日本鳥学会研究奨励賞受賞講演
研究奨励賞は,日本鳥学会の若手研究者を励ますために2005年度に創設された賞である.日本鳥学会の賞の歴史を紐解くと,会員数が少なかった頃には,学会賞(1956年以降,1954年以前は蜂須賀賞)や鳥学研究賞が設けられていた.その頃の受賞者には現在の日本鳥学会を代表する鳥類研究者が綿々と名を連ねていた.その一方,1949年度に奨学賞が設けられ,アマチュア研究者の方々を中心とした受賞の歴史が重ねられてきました.
このような歴史の中で,近年は多くの大学で鳥類の研究が行えるようになり,数多くの大学院生が鳥学会に参加するに至った.そこで,日本の鳥類学の将来を展望するにあたって,これらの職業研究者の卵を励まそうと創設されたのが研究奨励賞である.受賞者は,提案した研究計画の成果を2年以内に大会で発表することが義務づけられている.
今回,2008年度東京大会で研究成果を発表する森さやか氏は,2007年度研究奨励賞の受賞者である.
受賞者プロフィール
森 さやか(もり さやか)
札幌市生まれ
2000年3月 帯広畜産大学 畜産学部 畜産環境科学科 卒業
2002年3月 帯広畜産大学大学院 畜産学研究科 畜産環境科学専攻 修士課程 修了
2002年4—8月 EnVision環境保全事務所 非常勤職員
2002年9—11月 青年海外協力隊 平成14年度2次隊 隊員候補生(派遣前訓練)
2002年12月—2004年12月 青年海外協力隊 平成14年度2次隊 マダガスカル チンバザザ動植物公園 生態調査隊員
2005年4月—現在 東京大学大学院 農学生命科学研究科 生圏システム学専攻 博士課程 在学中
1999年に卒業論文としてアカゲラの研究を始める.修士論文までは,農耕地の分断化した森林に生息するアカゲラの繁殖期と非繁殖期の行動圏利用を調べる.アカゲラは,繁殖期には多様な環境に営巣して営巣木周辺で採食するが,冬期には営巣木周辺に定住しつつもチョウセンゴヨウ種子を採食するために遠くの屋敷林を頻繁に訪れることを明らかにする.行動圏の調査と並行して,農耕地帯のアカゲラ繁殖個体群の標識とモニタリングを始める.修士課程修了後,EnVision環境保全事務所で北海道の自然保護行政関係の野外調査やGISを用いた資料整備などの仕事に携わる.その後2年間,マダガスカルの国立動植物園に青年海外協力隊員として赴任し,原猿類や鳥類等の野外生態調査,園内施設改善,環境教育などの活動をおこなう.帰国後の2005年から,帯広のアカゲラの調査を再開する.現在は,標識個体群の経年観察により,個体の行動をふまえて人口統計学的パラメータの時空間的な変動パターンを導き出し,それに基づいて個体群動態のメカニズムを明らかにすることを目指している.
基金運営委員会
個体群動態のプロセスとメカニズムを知るためには,個体群のサイズを決定する出生,死亡,移出,移入といった人口統計学的パラメータの変動パターンを把握することが不可欠である.パラメータの変動パターンは,適応度を最大化するような個体のふるまいから創発されると考えられる.つまり,個体のなわばり環境選択,繁殖,移動,分散といった行動とハビタット構造の間に観察される時間的・空間的パターンを把握することが,パラメータの変動のプロセスを知る手がかりになる.個体の行動や個体群生態に観察されるパターンやそのプロセスは,スケールによって異なり,観察対象よりも上位のスケールから受ける制約を考慮する重要性も指摘されている.本研究では,分断化した森林に生息するアカゲラDendrocopos majorを対象に,繁殖個体の行動を経年観察して人口統計学的パラメータの時空間的変動パターンを捉え,それに基づいて複数の空間スケールを考慮して個体群動態のメカニズムを検討する.
調査地は帯広市南部の農耕地域に設定した(40km2).森林面積率は約6%で,連続した森林地帯(日高山脈山麓)までの最短距離は約5kmである.1999-2001年および2005-2007年の5月から7月上旬に,調査地内の営巣木の位置の記録と繁殖個体および巣内雛の足環標識を行った.営巣数は毎年12-34巣であり,これまでに雄76羽,雌70羽の繁殖個体(標識率36.5-95.8%),および159羽の巣内雛に標識した.今回の発表では,行動圏と調査地のスケールでの解析結果を発表する.
まず,営巣個体の分布パターンを,なわばり性の動物の個体分布を説明するモデルである理想専制分布が予測するシナリオと比較した.このモデルでは,高質または先着の個体は高質のハビタットをなわばり行動によって独占する.このモデルによると,個体群密度が増加すると 1) 低質のパッチが利用され,2) 低質パッチの利用割合の増加により,個体群レベルで繁殖成績や生残率が悪化すると予測される.解析の結果,アカゲラは資源の多い森林面積の多い場所を選択していることが示された.森林面積の多い場所では,生残可能性は高まるが,繁殖成績は向上しなかった.その原因は,森林面積の多い場所では他種や同種他個体からの干渉コストが増え,森林面積の少ない場所での採食や移動のコストの増加と相殺するためと考えられる.
