サルからクジャクへ

長谷川 寿一

 鳥学会には入会したばかりの新参者である.私の生態研究は,まずニホンザルから始まった.房総丘陵の群れを5年ほど追いかけた後,タンガニーカ湖畔のチンパンジーの調査にフィールドを移した.ニホンザル,チンパンジーときて,「次の研究対象は何でしょう」と初対面の方に尋ねると,判を押したように「ヒトでしょう」という返事が戻ってくる.「はい」.確かに今,私は進化的視点から人間行動研究を行っています.

 しかし,私のヒト研究への道のりは上のように単純に進んだわけではない.そもそもニホンザル→チンパンジー→ヒトというのはあまりに安直な進化観ではないか.この点については書きたいことがいろいろあるが,ともあれ,チンパンジーの次に来たのはクジャクだった.そしてクジャクを学ぶうちに,進化的観点から人間を見る目が確実に養われた.ヒト研究の方はここでは述べる余裕がないので,以下私たちのクジャクプロジェクトについて簡単にご紹介しよう.

  転換点は十数年前,共同研究者である長谷川眞理子が,留学先のケンブリッジ大学で,クラットン=ブロック博士の研究グループの一員として仕事をするようになったことだった.特定の動物の生理,生態,行動に熟知するのはもちろん重要だ.が,観察と記載だけでその動物がわかった気になるのは大間違いだ.手紙の中で彼女は繰り返し主張した(Eメールなどなかったし,国際電話は高すぎた).当時は,日本でも行動生態学がやっと根を張り始めたころで,進化理論の発見的効用があらゆる動物行動で証明されつつあった.動物行動は広い視野から,しっかりした理論的枠組みに基づいて観察しなければならない.いつしか私も霊長類研究者(サル屋)と呼ばれるよりも,進化学の研究者になりたいと思うようになった.気がつくのが遅すぎた感もあるが,研究の仕切り直しを試み,研究対象としてインドクジャクを選んだ.

 私たちがクジャクを選んだ理由は単純である.それが性淘汰のシンボルであるからだ.にもかかわらず実証研究は非常に少ない.1991年の論文でペトリらは,クジャクの目玉模様の数が雌の選り好みの唯一の指標であると報告した.なるほど誰もがそう思うように面白い発見である.しかし,報告例はまだ英国のウィップスネード公園での1例だけだった.追認できるだろうか.卒研のテーマとしてもうってつけではないかと考えて,1993年に調査地選びを始めた.東京近郊の各地をめぐった末,伊豆シャボテン公園が適地であることがわかった.個体数が多く(約120羽),餌は人間に依存しているものの,放し飼いで,夜はケージでなく木の上で眠る.なにより毎年きちんと繁殖しており,条件としては英国の先行研究とほとんど変わらない.公園の職員の方々も研究にとても理解がある.

 1994年から繁殖期の観察に入り,以降,5つの卒業研究と2つの修士研究の学生諸君と共に,さまざまな角度からクジャクの性淘汰に取組んできた.鳥の調査は初めてだったので,最初の頃は面食らうことばかりだった.サルよりも個体識別が難しい.足環をつければよいのは分かっているが,警戒心が非常に強く捕獲が大変に難しい.1羽捕獲すると,警戒声を聞いたクジャクはたちまちこちらに寄りつかなくなる.サルでは雌の発情が外見や行動ですぐにわかるのに,クジャクでは雌がいつリセプティブなのか,その手がかりが皆目つかめない.捕獲が難しいので,糞中の寄生虫数を計測しようと試みたが,なかなか糞をしてくれない,等々.試行錯誤の日々が続いた.

 しかし,徐々に調査は軌道に乗り,雄も雌も足環なしでも識別が可能になり,ビデオを併用して,雄については繁殖期毎に約20羽を各10時間以上個体追跡できるようになった.1998年からは雌を個体追跡する観察も開始した.捕獲についてもいろいろなテクニックを開発し,雄は求愛ディスプレイ中に後ろから近づいて捕まえるのが,一番容易であることがわかった.糞も早朝の便が最も集めやすいこともわかった.

