巻末資料3
世界保健機関(WHO)
トリインフルエンザについてFAQ (2004年1月29日)
(訳者:黒沢令子)
1.トリインフルエンザとは?
ふつうは鳥類のみに感染し、まれにブタにも感染する、伝染性の病気です。鳥類は一般に感染する可能性を持っていますが、家禽は特に感染しやすく、急速に大流行の域に達することがあります。
トリインフルエンザには2つのタイプがあります。一つは低病原性で、かかったニワトリは羽を膨らませたり、産卵数が減少します。大きな関心が寄せられているのは、第2のタイプで、「高病原性トリインフルエンザ」と呼ばれています。このタイプの病気は、1878年にイタリアで初めて見つかり、感染性と病原性がともに強く、死亡率は100%近くにも達します。発症した当日に死に至ることもあります。
2.ニワトリが感染した時の対策は?
最も重要な対応策はウィルスに感染したニワトリと暴露を受けたニワトリをすばやく処分(淘汰)すること、その死体を適正に処置すること、農場の検疫と徹底的な消毒です。
ウィルスは通常、56℃で3時間、または60℃で30分で死滅します。よく使われているホルマリンやヨード複合剤などの消毒液で消毒できます。
通常の温度ではウィルスは長期間生存が可能です。例えば、感染した鶏の糞が含まれる堆肥では3か月、水中では22℃で4日間、0℃で30日まで生存可能です。高病原性のタイプでは、感染個体の糞を含む堆肥1gで100万個体のニワトリに感染するだけのウィルスが含まれています。
国内、国外を問わず、生きた家禽の移動を制限することも大事な管理になります。
3.家禽での流行が養鶏業に与える影響は?
トリインフルエンザが流行し、特に高病原性のタイプが流行ると、養鶏業界と農家は大きな打撃を受けます。例えば、1983−1984年に米国の主にペンシルベニア州内で起きたトリインフルエンザの時は、1700万羽のニワトリが処分され、6500万USドルの損失になりました。特に発展途上国では、飼育家禽が家庭の大切な食物源だったり、その収入源となっている寒村をかかえていることがあり、経済的損失は大きくなります。
国内で疾病が広がると、対応はきわめて困難になります。例えば、1992年にメキシコで起きた流行では1995年になるまで完全に抑えることができませんでした。
以上の理由で、政府当局はトリインフルエンザの発生が確認されるやいなや、すみやかに強力な抑制策をとります。
4.トリインフルエンザは一国内でどのように広がるか?
一国内では、トリインフルエンザは簡単に農場から農場へと広がります。鶏糞に排出されたウィルスが土壌や塵を汚染します。こうして空気中に粉塵として浮かんだウィルスは、鶏が呼吸で吸い込むことにより個体から次の個体へと感染します。またウィルスがついた器具、車、餌、ケージ、衣類(ことに靴)などが農場から次の農場へと人によって運ばれることもあります。さらに、「機械的な運び屋」としてのげっ歯類(ネズミ類)などの体や足にウィルスが付着して広げられることもあります。限られた証拠ですが、ハエも運び屋の一つのルートになりうることが示唆されています。
ウィルスに感染した野鳥の糞によって、ニワトリや趣味的に飼育されている家禽類の両方にウィルスを持ち込む可能性もあります。特に、家禽を放し飼いにしている場合や、野鳥と水場を共有する場合、感染した野鳥が糞をした可能性のある水場から家禽用の水をとる場合などに、野鳥から家禽へ伝播される危険性が高まります。
また、いわゆる「生家禽」市場など、生きた鳥類が非常に混雑した非衛生的な状態で売られているような状況も感染を拡大する原因になります。
5.トリインフルエンザはどのようにして、国から国に広がるか?
