメントはアワスメント」などと言われた一昔前に比べると、コンサルタント業界もそれなりのコンプライアンスが求められるようになり、自然保護の意識を持った、鳥好きの若い人たちの働ける職場も広がって来ています。しかしこれらの職場で若い人たちにその努力に見合う待遇が保証されているかというとまだまだだなと思います。若い人たちが希望をくじかれずに誇りをもって働ける職場であるかどうかは、若い人たちがその組織の中で、がんばっていい仕事をし、仲間の信頼を得ていく中で改善していくべき課題ではありますが、鳥学会としてもいろんな援護射撃が出来ると思います。鳥の研究に興味を持つ若い人たちの将来と選択肢を広げるために、日本鳥学会は社会のあらゆる場面を俊敏にとらえて、若い人たちが「鳥でメシが食える」環境作りをして行く活動をするべきだと思います。とくに社会のさまざまな部署で指導的な立場にある会員の皆様、どうか力をお貸しください。
これに関連して、学会の会則のいくつかを見直したいと思います。日本鳥学会の会則は、基本的に大きな問題はないと思いますが、評議員の任期や選挙の規定、会員制度などにまだ少し現状に合わない項目が散見されます。会則の改正は、がんばっている若手会員の声が学会運営に反映されるようなシステムを制度の面から保証することが目的です。これらについて、新しい評議員会でしっかり議論して、次の世代に引き継いでいけるような改正提案を行ないたいと思います。
最後に、なんと言っても今年8月の国際鳥類学会議の成功が、私たちに課された当面のいちばん大きな仕事だと思います。会員の皆様のバックアップ(なによりもご参加を)をよろしくお願いします。
2014年元旦
日本鳥学会会長
上田恵介
受付日 2014. 1. 3
鳥の学校-テーマ別講習会-では、鳥学会員および会員外の専門家を講師として迎え、会員のレベルアップに役立つ講演や実習を行っています。
第6回は「安定同位体比分析入門」をテーマとして、2013年度大会の翌日(9月17日)、名城大学天白キャンパスにおいて行われました。講師は、名城大学の橋本啓史氏と風間健太郎氏、国立極地研究所の伊藤元裕氏、滋賀県立琵琶湖博物館の亀田佳代子氏にお願いし、参加者は23名でした。
まずは、会場にて企画委員の川上和人氏の趣旨説明のあと、橋本氏と風間氏から分析手順の簡単な説明を受けました。その後、同キャンパス内の徒歩で5分ほどの別棟実験室へ移動して、実際にサンプルの計量や、スズ箔へのカプセル詰などの作業や分析機器の見学と詳しい説明があり、参加者は、具体的な作業工程を理解することができたようでした。再び会場に戻り、伊藤氏から安定同位体分析の原理・サンプル処理と費用について講義を受け、午前の部が終了しました。
昼食をはさんで、亀田氏から同位体を用いた生態学・環境学研究の過去・現在・未来について講義をしていただきました。講義後、午前中の分析結果が紹介され、出力結果の入出力や集計方法、グラフ化などについて風間氏から説明を受けたのち、1時間ほど質疑応答が活発に行われました。
鳥の学校の公式行事のあと、引き続き同会場にて茶話会が開催され、多くの受講者が参加し、鳥の学校の時間では聞けなかったことなどが議論され、さらに理解を深めることができたようでした。
写真1:安定同位体比分析を行う機器について説明をする風間講師。普段見ることがない内部構造についての詳しい解説があった。 |
写真2:分析資料をスズ箔カプセルにセットしたものを閲覧する受講生。資料の計量やカプセル詰などの作業も見学した。 |
写真3:講義をする伊藤講師。安定同位体分析の原理・サンプル処理と費用についての説明を受けた。 |
写真4:講義をする亀田講師。同位体を用いた生態学・環境学研究の過去・現在・未来についての説明を受けた。 |
写真5:会場と質疑応答の様子。活発な質疑応答があった。 |
