海、島、鳥

長谷川 雅美

 1998年4月20日.東京へ向かうサルビア丸が伊豆諸島,新島の黒根港を出航して15分ほどたった頃だ.島の北端,渡浮根岬から西へおよそ4kmのあたり,べた凪の海面に小ぶりな海鳥が4〜5羽づつの群れとなって,いくつも浮かんでいた.青灰色の背中,短いくちばし.首にかけて黒い帯,喉と後頭部が真白で頭のてっぺんも黒い.船は時速20ノットで進み,ぐんぐんと遠ざかる小さな群れの海鳥たちは,一羽がカイツブリのように頭から水中に突っ込んで姿を消したかと思えば,他が短い翼を懸命にはばたかせ,海面すれすれにまっすぐ飛んだ.双眼鏡をのぞきながら,見つけた数をノートになぐり書く.群れとの遭遇時間は5分ほどだったが,目撃数は100を少し越えた.次第に興奮している自分に気付く.カンムリウミスズメじゃないか!
 ここ数年,私は新島への野外調査の行き帰り,新島と利島の間30分程度の航海を利用して,海鳥のセンサスを続けている.オオミズナギドリは3月の中旬から現われ始め10月に見られなくなることなど,海鳥の季節的消長に関する基礎データを得つつある.しかし,こんなにもたくさんのカンムリウミスズメを見たのは初めてだった.この海鳥の,特に雛のかわいらしさは,まじかで見た人にしかわからないかもしれない.鳥そのものの魅力が研究者を引き付ける要素も大きい.けれども,私がカンムリウミスズメを気にしているのは,この希少にしてかわいらしい海鳥を餌にするシマヘビを研究しているからだ.海鳥研究者たちがカンムリウミスズメの希少さを絶滅の最大要因として心配しているのは当然のことだが,それを捕食する祗苗島の巨大なシマヘビは,世界でここだけのさらに希少な存在といえる.私はシマヘビの巨大化にカンムリウミスズメや海鳥がどのようにかかわっているのかを知りたいと願っている.
 伊豆諸島の島々は全て火山起源であり,良く発達した照葉樹林に被われている.だから,島の陸上生態系が島毎に異なっていることは,なかなか気付かれなかった.しかし,ネズミ駆除の目的で導入されたイタチの影響を追跡する過程で,各島における最上位の捕食者相の違いが食物網の構造に差異を生じさせていることが明らかにされていった.そして,祗苗島のシマヘビが陸上生態系と海洋生態系の結び付きに注意を向けさせてくれた.数種の海鳥が繁殖コロニーをかまえる小さな無人島の生態系である.
 海で餌を捕らえた海鳥が島で卵を産み,雛を育てる.海鳥の糞は陸上植物の肥料となり,その植物を食べる昆虫やその昆虫を食べるクモやトカゲなどが,小さな島の陸上生物群集を構成する.繁殖する海鳥の種類数は,人の住む大きな島よりも小さな無人島の方が多い傾向がある.一方で,島の面積が小さくなれば,生育する植物の種類は制限される.植食性の昆虫相も偏り,特定の種が高密度に達する.祗苗島ではオカダトカゲやナガコガネグモが植物性昆虫の代表的捕食者だ.昆虫食の鳥類はイソヒヨドリが定住する以外は,ウグイスがまれに訪れる程度.こんな貧相な陸上動物相が巨大なシマヘビを支えきれるはずもない.幼体はオカダトカゲを餌とするが,成長し2mを越す巨大なシマヘビはこの島で繁殖する海鳥の卵や雛を主食とする.祗苗島の陸上生態系は,もはや小さな独立した系ではない.海洋生態系の一部と言うべきだ.
