日本鳥学会創立90周年記念  公開シンポジウム

野生生物の保全に挑む行動学

藤田 剛 (東京大学・農・生物多様性科学研究室)
永田尚志 (国立環境研究所・生物多様性プロジェクト)

近年,行動学の成果を野生生物の保全に応用する試みが,ヨーロッパを始めさまざまな地域で盛んになり始めている.そして,これらの先駆的な研究の中には,鳥の保全を目的にしたものが数多く含まれている.しかし,残念なことに日本国内では,鳥の研究に限らずこの視点を踏まえた研究を進めている研究者はほとんどいない.また,実際の保全活動でも,動物の社会や行動に関する知見はほとんど無視されているのが現状である.
 私たちは,このシンポジウムをとおしてこれら行動学的な試みが,野生動物の保全にとってなぜ重要なのか,そしてどのように役立てられるのかを,広く示したいと考えている.

I. はじめに

保全生物学の中の行動学 -行動学や行動生態学を保全に応用することの意義-
Behavioral studies and conservation biology: How can we apply ethology and behavioral ecology to answer conservation questions?

藤田 剛 (東京大学・農・生物多様性科学研究室)

 行動学 (ここでは,エソロジーと行動生態学のこと) を野生生物保全へ積極的に応用しようとする試みは,ここ10年足らずのあいだに始まったばかりである.それ以前から個体の採食メニューや生息地利用など,基礎的な行動データが保全活動に使われることは多かった.しかし,たとえば,この20-30年で急成長した行動進化に関する理論・実証研究の成果を,積極的に保全に活用する試みはほとんど無かった.
行動学が保全生物学にとって,個体群生態学や群集生態学,集団遺伝学などに比べても重要度の高いものなのかどうかは,議論の分かれるところである.しかし,少なくとも以下の点で,行動学が保全活動に役立つ可能性が高いとされている.
 繁殖システムなどに関わる行動は個体群の動態,遺伝的構造に影響を与える.とくに,配偶者の選り好みが顕著だったり,一時的に繁殖をやめヘルパーになる個体がいたりする場合などに,その影響は強くなると予想される.このような個体群の絶滅を防ぐためには,その繁殖システムなどに関する実証データや理論研究の成果が重要になる.同様に,農作物などの被害を出す種を保全しながら,かつその被害を恒久的に防ぐためには,対象種の採食戦略などを明らかにすること,採食理論などの研究成果を応用することが重要になるだろう.
 技術的な点でも,行動学は保全活動に重要な役割をはたすことができる.たとえば,人工繁殖した希少種の再移入を行う場合,個体がどのように配偶者や食物の選択の仕方,捕食者から逃れる行動を習得しているのか,その学習プロセスに社会的な相互作用がどう関わっているのかなどを明らかにすることが,その移入計画を成功させる鍵になる場合もある.
 ここでは,これら行動学が特に有効だと考えられている保全上の問題をより詳しく整理したい.また,これらの応用で重要になるいくつかの行動学上の理論についても短く紹介する予定である.

II. 海外での取り組み

希少鳥類セーシェルヨシキリに見られる生涯繁殖成功度を上げるのための適応戦略
Adaptive strategies to increase lifetime fitness in the Seychelles warbler

Jan Komdeur (Zoological Laboratory, University of Groningen, Netherlands)

Increased inclusive fitness has been suggested as the driving force behind the evolution of helpers in cooperatively breeding. However, few studies have investigated the fitness benefits that accrued to parents and their helpers. Until 1988, the entire world population of Seychelles warblers, Acrocephalus sechellensis, was confined to Cousin Island (29 ha). The warblers occupy long-term territories, which differ in quality in terms of available insect prey. Due to intense competition most young remain on their natal territory. Helpers are mainly females, which increase their lifetime reproductive success through parental experience and joint-nesting benefits.
Having helpers around is costly for parents inhabiting poor territories, but is beneficial to those inhabiting rich territories. Breeding pairs maximized their inclusive fitness by modifying the sex ratio of the single egg towards sons when breeding on poor territories and towards daughters when breeding on rich territories. By inducing females to lay two-egg clutches it was demonstrated that sex ratio adjustment was achieved through pre-ovulation control.

鳥類保全に関わる行動学的問題
−ニュージーランドでの希少個体群移入プログラムを事例に−
Behavioral issues in avian conservation: Case studies from translocations in New Zealand

Johanna P. Pierre (東京大学・農・生物多様性科学研究室)

Translocations are an important component of species recovery programs, for both birds and other animals in New Zealand and abroad. The outcome of translocations, and consequently the success of species conservation programs, is influenced by the behavior of relocated individuals. I will review post-release behavior of two translocated bird species ((saddleback (Philesturnus carunculatus) and stitchbird (Notiomystis cincta)). Further, as an example of translocations designed to include testing hypotheses concerning behavior, I will examine the effects of pre-release familiarity on translocated New Zealand robins (Petroica australis) and saddlebacks. Both saddlebacks and stitchbirds dispersed widely after translocation. Although the provision of food affected foraging behavior of stitchbirds post-release, it did not appear necessary for post-release survival. For saddlebacks, food was not provided post-release, and foraging patterns were affected by low population density. Low population density also affected territorial behavior, resulting in unusually large and variable territory sizes. Finally, it appears that pre-release familiarity is unlikely to influence the outcome of translocations in either New Zealand robins or saddlebacks.