参加者からは、「具体的な内容が多く、わかりやすかった」「概略の説明と実験見学、実例紹介があってわかりやすかった」「原理と実践を丁寧に聞けて満足」等の感想がありました。少数の方から「難しかった」「経費の面で実際に実験するのは厳しい」という感想も寄せられましたが、「応用の利く技術なので、アイディア次第でとても役立ちそう」「研究に役立ちそう」等、皆さん熱心に受講されていました。
鳥の学校-テーマ別講習会-は、今後も大会に接続した日程で、さまざまなテーマで開催していく予定です。2014年度は、IOC(国際鳥類学会議)と日本鳥学会大会とが並行開催され、日程調整等が難しいため休校することを予定しています。案内は、学会ホームページや学会誌に掲載します。
受付日 2013.12.20
「安定同位体比分析」と聞くとなんだか難しそうで敬遠する会員もいるかもしれませんが、原理は簡単です。20年以上前から生態学分野で使われ、応用範囲がどんどん広がっています。ちなみに、この技術を生態学に持ち込んだ和田英太郎京都大学名誉教授は、「安定同位体生態学」を切り拓いたことが評価されて2009年に日本生態学会賞を受賞されています。数えてはいませんが、鳥学会大会の発表でもこの技術を使ったものが年々増えている気がします。
かくいう私は、自分ではやったことがありません(ガクッ)。ただ、2年前に修了した院生が、コブハクチョウがどれぐらい給餌に依存しているかを安定同位体比で調べたことがあり、思いのほか(!)使えそうだとわかりました。その学生のときには、名城大学で高価な分析装置を使わせてもらっただけでなく、試料の前処理から宿泊まで全面的に面倒を見てもらいました。今回その名城大学での鳥の学校ということで、自分でできるように、いや、せめて指導できるようになりたいと、50の手習いを決意したしだいです。
講習は、橋本さんと風間さんから分析手順の簡単な説明を受けたあと、さっそく実験室へ移動して分析機器の見学。サンプルを計量して直径数ミリほどのスズカプセルに包み込む調製と機械へのセッティングを見せてもらいました。ここまでをていねいに(かつすばやく)できるかどうかが効率よく分析するための一つの鍵のようです。
機械はさして大きなものではありませんでしたが、本体(質量分析計)だけで数千万円するうえ、ガス配管や空調設備、超精密天秤なども必要です。メンテナンスにも毎年百万単位の経費がかかるそうで、個人はもちろん、小さな組織では購入も維持もとても無理そうです。民間企業への外注も可能ですが、単価が相当高くなります。ある程度の量を分析するなら、名城大学のようにすでに所有している機関にお願いするのが現実的でしょう。経費や条件は交渉しだいということのようですが、応分の負担はすべきでしょう(反省しきり・・・)。
先に分析機器を見せてもらったのは、サンプルをセットしてから結果が出るまでに数時間かかるからです。その間に、安定同位体比分析の原理や応用分野、実例などを国立極地研の伊藤さんと琵琶湖博物館の亀田さんが紹介してくれました。どちらもしっかり準備してくれていて、わかりやすくてとても勉強になりました。
講義のあとには今日の分析結果が披露され、出力結果をエクセルに取り込んで集計するさいのポイントなどを風間さんが解説してくれました。さらに、講師陣全員対応で1時間ほど質疑応答の時間を設けていただき、素朴な質問から具体的なノウハウまでたくさんの質問が出て、これまた非常に有益でした。
公式イベントの終了後、お茶菓子をつまみながらの茶話会が開かれ、企画委員の川上さんが小笠原の海鳥2種の本物のデータを用意してくれ、その安定同位体比の「なぞ」について楽しく議論しました。川上さんの意図かどうかわかりませんが、安定同位体比を分析することで新たな設問や仮説が生まれることがイメージできたのではないでしょうか。自己紹介をしてからもさらに会話が続いたようですが、私は途中で失礼しました。
欲をいえば、少人数の班編成でサンプルの前処理や簡単な解析などを経験できればさらによかったかもしれません。そのあたりは、学生や研究者限定になってしまいますが、京都大学生態研センターで行っている研修(ワークショップ)などで補うことができそうです。具体的なノウハウは材料などでも違ってくるので、あとは実際にやってみたほうが早いという面もあるでしょう。
