II.日本での鳥インフルエンザの発生状況と
1.高病原性鳥インフルエンザ発生に関する経過情報
(須川恒・金井裕)
今年2004年1月から2月にかけ、山口県、大分県、京都府であいついで高病原性鳥インフルエンザ(以下鳥インフルエンザと呼ぶ)が発生した。これらの発生経過、とられた対策、実施された調査等について、京都府の事例を中心にそれらの経過概要を以下に整理した。また、日本での発生に関係が深いと思われる韓国での発生経過についても最初にふれた。これらの整理に当たって参考とした主要な情報源は、以下のウェッブページである。
<主要情報ソース(特に多く参照したもの>
● 農林水産省鳥インフルエンザに関する情報
● 京都府庁高病原性鳥インフルエンザについて0
http://www.pref.kyoto.jp/toriinf/index.html
● 大阪府庁高病原性鳥インフルエンザについて
http://www.pref.osaka.jp/tori/index.html
● 京都新聞鳥インフルエンザ関連記事一覧
http://www.kyoto-np.co.jp/kp/topics/kanren/influenza/index.html
(1)韓国での発生状況
2003年12月15日、韓国中西部の忠清北道陰城郡の農場で鳥インフルエンザの感染例を確認。その後その周辺の農場と韓国南西部や南東部の農場合わせて19農場へ感染が拡大したことが報告された。韓国の専門家は、南西部や南東部の農場への感染拡大は、感染したアヒルの雛の移動など人為的な要因とみている。
2004年3月21日に韓国北部、京畿道の養鶏場でも鳥インフルエンザが確認された。この養鶏場では、3月4日から鶏が相次いで死んでいたが、当初、別の病気と診断されたため対応が遅れた。
発生確認後、韓国では水鳥の糞5,460検体を採取したほか、カモやカササギなど40羽を捕獲して調査したが、鳥インフルエンザウイルスは確認されなかった。しかし、その後3月に韓国南部、慶尚南道の農場付近で捕獲したカササギ1羽から、鳥インフルエンザウイルスの陽性反応が出た。この慶尚南道では、1月に鳥インフルエンザが農場で発生したことが確認されている。韓国農林省は、カササギの行動半径が通常2キロ程度とされることから、この農場からカササギに感染したとみている。
(2)日本での発生経過
2004年1月11日、山口県阿東町の採卵養鶏場(規模:約35,000羽)で鳥インフルエンザの発生が確認される。実際には、12月末に感染・発生が始まっていたと考えられる。
同年2月17日、大分県九重町で愛玩飼育チャボ13羽とアヒル1羽のうち、チャボ7羽に鳥インフルエンザ発生。チャボは、3つの鳥小屋で飼育されていたが、感染した7羽は中央の小屋で飼育されており、この小屋のみ死亡前日に、外から引いた水路の水を与えていた。確認は、飼い主の自主的な通報による。後に、早期通報の重要性が判った段階で、飼い主は知事や農水省大臣から表彰された。
2月19日、山口県は安全宣言を出す(移動制限解除)。
2月20日以前に、京都府丹波町安井にある浅田農産船井農場(以下船井農場)で鳥インフルエンザが発生していたと思われる。
2月25日・26日、船井農場は鶏の出荷を続ける。
2月27日、船井農場において鳥インフルエンザの発生を確認。前日の匿名電話により実施した京都府の調査により判明。京都府は、半径30km以内の鶏等の移動自粛要請。船井農場の規模は約25万羽で、この頃1日に万羽単位で死亡する。通報の遅れが問題となる。
2月28日、兵庫県八千代町の食鳥加工会社で船井農場から搬入したニワトリから鳥インフルエンザが確認され、兵庫県は同会社より30キロ圏の移動自粛要請。鶏肉や卵などが短期間に船井農場から少なくとも23府県へと広域的に移動している実態が次々と明らかになる。
3月1日、環境省による船井農場より半径10キロ圏内の野鳥調査が実施され、ミヤマガラス(362羽)、マガモ(73羽)など38種の生息を確認。
3月3日、船井農場から4km離れた丹波町蒲生高田養鶏場(ブロイラー、規模:約15,000羽)で鳥インフルエンザ発生。
