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意見提出のその後
野外調査のTips
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殺虫剤フェンチオンに関する本学会意見書のその後について渡辺ユキ (阿寒国際ツルセンター)・樋口広芳 (東京大学大学院農学生命科学研究科) 鳥類に強い毒性のある殺虫剤フェンチオンの野外での使用が、厚生労働省より配布されたウエストナイルウイルス熱対策用ガイドライン内で推奨されている事態を懸念し、本学会評議員および鳥類保護委員一同は、「ウエストナイル熱予防のための蚊の駆除対策に伴うフェンチオンの使用回避についての意見書」を、関係諸機関である厚生労働省、環境省の各大臣宛へ2005年4月に提出した(http://ornithology.jp/osj/japanese/materials/appeal_050420.pdf)。その後の国の対応について簡単に報告する。 同年同様の要望書は本学会以外にも、生態系保全にかかわりのある2学会・1団体・1分科会より前後して提出され、要望内容は国会でも取り上げられた。その結果、2005年7月に環境省から当該ガイドラインの所轄機関である厚労省へ「野生鳥類への影響に留意」を求める協力依頼文書が出され、次いで厚労省から全国の各自治体衛生部局及び関係諸機関宛へ「同ガイドラインにかかわらずフェンチオンの使用は差し控えるように」という通知が出された。一連の動きは、全国紙などでも報道された。 米国北東部での突然の発生からまたたく間に全米に広がったウエストナイルウイルスの世界的感染拡大は、要望書提出の時点でユーラシア大陸では北東ロシアまで進んでおり、日本への侵入がいつ起きてもおかしくない状況であった。また現在もアメリカ大陸では急速に南北への拡大が続いており、清浄国である日本にとって引き続き今も予防すべき重要な感染症と認識されている。 したがって、ガイドラインは当時も今も保健衛生担当部局により広く一斉に用いられる可能性があり、もしその内容が野生鳥類への配慮を欠いたままであれば、生態系に大きな影響を与えてしまうことになる。このような緊急性のある事態に対して意見書による指摘により迅速に改善通知がなされたことは、専門家からの情報提供が所轄官庁間の協力と連携へとスムーズに進み、それぞれが役割を果たし、よりよい方策が実行されたという点でたいへん喜ばしい事例になった。また本事例は、国が化学物質の使用に対して野生動物への保全を目的にした施策を明確に示したはじめてのケースではないかと考えられ、その点でも今後の変化が期待できる価値ある判断が下されたと言える。 しかしその半面、通知によるフェンチオンの使用制限は、あくまでも意見書で緊急の要請をした同熱対策の狭い範囲にとどまり、これまでのところそれ以上の進展は見られていない。フェンチオンは、鳥類や生態系に与えるリスクの大きさから欧米諸国の多くではすでに使用・製造・販売ともほぼ全面的に禁止されているか、使用法が厳しく制限されている薬剤である。にもかかわらず、生態毒性評価の制度が遅れている日本では、鳥類へのリスクを表示されることさえもなく今もなお漫然と広くさまざまな用途で使用され続けており、意見書提出のきっかけとなったタンチョウの例をはじめ、偶然判明する鳥類の死亡事例が数多く発生している。このような状況は、意見書に述べてある、化学物質の使用に際し「生物多様性に正当に配慮することは、長期的には人間自身にとっても不可欠」、という内容とはまだまだかけ離れている。日本の化学物質の規制制度には、生態系へのリスクを評価する姿勢やかかわりのある研究者が非常に不足しているが、今回のような事態はそのことの端的な表れであるとも言える。 以上の内容について、別途、以下の通り、日本生態学会の「保全生態学研究」に報告文を載せた。意見書提出から通知までの詳しい経緯や内容、フェンチオンとはどのような薬剤か、海外の規制状況、野生鳥類の死亡事例、フェンチオンのような薬剤のリスクが日本ではこれまであまり知られてこなかった理由、生態毒性評価とはどういうことか、生態系に対して適切な化学物質の使用を進めるために今後何が必要か、などについて述べてある。詳しく知りたい方はそちらも参照されたい。 なお本意見書の提出には、本学会評議員および鳥類保護委員の皆様をはじめ、多数の方々に助言を賜わった。この場を借りて皆様に改めて厚くお礼申し上げたい。 |
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鳥類の音声研究のためのデジタル録音機材 PARTⅡ黒田治男(兵庫県) 「鳥学通信」第8号に掲載した野外調査のTipsで「鳥類の音声研究のためのデジタル録音機材」の記事を読んだ多くの方から意見をいただきました。そこで、前回の記事で紹介した機器以外で音声研究に役立つ機材を紹介したいと思います。 前回、紹介した Roland 社製 EDIROL R09 は、システム・プログラムが Ver.1.10 以降(現在 Ver.1.20) にアップグレードされてから、最新の4GBのSDカードも(SDHC)が使えるようになりました。また、松田道生さんのホームページ syrinx に詳細な「R-09 使用リポート」が掲載されていますのでそちらを参照ください(後の齋藤さんのレポートも参照ください)。 