巻末資料2

 

米国地質調査局 野生動物保健会報(2004年1月)

USGS Wildlife Health Bulletin 04-01

                                (訳者:黒沢令子)

 

H5N1型のトリインフルエンザウイルスにより、アジアでニワトリの大量死が起きたり、同型のウイルスによるヒトの死亡例も報告された.感染が拡大する可能性は国際的な関心事である。

野鳥、中でも水鳥(ガン・カモ類)がトリインフルエンザウイルスを保有しているのは珍しいことではないが、新しい強毒ウイルス(H5N1型)が野鳥に影響を及ぼしていることを示す証拠も、野鳥が高病原性トリインフルエンザ(HPAI)ウイルスを広めているという証拠もほとんどない。2004年現在,香港で6000羽の野鳥を検査したが、今のところ、H5N1型ウイルスに陽性反応を示したのはハヤブサ1羽に過ぎなかった。さらに、このハヤブサが感染した経路は不明であり、死因がインフルエンザなのかどうかも明示されていない。

現在のところ、野鳥からヒトにH5N1型ウイルスが感染した証拠はない.ヒトの感染事例はすべて家禽からである。

 

ヒトへの直接感染

歴史的にはこれまで、トリインフルエンザが直接、ヒトへ感染するのはきわめて稀であると考えられていた。しかし、最近の報告[香港(H5N1型)、1997年; 香港/中国(H9N2型)、1999年;オランダ(H7N7型)、2003年;アジア(H5N1型)、2003-2004年]によると、家禽と接触を持った人の中に、トリインフルエンザウイルスに直接感染した人がいる。今のところ、これらのインフルエンザウイルスは効果的に人から人へ直接伝播する能力を獲得していない。

 

野鳥に対する影響

これまで、野生の水鳥から検出されたインフルエンザウイルスが病気を起した例はまれである。1961年に南アフリカで、アジサシの大量死の事例が報告されているだけである(Friend 1999)。アジアで発見されたH5N1型ウイルスが野鳥に及ぼす可能性のある影響については不明である。家禽の感染が拡大する中で、このウイルスの遺伝的シフトが生じて、水鳥に影響を及ぼすようになることが危惧される。

2004年1月にProMedが行なった報告(Archive No.20040121.0243)によると、香港で実施された6000羽の野鳥(種は明記されていない)の検査では、死亡した1羽のハヤブサがH5N1型ウイルスに陽性反応を示しただけである。このハヤブサが発見された近くには2軒の養鶏場があるが、感染経路は不明である。さらに、インフルエンザが死因かどうかもあきらかではない。2002年の報告によると、香港の公園や動物園では、水鳥、フラミンゴ、サギ類を含む、非家禽がH5N1型ウイルスで死亡したようだ。2003/2004年の強毒H5N1型ウイルスが野鳥に影響を及ぼしている証拠も、野鳥が高病原性トリインフルエンザ(HPAI)を広めている証拠もない。

 

野鳥の感染巣(レゼルボア)

トリインフルエンザウイルスは世界中の野生の水鳥、主にガン・カモ類とシギ・チドリ類の間で広く循環している。さまざまのウイルスの亜種が北米やユーラシア大陸の渡りルートを入り乱れて、行き来している。しかも、トリインフルエンザウイルスの亜種の数や抗原の特性は毎年変わる。トリインフルエンザウイルスの亜型は、赤血球凝集素(H)とノイラミニダーゼ(N)蛋白質(抗原)で識別される。これまでに確認されている15のトリインフルエンザ赤血球凝集素のすべてと9つのノイラミニダーゼウイルス蛋白質が、野生のカモから単離されたウイルスで見つかっている。HのほとんどとN抗原のすべてが、シギ・チドリ類から分離されたウイルスで確認されている。

水鳥はトリインフルエンザウイルスのさまざまな亜種の遺伝子を保持しているようだ。将来、こうした亜種の中から家禽や人間に影響を及ぼすウイルスが進化する可能性がある。野鳥の自然個体群の中では、こうしたウイルスは安定している。しかし、新しい宿主種に入り込んで、適応する時にウイルスの突然変異率は高くなる。その結果、ウイルスの病原性が強くなる可能性がある。家禽にインフルエンザの大流行を起したウイルス株や人間に感染したウイルス株の遺伝子をみるとその1分節は、野生の水鳥でこれまでに確認されているトリインフルエンザウイルスの株まで遡ることができる。

 

