VII. 今後の課題と研究の必要性

1.野鳥と鳥インフルエンザに関する現状と課題

(渡辺ユキ)

 

(1)野鳥と鳥インフルエンザについての現状認識の要点

       「高病原性」鳥インフルエンザは基本的に家禽、特にニワトリの疾病である。

       海外も含め、これまで野鳥から高病原性ウイルス株は例外的にしか分離されておらず、自然に生活している野鳥が、直接高病原性鳥インフルエンザ流行の引き金となったり、感染拡大に寄与したという証拠はまだない。

       N5N1亜型を始めとする高病原性株が現在、アジア諸国では常在化したと考えられる。

       5亜型ウイルスが野鳥に感染して大量死が起きるかどうかは、現在のところわからない。

       今回の鳥インフルエンザ国内発生では、一般社会に誤った理解と行き過ぎた行動が一部で起きた。

 

(2)今後の課題と方向性

1)科学的な情報を公開する必要性について

       野鳥と鳥インフルエンザに関する専門機関が無く、正確な情報が不足している。体系的に情報を収集分析し、公開する体制の必要がある。

2)人材の教育と配置について

鳥類研究者

       鳥研究者や野鳥に関わる人材への充分な鳥感染症に関する教育を行うことにより、研究者自身が科学的な知識に基づく自覚ある行動がとれるようになることが今後必要とされる。

       同様の発生が遠からずある事が予想されるので、今のうちに調査に従事する可能性のある野鳥関係者への教育や二次的感染拡大を起こさぬ為の慎重な調査体制を確立し、備える必要がある。

行政、獣医師

・ 発生が起きた場合、一次受け入れ対応をする行政や獣医師に、野鳥(野生鳥獣)の種の識別ができ、取り扱いについての知識を持ち、教育を受けた専門官の配置が必要である。

3)緊急調査実施内容と体制の不足点について

       輸入ルートの詳細な確認や、輸送ルート、即ち、人と輸送手段の確認、流通畜産品、生きた鳥、検疫対象外品(羽製品、鶏糞肥料等)の検査等、物流面からの感染ルート解明調査が不充分である。

       補償による自主報告のみに発生の検出を頼らず、養鶏場への予防的検査体制を強化する必要がある。現在の通常時モニター検査数は必ずしも充分とはいえない。

       生きた鳥類、検疫対象外鳥類、汚染可能性のある関連品等の輸入時検査体制を見なおし、感染の水際侵入防止体制をより強化する必要がある。

4)野鳥の調査や研究の体制と方向性について

       疑われる症例や大量死がある時には、報告による被害動向の確実な把握と原因検査が行われ、情報や結果が集約化される体制を確立し、野鳥と家禽双方に影響が起きないようにする。

       野鳥の被害可能性について、鳥種毎の感受性有無等できるだけ情報を収集分析して予測を立て、ハイリスクな種があれば備えるとともに、特に希少種についてはできるだけ早急に感染発生時の指針作成が必要である。

       将来的には、野鳥の生態情報も含め、野鳥の感染症に関する科学的情報がいつでも取り出せるような情報開示システムの構築と研究体制の実現が必要である。

 

2.野鳥の鳥インフルエンザに関係する法律の解説メモ

(渡辺ユキ)

 

野鳥の鳥インフルエンザについて、直接規定している法律は現在のところない。関連法令の概要および関連省庁での扱いは以下の通りである。

● 農林水産省

・「家畜伝染病予防法」

家禽の鳥インフルエンザについて述べられている。家禽とは鶏、あひる、うずら、七面鳥、なので、これ以外の愛玩鳥と野鳥は対象外。防疫上の対応は、高病原性(H5とH7亜型)と低病原性(それ以外の亜型)に分けて決められており、今回の防疫マニュアルは、この法律に基づいている。なお、ガチョウは国内発生においては家禽の対象外だが、輸入検疫時は家禽の対象に入る。

