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研究室紹介

自由集会報告

学会参加報告

連載




研究室紹介


立教大学理学部生命理学科 動物生態学研究室

杉田典正

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立教大学構内 (杉田典正撮影).
 立教大学動物生態学研究室(以下上田研)について、博士課程 4 年の杉田が紹介します。もっとも長く上田研に在籍している院生という立場から、この研究室を紹介するとともに、入学を希望される学部生・大学院生のために立教大と研究の場としての上田研についても説明しようと思います。

研究室概要
 池袋駅西口から歩いて10分、池袋繁華街の雑踏の中を抜け、パイプオルガンののんびりした音が流れる赤煉瓦の建物群のある立教大学池袋キャンパスの中に、上田研はあります。
 
 上田研は、立教大学理学部生命理学科の研究室の一つです。生命理学科は化学科が母体となって設立されたため、生物化学や生物物理化学、分子生物学を専門とする教員がほとんどを占め、立教大学において野外における行動学・生態学を取り扱うことができる研究室は、上田研のみです。このため、生命理学科の学生は、主に分子生物学を勉強しており、生命理学科の学部生が大学院生として上田研に進学することはほとんどありません。これまで上田研に在学した院生のほとんどは他大学から入学してきており、日本全国から、いや世界から学生たちが集まっています。現在、上田研には、学部生 1 人、修士課程 2 人、博士課程 5 人の 8 人、訪問研究員 1 人と PD 3 人が在籍しています。鳥類の研究室として幅広い人材がそろっていると思われます。
 
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調査地 1. オーストラリア北部のマングローブ林 (撮影:佐藤望)
 ここで、研究室を統括する上田教授について紹介します。上田先生は、大阪市立大の山岸哲さんの研究室で、セッカの繁殖生態研究で学位をとられました。その後、しばらくして立教大に就職されました。鳥の行動に関する著書を何冊も書かれているので、お読みになられた方も多いと思われます。
 
 大阪生まれの上田先生から連発される冗談によって、研究室には笑いが絶えません。そんな先生はその人柄と学生思いの行動で、皆に慕われています。学生が執筆した論文への添削の素早さや、ゼミでの的確なコメントや思いもよらぬアイデアを披露するなどで皆が感心させられることが多いです。いつも優しい先生ですが、時には厳しい一面を見せるときもあります。
 
 研究室のゼミは、週 1 回 10 月から 3 月の間に行われます。夏の間ゼミが行われないのは、鳥の繁殖期のためほとんどの院生が野外調査中で大学にいないからです。今年度から、春の研究計画、秋の研究中間発表は、立教大の宿泊施設を利用して合宿形式でゼミを行っています。
 
 上田研の論文アウトプットは、末尾のリンクから上田研 HP をご覧下さい。

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調査地 2. 小笠原諸島父島 (撮影:杉田典正)
研究内容
 上田研では、鳥類を材料にした行動生態学研究を行っていますが、研究材料は鳥類ばかりではなく、哺乳類やヒトを対象に研究している人も在籍しており、広い意味では進化生態学・社会生物学を扱う研究室です。過去には昆虫を研究した学生もいます。つまり、自分の研究したい材料・テーマがあって、それを実行するやる気があれば何を研究して良いという方針です。
 
 上田研では、各個人が個別に研究を実行しており、研究室としての明確な研究テーマはないように思われます。ただし、ここ数年間は上田先生と上田研の院生、九州大学の江口和洋さんたちが中心となって、オーストラリアにおける野外調査が進められています。いくつかあるテーマの一つが、ミドリカッコウ類とセンニョムシクイ類の託卵関係の研究です。マングローブ林に生息する2種のセンニョムシクイ類(ハシブトセンニョムシクイとマングローブセンニョムシクイ)は、高頻度でミドリカッコウに託卵をされます。宿主であるセンニョムシクイらは、託卵されると自分自身の子どもを巣立たせることができないので、彼らは巣からミドリカッコウを排除します。このミドリカッコウの排除行動が他の鳥と大きく異なる独特の行動をするのですが、なぜそんな排除行動が進化したのかという点に注目してこのなぞを解明している最中です(詳しくは、近日中に投稿される論文が出版されるのをお待ち下さい)。
 
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調査地 3. 冬の軽井沢 (撮影:鈴木俊貴)
 上田研の研究手法は、昔ながらの双眼鏡を使った行動観察が主な方法で、基本的に野外でデータをとることが多いですが、親子判定や分子系統を調べるために DNA 解析の手法も扱っています。最近では、数理モデルに取り組む院生もでてきており、扱っている研究分野は多様です。

上田研ってどうなの?
 上田研への進学を検討さている方のために、入学方法、研究場所としての立教大と上田研の長所と短所などを検討してみます。
 
 もちろん入学するためには、入学試験を受けなければなりません。入学試験は、修士課程が毎年 7 月と 2 月、博士課程が毎年2月に行われます。修士課程の試験は、英語と生命理学ですが、生命理学分野の問題は分子生物学が中心のため、生態学関連の勉強ばかりしてきた人には、やや難しく感じるかもしれません。博士課程の試験は、口頭試問のみです。入学を検討される方は、大学のHPに詳しく載っていますのでご覧頂くとともに、上田先生と直接会って、研究内容について相談された方がよいと思われます。
 
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調査地 4. 仏沼湿原、オオセッカの生態調査中 (撮影:宮彰男)
 次に、大学院に進学した場合、立教大学・上田研が一般的な生態学系の研究室と比較して研究場所としてどのような特徴をもつのか、検討してみます。
 
 研究するには文献を収集することが必要です。立教大学で購読されている行動・生態学関連の学術雑誌は少ないためPDF等の電子論文の入手性は低いのです。鳥類学・行動生態学関連の主要雑誌は、上田先生が個人購読されているものを研究室内で自由に閲覧可能ですので、これらの分野であれば閲覧・複写は比較的容易です。他の分野であれば、必要な論文がすぐに手に入らないこともあります。これは、立教大学生命理学科はミクロ系生物学の研究室が多いことと研究より教育に重点を置いているからと考えられます。しかし、最近はネット上で無料公開される論文も増えてきたことから、以前よりこの問題は小さくなっています。どうしても入手できない文献は、図書館経由での一般的な文献複写依頼で取り寄せることになります。または、立地が都内であるという地理的な利点を活かして、直接、他大学の図書館へ複写に行くことも可能です。私立大学の一般的な欠点としては、授業料が高いことがありますですが、これは立教大学では国立大学とあまり差がありません。これについては、次の段落で述べます。
 