 さて肝心の調査結果であるが,1999年の東京大学大会で発表したように,先行研究とは異なり,目玉模様の数も,目玉模様の配列の対称性のゆらぎも5シーズンにわたり交尾成功とはまったく相関しなかった.あるなわばり雄は,ある年,上尾筒の発達がきわめて不良だったにもかかわらず,前年以上によく交尾した.これまでのデータからは上尾筒形質は,少なくとも単独では雄の繁殖成功とは関係していない.一方,雌の詳しい追跡調査からは,雌は確かに交尾相手の雄を積極的に選んでいる.そして雄間の交尾成功の偏りは非常に大きい.では,何が雄の交尾成功の鍵なのか? あれほど美しいけれども邪魔くさい上尾筒はなぜ維持されているのか? 上尾筒発現のメカニズムは? 原産地ではどうなのか?まだまだ未知のことばかりである.私たちのクジャク、究は依然道半ばである.(東大・総合文化研究科)


日本鳥学会1999年大会報告

1999年大会実行委員会

1999年10月8日-11日,東京大学本郷キャンパスにて開催. 参加人数:492人,口頭発 表数: 86,ポスター発表数: 40,自由集会数:12.シンポジウム:鳥類における音声 コミュニケーション信号の進化 -環境と性による淘汰- (演者:E.モートン, 大庭 照代, 岡ノ谷一夫,濱尾章二). 公開講演会:托卵する鳥とされる鳥の攻防戦と進化( 演者:中村浩志)

 大変でしたが,やりがいもありました...これは,さまざまな大会運営に携わった方に共通する感想だと思います.過去最大の大会の運営に携わることができた私たちも,同じ気持ちです.年に一度の発表の場を設けるためのお手伝いができたこと,500 人近くもの方が参加してくださって活発な発表や議論が実現したこと,そして参加者皆さんのご協力によって大きな支障もなく大会を終えることができたこと,とても嬉しく,光栄に思っています.

 私たちが準備段階でもっとも時間をかけたのは,シンポジウムと公開講演,そしてポスター発表の企画準備でした.シンポジウムでは,ユージン・モートン博士を米国スミソニアン研究所から招待し,音声コミュニケーションという日本でもほぼ定着したテーマの総括と,そこから芽生えつつある新しい視点を示すことを目指しました.公開講演では,日本の鳥学が世界に誇る分野である托卵行動の進化について,精力的に研究を進めてこられた中村浩志先生の研究成果を一般の方々に広く紹介することを目指しました.ポスター発表では,宣伝コーナーと発表技術コンテストを行いました.以下にも述べますように,特に公開講演とポスター宣伝コーナーなどについては,好評を得ることができました.

 大会ホームページも開設しました.参加予定者の方々にできるだけ早く大会についての情報をお伝えすること,会員以外の方たちにも広く大会内容を宣伝することなどを目的に設置したのですが,これも好評でした.「事前に他の方(会員以外の方?)にも気軽に内容紹介などができる点がよかった」というご意見もありました.コンピューターネットワークに関する知識と熱意のある方が準備に参加しないと難しい面もありますが,可能な範囲で,これからも続けていただきたいサービスだと思います.

 また,今回の大会ではアンケート調査を行いました.大会が充実したものになることは,学会にとって大切な意味をもっているはずです.そのために,アンケートなどを通して運営側が参加者の意見を正しく把握することは重要なことだと思います.回答をいただいた方は31人と少なかったのですが,参考になるご意見が多々ありました.そこで,以下にそのアンケート結果を踏まえながら,私たちの失敗した点,あるいはこれはちょっとうまくいったかな..と手応えを感じた点などを,主な3項目にしぼって説明します.

1. シンポジウムと公開講演会

 公開講演会については,アンケートに回答くださったすべての方が満足されていました.それに比べ,シンポジウムに対しては満足されなかった方がやや多い傾向がありました.その理由として,演者であるモートン博士の講演には要所要所の解説だけでなく通訳が欲しかった,というご意見が複数ありました.今後,海外の研究者を招待してシンポジウムなどを行う場合にどのような方式で通訳を行うのか,適切なものを試行錯誤する必要があるかも知れません.

 公開講演会は大会期間以外に開いてはどうか,というご意見もありました.私たちはできるだけ多くの方に参加していただきたいと思い大会期間中に設定しましたが,プログラム構成に余裕をもたせるためには,このご指摘はごもっともなことかも知れません.