 海洋生態系への依存は海鳥を直接捕食するヘビだけではない.尖閣列島の南小島は面積140haほどの島だが,草もまばらで昆虫も多いとはいえないこの島に生息するアオスジトカゲは,カツオドリの雛が吐き出した魚を直接摂食する.同様の現象は,ニュージーランド沿岸やバハカリフォルニアの小島でも知られている.海鳥のコロニーでは,多量に蓄積する海鳥の糞に発生する無脊椎動物や鳥の外部寄生虫などが,トカゲばかりでなくクモやサソリの餌資源ともなり,陸上の一次生産だけでは不可能な高密度状態をもたらしている.
 私が祗苗島で調査を始めた1980年代なかば,この島で繁殖する海鳥はオーストンウミツバメ,カンムリウミスズメ,ウミウ,オオミズナギドリであったが,1958年にはウミネコのコロニーが300巣近く記録されていた.その後,ウミネコの繁殖は再確認されず,1998年4月に私は初めてウミネコの営巣を確認した.見つけたのは9巣.緑がかった灰色の地に,茶褐色の斑点が不規則に散らばる卵が各巣に1-2個入っていた.1つの記憶が蘇った.1984年6月,一匹の大きなシマヘビから吐き出させた卵の殻には,緑がかった灰色の地に,茶褐色の斑点が不規則に散らばっていた.あれはウミネコの卵だった.
 伊豆諸島にはウミネコの繁殖地が他にいくつも知られている.新島にも大きなコロニーがあるが,伊豆諸島のウミネコが繁殖後どこに行くのか詳しい調査はされていない.しかし,海鳥センサスを繰り返し,新島の海岸に現われるウミネコを年間を通して数えていくうちに,興味深いパターンが見えてきた.8月,9月,10月と新島の海岸どこにもウミネコの姿はない.11月なかば,100羽近いウミネコが忽然と姿を現わした.月を追うごとに数が増え,3月には600羽近くに達した.5月.堤防や砂浜の上で,ウミネコは交尾を始めた.7月下旬,巣立った若鳥や成鳥は一斉に姿を消した.伊豆諸島近海からウミネコが姿を消す8月.東京湾お台場周辺の海面に,たくさんのウミネコが浮かんでいた.千葉中央博の桑原氏によれば,東京湾奥にウミネコが大量に現われるのは7月下旬で,秋から翌春までは姿を消すという.伊豆諸島におけるウミネコの消長を裏打ちする数の変化である.ここに,1つの仮説が生じる.伊豆諸島で繁殖するウミネコは夏から秋にかけて東京湾内ですごすのではないだろうか.さらに考える.大都会東京の生ごみを食べたウミネコが祗苗島に戻って繁殖コロニーを拡大したら,シマヘビはどんな影響を受けるのだろうか.祗苗島の陸上生態系は,東京の大都会ともつながりを深め始めているようだった.
 生物の相互作用を生物群集のレベルで解きほぐす作業は,それ自身十分魅力的だ.けれども,実験室内の小さな系とは異なり,実在する群集では扱う時空間の広がりを当初から規定することは難しい.それゆえ,意味あるパタンを検出するための長期的かつ広域的なセンサスを研究プロジェクトとしてスタートさせる機会はあまり多くない.しかし,パタンの発見が付随的なものであれ,それに楽しみを見い出す研究者と,パタンを生み出す生態学的過程を検証することに生きがいを感じる研究者との蜜月は,扱う分類群の垣根を越え,目前に来ていると思いたい.そう思うにつけ,昨年3月のバハカリフォルニアでの事故は心が痛む.私の好きなタイプの仕事が,中野繁さんやポリスさんらの共同研究で大きく発展しようとしていた矢先の出来事であったと聞
いたからだ.
 扱う生態学的現象の時空間的規模が拡大すれば,必然的に個人研究の枠を越えてデータを共有する仕組みが求められる.その仕組を強制ではなく,理念を共有する研究者間の相互扶助によって作り上げていくべき時期に来ているようにも思う.そして,それが個人の生涯を越えてデータを保存する生物学的アーカイブスに発展すればなおのこと喜ばしい.(東邦大学理学部生物学教室)


