IV. 海外での発生実態

(福士秀人)

 

 

鳥インフルエンザのうち高病原性トリインフルエンザは、かつて家禽ペストとして知られていた.家禽ペストが最初に報告されたのは、1878年にイタリアであった。また、家禽ペストの病原体がウイルス(当時は濾過性病原体とよばれていた)であることは、二人のイタリア人、ツェンテニとサボヌツィによって1902年に明らかにされた。このウイルスの発見は、ウシの口蹄疫ウイルス、タバコモザイク病ウイルス、アフリカ馬疫ウイルスに次ぐ発見であった。さらに、このウイルスがA型インフルエンザであることを、1955年にドイツのシェーファーが明らかにした。ふりかえれば、家禽ペストウイルスは、インフルエンザウイルスとして人類が初めて分離したウイルスということになる。ここでは海外における鳥インフルエンザの発生の様子を年代記風に記述してみたい。

 

1. 1990年以前の発生状況

 

高病原性鳥インフルエンザ(以前は家禽ペストと呼ばれた)は、以前から各国で発生がみられている。日本では1925年に発生した記録がある。1950年代までに分離された高病原性鳥インフルエンザウイルスは、H7N7、H7N1、ないしはH7N3亜型であったが、1959年にはスコットランドでの流行でH5N1亜型のウイルスが分離された.1961年には、南アフリカのケープタウン近郊でアジサシの大量死が観察され、H5N3ウイルスが分離された。その後、1960年代から1970年代には、数年おきに各国で発生が報告されている。

1983年4月に米国ペンシルバニア州で、H5N2ウイルスによる鳥インフルエンザが発生した。この事例は、高病原性鳥インフルエンザの流行と発生を考える上で重要な事例となった。

この1983年にペンシルバニアで発生した鳥インフルエンザは、それまでの流行とは異なり、病原性の弱いウイルスの流行が最初に観察された.すなわち、1983年に分離されたウイルスは、実験的に感染させた鶏に対して病原性を示さなかった。弱毒ウイルスによる流行のため、その被害の程度も限られており、流行を阻止する行政的な措置はとられなかった。ところが同年10月に、ウイルスが突如病原性を獲得し、感染鳥の死亡率が上昇した。11月には20の養鶏場で死亡率は30%以上となり、その後の3ヶ月の間に隣接する州に流行が拡大した。1984年に制圧されるまでに死亡・殺処分された鶏は、1,700万羽以上にのぼり、被害総額は6,000万ドル以上だったという。

これは低病原性鳥インフルエンザウイルスが鶏の間で感染を繰り返すうちに、突然変異により高病原性鳥インフルエンザウイルスとなりうることが明らかになった最初の事例である.

 

2.1990年代の発生状況

 

その後も数年おきにオーストラリアやイギリスで発生が報告された。ペンシルバニアの発生例からほぼ10年後の1993年には、ペンシルバニアで流行したウイルスとは異なるH5N2ウイルスによる発生がメキシコで起きた。メキシコの発生例も当初低病原性であった鳥インフルエンザウイルスが、感染拡大中に変異し、1年半後に高病原性に変わったものである。このメキシコでの発生では、20億ドーズ以上におよぶ様々な効力のワクチン接種などの努力が長年なされているが、いまだ根絶にはいたらず、現在も低病原性ウイルスが流行をおこしている。また同年には、パキスタンでもH7N3による大発生があった。このパキスタンの発生例においても、ワクチンが使用されたが、根絶にはいたっていない。

1997年には、オーストラリア、香港およびイタリアで高病原性鳥インフルエンザが流行した。オーストラリアはH7N4、香港はH5N1、イタリアはH5N2ウイルスによる。香港の発生例は、6人が死亡したため大きな注目を集めた。

1997年の香港の発生例についてみると、この年の5月に中国本土に面した香港北部の山村である新開地区の養鶏場で、H5N1ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザが発生し、14,000羽の鶏が処分された。同月には、5歳の子供がH5N1ウイルスに感染し、多臓器不全で死亡した。同年11月から12月には、17名が感染し5名が死亡した。同時期に、生鳥市場の家禽にもH5N1ウイルスが流行しており、ヒトはこれらの家禽から直接感染したものと推定された。

1999年3月には、北イタリアで低病原性鳥インフルエンザの流行が発生した。当初は十分な対策がされなかったため、同年12月に高病原性になり、翌年2000年4月までに1,400万羽が感染した。また、1999年には香港でH9N2ウイルスによるヒトの感染が報告された。

 

3.2001〜2003年の発生状況

 

2001年には、5月に香港、マカオ、韓国で、H5N1ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザの流行が発生した。同年1月頃から生鳥市場の陸生家禽(鶏やウズラ)からH5N1ウイルスが分離されていた。当初、死亡率はそれほど高くなかったが、5月になって急増し、生鳥市場の家禽類および養鶏場の家禽類(120万羽)が全て処分された。この事例では少なくとも5つの遺伝子型のH5ウイルスが分離され、特定の遺伝子型が高率に分離されるようになった時期と鶏死亡率の増加時期が一致していた。