国を越えての感染は、生きた家禽の交易によって広まる可能性があります。ガンカモ類、シギチドリ類、海鳥類などの渡り鳥もウィルスを長距離に渡って運ぶことがあります。また、高病原性のトリインフルエンザの国際的な拡大に、以前は、野鳥が関与すると考えられていました。渡り鳥、特にカモ類は自然界における元々のトリインフルエンザウィルスの保有者で、こうした鳥自身は感染に対して強い抵抗性があります。長距離に渡ってウィルスを運んだり、糞にウィルスを排出したりしても、その個体自身は短期間、具合が悪くなる程度です。
しかし、アヒルは、禽舎や一般家庭で飼育されているシチメンチョウ、ガチョウなどの家禽と同様に、ウィルスに対する感受性があり、致死的な病状を呈します。
6.トリインフルエンザの現状は?
2003年12月中旬以来、アジアの各国で高病原性トリインフルエンザの発生がニワトリとアヒルにおいて認められました。さらに、何種かの野鳥やブタにおいても報告があります。
高病原性トリインフルエンザが急速に広まり、数か国で同時に流行している状況は過去には例がなく、農業に加えて人の健康への安全性も危惧されます。
特に危惧されるのは、人の健康におけるリスクという点でみると、ほとんどの流行地での原因がH5N1型という高病原性株であることです。H5N1は最近、種の壁を飛び越えて2回ほど人にも感染した例があり、ベトナムとタイでさらに広まっているようです。
7.今回の流行が大騒動になっている理由は?
今回の流行が特に健康面で憂慮すべき理由は以下のとおりです。第1には、アジアで今回見られているウィルスの多くが、すべてではないにしろ、高病原性であるH5N1型ウィルスであること。このウィルス株が種をこえ、人に、重篤で、高い致死率をしめす疾患を引き起こすという特殊な能力をもっていることに対する証拠が積まれてきています。
第2の理由であり、また、より大きな懸念となっていることは、現状ではまだ人への大流行をひきおこす危険性がぬぐえないことです。人が同時に鳥類と人のインフルエンザの両方に感染した場合、遺伝子の交換が起こる可能性が指摘されています。人の体内でこのような遺伝子交換は、おそらくほとんどの人が自然免疫をもっていないような、全く新しいウィルス亜型を生み出します。さらに、現在、季節毎に巡ってくるインフルエンザの流行に対応したワクチンが毎年生産され、人々を守っていますが、全く新しい株のウィルスに対しては効果が期待できません。
新種のウィルスに十分な数のヒトインフルエンザウィルスの遺伝子が組み込まれると、最初に起きた鳥から人へではなく、人から人への直接感染が起こります。こうなると、新しいインフルエンザの大流行につながる条件が整います。一番、憂慮すべきことは、人から人へと数世代に渡って感染していったウィルスが、引き続き高い死亡率をもたらすことです。
1918−1919年にかけて起きたインフルエンザの流行では、新種のウィルス亜型が4〜6か月間で世界中に広まりました。2年間に渡り、何波かの流行があり、およそ4000〜5000万人が死亡するに至りました。
8.人から人へ感染しているという証拠はあるか?
いいえ、ありません。ベトナムとタイでは、人から人への感染の初期兆候を見張るために、調査計画と実行を効率的に行なうべく、WHOのチームが現地政府を援助しています。これと平行して、WHO世界インフルエンザ調査ネットワークが今回の流行について人と鳥類のウィルスの両者について得られた情報をもとに緊急調査を行なっています。調査結果が明らかになれば、今回蔓延しているH5N1型ウィルスの起源と特徴についてもっと詳細がつかめるようになるでしょう。
さらに、人同士で感染するように適応した新型のウィルスができたら急速に広まるので、新型が出現したことは保健関係者の目にとまらないはずはありません。今日まで、こうした証拠はまったく見られません。
9. H5N1型ウィルスはよく人間に感染するのか?
いいえ。ごくまれにだけです。過去には1997年に香港で起こったのが最初で、18人が入院し、そのうち6人が死亡しました。この時の感染は、すべて感染鶏と接触したことが原因で、農場での接触が1例、その他は生きた家禽の市場(17例)でした。
この事例はちょうど家禽の間で高病原性のH5N1型が大流行していた時期でした。また、感染鶏を処分する際に、保健関係者、家族、家禽業者の処理担当者などの人たちにH5N1型ウィルスが広まったことは、ほとんどありません。一部、例外的に、こうした人々の中にH5抗体が確認された人がいたことから、ウィルスへの暴露があってもいずれも病気を引き起こしませんでした。抗体をもっていたのは、調査対象となった家禽業者の10%、殺処分業者の3%でした。
2003年2月に、中国南部に旅行した香港の家族(父親と息子)が帰宅後、H5N1型ウィルスに感染していることが確認され、人への感染の2例目となりました。父親は死亡しましたが、男の子は快復しました。この家族にもう一人女の子がいましたが、中国にいるうちに、呼吸不全症を呈して亡くなっています。この女の子の死因を特定する術はありませんでした。
10.現在、みられるトリインフルエンザは、すべて人に危険なものか?
