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野外調査のTips




飛び立つ!


タイの熱帯林から日本の里山へ

北村俊平 (兵庫県立人と自然の博物館・研究員)

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兵庫県内に棲息する哺乳類のはく製標本の展示.
 4 月から兵庫県三田市にある兵庫県立人と自然の博物館の自然・環境マネジメント研究部の陸生脊椎動物(鳥類・哺乳類)を担当する研究員として異動しました。異動直後の 4 月前半は新任職員研修に参加し、年齢が一回り離れた大卒新人たちと一緒に講義や実習を含むさまざまな研修プログラムをこなし、兵庫県の現状について学んできました。4 月後半になり、ようやく職場である博物館での業務を 1 つずつ学んでいるところです。大学研究室でのポスドク生活とはずいぶん異なる環境で、日々、カルチャーショックを受けています。とりあえずネクタイを締め、スーツを着て、職場に出かける生活には、しばらく慣れそうにありません。

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コウノトリの大きさを体感する展示.
 職場である兵庫県立人と自然の博物館(通称、ひとはく)は、「人と自然の調和のあり方を学ぶ場」として、平成 4 年に兵庫県三田市に開館した施設です。「ひとはく」は、研究系博物館として、資料や情報を集積し、それらに基づいた研究を行うとともに、行政支援や地域づくり活動の支援など、数多くのシンクタンク活動を進めています。また兵庫県立大学の教員が博物館の研究員を兼務するユニークなシステムを採用しており、豊富な資料標本と優れた研究者が核となり、生涯学習に機能的に対応できる「人と自然の共生博物館」を目指した活動を展開しています。わたしが「ひとはく」を初めて訪れたのは、平成 7 年に開催された第 14 回日本動物行動学会大会の時です。当時はもちろん、3 か月前ですら、現在の職に就くことは想像できませんでした。何があるかわからないものです。

 さて、わたしがこれまで取り組んできた研究テーマは、タイの熱帯林における果実と散布者の相互作用、特に大型の果実食鳥類であるサイチョウ類による種子散布の研究です。日本・タイの共同研究者らとともにタイの東北部に位置するカオヤイ国立公園の熱帯林を訪れたのは、京都大学生態学研究センターの大学院課程に進学して間もない 1998 年 6 月のことでした。2003 年に学位を取得後は、タイの共同研究者であるピライ・プーンスワット博士が所属するタイ国マヒドン大学、2006 年からは、立教大学の動物生態学研究室(鳥学通信 22 号を参照)に異動し、研究を続けてきました。調査地であるタイの熱帯林で過ごした日数は、実に66か月に及びます。さすがに現在の職場では、これまでの研究スタイルを維持するのは、ちょっと無理そうです。まずは職場での仕事に慣れながら、ポスドク以降のデータの公表をスムーズに進めていくことが課題です。また、「ひとはく」には、多くの鳥類標本(約 17,000 点)が収蔵されています。国内では、山階鳥類研究所につぐ標本点数で、これらの標本を活用した研究に取り組みたいと考えています。フィリピン産のサイチョウ類の標本と出会うとは思いもよりませんでした。また、兵庫県の里山をターゲットとした動物による種子散布に関連した研究を進めたいと考えています。

参考:兵庫県立人と自然の博物館のホームページ



受付日 2009.04.25


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研究室紹介


独立行政法人 森林総合研究所 鳥獣生態研究室

東條一史

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写真1:森林総合研究所 つくば本所.
組織の概要
 森林総合研究所はその名のとおり、森林の仕組み、森林管理、木材の有効利用、林木の優良品種の開発など、森林に関する諸々の研究を行っています。その歴史は古く、農務省山林局の目黒試験苗園が 1905 年(明治 38 年)に同局の林業試験場と改称された日を創立日としており、2005 年には創立 100 年を迎えました。研究学園都市構想により、1978 年に目黒から茨城県のつくば学園都市へ移転し、1988 年秋には林業試験場から森林総合研究所へ名称を改変しました。行政改革の一環で、2001 年には国立研究所から独立行政法人になっています。

