鳥学通信 no. 28 (2010.5.1発行)

 

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飛び立つ! 自分らしい研究とは

北海道大学農学部 山浦悠一


四月から北海道大学農学部森林科学科森林生態系管理学研究室へ助教として赴任しています。この研究室では、河川や森林、農地など複数の生態系を対象として研究を行なっています(写真)。対象生物も多岐にわたっていて、植物はもちろんのこと、昆虫やザリガニをはじめとした無脊椎動物、魚類やコウモリ、モモンガ、鳥類などの脊椎動物が対象となっています。対象生息地や分類群はさまざまですが、景観生態学や保全生物学が研究室で共有されているテーマになっています。

キャラバン隊
写真:研究室メンバーの調査地をみんなで訪問する「キャラバン隊」。発表者の話しに耳を傾けます。(c)石山信雄

 

大学周辺はそろそろ雪も消え、だいぶ春らしくなってきました。構内からゴジュウカラ(!)のさえずりが聞こえます。折に触れ赴任のあいさつをしているのですが、「自分らしい研究をしていきたい」というフレーズを使っているのに気付きます。

メールの最後をどのような文で結ぶのか、悩むことがあります。そこでひねり出した文が↑です。しかし使ってはみたものの、果たして自分らしい研究って何なのだろう?って思ってしまいました。

やっぱり自分の好きな、もしくは自分が面白いと思う研究が自分らしさなのでしょうか。自分が雰囲気に飲まれやすい(流されやすい/気が変わりやすい?)ことを考えると、自分らしさは時間とともに大きく変わりそうです。私はこれまで森林を対象生態系、鳥類を対象生物として景観生態学的な研究を行なってきました。今後、面白いと思う対象生態系や対象生物、テーマも変わっていくのでしょうか(図)。

 

 

研究の変遷

図:研究者の研究の変遷。ひとまずテーマと対象生物を研究の主要な特徴としてみました。軸の値は抽象値です。

 

っていうか、そもそも「面白い」って何だろう?独創性があればいいのでしょうか、新規性があればいいのでしょうか。いずれ面白さは人によって違いそうです。おそらく時間や場所によっても変わるのでしょう。文化や言語の多様性を考えると、私の研究を面白いと思ってくれる人などきっとほんの一握りでしょう(むしろほとんどいない!)。面白い=重要だといいのかもしれませんが、必ずしもそうではないでしょうし、「重要さ」も時間や場所によって変わりそうです。面白い!と多くの人から称賛を浴びる研究は言うに及びませんが、「当たり前」と言われる結果を堅実なアプローチで示すいぶし銀の研究には心を打たれます。

これまで多くの資源を使って研究を行なってきました。これからも研究を続けていくのだと思います。これから自分はどんな研究を行なうのでしょうか(表)。30年後の自分は、今行なっている研究、今から10年後に行なうだろう研究を面白い、もしくは自分らしいと思うだろうか?果たしてそこまでした価値があると感じるのだろうか?ふと考えます。できれば、「やってよかった」と思って欲しいところです!

 

表 研究の性質の候補

  • テーマ(分類、遺伝、行動、競争、分布、個体数…)
  • 対象生態系
  • 対象生物(分類群、単一種、複数種…)
  • スケール
  • 思い入れの強さ
  • どれだけ自分が面白いと思っているか
  • 自分にとっての新しさ
  • 自分にとっての得意さ
  • 論文の書きやすさ
  • 論文の受理されやすさ
  • 研究にかかった資源(時間・資金・人材)
  • 共同研究者の数
  • 外部からの評価・応援
  • 面白いと思ってくれる人の数
  • 学問的重要性
  • 社会的重要性


受付日2010.4.25

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研究室紹介 北海道大学水産学部・綿貫研究室

北海道大学水産学部 綿貫豊

私が所属する資源生態学分野(通称・北洋研)は、捕食性魚類、海獣と海鳥の3つの高次捕食者が海洋生態系においてどういった役割を果たしているのか、海洋環境の変化の影響をどう受けているのか研究しています。私が北大農学部の学生だったころは、水産学部付属の北洋研究施設として大学院生を擁する研究室でしたが、その後水産科学研究科に組み入れられました。桜井泰憲教授のもと、博士課程学生3名(留学生2名)、修士7名、4年生5名が、イカを中心に、タラ類、海獣類の生態と資源動態について研究しています。沿岸域での漁獲統計資料と海洋環境データの解析、水槽での飼育実験、乗船して外洋で得られた魚やイカのサンプルの分析が主な仕事です。海洋生態の研究を行う上での利便性はかなり高い教室だと思います。

私は8年前に北海道大学農学研究科からこの教室に移り、数名の学生(今年は4年生2名、修士5名、博士2名)とともに、海鳥の行動と生態を海洋環境の特性とその変化と結びつける仕事をしています。学生が研究していく中から発送を得た独創的な研究もいくつかありますが、ここでは、プロジェクトとして行っている研究紹介をしましょう。

まず、北海道日本海側にある天売島は継続調査している重要なフィールドです(写真1)。この島は北海道本土からフェリーで1時間30分の沖にある有人島で、4-8月の間、借家に3-4人の学生が共同生活して野外調査をおこなっています。北大他学部や他大学からの研究者・学生もいっしょに滞在して調査しています。島、そして調査地へのアクセスは非常に容易で、家から調査地まで車で5分です。複数の種類の海鳥の繁殖行動・生態、採食行動や餌生物、それらの種間関係の研究に加え、海鳥の生理、雛の発育成長、繁殖地景観、など多方面の野外研究が可能です。飼育実験をするスペースもあります。ウミネコ、ウトウおよびウミウの餌や繁殖のタイミングおよび繁殖成績の年変化を20年近くモニタリングしてきた結果、北半球の気圧配置が春の気温と対馬海流の流量に影響することで、海鳥の繁殖生態を大きく左右することがわかりました。また、ラジオトラッキングやバイオロギング技術をつかって、ウミウやウトウの採食行動や潜水行動を調べ、海洋環境変化が雛への給餌量を左右するメカニズムの一部を明らかにしました。