いいえ。 H5N1型ウィルス株が現在、最も憂慮すべき対象と考えられます。
人の健康を考えるにあたっては、現在鳥類に流行しているインフルエンザはどの株なのかを理解することがきわめて重要です。例えば、最近、台湾で発生したのはH5N2型ウィルスであり、鳥類にとっての病原性は低く、人にも病気を起こしたことはかつてありません。パキスタンで最近報告されたものはH7型とH9型であり、H5N1型とは違います。
もっとも、発生したウィルス株が低病原性のものであっても、見逃してよいということはありません。いずれの場合もすみやかに処置をすることが大事です。病原性の低い株でも、家禽の中であちこちに感染していくうちに、6〜9か月もすると変異して病原性が高まる可能性があることが研究によってわかっています。
11.人におけるインフルエンザの世界的な大流行は避けられるか?
確たることは誰にも言えないのが現状です。インフルエンザウィルスはきわめて不安定なので、その行動は予測がつきません。しかし、WHOとしては、適正な処置をが迅速に取られていれば、世界的な大流行になることを回避できると考えています。この点は現在、WHOが一番力を入れている事業です。
まず、第一の防衛線は、このウィルスの保菌源となっている感染鶏と人が接触する機会を極力減らすことです。そのためには、家禽がインフルエンザにかかったのがわかったら、ただちに、必要な処置と管理を行なうことです。すなわち、ウィルスに感染したり、暴露した個体を殺処分にすること、その死体を適正に処置することです。
現在の知識では、家禽の間に高病原性のH5N1型ウィルスが広まっている時には、人への感染が起きやすくなると考えられます。感染した人数が増えるに従って、新しいウィルスの亜型が出現する危険性が増し、人における大流行につながる可能性が高まります。現在、アジアではこのような家禽と人のつながりの可能性が示されています。今までに、見られた人の死亡例はベトナムとタイの2か国だけで、いずれも家禽のインフルエンザが蔓延している地域です。
WHOはこの現状に鑑み、畜産および農業関係者にすばやい対応をとるよう希望しています。例えば、1997年に香港で起きたインフルエンザの流行時には、たったの3日間で150万羽の鶏の処分を行ないました。また、2003年オランダで起きた流行時には、同国のおよそ1億羽の家禽のうち、3000万羽近くのニワトリの処分が1週間以内で完了しています。これらの政府がとった緊急対策が効を奏して、人への感染が防げたと考えられています。
12.人への感染が少ないのは安心できることか?
はい。WHOの調査結果では、H5N1型ウィルスの流行は2003年4月以来続いているといういくつかの証拠を持っています。現状では、ニワトリから人へ感染した事例が一握りであることを考えると、このウィルスが簡単に種を超えて感染するものではないと思われます。ただし、H5N1型ウィルスは、他種の動物のもつインフルエンザウィルスと接すると、遺伝子交換を起こしてすばやく変異する性質をもっていることがわかっているので、状況が変わらないとは限りません。
このように、新型のインフルエンザウィルスが登場する機会を与えるという意味では、人への感染は1例であっても放っては置けないことです。感染した家禽をすみやかに処分することに加えて、処分に携わる人員には衛生、防疫対策を実施することで、人への感染を防止する二重のガードを設けることができます。こうした感染鶏の処置については、WHOによる安全対策ガイドラインをご覧下さい。
13.適正な対処はなされているのか?
