鳥類の音声構造における変異と類似:系統・環境・生態学的及び社会的要因を探る

大庭照代(千葉県立中央博物館)

鳥類は地球上に広く分布し、多様な環境を生息場所として、適応放散を遂げてきた。ダチョウ目からスズメ目にわたる全26目において、音声コミュニケーションの発達の度合いはピンから切りまであるが、用いられる音声はその系統についての特徴を示す生得的な音響構造を基盤とする。しかし、オウム目・キツツキ目・スズメ目等においては、学習や即興によって音声を新たに獲得することが可能であり、音響信号の複雑さと多様性を助長している。音声の音響構造に見られる変異と類似において、学習能力とこれを認知する機構は重要である。
鳥類の適応放散において、その生活の場は陸域から水域まで、また低地から高地まで、或いは熱帯から極地帯まで、さらに裸地から草原や森林までの多様な植生帯を含め多岐にわたっている。ある空間に満ちた媒体の中を伝わっていく音波の宿命として、音声コミュニケーションに用いられる信号は、これら地域区分を特徴づける地形的・気象的・植生的条件からなる伝播空間、即ちコミュニケーションが行われる舞台である生息空間の構造に適応して、その音響構造に特定の変異と類似を見せながら進化してきたと言えよう。
また、鳥類の音声は、カエル類や昆虫類に比して、繁殖期以外の時期にも年間を通じて発声する。即ち、鳥類は繁殖を行う地域生態系においても、また飛翔という移動能力によって訪れる隣接地域や遠隔地域の生態系においても、同種および他種、または鳥類以外の生物種との間に、食物などの資源や天敵などの危険をめぐる生態学的関係や社会的関係を有する。音声行動はこうした関係に対処する有力な手段であり、発信者と受信者の間の一方的、あるいは双方向的なやりとり、または第三者的な立場において、さまざまな変異と類似を行い、進化してきたと言えよう。
鳥類の音声における音響構造の整形の仕方を観察すると、変異幅の多様さや大きさが見られる一方で、みごとな類似性も見出される。変異はしばしば把握しきれないほど多様であるために、厄介なものと考えられてきた。私たちはこの変異をいくつかの「異なる」類型に分類し、比較することに終始してきた。即ち、基本的に人間の目によって、ソナグラムなどにより視覚化された音響構造のイメージから、ノイズを消し一般化する抽出方法である。類似もまた実は厄介である。同種内音声模倣や異種間または非生物的な音源の音響擬態などの調査研究において、「似ている」という判断は、経験に基づいた良い耳を基本として、ソナグラムなどによる視覚化された情報の読み取りによっている。たしかに、技術の進歩は研究者の聴覚と視覚を結びつけてきたが、実際には決して十分ではない。何をもって「異なる」とし、何をもって「似ている」とするのか。これに対して明解で自動的な解析方法はまだない。
音響構造の変異と類似は、音声進化の過去の歴史をたどる断面であると同時に、これからの進化の方向性に寄与する材料源とも言える。これらをあるがまま捉えていくことで、新しい知見が得られるかもしれない。また、類似は同一とは違う。音声が似ているものどうしの間に見られる音声構造の詳細な違いは、これらの種の聴覚受容・認知・音声発現の機構について、重要な情報を提供するだろう。また、種内および種間における生態学的もしくは社会的関係からも重要な視点が提供されるだろう。変異と類似を正確に捉えるために、より高度な解析手法を取り入れ、フィールドにおける変異や類似の観察および発達の過程を探り、さらに神経行動学的な手法によるアプローチと合わせることが、今後の研究の地平を開く重要な動力になるだろう。