次に,人口統計学的パラメータと個体群構造を推定し,一般に個体群動態に対する影響が大きいことが知られる冬の気候と食物資源量を考慮して,繁殖個体群の動態プロセスを推測した.解析の結果,調査地内の個体群の半数以上は調査地外から出生分散してきた新規加入個体からなると推定された.ただし,冬に好まれる食物資源であるチョウセンゴヨウの結実量が少なくかつ厳冬の翌年には,新規加入個体は少ないことがわかった.一方,成鳥の生残率は気候条件にかかわらず,結実量と強い相関があった.したがって,冬の気候と食物資源量の組み合わせ効果が,若鳥と成鳥の生残や加入に異なる影響を及ぼすことによって翌年の個体群サイズが決定されると考えられる.
以上の結果より,アカゲラの個体群動態のプロセスは次のように考えられる.1)アカゲラは森林面積率の高い場所から好んで営巣する,2)好まれるパッチでは食物資源が少ない冬でも生残できる可能性が高い,3)好まれないパッチでは生残可能性は低くなるが繁殖成績は悪くならず,新規加入個体の営巣地として有効である,4)通常,出生分散してきた新規加入個体が,成鳥の死亡分を補償して個体群サイズを維持する,5)食物資源が少ない厳冬の翌年には新規加入個体が少なく,成鳥の死亡を補償できずに個体群サイズが小さくなる,6)減少した個体群サイズは1年で回復するため,その際に新規加入個体の供給を連続した森林に依存する条件的ソース—シンク関係が成り立っている可能性がある.
1 企画趣旨
・絶滅が危惧されている森林性大型猛禽類(イヌワシ・クマタカ)に関しては、これまでその生態等の解明に力が置かれてきたが、両種の繁殖成功率の低下が顕著であることを考えると、繁殖失敗原因の解明や保護対策の実践に今まで以上に積極的かつ迅速に取り組む必要があると考えられる。
・イヌワシの繁殖失敗原因については、生息地毎の固有の原因もあるが、北上高地の1995年以降の繁殖成功率低下については、イヌワシの好適な採餌環境の減少との関係が明らかにされている(由井ら2005)。また、中国地方のクマタカの繁殖成功率の顕著な低下も、採餌に利用困難な森林植生の増加が主要な原因と考えられ、採餌適地の維持造成や森林管理が必要であるとされている(飯田ら2007)。
・そのため、採餌環境の回復や餌動物の増加を目指し、列状間伐が各地で施業されている。その結果、イヌワシの飛来回数の増加や採餌行動が確認されているところもある一方で、探餌頻度の増加やノウサギ生息数の持続的な増加に繋がっていないという調査結果も報告されている(石間ら2007)。
・このことから、列状間伐の効果的な施業のためには、鳥類研究者だけでなく哺乳類等の研究者や森林管理関係者等との協働による伐採方法や伐採場所の選定などについて十分な事前検討とモニタリングおよび関係者による知見の共有が必要であると考えられる。
・また、併せて、今後、繁殖成功率を高めるための必要森林施業面積、森林施業上の得失および生物多様性上の効果なども解明していく必要があることから、本集会では、鳥類研究者だけでなく哺乳類や植生の研究者や森林管理関係者等を迎えて議論を行い、列状間伐に関する今後の調査・研究および実践への契機としたい。
2 コーディネーター
前田琢
3 話題提供者(追加あり)
飯田知彦(広島クマタカ研究会):クマタカの繁殖率低下と行動圏内の森林構造の変化との関係
高橋誠:東北地方における列状間伐の実施状況とその課題
関島恒夫(新潟大学):イヌワシの採餌環境創出と列状伐採の効果
4 コメンテーター(追加あり 一部予定を含む)
関山房兵(猛禽類生態研究所) 横山隆一(日本自然保護協会) 環境林野行政担当者 他
1999 年より「東アジア地域ガンカモ類重要生息地ネットワーク」の活動を支援する鳥学研究者のグループを設立して毎年鳥学会大会の際に集会を開いてきた(その詳細は以下のサイトをご覧いただきたい http://www.jawgp.org/anet/jgprop.htm 本集会の要旨なども掲載予定)
今回はガンカモ類の中で、外来種として野生化したコブハクチョウCygnus olorとコクチョウCygnus atratus(ハクチョウ類)、カナダガン大型亜種Branta canadensis(ガン類)及び野生化したアヒル類(カモ類)に注目し、その分布及び個体数の変遷、移入された経緯とその現状などについて、関係者から報告をして頂き、それらを踏まえて管理方法を含めた課題の抽出とその解決に向けた議論を参加者とともに深めたい。
第10回東アジアガンカモ類ネットワーク支援鳥学者グループ(JOGA)研究集会
ガンカモ類外来種の現状と対策及び今後の課題
企画者:呉地正行(son_goose2@ybb.ne.jp)・須川 恒・大畑孝二
企画趣旨
1999 年より「東アジア地域ガンカモ類重要生息地ネットワーク」の活動を支援する鳥学研究者のグループを設立して毎年鳥学会大会の際に集会を開いてきた(その詳細は以下のサイトをご覧いただきたい http://www.jawgp.org/anet/jgprop.htm 本集会の要旨なども掲載予定)
