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巻頭記事

自由集会報告

学会参加記




巻頭記事


日本鳥学会創設50年の歩み

中村 司 (山梨大学名誉教授)


 日本鳥学会は、明治45年(1912)、東京帝国大学理科大学教授飯島魁(いさお)博士によって創設された。飯島博士の所属であった東京帝国大学内に事務所を置き、はじめは会員10名にも満たないもので、会合の折会食、鳥談を交えて知識の交換をしたり、講演程度だったようである。学会誌「鳥」が創刊されたのは発足から3年後のことである。飯島初代会頭は第一巻第一号の冒頭で「本邦鳥類ノ研究ニ就キテ」と題し発刊の意義について、「現在ノ所日本ノ鳥学研究ハ鳥学ノ基礎デアル分類学ノミデアルガ候鳥ノ去来、繁殖ノ観察、分布、食性ナド地方在住ノ同好者ノ力ニマツ事多ク是ニヨッテ本邦鳥学上ノ不完全ナル方面ガ次第ニ開拓セラルルニ至ルデアロウト信ズル」と発刊の意義について述べている。1巻五号までは文章がカタカナで鳥の和名がひらがなとなっているのは現在人にとっては奇異な感じがする。第2巻八号からは、裏ペ−ジに "TORI” THE AVES と英文タイトルが加えられ、いろいろ変化がうかがえる。会員数も10年の内に有に100人を突破している。2代会頭は鷹司信輔公爵となり研究内容も分類学を中心に飼育、生態観察と徐々に間口を広めてきている。大正11年(1922)には創立10周年を記念し鳥類目録第1版が発行され、記念行事として鳥の展覧会が三月に東京市赤坂溜池三会堂に於いて開かれている。大正14年(1925)にはオランダ鳥学会がアムステルダムに於いて行われ、次いで大正15年(1926)に万国鳥学会議(現在の国際鳥学会議)がコペンハ−ゲンに於いて行われた。これらの会議には、当時、英国に留学されていた蜂須賀正氏(まさうじ)氏が出席している。また昭和3年(1928)には、幹事担当の黒田長禮博士がスイスのゼニ−ヴァ(ジュネーブ)で行われた万国鳥類保護委員会に出席している。この頃から黒田長禮博士による分類に関する英文の諸論文が目立つ。引き続き在英の蜂須賀正氏氏の英文報告の記載も目につく。学会誌は大正6年(1917) 1巻5号から縦書きで論説、講話、雑編、質疑応答などと整理されており、この形式は昭和5年(1930) 30号まで続いている。

 1930年代に入り31号から形式が横書きになり、内容の中に野鳥の保護についても述べられており時代の変遷が感じられる。昭和6年(1931) 侯爵山階芳麿先生の鳥島紀行によると1000羽を越すアホウドリ、クロアシアホウドリ、コアホウドリなどが観察されたとあり、それが間もなく絶滅したとまでいわれる状態になるなどとは想像もつかないことであった。昭和7年(1932) 5月には創立二十周年記念号を発刊すると共に5月に東京科学博物館で記念会を開催し、9月には日本鳥類目録第2版も発行されている。また、この頃ツバメが同じ家に帰ってくるいわゆる帰巣性のことなど、今では常識であることが内田清之助博士らによって世界で始めて実証された記事も載っている。また伯爵清棲幸保氏その他の方々によって個々の種の生態研究も目立つようになってきている。現在は外国の領土となっている台湾、朝鮮、満州、樺太などで採集された鳥類のリストや採集品などを基にした論文や報告文も多く見られている。内田清之助博士の「珍鳥朱鷺の生息地」によると、昭和8年 (1933)、石川県と新潟県には未だ数羽ずつの小群が見られたとのことである。この頃の学会例会の出席状況を見ると、例えば昭和10年(1935) 3月の例会では神田の学士会館において12名が参加し、6月の例会では17名が参加している。昭和17年(1942)年は創立30周年記念号が出版され、記念事業として日本鳥類目録改定3版が発行された。論文では山階芳麿博士の伊豆七島の鳥類と侯爵蜂須賀正氏博士の「日本人によって記載された鳥類」等の英語論文が目につく。戦前の学会誌「鳥」は、昭和19(1944)年に昭和18年度分の55号を黒田長禮博士が編集されたのを最後に休刊となってしまった。

 昭和20年(1945)終戦を迎えた時は東京の大部分は空襲で焼け野原と化していた。昭和21年国民生活が戦争で疲弊した中、早くも鳥学会は内田清之助博士を会頭とし林野庁関係の石澤慈鳥氏が編集長として活動を再開した。日本鳥学会事務所の名義は東京帝国大学理学部動物学教室であったが、戦後の実務は農林省鳥獣調査室で行われていた。昭和22年(1947)、山階鳥類研究所は一部焼夷弾を受けたが焼失をまぬがれ、山階芳麿先生のお計らいで鳥学会事務所を山階研究所に移し、昭和23年から第56号を蜂須賀正氏博士(熱海在住)が編集し復刻された。また、会頭は黒田長禮先生となり山階芳麿先生が副会頭となった。幹事は黒田長久先生、会計幹事は高島春雄先生が担当された。戦前使用されていた爵位は無くなり民主化されたが、鳥学会の例会では始めは何となく敷居が高い気がした。しかし当時は例会が毎月または隔月くらい行われたのでだんだん慣れていった。学会誌「鳥」は物の無い時代だったので用紙は、わら半紙を使用し、記事も短編的なものが多くなった。戦前、溜池の鴨場を所有されており、欠かさず立派な論文を載せられた黒田長禮先生は殆んどの書籍デ−タを一夜にして空襲で失われたそうであるし、一般庶民は生活のみで苦しい時代だったので無理も無いことであった。しかし、それも年とともに復活していった。なお戦後処理で来日されたアメリカ軍のオースチン博士を鳥学会名誉会員に推薦し、一時文部省科学局に事務所を置いた日本鳥類保護連盟が山階鳥類研究所に移り、鳥学会と同居した。したがって、学会誌「鳥」にも愛鳥教育など鳥類保護関係の記事も多く見られるようになった。