鳥の学校には初参加でしたが、個人的には今回の大会中で一番充実した時間でした。大学教員という立場上、ふだんは教える側にいるわけですが、教えてもらう側になって感じるところもいろいろありましたし、学ぶ楽しさも改めて感じることができました。
私の結論は、1)安定同位体比は使える技術、使うべき技術である、2)すでに分析機器が整備されている機関と共同研究すべし、3)意味のある結論を導くには安定同位体比以外の情報収集も大事、といったところでしょうか。
進行役を務めてくださった橋本先生をはじめとする名城大学のスタッフや講師の皆様、企画委員の皆様には心から感謝します。
受付日 2013.12.20
名城大学で開催された日本鳥学会2013年度大会の後に行われた今回の鳥の学校のテーマは「安定同位体比分析」でした。自分の研究でも、ちょうどスズメの雛の羽毛を用いて炭素と窒素の安定同位体比分析を行っていた(といってもほぼ初心者の)私にとって、今回の鳥の学校は、その分野の研究者がどのように作業をすすめているのかを、実際に見たり聞いたりすることが出来る貴重な機会だと思いましたので、迷わず参加しました。
生き物の体は炭素、窒素、水素、酸素をはじめとした様々な元素から構成されています。安定同位体比分析では、試料に含まれる分析対象の元素について、安定同位体との存在比率を計測することで、その生き物がどのような物質循環の流れの中にいるかを推測することが出来ます。それぞれの元素が反映する特徴は異なっており、生態学では、炭素と窒素の同位体比を用いた食物網解析や、水素の同位体比を用いた繁殖地や越冬地の解明などが良く知られています。私が最初に出会った安定同位体比分析の研究も、Bicknell’s Thrushの繁殖地と越冬地の関連性を扱ったもの(Hobson et al. 2001)でした。小さな鳥の羽毛を用いて、目で見えない壮大なスケールでの鳥の渡りを解明した研究に衝撃を受けたことを覚えています。・・・ちなみに、他の分野、例えば食品関連では、肉や米、ウナギなどの産地判別の指標としても使われています。
基礎知識はあったものの、ほぼ初心者の私にとって、亀田佳代子さんの安定同位体比分析を用いた研究の過去から最近までの動向についてのわかりやすい概説は大変ためになりました。また、伊藤元裕さんの分析試料の事前処理の説明では、試料を粉末にする際の、鳥の羽の羽軸など堅い部分を乳鉢ですり潰す作業はすごく大変だ、といったお話には、そうそう…昆虫の外骨格も大変なんだよね…と自分の研究が思い出されて共感を覚え、回転率や濃縮係数を算出するためにウトウを実際に飼育したというお話しには、心から感嘆しました。また、名城大学の分析機器を実際に見学した際に風間健太郎さんからいただいた説明や、橋本啓史さんによる粉末試料の錫カップ詰めの実演もとても興味深いものでした。
ちなみに、錫カップ詰めというのは、名前の通りですが、粉末状にした試料を分析機器にかけるために錫カップ(カプセル?)に詰める手作業です。用いる試料のタイプ(羽毛か、土壌か、など)によってサイズは異なりますが、おおよそ直径0.5cm、高さ1cm程度の錫カップに、これまた試料タイプによって使う量は異なりますが、0.01gといった小数点以下第二位もしくは三位の値を調整するようなわずかな量の試料を詰めるのです。それを試料がこぼれないようにきれいに丸めます。試料を入れる錫カップに直接手で触れることはできないので、ピンセット等を用いての神経を使う作業です。自分の作業を思い返すと、慣れないうちは(慣れても?)1つの錫カップを丸めるのに、数分かかったような気がします…根気が必要ですね。こうしてできた分析試料は、いよいよ機械で分析されるわけですが、分析にかかる時間は試料1個につき、おおよそ8分。30個の試料を分析するとすれば、少なくとも4時間はかかることになります。名城大学の分析機器は、1つの試料から、窒素と炭素を同時に計測できるタイプのもので、それ以外に水素の分析も可能なようでした。また、測定結果に対する標準物質を用いた数値補正も自動で行われるとのことで、機器の質の高さや便利さに大変驚きました。