3月4日、第1回京都府高病原性鳥インフルエンザ専門家会議開催。鳥学関係は、山岸哲氏・尾崎清明氏らが委員。高田養鶏場への感染は、2月25、26日頃に2次感染した可能性があることが指摘される。
3月6日〜11日、船井農場と高田養鶏場付近で環境省が野鳥捕獲調査を実施。21種105羽、血液等500検体を採取し、鳥取大学で検査したがすべてから鳥インフルエンザは確認されなかった。
3月7日、京都府丹波町船井農場・園部町内林町のハシブトカラス2羽(ともに3月5日に死体拾得)から鳥インフルエンザウイルス確認。鶏から野鳥への2次感染と思われ、一挙にカラスへ注目が集まる。
3月8日、京都府死亡野鳥等の持ち込み相談等の連絡窓口を設置。
3月10日、船井農場の死亡鶏・飼料の埋め立て完了(他農場も含め卵2,000万個は焼却処分へ)。
3月11日、茨木市上音羽で3月5日保護されたカラスから高病原性ウイルス(H5N1)を確認。
3月11日、大分県安全宣言(移動制限解除)。
3月17日、茨木市と亀岡市での死亡カラスから鳥インフルエンザの簡易検査で陽性確認(船井農場と高田養鶏場での発生から日にちが開いているので、カラスからカラスへの3次感染が疑われる)。
3月17日、環境省「鳥インフルエンザ野鳥対策に係る専門家グループ」の第1回会合。鳥学関係者では唐沢孝一氏・金井裕氏・茂田良光氏・矢作英三氏等が参加し環境省の対策へ助言。
3月18日、動物衛生研究所による分析で、鳥インフルエンザDNAが韓国のものと山口・大分・京都のものがほぼ一致することが確認される。渡り鳥などの野鳥がウイルスを運んだとの報道が目立つ。
3月22日、船井農場でのすべての防疫作業終了。
3月28日、京都府カラスを除く野鳥の届出体制を終了。この時点ではカラス8羽を除き、鳥インフルエンザは確認されていない。
3月29日〜30日、環境省は船井農場から半径30キロ圏内においてカラスの集団ねぐらの調査を実施。
3月29日、農水省は第1回高病原性鳥インフルエンザ感染経路究明チーム検討会開催。鳥学関係者では金井裕氏らが参加。以下の資料が公表された。
→http://www.maff.go.jp/www/press/cont/20040329press_10b.pdf (694kb)
3月31日、浅田農産社長ら3人家畜伝染病予防法違反(届け出義務)容疑で京都府警が逮捕。
4月7日、4月2日に亀岡市(船井農場より東20キロ)で見つかったカラスの腐っていない死体から鳥インフルエンザを確認。
4月11日、京都府高病原性鳥インフルエンザ専門家会議が「中間取りまとめ」を発表。
→http://www.pref.kyoto.jp/toriinf/040412_senmon_report.pdf (51kb)
4月13日、京都府移動制限等の制限を解除。
4月13日、コウノトリの郷公園で感染対策の隔離を解除。
2.どのようにして感染地域は拡がったのか?>
韓国と山口・大分・京都で発生した鳥インフルエンザウイルスのDNA型がほぼ一致しており、起源的には同じものと考えられる。人か物流か、あるいは渡り鳥のいずれかによって感染拡大があったのであろう。
韓国から直接日本へ感染したとも考えられるし、他の国から韓国と日本へ個別に入ってきた可能性もある。人や物流がらみでは、気づかずに感染を拡大してしまっている場合もあるし、浅田農産の事例で判明したように、こっそりと処理する過程で感染が広がっていった可能性もある。渡り鳥による感染拡大は、国を越えて渡りをする鳥と、養鶏場などへ出入りをする鳥がどこかで接触し、養鶏場へ感染を広げるといった可能性がある。
また、鳥インフルエンザウイルスは、山口・大分・京都の3地域にそれぞれ別々に国外から持ち込まれたものか、日本の中で感染が広まったものかについても、今の所不明である。
農水省が、「高病原性鳥インフルエンザ感染経路究明チーム検討会」を発足させ、どのようにして感染地域は拡がったのかについて、検討を行っているので、その検討結果を待つことにしたい。
3.カラスへの感染はどのようにして起きたのか?