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研究対象種のオオセッカ (撮影:高橋雅雄)
 立教大学大学院は私立であるにもかかわらず、実質的な学費は国立大大学院とそれほど変わりません。確かに立教大学は私立大学ですから、国立大学より授業料は高いものの、近年の学費の値下げ等により国立大大学院の授業料との差は、約 20 万円程度です。また立教大大学院には、大学院給与奨学金・学生学会発表奨励金・院生向け学内研究助成金など、学生の研究活動を支援するための金銭的な援助制度が充実しており、これらの制度を利用すると国立大との学費の差はなくなると思われます。それだけでなく、(永続的な制度ではありませんが)博士課程では 3 年間に限り授業料は実質無料であり、さらなる研究活動への援助もあります。
 
 上田研の良いところは、いろいろありますが、特に 2 点を挙げます。まず、研究室の雰囲気のよさが挙げられます。院生の研究上の相談、論文を書いているときのちょっとした分からないところの質問などを、ポスドク・上田先生に気軽に相談でき、適切な返答が期待できるので、院生にとって大変ありがたいです。次に、鳥ゼミという外部から演者を招いての勉強会がほぼ毎月、立教大で開催されることです。鳥ゼミでは、東京近辺の鳥研究者が集まるため、鳥類研究の最新成果の発表を聞く機会が得られ、多くの参加者と議論をすることができます。
 
 まとめると、立教大は研究設備(ネット関連)が弱いが、学生への福利厚生が良い。上田研は院生の数に対してポスドクが多いことと、鳥ゼミで最新の研究成果が聴くことができるため、院生の研究上のつまずきを最小に抑え、研究への動機が維持されやすいという利点があると考えられます。
 
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研究対象種のルリビタキ (撮影:森本 元)
 巷の立教大に対するイメージは、立教大は女子学生が多いということがあると思います。確かに学内には女子学生が多いです。一方、現在上田研では性構成に著しい偏りがあり、男性がそのほとんどを占めています。学部 4 年生に至っては、もう 5 年間も女子学生が上田研に配属されていません。“なぜ上田研には女子学生が入ってこないのか?”この問題を解決するための議論がよくなされるのですが、そもそも原因がまるで解りません。なぞです。どなたかこの問題を解決していただけるとありがたいです。

 以上、簡単ですが、大学院生という立場から立教大上田研について紹介をさせていただきました。

立教大 HP
上田研 HP


受付日2008.10.28

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自由集会報告


野鳥を知るための学習教材ー屋内でも環境教育ー

企画:大畑孝二・脇坂英弥・原田修 (財団法人日本野鳥の会 サンクチュアリ室)
西野文智・橋口朝光 (千葉県木質バイオマス新用途開発プロジェクト)
桑原和之 (千葉県立中央博物館)
文:脇坂英弥・桑原和之・西野文智


【はじめに】
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写真1. プログラムを体験する参加者.
 野鳥を知るためのツールとして、野外での探鳥会や観察会などが催されます。こうした野外でのイベントは雨や雪、強風などの天候に左右され、思い通りのプログラムが展開できないことがよくあります。せっかくの計画が、徒労に終わる事がこのごろ多いように感じられます。一方、ネイチャーセンターや博物館などでは野外だけではなく屋内を利用した講座や講演会などがおこなわれています。観察会ではうまく集客できるのに、講座や講演会では参加者が少なくて困っている施設も多いと聞きます。
 野外と屋内のプログラムをうまく関連づけられるプログラムを展開できないだろうか?この環境教育のプログラムを企画できれば、より効果的な環境教育のツールとなるのではないか?それを探るべく、体験的な自由集会を企画しました。

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写真2. 完成した実物大のマガモを掲示.
【内容】
 ポスターや口頭発表では、実際に私どもが取り組んでいる活動をうまく説明できないと考えました。自由集会では、野外の観察会でも人気のガンカモをテーマとして取り上げ、環境教育の活動をお互いに紹介してみることとなったのです。屋内で展開しているこのガンカモに関するプログラム2題を紹介し、参加者に実際に体験していただきました。それぞれが、1時間くらいの内容です。

1. 実物大のガンカモをつくろう
財団法人日本野鳥の会が発行する「ガンカモティーチャーズガイド?身近な野鳥からはじめる環境学習?」に紹介されているプログラム「実物大のガンカモを作ろう」をグループごとに作成してもらいました。このプログラムはガンカモの大きさを実感できることのほかに、グループワークを体験できることもメリットです。実際、同じプログラムをおこなっているにもかかわらず、グループごとに手順や役割分担が異なり個性的な作品が完成していました。終始、楽しそうな笑顔でプログラムを体験している参加者の姿が印象的でした。

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写真3. エコデコイ.
2.千葉県産木質プラスチック素材エコデコイ
最初に千葉県産木質プラスチックの概要を説明しました。そして、阿久津義広さんの指導で希望者にエコデコイの彩色を体験していただきました。色を塗ることで鳥たちのかたちや羽色を自然と意識するようになります。エコデコイは、カモ型のシンプルなデザインであるため、たいていのカモ類に応用できます。5 cm くらいの大きさなので、色塗りも 20 分くらいあれば十分です。楽しみながら鳥類の形態を学べる格好の教材といえます。女性の参加者を中心に大いに盛り上がっていました。これまで開催した講座でも、子供よりむしろ大人、特に女性?の方がこだわって彩色を楽しんでいるようにも感じていました。

【参加者の声】
自由集会の最中あるいは終了後に、参加者の方から次のようなコメントをいただきました。以下、紹介します。
・障害者対象のイベントを企画したいと考えている。屋内ならこれが可能かもしれないと考え参加した。たいへん参考になった。
・来年度も同様の自由集会を開催するのなら協力させてほしい。
・模造紙に描いたマガモを、さらに発泡スチロールやダンボールを使って立体的に作ってみてはどうか?
・屋内プログラムと野外プログラムを具体的にどう結びつけるのか説明がほしかった。
・ぜひ学校で試してみたい。

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写真4. 彩色したエコデコイ.
【まとめ】
鳥学会の大会に参加する研究者がどれほど環境教育に興味をもっているのか?果たして本当に参加者は現れるのか?そんな不安を抱きつつ当日を迎えました。ところが蓋を開けてみると約50人の参加がありました。主催者側の予想をはるかに上回る盛り上がりに感激していました。そのため用意していた配布資料が足りず、参加者の皆様にご迷惑をおかけしてしまいました。ふだん鳥類の研究や解析に邁進している参加者も、この日ばかりは童心に返りよい気分転換となったのではないでしょうか?
決して人材が豊富とはいえない鳥類学の世界において、これからは研究活動だけでなく普及・啓発活動も求められるはずです。屋内での環境教育の教材はその一例として紹介しました。今回の自由集会が何かのお役に立つことができれば幸いです。