安定同位体比分析に使用する機器は大変高いものですし、分析時の消耗品や、維持費を考えると、新たに機器を導入して研究をスタートさせよう! と気軽にいえるものではありませんが、研究に取り組みたい人には、環境の整った施設を持つ機関と共同研究(利用)をするという選択肢があるので(心強いですね!)、相談してみると良いと思います。
自分のことを振り返ってみると、安定同位体比分析の論文を初めて読んだ当時は、化学的な分析になじみがなかったので、憧れつつもどこか遠い技術のように感じられていました。数年後、弘前大学の東信行先生との共同研究が実現し、知識を持った学生さんに助けていただきながら、実際に自分で分析するまでに至りましたが、そうでなければまだ憧れのままだったかもしれません。また、近年では、微量元素分析を用いて高い精度で繁殖地を判別する研究なども鳥の分野で目にするようになってきました。安定同位体比分析と異なる複数の方法を用いることで、得たい情報の分析精度が向上する期待が膨らみます。
機器の見学や講師の方々のお話の後には、川上和人さんが持ち込んだデータをもとに、分析結果の解釈についての議論もなされました。その内容も含め、今回の鳥の学校では、安定同位体比の有用性や今後の可能性について多くを学ぶことが出来ました。お世話になった講師の皆様と鳥学会企画委員会の方々に心より感謝申し上げます。
本文中の文献: Hobson, K.A., McFarland, K.P., Wassenaar, L.I., Rimmer, C.C. & Goetz, J.E. 2001. Linking breeding and wintering grounds of Bicknell's thrushes using stable isotope analyses of feathers. Auk 118: 16–23.
受付日 2013.12.20
本には、横書きと縦書きがある。残念ながら斜め書きは見たことがないが、一般に横書きは専門書、縦書きは一般書である。横書きの研究成果を縦書きに変換し、成果を広く普及することは、研究者の責務の一つである。
このところ、鳥学会員が書いたカラスとスズメと恐竜の本が本屋で目立っている。著者が言うのだから、間違いない。これらの本は一般向けに親しみやすいと同時に、最新の研究成果が盛り込まれ、研究者にも楽しめる内容となっている。著者が言うのだから、もちろん間違いない。
なぜ本を書くのか?
それは、鳥とその研究のおもしろさを知ってもらいたいからだ。そこで3人の著者自身により、これらの本を紹介したい。これがきっかけとなり、各分野の成果に興味を持っていただければ、幸甚の至りである。
「カラスの教科書」
著者:松原始
出版:雷鳥社
価格:1680円
カラスほど身近で、かつ話題の豊富な鳥はない。だが同時に、研究という面では「生活史はごくフツーに見えるのに、妙に調べにくい」という鳥でもある。なのに何故、カラス。
だが待ってほしい。仮に大発見にも保全にも繋がらなかったとしても、「単純に面白い」「知らないことが身近に転がっている」のは研究の出発点ではないのか。あるいは、カラスとの共存ができずして、自然との共生を「我が身の事」として考えることができるのか。今、この愛すべき嫌われ者を通して、一般読者にもそう問いたい。そして、カラスだって調べて行けば意外な発見が出て来るのだ。例えば餌認知。例えば微小進化。例えば音声コミュニケーション… いや、科学者がこんな事を言ってはいけないが、堅苦しい小理屈など不要。見ている事の楽しさこそカラス研究の証しである。その楽しさを全ての読者に知ってほしい、「カラスって面白いんだよ」とあまねく全ての人に伝えたい。如何ほどの言い訳が残っていようとも、それは既に形骸である。この本のテーマは、敢えて言おう、カラスであると!