各種委員会より

英文誌名変更のお知らせと投稿のお誘い

 昨年度大会時の編集委員会での決定・評議員会の承認により,2002 年度から創刊される日本鳥学会の英文誌名は "Avian Science" と決まりました(49巻4号:編集委員会・評議員会報告参照).しかし,ヨーロッパの鳥学者連合(E.O.U.)が2001年度から同名の雑誌を発行することが判明したため,他の誌名への変更を余儀なくされました.そこで英文誌準備委員会内で検討の後,編集委員・評議員を含めた投票を経て,新誌名を "Ornithological Science" とすることが,6月11日までに常任評議委員会で承認されました.
 刊行は年2回(1月と7月)の予定で,現在は創刊号に向けた準備を進めています.英文誌への投稿を希望される方は,年内は,投稿申し込み票に英文誌希望と明記して江口宛に,来年以降は日野宛にお送りください.ふるって投稿をお願いいたします.(英文誌準備委員会)

【原稿送付先】
  2001年中:〒812-8581 福岡市東区箱崎 6-10-1
      九州大学大学院理学研究院生物科学部門 江口和洋 宛
               電子メール kegucscb@mbox.nc.kyushu-u.ac.jp
  2002年以降:〒612-0855 京都市伏見区桃山町
      (独法)森林総合研究所・関西支所 日野輝明 宛
               電子メール tkpk@affrc.go.jp

 2002年より日本鳥学会誌は現行の誌名と巻数を引き継いで和文誌に変わります.紙面はA4版に拡大されるなど,大幅な刷新を予定しています.また,鳥学ニュースが廃止されますので,ニュースに掲載されていた意見・紹介記事などは新雑誌の「雑報(評論)」枠に掲載することになっています.発行は4月と10月を予定しています.すでに和文誌への研究論文および記事の受付を行っています.皆様の投稿をお待ちしています.なお,2001年中の原稿の受付は現在の編集委員会が担当し,2002年からは新編集委員会が担当します.また,和文誌に関する問い合わせは綿貫豊宛にお願いいたします.(和文誌準備委員会)
 
【原稿送付先】
  2001年中: 〒812-8581 福岡市東区箱崎 6丁目
      九州大学大学院理学研究院生物科学部門 江口和洋 宛
               電子メール kegucscb@mbox.nc.kyushu-u.ac.jp
  2002年以降:〒060-0809 札幌市北区北9条西9丁目
      北海道大大学院農学研究科動物生態学分野 綿貫 豊 宛
               電子メール ywata@res.agr.hokudai.ac.jp


掲 示 板

伊藤基金によるIOC参加補助のお知らせ
 2002年8月に第23回国際鳥類学会(IOC)が北京で開催されますが,参加する会員に伊藤基金からの補助があります.今回は2人に15万円ずつを補助することになります.申込資格と申請書の様式などは,以下のとおりです.

イ.申請者は,国際鳥学会で研究発表(口頭,ポスター,シンポジウム講演)をしようとする会員で,参加補助申請の締切日に40歳未満であること.
ロ.会議参加に関して,他から10万円以上の公的補助を受ける人は,当補助金を受けられない.
ハ.補助金は連続して受けることはできない.
ニ.発表テーマは鳥学に関するもので,学会誌に発表されていないものが望ましい.
ホ.申請者がいないか,選考で該当者がいない場合は,補助金を交付しない.補助金を受けても,会議に欠席したり発表しない場合には,補助金を返却しなければならない.
ヘ.申請書には,氏名,生年月日,住所,電話,所属または職業,研究歴,過去5年間の主な発表論文を明記する.
ト.申請書と会議で発表する論文の英文摘要(A4版用紙2枚以内)各5部を日本鳥学会事務局に郵送すること.
チ.締切期日は,2001年9月10日(9月10日消印有効)

学会案内
Raptor Research Foundation 2001 Annual Meeting

24 - 28 October, 2001, Winnipeg, Manitoba, Canada
http://www.networkx.net/~sparrow/rrf2001.html

25th Anniversary Annual meeting of the Waterbird Society
7 - 11 November, 2001, Niagara Falls, Ontario, Canada
http://www.mp2-pwrc.usgs.gov/cws/annual_meeting.htm

第24回極域生物シンポジウム
日時:
平成13年12月6日(木)・7日(金)
場所:国立極地研究所講堂(板橋区加賀1-9-10)
   JR埼京線「板橋」駅より徒歩15分,都営地下鉄三田線「板橋区役所前」駅より徒歩10分
概要:国立極地研究所では南北両極域及びその周辺などで得られた研究成果につき,発表,討論を行うことを目的として毎年シンポジウムを開催しています.
 南極観測においては,第