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写真5. エコデコイのいろいろ.
【情報はこちらから】
「ガンカモティーチャーズガイド?身近な野鳥からはじめる環境学習?」に興味のある方はこちらをご覧ください。
http://www.wbsj.org/fukyu/teachers/index.html
財団法人日本野鳥の会のサイトはこちらです。
http://www.wbsj.org
千葉県 HP にバイオマス・プロジェクトやエコデコイの取組みなどを紹介した資料が公開されています。
http://www.pref.chiba.lg.jp/syozoku/e_ichihai/bio/wood.htm#2
エコデコイ、こがもちゃんに関しては、阿久津樹脂工業のサイトをご覧下さい。
http://www.akutsu-jyushi.jp (連絡先:阿久津義広:yujifg8.so-net.ne.jp )
千葉県立中央博物館のサイトはこちらです。 
http://www.chiba-muse.or.jp/NATURAL/


受付日2008.10.22

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森林性大型猛禽類の採餌環境改善の取り組みとその課題

企画:高橋 誠 (猛禽類保護センター活用協議会)
前田 琢 (岩手県環境保健研究センター)
根本 理 (日本猛禽類研究フォーラム)
文:前田 琢

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集会案内のポスター.
 森林にすむ大型猛禽類のイヌワシ、クマタカは、ともに近年、繁殖成功率の著しい低下が見られています。繁殖失敗の主要な原因には、由井ほか (2005:日鳥学会誌 54)や飯田ほか (2007:日鳥学会誌 56)が指摘しているように、森林環境の変化によって好適な採餌環境が減少していることが考えられます。若齢個体が減少していく両種の将来を考えると、保護策の実施は急務です。

 長期的な保護策の柱となるのは、採餌環境を増やすために森林環境を整えていくことです。管理不足で暗く閉鎖的になった人工林や二次林には間伐を施し、イヌワシやクマタカが餌捕りに使えるような開放的な林に変えていくことが望まれます。なかでも、採餌空間を効率的に供給する効果のある森林整備方法として注目されているのが列状間伐で、各地で試験的な施業が増えています。

 しかし、列状間伐地に対する猛禽類や餌動物の反応は場所によって様々で、イヌワシの探餌頻度の増加や餌動物 (ノウサギ) の生息数の持続的な増加につながっていない事例もあります。より効果的に採餌場所を増やしていくためには、列状間伐に関する知見をさらに集めていく必要があります。それには、鳥類研究者のみならず哺乳類、植生等の専門家や森林管理関係者等との連携も重要になってきます。

 このようなことから、2008 年 9 月 13 日、東京・立教大学で開かれた日本鳥学会大会において、「森林性大型猛禽類の採餌環境改善の取り組みとその課題: 列状間伐のより効果的な施業を目指して」と題する自由集会を開催しました。列状間伐の事例やその効果、餌動物への影響などについての最新の知見を、6 名の話題提供者が講演し、また、環境および林野行政の担当者や NGO の専門家にも参加頂き、それぞれの立場からコメントをもらいました。会場には 120 名を超える参加者が集まりました。

 集会では主催者からの趣旨説明に続き、話題提供者から以下の講演がありました。なお、当日会場で配布した講演要旨は、次のサイトで見ることができます(PDF ファイル:約1MB)。
http://www.pref.iwate.jp/~hp1353/shizen/inuwashi/meeting abstract.pdf

飯田知彦氏 (広島クマタカ生態研究会)
「クマタカの繁殖率低下と行動圏内の森林構造の変化との関係」
 広葉樹林から針葉樹人工林への転換や幼齢植林地の減少によって、広島県のクマタカの繁殖成功率が低下していることを解説し、採餌環境不足の現状が紹介されました。また、イヌワシとクマタカの採餌行動の違いについても説明がありました。

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会議のようす.
高橋 誠氏 (猛禽類保護センター活用協議会)
「東北地方におけるイヌワシ等のための森づくり活動事例と課題: 列状間伐を中心に」
 東北地方やその他で実施されているイヌワシのための森林施業の事例を紹介し、とくに山形県・鳥海山麓における取り組みの成果と課題が提示されました。

阿部聖哉氏 (電力中央研究所)
「植生から見たノウサギの生息環境: 秋田駒ケ岳の調査結果を中心に」
 秋田駒ケ岳や北上高地での調査結果に基づき、イヌワシ、クマタカの餌動物として重要なノウサギが好む植生環境を明らかにし、そうした環境を維持するための森林管理の重要性が提示されました。

関島恒夫氏 (新潟大学)
「イヌワシの採餌環境創出と列状伐採の効果: 北上高地の調査結果から」
 同じくノウサギに注目し、北上高地での列状間伐後3年間の継続調査から、列状間伐地がイヌワシの狩場として持続的に機能していくためには、伐採後の下層植生を予測した施業が重要であることが強調されました。

辻村千尋氏 (日本自然保護協会)
「イヌワシ・クマタカを象徴とした森林生態系の保全管理: 赤谷プロジェクトの紹介と最近の繁殖状況、森林整備との関係」
 森林管理署や地元とともに群馬県・赤谷の森で行なっている生態系保全プロジェクトについて、イヌワシ、クマタカへの間伐の効果や課題を解説し、分野横断型研究の必要性が提示されました。

梨本 真氏 (電力中央研究所)
「森林生態学視点からみたイヌワシの採餌環境創出のための列状伐採: 採餌環境植生の目標設定と順応的管理の重要性」
 異なる列状間伐地や雪崩跡地における植生の経年変化の事例を示し、目標とする植生に合わせた伐採方法や管理を行なう必要があることを提言し、そのための事前・事後の調査の重要性が示されました。また間伐によって地域の生態系へ予期しない影響が起き得ることについても指摘がありました。

 講演を聞いたコメンテーターや参加者からは、猛禽類だけでなく森林の生物全体を考えて列状間伐を進めることが重要であること、ノウサギの行動と猛禽類の捕食行動の接点を明らかにしていくべきであること、猛禽類の危機的状況を考えると対応を早く実施していく必要があること、林業やその他の産業とも関わりを持ちながら進めていくことなどについて発言がありました。また、林野行政関係者からは、森林施業等との共存を図りつつ採餌環境改善の取り組みを進めたいとのコメントをもらい、環境行政関係者からも一連の取り組みを評価する発言がありました。

 最後にコーディネーターが、間伐施業の方法、生物多様性との関係、モニタリング方法などについての課題を整理しながら、列状間伐の取り組みを拡大していくために各方面からの協力が不可欠であることを述べて閉会となりました。

