鳥学通信 no. 36 (2012.8.6発行)
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-連載- ニューカレドニア通信 (2):調査開始!佐藤望
立教大学大学院理学研究科、日本学術振興会特別研究員DC2、Polish Academy of Science
前号ではニューカレドニア調査までの経緯を寄稿いたしました.今回は調査開始について寄稿いたします.また、本調査に協力してくれた九州大学の中原くんにも滞在記を書いてもらいましたので、併せて寄稿いたします. 調査開始! 初めての国に一人で乗り込むのは何度経験しても緊張します.特に今回は長期間(3ヶ月)の調査です.もし計画していた調査ができるような環境でなかったらと思うと,緊張せずにはいられませんでした.事前に調査地は知らされていたものの,インターネットで検索してもほとんどヒットせず,ガイドブックにも紹介されていない場所でしたのでほとんど予備知識はありませんでした.後でわかったのですが,調査地である巨大シダ公園(Responsable du Parc Provincial des Grandes Fougères)はまだ開園して数年しか経過しておらず,そのため日本人観光客もほとんど訪れない,ある意味穴場の公園でした. 調査地の公園はトントゥータ国際空港から車で1時間以内でアクセスできる場所です.まずは公園のオフィスへと行って公園の職員の方と挨拶を行いました.公園には10人前後の職員がおり,一度に全員の名前と顔を覚えられるはずもないのですが,その日はさらに北部州(ニューカレドニア本島は南部州と北部州とに分けられており,公園は南部州にあります)から来た研究者など総勢30人ほどの人が集まっていて,何が起きているのかわかりませんでした.しかもここニューカレドニア(以後NC)はフランス語なんですよ.当然,皆さんはフランス語で話されているので,状況の把握は不可能でした. NC内では指導教官のヨーンや公園の職員など,ごく一部の人としか接する事がないだろうと考えており,英語でなんとかなると思っていたのですが,甘過ぎました.その日から指差しフランス語の本を熟読し始めた事は言うまでもありません. 気を取り直して,午後からはいよいよ調査地です.緊張と興奮が押さえきれません.調査地は公園のオフィスからさらに車で15分程度のところにありました.到着すると,まず驚いたのは植物でした.なんといっても木生シダ.20mはあるでしょうか.南洋杉も不思議な形をしております.とにかく植物がジェラシックパークの世界そのものです(写真1).
はじめに調査地(公園内)を一周してみました.入り口付近に入ると,聞き覚えのある鳥の鳴き声が!そう,カレドニアセンニョムシクイGerygone flavolateralis(私の研究対象)です.双眼鏡で姿を確認.やはりそうでした.その後も公園内では何度もカレドニアセンニョムシクイの声がきこえました.もうこの頃にはすでに緊張は希望へと変わっていました.なお,カレドニアセンニョムシクイは現地名でWapipi(ワピピ)と言いますので,これからはワピピと呼びます. 公園内は道が整備されており,何通りものハイキングコースがありました.この日私が回ったのは2時間程度のコースですが,最も長いコースだと4時間以上かかると思います.コースの外はハンティング地区,保全地区などがあり,一般の観光客は入る事ができませんが,私はそこにも入る許可を頂きました.一人ではとても調査しきれない広さです.調査可能区域が広いにこした事はないので,その事も私の不安を解消させてくれました.一日回っただけですが,ここが期待以上の調査地である事を確信しました.あれだけ多くのワピピがいるのだから巣探しもそんなに難しくないだろう.初日はそんな気分でした. 調査を満足に終え,家に帰る事に.今日からは公園の職員の別宅に宿泊します.その職員はアンリという50代後半の方でフランス語しか話せないようです.せっかく解放された緊張が再びやってきました.アンリの別宅は公園のオフィスから車で10分程度の距離にあります.明日以降,アンリが毎日調査地や公園のオフィスまで車で送り迎えしてくれる事になっていますが,どうやって会話をすればよいのか.いや,それよりも今日から数ヶ月滞在する別宅はどういう家なのか.不安がよぎります.ヨーンと共に別宅に向かうと倉庫のような建物が見えてきました(写真2).そして周りには小さな馬もいます.さらに不安がよぎります.アンリも後からやってきて倉庫のような建物の中へと案内されました.中に入ると良い意味で裏切られました.中はとてもきれいに掃除されていて,3,4人は滞在できる程の大きさだったのです.大きなテレビもあり,テラスにはビリヤード台までありました.なんという嬉しい誤算!
その後,明日以降の一日の流れをヨーンとアンリと確認しました.頼りのヨーンは明日以降,ヌメア(NCの首都)のオフィスへと帰ってしまうので,今日までになるべく聞ける事は聞いておきました. ヨーンとアンリが帰り,一人になってもしばらく興奮が冷めませんでした. 調査地で見たジュラシックパークのような森.ワピピ.きれいな夜空.そのすべてが新鮮でした.前号で書いた通り,ずいぶんと紆余曲折しましたが,ようやくここまでたどり着いたという満足感と充実感も手伝ってその日はなかなか寝付けませんでした.これから本格的に調査に入ります.続く. 次号では調査開始の苦労話を中心に紹介致します.