(松原始 東京大学総合研究博物館・特任助教)
「スズメの謎: 身近な野鳥が減っている!?」
著者:三上修
出版:誠文堂新光社
価格:1575円
この場所は書きにくい。場所とは、3名による自著の紹介の真ん中に位置していることだ。上の人は本人がそもそも素で面白いし、下の人は、どんなものでも面白くしてしまう技術を持っている。
本の内容を比べても、この2冊の間に挟まれるのは厳しいものがある。だいたい、スズメがカラスに敵うわけがない。恐竜には言わずもがなだ。それに、3人並んだ時は、一人目が踏み台にされて、二人目は突き殺されるというのが、我々の世代の共通認識だ。
私の書いた本にアドバンテージがあるとすれば、「堅い」ことだ。この本は、私がやったスズメの研究を通して、世界を科学的にみる楽しさを伝えようとしたものである。中高生でも読んでもらえるように書いたつもりで、おかげさまで、2013年、中学生向けの夏休みの推薦図書に選定していただいた。が、中学生にすらすら読めるかといえば、難しいところもある。それもいいと思う。大人の階段をのぼった後に、「あれはこういうことだったのか」と、いつの日か想う時がくることが本を読む楽しさでもあるからだ。これを読んだ若い人のうち一人でもいいから、鳥の研究者を目指してくれれば、もうそれだけで雀躍ものだ!
(三上修 岩手医科大学・講師)
「鳥類学者 無謀にも 恐竜を語る」
著者:川上和人
出版:技術評論社
価格:1,974円
多くの学会員には、恐竜は学問的興味の外かもしれない。しかし、恐竜が鳥だとしたらどうだろう。最近の研究は、鳥類が恐竜の生き残りであることを示している。次々に見つかる羽毛恐竜のニュースを、誰しも一度は目にしたことがあるはずだ。
それなら鳥は恐竜の面影を残しているにちがいない。鳥類の知見を総動員すれば、恐竜の生活の復元も夢ではない。そして、恐竜との類縁は鳥類の進化を見直す材料にもなるはずだ。なにしろ、羽毛、二足歩行、叉骨、気嚢などの鳥の特徴は、恐竜時代に備わったものなのである。
この本では、鳥と恐竜の関係について概観し、最近の研究に基づき恐竜の生活の推定を試みた。もしかしたら、恐竜も鳥のように求愛し、渡り、種子散布していたかもしれない。無論、していなかったかもしれない。いずれにせよ、未知の事象について想像を巡らせるのは、研究者の得意技だ。見たことがないという点では、野生のペンギンも恐竜も似たようなものなので、そう難しいことではない。
近い将来「鳥は恐竜」は常識になり、鳥類学者は恐竜の問い合わせの矢面に立たされる。その時うろたえないよう、今から恐竜の勉強を始めておきたいものである。
(川上和人 森林総合研究所・主任研究員)
受付日 2013.10.30
立教大学上田研究室のメンバーと共に、本年度の調査にアシスタントとして参加している阿部仁美です。私の参加を快諾して下さった上田恵介先生はじめ、皆様方に日々感謝しながら、アシスタントとして調査をしております。日々の調査は、調査メンバーが調査地内を巡回し、研究対象種(ワピピ)のアラームコールや巣材運びなどを確認した場所を重点的に探しており、これまで順調に巣が見つかっています。調査研究のことは他のメンバーに執筆を譲り、私はニューカレドニアで日々起こった出来事をお伝えします。
まず印象に残っているのは入国3日目の朝の事です。“これは何が起こっているんだ!?”というメンバーの一人の叫び声がリビングに届きました。駆けつけてみると、家のブレーカーから火の手が上がっており、家の壁が燃え上がっていました。ブレーカーがバン、バン、と音を立てて、電流と火花を散らせながら燃え上がっており、水をかけてよいものなのかもわからず、調査メンバーは慌てふためくばかりでした。中心メンバーの佐藤さんの指示で私は借住のオーナーを呼びに走りました。そして、息を切らせながら丘の上にあるオーナーの家にたどり着くと、フランス語がちっともわからない私は身振り手振りで必死にオーナーに家が燃えていることを伝えました。何故か話をすぐに話を理解してくれたオーナーは、ビーチサンダルを履いているとは思えない速度と両手を挙げたままの姿勢で丘を駆け降り、私をおいて家まで爆走していきました。
私がオーナーに遅れることしばらくして家にたどり着いた時には、消火していたものの、部屋中に煙が充満しており、タオルでマスクをした調査メンバーが、憔悴しきった様子でこちらを一斉に振り向きました。そのシュールな状況下に思わず笑ってしまいました。難が去った状況を理解したオーナーは、とても素敵な笑顔で対応してくれて、この後我々の調査地の事務所で「今日家が燃えたんだよ」と、とびきり素敵な笑顔で同僚に語っていました。同僚もそれを聞いて笑っており、少々のアクシデントには動じない、この国の大らかさを肌で感じました。