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昭和26年(1951)当時、山階鳥類研究所で行われていた鳥学会例会の様子(山階鳥類研究所所員撮影)。

左奥から       右奥から
鷹司信輔博士  森岡弘之博士 蒲谷鶴彦氏
 (2代会頭)   (8代会長) 
蜂須賀正氏博士  黒田長禮博士
          (4代会頭)
宇田川竜男博士   黒田長久博士
           (6代会頭)
池田真次郎博士    中坪禮二氏

中村 司博士       浦本昌紀博士
 (7代会頭)
 筆者は、昭和25年(1950)に山階芳麿先生のお計らいで卒論実験を山階鳥類研究所分室の久留和でさせて頂いた関係上、山階鳥類研究所に毎週のように通い、例会には毎度出席した。写真は昭和26年(1951)の鳥学会例会の模様である。例会は殆んど山階鳥類研究所の会議室で行われたが、昭和30年代に入り新浜で開催されたこともあった。昭和32年(1957)には、日本鳥類目録改定4版が出版された。学会には何時の時代も財政不足が生ずるが、この頃も会計幹事の高島春雄先生は会員に会費前納を呼びかけていた。鳥学会誌の編集委員長は、昭和34年(1959) 15号から黒田長久先生に移っている。 昭和37年(1962) 5月には三越ホ−ルで鳥学会50周年記念の展覧会が開催され天皇、皇后両陛下の行幸啓を仰ぎ、また義宮殿下の台臨もいただいた。この頃の例会は、ほぼ隔月に開催され数十人の出席があり、多い月は90人を超えることもあり盛り上がりが見られた。昭和38年(1963)、山階芳麿先生が会頭に黒田長久先生が副会頭となり戦後の復興とともに鳥学会の充実も大いなるもがあった。山階芳麿先生の後、黒田長久先生が会頭を受け継ぐのであるが、それに先だち黒田長久先生は「日本鳥学将来の希望」と題し将来への提言をしておられる。すなわち鳥学を先ず基礎鳥学と応用鳥学とに大別し、基礎鳥学は系統学、博物館鳥学、実験(室)鳥学、野外(観察)鳥学、特殊鳥学などに細分化したものである。今まで、ややもすると博物館鳥学に大きく偏っていた日本鳥学会員の研究をもっとバランスよい近代鳥学に近づける良いご提言であったと考えられる。かくしてその後、多くの研究者が育っていくのである。アメリカ、ヨ−ロッパ諸国をはじめ欧米の鳥学は、歴史が実に長く巾広く且つ深いものを感ずるが、日本の鳥学もやがて100周年を迎える今日、多くの若手研究者が輩出しており、世界水準に達しているし、さらに抜きん出た分野もあると思われるが更なる努力を期待して止まない。

後記:鳥学通信編集長から日本鳥学会史について書いて欲しいとの依頼を受けた。鳥学会は90年以上の長い歴史を持っているが、その後半は学会の動向に記憶のある会員も多いと思うのでその内、発足から50年の歩みを駆け足で綴ったものである。跳びとびのところも目立つがご容赦願いたい。



受付日2006.9.26

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自由集会報告


渥美半島・大山での陸上自衛隊ヘリコプター訓練問題を考える

企画・文:大羽康利 (渥美自然の会)

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大山山頂を飛行する陸上自衛隊ヘリコプター(06年7月14日)
 猛禽類・小鳥類の渡り経路に当たっており、その休憩・休息地となっている愛知県渥美半島の大山を陸上自衛隊離着陸訓練場(ヘリパッド)として運用するに当たり、防衛庁が06年2月、「渥美山塊での環境調査(鳥類生息調査)を07年に実施する」と公にしたこともあり、私達はこの間協力者を募り「渥美自然の会」としての猛禽類繁殖調査を独自に行ってきた。

自由集会では最初にこの繁殖調査と春の渡り調査について簡単に紹介した。

・繁殖調査結果
 オオタカについては3月にディスプレイフライトが観察されたが、営巣などの確認はできなかった。ハチクマは8月14日に巣立ったばかりの幼鳥と営巣木を確認でき、マスコミにも公表した。サシバは繁殖に関わる行動は確認できなかったが、8月15日には他所で巣立ったと思われる幼鳥や渡り途中と思われる群を確認した。

・春の渡り調査結果
4,5月の穏やかに晴れた日に5回の調査を行ったが、山塊の尾根伝いに移動する日と耕地などの上を通過する日とがあった。
 調査中に陸上自衛隊ヘリコプターが何度も山塊上空を通過するのに遭遇したので、その記録も調査途中から取った。6,7月の7回の調査の内5回ヘリコプターと遭遇した。
 「07年の調査前にヘリコプター離着陸訓練は実施しないだろう」と考えていたが、自由集会の直前、9月8日にヘリコプターが着陸訓練を実施すべく大山上空に飛来したが、霧のために着陸は断念した。「調査前の訓練は認められない」との要請を防衛庁に行った。

以上の報告の後、質疑・討論を行った。

「オオタカの繁殖失敗理由」がまず問題とされた。今年の猛禽類の繁殖成功率が低いことは分かっているものの、ヘリコプター飛行の影響との関係は即断できなかった。

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ヘリコプター初着陸訓練日に観察された猛禽類の飛翔軌跡図(06年9月8日)
「ヘリコプターが着陸すべく飛来したときの猛禽類の行動」も話題になった。この日は霧のため山頂からは確認できなかった。麓で調査していた会員が、渡り途中や一時滞在した個体と思われる猛禽を何度も見かけていることを紹介した。航空学校は9月上旬を訓練日とした理由を「渡りの最盛期ではないので。」としたようだが、ツバメ類などの小鳥を含め既に渡りがかなりの規模で始まっていることが明らかにされた。