2.発表技術コンテストとポスター宣伝会

 どちらの企画に対しても,多くの方が賛同してくださいました.両企画とも,プログラムの大枠が決まり,すでに大会案内が送られた後に実施を決めたものでしたので,参加者の皆さんへの告知が不十分になり,宣伝会は午前7時40分から始まる,というちょっと無理なスケジュールになってしまいました.この開始時間が早すぎるというご意見は多数ありました.それでもポスター発表を予定していたほとんどの方が早起きして参加してくださったことは,企画側としてとてもありがたいことでした.

 プレゼンテーションコンテストの結果は,表をご覧ください.投票数は84で,当初心配していたよりも多くの方が投票してくださいました.ただ,選ばれる側として参加されたポスター発表者の方たちがどのような感想をもたれたのかは不明です.私たちの意図通り,発表技術を磨くことの励みになっていればいいのですが...

3. 会場の配置など

 口頭発表の2会場,あるいは口頭発表とポスター会場などの間が離れていて移動しづらかった,という意見が多くありました.ご迷惑をおかけしたことをお詫び申しあげます.たしかに,口頭発表に使った2会場はそれぞれ別棟の2階にあり,会場から会場へ移動するのに3,4分程度かかる距離がありました.ただ,500人近い参加者を考慮した場合,それぞれ150から200人程度が集まることのできる会場を使うしかなく,その条件を満たしていたのが今回利用した2教室でした.また,ポスター会場に使用できる教室は机を移動させることのできる教室なのですが,そうした教室もあの場所にしかありませんでした.やむをえない処置であったことをご理解いただければ幸いです.

 以上,報告しきれなかったことはまだまだありますが,それらは次の大会委員にお伝えすることで,よりよい大会実現に役立てていただきたいと思っています.もし,この報告を読んで,私たちの認識がまだまだ足りない点があると感じた方,そして,こんな大会になればいいと夢をお持ちの方,今からでもかまいません.ご意見を私たちまでお送りください.大会は会員みんなでつくっていくものなのですから.(文責・委員会代表 藤田剛)


1999年大会自由集会「ムシクイ類はどこまでわかっているか」報告

黒田 治男

 このたび,開催した自由集会について,参加できなかった方の意見もたいせつにしたいため,「鳥学ニュース」の紙面をお借りしてご報告いたします.第1回目のムシクイ類に関する自由集会「ムシクイ類はどこまでわかっているか?氈vには,学会最終日にもかかわらず,たくさん(40名以上)の方にお集まりいただきました.

 この集会の発足にさいし,神戸の六甲山や丹後半島でバンディング(標識調査)をされている大城さんから,メボソムシクイとコメボソムシクイの識別が困難であり,ムシクイ類の研究者間で情報交換が必要だというお話しを聞きました.そこで,本自由集会では,日本に普通に観察されるムシクイ属Phylloscopusのうち,メボソムシクイ,エゾムシクイ,センダイムシクイ,イイジマムシクイの4種をとりあげて,意見交換の場にしたいとかんがえました.集会当日は,4人の演者の方のお話しをおうかがいし,ムシクイはどこまでわかっているのかを再認識するとともに,会場参加者全員の自己紹介をおねがいし,ネットワークへの参加も呼びかけました.

●識別についての話題提供 ムシクイ類の識別について大城さんは,移動鳥のバンディング調査成果からメボソムシクイとコメボソムシクイの識別には,これまで,さえずりの違い以外,"P10"の長さや嘴の幅,羽色の違い等が,指摘されてきましたが,これらをはっきりと区別できる要素はみつからなかった(1994年の鳥学会大会発表).また,海外と日本との比較では,「ジジロ鳴き」個体群がP.borealis borealisではないということを前提に,以下の調査・研究の内容が話されました.

1.「ジジロ鳴き」はP.b.examinandusである可能性

2.「ジジロ鳴き」はP.b.xanthodryasでもP.b.examinandusでもない可能性

3.「ジジロ鳴き」はP.b.kennicottiである可能性(確認済み)

●音声解析についての話題提供

 ムシクイ類のさえずりについては,これまでに研究方法や技術面についての情報や案内があまりありませんでしたが,百瀬さんからは,ムシクイ類にかぎらず,音声に関する調査研究の方法論が示され,ソナグラム解析等の興味深いお話しがありました.お話しのなかで,音声研究の基本について,以下のような事柄が示されました.