 6 題もの話題提供を盛り込んだ当集会は、主催者が心配していたとおり時間不足となり、細かい議論の時間はほとんどとれませんでした。しかし、餌動物の生態や森林植生管理を含めて大型猛禽類の保護を考える初めての集会として、それぞれの専門家が研究・保護の両面において連携し発展するための良い契機となることができたと思います。



受付日2008.10.24


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第13回 ちょっと長めの話を聞く会

企画・文:中村雅彦 (上越教育大学・生物)

はじめに
「ちょっと長めの話を聞く会」は,最近,学位論文をまとめた研究者に研究の全体像や哲学を話してもらうことで,「ある専門分野の研究到達目標は,現在こんなもんですよ」ということをアマチュアの研究者につかんでもらうことを目的に 1991 年の日本鳥学会大会で開催された自由集会です。当時の開催地は,今回の開催地と同じ立教大学でした。この自由集会は,1991 年からずっと継続して開催されてきたわけではなく,世話人が 5 年間不在の休眠状態でした。しかし,昨年,私が 5 代目の世話人となり,この会を復活させました。

創設時の目的
「ちょっと長めの話を聞く会」の初代世話人は当時,大阪市立大学にいた山岸哲さんでした。山岸さんは,「私自身がアマチュア時代に困った点は,その分野での自分の研究の当面の到達目標をどのレベルにおいたらよいかが,大学の外にいると知りにくいことであった」と自由集会の主旨説明の中で述べています。山岸さんは長野県で中学校の先生をしながらホオジロのなわばりについて研究し,京都大学で理学博士の学位を取られた方です。その後,信州大学,大阪市立大学,京都大学と大学に席をおきましたが,アマチュア時代のご自分の経験をもとに,この自由集会を創設したわけです。

私の目的
私自身もこうした基本的な主旨は変えることなくこの会を復活させました。アマチュアの多い日本鳥学会では,研究テーマの設定からその到達目標というのは,短い時間の口頭発表やポスター発表でなかなか理解できません。この自由集会はたっぷり時間を確保してあります。これから学位取得を目指すアマチュアや若い大学院生にとっては格好の勉強の場となるはずです。復活させた意図は,個人的な理由もあります。それは,この会で若手研究者の発表を聞き,自分自身も勉強したいというものでした。

今回の発表
今回,この自由集会で話題を提供していただいた方は,森林総合研究所九州支所の関 伸一さんでした。関さんは,アカヒゲを材料に平成 19 年に東京大学より博士 (農学) の学位を取得されました。今回の自由集会の演題は,「アカヒゲの系統地理:琉球列島における起源と集団の分化」です。琉球列島は九州と台湾の間に連なる島々で,この地域では海水面変動や地殻変動などの地史的イベントによる陸橋の形成と消失が繰り返されてきたことが知られています。そのため,生物の進化を扱う上で格好の場所です。関さんは,琉球列島周辺の固有種であるアカヒゲを材料に,亜種間の系統関係,集団構造を mtDNA の塩基配列データと形態に基づいて分析し,琉球列島の地史と形態や生活史の変化が,アカヒゲの集団分化と種分化にどのように影響したのか発表しました。発表途中に質疑を取り入れながらの講演で,2 時間まるまる使った内容の非常に濃い自由集会でした。

研究の原動力
集団分化や種分化は,私が扱ったことのないテーマでした。そのため,方法や分析にはなかなか理解できない点もありましたが,その都度関さんに質問すると,丁寧に解説していただき勉強になりました。一つ印象に残っているのは,関さんが「一連の研究は,最初からきちんとした研究計画にもとに進めたものではなく,アカヒゲの繁殖生態の研究をじっくり続ける中で,自然と抱いていた疑問をたどった末に行き着いたものだ」と発表されたときでした。当たり前のことですが,純粋な疑問は,研究の原動力だということを再認識しました。

終わりに
前回復活させた熊本大会の「ちょっと長めの話を聞く会」より,確実に参加者の数は増えていました。しかし,その数はおよそ 40 人程度。こじんまりした自由集会で,派手さはありません。しかし,研究者として光り輝いている学位取得時の研究内容をたっぷり聞けるこの自由集会は,私にとって若返りの時間です。



受付日2008.10.25


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カワウを通して野生生物と人との共存を考える (その11) ーカワウのコロニー管理ー

企画・文:加藤ななえ (バードリサーチ)


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会議の様子.
 大会最終日の午後にもかかわらず 100 名以上の参加があった。ありがたいのは当然ながら、このような大勢の方の参加は、カワウの被害問題がまだ収束に向かっていないという現状を反映しているかとも思われ、単純に喜んでばかりもいられないような気にもなる。

 この自由集会を立ち上げてから 11 年経った。その間にもカワウは生息数を増し、分布地域の拡大傾向はいまだ進行中である。カワウはねぐらやコロニーに執着する傾向があるが、個体数が増えたり樹木の枯死が進んだりして生息密度が高くなると、若鳥を中心に分散して周辺に新しいねぐらやコロニーを形成するようになる。それに加えて、各地で行なわれているねぐらやコロニーからの追い出しなどの被害対策が、逆にカワウの分散を加速している要因にもなっているようだ。そこで、今回は、「追い出すだけ」ではなく「被害の軽減と個体群の維持の両立」を目指した管理を行なっている滋賀県と千葉県の現場から情報を提供していただき、コロニーでの問題や対策の整理をおこなうこととした。

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生殖羽のつがい 撮影 石川一樹.
「カワウのコロニー・ねぐら管理」 石田 朗氏 (愛知県森林・林業技術センター)
管理方針を「追い出し」「許容(管理)」「許容(放置)」と分類し、これまでに各地で行なわれてきた対策事例とその具体的な手法および注意点を紹介した。そして、今後の課題は、以下のように整理された。
 ・調査者・対策実施者の確保
 ・長期にわたる費用や労力の負担
 ・存続可能なコロニーの確保
 ・管理方針決定のための合意形成
 管理体制をどのようにつくるのか、カワウの追い出し先をどう設定すればよいのか、周辺住民や公園利用者等の理解を得るための努力をどのように行なっていくのかを、それぞれの地域や広域連携の場で探っていかなければならない。