「猛禽類以外の野鳥は?」との質問の折りに「猛禽には他にフクロウがおり、それ以外ではホトトギス、オオルリ、サンコウチョウ、ヤブサメ」等を挙げ、「サンコウチョウは幾分増加しているようだ。」と付言した。

「大山のようなケースは他にもあるはずで、富士山麓などでは繁殖地を変えてしまった例が知られている」との紹介があった。また「大山周辺がIBA(野鳥重要生息地)に指定される可能性は?」との話題も出された。

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サシバ幼鳥
「防衛庁が実施する適切な調査とはどんなものか?」との議論も行われた。05年末に現地で「調査の下見に来た、来年から本格調査だ」と語った人物と出会っている件を思い出して発言し、「なぜ防衛庁の調査が06年でなく07年になったのか」等を議論した。

技術系会社に勤める方から「ヘリコプターの騒音は100dbを越えることは少ない。騒音による鳥への影響は考えたことはない。AH-1、OH-1は山間部での発着訓練のはずだ。燃料費を少なくしたいから、遠くでは訓練はしたくなく、大山は適地と考えているだろう。地域の方々の声をもっと集めては。」等の発言があり注目された。

話し合い後、保護団体関係者から「私達から防衛庁に話し合いを求めるよりも、向こうから話し合いを求めてくる状況を作らなければ。」とのアドバイスがあり、世論を一層大きくすることの重要性を思わされた。

渥美自然の会
http://www.amitaj.or.jp/〜irago-o/
渥美 空と海と人の歴史(みち)しるべ保存会
http://www.amitaj.or.jp/〜irago-o/michishirubenopeizi.htm

受付日2006.9.28


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幸せになるための絵画教室

企画:川上和人・川口敏・梶田学・藤田祐樹・山崎剛史・江田真毅・臼田隆之
文:藤田祐樹 (東京大院・農・生物多様性科学)

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充実の講師陣、左から箕輪氏、川口氏、平岡氏。幸せそうである。
 さあ、今年はお絵描き実習だ!昨年度の長野大会での解剖実習が非常に好評に終わり、形態実習第2段として我々が企画したのは、幸せになるための絵画教室だった。

 「なぜお絵描きなのか?」という心無い質問も聞かれたが、そういう人たちに、我々は強く言いたい。研究者にとって、標本のスケッチや、論文に図版を描くということは、必然的な作業である。その作業は、形態学の分野であれば、さらに重要である。そして、きちんとした絵を描くということは、とりもなおさず、鳥や鳥の標本を、仔細に観察するということを意味する。主催者を含めて、見ているつもりで見えていないことは、山ほどある。そして、見えていないのに、見たつもりになっていることも、いくらもあるのだ。

 そういうわけで今回の集会の目的は、絵を描く技術を学ぶことと同時に、絵を描くプロセスを通じて、鳥や標本を自分が普段、いかに見ていないのかを認識してもらうこと、そして、実際に絵を描くプロの画家たちが、どれほど丁寧に観察しているのかを、知らしめることであった。

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平岡講師から意見をもらう参加者。幸せそうである。
 充実の講師陣は、日本の誇る鳥類画家、平岡考氏、箕輪義隆氏、川口敏氏の3名である。それぞれ、個性的な内容の話をしてくださった。参加された方々は、画伯たちの門外不出の秘密テクニックを聞くことができて、おおいに勉強になったことと思う。また、講師陣の鋭い観察眼や描画に対する真摯な態度に、心打たれたことだろう。残念ながら参加されなかった方たちは、本当に惜しいことをしたね。

 実習である都合上、参加人数を30名限定としたが、それを超える参加者が集まり、我々主催者も含めて、講師たちの話を聞いたあと、仮剥製、生態写真、骨格標本などの資料を手元において、それをスケッチし、講師たちから懇切丁寧な指導を受けた。その後は、講師陣による講評が行われた。人の描いた絵をみて、その講評を聞くということは、とてもいい勉強になる。いい点をほめるだけでなく、少々きびしい意見ももちろん出たが、それこそが価値のある講評だったと感じた人は少なくないだろう。現在、全ての参加者のスケッチを、講師の方々が多忙の合間をぬって評価してくれているはずである。それは、まもなく参加者の手元に返却されるわけだが、どんなコメントが書かれているか、心待ちにしてほしい。絵の勉強になるだけでなく、コメント入りのスケッチそのものが、一生の宝物になることだろう。

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ポスター会場の一部でも開催された原画展。美しい原画に見入る人々は幸せそうである。
 また、本自由集会と同時開催で、平岡氏、箕輪氏、川口氏に加えて、鳥類折り紙作家であり骨格図画家でもある臼田隆行氏の作品を含めて、「幸せになるための鳥類原画展」も開催された。こちらは、自由集会会場の一部とポスター会場の一部において行われた。各講師の著書や、鳥学会などによる出版物に掲載された絵の原画を中心として展示した。貴重な原画を目にすることができ、多くの人が楽しんでいたようだ。研究発表の合間に、こういった純粋に美しい、見事な作品を目にして、誰もがきっと幸せになったことだろう。そういう雰囲気が、会場全体に漂っていた。

ああ、まったく素晴らしいお絵描き実習と、まったく素晴らしい原画展であった。さて、来年の企画は…。



受付日2006.10.10





生元素安定同位体比の鳥類学への応用

企画:溝田智俊・東 淳樹(岩手大学農学部)
文:溝田智俊


 生物の主要な構成元素(炭素、窒素、硫黄)の安定同位体比を、精度よく迅速に測定できる連続フロー式質量分析計が製作・普及し始めて以降、鳥類学への応用研究が国の内外で増大しつつある。この研究集会では、鳥類の生命活動に伴う生元素、とくに窒素の循環と動態解析に応用した研究事例をいくつか紹介し、今後の展望を議論する。

