I.渡り鳥と鳥インフルエンザの関連

 

(渡辺ユキ ・ 河岡義裕)

 

 

1.鳥インフルエンザとはどんな病気か

 

鳥インフルエンザとは、ウイルスによる感染症である。オルソミクソウイルス科に属するインフルエンザウイルスには、A,B,Cの3種類の型がある。鳥インフルエンザウイルスは、A型に属し、鳥に感染する一群のウイルスである。

このA型のウイルスの表面には、2種類のとげ状の蛋白質、HAとNAが存在する。HA蛋白質は宿主細胞と結合するが、その抗原の違いによりH1から15の亜型に分けられる。一方NA蛋白質は、ウイルスが細胞から出てくる際に必要で、N1から7の亜型に分けられる。これらHAとNAのさまざまな組み合わせを持つウイルスが存在する。

これらのウイルスは、ガン・カモ類、シギ・チドリ類を本来宿主とするが、その他の野鳥からも分離される。ガン・カモ類では、主として腸の細胞で増殖し、糞便を介して伝播する。しかし、野鳥は通常、いずれの亜型の鳥インフルエンザウイルスに感染しても、ほとんど無症状である。

野鳥のインフルエンザウイルスは、家禽に伝播し増殖を繰り返すことにより、家禽に対して病原性を示すように変異する。H5とH7亜型ウイルスの一部には重篤な症状を引き起こすものがあり、養鶏ならびに関連業界に多大な経済的損失を与えるので、特にこの2つの亜型のウイルスを行政上便宜的に「高病原性鳥インフルエンザウイルス」と呼び、本ウイルス感染症を畜産上重要な疾患として法定家畜伝染病に指定している。この場合の「高病原性」は、家禽にとって「高病原性」という意味である。これ以外の亜型のウイルスは「(低病原性)鳥インフルエンザウイルス」と呼び、届け出伝染病である。家禽ではウイルスは呼吸器と腸の両方で増殖する。

また人においては1997年以降、海外で死亡例が報告されているため、我が国ではH5とH7亜型ウイルスによる感染症を人獣共通感染症(4類感染症)としても指定している。その他の亜型のウイルスについても人に抗体は認められているが、発症例はほとんどない。

 

2.これまでにどのような発生例があるか

 

鳥インフルエンザウイルスは、1902年に家禽ペストとして分離されたものが最も古く、1955年にインフルエンザウイルスであることが確認され、歴史上もっとも初期に発見されたウイルスの一つである。

1970年前後から、世界中の様々な種類の鳥に様々な亜型のウイルスが存在していることが報告されるようになった。野鳥では一般に感染しても発症することは少なく、これまでに報告された大量死は、1961年に南アフリカでアジサシがH5N3鳥インフルエンザウイルスに感染した例のみである。この事例では、アジサシの大量死の2年前、近隣のニワトリで鳥インフルエンザが流行していた。

家禽における鳥インフルエンザ発生の報告が1980年代後半から増加している。H5亜型ウイルスのニワトリでの流行は、1959年スコットランド以降、1966年カナダ、1983年米国、1991年イングランド、1993年アイルランド、1993年メキシコ、1997年イタリア、1997,1999年香港など、世界各地で発生しており、2003年からはアジア各地で流行している。

 

3.なぜ野鳥は発症しないのか

 

野鳥はA型インフルエンザウイルスの本来宿主であり、様々な亜型のウイルスが潜在的に個体群に引き継がれている。長く共存してきた結果、ガン・カモ類ではこのウイルスは非常に安定しており、あまり変異しない。つまりこのウイルスと水鳥は、生態系の中ですでに一定の平衡を保っており、水鳥には鳥インフルエンザに罹っても容易に発症しにくい免疫機構が完成していると考えられるが、その詳細はよくわかっていない。