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パンフレット.提供 林野庁滋賀森林管理署.
「伊崎国有林カワウと人の共生の森プロジェクト~これまでとこれから~」山本正志氏 (林野庁 滋賀森林管理署)
 琵琶湖の南東にある半島に位置する伊崎国有林では、およそ1万羽以上のカワウが生息し、樹木の枯死区域の拡大が進んできた。そのため、2004 年より自然再生に関する取組を立ち上げ、ワーキンググループでの検討を重ねてきた。森を 3 つの地域にゾーニングした。「カワウの被害から守る森」と「カワウ被害植生回復の森」ではカワウの進入を許さない対策を行い、「カワウが生活できる森」へ追い込む作戦を展開している。追い払い方法の工夫もさまざま行なわれているが、その中から会場におけるアンケートでも支持の高かったユニークな方法を紹介する。
 「カワウと人の共生の森プロジェクト」、副題は「ハイキングで森を守ろう!」。カワウが人の接近を嫌がる性質を利用しようと、営巣のコントロール区間にハイキング歩道を整備した。カワウの生態や被害および緑の森を戻す取組みを紹介したパンフレットも作成した。伊崎の森を訪れた人はハイキングしながら、カワウによる樹木被害への理解を深め、吐き戻しの魚や糞のにおいなどを経験する。かつ、ハイキングのみなさんには、歩道周辺からのカワウの追い出し役をも担ってもらうという作戦である。

「行徳鳥獣保護区のカワウコロニー」蓮尾純子氏 (行徳野鳥観察舎)
 関東で最も大きなコロニーのある行徳鳥獣保護区では、浜離宮庭園からのカワウ追い出し以降個体数が急増し、現在ではおよそ1000 つがいが営巣するに至っている。ここでも、ゾーニングを取り入れている。「営巣コントロール区間」でスタッフによる追い出しを行う一方、カワウの生息を許容する地域の樹木枯死の進んできたところには人工の営巣やぐらを設置してコロニーの安定した維持をはかっている。
 ここでは、繁殖状況の調査がきめ細かく行なわれている。その結果、若鳥が巣立った後に同じ巣で再度抱卵が行なわれる例がかなり多くあること、半年間も抱卵が続いた例があることなどが分かってきた。しかし、巣立った若鳥がどこへ分散していくかなど不明なことはまだ多くある。
 行徳野鳥観察舎では、このような調査を継続させつつ、有効な保護策をとることは、結果としてカワウの個体数を安定させ、無制限な増加を防ぐことに繋がると考え、よき事例としての行徳のコロニーを存続させたいとしている。

 発表いただいた伊崎国有林と行徳鳥獣保護区に共通している大切な点は、管理する人の側の体制が整っていることだろう。適正な調査を行ないながら、それぞれの方針のもとにカワウと樹林と人との共生をはかっている。対策事例はもちろんではあるが、このような管理体制と管理者の心意気が、カワウの問題に悩んでいる他の地域への参考になればと思われた。



受付日2008.10.25


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日本における稀少海鳥類の現状と保護

企画:伊藤元裕 (北海道大学)・新妻靖章 (名城大学)
文:伊藤元裕


【はじめに】
 日本周辺には、離島を中心に数多くの海鳥コロニーが存在し、種々の稀少海鳥の繁殖も確認されています。しかし近年、海洋環境の悪化や漁業による混獲等により、海鳥の生息や繁殖への悪影響が指摘されています。そのため、海鳥類の現状把握と保護対策の実施が急務です。今回の自由集会では、日本各地で行われている海鳥類のモニタリング活動等の報告を行い、日本周辺における稀少海鳥類の現状と課題についての共通認識を得るとともに、今後の保護活動のあり方について考えることを目的としました。また、海鳥に関する情報交換の場を広く提供することにより、各地での調査・保護活動の活性化を目指しました。

【集会の概要】
 まず、出口智広さん(山階鳥類研究所)より、小笠原諸島において繁殖するアホウドリの現状と、小笠原諸島聟島への繁殖地誘致事業について詳しくお話をいただきました。続いて中村豊さん(宮崎大学)より、日本固有種であり絶滅危惧種でもあるカンムリウミスズメの海上分布モニタリングの結果を基に、本種の巣立ち直後の行動やその分布についてご紹介いただきました。3 題目として、天売島におけるウミガラスの保護増殖事業について、新村靖さん(環境省)の代理として司会者(伊藤元裕 北海道大学)がご説明させていただきました。

【発表内容の要約】
1.聟島アホウドリ営巣地誘致事業について (出口智広 山階鳥類研究所)
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クロアシアホウドリの雛の人工飼育.聟島におけるリハーサルにおいて(提供:原田知子).
 アホウドリは、一時乱獲のため絶滅したとまで言われた非常に個体数の少ない海鳥である。現在では、小笠原諸島の鳥島においてそのほとんどが繁殖している。アホウドリ鳥島個体群の発見時のその個体数は、僅か十数つがいを残すのみであっが、1990年代に始まった、アホウドリの保護増殖活動(植栽、デコイの設置)によって、その数は 2200 羽まで回復した。しかし、鳥島は活火山を中心となす島であり、噴火によって繁殖地が壊滅的な被害をこうむる危険性があることが指摘されている。そこで、本事業では、鳥島に回復しつつある個体群の一部を、小笠原諸島の聟島に移すことを目的として行われた。アホウドリの雛を鳥島から聟島に移送し、人工飼育することで個体群の聟島定着を狙った。まず、ハワイにおいて近縁のコアホウドリで予備実験を行い、飼育ノウハウを得た後、2007 年に聟島で近縁のクロアシアホウドリを飼育しリハーサルを行った。その結果を受け、ついに 2008 年からアホウドリの飼育事業を開始した。今後はこの事業を継続させ、最終的にはアホウドリの絶滅危惧種解除を目指す。

2.宮崎のカンムリウミスズメ現状報告 (中村豊 宮崎大学フロンティア科学実験総合センター)
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枇榔島周辺で観察されたカンムリウミスズメ(提供:中村豊).
カンムリウミスズメは、日本固有種であり絶滅危惧種にも指定されている。宮崎県の枇榔島は、本種の最大のコロニーを有し、約 3000 羽が生息すると言われるが、近年その減少が指摘されている。本種は、この枇榔島周辺において、カンムリウミスズメが 1 月ころから 5 月まで観察され、3 ? 5 月に繁殖を行う。本種は、岩の割れ目や草の根元の穴などに巣をつくり、2 個の卵を産み、雌雄交代で約 30 日間抱卵する。孵化後 1 ? 2 日目の夜、親鳥に誘導され離巣する。ヒナは数 m から十数 m の絶壁を転げるように飛び降り親鳥の鳴き声に誘導され海上で合流し、そのまま 6 ~ 7 時間かけて枇榔島から北東へ約 20 km 離れた所まで移動する。その時ヒナは体を半分親鳥に預けるようにして付いて行くのが観察された。ヒナへの初給餌は、島から遠く離れた所で開始されることが分かった。また 2005 年 6 月枇榔島沖で、親鳥と同大の幼鳥 2 羽に給餌している親鳥を確認したことから、枇榔島周辺海域に周年生息している可能性も示唆された。

