V. 調査研究上、注意すべきことがら

(渡辺ユキ)

 

 

1.感染地域あるいは近隣での捕獲、標識調査上、注意すべきこと

 

鳥インフルエンザウイルスは、主として感染鳥の糞便から排泄されるが、鶏では鼻汁やよだれなどにも存在する。このウイルスは熱や乾燥、消毒薬には強くない。60℃30分で死滅する。人に対する感染力は弱く、通常の衛生管理を実行すれば問題とならない。鳥への感染経路は呼吸器感染と経口感染の両方がある。ニワトリでは、ウイルスを含む糞便に汚染された埃を吸うことにより、呼吸器からも感染するが、カモ等の鳥と同様に、糞便に汚染された水を飲んだり、汚染された餌を食べることによる経口感染もある。

発生養鶏場付近で感染源になりうるのは、家禽そのものと鶏糞はもちろんの事、養鶏場内外の埃、たい肥、敷き藁、糞便のついた餌や飲み水、羽、解体残さ、養鶏場から出るゴミ、これらの流入する水系、出入する車両、人、ネズミやハエなどである。人がこれらの汚染源からの二次的な機械的伝播役になることを避けるために、移動制限区域内へは、踏み込まないのが鉄則である。感染地域のそばでは調査をしないほうが良いが、どうしても調査する必要があれば、最善の注意をはらい、最小限の滞在時間にする。靴や車両は、汚染された地面から多数のウイルスを簡単に運ぶ。鶏糞に汚染された土壌が処理不充分であれば、鶏がいなくなってもウイルスは100日も生存する事がある。低温下ではそれ以上生存する。

手洗いやうがいはもちろん、作業後の服や靴は次の養鶏場や調査地に行く前に必ず消毒する。また使用した機材は必ず洗剤による洗浄と乾燥、必要に応じて消毒を行う。万が一高度に汚染した場所で作業を行う必要があるときは、予防薬を考慮し、自身の健康に注意する。野鳥の死体を発見した場合、特に異常な数や状況であるならば、記録をとり、通常の感染防止の範囲で取り扱いに注意して回収し、近在の家畜保健衛生所に届けて死因を調べてもらう。死因を明らかにする事は、鳥インフルエンザ以外の事も含めてとても大切である。

 

 

 

2.感染地域以外での捕獲などはどうすればよいか

 

鳥インフルエンザに関しては、今のところ国内の野鳥からの陽性率は例年と同様低く、カラス以外の発症も認められていないので、通常の場所での捕獲は、感染症に関しての一般的な注意をすれば十分である。しかし、野鳥の捕獲や研究に携わる人は、普段から養鶏場に不必要に出入りしないことを心がけるほうがよい。また、調査前に発生地近くに軽率に行くことは、もちろん慎むべきである。

鳥インフルエンザに限らず、捕獲行為には感染病原体に接する危険性があるということを認識することが重要である。人が鳥を直接捕獲すれば、自然下では起こり得ない感染の可能性が常にあるということに、普段から意識を持つことが大切である。鳥から鳥への感染の可能性、人から鳥、鳥から人への可能性、感染の地域的拡大や移入の可能性などについて、十分に考慮する必要がある。

 

(1) 鳥から鳥への感染で注意すること

多数の鳥を捕獲し高密度の状態で長時間保管すれば、1羽が伝染病を持っている場合には他へ容易に感染しうるので、あまり多くを一緒にせず、なるべく早く放鳥するよう心がける。糞便は病気の感染源である事が多いので、鳥を入れる袋や箱はなるべく頻繁にきれいにし、洗う。鳥を触る自分の手も頻繁に洗う。使用後の網や道具類は干す、洗うなどしてから次に使う。これらの注意が、鳥同士の感染の確率を低下させる。放鳥後の鳥の健康が保証されれば、研究成果もよりいっそうあがるだろう。

 

(2) 鳥から人、人から鳥の感染で注意すること

人と鳥の間に思わぬ病気が発生しないように、各作業区分ごとに手を洗う、必要によりマスクや手袋をつける、作業後はうがいをする、作業服は別にする、すぐ洗う、といった注意をする。血液は特に感染力が強いので、素手で血液に触るような事は避ける。鼻水や下痢をしている鳥の取り扱いには注意する。自分の手指に傷のある時には特にこれらに注意する。作業場所の換気や衛生に心がけ、作業しながらの飲食はしない。発熱や呼吸器の異常等を感じたら、早めに医師の診断を受ける。鳥はマイコプラズマ、サルモネラ、クラミジアなど、人にとって困るさまざまな病原体をふつうに持っていることがあり、逆に人の大腸菌などは鳥にはしばしば病原体となる。

 

(3) 感染の拡大や移入に関して

 調査上、海外への渡航を計画するときはもちろん、国内でも大きな移動をするときにはその都度、器具機材や靴、服装は調査の前後にきれいにして使用する。繁殖地の中心地から中心地へ短期間に移動、更に捕獲といったリスクの高い行為はしない。特に海外渡航時はこれら、および一般的対策にくれぐれも注意して作業する。

もし、ある地域個体群に新種の病原体を運んでしまえば、取り返しがつかない事態になることが容易に予想される。もちろん人社会への新病原体も同様である。ウイルスは目に見えないのでわからないが、目に見える生物と同様に生態系を構成する重要な一員である。その移入や攪乱は宿主の生態にも大きく影響するという認識をもつべきである。

感染症はいたずらに恐れる必要もないが、無頓着ではいけない。なによりも鳥に迷惑をかけかねないし、本人はもとより、他人にも影響しうる。普段から意識しないと、自分自身が野鳥や人社会にとって大きな脅威である事に調査者はなかなか気がつかない。鳥インフルエンザを初めとし、鳥がどんな種類の感染症を持っているかを学び、予防法を身につけることは、調査者や人社会、鳥の双方にとって大切である。

 

3.通常の観察で気をつける事があるか

 

双眼鏡で鳥を観察するといった行為で、鳥インフルエンザの影響が出る事はない。普段どおりにしていれば良い。水鳥の集まる池の側を歩いても、それが問題になることはない。庭にくる小鳥に対しても同様である。

むしろ、普段と違うことをして、子供達に無用な恐怖感を与えないよう、感染症の素養をもった自覚ある大人としてふるまうことが大切である。

 

<参考となる資料>

● National Wildlife Health Center (NWHC) / Frequently Asked Questions about Avian Influenza and Wild Birds. (研究者、バンダー、野鳥愛好家、ハンター、ペット等に向けている。当ホームページに翻訳あり。)

 http://www.nwhc.usgs.gov/research/avian_influenza/FAQ_avian_influenza.htm

 

● Wildlife Conservation Society/ Avian Influenza Guidelines Relative to the Outbreak in Asia, 2004.(家禽、動物園展示鳥等への飼育者向けガイドライン。当ホームページに翻訳あり)

 http://wcs.org/media/general/WCS AI Guidelines.doc

 

● 厚生省 感染症情報センター(IDSC)/ 鳥インフルエンザQ&A (一般の疑問に向けている)

 http://idsc.nih.go.jp/others/topics/flu/QA040401.html

 


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