京都府の浅田農産船井農場で、ニワトリからカラスへの感染(2次感染)がおこったのは、養鶏場へカラスが容易に入り込めたことが背景にある。この浅田農産船井農場の鶏糞置き場には、死んだニワトリが放置され、そこに採食のため最大1,000羽程度のカラス類が集まっていたとされる。この地域には、養鶏場のほか養豚場など養畜業を営む農家があり、これらの場所で採食するハシブトガラスがもともと多い場所であり、一時期はこれらのカラスが浅田農産に集中していたと考えられる。この浅田農産船井農場の養鶏場でカラスが死んだニワトリを食べることで感染したのかどうか、感染の詳細はまだ十分にはわかっていない。
浅田農場から一番遠い感染カラスの死体回収や保護は、約28キロ離れた大阪府茨木市である。環境省は、3月29日・30日に浅田農産船井農場から30km圏内のカラス類の集団ねぐら6箇所で死体確認の調査を行なったが、大量死など異常な状態は確認されず、ねぐらで回収した死体からはウイルスは見つからなかった。また全国で実施したカラス・ドバトの調査や、市民による死体発見の報告などに基き感染の有無の調査が行われたが、感染したカラスは見つかっていない。
また、鳥インフルエンザの発生が確認された山口県・大分県・京都府において発生確認地点の比較的近い場所で、発生確認直後に捕獲標識調査が実施されており、また京都府・大阪府・滋賀県・兵庫県などでは、市民による野鳥の死体発見の報告などに基き、感染の有無の調査が行われたが、カラス以外の感染した鳥は今のところ見つかっていない(低病原性感染確認例はある)。
しかし、これはカラス以外の鳥へ感染しないということではない。鶏糞置き場や堆肥置き場では、冬でも昆虫が発生するために、ムクドリやツグミ類、セキレイ類、カケスなどが採食に集まることが多い。鶏糞置き場には感染して死んだニワトリが捨てられていただけでなく、鶏糞にも大量にウイルスが存在していたと考えられる。鶏糞置き場で採食していた鳥がいれば、ウイルスを摂取し感染していた可能性は残る。
感染が確認されたカラスはすべてハシブトガラスで、そのほとんどが3月5日前後に拾得あるいは保護されたものであるので、上記の通りこれらは浅田農産船井農場での2次感染と考えられるが、3月17日に茨木市、4月2日に亀岡市で拾得されたものは、2次感染が起った日から3週間から5週間が経っているため、カラスからカラスへの3次感染が疑われた。これらのカラスから採取されたウイルスについては、ウイルス研究者により詳細な遺伝子分析が行われているので、その結果を待ちたい。
京都府の事例では、カラスへの感染が限定的であることが判明しつつあるが、これは国や自治体による調査体制や野鳥の死体の届出体制が早急にでき、多くの人が協力して判明したものである。3次感染については、感染して集団塒で死んだカラスをカラスが採食して発症するという可能性を今後は検討すべきと考える。カラスへの感染の程度や範囲、そのメカニズムを把握するためにも、カラスの集団塒の場所を特定して立ち入り調査をし、死体や糞などの採取・分析といった継続的調査を実施することが今回の京都府の事例でも有益であった。今後、別の地域で発生した場合でも、今回とられたこれら調査、協力体制が有益と思われる。
なお、カラスの感染範囲を把握するために、カラスの1日の行動圏や移動距離、船井農場周辺にある集団ねぐらの位置などの情報が、すみやかに体系的に示される必要があった。
4.カラスの行動圏、移動、ねぐらについては,どの程度わかっているのか
(濱尾章二)
日本ではカラスといった場合には、ハシボソガラスとハシブトガラスを言う。両種はともに、夜間に集合して集団ねぐらをとる習性がある。夜間ねぐらに集合したカラスが、昼間にどの程度の範囲に分散して生活しているかは、季節によって変化し、また一日の行動範囲の大きさは、都市部と農村部によっても異なる。
秋から冬にかけ、近くの小さなねぐらどうしが集まって次第に大きなねぐらとなるため、冬季にはねぐらの数は減る。しかし、逆に一日に動き回る行動圏の大きさは、冬季には一年中でもっとも広くなる。冬季のねぐら間の距離は、東京都心で5〜10km、大阪府北東部で約20km、長野県伊那盆地で20〜30kmである。カラスは、昼間過ごした場所から一番近いねぐらに帰るとは限らず、その場所の地形やその日の風向などによって、ねぐら場所は変化する。冬期に1羽が一日に動き回る範囲は、都心で数km以内、地方都市や農村部で20〜30km以内と考えられる。
春から初夏にカラスは繁殖期を迎える。繁殖に入った個体は、巣のある場所でねぐらをとるようになるので、春になると集団でねぐらをとるカラスは、繁殖しない若令個体などのみとなり、ねぐらに集まるカラスの数は減り、逆にねぐらの数は増える。繁殖期のねぐら間の距離は、東京都心や大阪府北東部で数km、長野県伊那盆地で10km程度である。今回の鳥インフルエンザ問題は、カラスが繁殖期に入ろうとする時期に発生している。
カラスのねぐら場所や採食場所は固定的なものではない。長野県伊那盆地では、1羽のカラスが使うねぐらは平均3日間、長くても1ヶ月で変更される。東京都心でも10日ほどの間にねぐらが変更されることが多い。このため、数ヶ月から1年という期間で見ると、農村部では30〜40km、都市部では20kmほどの移動が起こることもある。
以上は、渡りをせず通年国内に生息するハシブトガラス(主に都市部や森林に生息)とハシボソガラス(主に農耕地や河川敷に生息)の生態である。しかし、最近西日本(特に、九州)では、冬期にミヤマガラスが大陸から多数渡来し、上記の2種よりも個体数ははるかに多くなっているが、ミヤマガラの冬期の定住性や移動、行動範囲については、未だ調査が行われていなく、不明である。
<主な文献>
長野県伊那盆地:
● 吉田保晴.2003.ハシボソガラスCorvus coroneのなわばり非所有個体の採食地と塒の利用.山階鳥研報 34:257−269.
