日本鳥学会

和文誌

編集委員長からのごあいさつ

変わりつづける中で変わらないこと
日本鳥学会誌編集委員会委員長  藤田 剛

“Original discoveries, to remind you, are what count the most. Let me put that more strongly: they are all that counts. They are silver and gold of science.”
(念のため言っておくと,あなた自身の見つけた発見が,いちばん大切なのです.それだけが大事と言っていい.科学にとっての宝物なのです)

E.O. Wilson “Letters to a young scientist”

 学術雑誌の世界は大きく変化しつづけています.たとえば,英語で書かれた雑誌を中心に,世界で出版されている査読付学術雑誌は数万にのぼり,毎年3–4%の速度で増加しつづけているという報告もあります.そうした大きな流れの中で,日本鳥学会誌のような英語以外の母国語で書かれた学術雑誌はどのような役割を担っているのでしょうか.
 日本鳥学会誌の前身にあたる『鳥』が最初に発行されたのは1915年ですから,日本鳥学会誌は(そしてOrnithological Scienceも)100年以上の歴史をもつことになります.そんなことを書くと歴史の重さにドキドキしますが,この鳥学会誌の中心にあるのは,おそらく100年の歴史をとおして,ほとんど変わりなく,読者である会員の方たちが投稿した論文や記事でした.
 それは,何年もフィールドに通いつづけて集めた野外データの集大成であることもあれば,生まれて初めて取り組んだ実験結果をこれまた生まれて初めて解析し,生まれて初めて書いた論文もあるでしょう.あるいは,標本づくりと管理,データベース整備の中で築き上げた成果もあるでしょうし,旅の途中で劇的な出会いをしたあの鳥の記録もあるはずです.これから100年の鳥学や生態学を見とおした総説や,きのうの帰りの電車の中でふと思いついた小さな意見,自由集会の盛り上がりを熱い気持ち冷めやらぬうちに書いた報告もあるかもしれません.そして,そして…
 言うまでもなく学術雑誌は,ある研究分野,鳥学会誌の場合は鳥を中心とした生物とその保全に興味をもつ人たちが,研究成果を社会に発信し,10年,100年後の将来に伝えるという役割を担っています.そして,鳥学会誌のような英語以外の母国語雑誌は,そうした研究成果を発表し始める活動の入り口であり,さらには,ベテランになった人たちが,研究成果を母国に還元する場にもなります.
 今からおよそ20年前,野望に燃える(?)実力,気力ともに充実した中堅鳥学者3人の提言を出発点に日本鳥学会誌は生まれ変わり,英文誌と和文誌に分かれました.そして,和文雑誌である日本鳥学会誌は,日本の鳥学の基礎を支える役割を担うことになりました.
 こうした歴史を踏まえ,私は,頼り甲斐ある編集委員会メンバーと一緒に,とくに以下の2つの役割を意識しながら,日本鳥学会誌を育てて行きたいと考えています.

・鳥を中心とした自然科学や人文科学,社会科学などの研究成果発表の場として,ていねいで質の充実した査読と編集が得られる
・在野で,そして独学で研究を進めている人たちが,本誌への論文の投稿と査読をとおして研究に役立つ方法や技術を学ぶことができる

具体的な策として,つぎのようなことを考えています.

・初めての人でも手軽に投稿できる投稿システムづくりを目指す
・編集の実作業に関わる委員を適度に増やし,委員ひとりあたりの負担を小さくする
・査読候補者データベースを整備し,査読が特定の人に偏らず,査読者にとって忙しい時期を避けた形で査読依頼できるよう情報を共有する
・査読システムもできるだけシンプルで使いやすいものを目指す
・論文以外の新しい情報,研究の醍醐味を味わえるような刺激的な情報を積極的に掲載する

 他の多くの学術雑誌と同様,鳥学会誌の編集もボランティアベースで進められてきました(それが100年以上つづいていることに頭の下がる想いでいます).個人的には,こうした学術雑誌の編集作業に関わることができて嬉しいですし,少なからぬ誇りを感じています.勘違いしてるかも知れませんが,多くの査読者の方々や編集委員メンバーも,この小さな誇りのために貴重な個人の時間と努力を注ぎ込んでくださっているように思っています.だからこそ,そうした善意の上にあぐらをかき過ぎない仕組みづくりが,編集委員長の大切な役割と考えるようになりました.査読者が,その専門を生かしたコメントやアドバイスをしながら冷静に原稿を評価する作業に専念しやすい仕組みづくり.そして,担当編集委員が適切な査読候補を探しやすく,査読者からの報告をまとめたり,著者の意図を尊重しながら読者の読みやすい原稿に編集したりする作業をやりやすくする仕組みづくり.それらを積み重ねていくことで,ていねいで質の充実した査読や編集というサービスを皆さんに提供できるようになる,という考えです.
 この10年かもう少し前からでしょうか,研究活動が以前にも増して開かれたものになったと,私は実感しています.多くの人が野外調査などのプロセスを楽しみながらデータ集めに参加し,誰もがその成果を利用できる環境が充実してきました.市民科学 citizen science や市民科学者 citizen scientistsという言葉が広く認知されるようになり,年齢や職業と関係なく,日々の生活の中で集めた生き物の情報をデータベースに登録したり,生き物たちを守るためにそのデータベースを利用したりしたという報告が,世界各地から聞こえてくる様になりました.そして嬉しいことに,鳥を題材とした研究活動は,こうした市民科学の分野をリードしつづけています.
 高校生以下の若い人たちの変化も実感しています.以前から,研究室を訪ねてきたり,鳥学会や生態学会で出会ったり,直接は会えないけどメールを送ってきたりして,研究や進路について相談する高校生や中学生はいました.でも,そういう中高生の,研究者あるいはナチュラリストとしての質のようなものが変わってきた,という手応えを感じています.たとえば部活動などのグループ活動の枠に収まりきらず,あふれる鳥や生き物への興味を出発点に,自分の力で自分の問いを見つけ,その謎を解くために自らが野外で集めたデータをもっている高校生に出会い,いっしょにワクワクしてしまうこともありました.このような高校生が育った背景には,かつて大学や研究機関が独占していた知の体系に,中高校生が直接触れるチャンスが増えたからではないかと,私は予想しています.
 日本鳥学会誌が,こうした在野の力,そして若い力をさらに世界にはばたかせる土台になるよう,私も微力ながら努力したいと考えています.

“First and foremost, I urge you to stay on the path you’ve chosen, and to travel on it as far as you can. The world needs you –badly.”
(私は,何よりもまず,あなたが選んだ道に踏みとどまり,その旅をできるだけ遠くまでつづけて欲しいと心から願っています.世界は,あなたを必要としているのです.とんでもなく必要としているのです)

E.O. Wilson “Letters to a young scientist”

日本鳥学会誌 69(1):1-2 巻頭言より



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