今回はガンカモ類の中で、外来種として野生化したコブハクチョウCygnus olorとコクチョウCygnus atratus(ハクチョウ類)、カナダガン大型亜種Branta canadensis(ガン類)及び野生化したアヒル類(カモ類)に注目し、その分布及び個体数の変遷、移入された経緯とその現状などについて、関係者から報告をして頂き、それらを踏まえて管理方法を含めた課題の抽出とその解決に向けた議論を参加者とともに深めたい。
◆ 企画趣旨の説明;;ガンカモ類外来種の概況について(10分)
◆ 呉地正行(日本雁を保護する会)(15分)
「外来種としてのカナダガン大型亜種の分布と個体数の変遷及びその問題点」
〔要旨〕;富士山麓に起源を持ち、次第にその分布域を広げつつあるカナダガン大型亜種の「野生化」の概況を述べ、その結果引き起こされるようになった問題点について述べる。
◆ 葉山久世(かながわ野生動物サポートネットワーク)(15分)
「神奈川県で野生化したカナダガン大型亜種の現状について」(仮)
〔要旨〕;神奈川県内でのカナダガン大型亜種の移入経過とその現状について報告し、そのモニタリグ体制や今後の課題についても触れる。
◆ 土屋結(筑波大・生物資源)(15分)
「霞ヶ浦におけるコブハクチョウの生息・繁殖状況と給餌の影響」
〔要旨〕:2007年3月から6月までの、霞ヶ浦におけるコブハクチョウの生息数と繁殖状況の報告。また、給餌のコブハクチョウの繁殖への影響 について報告する。
◆ 大畑孝二・原田修 (日本野鳥の会) (15分)
「ウトナイ湖におけるコブハクチョウの個体数等の変化と渡り」(仮)
〔要旨〕ウトナイ湖で繁殖をはじめたコブハクチョウの個体数、巣、ヒナの変化と渡りのバンディング記録の報告。
◆ 報告者未定(15分)
「野生化したアヒル類とその起源を考える」
〔要旨〕各地の湖沼や河川で野生化した「アヒル類」について、その起源についての議論を行い、今後の管理方法を考えるための話題を提供する。
◆ 総合討論(40分)
近年、バードウォッチャーや野鳥写真愛好家の増加にともない、記録の少ない種の観察をはじめとして鳥類の分布についてさまざまの新知見が得られていますが、それらの記録を発表する意義と必要性については必ずしも多くの人たちに理解されていないように思われます。日本鳥学会の日本産鳥類記録委員会では、日本産鳥類の分布記録の収集のため、2001年以来活動を行っており、手始めに記録の少ない種の記録を対象に「日本産鳥類記録リスト」(1)〜(7)を公刊していますが、そのための記録収集は困難を極めています。その一方で記録委員会の活動にたいする認知の度合いが鳥学会内部でも必ずしも高くないことを感じています。
この自由集会では、鳥の生物学の基礎となる分布情報の集成のために欠かせない記録の発表の意義と課題について考え、日本産鳥類記録委員会の活動への理解を深めていただくとともに、記録発表の機運を高める一助となるような討議ができればと考えています。
話題提供者
梶田学(京都市北区)
「望ましい記録発表に求められるもの」
藤巻裕蔵(帯広畜産大学名誉教授)
「日本鳥類目録の意義と目録6版編集の実際」
濱尾章二(国立科学博物館自然教育園)
「日本鳥学会誌『観察記録』の現場から」
樋口孝城(北海道医療大学薬学部)
「地域における鳥類記録収集〜「石狩鳥報」を例に〜」
平岡考(山階鳥類研究所)
「海外(イギリス)における記録収集」
*話題提供者、タイトル、順番は変更の可能性があります。
日本周辺には、離島を中心に数多くの海鳥コロニーが存在し、種々の稀少海鳥の繁殖も確認されている。しかし近年、海洋環境の悪化や漁業による混獲等による、海鳥の生息や繁殖への悪影響が指摘されており、その現状把握と保護対策の実施が急務である。今回の自由集会では、日本各地で行われているモニタリング活動等の報告を行い、日本周辺における稀少海鳥類の現状と課題についての共通認識を得るとともに、今後の保護活動のあり方について考えることを目的とする。また、海鳥に関する情報交換の場を広く提供することにより、各地での調査・保護活動の活性化を目指す。
現在約200種ともいわれるフクロウ類は、極地を除く全世界に分布しています。その多くが樹洞営巣棲で森林と密接に関わり、肉食猛禽類として生態系と密接に関係しており、現代社会が抱える環境問題(自然と人間との共存)を考える上で重要な示唆を与えてくれる鳥類の一つです。しかしながら、フクロウ類の多くは夜行性で、観察・調査活動に困難を伴うなど特殊な工夫が必要です。南北に細長い我が国には、多様な自然環境下に12種のフクロウ類の生息が確認されており、諸外国からの強い関心を寄せられるものの、未解明な課題を多く抱える現状にあります。