 森林総合研究所にはおよそ 500 名の研究者が働いています。管理職を含めた常勤の鳥獣研究者は現在全国に 26 名ほどおり、つくばの本所の他に、北海道(札幌)、東北(盛岡)、関西(京都)、四国(高知)、九州(熊本)の支所と、多摩森林科学園(八王子)に在籍しています。そのうち鳥の研究を主に行っている研究者は 10 名ほどです。

 つくば本所の鳥獣研究者は野生動物研究領域に所属しており、鳥獣生態研究室はこの領域の唯一の研究室ということになります。以前は鳥獣生態研究室と鳥獣管理研究室という 2 研究室が置かれていたのですが、組織改変にともなう研究室の大部屋化の方針によって生態研究室にまとめられました。現在 7 名いる野生動物研究領域の研究者のうち、私を含めて3名が鳥の研究者です。つくばではこの他、ポスドクの非常勤研究員が 2 名、学生 1 名が鳥獣の研究を行っています。

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写真 2:筑波山の山頂付近の様子.
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写真 3:ソウシチョウの巣と雛.
研究内容
 農林省による鳥獣関係の研究は、古くは明治時代から有益鳥の繁殖保護、有害鳥の駆除に関する調査などが行われ、前身の林業試験場はこれらの仕事に携わってきました。大戦後の拡大造林時代からは野鼠や野兎による林業被害の研究が行われ、1970 年代以降は環境問題への関心の高まりと共に、希少動物の保全の研究等も行われるようになりました。鳥獣研究の近年の傾向としては、哺乳類はシカ、カモシカ、クマなどの大型獣類による農林業被害関係、鳥類については持続的森林管理の基準である生物多様性の保全に関する課題が多くなってきています。また、獣と鳥に共通する課題としては希少種の保全や外来生物問題があり、それらの問題が顕著に現れている小笠原や南西諸島などの島嶼では、何人かの鳥獣研究者が熱心に研究を行っています。

 現在本支所を合わせた森林総研の鳥獣研究者が関わっている主な研究課題群(課題のまとまり)は、

  • 獣害発生機構の解明及び被害回避技術の開発(ニホンジカ、ツキノワグマ、カワウ等の農林水産業被害の防除対策課題が含まれます)
  • 固有種・希少種の保全技術の開発(ツキノワグマ、アマミノクロウサギ、オオタカなどの保全に関する課題が含まれます)
  • 固有の生態系に対する外来生物又は人間の活動に起因する影響の緩和技術の開発(島嶼の生態系保全に関わる課題が含まれます)

などがあります。

 私個人が近年行ってきた研究は、外来鳥類の生態と生態系への影響の研究や森林管理と鳥類の種多様性の関係などが主です。このうち外来鳥類については、主に筑波山でソウシチョウの個体群動態と繁殖生態の研究を行っています。まとまった森林があまりないつくば周辺にあって、筑波山は研究所から車で1時間以内で到達できる数少ない調査地です。古くから観光地として開発されている筑波山ですが、山頂付近には茨城県南限のブナ林が残されており、周辺の平地から見ると大変ユニークな自然環境を保持しています。ソウシチョウはここのブナ林で最優占種になってしまっていて、貴重な生態系に困ったユニークさをもたらしているわけですが、研究対象として見た場合、その数の多さや、扱いやすさ、個体群としてのまとまりなどは魅力的でもあります。

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写真4:鳥獣標本室に並ぶ仮剥製の保管棚.
設備等
 つくば本所には居室となる研究室のほか、鳥獣研究の施設として、遺伝解析室、生理実験室、鳥獣標本室、実験用室内ガラス室等を含む共用作業別棟、飼育網室、実験用野外ケージなどがあります。

