巻末資料1
野生動物疾病マニュアル鳥類編(Field Manual of Wildlife Diseases: Birds)
第22章 トリインフルエンザ
(訳者:黒沢令子)
同意語
家禽ペスト(Fowl pest, fowl plague)、トリインフルエンザA (Avian influenza A)
かねてから、ガンカモ類やシギチドリ類などの野鳥は、インフルエンザをもたらす可能性があるとして危惧する傾向が、養鶏業界にはあった。人間の健康への危惧も高まってきた。こうした理由で、本章では自然資源管理者向けにトリインフルエンザウィルスについての基礎知識を提供する。
原因
トリインフルエンザは、A型インフルエンザウィルスというグループの__原菌が野鳥に引き起こす感染症で、通常は__顕性か症状を呈さない。このタイプのウィルスは糞口経路によって野鳥に伝播して温存されている。このウィルスは遺伝子の混合により自然界では急速に変化を起こし、わずかに異なる亜型になる。トリインフルエンザが発生するのは、一つのウィルス型だけよりもやや異なった型のウィルスが複数関わった時である。ウィルスの亜型を同定および分類するには、大きくわけてヘマグルチニン(H)とノイラミニダーゼ(N)という二種類の抗原に基づいて行なう。知られているすべてのA型インフルエンザでは、15種類のH抗原と9種類のN抗原が同定されている。
この二種類の抗原の組み合わせは、鳥類でも分類群によって異なる。たとえば、ガンカモ類ではノイラミニダーゼの亜型全9種類とヘマグルチニンの亜型14種類が見つかっており、H6とH3亜型が主流である。シギチドリ類とカモメ類ではヘマグルチニンの亜型10種類とノイラミニダーゼの亜型8種類が見つかっている。こうした亜型における抗原の組み合わせはシギチドリ類に特有のもので、H9とH13は特に多くみられる。シギチドリ類のインフルエンザウィルスはニワトリよりもガンカモ類に多く感染する。ヘマグルチニンの亜型H5とH7は、ニワトリとシチメンチョウに感染すると強い毒性を示し、死亡させることがある。しかし、同じ抗原亜型をもつ2種類のウィルスでも、家禽に対する病原性にはバラツキがある。
感染する可能性のある鳥類種
トリインフルエンザウィルスが見つかる鳥類種は多いが、特にマガモなどの渡り性ガンカモ類によく見られる(図22.1)。しかし、過去に野鳥で報告されているのは1961年に南アフリカで起きたアジサシにおける死亡例だけである。これが海鳥類で発見された最初のインフルエンザウィルスで、H5N3亜型と分類された。他にインフルエンザウィルスに感染する可能性があるのは、シギチドリ類、カモメ類、ウズラ類、キジ類、平胸類(ダチョウとレア類)などがいる。野鳥から取り出したウィルスを使った感染実験では家禽は死亡しなかった。また家禽に病気をもたらすウィルスで野生のガンカモ類が死亡することもない。
分布
インフルエンザウィルスは、ガンカモ類の主な渡りルートを通る野鳥で最も多くみつかるが、北米でも世界中でも見つかっている。北米では主な渡りルートは大きく分けて4地帯がある(図22.2)。ガンカモ類以外にも多種の野鳥がこの同じルートを通って、繁殖地と越冬地の間を行き来する。異なるルートを渡り、特に渡り途中でルートが交差しない野鳥では、見られるウィルスの亜型は異なる。インフルエンザウィルスをもっているガンカモ類とシギチドリ類の割合は、同じ年でもルート毎に異なり、また、同じルートでも年毎に異なる。ある渡りルートを通る野鳥が翌年にも同じウィルス亜型をもっていることもほとんどない。
季節変動
インフルエンザウィルスは、野鳥において季節を問わず見られるが、通年見つかっているのはガンカモ類だけである(図22.3)。最も高率で感染が起こるのは、その年生まれの若鳥が初めて南下するために集合する夏の終わりである。秋に、南の越冬地を目指して渡っていく間に感染した個体の数は減少し、春の北帰行の折には400羽に1羽ていどと最低の値に減少する。その逆に、シギチドリ類(主にキョウジョシギ)とセグロカモメでは、春(5月と6月)に感染個体は最高となる。またシギチドリ類では秋(9月と10月)にも高率で見られる。他の月には、インフルエンザウィルスが見つかったシギチドリ類やカモメ類の個体群はいない。インフルエンザウィルスは海鳥類にも見られ、ウミガラス類、ミツユビカモメ、ツノメドリ類などが営巣時に見つかっている。もっとも、こうした海洋性の海鳥類の調査は困難なため繁殖期以外には行なわれていない。
臨床兆候
