要素配列規則の複雑なジュウシマツの歌:メスの好みと進化
岡ノ谷一夫(千葉大学および科学技術振興事業団)

 鳴禽類では歌はメスの誘因とライバルの牽制の機能を持つ行動である。歌の音声構
造は同種のオスから学習される。一般に歌は数種の要素からなり、これらの要素の配
列のしかたは画一的である。ジュウシマツの歌はこの一般の基準からはずれ、複雑な
要素配列をもつ歌をうたう。つまり、ジュウシマツの歌は時間軸上でのダイナミクス
を持つといえる。
 ジュウシマツは中国南部に棲息するコシジロキンパラという野鳥を、250年まえ
の大名が日本に輸入してペット化した品種である。ジュウシマツの歌とコシジロキン
パラの歌を比較してみると、コシジロキンパラの歌は個々の要素を画一的に配列して
構成されていることがわかった。ではどうして、この種を原種とするジュウシマツで
は、歌が動的に配列されるようになったのだろうか。ペット化により、補食される危
険と採餌のための時間がなくなり、複雑な歌をうたうコストが低減されたのではない
だろうか?
 こうした仮説を機能的な面から検証するため、要素配列のしかたによりメスの生殖
行動と生理状態が変化するかどうかを調べた。メスのジュウシマツを1羽ずつ小さな
ケージに入れ、わら巣と巣材を与えた。複雑な要素配列を持つ歌を聴かせたグループ
では、巣材を運ぶ頻度が増え血中エストラジオールレベルが増加したが、単純な歌を
聴いたグループではそうした変化が見られなかった。 
 次に、歌の複雑化を進化的視点から考えるため、メスのコシジロキンパラの歌の好
みを調べる実験を行った。もともと複雑なジュウシマツの歌、本来単純なコシジロキ
ンパラの歌、編集して複雑にしたコシジロキンパラの歌を前述のようなやり方でメス
に聴かせたところ、複雑に編集されたコシジロキンパラの歌がもっとも効果的であっ
た。このことから、実際にはコシジロキンパラのオスは複雑な歌をうたわないにもか
かわらず、コシジロキンパラのメスには複雑な要素配列を好む傾向があったことがわ
かる。
 結果を総合して、ジュウシマツの歌がなぜ複雑になったかについて考えてみると以
下のようになろう。1)ペット化により複雑な歌をうたうコストが低減したこと、2
)原種のメスに複雑な歌を好む感覚的なバイアスがあったこと、3)複雑な歌をうた
う傾向が、繁殖効率のよさを人為的に選択した結果の副産物として、選択されたこと
。このうち1)関してはフィールドで確認することが必要である。

(この研究は科学技術振興事業団さきがけ研究21により助成を受けた。)