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写真5:共用展示ルームでの本剥製の展示.
 鳥獣標本室には、1920-30 年代の研究室スタッフが日本各地の灯台守に衝突斃死鳥を送ってもらったり、千島列島の駐在員に採集を頼んだりして集めた 5000 点近い鳥類仮剥製が保存され、研究に役立てられてきました。2000 年に生物多様性研究棟内に新設された標本室では従来の倍のスペースを確保できたため、翌年には研究室 OB の三島冬嗣氏から約 5000 点の鳥類仮剥製の寄贈を受け入れることができました。これら合計約 10000 点の仮剥製の情報は森林総研の研究報告に 2 つのリストとして掲載されており、ホームページからダウンロードすることができます。
http://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/kanko/389-7.pdf
http://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/kanko/385-5.pdf
 研究のためにこれらの剥製の測定などを行いたいときは、研究室に連絡して下さい。ただし標本から羽毛や組織を採集することはお断りしております。

 鳥獣標本室にはこれら仮剥製のほかに、鳥獣の本剥製、毛皮、骨格標本、巣や卵の標本等が保存されています。トキ、コウノトリ、キタタキ等の希少種の本剥製は研究所の一般公開などの際の展示に使われたり、博物館の企画展等の展示に貸し出したりして利用されています。



受付日 2009.04.24


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海外留学記


アマノノニッキ in ケンブリッジ (2)

天野達也 (農業環境技術研究所)

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満開のアブラナ畑.
 ケンブリッジでは四月初めのイースター休暇が終わり、大学はまた活気を取り戻し始めました。街はまさに今、新緑の季節です。午後 8 時まで人々は緑地で、水辺で、陽の光を楽しんでいます。こちらでの滞在も予定の半分を過ぎ、生活にもだいぶ慣れてきました。

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ハタホオジロ.
 私が留学先としてイギリスを選んだのは、農地に生息する鳥類の研究と保全が最も盛んな国であったためです。ヒバリやキアオジ、ハタホオジロといった農地性鳥類の減少が 1990 年代半ばに報告されてから、各種の個体数変化傾向の把握、減少を引き起こした農業活動の特定、個体数回復のための具体的な対策提示など、一連の優れた研究が行われています。イギリス環境・食糧・農村地域省では、生物多様性の動態をモニタリングするための指標の一つとして農地性鳥類の個体数指数を採用しており、また農地での生物多様性保全を目指す農業環境保全施策も広く導入されています。次々と出版される論文を日本で読んでいるだけでは、どうしてこんなに研究が進んでいるのか、どんな人たちが研究を行っているのか、全てが遠い向こうの世界の出来事で分からないことだらけでした。

幸い、受け入れ教官であるビルは国内外を問わず非常に幅広いコネクションをもっていたため、この 8 か月間は多くの研究者との出会いの連続でした。その中で強く感じているのは、研究者層の厚さとネットワークの影響力です。

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イギリス鳥学会年次大会.
 イギリスの鳥類研究、特に応用研究に対する英国鳥類学協会(BTO)と英国王立鳥類保護協会(RSPB)の貢献は多大なものと言えます。つい先日参加したイギリス鳥学会の年次大会は農地性鳥類の研究が主題となった特別大会でしたが、BTO と RSPB からの研究者が次から次へと発表を行い、研究者の多さと幅広さに圧倒させられました。私は 3 年前から、全国スケールでどのような鳥類種がどのように個体数を変化させているのか、モニタリングデータを用いて明らかにする取り組みを始めました。こちらでのテーマの一つとしても、全国モニタリングデータを用いたシギ・チドリ類の個体数変化傾向の把握に取り組んでいます。日本でこういった研究を行っている研究者は多くないと思うのですが、研究相談をしに BTO を訪れた際に、鳥類の個体数指数を作成する専門の研究員が陸性鳥類・水鳥それぞれに複数いることを知り、その規模の違いには何か納得させられた思いでした。BTO と RSPB は大学院生やポスドクなど若手研究者にとっても、共同研究の相手として、ポスドク期間の所属先として、そして就職先として、重要な役割を担っているようです。

 そういった層の厚い環境で研究を行うことは多くのチャンスに恵まれることにもなります。面白い研究、影響力の大きい研究を行うためには、アイデア・データ・スキルの全てが必要になると思いますが、こちらでも多くの研究者はそれを自分で全ては持ち合わせていないように感じます。豊富なデータを持っていてもテーマ設定に迷う学生は指導教官のアイデアに助けられ、一方で一見実現困難に思えるようなアイデアをもつ学生は、共同研究者から提供されるデータやスキルによってそれを現実のものとしていきます。

