III.日本でのH5N1ウイルスによる鳥インフルエンザの流行はどのようにして起きたのか 

(福士秀人)

 

日本で1925年以来79年ぶりに発生した鳥インフルエンザはどのようにして起きたのか、その原因について考えてみたい。

 

1.韓国における鳥インフルエンザと日本における鳥インフルエンザの関係

 

考える前提として、先の項目における記述と重複するが、あらためて今回の発生状況を見直すことをはじめにしたい。これまでに得られた情報を簡単にまとめると、以下のようになる。

 発生の時系列(国際獣疫事務局 OIEのレポートにもとづく)

  2003年

    12月15日 韓国でアヒル農場に鳥インフルエンザ確認

    12月28日以降 山口県の農場で鶏の死亡率上昇

  2004年

    1月11日 山口県で鳥インフルエンザ確認

    2月 6日 韓国でアヒルおよび鶏農場で鳥インフルエンザ確認

      2月17日 大分県の愛玩チャボで鳥インフルエンザ確認

      2月20日以前 京都の農場で鳥インフルエンザ発生

      3月 3日 京都で2次感染

 ウイルスの類縁関係

     ・ 山口,大分および京都のウイルスは互いによく類似.

     ・ これらのウイルスと韓国のウイルスもよく類似.

     ・ HA遺伝子の塩基配列でみると今回のウイルスは96年に中国南部のガチョウで見つかった強毒型のH5N1ウイルスまで遡ることができる.

日本における流行を考える上で注目される点は、韓国で先に鳥インフルエンザが発生し、遅れて日本で発生したという時間的関係、および両国の流行の原因ウイルスがほぼ同一であることの2点である。

発生の時系列から、韓国にH5N1ウイルスが侵入して流行し、その後に日本に同じウイルスが侵入した可能性、あるいは韓国の流行の源となったところから韓国の発生とは独立に日本にウイルスが侵入した可能性が考えられる。

日本における山口県、大分県、京都府での3つの発生事例については、1)それぞれ別々に上記2つの地域からウイルスが侵入した、2)一旦日本にウイルスが入った後に、国内でウイルスが広まったという2つの可能性がある。

しかし、H5N1ウイルスの国外からの侵入および国内の移動に関する上記の可能性のうち、どれが最もありうるシナリオかということを推論する科学的根拠は、今の所ない。ただ、日本における3つの事例のうち,大分で分離されたウイルスのHA開裂部位(ウイルスの高病原性を決定するのに重要な部分)は,韓国で分離されたウイルスと同じであるが,他の2つの事例の原因ウイルスとは異なっていることは,興味深い点である。これについては、様々な可能性が推測されるが、いずれも推測の域を出ない。

 

2.朝鮮半島からの高病原性鳥インフルエンザウイルス伝播経路の可能性

 

朝鮮半島へは、中国東北部経由で多くの渡り鳥が飛来する。中国東北部では2月16日に吉林省白城で感染が確認されているが、このウイルスと韓国で発生したウイルスとの類縁関係は不明である。もちろん,鳥だけでなく、人や物を介して、韓国にウイルスが持ち込まれた可能性もある。

 それでは、高病原性トリインフルエンザウイルスは、韓国あるいは韓国での流行の源となった地域から、どのようにして日本に運ばれたのだろうか?韓国と日本を行き来しているものには、人、物資、および鳥などの生物がある。韓国と日本の間では、人も物資も大量に交流がある。一方、自然界では鳥が半島と日本を渡っている。気象条件によっては風により虫も飛ばされてくる。これらのいずれかが日本に高病原性トリインフルエンザウイルスを持ち込んだと考えられる。

 

(1)朝鮮半島などからの渡り鳥運搬説

今回の日本の事例では、野鳥による伝播が研究者により注目された。トリインフルエンザウイルスがカモを始めとする野鳥から多数分離されているためである.