生態、生理、分子生物学など、分野によっては他分野の方々の力を借りて調査・研究を推進する必要があります。初回の今回は、フクロウ(Strix uralensis )に焦点をあて、最近本種について学会発表をされた方々にそれぞれの経験や苦労に基づき話題提供をしていただきながら、国内における研究の現状の確認をしたいと思います。
将来的には、調査方法の統一化や、各地における調査結果を国内レベルで比較したり、諸国外との比較が可能になればと考えています。また、既存の記録を適切に管理したり、定期的な情報交換のための意見交換もできればと思っています。本種の研究がさかんな北欧の事例も交えながら、今後の好ましい研究・活動の在り方について議論を深め、今後の枠組みを構築することに繋げていきたいと思います。限られた時間の中ですので、全てを深く掘り下げることはできないかも知れませんが、分野や経験を問わず、関心のある方の気軽なご参加を期待しています。
1)開催趣旨
2)国内のフクロウ研究の現状 (話題提供、予定)
○滝沢和彦(日本野鳥の会長野支部)・堀田昌伸(長野県環境保全研)
「長野県におけるフクロウの研究・活動事例」
○那須義次(大阪府病害虫防除所)・村濱史郎((株)野生生物保全研究所)
・松室裕之「フクロウ巣を利用する昆虫−特に鱗翅類を中心に−」
○東 信行(弘前大・農学生命)「青森のフクロウ、地域の方たちの活動」
○樋口亜紀(国立科博・動物)「新潟・山梨県における研究事例」
3)今後の課題(進行役) 「北欧・諸外国に学ぶ」
「新しい調査手法・地域との連携体制」
コメンテーター:早矢仕有子(札幌大・法)・高木昌興(大阪市立大・理)
立教大学での1991年大会ではじまったこの自由集会も13回目となりました。数年間、休眠状態だったこの会を昨年から復活させた私が、引き続き今年も世話人として開催します。
この会の主旨は、この会を立ち上げた初代世話人の山岸哲さんが1992年大会講演要旨に書いてあるとおりである。2代目世話人の藤岡正博さんがその主旨を上手にまとめてあるので、そのまま掲載する。第1の目的は、最近学位論文をまとめた研究者に研究の全体像や哲学を話してもらうことで「専門分野での研究到達目標はこんなもんですよ」ということをアマチュアの研究者につかんでもらう。第2に、学問的議論をじっくりやる。そして第3に、全体像を話すことで発表者本人にもなにがしかのものを得てもらう。この主旨のもと、3代目世話人の浦野栄一郎さん、4代目世話人の高木昌興さんの尽力で、今までに永田尚志さん(第1回)、日野輝明さん(第2回)、綿貫豊さん(第3回)、小藤弘美さん(第4回)、Navjot Sodhiさん(第5回)、堀田昌伸さん(第6回)、早矢仕有子さん(第7回)、村上正志さん(第8回)、西海功さん(第9回)、白木彩子さん(第10回)、濱尾章二さん(第11回)、天野達也さん(第12回)に発表していただいた。
世話人が変わったからといって基本的な主旨は変えないつもりでいる。初代世話人の山岸さんは、「私自身がアマチュア時代に最も困った点は、その分野での自分の研究の当面の到達目標をどのレベルにおいたらよいかが、大学の外にいると知りにくいことであった」と主旨説明の中で述べている。研究をはじめたばかりの方、研究を志している方、どうぞ気楽に参加してください。世話人としては、なぜ、そのテーマを選択したのか(研究のきっかけ)、着眼点、研究の進め方、悩んだ点などの全体像を話してもらい、データの処理方法等は二次的なものと考えています。
話題提供者
関 伸一さん(森林総合研究所九州支所)
今回、話題を提供していただく方は、関伸一さんです。関さんの研究対象はアカヒゲです。関さんは、こつこつとデータを蓄積し、昨年、東京大学で学位を取りました。昨年の鳥学会シンポジウムでは、「南西諸島からはみ出してしまったアカヒゲ」を講演されましたが、今回はその内容も含め、アカヒゲの系統と渡りの進化まで扱った博士論文の内容をやさしく話してもらいます。
琉球列島は九州と台湾の間に連なる島々で,この地域では海水面変動や地殻変動などの地史的イベントによる陸橋の形成と消失が繰り返されてきた。陸橋の消長とそれに伴う環境変化は生物の移入,集団分化,地域的絶滅をもたらし,陸鳥を含む陸棲生物の分布パターンに強く影響したと考えられる。しかし,鳥類の生息地としての琉球列島のもう一つの特徴は,この地域が主要な渡りの経路上に位置することである。高い移動能力と長距離分散の潜在力を持つ渡り鳥にとっては,琉球列島の島嶼間,あるいは本土との間の地理的な隔離はとりわけ不完全なものだったと考えられる。それにもかかわらず,琉球列島で繁殖する渡り鳥でも集団間で形態や生活史に変異が認められる例は少なくない。