・ある地域でどのくらいの個体群が鳴くのか調べる.

・10個体,各300回程度の録音を実施し分析にもちいる.

・個体識別をおこなう.(できないときは1羽を連続90〜120分追跡して個体識別することで可能)

・録音した個体群の音声レパートリーを分析する.

・時間,頻度,順序,鳴く場所(木の上,地上,なわばり内など)を記録する。

・行動(単独,他個体と一緒など)など観察する.

また,研究テーマとしては,以下のような設定が可能とのお話しがありました.

・地域個体群ごとの音声の違いを調べる.

・音声コミュニケーションや音声のパターンなどを調べる.

●移動と動向についての話題提供

 ムシクイ類の増減の実態について森下さんは,各地のバードウォッチャーからの記録をプロフィット分析したところ,エゾムシクイとセンダイムシクイは減少傾向にあり,メボソムシクイはまだ安定している.ただ,この増減が何によってもたらされたものなのか,といった疑問は残り,また,おもな繁殖地や越冬地であるロシアや東南アジアとの移動・中継の実態もつかめないため,今後,ムシクイ類の研究をつづけるならば,大きなプロジェクトが必要になるだろう,というお話しでした.

●社会構造についての話題提供

 ムシクイ類の社会や社会構造について上田さんは,ムシクイ類は深い森に住み,昆虫食で性的二型があまり発達していない.比較的単調な社会を構成している.日本ではメボソムシクイやイイジマムシクイについての生活史があるが,詳しくしらべられたものはすくない.また,ヨーロッパではキタヤナギムシクイとモリムシクイが生息しており,よく研究されているが,これは研究場所の条件がよく,日本のように困難ではないからであろう,とのお話しがありました.

【総合討論】

 総合討論では,ムシクイ類の識別や分類に関する興味に集中しました.特に,計測値の信頼性や測定部位については会場全体をつつんだ議論となり,また,博物館等で眠っている標本についても生体,死体間での計測誤差をどうしたらいいのか,といった意見もでました. 今回の集会での話題提供や総合討論にもあらわれましたように,たくさんの方がムシクイについても興味をもっておられ,これらのムシクイ類について「わかっていない」ことがわかっただけでもおおきな成果であったとかんがえています.

 今大会における自由集会は,第1回目の集会として位置づけています.まず,ムシクイ類に関心をおもちの方にお集まりいただき,さまざまなお話しのなかから,これからのムシクイ類研究の在り方を模索しようとしたもので,まず,ムシクイ好きが顔をあわせてあれこれとお話しをし,意見の交換をおこなうことのできる集会が理想でした.そういった意味では第1回目の自由集会は予想以上のおおきな成果がありました.次回,第2回目の自由集会「ムシクイ類はどこまでわかっているか? 」は,ムシクイ類の分類について議論・総括するとともに,その問題点を探り,「ムシクイ類について私たちでできることは何なのか」(仮)といったテーマを設定する集会へと進んでいこうかとかんがえています.ご意見等,ございましたら,ぜひ,およせください.

ムシクイの自由集会に参加して

森下英美子

ムシクイの自由集会で,夏鳥の資料をもとに増減傾向のお話をさせていただきました.私の話は全体的におおまかな傾向を述べた話なので,保全の話というところまでいきませんでした.報告していただいたほかの先生方のお話から,日本ではムシクイ類の研究が思いのほか進められていないことに驚きました.会場は熱気にあふれ,次々と議論が進められていましたが,分類学上の基準といったものを求めて集まってこられた皆さんに,あの場で結論を出すのはむずかしいと感じました.多くの事例を持ち寄っていくつかの仮説を立て,できれば,渡りの時期に集まって,バンディングをやりながら,仮説検証を行うのが望ましいのではないかと思いました.が,それはむずかしいことなのだろうと思います.終了後会場を換えて議論が続いたとのことですが,白熱してなかなか終わることができなかったのではないかと推測しています.(東京大学・生命科学研究科・野生動物)


掲 示 板

The Third International Hornbill Workshop in Singapore, 10-13 May 2000 on The Ecology of Hornbills with Emphasis on Reproduction and Population

Fourth International Swan Symposium, Wetlands International Swan

Specialist Group, Airlie, Virginia, USA, Feb 2001.