ただし、現在アジアで流行しているH5N1ウイルス株は、従来の鳥インフルエンザウイルスとは異なり、アヒルを含むガン・カモ類をはじめとして、フラミンゴ、ハクチョウ、アオサギ、コサギ、などに対しても例外的に強い病原性を示し、感染した個体の死亡が確認されている。しかしながら、これまでに日本で分離されたH5N1ウイルス株はカモで増殖し神経症状を示したが、致死的ではなかった。

 

4.渡り鳥は鳥インフルエンザを運んでくるのか

 

野鳥には広く鳥インフルエンザウイルスが存在しており、特にガン・カモ類からはすべての亜型のウイルスが分離されている。北米では、渡りのルート毎にウイルスの亜型に違いがあり、また、おなじ渡りルートでも毎年現れる亜型が異なる。これら野鳥の鳥インフルエンザウイルスが人に直接感染したという例は、まだ認められていない。

今回国内で分離されたのとおなじH5N1ウイルスに関して、2003-2004年に香港の家禽で流行した際に、香港政府当局は6000羽以上という大規模な野鳥の調査を行ったが、陽性例は養鶏場の近くで死体として見つかったハヤブサの1例のみであった。このハヤブサの死因が鳥インフルエンザによるものかどうかは確定されていない。

野鳥が養鶏場へ感染を広げているとする証拠はいままでのところない。家禽のインフルエンザウイルスの由来が野鳥である事は、ほぼ間違いないが、野鳥が流行の直接の引き金になったとする証拠が確かめられた事は少ない。野鳥由来の低病原性ウイルスが家禽に伝播して一定期間潜在してから最初の流行が始まり、それ以降は人や物の移動とともに鼠算式に莫大な2次感染が急速に起きる。

 

5.運んでくるとしたら、どんな鳥が運んでくるのか

 

ガン・カモ類や、シギ・チドリ類を始めとして、ミズナギドリ類、ウミスズメ類、カモメ類、キジ 類、走鳥類、など12目88種ほどの様々な野鳥から、様々な亜型の鳥インフルエンザウイルスが分離されている。飼育下や実験下では、更に広範囲の種が感受性を示す。

野外での鳥インフルエンザウイルスの検出頻度にはばらつきがある。カモ類には1年中検出されるとはいうものの、渡り初期の幼鳥では20%以上と高率だが、冬期越冬地の集合後期には数%以下になる。淡水性のカモ以外の鳥種での検出率は、シギ・チドリ類などでも普通それほど高くない。検出される亜型は様々であり、そのなかにはH5やH7の亜型も含まれるが、それらは低病原性の株であり、野鳥から直接に高病原性の株が検出された事は、流行発生地周辺でのごく少数の特殊な例を除いてこれまでにない。

また、国内に愛玩用に輸入した野鳥から、鳥インフルエンザウイルス(H5、H7以外の亜型)が高率に分離されたという1997-1998年の報告がある。輸入直後に死んだ鳥からの分離率は特に高かった。輸入肉からも検疫時に高病原性H5N1ウイルスが検出されているケースがある。

 

6.どのようにして渡り鳥のウイルスが、ニワトリなどにうつるのか

 

野鳥が、家禽と直接あるいは間接的に、濃厚に接触する機会があると、呼吸器を通じてや糞便を経口摂取することにより様々な亜型の鳥インフルエンザウイルスが家禽に伝播しうる。

代表的な場所として、生きたカモ類その他の野鳥と家禽を同じところで売買している海外の鳥市場(生鳥市場)があり、このような場所では容易に様々なウイルスが家禽に伝播する。日本と違い、アジア諸国等では鳥は生きた状態で流通しており、中国では近年毎年のように生鳥市場でH5亜型ウイルスが分離されている。所定の食肉処理場を通さないブラックマーケットの存在等も知られる。また、家禽、野鳥、人が同じところで混雑して生活するアジアの国々の生活形態も、野鳥の様々な鳥インフルエンザウイルスの家禽への伝播の可能性を高める。