1. 安定同位体とは何か、測定することによって何がわかるのか (溝田智俊:岩手大学農学部)

・炭素安定同位体比の変動:炭酸固定の経路(C3, C4 植物)、および大気二酸化炭素の溶解―拡散に伴う分別

・窒素安定同位体比の変動:食物連鎖の段階が上昇するごとに約3‰重くなる。土壌中での硝酸化成と脱窒過程で、残った基質が顕著に重くなる。

・硫黄安定同位体比の変動:重い海水硫酸塩、対して硫酸還元によって生じた軽い還元型硫黄


2. カワウの営巣が森林の窒素動態に与える影響 (亀田佳代子:琵琶湖博物館)

 カワウは魚食性の鳥類であり、森林に集団で営巣する。この行動により、カワウは水域から魚という形で物質を取り出し、排泄物という形で森林に養分を供給する。高次捕食者であるカワウは、安定同位体比の高い窒素を森林に供給する。また、多量に供給された有機態窒素は、無機化する過程で安定同位体比が変化する。これらのことを利用すると、カワウによって供給された窒素が、森林の窒素動態に与える影響を明らかにすることができる。本発表では、カワウによって供給される窒素の挙動について、カワウの営巣中から営巣後にわたる変化を明らかにした結果を紹介する。


3. 糞窒素の土壌中での微生物変換 (佐々木みなみ・溝田智俊:岩手大学農学部)

 カワウおよびサギ類(魚食性)営巣地下土壌中における窒素の化学形態および安定同位体比の変動について、福岡・久留米(温暖な西南日本)および福島・本宮(冷涼な東北地方)を例にして、とくに糞供給期の土壌温度の変動と関連付けて解析した事例を紹介する。


4. わが国に飛来する3種のガン類の餌と糞に含まれる窒素含量および安定同位体比 (嶋田哲郎:宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団・溝田智俊:岩手大学農学部)

わが国の代表的な越冬地および中継地における3種のガン類、 マガン、ヒシクイ(亜種ヒシクイ、オオヒシクイ)、カリガネの食物と糞を時系列で採集し、窒素含量と安定同位体比について、相互の関連性を考察した.分析の結果、ガン類の食物資源は地域によって大きな違いがある一方、渡去時期が近づくにつれて食物、糞ともに窒素含量が増加するという共通した傾向が認められた.また、安定同位体比をみると、糞全体の窒素同位体比は対応する植物資源に比較して全体的に15Nに富む傾向が認められた。この傾向を、糞中に残存するアンモニューム塩の窒素同位体比の測定から、排泄後のアンモニアの一部揮散によると解釈した。


集会の総括(文責 溝田)
 本自由集会の開催が、前学会長の特別講演の時間帯と重複したため、当初参加者が少ないであろうと予測していた。しかし、この予測に反して、発表当事者を含めて約30名に上る参加者があり、予定していた終了時間を超過して活発な議論が行われたことに対して、本集会の関係者を代表して感謝申し上げます。特に、大学院博士課程の学生、とりわけ数名の方からは現在自分が取り組んでいる研究課題に安定同位体比測定法を導入する際の技術的な問題点、具体的にはわが国ではどの研究施設で測定が可能か、など現実的な質問が多く寄せられた。今後、数年ごとに本研究課題で継続して集会を開催する意義は十分にあると判断した。



受付日2006.10.16







統計モデルによるデータ解析入門:線形モデルとモデル選択

企画:齋藤大地(東京大・総合文化研究科)・田中啓太(立教大院・理・生命理学/学振PD)
文:田中啓太

 まずは,非常に大勢の方々にご来場いただき,ありがとうございました.そこまで広い教室ではなかったとはいえほぼ満員になり,自分たちのやりたいことに対する確かなニーズというものを感じることができ,感無量でした.昨年は初めてだったこともあり,右も左もわからない状態だったので,なんとか一般化線形モ デルを紹介するだけで精一杯でしたが,今年はもう少し体系的に行うことを目指しました.まずモデルをつくり(『一般線形モデル』),計算し(『尤度』),そして評価する(『モデル選択』)というように,データ解析の流れに合わせてテーマを設定しました. 


一般線形モデル (田中啓太)

 まずは私の発表ですが,「簡単な枠組みとしてトウケイというものを捉えましょう」というコンセプトのもと,主にパラメトリック検定に焦点をあて,様々な解析方法を包括的に捉え直す「一般線形モデル」という概念を紹介させていただきました.そのためにまず最初に行うのは,解析したいデータ構造を,従属変数を左辺,独立変数を右辺においた等式によって表現するということです.これはモデル式や構造模型などと呼ばれますが, Y = a + bX + ε,あるいは Y〜X (YがXに従うという意)と書きます.例えば,ふしょ長に影響を与えている要因を特定したいとき, 3つの仮説が候補にあがったとします.それぞれの仮説をモデル式で表現すると以下のようになります.

(i) ふしょ長〜性:ふしょ長は雄雌で異なっている
(ii) ふしょ長〜体重:ふしょ長は体重が重い個体のほうが長い(or短い)
(iii) ふしょ長〜性 + 体重:ふしょ長は雌雄で異なっており,かつ体重が重い個体のほうが長い(or短い)
 そして実際に解析を行うわけですが,従来のパラメトリック検定では,(i)の場合,「性」は名義変数なので用いる解析はt検定(分散分析も可),(ii)では「体重」は連続変数なので回帰分析,(iii) では,名義変数と連続変数を両方用いているので共分散分析,といったように,解析方法の種類を選ぶというプロセスが介在していました.従属変数(Y)の「ふしょ長」は当然全てのモデルで同じですが,ここで注意すべき点は,独立変数(X)の種類によって解析方法が異なっているということです.全てのパラメトリック検定は,正規分布に従うY変数に対するX変数の効果を最小二乗法を用いて推定しているため,X変数の種類によって手法を変えるのはいたずらに複雑化させていると言えるのではないでしょうか.そのような事態を避け,単純化してより体系的にパラメトリック検定というものを捉える,包括的な枠組みのことを「一般線形モデル」と言います.