Contact: Eileen C. Rees, Wildfowl & Wetlands Trust, Martin Mere, Burscough, nr. Ormskirk, Lancashire, L40 0TA, United Kingdom;Tel. +44 (0)1704 895181 / Fax: +44 (0)1704 892343 , E-mail:eileen.rees@wwt.org.uk.


地域活動紹介

Important Bird Area(IBA)プログラム

神山 和夫

 IBAは1970年代にヨーロッパのバードライフ・インターナショナル(BLI)加盟NGOが始めた自然保護区設定のためのプログラムであり,ヨーロッパの重要な鳥類生息地をEU加盟国が定めるSpecial Protected Areaとして保護区にすることに大きな成功を収めてきた.そして90年代半ばからはアジア,アメリカ,アフリカ諸国でも開始され,アジアでの実施は日本野鳥の会が中心となり,各国のBLI加盟NGOなどと協力しながら現在14ヶ国でIBAの選定を進めている.すでにフィリピンで目録を作成した117カ所のIBAのうち約8割が新たな自然保護区設定の候補地となっているほか、インドネシアでもスンバ島にある3カ所のIBAを国立公園にすることが決まるなど,アジアにおいても自然保護区設定の推進力となっている.

 IBAの選定基準は,IUCN基準の絶滅危惧種の相当数が生息する場所,固有種の重要生息地としてBLIにより指定されているEndemic Bird Areaの保護のために重要な場所,水鳥など大きな群を作る鳥の個体群の1%以上が生息する場所などであり,これらにより判定された場所について,鳥やその他の動植物のデータを収集している.

 今秋より日本でのIBA調査も開始しており,多くの方々からの情報提供を願っている.詳細については,ぜひ(財)日本野鳥の会鳥と緑の国際センター(WING)のホームページ(http://www.wing-wbsj.or.jp/)をご覧いただきたい.(日本野鳥の会 国際センター)


意 見

講演要旨のあつかい −樋口孝城氏のご意見に寄せて−

浦野 栄一郎

 鳥学ニュース73号に掲載された樋口さんのご「意見」,興味深く読ませていただきました.内容には同感できる部分と賛成しかねる部分があるというのが私の感想です.私は1994年から編集委員を務めておりますが,以下に述べるのは編集委員・浦野の個人的見解であり,編集委員会の公式見解ではないことをご了解ねがいます.とはいえ編集委員会での検討内容を恣意的にゆがめてはいけませんので,本稿のベースになった文章を新編集委員長(前副委員長)の江口和洋さんに送り,編集委員会での検討結果に沿ったものであることを確認していただいてあります.

 樋口さんのご意見に同感なのは,講演要旨集の訂正や講演内容との食い違いが多いというご指摘です.ついでに言えば,研究の背景や方法は詳しいが,結果をはっきり示さなかったり,考察の中身がない−−「○○について考察する」という言葉でお茶を濁している要旨が多すぎる−−ことも気になります.

 同意しかねるのは「講演要旨を学会誌に」というご提案です.この件については一昨年・昨年の編集委員会で提案され,議論をしたうえで2回とも反対意見が大勢をしめて,現在にいたっています.私は反対派の中心になって論陣をはっています.反対の理由のうち,技術的・労力的なものだけ列挙します.1)現在の講演要旨は長すぎ,図表なども含むものがあるので,学会誌掲載用により簡潔な要旨(proceedings)を別に書いてもらう必要があります.これは発表者にとっても負担になる上,掲載時にすべての発表分が揃うか疑問があります.確実に集めるために発表当日に提出を義務づけることは可能ですが守らない人に対して強制するのは困難です.2)この要旨には,事前に作られる要旨集(予稿集)の内容以上に,発表内容が簡潔,的確に書かれている必要がありますが,発表内容と要旨との食い違いを誰がチェックするのか?という問題が生じます.座長にとっては負担が大きく,会の進行にも影響しかねません.かといって,そのためのチェック要員に編集委員やチェック能力のある一般会員を当てるのは気の毒です.主な理由はこの仕事のために,自分の聞きたい講演が自由に選べなくなることです.3)労力をかけて要旨に赤ペンをいれても,指示に従わない発表者や締切を守らないものがでる可能性が残ります.