このような生鳥市場等の流通形態は、その存在や規模に社会形態や食生活による地域差があり、それに加えて、地域毎の生活様式や公衆衛生概念、衛生状態の差もまた伝播の多少に影響しうる。

国内では、これらに準ずるような野鳥からの直接感染の原因となりうる場所は身近ではないが、大規模ペット市場、特に様々な輸入鳥を同所で扱う市場、野生のカモと飼育家禽が給餌によって接触する狭い池、衛生状態や管理の良くない鳥の飼育施設などは、生鳥市場と同じ状況となる可能性がある。

なお一般的に、野鳥の鳥インフルエンザウイルスはどの亜型も(たとえH5、H7亜型でも)、家禽に直接感染したとしても当初は低病原性である。

 

7.どのようにして野鳥のインフルエンザウイルスは、ニワトリに強い病原性を示すようになったのか

 

実験的に、野鳥から分離されたウイルスを家禽(ニワトリやウズラ)に接種してもほとんどのウイルスが増殖せず、家禽が死亡する事もない。感染当初は低病原性株であっても、H5あるいはH7の亜型ウイルスが家禽で増殖を繰り返すと、増殖性と病原性を高める突然変異を有するものが選択されて高病原性株になる。インフルエンザウイルスのHA蛋白質はウイルスが細胞に侵入する際に重要な役目を果たすが、この蛋白質に変異が入ると、腸と呼吸器以外にも様々な細胞で増殖が可能となり、その結果全身感染が起きる。これが、ウイルスが強毒になる理由である。

この変化は、これまでの野外での例では2年以内に起きている。近代養鶏における大規模な飼育形態は、この選択的変異に影響を与えると一般に考えられているが、その程度や具体的要因は明らかにされていない。高病原性ウイルスがいったん家禽に発生すると、瞬く間に鶏舎内のニワトリ全体に感染し、また高濃度のウイルスが鶏舎に存在するため、容易に近隣の養鶏場にも伝播する。こうなると、流行は容易には終息しない。

 

<渡り鳥と鳥インフルエンザの関連  参考文献/資料リスト>

  2004.4.20

 

● 米国野生動物医学研究所の渡り鳥に関する情報 (両方とも当ホームページに翻訳あり)National Wildlife Health Center (NWHC)/Field Guide to Wildlife Diseases /Chpt.22 Avian Influenza 

 http://www.nwhc.usgs.gov/pub_metadata/field_manual/chapter_22.pdf (渡り鳥との関係の説明)(NWHC)/ Wildlife Health Bulletin 04-01   (アジアの発生に関して出された注意)

 http://www.nwhc.usgs.gov/research/avian_influenza/avian_influenza.html

 

● 鳥インフルエンザウイルスの充実した総論

Taisuke Horimoto  and Yoshihiro Kawaoka. , 2001,Pandemic Threat Posed by Avian Influenza A Viruses: Clinical Microbiology Reviews, 14(1), 129-149

 http://cmr.asm.org/cgi/content/full/14/1/129   (無料ダウンロードできる)

 

● 鳥インフルエンザウイルスの検出される渡り鳥の種類の論文

Stallknecht DE, Shane SM., 1988, Host range of avian influenza virus in free-living birds: Vet. Res. Commun., 12(2-3), 125-141.

● 日本ウイルス学会 /インフルエンザウイルス  (インフルエンザウイルスが詳しくわかる)

 http://virus.bcasj.or.jp/influenza.html

 

● その他の渡り鳥に関連する日本語論文

大槻公一:鳥インフルエンザについて. 鶏病研報33,63-71(1997)

科学技術庁研究開発局:新型インフルエンザの疫学に関する緊急研究(平成9年度)成果報告書.平成10年9月

喜田 宏:インフルエンザウイルスの生態:新型ウイルスの出現機構と予測.ウイルス,42,73-75(1992)

喜田 宏:新型インフルエンザウイルス対策.ウイルス,53(1),71-74(2003)