ここまでで「モデル式」と「最小二乗法」が一般線形モデルを構成している二つの大きな要素であることはおわかりいただけたと思います.さて,様々な統計学の教科書には最小二乗法で得られた推定値は最尤法のそれと同じであるということが載っています.すると,上述の要素は「モデル式」と「最尤法」と置き換えることができます.最尤法は正規分布以外の様々な分布に関しても扱え,それによって一般化線形モデル(GLM)におけるパラメータ推定が可能となりますが,それを理解する上では最尤法,つまりは尤度というものを今一度しっかり捉えておく必要があります.ということで,山口典之さんに話題提供者としてご登場いただきました.


最尤法 (山口典之 [横浜国大・環境情報])

 山口さんには難解なようで実は非常に単純な,尤度というものをとてもわかりやすく説明していただきました.尤度というものは「尤も(もっとも)らしさ」を測る統計量ですが,これを理解するために必要なのは発想の転換である,というお話でした.

では,誠に勝手ながら私自身の復習という意味も兼ねて簡単に振り返ってみたいと思います. あるコインを用いて10回コイントスをしたら,そのうち8回で表が出たとします.この現象を統計的に評価するわけですが,私たちに馴染みが深い ‘確率’では,まずある確率分布,ここでは二項分布,に基づいて,あるパラメータ値(ここでは一回のコイントスで表が出る確率)のもとで,10回中8回表が出る確率を算出するわけです.ここで問われているのは,
「(例えば)一回のコイントスで表が出る確率が0.5のとき,どのくらいの確率で10回中8回表が出るか」
というものです.

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パラメータ = 0.8の,確率(赤)と尤度(青)での扱いの違い.確率ではデータのパラメータ値(黒の垂線)が変わっても分布の形は変わらず,赤い点線の線分が動くだけ だが,尤度の場合,まず分布の形が変わり,それに応じて青い線分の位置が変わることでパラメータ値が移動する.確率で求めているのは「赤い線分の高さ」で あるのに対し,尤度を最大化する最尤法で求めているのはパラメータの値,つまり水平方向での「黒い垂線の位置」である.
 一方の尤度はというと,尤度が最大になるパラメータ値を,尤度関数を用いてデータから算出します.そしてこちらで問われているものは何かというと,
「10回中8回表が出たとき,一回のコイントスで表が出る確率が(例えば)0.5というのはどのくらい尤もらしいか」
というものになります.すると,従来の確率と比較して尤度は何が違うかといえば,ある現象を評価するときの「問い」であるということが言えます.この「問い」とそれに対応する「答え」がどう異なっているかというのを簡単に図示してみましたのでご覧ください.

確率はあるパラメータ(ここでは0.5)を基準にして,データがそのパラメータとどのくらい同じか違うかということを問題としているのに対し,尤度はパラメータそのものを推定しています.あるデータを統計学的に評価する上で,どちらのアプローチが合理的かといえば,尤度だと言えるでしょう.最尤法というものが,データに基づいて何かを推定する実証研究者の目的により合致した方法であるということがおわかりいただけたと思います.では尤度を用いてデータ解析を行う場合,具体的にはどうすれば良いのでしょうか.というわけで,齋藤大地さんがモデル選択という方法を紹介しました.


モデル選択 (齋藤大地)

最初に検定が抱える矛盾と問題点について痛快にこき下ろしてもらいました.そして検定とは別のアプローチとしてモデル選択という方法を紹介してもらいました.モデル選択はAIC (赤池情報量基準)という統計量を用いるのですが,これは対数尤度をパラメータ(自由度)の数に応じて重み付けをしたもので,小さいほどよりよくデータを説明していることになります.

実際にどのように解析をするかというと,手持ちの独立変数(X変数)を考えられる全てのパターンで組み合わせ,それぞれを一つのモデルとして扱い,X変数が「無い(つまり切片)」というモデルも含めてどの組み合わせが最もうまくY変数を説明しているかを評価します.例えば,従属変数Y に対し,独立変数XにAとBの二種類があるとき,

(i) Y〜1 (独立変数なし)
(ii) Y〜A
(iii) Y〜B
(iv) Y〜A + B

という4種類のモデルを候補として考え,その中から最適な,つまり最もAICが低いモデルを選択するのです.変数が無いモデルは従来の検定ではH0,つまり帰無仮説として扱われていましたが,モデル選択では単なるY〜1という,沢山あるモデルの中の一つになっていることにご注目ください.ここでは,ある一つの変数の存在自体すら仮説(モデル)であり,帰無仮説 vs 対立仮説という対立構造ではなく,複数ある代替仮説から合致するものを選び出すことをイメージするとわかりやすいと思います.

これでどの変数がY変数に影響を与えていたかということがわかりますが,では「どのように影響しているのか」ということはどう評価するのでしょうか.つまりはパラメータの推定方法ですが,まず,AICからAkaike weightという統計量を算出します.これは,それぞれのモデルに割り振られた相対的な「AIC減少度」で,総和は1になり,AICが小さいモデルほど値が大きくなります.Akaike weightを使うことであるモデルや各変数の重要性も算出できるのですが,パラメータ推定に関してはModel averaging,モデル平均という方法を用います.これは,それぞれの変数に対し,それぞれのモデルが算出したパラメータ推定値(係数の推定値)とAkaike weightの積の総和を算出することです.つまり,Akaike weightを重みとした加重平均を取るということです.上の例のBという変数に注目すると,4種類あるモデルのうち,Bは(ii)と(iv)のモデルに含まれています.そこで,これら二つのモデルの中で算出されている係数とAkaike weightをそれぞれ掛け合わせ,さらに(ii)の結果と(iv)の結果を合計すればBの係数推定値になります.モデル選択の枠組では,たとえ最良のモデルといえども「真のモデル」とは判断されないのですが,それぞれのモデルの重要性を考慮して重み付けをし,パラメータを推定するという手法を取ることができます.