2001年には、中国本土では発生は確認されていないが、韓国において中国からの輸入アヒル肉から高病原性鳥インフルエンザウイルスが確認されたため、同年6月に農林水産省は家禽肉の中国からの輸入を一時停止した。

2002年には、1月にアメリカのペンシルバニアで低病性H7N2、2月にメーン州で低病性H5N2、3月にバージニア州、4月にノースカロナイ州、5月にウエストバージニア州で低病性H7N2ウイルスによる流行が起きた。また、テキサス州(H5N3)、ニューヨーク州(H5N?)およびカリフォルニア州(H5N2)で、それぞれ5月、8月、9月に低病性鳥インフルエンザの流行があった。イタリアでも、10月に低病性H7N3ウイルスの流行がみられた。

同年,香港で再び高病原性H5N1ウイルスが流行した。本ウイルスは、1月に生鳥市場で分離されていたが、2月になり22養鶏場から分離され、4月にも2養鶏場で確認され、処分羽数は90万羽に達した。この流行では、同じ遺伝子のウイルスによる感染であっても、鶏群により死亡率が異なっていた。典型的な症状が見られなかった養鶏場では、発見が遅れたという。汚染された生鳥市場から数回にわたってウイルスが養鶏場に持ち込まれ、その後、人や物資の移動を介して近隣の養鶏場に拡大したと考えられている。また、鶏卸売市場を経ずに闇で生鳥市場へ出荷していた養鶏場の存在が明るみになり、消毒が不十分なこのルートを通ってウイルスが養鶏場に持ち込まれた可能性も考えられた。

2003年2月から4月には、オランダ、ベルギー、ドイツ、デンマーク、韓国、ベトナムで鳥インフルエンザが発生した。オランダ、ベルギー、ドイツにおける高病原性H7N7ウイルスによる流行では、1,000万羽以上が処分された。病疫従事者約80名が結膜炎になり、十数人がインフルエンザ様症状を示し、さらにオランダの獣医師が1名死亡した。

2003年1月には、香港でH5N1ウイルスによる人の感染が報告された。これは福建省に帰省した香港の家族4人のうち、母親と男子は呼吸器症状を示したものの回復したが、父親と女子は死亡したという事例である。男子と死亡した父親からH5N1ウイルスが分離された。

同年5月、検疫により中国からの輸入アヒル肉から高病原性鳥インフルエンザが確認された。そのため、アヒル肉については同年5月から現在にいたるまで中国からの輸入が停止されている。鶏肉についても一時輸入が停止されたが、8月に解除された。

同年12月には、韓国でH5N1高病原性鳥インフルエンザの流行が報告された。12月5日から11日の間に、ソウル近郊の陰城地区の農場で鶏が突然死し、24,000羽のうち19,000羽が死亡し、残りの5,000羽は処分された。韓国当局は、26日に5つの道(日本の県に相当)の鶏とアヒル農場へH5N1ウイルスの感染が拡大したと報告し、130万羽の鶏とアヒルが死亡ないしは処分された。

 

4.2004年の発生状況

 

2004年1月6日、報道機関からベトナム南部での鶏の死亡の噂がハノイのWHO事務所に告げられ、マニラの地域事務所に報告された。8日にベトナム当局筋は、H5N1高病原性鳥インフルエンザにより引き起こされた南部の省、ロンアンの2農場とティエンザンの1農場での集団発生を報告した。約70,000万羽が死亡ないし処分された。このウイルスの亜型は、後にH5N1と確認された。

これに先立ち、1月5日にはベトナムの保健当局からハノイのWHO事務所に、ハノイに入院中の11人の子供たちに重症呼吸器疾患の集団発生が起きたとの情報が寄せられていた。このうち7人は死亡しており、2人は危篤状態であった。12例目の症例は、別の病因で呼吸器疾患により死亡したが、ハノイの症例のうちの一人の兄弟であった。この症例は、9ヶ月から12歳までの6人の小児を含み、2003年10月31日と12月30日の間にハノイの病院で原因不明の呼吸器疾患で死亡していた。1月11日にはさらに2例の重症呼吸器疾患例(小児1例および成人1例)が特定され、合計13例となった。ベトナムの死亡2例からとられた検体の検査が、香港の国立インフルエンザセンターで行われ、H5N1ウイルスによる感染が確認された。この時点で、WHOは各国へ警報を発した。翌日には、さらにベトナムでの3例目の死亡例となった女の子の母親のH5N1ウイルス感染が確認された。