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SCCS に参加した国々.
 現在の細分化された研究分野では、自分が欲するデータやスキルをもつ研究者を近くに見つけることは難しいかもしれません。しかし、ここでの研究者ネットワークは日本で考えるよりも遥かに容易に国境を越えていきます。これまで参加してきた学会では、常にイギリスだけでなくヨーロッパ各国からの参加者が多く見られました。例えば 3 月にケンブリッジ大で行われた Student Conference on Conservation Science (SCCS) は保全生物学に携わる学生のための学会で、特に国際学会とは銘打っていませんが、ヨーロッパ・アフリカを中心に約 70 カ国からの参加者で盛り上がりました。野外調査地も国内だけに限りません。私が現在所属している研究室だけでも、ヨーロッパ各国、アフリカから南アジアに至るまで、メンバーが野外調査を行っている国は多岐に渡ります。日本で野外調査をしつつ、こちらで学位を取ることも可能かもしれません。

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研究室のメンバー.
 こういったネットワークの中に転がる多くの可能性から、将来の指導教官や共同研究者、調査地や研究テーマを見つけるというのは非常に効率的で、優れた研究の発展に大きく寄与している要因のひとつだと感じました。かく言う私の周辺でも様々な共同研究の可能性が飛び交ってきました。多くはビルのアイデアやネットワークに負うところが大きいのですが、必ずや今後自分にとって大きな糧になると思っています。

 ヨーロッパから来ている多くの学生と比較すれば、日本からイギリスへの留学は距離や言葉の面から壁が大きいかもしれません。ただこちらでの研究環境はキラキラとした可能性があちこちに転がっていて、距離や言葉を理由にこのネットワークに加わらないのはあまりにもったいないように思います。ケンブリッジで見かける東アジアからの留学生はほとんどが中国系で、日本人も今後増えていくといいなと思っています。



受付日 2009.4.27


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野外調査の Tips


鳥類研究者のための野外録音ガイド

百瀬 浩 ((独) 農研機構・中央農研・鳥獣害研究サブチーム)
momoseaffrc.go.jp

はじめに
 以前この鳥学通信で、パソコンを使って鳥の鳴き声などの音声を分析するための方法について解説したことがありました(
百瀬 2007)。今回はその続きというか、分析の前にそもそも必要となる鳥の声を、野外できれいに録音するための方法について解説したいと思います。「きれいに」というのは、鳥の声を研究する上でのことですので、雑音をなるべく小さく、鳥の声をなるべくはっきりと、いわゆる S/N 比の高い録音をするための方法ということです。これが、例えば人の耳に心地良く聞こえるような録音ということなら、環境音や鳥の鳴き声の間接成分を適度に入れたりする操作が必要になることもありますが、ここでは研究目的でなるべく使いやすい録音データの取り方に限定します。

録音に必要な機材
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写真 1. レコーダー(ローランド R-09)と小型マイク(Sony ECM-717、販売終了品).
 基本的に必要なものは 3 つ、すなわちレコーダー、マイクロフォン、録音した音を処理するためのパソコン(と処理用のソフト)です。レコーダーがマイクを内蔵していたり、パソコンや PDA、携帯音楽プレーヤーをレコーダー代わりに使ったりと色々なスタイルが考えられますが、取りあえず標準的に使いやすいと思われる機材を紹介しておきます。

 まず(テープ)レコーダーですが、音声をデジタル記録できて、後でファイルとしてパソコンに転送できるものが便利です。今はテープをあまり使わないので IC レコーダー、MP3 レコーダーなどと呼ばれています。私は鳥学通信の以前の記事(この稿の終わりに一覧が載せてあります)を参考にローランド社の R-09 を使っています。これ以外にも色々あると思いますが、以下の条件に合うものをお薦めします。