後藤真理子ら:輸入愛玩鳥類の鳥インフルエンザ保有状況調査.第126回日本獣医学会講演要旨集,p.142(1998)

後藤真理子:輸入家禽肉からのウイルス分離の現状と米国での鳥インフルエンザの発生状況. 鶏病研報38増刊号,9-15(2002)

後藤真理子,真瀬昌司:中国輸入鶏肉からのニューカッスル病ウイルスおよびH9N2インフルエンザウイルスの分離.日獣会誌56,333-339(2003)

塚本健司:オランダとベルギーにおける高病原性鳥インフルエンザの発生. 鶏病研報39,43-45(2003)

塚本健司:海外における鳥インフルエンザの流行と疫学.鶏病研報39増刊号,13-19(2003)

塚本健司,守野 繁:南中国における鳥インフルエンザ事情. 日獣会誌56,000-000(2003)

塚本健司:東アジアにおける高病原性鳥インフルエンザの発生. 鶏病研報39,195-197(2004)

堀本泰介,八田正人,河岡義裕:香港鳥インフルエンザ事情.インフルエンザ3,134-137(2002)

農林水産省生産局畜産部衛生課:中国からの家禽肉等の一時輸入停止処置について.家畜衛生週報2754,161(2003)

山口成夫:海外で問題となりわが国の養鶏産業に脅威となる疾病. 鶏病研報38巻増刊号,1-7(2003)

山口成夫:わが国における鳥インフルエンザの防疫対策. 鶏病研報38巻増刊号,21-28(2003)

 

● 渡り鳥に関連する英語論文

De Marco MA, et al., 2003, Circulation of influenza viruses in wild waterfowl wintering in Italy during the 1993-99 period: evidence of virus shedding and seroconversion in wild ducks: Avian Dis.,47(3),861-866

Fouchier RA, et al., 2003,Influenza A virus surveillance in wild birds in Northern Europe in 1999 and 2000: Avian Dis. 47(3), 857-860

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Kida, H., Y. Kawaoka, C. W. Naeve , and R. G. Webster. 1987. Antigenic and genetic conservation of H3 influenza in wild ducks. Virology 159:109-119

Stallknecht, D.E., Shane, S.M., Zwank, P.J., Senne, D.A., and Kearney, M.T., 1990, Avian influenza viruses from migratory and resident ducks of coastal Louisiana: Avian Diseases, 34,398-405

Suss J., et al., 1994, Influenza virus subtypes in aquatic birds of eastern Germany: Arc. Virol. , 135(1-2), 101-104


* 関連する海外URL

Centers for Disease Control (CDC)/ Avian Influenza (Bird Flu)  (総論的情報。一部日本語で読める)

www.cdc.gov/flu/avian/
(CDC)/Bird Flu Fact Sheet
http://www.cdc.gov/flu/avian/outbreak.htm
(CDC)/ Interim Guidance for Protection of Persons Involved in U.S. Avian Influenza Outbreak Disease Control and Eradication Activities
http://www.cdc.gov/flu/avian/protectionguid.htm

World Health Organization (WHO)/ Avian Influenza Information  (人の健康管理に関して)
http://www.who.int/csr/disease/avian_influenza/en/

Food and Agriculture Organization of the United Nations (FAO) /Avian Influenza Disease Card - Animal Production & Health Division  (家畜の防疫に関して)
www.fao.org/ag/againfo/subjects/en/health/diseases-cards/avian.html

Office International des Epizooties (OIE)  (家畜の流行発生状況など)http://www.oie.int/eng/en_index.htm
Update on avian influenza in animals in Asia

* 国内URL

厚生省 感染症情報センター(IDSC)  (WHOやOIE/FAOなどの内容が一部翻訳されている)

http://idsc.nih.go.jp/others/topics/flu/toriinf.html

* リアルタイム感染症情報

Pro-Med  (世界各地のメールによる情報)

http://www.forth.go.jp/   (日本語)

http://www.promedmail.org  (英語)

 


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