2024年度の黒田賞と中村司奨励賞の受賞者、および津戸基金による助成対象シンポジウムが決定しました
基金運営委員会
基金運営委員会の選考報告を鳥学通信に再掲します。
黒田賞は、日本の鳥学会の発展に貢献した黒田長禮・長久両博士の功績を記念して、鳥類学で優れた業績を挙げ、これからの鳥類学を担う若手・中堅会員に授与する賞です。今年度の黒田賞は森口紗千子さん(日本獣医生命科学大学 獣医学部 野生動物学研究室)に決定致しました。
https://ornithology.jp/iinkai/kikin/kuroda_award.html#kuroda2024
9月13日から始まる2024年度大会において受賞記念講演が開かれます。
黒田賞受賞記念講演 (Winner of the 2024 Kuroda Award presentation)
9/15日(日) 14:30〜15:30 A会場 (弥生講堂一条ホール)
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中村司奨励賞は、国際誌に優れた論文を発表し、将来の鳥学会を担うことが期待される若手会員に授与する賞です。今年度の中村司奨励賞は飯島大智さん(東京都立大学大学院 都市環境科学研究科)に決定致しました。
https://ornithology.jp/iinkai/kikin/2024_nakamura.html
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津戸基金は、日本の鳥学発展のために寄付された寄付金の運用のために設立されたもので、鳥学に関するシンポジウムの開催を助成する基金です。今年度は、風間美穂さん(きしわだ自然資料館)から申請のあった「大阪湾・海鳥っぷシンポジウム・この鳥を見よ」を助成対象として決定致しました。
企画展「山階芳麿博士の作った図鑑」の紹介
小林さやか(山階鳥類研究所)
連日暑い日が続いておりますが、猛暑の中でも楽しめる企画展をご紹介いたします。
現在、我孫子市鳥の博物館では、山階鳥類研究所(山階鳥研)我孫子移転40周年を記念した企画展「山階芳麿博士の作った図鑑 —『日本の鳥類と其の生態』ができるまで—」を開催中です。
山階鳥研の創設者・山階芳麿博士は、1934年と1941年に『日本の鳥類と其(そ)の生態』全2巻を出版しました。この図鑑は「山階図鑑」と呼ばれ、日本の鳥の三大図鑑のひとつと称されています。出版から90年が経った現在でも鳥類の研究をする多くの人達に活用されています。本展示では、山階図鑑の原稿、原画、この図鑑の挿し絵に使われた木口木版(こぐちもくはん)画の版木や摺り見本など、普段は公開していない山階鳥研の資料の展示や、山階博士をはじめ図鑑制作に関わった人達を紹介しています。
本展示は見る方の関心によってさまざまな楽しみ方ができます。日本の鳥類図鑑の歴史を紹介している点、山階図鑑の制作過程を資料で紹介している点、山階博士と同世代に活躍した鳥類学者を紹介している点などが挙げられますが、私がお勧めしたいのは、博物画家の小林重三(しげかず)や、山階壽賀子(すがこ)夫人の原画やスケッチ、それと、現在では希少となった技法の木口木版画の紹介です。
小林重三は、鳥類図鑑の制作を計画していた鳥類学者の松平頼孝(まつだいら・よりなり)に雇われ、松平邸で標本や飼育の鳥の写生をして腕を磨いていましたが、松平家の財政が厳しくなったことで、小林は失業してしまいました。しかし、小林の鳥類画の腕の良さから、山階博士はじめ、黒田長禮(くろだ・ながみち)、鷹司信輔(たかつかさ・のぶすけ)、蜂須賀正氏(はちすか・まさうじ)、清棲幸保(きよす・ゆきやす)など多くの鳥類研究者が小林に鳥類画を頼みました。日本の三大鳥類図鑑と言われる、通称、黒田図鑑、山階図鑑、清棲図鑑の絵は小林が手がけています。
本展では、小林の紹介のところに、蜂須賀正氏の著書「The Dodo and Kindred Birds」(1953)のために小林が描いた絶滅鳥モーリシャスインコの原画が展示されています。この原画は今回が初公開となります。
蜂須賀は「The Dodo and Kindred Birds」の原稿をイギリスの出版社に送った後、出版された本を見ることなく急死してしまいます。このような事情もあり、この絵は出版後、所在不明となっていましたが、熱海の蜂須賀別邸に勤務していた方から2018年に熱海市立図書館に寄贈されていたところ、2021年に小林重三研究の第一人者である園部浩一郎さんらが小林の原画であることを見出しました。本展示のため、熱海市立図書館へ絵をお借りしに伺ったのですが、なんと、小林が小林館長から小林の絵をお借りするという事態が起こりました。蜂須賀はエピソードの多い人生をおくった人でしたが、こんなところにもエピソードを作ってくれたのかしら、と思ってしまいました。
また、山階図鑑の特徴のひとつである木口木版画は、とても精密な線を再現できる技法で、小林の原画を版画で忠実に再現しています。原画と版画を比較できるように並べて展示していますので、今はもういない彫り師という職人がいた時代の、その技術の高さをぜひ間近で見ていただきたいです。
そして最後のお勧めポイントは、記念スタンプの鳥ちゃんです!山階図鑑の背表紙に描かれた鳥のデザイン画がおしゃれなので、どこかに使ってほしい、と希望したところ、博物館で記念スタンプを作ってくださいました。展示を見終わったところに置いてありますので、忘れずにスタンプを押して帰ってください。
本企画展は、11月4日まで開催しています。1カ月ごとに原画類を入れ替えますので、何度も足を運んで見てもらえれば嬉しいです。展示品は鳥の博物館のサイトから出展目録をチェックしてください。8月16日まではあちこちに「カンムリツクシガモ」が展示されているので、ぜひ探してみてください。
開催中のイベントなどは我孫子市鳥の博物館のサイトをご覧ください。
日本鳥学会誌73巻1号 注目論文 (エディターズチョイス) のお知らせ
出口智広 (日本鳥学会誌編集委員長)
和文誌では毎号、編集委員の投票によって注目論文 (エディターズチョイス) を選び、発行直後からオープンアクセスにしています。73巻1号の注目論文をお知らせします。
著者: 高橋佑亮・東淳樹
タイトル: 農耕地帯で繁殖するチュウヒの狩り場環境選択
DOI: https://doi.org/10.3838/jjo.73.23
湿地性猛禽類のチュウヒは、世界的に見た場合、個体数が安定傾向とみなされていますが、国内の繁殖個体群はわずか100番い程度の状況で、環境省のレッドリストランクでは、絶滅危惧IB類に指定されています。
本種の保全を進めるにあたっては、とりわけ生息地管理が重要となり、そのためには、生息環境選択の詳細な情報が求められます。本論文の著者の高橋さん達は、このような背景に基づいて、秋田県の八郎潟で繁殖するチュウヒの狩り場選択と、狩り場環境の指標となる餌動物密度と植生高を明らかにされました。
鳥屋さんはどうしても、心の大半が鳥に奪われがちで、彼らが暮らす環境の定量的な記録をついつい忘れてしまい、最後の考察に困るケースがよく見られます。高橋さん達の論文では、このような状況に陥ることなく、きちんとデータを集められており、これから投稿を目指す方にとって、間違いなくお手本となる1本と言えますね!