 余談ですが,1991年の東京大会まで,予稿集はコピーやオフセット印刷したものをステープラーで綴じるという,保存性からみてお粗末なものでした.また1ページに2つの講演が印刷されていたため,要旨はよりコンパクトでした.学会が終わってしばらくすると学会誌の編集担当者から予稿集のコピーに赤ペンを入れたものが発表者に送られてきて,修正後に返送されたものが proceedingsとして学会誌に掲載されていました.このときも表現を修正される程度で,発表した内容と一致しているかどうかまでチェックされていたとは思えません.1992年の大阪大会で予稿集が現在のように保存性のよいものになり,各発表者の使えるスペースが1ページになったときから,学会誌の「会記」には演者名とタイトルだけが載るようになりました.現在は演者名とタイトルを改行し,1つの発表に2行があてられていますが,スペースがもったいないので,雑誌改革検討案のなかでは,演者名とタイトルを詰めてべた打ちにしようということになっています.なお,予稿集には載っているがキャンセルされた発表は,会記の学会発表リストからはずすことで,その年度の大会で発表されていないことが判るようにしておけば,公式記録としては十分と考えます(現在,そのような作業が行われているかどうかは未確認です).

 もちろん,予稿集の他に学会誌に proceedingsを載せることに意義があることは承知しています.1)予稿集は論文のなかで引用できないが proceedingsなら引用できる.2)発表内容との食い違いが少なくなる.3)大会に参加せず,予稿集も購入しなかった会員でも,大会での発表内容がわかる.とくに1)のメリットを強調される方が多いのですが,これは新発見や独創的なアイデアの先取権を確保したい,というのが主な理由のようです.もう一つは,学会発表のみで,なかなか論文にならないものの中に,ぜひ引用したい内容がある場合でしょう.

 学会誌に proceedingsを載せるべきかどうかに対する意見は研究分野によっても違いがあるようです.掲載を提案される編集委員は研究対象(鳥)の個体の内部から情報を得るような分野で活躍されている方々ですし,今回「意見」を寄せられた樋口さんも生理学がご専門とのこと.そのような分野の学会では proceedingsが重要視されているのかもしれません.一方,日本の生態学会や行動学会ではproceedingsは掲載しておらず,行動学会では講演のタイトル・演者名もプログラムや予稿集にしか掲載されません.また,先取権の確保が問題になる場合も,国際的に認知されている雑誌に英語で印刷されていなければ,相手にされなくとも(本当は理不尽な話だと思いますが)文句は言えないでしょう.

以上の利益と負担を考えると,proceedings のために割く時間を,論文作成相談係としての仕事や自分の論文を書くのに使った方が有益だというのが,私の意見です.なお,現行の講演要旨集(予稿集)のいい加減な点を改めていくことが大切なのはすでに述べたとおりです.(京都市在住・浪人中)


鳥はなわばりを持つか?

碓井 堅一郎

 鳥はなわばりを構える習性を持つと言われる.鳥のなわばりはさえずりまたは闘争によって防衛される地域と定義される.しかし,鳥がなわばりを持つというのはまだ科学的に証明されていない仮説である.

 例えば,ある特定地域にいるシジュウカラを人為的に除去し,代わりにスピーカーからその個体のさえずりを流しておくと,流さなかったよりも新参者の定着がずっと遅れることをもって,このさえずりはなわばり宣言であると主張される.しかし,その可能性のほかにも,自己の雌に対する占有宣言の可能性も考えられるので,この実験によって直ちに雄のさえずりがなわばり宣言とは断定できない.

 また,防衛範囲が一定範囲に限定されていることをもって,なわばりの根拠とされているが,繁殖期には巣に拘束されて,鳥の行動が巣の周りの一定範囲に大体限定されるので,防衛行動もその範囲に限定されるのは当然であり,この事実だけでなわばりの根拠とすることはできない.また,鳥の防衛対象が,雌なのか,巣なのか,卵なのか,雛なのか,餌なのか,餌場なのか,特定空間なのか,これらの一部なのか全部なのか不明である.