最後に,発表のファイルはPDFにして下記リンクのホームページにアップしてあります.是非ダウンロードしてください.来年の鳥学会大会ではRや一般(化)線形モデル,モデル選択などを使った発表がもっと増えていることを期待しています.

「鳥屋にやさしい統計のお勉強」http://homepage.mac.com/daichis/osjstat/



受付日2006.10.20


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カワウを通して野生生物と人との共存を考える(その9) ―カワウは河川湖沼でどんな魚を食べているのか.アユはお好き?―

企画:カワウワーキンググループ
文:加藤ななえ (NPO法人 バードリサーチ)

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カワウ
 この自由集会は1998年の北九州大学大会から始まり,今年で9回目になりました.カワウの個体数や分布の変化,被害発生の仕組みと状況,管理の方向性,化学物質汚染,標識観察への参加型調査,繁殖抑制など,いろいろな切り口で集会を継続させてきました.今年は,鳥類の研究者と魚類の研究者それぞれお二人ずつに,カワウの食物に関わる発表をしていただきました.

集会の目的は,次のAとBに関する最新情報の共有です.
 A カワウは河川湖沼で,いつどんな魚を食べているのか.
 B 被害魚種の筆頭に上げられている,有用魚「アユ」への捕食圧はどれほどなのか.


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アユ
話題 1 愛知県矢作川と鵜の山におけるカワウの吐き戻し・胃内容物とアユの食害

〇新妻靖章・佐藤真衣・別所透・野々山尚(名城大学農学部環境動物学研究室)

 矢作川(3-6月)では,76羽の胃内容物より22種455匹の魚類甲殻類を検出し,アユの湿重量は4.8%であった.鵜の山(3, 4月)では,48羽のヒナの吐き戻しより8種131匹の魚類を検出したが,アユは見られなかった.カワウの吐き戻しや胃内容から出現した魚類は,採食場所の魚類相の上位出現種と一致しているため,採食する魚類に選好性は無いと考えられる.また,カワウによるアユの捕食については,過剰評価されていることも考えられる.


話題 2 琵琶湖におけるカワウの食性の季節変化〜特にアユとの関係に注目して

〇高橋鉄美(京大院理)・亀田佳代子(琵琶博)・川村めぐみ(小金井市)

琵琶湖(ほぼ周年)では,148羽中66羽の胃内容物より16種569匹の魚類を検出した.コアユは4月に出現し始め7〜8月には重量割合で0.62と主要な餌になった.しかし,10月以降はまったく見つからなくなり,オオクチバスやブルーギルなどの外来魚が目立つようになる.カワウの一日に食べる量,季節ごとの胃内容物の重量割合,季節ごとのカワウの個体数より,年間のアユの捕食量を推定したが,アユの資源量に対するカワウの捕食の影響は不明である.


話題 3 カワウにとってのアユ,アユにとってのカワウ:栃木県の例

〇藤岡正博(筑波大)・松家大樹(筑波大,現徳島新聞)

カワウにとってのアユ・・・鬼怒川本流約46kmの区間で,アユの放流前より終了後にかけて,河川で観察されたカワウの位置,個体数,行動を記録した.結果,放流されたアユが豊富な時期にカワウが減ることと,アユの放流地点周辺で採食していたカワウの割合が放流後には放流前よりも低下していることが示された.この調査からはアユの放流がカワウの採食分布に影響している証拠は得られなかった.

アユにとってのカワウ・・・栃木県内の主要河川と谷中湖周辺の湖沼群を5月,6月,8月に踏査してカワウとサギ類,釣り人を数えたところ,アユの遊漁区間(河川320km)ではカワウよりサギ類の方が多く,釣り人はさらに多かった.カワウは全体として少なかったが,アユ釣りが行われる河川中流域よりも,アユがいないと考えられる河川下流部や湖沼に分布していた.


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魚類調査
話題 4 魚類相とカワウ個体数の季節変化 〜河川上流域でのカワウ餌環境〜

坪井潤一(山梨県水産技術センター)

 2000年4月から2001年3月の1年を通して,山梨県内の富士川水系において,魚類の定点漁獲調査をおこなった.この結果より,カワウの個体数は,1ヶ月まえの漁獲量と高い相関が見られ,餌量がカワウの個体数を規定していることが示唆された.漁獲量は4月から6月にかけて増加し,10月から12月に減少した.漁獲量の増加時期は,カワウの繁殖期と重なっていた.また,4月から6月にかけては漁獲のほとんどが放流アユで占められており,カワウの胃内容物調査でもアユの重量比は41.6%を占めた.

これまでに行われてきたカワウの食性調査は,アユの放流時期などにアユの多い場所で駆除された個体を利用した胃内容物調査が多く,「アユが入っていた=被害が証明された」という結果の報告が目に付きました.このようなサンプリングの偏りを排除したものや,その他の調査方法などを知りたいと思ったことが,この集会を企画した一因でもありました.