  • メモリーカード式
  • 音声を*.wav、*.aiffなどの無圧縮形式で保存できる
  • マイクを外部接続でき、録音レベルを手動で調節できるもの

カード式のものは、野外録音中にカードが一杯になっても、別のカードと交換して録音を続けられるので便利です。

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写真 2. コンデンサーマイク(Sony ECM-MS957).
 次にマイクですが、人が移動しながらマイクを手持ちで録音するか、マイクを木の枝やマイクスタンドなどに固定して録音するかで違います。移動録音の場合、鳥までの距離が遠ければ(例えば 20m とか)指向性の強いパラボラマイク(写真 2)、中位(10m 位?)ならガンマイク、近ければ(3m 以内位?)普通のマイクが向いています。普通のマイク、という呼び名は多分ないと思いますが、例えば写真 2 はステレオコンデンサーマイクの例です。写真 3 は私が使っている Telinga 社の Pro5 というパラボラ型マイクです。ガンマイクは現在持っていなくて写真が載せられないのですが、細長い筒状のマイクです。以前は Sennheiser 社の MKH-816 を使っていましたが、現在は販売終了しており、後継機種として MKH 418S などが出ているようです。これらの機種は値段も高く、はっきり言ってかなりプロ向けです。プロ用(業務用)の機材は値段だけでなく、電源の電圧とかコネクターの形状も全く違うので、民生用(?)と混ぜて使うことはできません。メーカーによっては、同じ機種を業務用と民生用の 2 種類の仕様で販売していることもありますので、購入前に良く確認して下さい。

 鳥が自分の行動圏の中でさえずったりする場所は大体決まっていて、ソングポストなどと呼ばれています。ソングポストが予めわかっていれば、そこにマイクやレコーダーを設置して無人で録音し、後で回収する方法で、非常にクリヤーな録音をすることが可能です。

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写真 3. パラボラマイク(Telinga Pro5).
 最後にパソコン(ソフト)ですが、音声をファイルとして保存した後も、全く録音できていない部分を削除したり、2つのファイルをつなげたり、といった編集作業が必要となります。パソコンは普通の Windows や Mac で良いとして、ソフトは無料、有料のものが色々あります。私が使っている中で、無料かつオープンソースのソフトで機能が高いものとして、Audacity をお薦めしておきます。これは、Mac、Windows、GNU/Linux と色々な OS 版があり、操作方法、ファイル形式とも共通なため便利です。

録音の方法
 最初の部分で少し述べましたが、音がどの位はっきりと記録できているかを表す指標(数値)として S/N 比(信号雑音比)があります。説明は省きますが、信号(音声)をなるべく大きく、雑音をなるべく小さくすると S/N 比が大きくなるわけです。というわけで S/N 比を上げる方法について考えてみましょう。

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写真 4. 音声編集用ソフト(Mac 版のAudacity 1.3.7 Beta).
雑音を減らす
 まず雑音ですが、通常の録音で問題になるのは風による雑音、風以外の環境音(背景雑音)、手持ち録音の場合のグリップノイズ(マイクと手がこすれる音)位でしょうか。風雑音には、風で樹の枝などがザワザワと立てる音のほか、マイク自体が風に吹かれてしまって「ボコボコ」という雑音を拾ってしまう場合があり、後者の「吹かれ雑音または風切り音」はクリヤーな録音にとってかなり致命的です。単にクリヤーな録音をすることが目的なら、風の吹いていない時をねらって録音するのが一番です。が、そうも行かない場合は、マイクにウィンドスクリーン、ウィンドシールドなどと呼ばれる風防を取り付けることで風切り音を軽減する方法があります。

 私が以前使っていたガンマイクの場合細長い円筒形のウィンドスクリーン(カゴ)にマイクを入れ、その周りをライコート社製のウィンドジャマーというモコモコした毛皮のようなもので包むことで、かなりの強風下でも録音が可能でした。サッカーのテレビ中継などでフィールド脇に置いてあって、選手が誤って蹴飛ばしたりしているのをご覧になったことがあるかも知れません。

 風防がなくて、それでも録音をする必要がある場合、自分の体を風よけにして風下側にマイクを持つ、というローテク技もあります。また、風は一日中同じように吹いているわけではなく、夜明け頃と日没頃の 2 回、空気の対流が弱まって風が弱くなる時間帯がありますので、この時間帯をねらうのがお薦めです。