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受付日2012.7.31【topに戻る】
南国の生き物たちとの出会い中原 亨
九州大学大学院システム生命科学府生態科学研究室
「ニューカレドニアへ行ける人はいませんか?」
初の海外、フランス語圏、一人旅。トロピカルな鳥たちに思いを馳せて興奮しつつも、初めての海外経験に対する不安は計り知れないものでした。私はこれまでにフランス語を勉強したことはなく、急いで辞書を入手する始末。インターネットや旅行情報誌によれば、空港や首都ヌメアでは英語が通じるということでしたが、はたして自分の片言の英語だけで現地の人と意思疎通ができるのだろうか…そんなことを考えながら、太平洋を南下していきました。トントゥータ空港に到着したのはその日の夜。この日はヌメアに一泊し、翌日に佐藤さん・公園職員の方と合流して調査地ファリノ(Farino)へ向かいました。 調査地のある町ファリノは自然豊かな場所でした。森林の中に渓流があり、ウナギやテナガエビが生息し、ヒジリショウビンが枝の上で佇んでいました。宿泊していたアンリの別宅では早朝からカレドニアハゲミツスイやカグーの珍妙な鳴き声が聞こえ、外を見るとゴシキセイガイインコが餌をついばんでいました。調査地の公園は不思議な場所で、入り口はザ・熱帯雨林という感じなのですが、公園内にある山の山頂付近(標高約530m)になると、高山帯を思わせるような低木や小さな花を咲かせる植物が生育していました。標高がそんなに高いわけでもないのにどうして低木が多いのかと不思議に思いました。後で調べた結果、ニューカレドニアには’maquis minier’と呼ばれる金属を多く含む土壌でみられる低木の多い植生が存在することがわかりました。低木が多かったのは、調査地の山頂もこの植生と同じだったからなのかもしれません。 鳥類・植物だけでも非常に刺激的だったのですが、なかでも私を最も興奮させてくれたのは、昆虫類でした。幼少のころから昆虫好きの私は、すぐそばを飛び回るオオカバマダラやリュウキュウムラサキの赤斑型に向かっていつの間にか一眼レフを構えていました。調査地の林では、ニセクワガタカミキリ属の一種や、樹上性のハンミョウなどを見ることができました。日本と全く違う昆虫層であるために種まで同定できる昆虫はほとんどいません。日本の昆虫と似て非なるもの・似ても似つかぬもののオンパレードは、私の好奇心を掻き立ててやみませんでした。 特に印象に残ったのは、ナナフシの一種とカブトムシの一種でした。ナナフシは、ワピピの巣を探している最中に偶然見つけました。木生シダの葉先に何となく違和感を覚えたのでじっくり見てみると、全身トゲトゲで体長に対して妙に脚の長い緑色のナナフシがついていたのです。私に見つかってしまったとはいえ、見事な擬態でした。調査期間中、私は緑色の成虫・幼虫と茶色の成虫を発見しました。後日調べてみると、このナナフシはニューカレドニアの固有種でした。また、印象に残ったもうひとつの昆虫カブトムシはアンリの別宅で見つけました。発見時は、灯火に飛来した際にひっくり返って起き上がれない状態でした。サイズは4cm程度とそれほど大きくありませんでしたが、頭部に非常に小さな角があるオスの個体でした。しかしその小さな角はどう見ても闘争に使える大きさではありません。ニューカレドニアのカブトムシは、闘いのない平和な生活をしているのでしょうか。気になって仕方がありませんでした。 独特の固有種や南国特有の種に魅せられる一方で、外来種の多さも肌で感じました。アンリの別宅には、カブトムシのほかにもガや甲虫を中心に様々な昆虫が飛来していたのですが、その中には、ガゼラエンマコガネという糞虫も含まれていました。糞虫は哺乳類の糞を食べて生活する昆虫であるため、元々コウモリしか哺乳類がいないニューカレドニアに生息する可能性は極めて低いと考えられます。私は、この糞虫の種名がわかるまでは、コウモリの糞に特異的に適応した固有種なのではと考え、興奮しました。しかし調べてみると外来種であることがわかってしまったのです。オーストラリアには家畜の糞を処理するためにガゼラエンマコガネが導入された記録があり、ニューカレドニアにも同様の経緯で持ち込まれたのかもしれません。ガゼラエンマコガネ以外にも外来のハチ・植物・カエルなどを数多く目撃しましたが、固有種の多い独自の生態系を持つ場所で外来種を見るのは、なんとも複雑な心境でした。 様々な昆虫類、鳥類を観察しているときは非常に楽しい時間を過ごせましたが、野外調査は楽しいことばかりとは限りませんでした。雨期目前の12月中旬は気温が非常に高く、容赦なく体力が奪われていきます。スコールでびしょ濡れになることもありました。このような過酷な環境下で3か月調査を続けている佐藤さんの精神力と体力はすごいと素直に思いました。また、本業であるワピピの巣探しは困難を極めました。運よく私が巣を見つけた際には、巣の確認のために足場にした切り株から大量のアリが出てきて私を襲いました。早急に対処したので少し噛まれる程度で済みましたが、野外調査が危険と隣り合わせということを再認識した出来事でした。ちなみにこのとき発見した巣は古巣であり、気を落とすことしかできませんでした。 しかし、この2週間の海外調査は非常に貴重な経験を私にもたらしてくれました。今までに見たこともなかった鳥類・昆虫類・植物との出会いは、一生忘れることのできないものとなりました。私は、まだニューカレドニアの魅力の一部を感じ取ったにすぎません。再び訪れて、新鮮な感動を味わいたいと思っている次第です。
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受付日2012.7.31【topに戻る】
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編集後記:今号は2本の記事をお届けしました。鳥学通信では随時記事を受け付けております。お気軽に記事をお寄せください。皆さんのご協力を期待しています(編集長)。
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鳥学通信 No.36 (2012年8月6日) 編集・電子出版:日本鳥学会広報委員会 和田 岳(編集長)、高須夫悟(副編集長)
天野達也、東條一史、時田賢一、百瀬浩
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