以下は高橋さんからいただいた解説文です.
日本のチュウヒの繁殖地における採食環境については、狩りが見られた環境タイプの列記といった報告はあったものの、個々の環境タイプが狩り場としてどの程度重要なのか評価した例はありませんでした。この点を研究した成果が今回の論文です。また、単に狩り場として選択される環境タイプを示しただけでなく、それらの環境タイプがなぜチュウヒに選択されるのか、すなわち選択要因についても検討し、獲物となる動物の密度や植生構造と対応付けられたことが、本研究のもう一つの意義だと思っています。
思えば、これら獲物となる動物(ネズミ、カエル、鳥類)の調査や植生調査は、主題であるチュウヒの観察調査よりもむしろ大変でした。とくに、9種類の環境タイプにそれぞれ10個の罠を設置し、計90個の罠を毎朝、毎夕に一人で見回るネズミの捕獲は大変でした。このようにして収集した獲物や植生のデータと、チュウヒの狩り場環境選択の傾向を突き合わせてみると・・・。おや期待通り対応しているではありませんか。苦労が報われたのでした。
今後、鳥類の採食環境に関する研究において、この論文が少しでも参考になれば幸いです。また、草地の創出といったチュウヒの生息地保全の取り組みに際し、この論文が一助となれば幸いです。(高橋佑亮)
日本鳥学会2023年度大会自由集会報告 − W11 風力発電等WGが作成した「洋上風力発電建設に係る環境アセスメントガイドライン」
佐藤重穂(森林総合研究所)
風間健太郎(早稲田大学)
浦 達也(日本野鳥の会)
會田義明(環境省)
はじめに
近年,大規模な洋上風力発電施設の建設が各地で進められつつあり,さらに多くの洋上風力発電施設が計画されるようになっている.洋上の風力発電施設は陸上の風力発電施設と共通する課題もあるが,洋上ならではの課題もあり,それにどのように対応するかは再生可能エネルギー促進と鳥類の保全の両立のための重要な問題である.
日本鳥学会では2022年に鳥類保護委員会の下に風力発電等対応ワーキンググループを立ち上げて,こうした課題について議論を進めて,その結果,2023年8月に「洋上風力発電建設にかかる環境アセスメントガイドライン」を公表した.本集会ではこのガイドラインの作成と公表の経緯とその背景,および洋上風力発電と鳥類に関わる課題について,学会会員に対して説明することを目的として開催した.以下に各講演の要旨を記す.
1.主旨説明
風間健太郎
地球温暖化の一要因である温室効果ガスの削減は,全世界が取り組んでいる課題であり,その削減のためには再生可能エネルギーの利用が有効と考えられている.我が国では風力発電の導入が進められており,なかでも洋上風力発電の導入は今後加速することが予測される.現在,秋田県や長崎県で洋上風力発電が導入され,また,北海道から山形県の日本海沿岸と千葉県などで再エネ海域利用法に基づく促進区域および有望区域が多数設置されている.
総出力5万kW以上の風力発電事業は環境影響評価法の対象事業だが,事業の実施が環境にどのような影響を及ぼすか,あらかじめ事業者自らが調査,予測,評価する環境影響評価に際しては,できるだけ科学的根拠にもとづいてデータを取得し,鳥類への影響を適切に評価した上で,影響の回避や低減策を講ずるべきである.その実現を目指すために,日本鳥学会風力発電等対応ワーキンググループでは「日本鳥学会洋上風力発電建設にかかる環境アセスメントガイドライン」を作成,公開した*1.
このガイドラインでは,日本鳥学会員のほか,洋上風力発電導入に関わる電力事業者,環境コンサルタントやその調査者,あるいは自治体関係者等に向け,洋上風力発電が鳥類に及ぼす影響を適切に評価するために留意すべき点,導入すべき調査技術等について国内外の情報を収集,公開している.
本集会では,洋上風力発電が鳥類にどのような影響を与える可能性があるのかについて概説した上で,このガイドラインの内容について説明する.また,環境省で作成している「洋上風力発電所に係る環境影響評価手法の技術ガイド(案)」*2について環境省の担当職員から説明いただく.それらの講演を受けて,ワーキンググループで作成したガイドライン活用への期待や今後情報追加すべき点等について議論したい.
2.洋上風力発電が鳥類に与える影響
浦 達也
洋上風力発電所の建設適地と鳥類が好んで利用する場所は重なることが多く,立地選定によっては,そこを利用する鳥類にバードストライク(鳥衝突)や生息地放棄,障壁効果(風車が移動の妨げになることで,鳥が余計なエネルギーを消耗すること)などの影響を及ぼす可能性がある.日本では実験用のものを除けば洋上風車がほとんど建っておらず,鳥衝突等の発生に関する国内事例の蓄積は少ないため,ここでは海外事例を中心に,洋上風車における海鳥への影響事例を紹介する.
ベルギーのZeebrugge沿岸浅海域ではアジサシ類のコロニーと採餌海域の間の洋上に25 基の洋上風車が建っているが,2004 年から2014年の10年間調査を行った結果,のべでコアジサシ27羽,サンドイッチアジサシ100羽,アジサシ587羽が衝突死したと推測されている(Perrow 2019).バルト海で行われたBeoFINOプロジェクトでは,ヘリコプターで1年間に44回の死骸探索調査を行い,計442羽(風車1基あたり年間平均31.6羽)の死骸を回収した(Hüppop et al. 2006).イギリスのThanet洋上風力発電所では,ミツユビカモメ,オオカモメ,ニシセグロカモメなどが衝突していることが分かっている(Cook et al. 2014).日本でも政府の実証実験用の洋上風車および海岸に建つ風車において2023年1月時点で,アビ科15羽,ミズナギドリ科19羽,ウ科2羽,カモメ科68羽,ウミスズメ科26羽の海鳥の死骸が発見されている.
生息地放棄について,デンマークのHorns Rev洋上風力発電所では,発電所から半径2 -4km周辺海域で調査され,アビ科の鳥類とクロガモでは風車建設後3年間は風力発電施設周辺にはほとんど近寄らず,その後もアビ科は元の生息地に戻らなかった(Dong Energy 2006, Petersen & Fox 2007).同国のNysted洋上風力発電所では,発電所の建設予定海域内にあったコオリガモの生息分布が,建設後には建設海域から10–30km離れた4エリアに分散したと推測されている(Fox & Petersen 2019).
障壁効果について,Nysted洋上風力発電所ではホンケワタガモを中心とする渡り途中の水鳥が,天気の良い日には高い頻度で風車を避けて飛んでいた(Desholm & Kahlert 2005).イギリスのSheringham shoal洋上風力発電所がサンドイッチアジサシの繁殖コロニーと採餌海域の間に建設されたことで,建設海域での飛翔頻度が減少したことが報告されている(Perrow 2011).