背景音とグリップノイズ
 環境音(背景音)については、録音する側ではどうしようもない場合がほとんどですので、なるべく音の発生源から離れる、発生源と鳥の位置、そしてマイクの位置が一直線上に来ないように調整する、といった対策しかないかも知れません。例えば背景音と録音対象の鳴き声の周波数帯が違っていれば、後の音声処理で背景音の部分を目立たなくする方法もあります。しかし、セミ、犬、ニワトリの鳴き声や自動車の通過音などはどうしようもなく信号とかぶってしまうため、これらのなるべく少ない場所、時間帯、季節を選んで録音することをお薦めします。

 手持ち録音の場合のグリップノイズは、録音中あまり気付かず、後ですごく気になることがよくあります。慣れてくるとあまりノイズを出さずに録音できるようになりますが、軍手などをしてマイクを持つか、マイクの握り部分に、バドミントンなどのラケット用に売られているテープ(タオル地のようなソフトタイプのもの)を巻いておくと軽減できます。また、録音する人が着ている服の素材によっては、ゴワゴワといった音が出てしまうことがあるため、木綿などのソフトな素材の服を着た方が良いでしょう。

鳴き声を大きく録音するには
 次に、信号(音声)をなるべく大きく録音する方法ですが、これは音源(つまり鳴いている鳥)になるべく近づくことに尽きます。鳥が遠くにいても、レコーダーの録音つまみをまわして大きな音で録音すれば良いと思われるかも知れませんが、これだと雑音のレベルも同じように上がってしまうため、S/N 比としては変わらないことになります。鳥に近づくことで、間接成分(鳥の声が樹の幹などに反射して少し遅れてマイクに届く分)を相対的に減らせるなど、様々なメリットがあります。

 ただ、手持ち録音の場合、人が鳥に近づくと鳥が警戒して行動を変えたり逃げてしまったりする場合が当然あります。ここは経験でカバーしていただくほかありません。私は、日本野鳥の会で買った、迷彩色のブラインド(大きな風呂敷のような形の布)を頭からかぶって録音したりすることがあります。これはかなり効果的ですが、この状態で他の人にあったりすると、かなりびっくりされますので注意が必要です。録音機材のところで述べた、マイクとレコーダーを据え置きして無人で録音する方法は、鳥に警戒されずに近づけるという点で大変優れていると思います。

録音レベルについて
 前項で少し録音レベルの話しをしましたが、この設定も大事なポイントです。大抵のレコーダーには録音レベルを表示するメーターが付いています。横棒が左から右に伸びて、レベルの高い大きな音程、棒が長く表示される形式のものが多いと思います。一般論としては、信号のない時は棒がなるべく短く、信号のあるときには棒が大きく伸びるように調整します。ただし、デジタル録音の場合、機器が記録できる最大の振幅がメーターの右端(ゼロデシベル)に設定してあって、これを少しでも超えると極端に音が歪んでしまう性質がありますので、信号の一番大きな部分でもメーターが決して振り切れないように設定することが大切です。レベル過大の状態になると赤い LED が点灯して警告してくれるものもあります。

 今のは、録音レベルを手動で設定する時の話しですが、機種によってはレベルがほぼ適切な範囲に収まるように自動的に調節してくれる機能(AGC などと呼ばれます)に切り替えられるものがあります。私は好みの問題であまり使いませんが、これを使った方が案外失敗なく録音できるのかも知れません。無人録音の場合などは、むしろ AGC を使った方が結果が良いような気がします。

 また、特にパラボラマイクを使っている場合、鳥に近づき過ぎてしまうと、レベルが過大になって歪んでしまうことがあります。レコーダーのレベルを調節しても、マイクに内蔵されているプリアンプという部分で歪んでしまうことが多いため、回避できません。私は、鳥に近づき過ぎてしまった場合は、パラボラを鳥にまっすぐ向けるのを止め(普通はこうするのが正しいのですが)、真上に向けるようにします。こうするとパラボラ(放物面)の焦点が音源である鳥からずれるため、録音レベルを下げることができます。