・「獣医師法」

家畜と一般飼育動物を任務の対象としている。鳥については家禽を主とし、野鳥は全く任務対象外である。その他の愛玩動物、飼育動物等の獣医療に関する関連法案についても、鳥インフルエンザをはじめとする野鳥の感染症管理についての具体的規定はない。

 

● 厚生省

・「感染症法」

高原性鳥インフルエンザ(H5、H7亜型)が4類感染症として指定され、届け出の対象となっている。この法律の基本的対象は人の感染症である。

2003年に展示施設における飼育動物の人獣共通感染症管理についてのガイドライン(動物展示施設における人と動物の共通感染症対策ガイドライン 平成15年 厚生科学研究費事業)が出されているが、鳥インフルエンザについての具体的規定はない。

● 環境省

種の保存法はもとより、保護増殖事業や渡り鳥に関するさまざまな条約や指針のなかにも、野鳥の感染症に関する具体的規定はない。

● 輸入に関する規定(農水省、経済産業省)

家禽以外の鳥に関する感染症管理は充分とはいえない。輸出国の証明書は必要とされているが、検疫係留期間は設定されていない。通常時はルーティンな鳥インフルエンザの検査はなされておらず、肉眼による判定が主である。これは、展示鳥、愛玩鳥だけでなく、ダチョウなど、法律上家禽の分類に入らない飼育鳥についても同様である。

 

3.鳥インフルエンザに関わる法制度と問題点

(羽山伸一)

(1)防疫に関わる対策の実際

人と動物の共通感染症に対する現在の防疫対策は、輸入時の水際対策、発生予防対策、蔓延防止対策に分けられる。今回の高病原性鳥インフルエンザの国内侵入にさいしては、野生鳥類に関しておもに以下の対策が実施された。

1)輸入時の水際対策

家禽類は、輸入検疫時に抜き取り検査が実施されてきた。ただし、羽毛,鶏糞肥料,わらなどについては,可能性は低いとされ,検査対象外となっている。

2001年5月以降、家畜伝染病予防法に基づき、発生国からの家禽(鶏、七面鳥、あひる、うずら、がちょう)の生体、これらの動物由来の肉、臓器、卵およびこれらの製品を、発生報告のあった都度,清浄が認められるまで輸入停止にしている。また、2004年2月以降は、同法の指定検疫物に該当しない鳥類を「指定外鳥類」として、その生体、種卵(受精卵)および初生ひな(孵化直後で餌付け前の雛)の輸入を停止している。さらに、清浄国(本感染症の発生がない国)からの輸入であっても、当該国で輸出前90日間飼育されていたことを記載した証明書がなければ輸入を停止している。なお、羽毛については、清浄国より輸出したことが確認できない場合は、消毒を実施している。

2)発生予防対策

発生予防のためのモニタリングは、農林水産省による「防疫マニュアル」(2003年9月17日作成)によって実施されている(1〜2ヶ月に1回、各都道府県で1農場から10羽を抽出して報告)。また、2004年3月10日に本マニュアルは改正され、目的に「発生予防措置」が掲げられた。これによって、愛玩鳥を含む飼育鳥類の飼養状況の把握や普及啓発を行なうこととなり、また鶏舎への野鳥侵入防止策の徹底が盛り込まれた。

さらに、身近な野鳥における感染状況を把握するため、2004年3月9日に関係4府省から知事等宛に死亡した野鳥検査に関する協力依頼が出された。また同月16日には捕獲したカラスおよびドバトの検査も併せて依頼され、実施されている。

 

3)蔓延防止対策

人や物流からの蔓延防止は、「防疫マニュアル」に従って行なわれた.環境省は、家禽で発生した3地域について、職員を派遣して当該地域周辺における野鳥の生息状況調査や糞、血液などの採取を実施している。また、2004年3月5日に大阪府で回収されたカラスからA型インフルエンザウイルスが分離されたことを受け、環境省は3月11日に職員を現地派遣し、当該地域周辺におけるカラスのねぐら及び鳥類の生息状況調査を実施した。

 