III. 日本での取り組み

個体を追跡することで見えてくる (?) 大型哺乳類の社会と個体群管理
New perspectives on social system and population management of large-sized mammals through intensive studies on the individual history

南 正人 (星野リゾート ピッキオ)

日本における大型哺乳類の問題は絶滅と被害である.絶滅が危惧されるツキノワグマは農林業被害や人的被害を理由に無差別な駆除を受けている.莫大な農林業被害を起こしているニホンジカやイノシシに対しては,個体数の増加に歯止めをかけるための駆除が行われている.しかし,調査に基づいた科学的な被害防除や保護管理は始まったばかりである.また,その調査も駆除した個体の体重や年齢など,ほとんどが基礎的なものにとどまっている.
 ゴミ集積所にクマが出没する軽井沢では,1998年から捕獲個体に発信器を装着し,その行動を追跡して対策を行う「個体管理」を行っている.その結果,別荘地に常時滞在する個体,夜間に山から別荘地に来て朝に山に戻る個体,ある年はゴミに依存したのに次の年は山で過ごしている個体,人に対して威嚇的な行動を取る個体,ゴミ集積所に執着しながら人を避ける個体など,個体差が明らかになってきた.これらの結果は,個体群を維持しながら被害対策を行うためには個体ごとの行動調査を踏まえた対応の必要性を強く示唆している.
 ニホンジカでは,各地で被害対策と保護管理策が取られてきた.北海道では,個体群の様々な指標をモニタリングし,被害を抑えながら絶滅の可能性をあげない努力が続けられている.この試みは,ビジョンをもって野生動物を順応的に管理する政策がほとんど実施されない日本の中では貴重な試みである.
演者らは宮城県の金華山という離島で,調査地を利用する約150個体全部を識別し,1989年から12年間追跡してきた.個体ごとの繁殖活動と栄養状態を継続調査することによって,生涯繁殖成功度の個体によるばらつき,初期成長時の生涯繁殖成功度への重大な影響などが,明らかになってきた.ここでは,保護管理や保全という視点で調査を行ってこなかった.しかし,長期にわたる追跡によって得られた個体差に関する知見は,個体数や平均体重,平均出産率など従来重要視されてきた個体群の指標に加えて個体の特質を考慮する必要性を示唆している.個体差の意味を問うことが野生動物の保全に貢献する可能性を紹介する.

農業被害問題と行動生態学 −マガンの行動を予測して,食害を防ぐ−
Alleviating bird-agriculture conflicts through behavioral studies: The need of a predictive tool for management

牛山克己・天野達也 (東京大学・農・生物多様性科学研究室)

野生生物による農業被害問題への対策は、防除器具の設置や有害駆除等、受動的に行われることが多い.しかし、このような対策は被害が発生する原因を踏まえていないため、無理や無駄が生じやすい.さらに、対策に対する動物の応答を考えていないため、近隣へ被害が移ったりするだけで、根本的に問題を解決していない場合が多かった.
効果的な被害管理には、対象動物の立場から農業被害を考える、という視点が必要であり、行動生態学がその理論的支柱になる.この視点を取り入れることによって、動物がなぜ食害をおこすのかを理解し、農地環境の変化が動物の分布や個体数に及ぼす影響を予測することができる.したがって、食害の発生時期や発生場所の予測し、いつどこで何をすればいいかという定量的な提言を行うことが可能になる.ある対策への動物個体群の反応を予測できるということは、対象動物が保全上重要な種である場合には特に有効なアプローチである.
 私たち「グースプロジェクト」は、北海道宮島沼に飛来するマガンが引き起こす小麦食害問題に対し、この行動生態学的アプローチを使って取り組んでいる.本講演ではその活動の概要と、一つの具体例として、マガンの生理的欲求に基づくモデルを使った食害の発生原因の解明、定量的な対策の提唱を試みた研究を紹介する.

演者プロフィール

Jan Komdeur
オランダ,グローニンゲン大学のアシスタントプロフェッサー.理学博士.今回お話いただくセーシェルヨシキリに関して,最近は主に性比調節,配偶者選択の遺伝学的な利益,小個体群存続するための遺伝的多様性の重要性などについて研究を進めている.それ以外にも,鳥類を中心にさまざまな種の性比調節,性選択などについて研究プロジェクトを展開中.

Johanna P. Pierre
東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物多様性科学研究室 特別研究生.理学博士.ニュージーランドで希少鳥類の保全研究に携わったあと,カナダでは森林地帯に散在する湖沼に生息する鳥類への森林伐採などの影響を調べていた.

南 正人
環境教育などの分野でユニークな活動を展開する星野リゾートピッキオの代表.理学博士.「たくさんのシカの一生を見ていると,適応度を決める様々な要因のダイナミックで複雑な関係に圧倒され,困惑し,自分の非力さに絶望し,そしてあまりの興味深さにわくわくさせられます.シカと研究仲間に感謝!です.」

牛山克己
東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物多様性科学研究室 博士課程在学中.動物と人とのあいだに生じるさまざまな軋轢をいかに対処するか,というテーマに興味をもち,研究をはじめる.「『食べ寝るだけ』と評されたマガンも,のめりこむほど奥深くなり,ガン患い歴5年です.」

天野達也
東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物多様性科学研究室 修士課程在学中.「野生動物と人間の共存という問題に対し,どのようにして行動生態学,ひいては生態学全般の知識を応用していくか,ということが追求していきたい大きなテーマです.今後,実際の問題により多く取り組んでいきたいと思っています.」

オーガナイザー プロフィール
藤田 剛
東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物多様性科学研究室 助手.今回のシンポジウムの言いだしっぺ.日本野鳥の会で働いていた頃から行動生態学などの視点を保全に応用することに感心をもってきた.また,応用面以外では,動物の集団ねぐらや集団営巣地が生じるメカニズムとその進化が,現時点での興味の中心.

永田尚志
独立行政法人 国立環境研究所 生物多様性プロジェクト 主任研究員.鳥類の繁殖生態に興味をもって研究を行ってきたが,最近は,湿地性鳥類の生態と保全,および地理情報システムを使った生息地解析についての研究を行っている.