琉球列島周辺の固有種であるアカヒゲErithacus komadoriもそのような種の一つである。アカヒゲの北部の繁殖集団は渡りを行い,高い移動能力と島嶼間分散の潜在力を持つと推測されるにもかかわらず,集団間で形態と生活史に変異が認められる。奄美群島以北で繁殖する亜種E. komadori komadoriと,沖縄島で繁殖する亜種ホントウアカヒゲE. komadori namiyeiとは,羽色の違いにより明確に区分される集団である。渡り行動にも地域的な変異が認められるが,その境界は亜種の区分とは一致していない:トカラ列島で繁殖する個体が渡りをし,先島諸島などで越冬するのに対し,奄美群島から沖縄島の繁殖集団では留鳥個体が優占する。このような,形態と生活史の分布パターンはどのように生じたのか,そして,どの程度遺伝的な変異を伴っているのだろうか?本研究では,アカヒゲを含む近縁種群の系統関係とアカヒゲの集団構造をmtDNAの塩基配列データと形態に基づいて分析することにより,琉球列島の地史と形態や生活史の変化が,集団分化と種分化にどのような影響したかを考察した。
mtDNAの分析からは,アカヒゲの2つの亜種がそれぞれ異なる系統群に分類されるだけでなく,亜種アカヒゲの系統群内にはわずかながら遺伝的に分化した3つの下位集団(トカラ列島・奄美大島・徳之島)が存在することが明らかになった。さらに,渡りとの関連が強い翼の形態でも亜種間には明確な違いが認められたが,亜種内での変異はそれほど明確でなく,亜種アカヒゲに属する奄美群島以北の個体はすべて実際の生活史に関わらず渡り鳥に特徴的な翼の形態を持っていた。遺伝情報,形態情報と,地史的イベントの関連を考察した結果,アカヒゲの祖先集団は更新世中期に琉球列島中部で分化し,その後の分布拡大・隔離・気候変動などを経て北部の集団が渡りをする系統群として分化し,さらに近年になって渡りをする系統群の一部集団が渡りをやめたことで,現在の細分化した集団構造が生じた可能性が示唆された。
実は,この一連の研究は,最初からキチンとした研究計画の元に進めたものではない。アカヒゲの繁殖生態の研究をじっくり続ける中で,自然と抱いていた疑問を辿った末に行き着いたものだ。発表では,系統地理とは一見無関係な研究の背景部分も織り交ぜつつ,身近でまだまだ奥深い研究フィールド,琉球列島の魅力と可能性をお伝えできればと思う。
カワウにはコロニーに執着する傾向があります。しかし、個体数が増えたり樹木の枯死が進んだりして生息密度が高くなると、周辺に新しいねぐらを形成するようになります。そして数年経つと、そこで新たに繁殖が始まります。
1990年代後半より、内水面漁業者やねぐらやコロニーの場所の管理者などが、カワウ個体数の増加と分布の拡大に危機感を募らせるようになり、いろいろなカワウ対策が採られるようになってきました。各地で多く行なわれているのが、採食場所での「追い払い」やねぐら・コロニーからの「追い出し」です。ところが、これらの対策は、逆に、カワウのねぐらやコロニーの分散を加速する要因にもなっています。最近では、新しく成立したばかりのねぐらですぐに繁殖が始まる傾向も見られるようになりました。そして、このよう分散は、カワウが利用する地域が拡大することになり、彼らに新たな食物資源の獲得をもたらしており、各地で個体数が増加している一因にもなっていると思われます。このため、過去数十年間、カワウが観察されなかった地域にも被害が広がってきています。
文化財や私有地など、カワウの生息を許容することが難しいねぐらやコロニーでは、徹底的に追い出す方策が採られるべきでしょう。しかし、すべての場所からカワウを追い出し続けることは困難です。これからは、カワウの分散のスピードや規模を抑えつつ、繁殖成功度を下げるような密度効果を利用したコロニー管理も必要になってくると考えます。
今回の自由集会では、制限付きでカワウの生息を受け入れながら調査や対策をおこなってきている事例の紹介を、千葉県行徳鳥獣保護区にあるカワウのコロニー管理に携わっている蓮尾純子さんと、滋賀県伊崎半島にあるコロニー管理に携わっている滋賀森林管理署の山本正志さんにお話いただきます。カワウに対する思いや、調査結果、具体的な対策事例、今後の展望などをお話していただく予定です。
討論の時間を多めにとりたいと考えています。あくまでもテーマは「コロニー管理」ですが、会場からも多くのご発言をいただけたら幸いです。みなさまのご参加をお待ちしております。
野鳥を知るための野外活動として,探鳥会や観察会など野外観察会が催される.野外観察会は,雨天などで順延になる場合も多い.ネイチャーセンターや自然観察施設,博物館などでは,屋外だけではなく室内も利用できるという利点がある.多くの野外観察会だけではなく,講座や講演会などが開催されている.
常時,天候がよいならば,探鳥会などの観察会を順調に開催できる.しかしながら,雨天の時も企画が立てられている.企画を順延せず,野外観察会とうまく屋内の企画がかかわり合い,野鳥を知っていただくことができようにはならないだろうか?単純なイベントではなく,環境教育が効果的なプログラムができないであろうか?野外観察会を開催する意図を損なわず,野外とは異なる企画ができ,野鳥を知るための環境教育の実践ができないものであろうか?さらに,講座や講演会の参加者を増やすことができないだろうか?