ウイルスの毒力

毒力とは、生物(ここではトリインフルエンザウイルス)が病気を引き起こす能力のことである。ウイルスは、様々なやり方で毒力を増すことができる.例えば,感染していない動物に感染する能力を高めたり、感染した動物から排泄されるウイルスの量を増やしたり、病状をひどくしたり、あるは、感染する宿主種の数を増やしたりする。遺伝的浮動と遺伝的変異という二タイプの遺伝子の変化のいずれもトリインフルエンザウイルスの毒力を高める可能性がある。

ウイルスの浮動(高密度の個体群が増殖率の高いウイルスに感染した場合)

インフルエンザウイルスが家禽に感染すると、ウイルスは個体から個体へ次々と感染するが、その過程で、ウイルスの遺伝子は突然変異を起こす絶好の機会に恵まれる。家禽が狭い場所に高密度で閉じ込められている場合には、ウイルスは短期間で広まることができるので、突然変異は高頻度で生じる。遺伝的浮動にもとづく遺伝子の小さな変化は、家禽にとって病原性が高いウイルスの株を進化させるかもしれない。高病原性トリインフルエンザ(HPAI)の中には、家禽に90%の死亡率をもたらすウイルスの株がある。感染した鳥は大量のウイルスをばら撒くポンプの役を果たし、感染の拡大を促すことになる。管理状況が悪い場合や、感染した個体を移動したりすると、こうした感染の地理的拡大が短期間で進む。

 

ウイルスの不連続変異(体内でウイルス遺伝子を混合する容器の役目を果たす種)

異なる2系統のインフルエンザの遺伝子が、同一の宿主に共存している間に混ざり合うと、感染できる宿主種の数が増え、病原性が強まる可能性がある。ウイルス遺伝子を「混合する容器」の役の古典的な例として、ブタを挙げることができる(図1)。ブタインフルエンザウイルスとトリインフルエンザウイルスが同時にブタに感染すると、ブタの体内で増殖するときに、互いの遺伝物質を交換することがある。これが遺伝的不連続変異の事例である。トリインフルエンザウイルスが哺乳類の感染と伝播に必要となる遺伝子を獲得すると、このトリインフルエンザウイルスは、哺乳類の間にもたやすく広まることができるかも知れない。人間にも感染する可能性がある(図2)。

家禽のウズラもトリインフルエンザウイルス遺伝子の混合容器役になる可能性がある。ウズラはさまざまなトリインフルエンザウイルスの亜種に感染する可能性があるからだ。野生のガン・カモ類や、ウズラに感染するインフルエンザウイルスが家禽のウズラに同時に感染すると、遺伝的変化を生じさせる機会が生まれる。その結果、家禽や人間を含む、新しい宿主で病原性が高まる(Webby & Webster、2001)。1997年と1999年に香港で人間に感染したトリインフルエンザウイルスは、ウズラが供給源と考えられている。

トリとヒトのインフルエンザウイルスの遺伝子の混合容器になることによって、ブタや家禽のウズラが果たしたのと同じ役割を、人間が果たす可能性があることが危惧されている。その結果、トリインフルエンザウイルスが人間に感染する病原性の高いウイルスに変わるだろう。そして、次のインフルエンザの大流行を招く可能性がある。

人間が、同時に多種類のインフルエンザウイルスの株に感染するまたとない機会を提供するのが、様々な生きた鳥をすし詰め状態で売っている市場、一般家庭の庭におけるブタと家禽の混合飼育、すし詰状態の鶏舎などである。こうした場所は、ウイルス遺伝子の変化が起きるにはうってつけの場で、ウイルスに種の壁を飛び越えさせる。

 

必要な対策

野生の水鳥に大きな打撃を与える可能性のあるH5N1型ウイルスに対処したり、水鳥が感染の拡大に重要な役割を果たしているのかを特定したりするためには、新しい情報が必要である。H5N1型ウイルスの亜型の出現を監視するために、とりわけ、落鳥が見られる間は、野鳥の野外調査を実施する必要がある。そして、この野外調査に続いて、野鳥におけるウイルスの病原性を評価したり、新しいウイルスの感染の拡大に野鳥が果たす可能性のある役割を特定したりするために、実験室で検査を行なうことも必要である。

西ナイルウイルスやSARSなどの感染力が強い人と動物共通感染症とともに、アジアで大流行したトリインフルエンザは、病気の保有や感染という観点から、人間と家畜と野生生物の係わり合いを理解することが益々重要になることだけでなく、野生生物,農業および保健関係行政機関が協力体制を築き上げることが必要なことも教えてくれる。

 

http://www.nwhc.usgs.gov/research/avian_influenza/avian_influenza.html

米国 NWHC (USGS)の好意により掲載. 30 Apr. 2004 

 


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