3.天売島におけるウミガラス保護増殖事業 (新村靖 環境省 代理:伊藤 北大)
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ウミガラスのデコイ(提供:環境省).
ウミガラスは、日本では天売島で少数のみ繁殖する絶滅危惧鳥類である。天売島では 1930 年代には、約 40000 羽のウミガラスが生息していたが、1960 年代には 8000 羽、1970 年代には 1000 羽と急速にその数を減らし、2005 年はわずかに 15 羽が確認されるのみとなった。この原因は、1970 年代まで周辺海域で行われていた流し網による混獲とオオセグロカモメやカラスによる繁殖かく乱にあると考えられる。我々は、1990 年より繁殖地内にデコイを設置することによる天売のウミガラス繁殖個体群回復の試みを開始した。2006 年には、デコイに加え音声装置を導入し更なるウミガラスの誘引効果の増大を狙った。この結果、繁殖成功には至らなかったものの、飛来個体が 50 羽に増加した。そして 2008 年には、5 年ぶりに少なくとも 2 巣において巣立ちが確認された。今後は誘引箇所の選定及び捕食者対策を重点とした保護対策が必要と考えられる。

【まとめ】
本自由集会当日には、予想をはるかに超える約 60 名の参加者に恵まれ、各講演者に対する質疑応答や発表後の意見交換では、時間ぎりぎりまで非常に熱心な議論が展開されました。さらに、本会の企画題目終了後には、2009 年に函館において開催される太平洋海鳥グループ(PSG)の年次大会のご紹介をさせていただきました。本会をきっかけに、この国際学会に参加していただければ大変有難く存じます。最後になりますが、私の不慣れな進行により、参加者の皆様にはご迷惑をおかけいたしましたが、多数の参加者の皆様の暖かいご支援のおかげで、自由集会を盛況のうちに無事終えることが出来ました。この場をお借りいたしましてお礼申し上げます。



受付日2008.10.25


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学会参加記


ISBE 2008(第12回国際行動生態学会)参加報告

上沖正欣 (立教大学理学部生命理学科)


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朝からベーグルを食べる、アメリカンなイエスズメたち.
 初めて鳥学会に参加したのは高校生の時。以来、学部生の間に国内の学会に何度か参加はしましたが、国際学会なんて自分には全く縁がないと思っていました。しかし、大学院の修士課程に進学して間もなく、指導教官である上田先生の「若いうちにいろいろ経験しといたほうがええんや!」という一言で、2008 年 8 月 9 日から 15 日にかけてアメリカのニューヨークで開催された国際行動生態学会(International Society for Behavioral Ecology)に思いがけず参加することができたので、この場を借りて報告したいと思います。

 8 月 8 日、成田空港から上田研の森本さん、佐藤さんらと一緒にニューヨークへと出発しました。途中、悪天候のためシカゴに着陸するハプニングなどありましたが、大きな混乱もなく、12 時間ほどのフライトで夜の JFK 空港に降り立ちました。初めてのアメリカ、ニューヨークという素敵な響き。渡米前から胸躍らせていた私ですが、空港から地下鉄で宿のあるマンハッタンの中心部まで向っている間は、閑散としていてアメリカに来たという実感が湧いてきませんでした。しかし駅を上って地上に出た瞬間、「これがニューヨークだ!!」という空気を肌で感じ、そのパワーに圧倒されてしまいました。様々な人種が入り交じる人混み、飛び交う多国語、強烈なネオン、通りを走るイエローキャブ・・・。夜中近いのに活気に満ち溢れていて、長時間のフライトの疲れも吹き飛んでしまいました。宿に着いたのは日付が変わる少し前。明日から始まる日々に思いを巡らせながらベッドに入りました。

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ISBEの'I'になる私.
 翌朝は早めに起きてセントラルパークへ行ってみました。期待したほど鳥は見られなかったのですが、道端に捨てられたベーグルに群がるイエスズメや、真っ赤な Cardinal にアメリカを感じながら、数時間ほど散策を楽しみました。午後にはラガーディア空港で上田先生と徳江さんと合流して、学会会場となるコーネル大学(Ithaca)へ向けて出発しました。大学に到着して受付を済ませた後、大会期間中に Social mixer and cash bar として利用されるテント(Congress Tent)へ。しかし、知り合いなどいるはずもないので、親しげに挨拶を交わしている海外の研究者たちを横目で観察しながら、おつまみを食べて時間を潰しました。テントの傍には、釣り糸が絡まって弱っているクロワカモメがうろうろしていたのですが、そこにいた研究者たちが無関心だったのは、なぜなのでしょうか(捕獲しようとしたら、止められてしまいました・・・)。

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Congress Tent と、期間中に宿泊していた学生寮.
 さて、その翌日 8 月 10 日から本格的に ISBE の始まりです。会期中のスケジュールは、朝一番に大ホールでプレナリーがあり、午前中から昼食を挟んで夕方まで口頭発表、夕方からポスター発表、というのが主な流れでした。国際学会なのでさぞかし大勢が参加しているのだろうと予想していたのですが、参加人数は 1000 人ほどだと初日にアナウンスがあり(鳥学会が 500 人ほどなので)、案外少ないものだなと感じました。プレナリーでの発表はどれもさすがに上手く、あまり知らない分野の研究でも楽しんで聞くことが出来ました。始めは知らない分野の発表も聞いてみようと会場を回ったのですが、やはり馴染みが無いし英語だとさらに分からなくなる、ということが分かったので、その後は鳥の発表ばかりを聞いていました。鳥類学研究では有名なコーネル大学ということもあるのでしょうか、鳥類の発表はかなり多いように感じました。

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広くて緑の多いキャンパスには、鳥以外にリスやウサギ、シカなどの動物も多かったし、あまり警戒しなかった.
 口頭発表の英語は半分くらい(笑いどころも半分くらい)しか聞き取ることができませんでしたが、グラフなどから内容は大体理解することが出来ました。自分の研究分野であるさえずり関連のセッションは充実していて、会期中は暇を持て余すことなくたくさんの発表を聞くことが出来ました。最も印象に残ったのは、アメリカコガラのコミュニケーションに関する Daniel Mennill (University of Windsor) の発表でした。それまで彼に関する知識は全くなかったのですが、発表内容が自分の研究視点を広げてくれるものであったことと、なによりその流れるようなプレゼンテーション、溌剌としたパワーに圧倒されてしまいました(宿舎でもその後何度かすれ違ったのですが、その時も溌剌としていました)。調べみると、その分野では一線で活躍する人物であることを知って、やっぱりなと納得したのでした。口頭発表で意外だったのは、質疑応答が思ったほど活発ではなかったことです。海外の研究者はみんな積極的、なんでもどんどん質問する、と思っていたのですが、ほとんど手が上がらないこともあり、鳥学会のそれと様子は変わりませんでした。会場間を移動する際には、大学構内の敷地は広大で建物同士が離れているために、かなり歩かなければなりませんでした。また、広いのに案内がほとんど無くて迷うことが多々あり、すれ違う研究者の間で「これはフィールドワークより過酷だ」などという冗談が聞かれたほどでした。