大阪府北東部:
● 中村純夫.2003.カラスの季節ねぐら−いつ,どこに,どれだけ−.Strix 21:177−185.
東京都心:
● Higuchi, H. (ed.) 2003. Conflict between crows and humans in urban areas. Global Environ. Res. 7(2): 129-205.
● 国立科学博物館附属自然教育園.2004.都市に生息するカラス類と人間との共存の方策の研究,平成12年度〜平成15年度調査研究報告.国立科学博物館附属自然教育園.
5.今後どうなるのか?
(山崎 亨)
京都府丹波町の養鶏農家で高病原性鳥インフルエンザが発生した後、感染鶏から分離されたのと同じH5N1亜型のA型インフルエンザウイルスが死亡したカラス(発生農場の1羽、丹波町の3羽、亀岡市の2羽、茨木市の2羽、合計9羽)から分離された。しかし、高病原性鳥インフルエンザウイルスがカラスから分離されたのは、4月2日が最後で、以降今日までカラスからの分離例はない。また、丹波町の発生養鶏場付近のカラスには、特に異常な行動は観察されていない。さらに、環境省による発生地域とその周辺で捕獲されたさまざまな種類の野鳥やそれらの糞のウイルス検査、および各府県が実施している死亡した野鳥のウイルス検査では、これまでのところ高病原性鳥インフルエンザウイルスは分離されていない。以上のことから、感染して死亡したカラスは、高病原性鳥インフルエンザウイルスが養鶏場内に高濃度に存在していた時期に、2次感染(ただし4月2日の1羽は3次感染の可能性もある)した可能性が高いと判断される。
今回ほとんどのカラスにおいて、ウイルスは気管からしか分離されなかった。だからといって、死亡したカラスは養鶏場内で空気感染したということではなく、ウイルスに感染した鶏やカラスを食べたことにより感染した可能性もある。また、上記のように4月3日以降は同型のウイルス分離例がないことから、感染したカラスから他のカラスやその他の野鳥に次々と感染するようなことは起こらなかったと判断される。高病原性鳥インフルエンザが発生した山口県や福岡県においても、その後野鳥への感染は確認されていない。さらに、京都府の発生養鶏場では、3月22日に防疫措置が完了し、新たにウイルス感染がこの養鶏場に発生することはない。従って、今回の養鶏場から他の養鶏場への感染はもとより、野鳥に新たな感染を引き起こすことは、当面ないものと判断される。
しかし、野鳥の中には不顕性感染(感染はしているが症状は示さないもの)がないとは言い切れず、また、将来、野鳥が保有している低病原性のウイルスが変異し、強い病原性を持つようになる可能性もある。さらに、今回の3地区における感染原因や感染ルートが明らかになっていないため、今後も国内で高病原性鳥インフルエンザが散発的に発生する可能性はある。
今回の鳥インフルエンザ問題を契機に、各養鶏場では野鳥の侵入防止対策がとられ、衛生管理の徹底が図られているとともに、家畜伝染病予防法の改正により鳥インフルエンザを疑う異常な鶏が発見された場合の報告義務が強化された。そのため、今後は再び高病原性鳥インフルエンザ発生が起きたとしても、今回のように他の養鶏場や野鳥に感染が拡大する可能性は低いものと思われる。
最も恐ろしいのは、人間にも感染する高病原性鳥インフルエンザウイルスが出現することである。その出現を防ぐためには、まず養鶏場等で飼育されている鶏での本病の予防と早期発見を行い、速やかな防圧(発生した鶏の速やかな処分と適切な死体処理)と処分に携わる人の感染防止対策を講じることが何よりも重要である。