(2)野鳥に関わる法制度上の問題点と改善案

前述した今回の対策に関して、野鳥に関連した防疫に関わる法制度上の問題点を以下に指摘し、その改善案を提示する。

 

1)水際対策と流通管理

家畜伝染病予防法では、発生国から感染する可能性のある個体及び製品を「疑わしきは輸入せず」の態度で臨んでいる。

しかし、当初は対象品目が家禽に限定されており、指定外鳥類に規制が及ぶまでの間に病原体が国内へ持ち込まれた可能性は否定できない。また、家禽以外の鳥類は検疫対象ではなく、通関時に猛禽類、オウム目、ハト目、その他の鳥類以外の区別はないため、どのような鳥種が輸入されたのか確認することすらできない。

今後、関係法令では、人と動物の共通感染症を有する分類群について、通関時に種名の届出を義務付け、法定伝染病(指定感染症)の発生国からの該当動物種の輸入停止を法に位置づけるべきだ。また、これらの動物のトレーサビリティー(履歴管理)と飼養者責任を明確にするため、個体登録制度と取り扱い業のライセンス化を導入すべきである。

 

2)モニタリング体制の整備

発生予防のためのモニタリングは、「防疫マニュアル」によって鶏以外では実施されていなかった。また、家畜伝染病予防法では家禽だけを対象とするため、それ以外の飼育下の鳥種や野鳥は対象外である。また、本法で伝染病の届出義務を課せられている獣医師は、その任務を「飼育動物に関する診療」と獣医師法で定められ、野生個体は対象外となる。

今後、関係法令では、法定伝染病(指定感染症)のモニタリング等に関わる対象を飼育動物から野生動物まで広く位置づけるべきだ。また、これらの体制整備とともに、発生時における対応に関して、関連するあらゆる動物種を対象とした危機管理マニュアルの整備が必要である。

 

3)希少野生動物種に対する対策

希少野生動物種では、絶滅を回避する上で感染症対策が重要である。種の保存法に基づく保護増殖事業計画では、一部の対象種で感染症対策が位置付けられているが、これらの指針である「希少野生動植物種保存基本方針」では一切触れられていない。また、多くのレッドリスト記載種が本法の対象となっていない。さらに、鳥獣保護法に基づく国の基本指針で位置づけられている傷病鳥獣保護についても、感染症対策についてはガイドラインが示されていない。

今後、希少野生動物種を中心として、環境省は感染症対策を関係法令に位置づけるとともに、これらの実行体制を整備すべきである。

 

4.鳥類の病原体に対する研究課題と研究体制

(村田浩一)

今回の高病原性鳥インフルエンザ問題で日本鳥学会会員各位が痛感したのは、野鳥の病原体に関わる知識の不足、とくに科学的情報の不足ではないかと思う。野鳥が国内各地の養鶏場における高病原性鳥インフルエンザの感染源となった可能性を探るには、まず本邦における各種野鳥の鳥インフルエンザウイルス保有状況や、その季節的および経年的変動ならび感染率の地域的相違などを、前もって把握しておく必要があった。もし、それらの情報が十分に提供されていたならば、国民はもっと冷静に対応できたかもしれない。しかし、これまで、野鳥が保有する病原体を対象とした監視調査(サーベイランス)が、国内全域において長期的かつ組織的に行われたことは殆どなかった。今後、ヒトと野鳥が共存してゆくためには、高病原性鳥インフルエンザに限らず、広く鳥類の感染症とくに人獣共通感染症(ズーノーシス)を対象とした、決して一過性に終わらない地道な調査および科学的研究が求められる。

本来、野生動物の感染症に関する調査・研究は、国立の『野生動物医学研究所』のような専門施設が設置されて行われるべきではあるが、当面は、鳥学や感染症に関わる各種学会、NPO、大学や研究施設等の専門機関等が協同して、全国規模のモニタリングシステムの構築に努める必要があろう。将来的には、医学分野で試みられているような広くアジアを視野に入れた国際的鳥類感染症サーベイランスの実施も望まれる(Arita et al. 2004)。

