日本鳥学会大会自由集会 1999年10月9日(土)18:00〜[於:東京大学本郷]
日本のガン・カモ・ハクチョウ類の個体群の現状
企画者 須川恒,宮林泰彦、呉地正行
(東アジアガンカモ類ネットワーク鳥学支援グループ)
企画趣旨
本年5月にコスタリカにおけるラムサール条約第7回締約国会議の場で発足した東アジア地域ガンカモ類重要生息地ネットワークの国内活動を鳥学的に支援する目的の第1回目の集会である.日本国内の14ヶ所のネットワーク参加サイトの活動を積極的に進めるために,ガンカモ類の現状やその生態の魅力について,研究者が連携して体系的に明らかにする作業を行っていく予定である.
今回は,第1回目の集まりとして我が国におけるガンカモ類の個体群の現状を明らかにすることを目的とし,ガンカモ類の個体数による湿地の重要性や湿地の生態系の評価(1%基準等),個体数の年変化の傾向とその要因,カモ類にかかる狩猟圧の評価などに関して,カモ類・ハクチョウ類・ガン類のそれぞれの研究者から,基調報告,コメント・関連トピックの紹介を受け,日本に生息するガンカモ類の個体群動態解明と個体群の保護のために必要な今後の課題を整理する.
1.今回の集会のねらい
★企画者による説明
1)東アジアガンカモ類ネットワークとは
「東アジア地域ガンカモ類重要生息地ネットワーク」
公式ホームページ http://www.jawgp.org/anet
2)鳥学支援グループとその課題
3)個体群の現状の把握について
2.カモ類
★基調報告
日本に越冬するカモ類の個体群の現状
宮林 泰彦 (雁を保護する会)
わが国には,39種41亜種のカモ類が記録されている(日本鳥学会 1997)が,現在毎年定期的にまとまった群れになって越冬するものは22種23亜種である.これらのうち,日本国内で広域に繁殖分布するものはオシドリとカルガモの2種.
環境庁(1998)の毎年1月の全国一斉カウント,1972-1998の27年間のデータから見てみると,その計数値が有意に減少しているものが4種,有意に増加しているものが10種,有意差が見られないものが8種あった.1997年のこの調査のデータからカモ類全体の越冬環境を見てみると,海岸・河口,河川,湖沼,人造湖の4タイプがそれぞれ概ね1/4を占めた.減少傾向を示すもののうち現在狩猟対象となっているのはヨシガモ1種.減少を示す種について,繁殖環境・分布,採食生態,越冬環境の側面から考察してみたい.
Miyabayashi & Mundkur (1999)が,ラムサール条約の2万羽基準と1%基準を用いて検出したカモ類にとって国際的に重要な生息地は,日本国内に39ヶ所あった.その対象となったのは10種で,それぞれについて1-13ヶ所が検出された(中央値=4.5).それらのうち2ヶ所(5%)がラムサール条約登録地,また5ヶ所(13%)が「東アジア地域ガンカモ類重要生息地ネットワーク」に登録されている.
★コメント・関連トピック
潜水鴨と生息環境の質との関係
岡 奈理子(山階鳥類研究所)
ハジロ属鳥類の最近(1990-98年の9カ年)の総個体数の平均は395,000羽で,日本で越冬する鴨類の平均総個体数181万羽の22%を占める.優占三種の平均羽数は,スズガモとホシハジロがほぼ同数の158,600羽と155,700羽で,キンクロハジロがその半分の81,000羽である.吸収同化率を一律に73%とすると,彼らは越冬中に計832億KJの熱量を摂取する.これを彼らの主要餌生物である二枚貝に換算すると,例えばヤマトシジミでは285,900t,ホトトギスガイでは87,200tの資源量が毎シーズン採食される計算となる.主要越冬地の一つ,宍道湖ではキンクロハジロ1種でヤマトシジミの現存量の約2割を採食し,この採食量は人の年間漁獲量の半分にあたる.これらの潜水鴨個体群を支える湖沼生態系の質と,固有の餌生物に対応した消化管で最適化している潜水鴨について話題を提供する.
池沼でみられるカモ類の個体数に影響する要因
嶋田 哲郎(宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団)
越冬期にはさまざまな池沼で多くのカモ類がみられるが,その個体数は池沼によって異なる.どのような要因によって個体数の違いが生じるのか.ここではAnas属の水面採食性カモ類の中でも,昼間池沼でねぐらをとり,夜間周辺の水田などで採食活動を行うというある程度明確な日周行動をもつマガモやカルガモ,コガモなどを例にとりあげる.これらのカモ類の日周行動から,昼間のねぐら場所と夜間の餌場,この2つの資源が個体数に影響すると予測し,千葉県都市近郊の池と宮城県伊豆沼・内沼でみられた結果について報告する.
3.ハクチョウ類
★基調報告
日本におけるハクチョウ類の個体数変化
神谷 要(米子水鳥公園)
世界には7種1亜種のハクチョウ類が生息している.このうち日本で越冬するハクチョウ類の大多数は,オオハクチョウとコハクチョウである.両種の日本における越冬地は,オオハクチョウよりコハクチョウが南で越冬する傾向が見られる.
環境庁が毎年行っているガンカモ科鳥類の生息調査によると,日本における1974年のハクチョウ類飛来数は,オオハクチョウ1.1万羽,コハクチョウ0.1万羽,計1.3万羽であった.1974年以降,日本に飛来するハクチョウの個体数は徐々に増加し,1998年の飛来数はオオハクチョウ3.1万羽,コハクチョウ2.4万羽,計5.7万羽となった.1974年のデーターと1998年のデターは,調査面積,調査人員,観察場所の数で単純に比較することは難しいが,ハクチョウの飛来数の増加傾向はほぼ確実である.また,コハクチョウの割合の増加に符合して,オオハクチョウの越冬地にコハクチョウの飛来数が増えているという報告がある.これらの理由として,国内での保護政策浸透,給餌,日本及び他国の越冬地環境の変化などが考えられる.