1年を通した胃内容物調査,吐き戻しの分析や河川湖沼での観察という非殺傷的な調査,そして魚類相とカワウの生息数の比較などが発表されました.それらの結果,カワウは魚種を選択的に食べてはいないことなどが示されました.また,アユへの捕食圧については,(1) 胃内容物の4.8%,吐き戻しの0% (2) 4月から6月で46トン,7月から8月で310トン (3) アユの遊漁区におけるカワウの数は釣人の13% (4) 全放流量の21.4%と,それぞれの発表者の工夫と努力で,「数字」が挙げられました.これらの数値は,その地域およびその時期(年)の,「アユへの捕食圧」を客観的に表しています.しかし,対策の実施や効果測定への利用を考慮される場合は,アユもカワウもその生息状況が気候の変動や人間による生息地の改変などの影響を受けて変化しますから,継続的に調査をすることで「数値」を見直していく必要があります.

他の野生動物でもそうですが,カワウによる被害についても,人間が問題の原因を作ってきた部分を避けては通れません.これからは,鳥と魚のほかに河川に関わる分野の研究者たちの協力も得て,河川構造や人による水の利用なども視野に入れた対策を考えていかなければなりません.



受付日2006.10.22




学会参加記


ISBE 2006(第11回国際行動生態学会)参加報告

田中啓太 (立教大院・理・生命/学振PD)

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街中にそびえ立つ大聖堂.
 去る7月23日から7月29日まで,フランスはトゥールで行われた国際行動生態学会(ISBE 2006)に参加してきましたので,この場を借りて報告させていただきます.トゥール(Tours)はパリから電車で数時間のところにある大聖堂のある古い街で,ローマ時代から続く長い歴史を持っており,中世から残る古い街並,遺跡なども散在する美しい街でした.会場から歩いて数分のところに旧市街があるのですが,ヨーロッパの古い街らしく中心に広場があり,そこにBrasserie(ブラッスリー)という,日本で言えば居酒屋のような店がパラソルとテーブルを並べ,オープンカフェならぬオープン居酒屋を開いていました.夜の8時を過ぎてあたりも暗くなってくると,ほろ酔いの行動生態学者が席を占め,議論や歓談に花を咲かせていました.一つ問題だったのは,ヨーロッパは今年も熱波に襲われており,7月末で終盤にさしかかっていたとはいえ非常に暑かったことでした.同じ頃の日本は梅雨がなかなか明けずにずっと涼しかったようですが,トゥールでは日中は40度を超すこともあり,さらに日照時間も長いためにいつまで経っても気温が下がらず,いくら乾燥していて不快感は少ないとはいえ,なかなかつらかったです.

 さて,肝心の内容はというと,学会ならではの未発表研究の多さを考慮して完成度はさておき,やはりレベルの高い発表が多かったです.もちろん中には既に出版されているものもあり,鳥ではなかったのですが「そういえばこの間のScienceの表紙だった!!」というような研究もあり,「さすがはISBE!」と胸が高ぶりました.しかし,口頭発表に受理してもらっておいてこんなことを言うのも何ですが,全体的に口頭発表は期待はずれが多く,それに対してポスターには面白そうなものばかりと,選択基準には疑問を感じざるを得ませんでした.上に書いたScienceの表紙を飾った研究も,ミーアキャットでは群れの中の年長個体が自分の子供ではない幼獣に対し,どんな餌を選べば良いか教育しているということを実証した非常に興味深いものだったのですが,ポスターに回されていました.

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荘厳なトゥール駅舎.プライドの高さを感じ ます.
 前回参加したときは国際学会自体が初めてだったために右も左もわからず,ただそこにいるだけで精一杯という感じだったのですが,今回は多少なりとも余裕を持っていろいろな発表を聴くことができました.そんな中でまず一つ目立ったのは,鳥類を扱った研究発表がとても多かったことです.少なく見積もっても3分の1,ひょっとすると半分ぐらいは鳥の研究だったかも知れません. 確かにホシムクドリやシジュウカラなど,行動生態学における鳥類のモデル生物の多さを考えるともっともなことですが,日本とは温度差を感じ,行動生態学に携わっている身としてはもう少し仲間を増やすための努力をする必要性を感じさせられました.ただ,私が研究している托卵鳥に関しては流行が去ってしまったのか,残念ながら前回より発表の数が少なくなっていました.一番勢いのあった若手-中堅どころが対象を変えてしまっていたり,口頭発表のセクションも1つだけになっていたりして少し寂しかったです.

 
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広場での連夜の酒盛り.
ここ数年注目を集めているテーマに動物個体のpersonalityに着目した研究というものがあります.ISBEではそれに関する発表も非常に多く,中でも鳥を扱った発表の数は群を抜いていました.ここでいうpersonalityはbehavioural syndromeなどとも呼ばれ,「個性」というよりはむしろ「性格」と訳した方が的確だと思いますが,性格にも様々な側面がある中で「新奇探索性」というものに的を絞っている研究がほとんどでした.この新奇探索性とは,具体的には飼育個体を用いて,独立からリクルートにかけての,行動の可塑性が最も高くなる時期にケージの中でテストを行い,どのくらい率先的に知らない環境に身をおき,知らない物を食べるか,というようなことで評価されます.そして放鳥し,次の春まで観察を行って実際の餌獲得能力や生存率,コンディションの違いなど,また,繁殖期にどのように配偶者を選んだかなどを調べるわけです.ただ,受けは良いけれども問題も多く抱えていて,例えばテストのスコアには差が出ても実際の適応度にはそんなに差が出なかったりすることが多く,テスト自体が実態をうまく評価できていない可能性もあります.そんなわけで,恐ろしく手間がかかっているわりにはどう評価して良いかわからない研究も多かったのですが,中には素晴らしい発表もありました.そんな一つを簡単に紹介します.