具体的な今後の研究の必要性としては、当面の課題と将来的課題を含め、次のような内容が考えられる。現実的には困難な部分が多いかもしれないが、可能なところから早急に着手されることが望まれる。

 

(1)当面の研究の必要性

1) 養鶏場における高病原性鳥インフルエンザの発生および伝播が野鳥介在によるものか人間介在(物流も含めて)によるものかを究明する。とくに、輸入検疫時などの水際における家禽とその派生物(羽、骨などの副産物)の抜き取り検査のみならず、生きた鳥、愛玩鳥、鶏糞肥料、羽、敷き藁、餌、等の検査対象外品についての調査も検討する。

2) 感染鶏から野鳥への二次感染の可能性を解明する。

3) 野鳥から鶏への感染が強く疑われた場合、当該野鳥の鳥種を特定する。

4) 発生地の衛生動物(ネズミ、ハエ、蚊等)によるウイルス伝播の可能性について調査を行う。

5) 鳥インフルエンザウイルスを保有する野鳥に対する広範な調査を継続して実施する。

 

(2)将来的な研究の必要性

★ 鳥関係者による研究の必要性−鳥類の渡り情報および斃死情報の蓄積

1) さまざまな病原体を保有する渡り鳥の渡り経路の解明に努める。

2) 連続または大量に死亡鳥(衰弱鳥を含む)が確認された場合は、それを確認した場所・日時(季節)・天候などの環境情報、および当該鳥の状態・種・性別・齢別・個体数などの生体情報を記録する、同一規格の記録用紙の作成。

3) 観察内容を発見地の保健所もしくは家畜保健衛生所等の公的機関に通報すると共に、特定の機関にその資料を畜積することが望ましい。

4) 死亡鳥に関する収集・蓄積資料の解析を行う体制の確立。

5) 収集情報および解析結果は、鳥学会誌等で報告し、野鳥斃死情報の共有化を図る。

 

★ 病原体関係者による研究の必要性−病原体の検索および記録  

1) 病原体保有の調査・研究のための死体収集および各種材料(血液・糞・粘液・臓器等)の採取・保存に協力可能な専門機関の間で研究ネットワークを構築する。

2) 鳥学関係者による鳥類標識調査等の捕獲の機会を利用し、病原体保有確認の試料採取・検査を定期的かつ長期的に、上記ネットワークを通じて共同作業として行う。

3) 病原体は、動物由来感染症に関わるウイルス・リケッチア・細菌・真菌・寄生虫など幅広く対象とする。

4) 調査・研究のために採取した試料の長期的保存を組織的に行い、当該試料を必要とする研究者に随時提供して各種鳥類感染症の究明に生かす。

5) 調査・研究によって得られた成果を随時公開し情報の共有化に努め、鳥類感染症に関する科学的知識の普及と鳥類保全へフィードバックする。

 

(3)まとめ

高病原性鳥インフルエンザを含め、動物由来の新興・再興感染症は、今後も人間社会を翻弄し続けるであろう。そのたびに風評やマスコミ情報の氾濫によって人々が惑わされ、野鳥たちが敵視されるのは避けたいものである。今後も野鳥と親しく接することを望むなら、まず鳥に対する正しい知識を習得しなければならない。単なる情緒的なつき合いではすぐに破綻が生じることは、今回の騒動で多くの飼い鳥たちが無情に放棄されたことからも容易に推測できる。幾度も同じ過ちやパニックを繰り返さないためにも、感染症も含めた鳥類に関する科学的情報を積極的に収集して公開し、ヒトと野鳥が共存できる道を示し、人々を正しく導いてゆく必要がある。

 

<引用文献>

      Arita, I., Nakane, M., Kojima, K., Yoshihara, N., Nakano, T. and El-Gohary, A. 2004. Role of a sentinel surveillance system in the context of global surveillance of infectious diseases. Lancet Infect. Dis. 4: 171-177.

 


トップに戻る 日本語トップページに戻る