適正に行なわれた場所もあります。例えば、日本と韓国では、家禽におきた発生を迅速かつ安全に食い止めました。殺処分に関わった人員の健康検査も行なわれており、人への感染は起きていません。他の国ではもっと多くの問題を抱えています。
現在、家禽における重篤なインフルエンザが流行している地域では、WHOが奨励する方法で感染した家禽の衛生的な処分を行なうための資源を政府が持ち合わせていないことが多いという現状にWHOは多大な関心を持っています。これらのうちの数か国の特に離村などでは、裏庭で家禽を飼う習慣があり、こうした未登録の家禽がウィルス保菌者となっていると、すばやく効果的な対応を取ることが困難になります。
WHO、FAO、OIEの三者は合同声明を出して、世界中の市民の健康管理のためにも、こうした地域のために必要な資源や支援をできるだけ早く行なうように、国際社会に向けて要請を行いました。
14.H5N1型以外に、人に感染したトリインフルエンザはあったのか?
はい。過去に2例がありましたが、いずれもH5N1によるものほどは深刻ではありませんでした。
香港で1999年と2003年12月中旬に人への感染が起きたのは、H9N2型ウィルスでした。前者は子供が2例、後者も子供が1例で、軽い疾病をひきおこしました。また、この型のウィルスは鳥類での病原性が高いものではありません。
オランダでは2003年2月に、もう少し病原性の強いH7N7型ウィルスが鳥類で発生し、獣医師と家禽業者およびその家族が感染しました。獣医師1名は急性呼吸不全症を引き起こして、2か月後に死亡しました。またその他の人たちは83例で軽症でした。
15.人間においてH5N1型ウィルスに利くワクチンはあるか?
いいえ。現在、H5N1型ウィルスに対応できるワクチンはありません。WHO世界インフルエンザ監視ネットワークでは、著名なワクチン開発業者と協同で、H5N1型ウィルスのワクチンを開発すべくその原型開発に努めています。
現在、手に入るH5N1型ウィルス原型は2003年に香港で2人に感染した株です。しかし、2004年に確認されているウィルス型をWHOインフルエンザ監視ネットワークの研究所で2003年型と比較した結果、すでにかなり変異が進んでおり、この原型ではワクチンの開発には利用できないことが分かりました。
16.トリインフルエンザを防いだり、治療に利く薬はあるか?
はい。2種類の薬剤があります。M2阻害剤であるアマンタジン(amantadine)およびリマンタジン(rimantadine)と、ノイラミニダーゼ(neuraminidase)、阻害剤であるオセルタミニヴィル(oseltamivir)、およびザニミヴィル(zanimivir)です。人のインフルエンザ用の予防薬と治療薬として認可されている国がいくつかあります。いずれの株についても、効果はあると考えられています。
しかし、つい最近ベトナムで人の死亡例に伴って分離されたウィルスの初期的な分析では、すべての事例でM2阻害剤に対する抵抗性があることが確認されました。現在、アマンタジンに対する抵抗性があるかどうかを追認中です。監視ネットワークの研究所では、現在のH5N1型ウィルスに対してノイラミニダーゼ阻害剤が効果があるかどうか研究中です。
17.現在、使われているワクチンはインフルエンザの大流行を避けるのに役立つか?
はい。できますが、きわめて的確に使用する注意が必要です。家禽の処分業者などのように、感染した家禽に直接接する人に現在手に入るワクチンを接種しておけば、業者が人の流行株に感染することを防ぎ、鳥ウィルスにさらされるリスクの大きい人が鶏のウィルスと人ウィルスの両方に同時に感染する危険性を減らすことができます。このような二重感染では、人体内で、両種類のウィルスが遺伝子を交換し合う機会ができ、人に感染し易い新型のウィルスを生産してしまう可能性があるのです。
通常生産されているワクチンは、季節毎に巡ってくる日常的なインフルエンザウィルスに対するものであり、これらはH5N1型ウィルスに対しては効果は期待できません。
こうした理由から、WHOでは、家禽において高病原性のH5N1型ウィルスが蔓延している地域で、感染した家禽に接触する可能性のある人々にワクチンを投与するにあたってのガイドラインを公表しています。
→ http://www.who.int/csr/disease/avian_influenza/avian_faqs/en/
WHOの許可により掲載.15 Apr. 2004