新たに紹介する録音機材 私は、2007年に行われたバードリサーチ・プロジェクト「音声認識装置による夜行性鳥類の自動調査システム開発に関する研究」への協力でこの装置を使用しました。 本機は、HiMDとして1GBの容量がありますので、電池交換なしに約8時間(REC Mode=Hi-SP)録音が可能でした。また、簡単に「Time Mark」を設定でき、一定の時間間隔(1分から60分まで1分刻みで設定可能)でファイルを分割することができるため1つのファイルが小さくいので、パソコンのHDDの容量の効率的な利用や音声ソフトの解析が素早くできます。 東京大学大学院農学生命科学研究科の石田健さんから以下のような意見をいただきましたので紹介しておきます。 「MZ-RH1については、NH1同様に外部大容量バッテリーを使えるように加工して使っているので、34時間の連続録音も可能となっています。MDの長所は、トラックマークと、録音時刻が表示され、録音時刻の確認が容易なことです。NH1に附属していたリモコンは、3行表示でとても使い易く、私は RH1にも使っています。 2) SONY ICレコーダー ICD-SX67 or ICD-SX77 3) OLYMPUS Voice-Trek DS-40/50/60 本機を音声研究に使用あるいは検討しているバードリサーチの植田睦之さん、森林総合研究所・北海道支所の松岡茂さん、国立環境研究所の永田尚志さんに意見をいただきましたので紹介しておきます。 「OLYMPUSのDS-50では、録音試験はしていますが、まだちゃんとチェックしていないません。ざっと聞いた感じでは、HiMDほどの感度はないものの、使えそうではあるという感触です。将来,音声認識のプロジェクトで使うことになれば、WMA形式を一度、WAVに変換してから解析することになると思います。」(植田談) 「『森林の取扱いによって,生息する鳥にどのような影響があるか』を調べるため、タイマー録音機能のある録音機を使い、夜間と早朝の一定時間の録音を行っています。タイマー録音は、希望する録音時間帯に録音場所にいる必要がありません。したがって,調査地が遠くにある場合や、夜間や早朝の調査が必要な場合に有効です。今まで,MD録音機(SANYO MD-U4 生産中止品)とMP3プレーヤ(TalkMaster II)を使っていました。しかし、後者は音質の点で(鳥の調査を目的とする場合)ほとんど使い物になりません。TalkMasterについては、今後の使用予定はなく、録音機能つきのボイスレコーダ(Voice-Trek DS-50など)に置き換える予定です。最近の機器は、記録メディアの大容量化で、長時間録音が可能になっています。長期間(あるいは長時間)調査地においてタイマー録音することで、大量のデータ取得が可能になりますし、メディア交換の頻度も少なくてすむようになると思います。」(松岡談) 「本機の特徴は、広域な周波数特性、低周波ノイズフィルター、それに独立な3本のタイマー録音ができるところにあります。購入してすぐ行った毎朝2時間の定時録音テストでは内蔵単4電池2本では7日間しか完全な録音はできませんでした。そこで、外部電源として単2電池2本を使って実際の調査を行ったところ2ヶ月半は電池交換なしで使えました。設置地点が多かったので安価なDS-40(512MB)を使いましたが、毎日2時間のステレオ録音で8日間、モノラル録音で17日間の運用が可能でした。ということは、DS-50では2倍、DS-60では4倍の期間の記録が可能でしょう。データ回収の現場ではファイルができていたので見落としていて、繁殖期の調査終了後に解析してみて気づいたのですが、電池が弱ってくるとタイマー録音は開始されるものの、録音時間がだんだん短くなっていっていました。」(永田談) 4) Marantz/PMD660 ポータブルレコーダー ダイトウコノハズクの個体群動態の研究をしている大阪市立大学理学研究科の高木昌興さんに意見をいただきましたので紹介します。 「野外調査で録音装置一式を持って歩くのに、この装置は十分に軽く扱い易い大きさであり、カメラストラップで首からかけた状態で録音レベルが確認し易い。 以上、まだまだ扱いやすいデジタル録音機材はあると思いますが、第2弾として鳥の音声研究に役立つための新たな機材として紹介しました。 ローランド R-09 の使用レポート齋藤武馬 (立教大学大学院理学研究科) ローランド R-09 の使用した感想を報告します。 1. 軽い 2. 安い 3. バッテリーが長くもつ 4. SDカードで最大4GB録音できる。CFが使えないのは、まあ欠点か。 5. 操作しやすい 6. パソコンへの取り込みがラク 7. 高性能 他社メーカーで競合する機種は、前述の SONY の PCM-D1 や、Marantz の PMD660 などがあるが、性能、携帯性、価格のどれをとってもコストパフォーマンスが高い機種といえます。 立教大学大学院でメボソムシクイの亜種間の比較を研究にローランド R-09 を使っている齋藤さんから実際の使用感を報告していただきました。(鳥学通信編集部) 受付日2007.8.15 音声ロガーの長期間運用システムについて永田尚志 (国立環境研究所) 長期間、音声等の環境データを継続して記録するには、ロガーを野外に設置する必要があります。専用のロガーであれば防水機能も完備していますが、民生用機材の転用では防水を考えなければなりません。黒田記事で紹介したように、渡良瀬遊水池でICレコーダー(OLYMPUS DS-40)を4ヶ月間、野外に設置し、夏鳥の定着過程、ソング活動、夜行性動物の活動をモニタリングしました。長期間のモニタリングでは、数ヶ月に渡って確実に作動するシステムを構築する必要があります。