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こうして毎晩遅くまで、研究者たちの熱い議論が繰り広げられていた.
 ポスター会場では、なんとビールやワインが配られており、みんなほろ酔い気分で発表したり聞いたりしていました。英語での質疑応答はなかなか勇気がいるものですが、お酒のお陰か、あまり臆することなく質問することができました(そういう効果を狙ったのかどうかは分かりませんが)。一番の収穫はサヨナキドリの研究者として有名な Valentin Amrhein (University of Basel) と話が出来たことです。彼は今回ミソサザイの発表をしていましたが、彼が書いたサヨナキドリの論文を、私が卒業論文を書く際にいろいろと参考にしたこともあって、是非情報が交換したかったのです。私が研究しているヤブサメの夜型さえずりの事を話すと、それは面白い、と関心を示してくれたようで、論文を見てもらう約束をしました。また、興味深かった発表としては Susan B. McRae (Simon Fraser University) のエリマキシギに関する研究が挙げられます。エリマキシギの雄には、雌に擬態している個体(生涯を通じて羽衣は雌で、体サイズは普通の雄と雌の中間)が稀に(雄全体の 1% 以下)いて、レックの中で sneaker として振る舞う以外に、雌も自発的に雌擬態している雄と交尾をするというものです。昆虫や魚ではよく知られていますが、鳥でもそのような擬態があるとは驚きました。ポスター会場では割引価格で書籍の販売も行っていて、欲しかった本を何冊か購入することが出来ました。

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最後の晩餐の様子.
 発表の間には、適宜コーヒーブレークが設けられていて、ディスカッションする場となっていたり、息抜きできるように配慮されていました。それでもやはり午前からずっと英語の発表を一生懸命に聞いていると、集中力が途切れてしまいます。そんな時は、リスやウサギたちが遊ぶ長閑なキャンパスの芝生に寝ころび、大学の無線 LAN に接続して論文をダウンロードしたりして過ごしました。

ISBE 最終日、上田研からは徳江さんがアカメテリカッコウとセンニョムシクイ類の雛排除について口頭発表を行いました。しかし、最終日の朝一番ということで、会場は閑散としていて少し残念でした。それでも、発表が終わってから徳江さんは質問攻めにあっていて、大きな収穫があったようです。その後日中はコーネル大学の歴史ある建物を見物したり、キャンパスを散策して楽しみました。しかし ISBE 最後の最後、楽しみにしていた晩餐会やダンスというイベントは、とても残念なものでした。映画のようなシーンが繰り広げられるのかと勝手に期待していたのですが(期待しすぎたかも?)、晩餐会はごく普通の食事、ダンスホールはただの小さな部屋で、誰も踊らず立ち話をしているだけ・・・という、かなり拍子抜けする ISBE の終わり方だったのでした。

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広大なコーネル大学のキャンパス.
さて、ISBE 全体を通して、食事や宿泊施設等に不満がなかったわけではありませんが、それは滞在に関する些細なことであって、私は学会そのものに対しては非常に良い印象を受けました。特に素晴らしいと思ったのは、毎晩テントで Social mixer and cash bar が開かれていたことです。鳥学会だと懇親会は 1 日しか無く、その他の日は周辺の飲み屋に散らばってしまい、話を聞きたい演者をつかまえることは難しいと思います。しかし、毎晩集まる場所が提供されていれば、そんな心配は無用です。実際に私も、このテントで新しいコネを作ることができました(コーネル大学のある Ithaca は田舎で、大学の周囲に繁華街がないということも、テントに大勢集まっていた要因だとは思いますが)。

今回、私は演者として参加はしませんでした。国際学会で発表するなんて、到底無理だと思っていました。しかし、ISBE に参加して思い出したのは、高校生の時に初めて鳥学会で発表した時のことでした。つまり、国際学会だからといって、何も臆することはないということです。次回の ISBE は、2010 年にオーストラリアのパースにある Western Australia 大学で開催されるそうです(http://isbeperth2010.com)。その時には、私も発表することができるように、これからの研究活動を頑張ろうと決意しました。

最後に、ISBE に参加する事を快諾して下さった指導教官である上田恵介教授と、貴重な体験を報告する場を与えて下さった編集者の方々に、お礼申し上げます。有り難うございました。



受付日2007.10.29

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ダーウィン便り(11):何の祟りか?4 度のパンク

江口和洋 (九州大学大学院理学研究院)


 4 度ですよ!1 ヶ月ちょっとで 4 度もパンクです.これは,ただごとではない!

  私たちの調査地クマリ地区は人里離れたサバンナです.ここで一番恐ろしいのは,毒蛇でも,毒蜘蛛でも,バッファローでもない.車のトラブルです.これまで,何度もトラブルに遭い.そのうちのいくつかは,すでに鳥学通信(第5号)で報告しています.その経験がトラウマになっている(?)という人もいるようですが.それでも,これまでは1調査年度(5 ? 6 ヶ月)に 4 ? 5 回でした.今回は自力で克服不可能なトラブルが 1 ヶ月ちょっとの間に 4 回も起きたから,これは事件です.

  一昨年のイシチドリの祟り(?)で車が廃車になってしまったので(鳥学通信第13号),昨年車を買いました.今度は前のような野暮ったいトラックではなく,車底が高くて,ブルバー付き,アルミホイールの幅広,オフロード用タイヤのかっこいいハイラックスです.そのかっこよさに引かれて,ついつい買ってしまったのが,今回のトラブルの伏線です.買った後に,「タイヤが高価そうだなあ.パンクしたら物いりだなあ」と,ちょっとした懸念はありました.その懸念は昨年秋にちょっと現実味を帯びてきました.クマリから帰ろうとしたら,タイヤの一つの空気が抜けています.パンクは想定内と思い,スペアと交換しようとしたら,ホイールが通常のものと違うので,車に搭載の用具が合いません.仕方なく,おっかなびっくりダーウィンまで帰り,タイヤショップに行きました.「OK, 修理するからタイヤを置いていけ.今混んでいるから,2 時間ほどしたら取りに来い.」「いえね,タイヤが外せなかったんです.」ということで,車を置いてゆくはめになりました.