探鳥会や観察会など野外の企画への参加者の人数は多いが,講座や講演会の申込は少なく,展示会を観覧する入場者が少ないといった問題点を抱えている所も多い.多くの施設で,新設された当初は入場者が多いが,次第に減少するといった傾向もある.広報により動員数を増やしたいと考えても,予算も少なく,人手の足りないといったところが現状である.
同じような問題点を抱えた呼びかけ人が自由集会を企画した.呼びかけ人が開催して実践している野鳥を知るための学習教材を紹介し,屋内での環境教育的な活動を時間内で実演したいと考えている.
財団法人日本野鳥の会では、野鳥をテーマとした指導者向けアクティビティ集である「ガンカモティーチャーズガイド〜身近な水鳥から始まる環境学習〜」と「タンチョウ・ティーチャーズガイド〜伝えたいタンチョウのこと〜」を作成している.今回は,ガンカモティーチャーズガイドより「実物大のガンカモを作ろう」を参加者と共に作成したいと考えている。
1.環境学習教材ガンカモティーチャーズガイドの紹介(脇坂英弥・大畑孝二・原田修)
2.千葉県産木質プラスチック素材のエコデコイの紹介(西野文智・橋口朝光・桑原和之)
猛禽類・小鳥類の重要な渡りの経路となっている愛知県渥美半島・渥美山塊の最高峰「越戸大山」山頂(328m)近くを陸上自衛隊航空学校がヘリコプター離着陸訓練場とする計画につき、日本鳥学会は2004年度の総会で、「再検討を求める要望書」を決議し、防衛庁(当時)、環境省大臣などに提出した。
2005年9月、陸上自衛隊航空学校長と田原市長は「覚書」を交わし、同年10月1日より、大山に「陸上自衛隊ヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)」が設置されたが、鳥学会を初めとする多くの野鳥・自然関係者の声を受け、陸上自衛隊教育訓練課は(株)建設環境研究所に委託し、07年に「環境調査」(猛禽類生息調査)を大山(山頂から1km以内)で行った。
その結果大山一帯での「オオタカ・サシバ・ハチクマが繁殖している可能性が大きい」として、訓練方法などを環境省に照会している。
06年7月、愛知県知事は国定公園管理者としての立場から「鳥類の生息調査後、科学的で開かれた話し合いを自然関係者が求めていることを防衛庁に伝える」と約束し、現在もその姿勢は変わっていない。
大羽等は05年以降、引き続いた渥美山塊の猛禽類等の生息調査を行い、05・06年の自由集会に報告してきた。今年の自由集会では07・08年の調査結果と防衛省調査結果とを紹介し、今後予想される陸上自衛隊訓練課等との話し合いにどのような姿勢で臨むべきか等、鳥類関係者の忌憚のない意見交換を行う場となることを願って開催する。
今年の大会シンポジウムは海外と熱帯がキーワードです。私たちにあまりなじみのない熱帯の鳥。系統的に近縁の種類が温帯域にはまったくいない鳥たち。同じような形態なのに、よく見ていると温帯の鳥では見たことのないような行動様式を持っている鳥たち。繁殖期が年1回かと思って調査をしてみたら、決まった繁殖期があるのかないのか、よくわからない鳥たち。熱帯の小鳥には一夫一妻(社会的にも遺伝的にも)が多く(つまりEPFが少ないということ)、寿命も長く、しかもなぜかヘルパーを持つ種類が多いのも特徴です。マダガスカル、オーストラリア、東南アジアの熱帯林で、温帯域の鳥とはまったく異なる熱帯の鳥たちを調べてきた研究者に、熱帯域での海外調査と熱帯の鳥の特性について、海外における野外調査の醍醐味もふくめて、興味深い新発見を縦横に語っていただきます。
演者と講演タイトル
中村雅彦(上越教育大・生物):マダガスカル特産オオハシモズ類の比較社会 熱帯に生息する種はおもしろいか?
江口和洋(九州大学):モンスーンサバンナは玉虫色
北村俊平(立教大学/日本学術振興会):熱帯の森をそだてるサイチョウ類
永田尚志(独立行政法人国立環境研究所・生物圏環境研究領域):東南アジアの熱帯雨林の鳥類群集
パネルディスカッション
生態学では,いくつかの種を比較して社会の進化を議論することがよく行なわれる.また,環境条件と社会の関係から,ある社会がなにかの環境条件への適応として進化したと議論することもある.種を並列的に扱う従来の種間比較の方法に対し,最近では分子系統学の発展にともない「生物はその背後に系統関係を抱えている」という視点で種間比較ができるようになった.
マダガスカルの様々な環境に生息するオオハシモズ類(全14-15種)は,体サイズと嘴の形態の分化が著しいが,生化学的(mtDNA配列による)証拠から単一系統であることがわかっている.そのため、系統関係と環境を考慮に入れた比較社会を議論できる好適な材料といえる.オオハシモズ類10種において,造巣から育雛までの雌雄分担をもとに各種の繁殖システムと生息環境(RF=熱帯降雨林、DF=落葉広葉樹林、SF=半砂漠有棘林、ALL=3つの林全て)を調べた結果,以下であることがわかった.