この出来事は調査に出発する直前に起こったことです。実はこの日、調査メンバーが寝坊したために家を出発する時刻を遅らせたのですが、もし寝坊をしていなければ私たちの家は全焼していたと思われます。たまには寝坊も必要ということでしょうか。
次に印象深かった出来事は、ニューカレドニア調査団最大の危機ともいえる食あたりです。最初に症状が出たのは、現地時間で10月21日午前2時、調査アシスタントの一人で、続いて私も起床し嘔吐しました。これはデング熱の初期症状か、はたまた鼠がよくでるためコレラの類か、他の媒介性の病気か、ストレスかと不安になっていました。しかし、次々と調査メンバーが吐き気をもよおして起きてきました。最終的にベジタリアンで、1人野菜中心の食生活を続けているメンバー以外の調査メンバーが夜のうちに起きては悶え苦しみ始めました。原因はおそらく前夜に食した冷凍のジャーマンポテトに含まれていたソラニンだと思われます。翌朝改めて調査メンバーの体調を確認し、21日に予定されていた調査はそのすべてを中止せざるをえませんでした。
調理を担当していたのは私を含め二人でしたが、これまで食あたりの経験などがなかったため、不謹慎ながら自他ともに面白いと少しだけ笑ってしまいました。ちなみに、この状況下でもオーナーは笑っており、日本との風土の違いを感じました。調理を担当した私は何故か朝には回復し、他のメンバーが倒れている中1人家の周りで巣を捜し、さらには3食しっかり食べていまいました。そのため直後から私の陰謀説が浮上しました。しかしながら“違います!”とここでもはっきりと主張させていただきます。1日休まざるを得なかった調査メンバーの体調は、翌日にはいくらか回復し、重要なデータが得られそうであるとのことで主要メンバーは調査に向かいました。全回復していないメンバーを見送るのは忍びないものがありましたが、研究の為なら無理をしてもデータを取る!と立ちあがったメンバーを心から尊敬しました。日々の調査メンバーの健康・危険管理は、中心メンバーによりしっかりと考慮されており、この出来事は調査開始3年目にして初めてかつ最大の危機であったといえます。先輩曰く「他人の作った料理は信用するな」とのことです(作った側としては大変申し訳なく思っています)。読者のみなさんも海外で調査する際は、他人の料理には、どうぞお気をつけてください。
この調査が始まってから約3週間、思いもよらない出来事により調査が遅れる場合があります。この生活の中で尊敬すべき事は、このような状況に対しても分析と考察を怠らない調査メンバーの態度だと私は思います。そして、何が起きても楽しむことを忘れないハートを持っている調査メンバー全員が、より調査生活を魅力的にしてくれています。“二度あることは三度ある“ということで、この調査中まだ一つくらいは全調査メンバー共通の大きな出来事があるかもしれません。しかし、たとえこのような出来事があったとしても、ニューカレドニア調査団メンバーは日々何かを発見し、笑いながら調査生活を送っています。皆さま、どうぞこれからも応援宜しくお願いいたします。次回は世界でも数か所でしか観られないカグーを観ることができる、ニューカレドニアの動物園の話をお伝えできればと思います。
受付日 2013.11.11
2011年某月某日、私は聴衆として、立教大学の上田研究室で行われている鳥ゼミに参加しました。その鳥ゼミでは立教大学の佐藤さんを中心としたニューカレドニアで研究をしていた方々が前年のニューカレドニアでの調査結果について発表されていました。当時の私は学部2年生で、右も左も分からず、日常会話のように繰り広げられるディスカッションを聴いて、圧倒されたのを覚えています。そして、スライドに映し出されるニューカレドニアの鳥、虫、景色、や調査風景などを見て私は胸をときめかせ、いつかこのような素晴らしい環境で研究してみたいという想いにかられていました。
それから2年後の今、私はニューカレドニアでリサーチアシスタントとして本調査に参加しています。これまで鳥の巣探しをした経験がなかったため、野外でカレドニアセンニョムシクイの巣を探す日々は新鮮で刺激的です。また、ニューカレドニアの至る所で見られる様々な色彩・形態をもつ鳥たちも私の調査生活に彩りを添えてくれています。けれども魅力的なのは調査や鳥類だけではありません。南国の島で多様な形態をもつ動物・・・そう虫です!
