日本鳥学会2001年度大会の講演要旨 |
●M9 第11回 ちょっと長めの話を聞く会
臨時世話人 藤田 剛 (東大・農・生物多様性)
趣 旨
この自由集会では:
a. ひと仕事成しとげた話題提供者の発表をじっくり聞き,議論を思う存分たたかわせる場づくり
b. さまざまな研究分野の到達目標を,アマチュアや研究を始めたばかりの会員に理解してもらう場づくり
c. 話題提供者に,自分の研究の全体像を一般の人にもわかりやすくまとめ直す機会の提供
を目指しています (初代世話人山岸哲さんの趣旨[92年大会要旨集]をぼくなりに要約しました).
ですから,アマチュアとして研究を志している方,研究をはじめたばかりの学生の皆さんも,どうぞ遠慮なく参加してください.そして,初歩的な質問だからと恥ずかしがらず,口頭発表などでは聞けないような質問や意見を,どんどん話題提供者にぶつけてください.
また,議論の時間もたっぷりとる予定ですから,プロの研究者,大学院年長組(?),ポス・ドクなどの皆さんには,高度で深い議論を大いに楽しんでいただきたいと思っています.
未定ですが,話題提供者以外にもコメンテーターをお招きし,コメントや解説,議論収拾(?)などをお願いしたいとも考えています.
話題提供者紹介
濱尾章二さん (さいたま市立浦和南高等学校)
濱尾さんは,今年,立教大学理学部の上田恵介さんのもとで学位を取得されたばかりです.高校教員の仕事とコヨシキリのハードな野外調査を両立され,論文執筆,学
会発表に熱心に取り組んでいらっしゃる姿に勇気づけられた人も多いのでは....今回は,その濱尾さんを「まな板」の上へと招待(?)します.
交尾相手の数や捕食率など,個体の適応度に影響する要素の中には時々刻々と変化するものがあります.お話のトピックは,この状態変化にコヨシキリの雄はどう対処すべきなのか,という問題です.状態依存の意志決定という,行動生態学の分野では伝統的でかつホットな話題に関係していそうです.
コヨシキリのオスの配偶戦術:
つがい相手誘引行動のコストと利益
濱尾章二(さいたま市立浦和南高等学校)
繁殖期のオスの行動には強い選択圧がはたらく。鳥類の場合、オスは繁殖期につがい相手の誘引、父性の防衛(つがい外交尾による卵の受精の防止)、子の世話、自らのつがい外交尾といった行動の中から、その時々適切な行動を選択することによって、適応度を最大化することができる。これらの行動の間には、トレードオフの関係があることが予想される。また、これらの行動のコストと利益は、つがい相手のメスの繁殖ステージの進行とともに変化する。さらに、それぞれの行動のコストと利益の大小は、個体群の社会的要因や生息場所の生態的要因によって変化する。この研究は、コヨシキリ Acrocephalus bistrigiceps のオスの配偶行動、特につがい相手誘引のパターンを明らかにすることとともに、その行動のコストと利益に影響を及ぼしている社会的要因、生態的要因を明らかにすることを目的として行った。
調査した個体群ではメスの渡来は2カ月近くの長期間にわたり、そのためオスにとって繁殖期を通じてメスを得やすい状況が生じていた。また、約半数の巣が捕食に会い、メスはその後つがい相手を変えずに繁殖をやり直した。そのため、オスにとってつがい外交尾の相手となり得る受精可能なメスが豊富な状況が生じ、それは個体群内でつがい形成が終了した後も続いていた。
オスは独身期には活発にさえずったが、つがいを形成するとさえずりを止めた。その後は、メスが産卵を終える頃にさえずりを再開させるものと再開させないものの2つがあった。前者は一夫多妻を目指す戦術、後者はつがい外交尾を目指す戦術と考えられた。一夫多妻となったオスは、複数の育雛中のメスがいると、繁殖ステージが先行する巣のヒナに対してだけ給餌を行った。しかし、オスの給餌援助がない方の巣でも、ヒナの巣立ちや成長に明らかな悪影響は見い出されず、既婚オスとつがいになることの潜在的なコストは重大なものではなかった。加えて、頻繁な巣の捕食のために、営巣メスの繁殖ステージの撹乱が激しかった。そのため、既婚オスとつがいになったメスでも、38%のものが育雛の援助を得られる状態になった。
繁殖期におけるコヨシキリのオスの行動選択は、行動のコストと利益の大小に関わるメスの長期間にわたる渡来、頻繁な再営巣、再営巣に際しつがい相手の変更がないこと、メスにとって一夫多妻配偶のコストが小さいことなどの社会的条件、さらにそれに関わる高い捕食圧や散在した生息環境という生態的条件から決まっているものと考えられた。オスは、時間的に変化するそれぞれの行動のコストと利益を計りながら、適応度を最大化することができるようにつがい相手の誘引、父性防衛、子の世話などの行動に繁殖努力を配分していると見ることができた。