3.「洋上風力発電建設に係る環境アセスメントガイドライン」内容説明
風間健太郎
本講演ではワーキンググループが策定した「洋上風力発電建設に係る環境アセスメントガイドライン」(以下,ガイドライン)の内容を説明した.ガイドラインの趣旨は以下の3点である.①鳥類研究者,電力事業者,環境コンサルタントや環境アセスメント調査者,自治体関係者等向けに策定,②洋上風力発電が鳥類に及ぼす影響を適切に評価するために留意すべき点や導入すべき調査技術等について国内外の情報を収集,公開,③ガイドラインの活用による適切な環境アセスメントの実現や生物多様性保全と温室効果ガス排出削減の両立を期待.
ガイドラインの内容は以下の通りである.1)洋上風力発電と鳥に関する国内外の法制度および環境アセスメント体制,2)鳥類や生態系への影響低減に向けた立地選定に関する情報,3)環境アセスメントのデザインと影響軽減策の検討体制,4)推奨される事前(建設前)アセスメントの手法,5)事後(建設後)アセスメントの必要性,6)事前影響予測の不確実性への対応策の提案と実施について.
アセスメントにおいては,衝突リスクや分布変化などの洋上風力発電事業実施区域内における個別の影響の評価だけでなく,それらが長期間蓄積することで顕在化する個体群への累積的影響を適切に評価すべきである.その実現のためには建設前だけでなく事後(稼働後)の評価も不可欠である.また,海洋生態系の高い変動性に対応するために,長期,広域,高頻度の現地調査が推奨される.海外においては風力発電施設から最低20 km外側まで,あるいは事業実施面積の6倍を調査範囲とすることが推奨されており,鳥類の洋上分布調査は月1回以上の頻度,1回に数度繰り返し,2年以上実施されることが推奨されている.海外では事業者や政府から独立して環境アセスメントの各工程を審査する第三者機関が存在するが,日本においては環境アセスメントの各工程を中立かつ客観的に審査するための体制が確立されていないために今後制度の改善が望まれる.当面は現行アセスの中で中立かつ客観的に審査する場を設けることが必要である.
4.「洋上風力発電所に係る環境影響評価手法の技術ガイド(案)」の内容
會田義明
我が国の洋上風力発電は,平成31年4月に施行された「再エネ海域利用法」により,一般海域において大規模な風力発電事業を継続的に導入していくための枠組みが整備され,候補となる海域において関係者による協議会が開催されるなどの取組が進められている.また,これと並行して事業者による環境影響評価の手続が進められており,①同一海域において複数事業者が環境影響評価手続を行うことによる地域の混乱や社会的コストの増加,②洋上風力発電に関する環境影響評価の知見の不足といった課題が顕在化している.
これを踏まえ,洋上風力発電に係る新たな環境アセスメント制度の検討が進められており,本年8月に有識者検討会による取りまとめが公表されたところである.*3
風力発電は平成24年に環境影響評価法の対象となって以降,陸上の風力発電の環境アセスメントが数多く実施され,鳥類調査の技術手法やバードストライクに関する知見等が蓄積されてきたところである.一方で,洋上の風力発電は事例も少なく,海域の環境は陸域の環境と大きく特性が異なること,海域では調査の手法に制約があること等により,陸域における調査手法やアセスメントの考え方をそのまま海域に適用することは難しい.このため,現時点で,現行制度に基づいて行われる環境アセスメントに活用できるよう,技術ガイドを取りまとめた.*2
技術ガイドでは,洋上風力発電について30年にわたる実績がある諸外国の環境影響評価に関する考え方や取扱いを参考にしつつ,我が国特有の海域の特性や,これまでに行われた海域における環境影響評価の知見等を踏まえて,洋上風力発電所の環境アセスメントの考え方や技術手法を取りまとめた.また,参考資料として,国内外の調査結果やモニタリング結果等の情報も収録した.
今後,洋上風力発電の新たな環境アセスメント制度の導入に向けて,ひきつづき科学的知見の収集や技術開発等の取り組みを進めていく.
以上の講演の後に会場の参加者と意見交換を行った.50名余りの参加者が熱心に講演に耳を傾け,意見が交わされたことに,環境保全や鳥類の保全と再生可能エネルギーの促進の両立という課題に多くの関心が向けられていることを実感した.時間が不足して質疑の時間を十分に確保できなかったのは集会世話人の不手際であり,反省したい.この集会で示された課題の解決に向けた研究が進展し,持続可能な社会の構築に寄与することを切に願うものである.
*1 日本鳥学会洋上風力発電建設にかかる環境アセスメントガイドライン (暫定版ver.01)(2023)
https://ornithology.jp/materials/Windfarm/gudeline_v1.pdf
*2 洋上風力発電所に係る環境影響評価手法の技術ガイド(環境省大臣官房環境影響評価課・経済産業省産業保安グループ電力安全課、2023年12月)
http://assess.env.go.jp/files/0_db/seika/1062_01/guide_1.pdf
http://assess.env.go.jp/files/0_db/seika/1062_02/sankou.pdf
*3 洋上風力発電に係る新たな環境アセスメント制度の在り方について(洋上風力発電の環境影響評価制度の最適な在り方に関する検討会、2023年8月)
http://assess.env.go.jp/files/0_db/seika/1055_03/report.pdf
世界自然遺産・知床における携帯電話基地局と太陽光パネルの設置計画の中止を求める意見への賛同について
鳥類保護委員会
標記の件につきまして、令和6年6月19日付で日本環境会議(JEC)より世界自然遺産・知床における携帯電話基地局と太陽光パネルの設置計画の中止を求める意見書が発出されました。日本鳥学会では、本意見書の趣旨に賛同することを表明しました。
世界自然遺産・知床における携帯電話基地局と太陽光パネルの設置計画の中止を求める意見への賛同について
我孫子市鳥の博物館 第93回企画展「山階芳麿博士の作った図鑑」のお知らせ
我孫子市鳥の博物館・山階鳥類研究所
山階鳥類研究所の創設者、山階芳麿博士が出版した「日本の鳥類と
山階鳥類研究所からは、普段は公開していない図鑑の原稿、原画、
我孫子市鳥の博物館 第93回企画展
「山階芳麿博士の作った図鑑」ー『日本の鳥類と其の生態』ができ
【日時】2024年7月13日(土)〜11月4日(月・祝)
※一部展示の入れ替えがあります
前期:7月13日(土)~8月16日(金)
中期:8月17日(土)~9月20日(金)
後期:9月21日(土)~11月4日(月・祝)
【会場】我孫子市鳥の博物館
【入館料】一般300円、大学・高校生200円
イベント情報(詳細は鳥の博物館ウェブサイト)