ポリ容器は本来、水筒ですので防水性は抜群で4ヶ月間5セットを運用して、容器中への水の侵入は全くありませんでした。ただ、マイクごとケースに入れて密封してしまうので遠くの音は拾えない可能性はあります。しかし、設置地点の周囲のコーラスを録音するには十分だと思います。判断のために、録音サンプルとして2007年5月23日の午前5時頃のオオヨシキリ、コヨシキリ、セッカ、ヒバリのコーラスの録音をつけておきます。 sample1.mp3
USBケーブルでICレコーダをパソコンに接続するとストレージとしてマウントされますのでデータファイルの回収は容易です。黒田記事である通りファイル形式がWMA形式で、ファイルの最終書き込み時間が録音時刻として書き込まれます。途中のタイムスタンプはありませんのでファイル作成時から逆算して時刻にする必要があります。ソングの自動認識をするためにはファイル変換も必要になるかもしれませんが、AmadeusII など直接WMAファイルを読み込めるソフトを使うと簡単な解析は可能です。7月後半から早朝1時間(5:00-6:00)の録音に加えて夜1時間(8:00-9:00)の録音を行いました。夜は、虫の音の合間に鳥の声が入る程度ですので AmadeusII で読み込んで、ソナグラムにする鳥のソングと虫の音は一目で区別できます。このようにして、7/27の録音から抽出したゴイサギの幼鳥?の声をつけておきます。 sample2.mp3
1日に1〜2回、2〜1時間の録音設定でしたので休んでいる間にバッテリーが一時的に回復するため、レコーダーが完全に作動しなくなるわけではありません。実は、データ回収時にファイルが作成されていたので解析を試みるまで録音時間が短くなっていることに全く気がつきませんでした。実際の運用では、3ヶ月に1度、バッテリー交換をすれば全く問題はありません。単1電池のシステムにすると半年は持つでしょうが、毎日2時間の録音をメモリー容量が2GBのDS-60を利用した場合でも、高音質ステレオ(HQ)モードで34日間、高音質モノラル(HQ)モードで69日間しか録音できませんのでシステムのサイズも考慮すると単2電池で十分だと思います。
音声ロガーシステムの運用でのもうひとつの問題点は、ロガー位置の記録です。設置当初はヨシ丈は1m程度で遠くから見えていたロガーも(写真4)、ヨシ丈が2mを越える6月になるとGPSを使わないと発見できなくなります。7月にはいるとヨシ丈が4mを越えて、2-3週間に1回しか通らない通路はすぐに蔓植物に覆われてしまうのと、ヨシ丈が高くなるとGPS精度も20-30m程度に落ちてしまうので、道路からたった300mしか離れていないロガーにたどり着くのに2時間以上かかるようになります。GPSの電池が切れたら丈が5mにもなるヨシ原の中では東西南北もわからなくなるので、予備の電池はいつでも携行する必要があります。 以上、安価な音声ロガーの長期運用システムについて紹介しました。防水マイクを外につけるとか、録音したファイルの自動解析など解決しなければならない問題点はいくつか残っていますが、この記事が野外にロガーを設置する際の参考になれば幸いです。 受付日2007.9.12 【topに戻る】 |
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今年の夏は、ラニーニャの影響か、7月末までの涼しく長い梅雨と8月の酷暑、そして9月にはいると台風と秋雨と極端な天候が続いています。本号は、久しぶりに投稿原稿を主体にして発行することができました。巻頭は、鳥学会が提出したフェンチオン使用に関する意見書のアフターケア報告となっています。ウェストナイル熱は怖い感染症ですが、鳥類をはじめとする生態系に大きな影響をあたえる殺虫剤はもっと怖いものです。調査のTipsでは、黒田さんから投稿されたデジタル録音機材の話題を中心にミニ特集を組んでみました。それでは、熊本の2007年度大会でお会いしましょう。次号は大会での自由集会報告の特集の予定です。(編集長) 鳥学通信は、皆様からの原稿投稿・企画をお待ちしております。鳥学会への意見、調査のおもしろグッズ、研究アイデア等、読みたい連載ネタ、なんでもよろしいですので会員のみなさまの原稿・意見をお待ちしています。原稿・意見の投稿は、編集長の永田宛 (mailto: ornith_letterslagopus.com) までメールでお願いします。 |
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鳥学通信 No.15 (2007年9月15日) 編集・電子出版:日本鳥学会広報委員会 永田尚志(編集長)・山口典之(副編集長)・
天野達也・染谷さやか・高須夫悟・時田賢一・百瀬 浩・和田 岳
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