同1月12日には、日本当局は山口県で発生した高病原性H5N1ウイルスによる流行発生を報告した。

13日には、韓国当局がもう一つの農場へH5N1ウイルスの感染が拡大したと報告し、この日までに約160万羽が死亡ないし処分された。

13日、ベトナムで死亡したヒトから分離されたウイルスの塩基配列解読により、ウイルス遺伝子分節のすべてがトリインフルエンザウイルス由来であることが明らかになった。

15日には、台湾でも鳥インフルエンザの発生が確認された。原因ウイルスは低病原性H5N2ウイルスであった。15日から18日にかけて、彰化県と嘉義県の養鶏場に相次いで低病原性鳥インフルエンザの発生が確認され、 計85,000羽の鶏が処分された。

15日と19日には、ベトナムで4例目および5例目のH5N1ウイルスによるヒト感染が確認された。この時点までのベトナム人5名の感染者は、すべて死亡した。

19日には、香港の宅地造成地近くで死亡したハヤブサが1羽発見され、二日後の21日にH5N1ウイルスが確認された。

23日、タイ関係当局は、タイ国内で初めて高病原性鳥インフルエンザが発生したことを報告した。H5N1ウイルスであった。7万羽近い鳥が死亡ないし処分された。また、タイ公衆衛生当局はWHOへ、検査により確定した人のH5N1ウイルス感染例2例を報告した。この時点では二人とも生存していた。

24日、ベトナムはさらに2例の小児H5N1ウイルス感染例を報告した。また、家禽類での集団発生が国内64省のうち23省へ拡大がしたと報告した。300万羽近い鶏が死亡ないし処分された。

同日、カンボジアのプノンペン近郊の農場で、H5N1ウイルスが鶏に見つかったと報告した。

26日、タイ当局はタイ国内3例目のH5N1ウイルス感染者を確認し、報告した。先に確認された症例のうち一人が死亡した。

27日には、中国が南部の広西荘族自治区のアヒル農場の家禽類に高病原性H5N1ウイルスが広がっていることを確認した。ラオスでも、首都ビエンチャン近郊の農場で、3,000羽のうち2,700羽の家禽がH5ウイルスにより死亡した。

28日、パキスタンは高病原性H7ウイルスによる集団発生を報告し、170万羽が死亡ないし処分されたと述べた。

30日になり、中国当局は湖南省および湖北省の農場の家禽でもH5N1ウイルス感染を確認した。

2月2日には、中国当局は中国本土の10カ所でH5N1ウイルス感染が確定ないし疑われたことを報告した。

同2月3日、インドネシアでは高病原性鳥インフルエンザが家禽集団で発生したことを報告し、3日にはH5N1であることを確認した。インドネシアでは、2003年8月29日に中部ジャワ州プカロンガンで、鶏の大量死が確認され、9月から11月にかけて、ジャワ、バリ両島に拡大したという。その後の5ヶ月で、全国にある養鶏場400軒以上の鶏470万羽が死亡したが、鳥インフルエンザとニューカッスル病の混合感染であったという。遅くとも1月25日には、鳥インフルエンザの発生を政府当局は確認していた。インドネシア政府は、ワクチン接種を行った。

2月8日には、アメリカ、デラウェア州の農場で鳥インフルエンザの集団発生が起きたことが発表された。H7ウイルスが検出され、12,000羽あまりの鳥が処分された。10日は、二つ目の農場で鳥インフルエンザが見つかり、72,000羽あまりが処分された。

16日にカナダのブリティッシュ・コロンビア州で、H7N3ウイルス感染が発生したが、低病原性とされている。

16日に中国東北部の吉林省白城で、高病原性鳥インフルエンザの発生が確認された。今回のアジア東部地域の発生では、最北端となる。

20日になると、アメリカ・テキサス州で、高病原性H5N2ウイルスの流行が発生した。

3月に入り、7日にメリーゴーランド州で低病原性H7ウイルスの流行が発生。

13日、カナダで感染鳥の殺処分に関わった人が、16日に結膜炎と鼻炎を発症、18日にリン酸オセルタミビルによる治療開始した。30日にH7鳥インフルエンザによるものと確認されたが、その後症状は消失し、回復した。

16日には、中国が終息宣言をし、16省などで49カ所、900万羽処分したと述べた。

 25日には、南アフリカ西ケープ州で低病原性H6ウイルスの流行発生(?)が報告された。

同日、カナダで人の結膜炎の2例目が見つかり、オセルタミビルによる治療を受け、症状は消失した。

3月下旬までに、東アジアで、韓国、ベトナム、日本、台湾、タイ、カンボジア、香港、ラオス、パキスタン、中国およびインドネシアで鳥インフルエンザが発生した。いずれも家禽における流行であるが、ハヤブサや野鳥の事例が新聞報道されている。人に関する確認症例は、タイで12例(死亡例8例)、ベトナムで22例(死亡例16例)となっている。

アジアにおける発生そのものは、今後も続くものと思われる。

 


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