●鳥博セミナー「もう一つの木版画 木口木版画・西洋と日本の歴史と技法 山階図鑑のイラストに使用された版画」
日時:9/22(日) 13:00~15:00
場所:鳥の博物館定員:先着50名(電話予約)講師:長島 充さん(画家・版画家)
内容:木口木版画の技法や西洋・日本での歴史についてお話しします 。また版画の実演も行います。
●鳥のサイエンストーク「山階図鑑とはどういうものだったのか」
日時:8/17(土) 13:30~14:15
講師:鶴見みや古さん(山階鳥類研究所)オンライン開催・申し込み不要・参加無料
●企画展を担当した山階鳥類研究所所員によるギャラリートーク
日時:8/31(土)、10/6 (日) 13:30~14:30
場所:鳥の博物館企画展示
展示のチラシは以下から↓
https://www.yamashina.or.jp/hp/event/images/202404torihaku_kikaku93_paper.pdf
我孫子市鳥の博物館のwebサイト↓
https://www.city.abiko.chiba.jp/bird-mus/
山階鳥研のイベントページ↓
https://www.yamashina.or.jp/hp/event/event.html#torihaku_kikakuten93
日本鳥学会 2023年度大会自由集会報告 - W06 野鳥観察をとりまく現状と課題
板谷浩男1),早矢仕有子2),渡部良樹3),富岡辰先4) ,須藤明子5),守屋年史6),高橋満彦7)
1)パシフィックコンサルタンツ株式会社(当時),2)北海学園大学,3)日本野鳥の会東京,4)財団法人日本野鳥の会,5)株式会社イーグレット・オフィス,6)NPO法人バードリサーチ,7)富山大学
1.趣旨説明,観察者の有無がオオタカの繁殖成功率に与えた事例紹介 板谷浩男
近年,デジタルカメラが普及したことにより,野鳥観察者の大半がカメラを保持し,野鳥を観察するだけではなく,野鳥を撮影することを目的にしている観察者が大多数を占めるようになりました.そして,撮影した画像や動画はSNSに投稿することで認証要求を得るということが一般化しています.鳥の生態を熟知していなおらず自らの力で発見したり識別したりする力がなくてもSNSで情報を得ることで,簡単に野鳥がいる場所を知ることができ,撮影できるという時代になりました,また,撮影者の中には,野鳥を生物としてではなく風景などと同様にとらえ,生き物を相手に撮影をしているという認識がなく撮影をしている人が出てきており,観察者(撮影者)の存在が野鳥達に対して必要以上に影響を与えることになる例も見受けられます.
結果として,観察者の存在が希少種の保全に悪影響を与えたり,撮影に対する欲求が過剰になることで社会的なルールを無視する行動が見受けられるようになり,野鳥観察自体が社会的な問題となりつつあります.私がオオタカの調査をしている東京都の都市公園では,オオタカは人に慣れているから繁殖期にむやみにオオタカに近づいて撮影をしても,繁殖に影響を与えないという誤った認識をSNSで発信する人も存在しており,危惧しているところです.調査結果でも,観察者に対して何らかの対策が講じられているところと,対策が何もされず観察者が営巣地付近を自由に行き来できる場所とでは,繁殖成績に大きな差が生じていました.
今回主催した自由集会では,いくつかの事例を参考に,野鳥観察が,希少種保全に与えている影響や,社会的にも問題を生じさせている現状について議論しました.また,総合討論では,参加者から情報や対処方法を求めながら,この問題に対して研究者や鳥に係る仕事をしている者がそれぞれの立場でどのような対応をすべきかを探りました.
2.野鳥観察に関するトラブルの事例の報告 渡部良樹
野鳥観察に関するトラブルを,カメラマンや観察者によって1)長期的に問題が生じた事例と2)一時的に問題が生じた事例に分け,さらにa)鳥類(や自然環境)への影響とb)人への影響に分けて紹介しました.1)長期的に問題が生じた例として,八王子城跡の事例を紹介しました.ここはサンコウチョウなどのヒタキ類夏鳥の撮影地として有名で,5,6月は夏鳥の営巣前からバードウォッチャーやカメラマンが集まり,サンコウチョウ等の巣が常時カメラマンに覗かれる事態が発生しています.1-a)カメラマンや観察者が鳥類に対して与えた影響の結果の可能性があることとして,サンコウチョウ生息数の減少,営巣場所の変化(人から見づらい場所に造られる)が挙げられます.また,カメラマンが悪影響を与えたと考えられる事例として,オオルリの囀りの音声が流された事例がありました.1-b)人に対して与えた影響と考えられるものは,通行路に居座る,撮影機材を置くなどによる通行妨害,ゴミの廃棄,路上駐車などがあります.2)一時的に問題が生じた例として,2019年-2020年にコノドジロムシクイが越冬した八王子市館町の住宅街の事例と,2013年にセアカモズとアカモズの交雑個体が越冬した平塚市の耕作地の事例を紹介しました.2-a) 鳥類に対して与えた影響としては,前者では対象の鳥を見ていないため不明で,後者では対象の鳥への人の接近により,鳥が遠くへ逃避したことが挙げられます.2-b)人に対して与えた影響としては,前者では民家にレンズを向けることによるプライバシーの侵害と,路上に人が集まったことによる通行妨害が挙げられます.後者では多くの人や車が路上に集まったことによる通行妨害や,私有地(耕作地)への不法侵入が挙げられます.
カメラマンや観察者によるトラブルの性質は,長期的なものと短期的なものではやや異なり,長期的なトラブルは,毎年渡来する渡り鳥や留鳥の生息地で生じ,放置すると解決せずに続くことが挙げられます.一方,一時的なトラブルは迷鳥や珍鳥の情報が流れた場合に生じ,鳥類への影響は,個体に対するものがあったとしても,種や個体群レベルにまで及ぶことは少なく,鳥類,人への影響はともに放置しても自然解消する可能性があります.しかしこのような自然との接し方や認識は,影響の大小にかかわらず他の場所や人へ伝播拡大する可能性があり,放置すべきではないと考えています.
3.絶滅危惧種シマフクロウの見方と見せ方 早矢仕有子
絶滅危惧種のシマフクロウは、夜行性の留鳥で家族単位で暮らしています。国はシマフクロウの保護事業を始めた1984年からずっと、人の接近による繁殖や採餌の妨害を防ぐため,生息場所を非公開にしてきました.しかし,インターネットの普及に伴い,採餌場所や営巣地で撮影された野生個体の写真と生息地情報がウェブ上に拡散し,カメラマンによる生息地への入り込みが急増しています.シマフクロウを餌付けし集客に利用する宿泊施設も複数存在し、写真撮影の便宜を図っています.また、中には,立入禁止の看板や柵を無視し、国がシマフクロウ保護のために設置している巣箱や補助給餌場所への侵入を繰り返す者も現れ,保護増殖事業の継続に大きな支障が生じています.シマフクロウ個体および営巣地への過度の接近や営利目的の餌付けに法的規制が無い現状を改める必要があります.