朝鮮半島と日本を行き来する鳥は多数いるとされている。しかし、これらの鳥については、朝鮮半島と九州などを行き来することはわかっていても、その詳細な経路は不明である。中国東北部からも朝鮮半島を経由して鳥が渡ってきている。

今回の鳥インフルエンザの発生時期に特徴的な渡りをする鳥種がいるのであれば、ウイルスを運搬した鳥として最も考えやすいが、実際には12月から2月の真冬の時期に朝鮮半島から渡来する鳥はまれであると考えられる。ただし、一度越冬地(朝鮮半島)に定着した鳥が、気象条件などの影響を受けて日本に南下してくる可能性はある。しかし、単に渡りの時期が一致するだけではウイルスを運搬することはできない。その鳥がウイルスを十分な量,一定の期間保持し、日本に渡って来なければならないからである。

これまで、カモ類が低病原性鳥インフルエンザウイルスのレゼルボア(感染巣)としてよく知られている。しかし、他の鳥種に関する調査は十分にはなされていない。韓国国農林省は、韓国南部の慶尚南道で野生のカササギから鳥インフルエンザウイルスを検出したことを3月22日に明らかにした。このカササギは、3月5日に同道の梁山地域で捕獲された99羽の野鳥のうちの1羽である。梁山地域では1月に農場で鳥インフルエンザ感染が確認されている。しかし、その後、この鳥インフルエンザウイルスの亜型に関する情報はない。

日本において野鳥からH5N1ウイルスは分離されていないが、自然界にいる野鳥の数を考えると、数千羽の野鳥を調べてH5N1ウイルスが分離されなくても、H5N1ウイルスが野鳥に伝播していないとはいえない。日本では死んだハシブトカラスからH5N1ウイルスが分離されたが、ハシブトカラスの生活様式や行動範囲を考えると、ハシブトカラスが韓国から日本にウイルスを持ち込んだと考えにくく、ハシブトカラスの場合は感染したニワトリからの二次感染によるものと推測される。

以上のように、これまでのところ、野鳥によるH5N1ウイルス伝播を支持する直接的なデータはないのが現状である。

 

(2)人間や物流によるウイルス伝播の可能性

 これに関しても否定するデータも、肯定するデータもない。韓国での鳥インフルエンザは、日本と異なり防疫上の移動制限距離が2-10kmと狭かったこともあり、感染が拡大した。その原因は、感染したアヒルの雛の移動によると推測されている。単にアヒルの雛だけではなく、付随するケージなども感染拡大に関与した可能性もある。韓国国内だけでなく、日本にも同様のメカニズムでウイルスが侵入した可能性も否定できない。

 これまでの日本国内での聞き取り調査では、韓国と日本におけるH5N1ウイルス流行発生地を結びつけるデータは出ていないようであるが、発生農場や発生地と直接関係がなくても、様々な経路で間接的にウイルスが運び込まれる可能性はある。

 

3. 感染鶏舎内の伝播からみた侵入経路の可能性

 

山口県の事例では、感染が始まった鶏舎は農場入り口に位置し、ニワトリが死に始めたのも鶏舎の入り口に近い部分で、人の動きが大きい場所である。森林性の野生鳥類が近づくことはあまり考えられないが、入り口は開いたままになっていたことも多く、スズメやカラスは入り込むこともできた。ウイルスの侵入は人や物の動きによるものと、留鳥による可能性はどちらも否定できない

京都府の事例では、感染が最初に見つかった鶏舎では、鶏舎中央の天井にある空気口(換気口)の下にいた個体から感染が始まったのに対し、その他の鶏舎では入り口に近い個体から感染が始まっていた。換気口には、小型の野鳥が通れる程度の金網が付いており、最初に感染がみられた鶏舎のでは、野鳥が金網に止まり、ここからウイルスを含む糞を下に落としたことは十分推測できる。これに対し、その他の鶏舎では、感染が入り口付近から始まっていることは人を介した感染を疑わせる。

大分県の事例は、愛玩用のチャボにおける弧発例であることから、養鶏場における発生原因とは異なる可能性がある。しかし、この場合も、人や物の動きなのか野鳥による持ち込みかを判断できる科学的根拠はない。

 

4. まとめ

 

ウイルス学的なデータおよび発生状況に関する疫学情報は、山口県、大分県、京都府の鳥インフルエンザの発生原因がそれぞれ異なっていた可能性を示している。しかし、今回日本で発生した鳥インフルエンザの流行となったH5N1ウイルスが、渡り鳥によって運搬されたのか、人や物とともに侵入したのかを科学的に判断するデータは、今のところない。

 

(なお,本文中のデータはWHO, OIE, 動物衛生研究所,感染症研究所,農林水産省など関連機関の公表資料ならびに第137回日本獣医学会緊急公開シンポジウムにもとづいている)

 


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