集団越冬地の南限である中海周辺の地域では,飛来するコハクチョウがネグラと餌場(水田)をわけて生息している.この地域へのコハクチョウの飛来数は,1972年には324羽だったものが,1998年には906羽に増加している.しかし,順調な増加だったわけではなく,1977年に803羽だつた飛来数が,1981年には459羽に半減している.これは,コハクチョウのネグラとするような浅い水域が中海周辺ではほとんどないために,干拓工事中の浅瀬をネグラ環境としていたことが原因している.つまり,工事の進展によって浅瀬であるネグラが失われ,コハクチョウの飛来数減少がおこっていた.その後,コハクチョウは別の干拓工区(現米子水鳥公園)にネグラを移動し,このネグラが保全されたによって900-1200羽の飛来数を維持している.このように,中海周辺へのコハクチョウの飛来数は,ネグラ環境の有無に左右されていることが過去の観察から分かった.
4.ガン類
★基調報告
日本に生息するガン類の個体群の現状と今後の課題
呉地正行(日本雁を保護する会)
現在日本に群れとして渡来するガン類は,コクガンBranta bernicla, マガンAnser albifrons,
ヒシクイ Anser fabalis の3種で,ヒシクイについては2亜種(亜種ヒシクイA.f.serrirostris と亜種オオヒシクイ
A.f.middendorfi)が確認されている.
1970年代初頭には全国で数千羽まで減少したガン類は,1971年に狩猟鳥から除外(マガン,ヒシクイ)され,天然記念物指定(上記3種)による法的保護により,個体数減少が止まり,増加傾向を示すようになり,その越冬数は,コクガン約800羽,マガン約60,000羽,ヒシクイ約12,000羽まで回復したが,その定期渡来地は50ヶ所程度で,その増加は見られない.コクガンは主に北日本の沿岸部の汽水や塩水域に分布し,マガンとヒシクイは北日本と日本海側の淡水湿地に主に生息分布する.
日本へ渡来するガン類の渡りの経路や繁殖地については,ロシアを始めとした国外の研究者との共同調査により,マガンはベーリング海に面したコリャク高地の海岸ツンドラの湖沼群がその繁殖地のひとつであることがほぼ明らかになった.ヒシクイは,2亜種ともカムチャツカ半島西海岸の湖沼で換羽をする群れの多くが渡来することが分かり,その内,亜種ヒシクイserrirostrisは,カムチャツカ半島西海岸南部の複数の河川流域で繁殖する個体の渡来が確認されている.オオヒシクイmiddendorfiの繁殖地については,これまで十分な情報がなかったが,最新の知見について,今年度の大会で尾崎らにより報告が行われる.コクガンについては調査は継続しているが,未だ断片的な情報しか得られていない.
1990年代になると,個体数変動,行動,その分布,にこれまでと異なる傾向が見られるようになった.この傾向はマガンに顕著に見られる.マガンの大半が越冬する宮城県北部でのマガンの渡来数は,1971/72年度には3,000羽だったが,85/86年度に初めて10,000羽を越え,90/91年度には20,000羽を,そして97/98年度には60,000羽を越えた.越冬パターンも変化が見られ,70年代,80年代,90年代と,次第に渡来時期が遅くなり,渡去時期が早くなっている.特に暖冬傾向が著しい90年代は,その傾向が顕著に見られる.またこれまでは渡りの途中の中継地だった東北地方の秋田県の小友沼や八郎潟などの湖沼で越冬期間を通じてマガンやヒシクイが残留する傾向が90年代に顕著になった.更に北の北海道のウトナイ湖では,12月末になっても残留するマガン群が見られるようになり,日高支庁の静内町では厳寒期にも滞在する数十羽のマガン群が95/96年度以降観察されている.
今後のガン類の個体群動態を把握するためには,新たな調査手法の導入,渡り経路全体の,環境情報を含んだ情報の収集,「全国ガンカモ一斉調査」(環境庁)の有効活用などが不可欠と考える.
★コメント・関連トピック
滋賀県湖北地方におけるオオヒシクイの個体数変動要因
村上 悟(滋賀県立大学大学院)
滋賀県湖北地方はオオヒシクイ(Anser fabalis middendorfi)の南限越冬地となっている.オオヒシクイの個体数の年々変動と,気温・積雪域の変動および琵琶湖の水位変動との関係を統計的に評価することを目的として,15年分のデータを用いて研究を行った.
その結果から,滋賀県北部における個体数の年々変動の原因は,1)全国的な気温の低下と積雪域の拡大がオオヒシクイの移動を促して滋賀県北部での個体数を増加させること,2)琵琶湖の水位の上昇によって滋賀県北部におけるオオヒシクイの採食環境が悪化し,オオヒシクイが滋賀県北部から他の湿地へ移動して個体数が減少すること,であると考えられる.
したがって,各渡来地におけるガンカモ類の個体数の変動要因を考える際には,目につきやすい人為的な環境変化だけでなく,気象現象などの影響によって水鳥が渡来地間を移動することを加味する必要がある.そしてその影響の評価には各渡来地での生態調査とともに,渡来地間の協力による全国的な個体数のデータセット構築が必要であると考える.
5.今後の課題の整理
6.次回自由集会(2000年北海道)「ガンカモ類の資源利用」の呼びかけ
次回集会担当予定者(牛山克己,谷野文則,嶋田哲郎,渡辺朝一)