その上で、野生個体に悪影響を与えず、生息地情報を隠したままで生態や保護の現状を知ってもらう取り組みとして、筆者は、繁殖巣からのライブ配信を試み、シマフクロウの子育ての様子をインターネットで見守る活動への参加を呼びかけてきました。参加者には、シマフクロウへの知識・愛着・保護活動への共感の高まりが確認できました。この取り組みを定着・拡大することで、営巣地への侵入防止にも貢献できると考えています。
4.イヌワシの営巣をYouTubeでライブ公開〜その経緯と課題 須藤明子
滋賀県の伊吹山のイヌワシ生息地では,1990年代からイヌワシの撮影を目的としたカメラマンによる樹木伐採や餌付けなどの問題が続いています.環境省,滋賀県,伊吹山自然再生協議会による看板設置やパトロールなどが行なわれてきましたが,効果は限定的でした.さらに近年になって,一部のカメラマンが巣に接近し,卵や雛が死亡する恐れが高まったため,「見守りによる監視」と「生息地保全への理解」を目的として,巣内でのようすをYouTubeでライブ配信する取り組みを2023年4月1日に開始しました.
イヌワシなど希少種の生息場所は,保全の観点から非公開が原則です.また普通種であっても営巣の写真や映像の公開は控えるべきだとされています.そこで,一般公開に先立って,希少種の研究者や保全の専門家に限定公開して意見を聞きました.その結果,これまでの保全に関する取り組みの実績や他に良い保全策が見当たらないこと等から,公開に賛同する意見が多数を占めたため,一般公開に至りました.
ライブ配信終了までの3カ月間の視聴回数は146万回を越え,多くの視聴者がイヌワシの育雛を見守り続けたことにより,巣に接近するカメラマンは見られず,大きな監視効果が得られました.
また,雛が食物不足により巣立ちできず,親鳥が育雛を断念する結果となり,視聴者はニーナと名付けた雛が,健気に親鳥の帰りを待つ姿を目の当たりにすることで,イヌワシが置かれた深刻な食物不足を痛感しました。ニーナを助けるために何ができるのか,チャット機能を活用して海外を含め視聴者同士が真剣に議論した結果,健全な自然環境や生物多様性を保全するための取り組みに共感し,自らもできることをやろうと考える視聴者が増えました.イヌワシの生息地保全を目的としたクラウドファンディングが,数時間で目標額200万円に到達し,さらに700万円を超える資金が集まったことも,これを反映していると思われました.視聴者の多くは,もともと野生動物や自然に無関心であったことから,希少種や生物多様性保全について,広く知ってもらう教育効果も大きかったと考えられました.
一方,巣から落下した雛の救護について,人による自然界への介入行為への批判をはじめ多様な意見が寄せられました.親鳥の育雛放棄等の場合に備え,域内保全から域外保全(飼育個体群への参入)への切り替え等について,関係者による情報共有と協議の場が必要と思われました.
5.日本野鳥の会のマナー問題への対応について 富岡辰先
これまでに,日本野鳥の会では,①ホームページ等での撮影等のマナーの普及,②テレビ番組・新聞・写真コンテスト等でマナー違反があった場合に再発防止の要望書を送る等の再発防止等の申し入れ,③会員や一般の方から,支部の探鳥会のマナー違反や支部報でのマナー違反の報告があった場合に一般市民や各支部等に申し入れ,等の対処を実施してきました.また,「野鳥観察・撮影の初心者に向けた,マナーのガイドライン」(2022)の作成や,マナーガイドラインのパンフレット(2023)を作成し,探鳥会等で配布を実施するなどの活動をしています.
6.野鳥撮影の法的規制 高橋満彦
日本国内では,野鳥撮影等の一般的規制(広く適用されるもの)はありません.絶滅危惧種への撮影等に対する規制もありませんし,保護区における規制についても,法律で一定程度導入され始めましたが,適用されるのはわずかな面積に過ぎません.一方,海外ではイギリスのWildlife & Countryside Actは,保護鳥の繁殖行動の妨害を禁止し,巣の撮影には撮影ライセンスを発行しています.アメリカのEndangered Species Actでは,絶滅危惧種のハラスメント“harass”は,捕獲と同義として処罰され,写真家の訴追も発生しています.また,その他の国でも,国立公園等では過剰接近,餌付け,コールバック,立入り等の規制が実施されている例があります.
海外の国立公園や保護区は原則として国有地であるため圡地所有権等に基づいて規制ができますが,日本の自然公園制度(国立公園)は,土地の権原に基づかない公法的規制で,私有地を指定できる反面,厳しい規制がしづらい状況です.また,環境保全当局の取締り権限,機動力・能力の差もあります.山野で取締りが困難なのは,どの国でも同じですが,海外ではレンジャーに警察権限があるなどの差もあります.
7.総合討論 守屋年史
規制・マナーの問題について,科学的な議論を行うためのエビデンスの収集などが鳥学会として貢献できるポイントという意見を頂いたほか、規制やマナー普及のために野鳥の観察者や撮影者の関係者に適切に届く効果的な情報発信が,実装のために必要という意見,また,撮影を主体としない野鳥観察の魅力を普及するといった昨今のスタイル自体を見直すことも重要な視点ではないかとの意見を頂きました.
<参加者との意見交換>
- 自然観察ツアーを開催するにあたり,マナーを教えることは大切だが,あまりマナーを強調すると楽しむところが無くなってしまう可能性があるので,そこは難しい.
- マナー問題は避けて通れない問題であるため,ツアー会社は,関係する団体や組織と協力し情報を発信していく必要がある.届けたい人への効果的な情報発信が必要.
- 説得力を持たせる方法としてエシカルフォト(倫理的な写真撮影)などの議論が足りないような気がする.
- 鳥学会員としては,このような問題が鳥にどういった影響を与えているかを定量的に示していく必要がある.
- 一方的にこういうことは悪いから止めろと言っても相手が反発するだけで難しい.鳥学会に属する研究者は,鳥に影響を与える行為について,科学として何が,どう影響するかを明確に示すことが大事だと思う.
- 鳥の野外調査の倫理規定がないため,学会がバンディングなどの野外調査(研究)に対しても倫理的な観点と必要性をしっかりと示していくべき.
- マナー問題には教育が重要だと感じる.子供達から教育を進めていくのがよい.
- カメラを捨てたバードウォッチングを復活させた方がよいと思う.カメラで撮影することはとても楽しいことだが,あえてカメラを持たないで観察にシフトした鳥見をすることで,鳥との接し方などについて見直すきっかけになるのではないか.
- 環境アセス関連の調査者には,調査圧について理解していない方がいる.今後,一般の方への啓発含め,業務としている方々への注意喚起も必要ではないか.
また,会場では以下のようなアンケートも実施したところ,問題事例把握や配慮を行っているとの意見も多く寄せられ,関心の高い事柄であることが実感できました.アンケートの質問は、以下のとおりです.
(質問1)野鳥観察や撮影に関わる問題事例を知っていれば教えてください.
(質問2)野鳥観察や撮影についてご自身で気をつけていることがあれば教えてください.
(質問3)自由集会の感想
なお,アンケート継続して実施しているため,この記事を読んだ方の中からもアンケートに回答頂けると幸いです.