 その教訓で,ホイールのナット穴に合うレンチを買って,パンクならいつでも来いと準備をしたつもりでした.今回のトラブルが起きるまでは.

  今年からニューサウスウェールズ大学出身の川崎典良君がアシスタントでクマリの調査を手伝ってくれています.彼が最初にクマリの神の怒りに触れたようです(?)今年は雨季に暴風が荒れ狂ったらしく,クマリ内では異常に倒木が多く,7 月の仕事始めの時には,1 日に何度も車を降りては倒木をノコギリで切っては除去する作業に追われました.完全に除去できない所は少し道を外れて通過することになります.クマリは東西 5 キロほどの広がりがあり,西の端がハイウエーに接しています.今回のトラブルのうち 3 回は入り口から 4 キロ以上奥に入ったところで起きました.これが,トラブルを悲惨にした原因の一つです.

8 月 13 日,川崎君が東の果ての巣のチェックに行く途中,4 キロほど入ったところでパンクが起きました.倒木を除けて道を外れたときに鉄条網を踏んだのでしょう.パンクは想定内,昨年買ったレンチがある.ところが,このレンチが役立たず.ナットの堅さに負けて,レンチの方が歪んでしまいました.仕方なく,パンクしたまま低速でハイウエーまで出て,通りかかったキャンピングカーでオーストラリア中を旅行してまわっている家族に助けてもらったそうです.

 8 月 15 日,新しいタイヤがまだ来ないので,タイヤの1本はスペアをつけたまま,クマリに行きました.クマリの中では無事でしたが,なぜかハイウエーでバーストしてしまい,また,交換することになりました.幸いにも,もともとこの車にはスペアが 2 本付いていたので,もう 1 本のスペアと交換することにしました.ところが,このスペアにまたレンチが合いません.それで,また助けを求めてタイヤを交換して帰着しました.

 8月 21 日(この 3 日間は日付が飛んでいるようですが,実は,3 日連続でクマリに行くたびにパンクに遭ったものです!).2 回もパンクすればもう無いだろうと思うのは安心が早すぎた.そして,これが最悪のトラブルであるとは神ならぬ身の知るよしも無いことでした.タイヤも新品になり,レンチも新しく買い,何の懸念もなくクマリに来ました.東の奥の巣のチェックをしての帰りがけ,倒木をまたいだところでまたパンク.レンチも新しいのがあるし,何も心配ない.....ことはなかった.6 個のナットのうち 4 個は外れたが,残りの2個がはずれない.そのうちに,レンチの頭がこわれてしまって,どうしようもない.仕方なく,歩いてハイウエーの側のキャラバンパークまで助けを求めに行ったそうです.パンクが起きたのが 9 時半,自分で奮闘して諦めたのが 15 時,それから歩いて助けを求めて,帰りに着いたのが 18 時半という.ご愁傷様の一言しかありません.現地に行った者でないとわからないとは思いますが,あの酷暑の中を 4 キロ歩くのはつらいですよ.

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写真:信頼を裏切って,折れてしまったレンチのジョイント.
 これらの事件は逐一報告を受けていたのですが,これが,自分の身に起こるとは全く考えていませんでした.9 月 25 日,私の 3 ヶ月弱の調査の最初の日でした.東端の巣のチェックをしての帰り道,左後輪から嫌な音がします.まさか,まさか!その,まさかでした.左後輪がバーストしてタイヤハウスを叩いていました.中のワイヤまではみ出してぺっちゃんこになったタイヤを見て唖然としましたが,それでも,これは想定内ととくにパニックにも陥りませんでした.レンチは新しい,10 分もあれば交換はできると,早速車をジャッキアップして,タイヤを外そうとしました.ところがナットが堅い.「うー,これは?」それでも,何とか 4 つははずしました.運命の残り 2 つ.ここで,レンチのジョイント部分が折れました(写真参照).「えっ!」でも,ジョイントはもう一つあります.こちらはもっと簡単に折れました.残りのジョイントは短くて,力が十分に掛けられません.もう,助けを求めるしかありません.ここから 4 キロ歩くのか?ナット外しに力を使い果たしたのでその元気はありません.このぺっしゃんこタイヤでどこまで持つか?幸いにも車は動くので,ゆっくりとハイウエーへ向かいました.4 輪を使って時速 10 キロくらいでゆっくりと走り,ハイウエーへ出て,助けを求めました.幸いにも,オフロード車に乗った 2 人のオージーが,うらやましくなるような本格的な工具を取り出して瞬く間にタイヤを交換してくれました.毎度思う,オージーの親切さ.

 不幸中の幸いと言えるのは,パンクしたタイヤは皆古かったということで,4 本全部が新しくなりました.古かったからこそパンクしたのかも知れませんが.神様がタイヤの交換時だと示されたのかも.しかし,総額十数万円は痛い!とほほ.

 教訓:「安物買いの銭失い」



受付日2007.10.01

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編集後記


 秋も深まってきました。日々に下がる気温は寒がりの私を憂鬱にさせますが、この季節は高い空、紅葉、新米、きのこなど素晴らしいものばかりが自然から贈られてきて大好きな時期です。そして、少しずつ慌ただしそうになってくる院生達も深まる秋を感じさせてくれます(^^;)。
 鳥学通信第 22 号は、11/1 発行号の恒例となっている、自由集会報告がメインです。日本鳥学会大会では、例年、様々な魅力的な自由集会が企画されますが、同じ時間帯にいくつもの集会が並列して開催されるため、残念ながら話を聞くことができない集会が出てきます。そのような集会の中身を少しでもこの報告で知って頂ければと思います。(副編集長)



 鳥学通信は、皆様からの原稿投稿・企画をお待ちしております。鳥学会への意見、調査のおもしろグッズ、研究アイデア等、読みたい連載ネタ、なんでもよろしいですので会員のみなさまの原稿・意見をお待ちしています。原稿・意見の投稿は、編集長の百瀬宛 (mailto: ornith_letterslagopus.com) までメールでお願いします。
 鳥学通信は、2月,5月,8月,11月の1日に定期号を発行します。臨時号は、原稿が集まり次第、随時、発行します。







鳥学通信 No.22 (2008年11月1日)
編集・電子出版:日本鳥学会広報委員会
百瀬 浩(編集長)・山口典之(副編集長)・
天野達也・染谷さやか・高須夫悟・東條一史・時田賢一・和田 岳
Copyright (C) 2005-07 Ornithological Society of Japan

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