 鳥がなわばりを持っているように見えるのは主として繁殖期であって,非繁殖期にはほとんどの鳥がなわばりを持つようには見えないことについて,これまで合理的説明が行われていないが,鳥が防衛しようとしているのは特定空間ではなく繁殖に関連したものでると考えれば非繁殖期になわばりらしき行動を行わないことが不思議でなくなる.これに対してキセキレイの雄はまだ雌がいない,つがい形成直前に他の雄と戦うので,この段階において防衛されているのは一定空間であるということは明白であるという説がある.しかし雌が現れた時に競争相手になりそうな他の雄と戦う可能性も考えられるので,上記の説もなわばりの根拠とはならない.

 繁殖期だけでなく非繁殖期にもなわばりを持つように見える鳥が若干いる.この場合,非繁殖期には餌が少ないので,餌を争っている可能性を考えられるが,その場合餌という「点」を防衛しようとしているのか,餌が存在している「空間」を防衛しようとしているのか不明である.

 結局,鳥が何を防衛しようとしているのか知るためには鳥の意識を調べる以外ないことになる.しかし,鳥の意識を問題にすると,なわばり説が崩壊するので,なわばり説を守るために操作概念説が持ち出される.操作概念説というのは,鳥の意識・認識にかかわりなく,人間から見て特定空間を防衛しているように見えれば,特定空間を防衛していると言って差し支えないと言う説である.この説は人間から見て天が動くように見えるので,天が動くと行って差し支えないとする「天動説」と同じであり,まったく非科学的概念である.

 また,あるつがいが繁殖を行っている近くに多くの独身雄がいる場合が多いが(ウグイスなど),このような場合,操作概念説では,この地域は防衛されているように見えないので,なわばりではないことになる.この場合,つがい雄は他の独身雄の存在を認識しているので,これはなわばりであるとは言えない.なぜなら都合次第で意識・認識を排除したり,持ち込んだりすることは許されないからだ.この点でも操作概念説は破綻している.

 鳥の意識を調べるのは難しいが,どんな研究にも困難が伴う.困難を避けていては科学の進歩はない.1980年以来,動物の意識や心の研究が行われるようになってきている.鳥についてもさえずりパターンの認知については,音程か,そのパターンがキーなのかなどの研究が行われている.鳥の意識を調べるのは困難であるとして,回避するのではなく正面から取り組むべきである.詳細は小生のホームページ参照:http://village.infoweb.ne.jp/~kousui/(バードウォッチャー)


お知らせ

鳥学会大会要旨集の販売について

 学会事務局ではこれまでの大会講演要旨集を販売しております.在庫は1993年度、1995年度、1998年度、1999年度のもののみです.価格は1993年度,1995年度が1部1000円,1998年度,1999年度大会のものにつきましては1部3000円となっております. お支払いは要旨集と引き替えに同封の郵便振替用紙でィ願いします.ご希望の方は事 務局までお問い合わせください.

事務局より

○現在までに次の方々より寄付をいただきました.紙面を借りてお礼申し上げます.ありがとうございました. 池野 進,穴田 哲,吉田 保志子,植松 永至,兼安 本子,亀田 佳代子,佐藤重穂,永田 尚志,松沢 敏雅,上馬 康生,沼里 和幸,有田 一郎,花岡 典v,唐沢 孝一,山岸 哲,池谷 奉文,原田 好人,谷口一夫,杉山 要,樋口孝城,前田 洋一,川東 光三,箕輪 多津男,田村 耕作,長谷川 宏行,齋藤 和憲(敬称略)

◯事務局のe-mailアドレスについて:e-mailでのご連絡はfujimaki@obihiro.ac.jp(藤巻)までお願いいたします.

◯事務局員の交代:事務局員が2000年1月より秋沢成江から吉村真理子に交代しました.よろしくお願いします.

編集担当より

掲示板(学術会議案内や小さな集会,シンポジウムの案内も含みます),地域の研究グループ紹介,その他寄稿は以下の送付先までお願いします.なおa-mailでの寄稿の際はテキスト形式でお送りください. 次の締め切りは3月30日です.

送付先 〒080-8555 帯広市稲田町西2線11 帯広畜産大学 野生動物管理学研究室気付 鳥学ニュース編集係 岩見恭子 TEL:0155-49-5115(内5503)FAX:0155-49-5504 e-mail: iwami@obihiro.ac.jp