アンケートのURL
https://docs.google.com/forms/d/1k-xCtbwWDEUn00EQpVyzTW2EKjDFyfzwui5_6rOtCvY
2024年大会でも自由集会を開催予定です.
皆様、是非ご参加ください.
日本鳥学会2023年度大会自由集会報告 - W02 草原性希少鳥類と種の保存法
浦 達也((公財)日本野鳥の会)
日本では過去100年間に1,000 km2 以上の湿地や草原が失われ,湿地や草原の乾燥化や埋立て,植生遷移による疎林化や樹林化,工業地域や農地,宅地への転用,最近は太陽光発電施設の設置などにより草原性鳥類の個体数が著しく減少していると言われる.近年,研究者や自然保護団体が国に働きかけたことにより,シマアオジ,シマクイナ,アカモズ,チュウヒなどの草原性または半草原性の鳥類が「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律 (種の保存法)」の「国内希少野生動植物種」に指定された.
種の保存法は,個体の取引規制,希少種の生息地保護や保護増殖に関して重要な法律である.しかし,希少野生動植物種の指定種やその生息地が適切に保護されているかは不明な点が多い.
そこで本集会では,国内希少野生動植物種に指定された草原性希少鳥類について,最近の生息状況等に加え,その種が指定された背景と指定後の種を取り巻く状況の変化について報告した.また,日本で希少鳥類が国内希少野生動植物種に指定されることの意義と,指定された鳥類に関する保護上の課題を確認し,今後,種の保存法が真に希少鳥類の個体や生息地を保護に貢献する法律にすべく,米国の種の保存法 (ESA: Endangered Species Act)と比較しながら議論した.
1.シマアオジの現状と国内希少野生動植物種指定
葉山政治((公財)日本野鳥の会)
シマアオジは旧北区北部の草原で普通にみられた種で,繁殖地もカムチャツカからフィンランドまで広がっていたが,1980年代以降は急激な繁殖地の縮小と約90%の個体数の減少が確認された.環境省レッドリストでは 2007年に CR (絶滅危惧IA類),2017 年には国際自然保護連合 (IUCN)のレッドリストでCRに選定された.また2017年には国内希少野生動植物種に指定された.しかし,国内での繁殖つがい数の減少は継続している.
減少要因としては,国外の渡りの中継地における違法な捕獲や越冬地となる農地環境の変化が指摘されている.シマアオジの回復のために種の保存法の下では国内でできることは少ない.
しかし,国内希少野生動植物種に指定されたことで,重要な繁殖地や中継地のあるロシアや中国との二カ国間渡り鳥保護協定等の場での情報交換や保護の必要性の共有が行われた.その結果,中国では保護対象種へ指定されたことで,日中両国でモニタリングが行われている.渡り性の種では多国間モニタリングの体制が必要であり,国内希少野生動植物種の指定がこの取り組みを促進することを期待する.
2.シマクイナの現状と保全状況
先崎理之(北海道大学大学院・環境科学院)
シマクイナは極東に分布する全長約15 cmの世界最小のクイナ科鳥類である.世界の生息個体数は少なく,減少していると思われることからIUCNのレッドリストではVU (危急種)に,環境省レッドリストでは絶滅危惧種IB類に選定されている.本種は日本では稀な冬鳥とされていたが,北海道と青森県の湿地で繁殖しており,関東以南の低地で越冬していることが近年明らかになり,2020年2月に国内希少野生動植物種に指定された.一方,我が国における本種の保全は,国内希少野生動植物種への指定の前後で特に変化はなく,前進していない.例えば,北海道の主要繁殖地である勇払原野や釧路湿原では,本種の繁殖確認前から国指定鳥獣保護区等であり,その他の生息地は保護区ではない.越冬地も耕作放棄地等の開発の脅威にさらされた土地に集中しており,しばしば開発により消失している.個体数の少ないシマクイナの保全には,繁殖地や越冬地の双方で生息地の保全を進めていくことが重要である.
3.アカモズの現状と国内希少野生動植物種指定
北沢宗大(国立環境研究所)
過去 100 年間で亜種アカモズの国内の繁殖分布面積は約90%減少し,現存する個体数は300個体未満である.このような危機的状況により,本亜種は2020年に国内希少野生動植物種に指定された.本亜種の保全活動の取り組みは,環境省の生物多様性保全推進交付金等により,市町村および動物園が主体となった生息域内外の保全事業が実施されているほか,関係者の献身的なモニタリングが各地で実施されている.これらの活動によって,アカモズの現状と直近の脅威となる要因が把握されており,また保全体制の確立が進みつつある.しかしながら,現行の活動体制が資金的にも,人手不足の観点からも持続可能ではないこと,また,種の保存法の効力が及ばない国外の越冬地および中継地の状況把握が進んでいないことが主要な課題となっている.関係者の尽力により,活動の輪は広まっているものの,依然として亜種アカモズが絶滅の脅威にさらされている状況が続いている.
4.オオセッカの現状と保全の問題
高橋雅雄(岩手県立博物館)
オオセッカは日本国内の生息個体数が約3,000羽と推定され,種の保存法の施行当初から国内希少野生動植物種に指定されている.東北地方北部の岩木川河口,仏沼,大潟草原,関東北部の利根川下流域,渡良瀬遊水地の計 5か所の湿性草原で繁殖するが,繁殖個体数の大多数を占める仏沼と利根川下流域では近年は減少傾向が続いている.越冬地は東北地方から九州地方で,東北地方 (福島県浜通り),関東地方 (利根川下流域,房総半島,渡良瀬遊水地),中部地方 (紀伊半島東部),九州地方 (薩摩半島)に多い.保全の問題として①湿性草原の植生環境の維持と②耕作放棄地への依存が挙げられ,①は乾燥化や疎林化などの湿性草原環境の劣化を防止し環境を回復させるために,繁殖地での火入れ,刈り取り,水位調整等の人為的管理が試みられている.②は特に越冬期で著しく,管理放棄や太陽光発電所建設による湿性草原環境の劣化や消失が進行している.
5.チュウヒの現状と国内希少野生動植物種指定
サンカノゴイの国内繁殖個体数推定結果
浦 達也( (公財)日本野鳥の会)
チュウヒは北海道の湿地を中心に,本州の一部の埋立地等で繁殖する,推定繁殖つがい数が140つがいとされる希少猛禽類である.環境省により2017年に国内希少野生動植物種に指定されたが,湿地の乾燥化や疎林や樹林化による営巣環境の劣化や減少,太陽光発電所の建設や圃場整備などの開発行為,作為または不作為による繁殖地への人の接近により,近年も繁殖個体数が減少していると考えられる.一方,国内希少野生動植物種に指定されて以降,開発行為時にチュウヒの繁殖の有無が気にされるようになった.チュウヒが繁殖している場合には,工事開始時期を繁殖期終盤に遅らせるなどの保全措置が講じられるようになり,繁殖阻害を受ける事例が減少してきている.