 

海鳥のモニタリング

写真1:天売島では毎年海鳥のモニタリングを行っている。ウトウの雛の体重測定をする女子学生

 

ふたつめとして、山階鳥類研究所、名城大学農学部、長岡科学技術大学、東京大学海洋研究所、極地研究所、名古屋大学大学院環境科学専攻の研究員、教官、院生、学生といっしょに、わが国沿岸の島などに多数繁殖するオオミズナギドリの繁殖、採食およびエネルギー戦略を明らかにするための研究をしています。調査地は伊豆諸島御蔵島、三陸の三貫島、新潟県の粟島などです。育雛期には、繁殖地によって、1000kmを超す長距離採食と島周辺での短距離採食をおこなう場合と、200km以下の中・短距離採食しかしない場合があることがわかってきました。当研究室の学生は、これらの採食において、親自身が何をどのくらい食べどのくらいを雛に与えるかの配分が大きく異なること、その結果、親の栄養状態や雛の成長が島ごとに異なることを明らかにしました。海鳥は生物濃縮によってPCBなどの残留性有機汚染物質を体内に蓄積したりプラスチックを食べたりしますので、これらの汚染の良い指標となります。東京農工大学と共同して、オオミズナギドリを使って日本周辺の汚染マップをつくり、また汚染が海鳥に与える影響を明らかにしようとしています。

三つ目は、船を使った仕事です。衛星によって海洋環境がわかり、発信機やデータロガーで海鳥の行動を追跡できるとはいえ、現場での観察や海洋環境の測定は必要不可欠です。北大水産学部は、外洋での実習・研究が可能なおしょろ丸と沿岸用のうしお丸の2隻があり、北部北太平洋の2か月の航海などに2名程度が毎年乗船しています(写真2)。また、水産研究所や北海道などの練習船・調査船に乗ることもあります。海鳥の目視調査は、航行中ほかの観測にあまり影響なく実施できるので、乗船機会は多くあります。ベーリング海のサケマス流し網調査で混獲された海鳥標本から、その餌や栄養状態を詳しく調べています。また、日本沿岸のオオミズナギドリなどの分布とクロロフィル濃度や、魚群探知機で調べた餌生物の密度との関係を明らかにしてきました。

fig2

写真2:おしょろ丸のアッパーデッキから海鳥のセンサスを行っている

 

最後に、外国と共同で行ってきた仕事を二つ紹介しましょう。まず、極地研究所、アラスカ大学、ワシントン大学と共同で、学生と一緒に、ベーリング海セント・ジョージ島において、繁殖中のハシブトウミガラスに超小型のデータロガーを装着して、その潜水行動を明らかにすると同時に、観察や胃内容物、血液の安定同位体比の測定によって、その親が自分で食べた餌と雛に与えた餌を調べてきました(写真3)。また、英国の国立環境研究組織の海鳥研究チームと共同し、スコットランドのメイ島におけるヨーロッパヒメウに加速度、静止画像、GPS位置など高度な情報を記録するデータロガーを装着し、飛行と潜水のバイオメカニクス、潜水・採食行動、採食場所の変化などを詳細に調べています(写真4)。この調査には北大獣医、東大海洋研、極地研の研究者や学生も参加しています。いずれにおいても、日本側のデータロガー技術による行動研究は、彼らの仕事に大きく貢献したようで、双方にとって気持ちの良い共同研究ができていると信じています。

 

 

fig2

写真3:ベーリング海の孤島・セントジョージでハシブトウミガラスの調査地に向かう男子学生

 

 

海鳥の集団繁殖地に滞在すれば、容易に多数個体から行動・生態データを得ることができます。ただし、その研究は繁殖地での行動に限られていました。ところが、最近のテレメトリー・バイオロギング技術の急速な進歩は、海鳥が生涯の9割の時間を過ごす海での行動を明らかにすることを可能としました。行動を詳細に明らかにしても、さらにそれと個体ごとの繁殖成績を関連づけられただけでも、その適応的な意義はわかりません。海洋環境との関連性を明らかにする必要があります。海という環境は森や草原に比べるとアクセスの点で調査が困難であると思われるかもしれません。この点で、当研究室はきわめて恵まれた環境にあります。北大水産科学研究院には、衛星や魚群探知機、海洋物理化学の専門家、またプランクトンや魚類生態の専門家がそろっており、いつでも技術的な問題やその生物の分類・生態について相談できます。船など観測プラットフォームも充実しています。水産関連の研究所とのつながりもつよく、共同研究はもちろん、多くの卒業生がそれらの研究所に就職しています。海と海鳥の研究を本気でやりたい学生は大歓迎です。

 

fig2

写真4:スコットランドのメイ島の調査基地の前でそろって夕食をとる



受付日2010.4.4

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編集後記:今号は、飛び立つ!と研究室紹介の2本の記事をお届けしました。何とか定期刊行に間に合ってほっとしています(編集長)。

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鳥学通信 No.28 (2010年5月1日)
編集・電子出版:日本鳥学会広報委員会
高須夫悟(編集長)・百瀬浩(副編集長)・
天野達也・東條一史・時田賢一
Copyright (C) 2005-10 Ornithological Society of Japan

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