ある日の夜、調査地の巨大シダ公園で蛾の観察会がありました。正直なところ私はあまり虫が好きではないので、現場に向かう車の中で、戦々恐々としていました。車から降り、心の不安を隠しつつ暗闇の中を懐中電灯の明かりをたよりに進むと、そこは虫のテーマパークの様でした。見渡す限り蛾・蛾・蛾。大人も子供も無邪気に蛾と戯れていました。いつのまにか調査メンバーのFelixもその中にいるではありませんか。彼はとても虫が好きらしく大はしゃぎです(写真1)。私もいつの間にか虫が苦手な事を忘れて辺りを飛び回る蛾にみとれていました。さすがに服の中や首筋にまで蛾が飛んで来た時には内心穏やかでなかったですが。(写真2)
この蛾の観察会では、仕事の合間に趣味として昆虫の生活史の研究と新種の記載のために虫の観察をされている方が、親切にも英語で虫の解説をしてくれました。口吻を守るため特殊な形態をもつ蛾がいること(写真3)、とても長い口吻をもつ蛾がいること(写真4)、花と蛾が1対1の共進化をしているものがあることなどです。そのおじさんが言うには、ニューカレドニアのある種の昆虫においてはその科に含まれる全種がニューカレドニアの固有種だそうです。
2年越しの夢が叶って派遣していただいた私ですが、私の想像以上にニューカレドニアにはわくわく・どきどきが詰まっていました。ダーウィンはマダガスカル島で長い距をもつランを見て、ランと長い距をもつ昆虫がいるはずであると予言しました。彼の死後、ランの距と同じくらいの長さの口吻をもつキサントパンスズメガ(Xanthopan morgani predicta)が発見されました。もしかしたら、ニューカレドニアにはダーウィンが考えもしなかった共進化が見つかるかもしれません。次はどんな生き物に出会えるのでしょうか。今から楽しみでなりません!
写真1:(Parc des Grandes Fougeresにて 撮影:岡久雄二) 大好きな昆虫と思う存分触れ合えて、幸せそうなFelix |
写真2:(Parc des Grandes Fougeresにて 撮影:岡久雄二) 白い布には数えきれないほどの蛾がとまっていました。 |
写真3:(Parc des Grandes Fougeresにて 撮影:佐藤望) 触覚と触覚の間の突起物とその周辺は口吻を守るためのものだそうです。 |
写真4:(Parc des Grandes Fougeresにて 撮影:岡久雄二) 畳まれた口吻を引き延ばすとこのような長さになる蛾がいました。 |
受付日 2013.11.11
編集後記:今号は8本の記事をお届けしました。記事の数としては近年に無い充実したものになったと思います。執筆していただいた方、大変ありがとうございました。連載ニューカレドニア通信は今号の(9)をもって最後となります。記事をとりまとめていただいた佐藤さんをはじめとしてニューカレドニアの研究グループに感謝します。
江崎前会長には学会会長という重責を4年間担われたことに対し改めて感謝申し上げます。今後も新会長の下で鳥学会がさらに発展することを期待しましょう。
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鳥学通信 No.42 (2014年2月13日) 編集・電子出版:日本鳥学会広報委員会 和田 岳(編集長)、高須夫悟(副編集長) 天野達也、東條一史、時田賢一、百瀬浩
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