ヨシ原に生息するサンカノゴイもまた,近年は繁殖個体数の減少が危惧される種である.そこで日本野鳥の会が 2020–2022年に全国で繁殖するサンカノゴイの個体数を現地調査やアンケートおよび文献調査を経て数えた結果,17羽しかいないことが分かった.
6.草原性希少種と種の保存法
髙橋満彦(富山大学・教育学部)
種の保存法の概要を解説し,草原性希少鳥類の保護への寄与について議論した.種の保存法には,捕獲や譲渡等の規制 (個体等の取扱規制),生息地等保護区,保護増殖事業計画などのメニューが用意されているが,国内希少野生動植物種に指定されないと保護されない.国会の附帯決議もあって,国内希少野生動植物種の指定は増加しているが,鳥類では生息地等保護区の指定はなく,保護増殖事業計画の策定も追いついていない.
そもそも,草原性鳥類の絶滅危機要因は乱獲ではなく,生息地の保全が重要なので,希少野生動植物種に指定されても,捕獲等の規制だけでは守れず,生息地等保護区の指定や,保護増殖事業の展開が必要である.それでも種の保存法だけでは限界があり,他の法律による保全の展開,農政や河川行政との連携も考えなければならない.さらに,野焼き規制の見直しや,草原バンクなどの新しい仕組みも模索しながら,草原の減少を食い止めなければならない.
7.コメント :「国内希少野生動植物種」指定に一喜一憂するなかれ
玉田克巳(北海道立総合研究機構)
本集会で焦点のあてられた草原性希少鳥類の6種は全て渡り鳥で,うち 4種は国外で越冬するものであった.国内希少野生動植物種への指定は種の保存法によって捕獲や譲渡が規制されるが,捕獲は鳥獣保護管理法によってすでに規制されている.発表では各種の深刻な状況が報告されたが,6種のうち4種は IUCNのレッドリストでNT (準絶滅危惧種)もしくはLC (軽度懸念種)であり,国際的にみて保全が必要な種にはみえない.国際的にこれらの種を保全していくためには,渡り鳥等保護条約や生物多様性条約の枠組みを活用することが賢明であるが,各発表者からは,この辺の取り組みについての説明がほとんどなかった.減少している渡り鳥の保護対策を進めることは,越冬地や中継地の国々にとっても生物多様性を守ることにつながるはずであり,東アジアの国々にとっても WIN-WINの関係になるため,この視点を持つことが大事だと思う.
日本鳥学会2023年度大会自由集会報告 W04 ヨタカの生態 −これまでの研究とこれからの課題−
多田英行(日本野鳥の会岡山県支部)
河村和洋(森林総合研究所 野生動物研究領域)
ヨタカは童話「よだかの星」の題材になったように、昔から里山の夏鳥として馴染みのある鳥です。夜行性であり地上に営巣することなど、他の鳥とは少し違った生態が広く知られている一方で、夜行性のために直接の観察が難しいことや、親鳥の擬態により巣の発見が難しいことから、詳細な生態についてはこれまで研究報告が少ない状態でした。
ヨタカは2006年の環境省レッドリストで絶滅危惧Ⅱ類に指定されたことなどをきっかけに、研究対象としての注目度が上がりました。近年はICレコーダーやプレイバックなどの新しい調査方法の確立も後押しする形で、ヨタカに関する研究報告が増えつつあります。例えば、ヨタカは伐採された人工林や植生が疎らな二次林、二次草原などに営巣しますが、巣材を使わないなりに営巣場所に必要な条件があることが明らかになりつつあります。また、ヨタカの生息適地を確保する上で人工林の管理や草原の維持が重要な役割を果たすこと、広域的な分布には景観要因や気温、標高が影響することも示されています。
本集会では、全国各地のヨタカ研究者が集い、それぞれの研究とその成果について紹介しました。そしてヨタカに興味のある参加者も交えての情報共有と課題整理を行いました。
1.はじめ「ヨタカの概要」
多田英行(日本野鳥の会岡山県支部)
ヨタカは4-5月に渡来してなわばりを形成し、6月頃に産卵のピークを迎えます。育雛期以降の生態はよく分かっておらず、渡去は12月頃まで続きます。生息環境は主に自然林、二次林、植林地などの森林環境で、渡りの時期には農地や都市公園などでも観察されます。1990年代の全国調査では分布の減少が見られましたが、現在は分布が回復しつつある一方で、草地、河川敷、人里などでは分布はあまり回復していない様子がみられます。鳴き声は状況に応じていくつかのバリエーションがあり、音声コミュニケーションも利用していると思われます。抱卵期間は17-19日で、ヒナは孵化後15日程度で飛べるようになり、17日以降は巣の周辺から姿を消し、独立ちするまではなわばりの周辺で過ごしていると思われます。夜行性のため目視観察が難しいこともあり、採食行動の詳細は明らかになっていません。
2.「ヨタカの営巣環境について」
多田英行(日本野鳥の会岡山県支部)
ヨタカの営巣地といえば、近年は植林伐採跡のイメージが強いですが、実際には植林地以外での営巣も多く見られます。岡山県内ではヨタカの生息地の多くは植林地が占めていますが、個体数密度でいえば自然林と植林地とでは大きな違いは見られませんでした。また、営巣地としては伐採後間もない環境以外にも、植林地の急傾斜地、二次林地の小規模崩落地や稜線上の疎林、明るい林内など、幅広い森林環境が利用されていました。これらに共通する抱卵場所の環境は、傾斜地の一部にある平坦な場所で、地表は水捌けの良い裸地となっており、抱卵場所の近くにはヒナが身を隠せるような小規模な茂みがある場所でした。抱卵場所から林縁や高木までの距離は巣によってばらつきがあり、林内の抱卵場所では林冠にヨタカが出入りできる隙間がありました。
3.「溶岩草原で繁殖するヨタカの営巣環境」
水村春香(山梨県富士山科学研究所)
富士山麓では二次草原(火入れ草原)でヨタカが営巣していますが、国内における二次草原での繁殖報告は少ない状態です。巣の近くに樹木のない二次草原に特化した営巣特性があるのかを調べるため、巣を中心とした植生や地表の状況と、非営巣地の状況を比較しました。その結果、ヨタカの巣は二次草地の中でも堆積地ではなく溶岩台地の上でのみで発見されました。また、営巣地は非営巣地と比べて裸地が広く、地表の石礫は大きく、地上から高さ0.5-1m程度の植生被覆が少なかった。さらに、ヨタカは溶岩台地の中でも営巣場所を厳選しているようで、溶岩台地の尾根地形や水はけの良さに加えて、溶岩台地にあるヨタカの体色に似た色の石礫の多さも営巣と関係しているのかもしれません。
4.「ヨタカの砂浴び、交尾、抱卵、育雛などの生態撮影」
吉村正則