アカオオハシモズ:協同繁殖(一夫一妻を基本とし,雌は分散して繁殖する一方,雄は親のなわばりにとどまり,手伝い行動をする)RF/DF
シロガシラオオハシモズ:協同繁殖(一夫一妻を基本とし,ヘルパーは育雛の手伝いはしないが,天敵に対して親と共にモビングする)ALL
ハシナガオオハシモズ:協同一妻多夫(雌は複数の雄と交尾をし,雄は雌と共に造巣,抱卵,育雛を行なう)DF/SF
ヘルメットオオハシモズ:一夫一妻(雌雄で抱卵・育雛)RF
シロノドオオハシモズ:一夫一妻(雌雄で抱卵・育雛)DF
カギハシオオハシモズ:一夫一妻(雌雄で抱卵・育雛)ALL
クロオオハシモズ:一夫一妻(雌雄で抱卵・育雛)RF
チェバートオオハシモズ:協同繁殖(複数の成鳥が育雛に参加)ALL
シリアカオオハシモズ:一夫一妻(雌雄で抱卵・育雛)RF/DF
ハシボソオオハシモズ:一夫一妻(雌雄で抱卵・育雛)RF/DF
かつてオオハシモズ類は形態面や,採餌行動面では分化を遂げているが,社会構造面では種間の違いが小さいと考えられていた.しかし,オオハシモズ類は一夫一妻を基本としながらも,いくつかの協同繁殖のバリエーションを持ち,繁殖システムの多様性は大きい.分子系統樹に各種の繁殖システムを配置すると近縁の分類群に協同繁殖が集中することはなく,系統の束縛はゆるい.一方、熱帯雨林に生息する種は一夫一妻であることより、むしろ生息環境が繁殖システムに影響している可能性が高い.
熱帯の鳥を研究する人は,その多様性の高さ,目を見張るような特異な習性などに惹かれてのめり込んでいくようです.私の熱帯鳥類研究は,「協同繁殖ありき」でした.マダガスカルで協同繁殖の研究にとりつかれ,スズメ目の大分化の逆コースを辿って,協同繁殖ならここだというオーストラリアへたどり着きました.なぜ,外国へ出かけて鳥の研究をやるのかと言えば,研究三昧で暮らせるという不純な(?)動機は別にして,日本ではできないことをやりたいからです.ある意味,日本の鳥より研究しやすいし,異世界の自然を体験するのは刺激的です.それが熱帯ならなおのこと.
オーストラリアのTop End(ノーザンテリトリー北部)は熱帯モンスーン地帯で,5月〜11月,12月〜4月の雨季と乾季の交替がはっきりしており,雨季にはほとんど降雨はありません.同じモンスーンでも日本とは大違いです.さらに,同じ熱帯モンスーン帯に属していても,沿岸部の降雨林と内陸のモンスーンサバンナ(乾燥疎林)では,環境の安定性において大きな違いがあり,モンスーンサバンナでは乾季には野火(bush fire)が頻発し,環境の大規模な攪乱が生じます.
変動があり,過酷ともみえるTop Endの熱帯サバンナには,多少とも協同繁殖が知られている種が22種もいます.なかでも,私の調査地でよく見かけるのがハイガシラゴウシュウマルハシです.本種はヘルパーがいないと極端に繁殖成功が低く,また群れの存続自体が危うくなります.しかし,一般に手伝い行動の指標とされるヘルパーによるヒナへの給餌行動は,繁殖個体に比較してそれほど活発とは言えません.どうやら,本種では群れのメンバーでいることが重要であり,ヘルパーが身を削って手伝いをするほどの状況ではなさそうです.寿命の長い熱帯の鳥類では,生き延びることこそ重要で,繁殖の1年2年の滞りなど目ではないのでしょう.野火が起きれば状況も大きく変わるし,日和見的なのが生き残る戦略では.繁殖に一生懸命に見える温帯の鳥に比べると,熱帯の鳥はなかなか繁殖を始めないなど悠長に見えます.この悠長さが研究者泣かせと言えます.本シンポでは,オーガナイザーの趣旨説明にあるように,研究成果を述べるよりも,研究の楽しさ,苦労話を中心に話題を提供したいと思います.
