鳥類のコミュニケーションにおける近い・遠い、大きい・小さい

ユージン・モートン

 コミュニケーションは他の動物とはち合わせてしまう危険を冒さずして他の動物の行動を制御するという機能をもつ。したがってコミュニケーションはしばしば資源をめぐる争いの代用となる。コミュニケーションはまた、メスによってつがい相手となる可能性のあるオスの資質を判定する際にも用いられる。コミュニケーションは、動物どうしの距離によって異なる淘汰圧にさらされている。この講演では、近距離におけるコミュニケーションと遠距離におけるコミュニケーションとを個別に扱う。
 近距離におけるコミュニケーションでは、直接物理的な闘争に至る危険性が高いが、環境による音響構造の変化はあまり重要ではない。近距離における動物のコミュニケーションは両生類にその萌芽を見出すことが出来る。カエルは、成熟に至った後にも身体的成長が続くという点で、鳥類・哺乳類と異なる。したがって、体の大きさが異なるいろいろな個体が、コールを発する場所を巡って争うことになる。共鳴特性上
、大きな個体であればあるほど、低いピッチのコールを出すことができる。
 また、カエルに限ったことではないが、大きな個体であるほど直接闘争になると有利になる。実験によれば、より大きな個体ほど低い鳴き声を出すことができ、低い声を出すだけで小さな個体を追い払うことができることがわかっている。さらに、メスは大きなオスの出す低いピッチのコールに引き寄せられる。換言すれば、メスは大きなオス個体を好むことで、長命と繋がる優良遺伝子を保持する個体を選択しているのである。両生類の研究からわかることは、低いピッチのコールは同性には威圧的であり異性には魅力的であるということだ。では、鳥類において体の大きさと音の高さはどのように関係するだろうか?
 鳥類と哺乳類においては、近距離における鳴き声は、前述の両生類のコミュニケーションシステムに起源を持つ動機情報を含んでいる。ピッチが低くざらざらした感じのする音声は、何らかの資源を獲得しようとする鳥によって発せられる。そのような音を発する鳥は、他の鳥を追い払おうとして、より大きな個体であるかのような音声を発するのである。いっぽう、鳥が高いピッチでより純音に近い音声を使うとき、その個体は他の個体をそばに引き寄せそこに留まらせようとしている。その鳥は、自分が恐れるべき対象でないことを伝え他の鳥と協調しようとするため、小さい個体であるかのような音声を発するのである。私は以上のことを「動機−構造規則」モデルとよぶ。講演では、図解を用いて音の構造と機能の関係を論じる。体の大きさと動機が鳴き声の音の高さを媒介にして関係し、またその関係が体の大きさと他を威圧する能力と関係することを理解してほしい。
 鳥の歌のような、長距離にわたって用いられる音声については事情がまったく異なる。その音が伝える動機内容は、実際には近くにいるのではないのに近くにいるかのように聞こえるようにすることに比べてたいして重要ではない。私はここで、どのように鳥たちがお互いの間の距離を判断するのかを説明する「伝達距離理論」について議論する。鳥類は、短い時間間隔で生ずる事象を聞き分ける能力を用いて、人間より
より正確に距離を判断する。鳥は、ソナグラム上ではもやもやした感じにしか見えな
いような木の幹からの反響音さえ聞き取ることができる。したがって、音源が近くにあるように他者に思わせるためには、鳥の歌は長距離にわたり減衰せずに伝播しなければならない。ここで減衰とは、音源から離れることで生ずる変化のことで、反響、周波数構成、振幅特性などの変化を含み、単に強度が弱くなっていくことではない。鳴禽類における歌の学習、レパートリー、方言などの鳥の歌の諸特徴と、距離の知覚と伝達距離の問題を議論するつもりである。最後に、ここで講演する機会を与えて下さったシンポジウムの企画者に感謝します。

(岡ノ谷一夫,訳)