その他のコツなど
 録音中は、イヤフォーン、ヘッドフォーンなどで録音状態をモニターすると、思わぬ失敗を回避することができます。例えばマイクの電源入れ忘れ、マイク自体が歪まないように録音レベルを下げるアッテネータと呼ばれるスイッチを間違えて入れてしまう、レコーダーの設定を間違える、そもそもマイクがレコーダーに差し込まれていない(笑)、など色々あります。ただ、イヤフォーンを装着し放しだと、鳥が鳴いている方向や位置が確認しにくくなるため、私はイヤフォーンをつけたりはずしたりしながら録音するようにしています。

 レコーダーによっては記録するデータ形式を設定できます。できれば、サンプル周波数 44 または 48kHz、ビット幅は 16 または 24bit で、WAV の様な無圧縮形式で記録されることをお薦めします。この方式で録音しておいても、後で必要なら MP3 とかには簡単に変換できますが、逆の変換はできないというか、しても音質が全く上がらないため無意味です。44kHz、16bit、WAV または AIFF にしておくと、無変換でオーディオ CD に記録、保存できるので便利かもしれません。

データの記録方法
 良く質問されるのは、一羽の鳥から何分位録音すれば良いか、ということです。これは、研究の目的よってもちろん変わります。例えば、ある種(個体)が何種類のソングタイプ(さえずりのパターン、レパートリーともいう)を持っているか、といった基本的な音声行動の記述、把握が目的であれば、一個体について概ね 1 時間から 2 時間位の連続記録による音声があれば充分であることが多いと言われています。以前大阪市立大学におられた明石さんの研究(明石、山岸 1987)によると、ホオジロでは雄のソングタイプ数(7 個体の平均で 16 程だったそうです)は、繁殖期初めの夜明けから 2 時間連続的に録音したデータがあれば計測が可能であるとのことでした。

 研究的には、録音する個体を事前に捕獲して、色足輪などで識別するのが理想ですが、それが無理な場合、目視で同じ個体であることを確認しながら、一羽の鳥を連続的に追跡して録音した方が良いと思います。私の経験(例えば Kroodsma & Momose 1991)でも、ほぼ 90 分から 120 分の連続した録音データがあれば、ソングタイプ数、バウト数などの基本的な項目を明らかにできましたので、多くの鳥で必要最小限な記録数はこれ位ではないかと思います。

 というわけで、小鳥のさえずりを録音する場合、繁殖期(できれば初期)に、晴天の日を選んで夜明けから、同じ個体を 60 ~ 120 分程度連続して追跡し、録音することをお勧めします。夜行性の鳥であれば、同じことを日没直後から行うと良いでしょう。この時間帯(夜明けと日没前後)は、前にも述べましたが、風も少なく、鮮明な録音を得やすい利点があります。鳥自身もそのことを知ってか、この時間帯に集中的にさえずりを行うため、記録もしやすいのです。鳥によっては、早朝には、自分のさえずりレパートリーを順に一つずつ歌ってくれる場合すらあります。また、季節が進むにつれてあまりさえずらなくなる種でも、早朝だけは良くさえずることが多く、この点でも好都合です。

記録をつける
 録音は、写真や標本と同様に、付随するデータがなければ何の意味もありません。録音をする度に、年月日、録音開始時刻、場所、録音者、機材、対象種(個体)、天候、録音場所の環境など、気付いた事を必ず書いておくようにしましょう。同じ情報をテープの先頭などに吹き込んでも良いのですが、再生してみるとノイズなどで聞き取れないことが時々あるので注意が必要です。もしこの方法をとる場合でも、できるだけ早めにテープから聞き取って文書化することが必要です。早い内だと、記憶をもとにデータを補足できることもあるからです。また、地図、GPS 等で録音地の緯度経度、標高を調べて書いておくようにしましょう。これは後で非常に役に立ちます。更に、できれば、録音地の風景と対象種を撮影して添付しておくと良いと思います。

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写真 5. 音声データの記録、整理.
データ整理の方法
 録音したデータの取り扱いとしては、レコーダーをパソコンに接続(USB 接続であることが多いと思います)してファイル化する。それをモニター(再生)しながら、記録の細かい部分を文書化する、といった手順になるかと思います。私が行っているデータの整理方法は、表計算ソフトのシート 1 枚を 1 回の録音(テープ 1 本とか)の整理に使い、鳥が一声鳴く毎に以下の項目を表の一行に記録していく、というものです(写真 5)。

  • 記録開始からの経過時間
  • 日付と時刻
  • 種または個体
  • 声の種類
  • 信号レベル
  • 雑音レベル
  • 備考(メモ)
  • などなど...