サイチョウ類は旧熱帯地域における最大の果実食鳥類であり、ジサイチョウ科2種とサイチョウ科52種の計54種が含まれる。犀鳥の名前の由来となっている「カスク」と呼ばれる構造物がある嘴をもつ。外見から、新熱帯に分布するオオハシ科としばしば混同されるが、これは収斂進化の賜物である。広範囲に響き渡る特徴的な鳴き声、飛翔時に生ずる大きな羽音、カラフルな色彩のため、樹高数十メートルの木が林立する熱帯林でも、非常に目立つ動物である。
東南アジアの熱帯林に棲息するサイチョウ類の多くは繁殖に直径1mを超す大木の樹洞を利用する。繁殖時にメスは樹洞にとじこもり、オスが運んでくる餌を受け渡す隙間を残し、樹洞の入口を塞いでしまう。数ヶ月間に及ぶ繁殖期間中、オスは樹洞内のメスと雛へ餌を運び続ける。この特異な繁殖生態は、古くはチャールズ・ダーウィンの「人間の由来」にも引用されている。サイチョウ類の多くは一夫一妻であるが、協同繁殖を行う種では、何羽ものヘルパーが次々と営巣木を訪れ、非常ににぎやかになる。また、サイチョウ類はさまざまな種類の果実を餌として利用し、大きな種子は口から吐き戻し、小さな種子はのみ込んで、糞と一緒に排泄する。これらのサイチョウ類によって森のあちこちにまかれた種子は、芽生えて成長し、森の次世代を作っていく。
わたしは1998年から、国内外の共同研究者とともにタイの熱帯季節林において、サイチョウ類を中心としたさまざまな果実食動物(げっ歯類、ジャコウネコ類、霊長類、シカ類、アジアゾウ、ヒヨドリ類、ハト類など)を対象とした果実食と種子散布の研究を行ってきた。1998年から2002年にかけての大学院時代にタイ東北部に広がる大面積保護区であるカオヤイ国立公園(2168km2)でのべ33ヶ月、2004年から現在にいたるポスドク時代にタイ南部の分断化された小面積保護区であるブードー国立公園(189km2)とハラバラ野生生物保護区(112km2)でのべ30カ月を過ごしてきた。 その間、試行錯誤を繰り返しながら進めてきた野外調査、特にサイチョウ類が主な種子散布者と考えられた大型種子をもつ2種の樹木、センダン科Aglaia spectabilisとカンラン科Canarium euphyllumの種子散布過程を詳細に記録した研究を中心に紹介する。
熱帯雨林というと蔓が生い茂ったジャングルで、極彩色の派手な色の鳥たちがたくさん飛び回っているところを想像するかもしれません。しかし、実際には熱帯雨林の原生林内の林床は下層植生も生い繁ることができないほど日中でも薄暗く、林の中を歩いていても鳥たちに会うことは滅多にありません。しかし、いったん混群に出会うと数十種類の鳥たちに囲まれ、楽しい気分に浸れますが、すぐに去って行きます。私は、1992年〜1999年にかけて、当時の環境庁地球環境研究総合推進費で半島マレーシアのパソ森林保護区で行なわれた熱帯雨林の研究プロジェクトに参加し、熱帯雨林の撹乱が鳥類群集に与える影響を研究しました。今回はオーガナイザの上田さんの要請で、過去のデータをひっくり返して東南アジアの熱帯雨林の鳥類について紹介します。日本で繁殖する陸鳥は、北海道から沖縄までを含めても152種類しかいません。ひとつの森林に限ってみると、日本では天然林に20-30種類の鳥類しか生息していませんが、東南アジアの熱帯雨林にはその10倍もの種類が生息していることが知られています。日本では、熟練した研究者であれば早朝のラインセンサスで生息している鳥類を簡単に把握できます。しかし、熱帯では薄明薄暮の時間帯が短く、朝のコーラスの時間は1時間程度しかないのと、気温が高くなり9時頃になると蝉時雨が一斉に始まり鳥の気配はかき消されてしまうので、ライン・センサス法が使えません。そこで、かすみ網を使った標識再捕法を用いた捕獲調査で鳥類群集を調査しました。毎月、20枚のかすみ網を4日間張って、捕獲した鳥に足環をはめて放鳥するという単純作業の繰返しを、のべ約3500日網の調査を行いました。密度の低い種を含めて熱帯林に生息している鳥類を把握するためには、最低1000日・網以上の調査が必要でした。かすみ網を使った捕獲調査の利点は、観察することの難しい稀な種を確認できることにありますが、地上付近で生活している中小型種しか捕獲できないという欠点があります。それを、補うためにパソに建てた1箇所のタワーの上の樹冠部で150日網の調査も行いましました。樹冠部で捕獲できた種類は、林床ではほとんど捕獲できない鳥種でした。タワーで捕獲された種類を除いて90種類の林床性鳥類が確認できました。このうち、34種は7年間に3回以上捕獲することができましたが、残りは1〜2回しか捕獲できないほど密度の低い種でした。熱帯林に生息する鳥類の多様性は、このような稀にしか出現しない密度の低い種類が多いことで生み出されています。東南アジアの熱帯林で最も種数・個体数ともに多い分類群はチメドリ類で全体の4割を占めていました。次に、多いのが果実昆虫食のヒヨドリ類で、それに花蜜昆虫食のタイヨウチョウ類が続きます。熱帯林の人為的な撹乱によって林床性鳥類群集がどのように変化するかをみてみると、チメドリ類は熱帯林の撹乱によって減少するが、撹乱で生じる林縁環境の増加に伴ってヒヨドリ類は増加しました。このようにヒヨドリ類とチメドリ類は森林の撹乱に対して正反対の反応をするので、この2つのグループが東南アジアの熱帯林の撹乱の程度を知るよい指標種となることがわかりました。