 Samantha Patrickさんら,オクスフォード大学のチームが発表した「Personality and sexual selection in great tits: should opposites attract?」というもので,共著者にはアオガラの紫外線反射と性比調節で有名なBen Sheldonも入っていました.この研究ではシジュウカラの「てきぱき」度を評価し(スコアが低ければ「のんびり」タイプ),配偶戦略に与える影響を調べました.その結果,「てきぱき」メスは「のんびり」オスを,「のんびり」メスは「てきぱき」オスを,というように,性格に関しては自分とは正反対のタイプのオスを配偶者として選んでいるということがわかりました.ただ,これは比較的極端なスコアの個体が示す傾向で,中間程度のスコアの個体同士は必然的に似たようなスコアの個体を選ぶことになるのですが,興味深いことになぜかそのような中間程度同士のペアではEPY(婚外子)が増えたそうです.「なぜそうなのか」ということに関して具体的な結論を持つには至っていなかったようですが,今後の進展が期待できるような内容であり,また,解析だけでなくグラフ表示も気合いが入っていて,見応えのある発表でした.

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Endler博士の講演.ニワシドリ(上). 3次元の色相データを2次元の座標に投影する(下).
 基調講演の一つに信号理論やニワシドリを扱った研究で有名なJohn Endler博士による,鳥類の色認識とその評価方法を紹介するものがありました.実は2003年に九州大学で行われた進化学会で発表されたものとほぼ同じような内容だったのですが,ご存じの通り鳥は4種類の視神経細胞を持っており,赤・緑・青の三原色の他に紫外線も見ることができます.特にそれぞれの相互関係を考慮に入れた場合,ある色が鳥にとってどのように見えているのかを客観的に評価することは非常に難しくなってしまいます.

そこでEndler博士は以下のような方法を提唱しています.右下写真に映っているスライドの中の,左側の図に相当するのですが,それぞれの頂点が光(色)の種類を示す正四面体を想定し,計測してきた色相をその正四面体の中にプロットします.頂点に近いほど純色になり,頂点から離れると色が混ざる,というわけです.ちなみに紫外線は上にある頂点に設定されており,ヒトの可視光は底面で表現できます.ここからが重要なのですが,彼が取ったアプローチとは,この正四面体の中にある一点を全ての頂点を通る球体に投影し,さらにそれをまるで世界地図のように平面に投影してしまうのです(下写真スライド右図).これでようやく3次元のデータを2次元座標で表現することができるようになり,解析が容易に行えるようになるとのことでした.非常に画期的でダイナミックな発想ですが,残念ながらまだ論文化はされていないようで,待ち遠しいところです.

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ライトアップされ,闇夜に妖しく浮かび上がる懇親会場.ちなみにこの写真を撮ったとき,中では ディナーの後のダンスパーティ中で,大音量の音楽がかかっており,皆さん踊り狂っていました(笑).
 さて,最後に懇親会ですが,さすがはフランス人,人を歓待することに関しては気合いの入れ方が違い,とてもゴージャスなものでした.まずはバスで郊外に連れて行かれ,着いたところは中世風のシャトー.恐らく実際に中世に建てられたものでしょう.前庭ではそれらしき衣装を着た人たちが馬なども使って芸をしています.城壁の門を通って中庭に入ると150mほど離れたところに大きな建物が建っており(写真),中では当時の地方豪族の接待を再現したようなコンセプトのディナーが用意されていました.王や女王,道化たちといった様々な衣装に身を包んだ人たちが会場中を練り歩き,圧倒されつつも美食と美酒に酔わせてもらいました.口頭発表の選出基準もそうですが,学会に宿の予約を頼んだ参加者は全員,会場からバスで20分もかかる学生寮に詰め込まれていたので,実行委員会に対する不満は相当蓄積しており,批判・非難は参加者の間で半ば挨拶化していました.しかし,「ちょっと力を入れるところが違うんじゃないの?」という点は多少気がかりとはいえ,この懇親会のお陰でそういった運営に対する不満もだいぶ緩和されたようでした.

次回のISBEは2008年にアメリカ合衆国のCornell大学(ニューヨーク州のIthacaという町)で開催されます(http://www.isbe2008cornell.org/).次回の責任者の方がついうっかり宣伝してしまったのですが,宿に関しては「今回のようにはならない」とのことなので,これを読んでくださった皆さんもこぞって参加しましょう.私もそれが可能な身分でいられるよう,努力していくつもりです.



受付日2006.9.27


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編集後記


 秋も深まり、一雨ごとに気温が下がって行きます…と書くと情緒がありますが、今年の関東はそのような雰囲気ではなく、何度も嵐が来る荒っぽい秋です。銚子では座礁事故が相次いでいます。
 そんな秋に?お届けする鳥学通信10号は、岩手大学で行われた2006年度大会の自由集会報告が中心です。今年の大会でも活気ある集会が数多く開催されました。
 そして巻頭には、中村先生に鳥学会50年史という大変貴重な原稿をご寄稿頂きました。日本鳥学会の黎明期と最新の活動報告という対照的な記事を掲載することができ、面白い号になったと思います。

 鳥学通信にはスライドショー機能があることを、皆様お気づきでしょうか?大きな画像を見たい場合には、画像をマウスでクリックして見てください。若き日の中村 司先生なぞは、じっくり見る価値アリです。(副編集長)



 鳥学通信は、皆様からの原稿投稿・企画をお待ちしております。鳥学会への意見、調査のおもしろグッズ、研究アイデア等、読みたい連載ネタ、なんでもよろしいですので会員のみなさまの原稿・意見をお待ちしています。原稿・意見の投稿は、編集長の永田宛 (mailto: ornis_lettersexcite.co.jp) までメールでお願いします。
 鳥学通信は、2月,5月,8月,11月の1日に定期号を発行します。臨時号は、原稿が集まり次第、随時、発行します。







鳥学通信 No.10 (2006年11月1日)
編集・電子出版:日本鳥学会広報委員会
永田尚志(編集長)・山口典之(副編集長)・
天野達也・染谷さやか・高須夫悟・時田賢一・百瀬 浩・和田 岳
Copyright (C) 2005-06 Ornithological Society of Japan

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