最後に
 以前の鳥学通信で黒田さん(2005)も提言しておられますが、研究などのため録音した音の場合、研究目的で使い終えたら博物館や研究機関などに寄贈し、記録として保存、活用してもらうと良いと思います。鳥の声の録音データは、日本の自然を記録した貴重な資料です。ぜひ無駄にせず、人類の財産として残していただきたいと思います。


参考文献(および以前の鳥学通信に掲載された音声関係の記事一覧)
明石全弘・山岸哲 (1987) ホオジロ Emberiza cioides の囀りに関する研究.日本鳥学会誌 36: 19-45.
Kroodsma, D.E. & Momose, H. (1991) Songs of the Japanese Population of the Winter Wren (Troglodytes troglodytes). Condor 93: 424-432.
鳥学通信の記事一覧
石田 健 (2005) 第 2 回 音声データによる鳥類のモニタリング ADAM (Acoustic Data for Avian Monitoring) ー夜の鳥をモニタリングする. 鳥学通信 No. 1.
黒田治男 (2005) 音声データベース構築の提言. 鳥学通信 No.1.
黒田治男 (2006) 鳥類の音声研究のためのデジタル録音機材. 鳥学通信 No.8.
百瀬 浩 (2007) 鳥類研究者のための音声分析ガイド. 鳥学通信 No.12.
黒田治男 (2007) 鳥類の音声研究のためのデジタル録音機材 PART II. 鳥学通信 No.15.
齋藤武馬 (2007) ローランド R-09 の使用レポート. 鳥学通信 No.15.
永田尚志 (2007) 音声ロガーの長期間運用システムについて. 鳥学通信 No.15.
石田 健 (2007) 音声データによる鳥類のモニタリング = ADAM. 鳥学通信 No.17.



受付日 2009.4.28


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編集後記


 新年度が始まりました。二年ぶりの「飛び立つ!」には、立教大学で三年間ポスドクをされて、この春めでたく就職を決められた北村俊平さんに原稿をお寄せ頂きました。北村さんは鳥類だけでなく、植物ほか様々な分類群の生物に興味をおもちの方です。また、野外調査で得たデータをためこまずに、すぐに論文として出版されるすぐれた研究者です。これからも博物館に足場をおいて、精力的な研究活動をされると期待しています。
 東條さんからは、森林総合研究所の紹介を、天野さんからは、現在留学中であるケンブリッジでの研究活動の様子をお寄せいただきました。いずれもこれから研究を展開していこうとする学部生・院生などの若手にとって、とても有益で魅力的な内容だと思います。これらの原稿に刺激をうけた何人かが、数年後に「飛び立つ!」に原稿を寄せてくれれば、鳥学通信の編集者として最高です。(副編集長)



 鳥学通信は、皆様からの原稿投稿・企画をお待ちしております。鳥学会への意見、調査のおもしろグッズ、研究アイデア等、読みたい連載ネタ、なんでもよろしいですので会員のみなさまの原稿・意見をお待ちしています。原稿・意見の投稿は、編集担当者宛 (ornith_letterslagopus.com) までメールでお願いします。
 鳥学通信は、2月,5月,8月,11月の1日に定期号を発行します。臨時号は、原稿が集まり次第、随時、発行します。







鳥学通信 No.24 (2009年5月1日)
編集・電子出版:日本鳥学会広報委員会
百瀬 浩 (編集長)・山口典之 (副編集長)・
天野達也・染谷さやか・高須夫悟・東條一史・時田賢一・和田 岳
Copyright (C) 2005-08 Ornithological Society of Japan

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