この病気の症状はウィルスの系統、鳥種、年齢と性別などの要因で大変異なるので、一言で言える症状はなく診断は難しい。呼吸器、腸管や繁殖行動に異常が見られたり、元気喪失、食欲や産卵数の減少などが挙げられる。また羽毛を逆立てたり、咳、くしゃみ、下痢をする、さらに震戦などの神経障害を呈することもある。しかし、野鳥では病的な症状は確認されていない。ニワトリとシチメンチョウでは、ウィルスのH5N2亜型とH7N7亜型などはふつう病原性が高く、感染すると死亡率が100%に至ることもありうる。家禽に感染した場合の主な影響は産卵数の減少だが、野鳥でも同様に繁殖行動に影響が出るかどうかについては、評価できるほどの情報はない。
肉眼的病変
野鳥がトリインフルエンザにかかった場合に見られる肉眼的病変は不明である。南アフリカで死亡したアジサシには肉眼的病変は見られなかったが、中には顕微鏡下で髄膜脳炎(脳膜の炎症)が認められた個体もいた。しかし、実験ではこの病変は確認されなかった。実験的に病原性のインフルエンザウィルスを感染させたマガモでは、硬化した肺の散在性の紫斑と肺皮膜の混濁が見られた。高病原性のウィルスは野鳥ではほとんど見られておらず、こうした病変は自然感染では見られないのだろう。
診断
感染したかどうかの診断は、総排出口から検体をとり、ニワトリの発生卵にウィルスを分離し、さらに血中抗体を血清学的に検査して行なう。血中抗体の検査はウィルスに暴露した経験の有無を調べるもので、感染しているか、またウィルスを保持しているかどうかを知るものではない。ウィルスの亜型を同定するためには、すべての亜型抗原の組み合わせに対する参照抗血清を用いる。しかし、抗原の亜型からでは、ウィルスの病原性を判定することはできない。自然界には、同じウィルス亜型でも病原性の高い株と低い株が存在している。ウィルス系統の病原性を判定するためには、家禽に見られた指標(インデクス)を基準にして動物に接種実験を行なう必要がある。
管理
野鳥は数多くのウィルス亜型をもっており、遺伝子の混合による新しいウィルス亜型が生じる頻度が高いため、野鳥を管理することによって、トリインフルエンザを効果的に管理することは望めない。また、ガンカモ類がよく使う地域では、水や糞からウィルスが見つかる。実験下では、感染したガンカモ類の糞からは22℃の温度条件で8日間、また糞が入った水からは4日間に渡ってインフルエンザウィルスが見つかった。家禽の堆肥はウィルスの温床となり、ニワトリにウィルス感染を起こす主な場となる。ニワトリを出荷してから100日以上たっても鶏舎からウィルスが見つかる。
養鶏業では、ウィルスがニワトリに入るのを防止するのが最初の防衛線である。低病原性のウィルス株は、特定の不活化ワクチンを使用して予防できる。ワクチンの接種を受けた個体と快復した個体は、血中にウィルスに対する抗体をもっているので、伝染を防ぎ、他の個体に対して危険性はまったくない。高病原性のウィルスに侵されたニワトリは淘汰(処分)されるのが通例である。
従来、野生動物保護区を建設したり、水禽類保全地区を設定するにあたっては、養鶏業界と野生動物保護活動は相容れないことが多かった。ガンカモ類がインフルエンザウィルスをニワトリに移すのではないかという恐れから、養鶏業界の反対にあって計画が頓挫したこともあった。湿地の近くに開発計画が持ち上がったり、野生動物保護区を計画する際には、この問題を念頭に置く必要がある。開発計画にあたっては、情報開示によってオープンな意思疎通の機会を設け、協力体制を敷いて健全な計画を立てることで、衝突を防ぎ、互いの利益を尊重しあうような方向性が開けるだろう。
人間の健康への留意点
ヒトインフルエンザウィルスもトリインフルエンザウィルスと同じタイプのウィルスに属しているが、野鳥に感染する系統は人間には感染しない。ガンカモ類とシギチドリ類はそれぞれのウィルスの遺伝子プールをもっていて、そこから新しいウィルスの亜型が出現すると考えられている。やがて、これらの遺伝子プールから、哺乳類などの他の動物に新株のウィルスが広まると、新たな大流行が生まれる可能性は存在する(図22.4)。
Wallace Hansen
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→http://www.nwhc.usgs.gov/pub_metadata/field_manual/chapter_22.pdf
米国 NWHC (USGS)の好意により掲載. 30 Apr. 2004