夜行性のため観察の難しいヨタカですが、トレイルカメラによる自動撮影を用いることで、生態の一端を撮影することができました。細かい砂粒が乾燥した場所では、スズメの砂浴び跡のような窪地がいくつか見られることがありますが、ヨタカはそのような場所に日没後に現れると、細かな砂を体に浴びていました。このような砂浴び場所は、年や季節によって変わっていました。巣の撮影では、抱卵中のメスがさえずる様子が観察されました。また、抱卵中の巣にヤスデが近づいた際には、親鳥が翼を広げて威嚇していました。育雛期の撮影では、帰巣した親鳥がヒナを安全な場所に誘導する様子や、夜明け後にヒナを直射日光の当たらない草陰に誘導する様子が撮影されました。交尾行動としては、オスが地上や柱上でメスの前で尾羽を広げて細かく振り、求愛を受け入れたメスがオスと地上で交尾する様子を撮影をしました。
5.「ヨタカのさえずり頻度の変異と効率的な生息調査法」
才木道雄(東京大学秩父演習林)
ヨタカの広域スケールでの分布の把握や地域スケールでの生息地利用の確認には録音調査は有効な手段のひとつですが、音声の確認には録音時間と同等以上の時間が必要になります。そこで、データの一部をもちいてヨタカの在不在やさえずりの活発さを精度よく推定するため、さえずり頻度の季節的、時間的変異を考慮した効率的な生息調査法を検討しました。さえずり頻度の季節的変異は概ね二山型(つがい形成期、抱卵から育雛初期)となりましたが、さえずりの時間的変異には様々なパターンが見られ、薄明時のみの調査では在不在やさえずりの活発さを正確に把握できない可能性がありました。さえずり頻度の時間的変異を考慮した結果、さえずりが活発で時期を予測しやすいつがい形成期を調査対象時期とし、録音解析の努力時間を60分前後とした場合は、日没から日出までを1時間間隔に分割して5分ずつ確認するのが最も効率的で精度の高い調査法でした。
6.「人工林伐採による幼齢林の増加がヨタカの生息を促す」
河村和洋(森林総合研究所 野生動物研究領域)
ヨタカなどの遷移初期種は各地で減少していますが、伐採後の幼齢林は遷移初期種の代替的な生息地になりうるため、ヨタカが高密度で生息する場所では伐採による保全が期待されます。北海道中部でのプレイバック調査では、ヨタカの生息確率は伐採直後の人工林で高い傾向があり、周囲500 m圏内の幼齢林面積から正の影響を、標高から負の影響を受けていました。これらのことから、北海道中部の標高が低い場所では人工林伐採による幼齢林の創出が効果的なヨタカの保全策となることが明らかになりました。なお、標高の影響は本州で行われた既往研究では確認されなかったことから、気温の影響が反映されたものと思われます。人工林伐採で効果的にヨタカの生息地を創出するには、事前に対象地の気候や標高を考慮することが重要であり、このような各生物種の保全効果の場所差を考慮した森林管理は生物多様性の保全と木材生産の両立につながると考えられます。
7.まとめ「ヨタカ研究-世界での隆盛、日本での課題」
河村和洋(森林総合研究所 野生動物研究領域)
国内における近年のヨタカの研究は、調査手法の多様化、テーマの広がりと共に知見が増えつつあります。海外ではヨタカ研究のネットワークの形成や研究集会が行われています。未知の部分が多い上、特徴的な生態を有するヨタカは、様々な研究分野に展開できる魅力的な研究対象です。海外では既に、風と渡り経路の関係、月齢による渡り行動への影響、人工照明による夜間行動への影響、営巣場所の背景選択による隠蔽度の向上など、興味深い研究が進んでいます。一方、国内でのヨタカ研究の課題としては、捕獲、追跡調査の不足や、一般化できるだけの研究例がないことが挙げられます。これらの課題に対して、少しずつではありますが取り組みへの動きが出始めていることから、関係者の協力関係の構築も含めて、今後の研究の発展が期待されます。
本集会では上記の発表の後に、参加者も交えての質疑応答と情報交換を行ないました。営巣環境の条件や、生息調査の手法の確立、森林管理と生息状況の関係性など、近年明らかになってきたヨタカの基礎生態も多く、関係者が一同に会して情報共有することで、これまで不明な点が多かったヨタカの姿が明らかになりました。また、ヨタカの研究者でなくても、バンディングでヨタカを捕獲した際の個体情報や、カメラ等による撮影画像など、貴重な情報をもっている人がいることから、研究者と観察者が情報を共有することで、生態の更なる解明に繋がる可能性が見えてきました。一方で、海外のヨタカ類の研究と比較すると、国内ではGPSによる個体追跡や、暗視カメラ等による長時間撮影など、最新の調査機材を用いた研究が進んでいないという課題が見えてきました。また、国内外でのネットワーク作りも進んでいないことから、今後はこれらの基礎固めをすることで、ヨタカ研究の更なる発展が期待できると感じました。
お忙しい中、自身の研究内容を惜しげも無く共有してくださった発表者の皆様と、数々の魅力的な自由集会の中から本集会を選んでくださった参加者の皆様に、厚く御礼申し上げます。
【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(1)留学のきっかけから渡航まで
片山直樹(農研機構 農業環境研究部門 農業生態系管理研究領域)
皆さま、こんにちは。私は今年の4月中旬から、オーストラリアのクイーンズランド大学において、1年間の研究留学を始めました。カワウを愛する熊田那央さんと、二人の子どもたち(7才・3才)も一緒に来ています。今回、鳥学通信で連載記事を書く機会をいただきました。そこで、私たち研究者夫婦それぞれの視点で、日々の研究や暮らしのこと、そしてオーストラリアの鳥についてもお伝えしたいと思います。第1回目の今回は、私が留学のきっかけから渡航までをお話しします。
私はこれまで、日本で田んぼの鳥やその他の生きものを研究してきました。今回の留学では、こうした生きものたちにとっての「田んぼ」という生息地の大切さを、世界中の論文やデータを使って明らかにしたいと考えています。田んぼはアジアを中心に世界中に広がっていますので、英語や日本語の論文はもちろんのこと、中国語・韓国語・スペイン語などで書かれた論文やデータが存在するかもしれません。また、世界各地の研究者との連携も欠かせません。そこで、多言語の研究に詳しいクイーンズランド大学の天野達也博士と協力して、研究を進めたいと考えたのがきっかけの一つです。
オーストラリアを選んだ理由は、それだけではありません。オーストラリアにも田んぼがあって、ニューサウスウェールズ州の田んぼには絶滅危惧種のオーストラリアサンカノゴイAustralasian Bitternなどの水鳥が生息しています。この鳥の保全プロジェクトを進めているMatthew Herring博士とお会いして、ぜひ共同研究を進めたいと考えています。実はすでに、この記事が完成する少し前に彼と会うことができて、12月頃に田んぼを案内してもらえることになりました。その様子についても、今後の記事でお伝えできればと思っています。
さて当たり前といえばそうなのですが、オーストラリアでは基本的に英語で会話をしながら、日々の生活や研究をしなければなりません。海外留学に行くのだから、英語は問題なく話せるのだろうと思うかもしれませんが、私にとって「英語」は学生時代からとても苦手なものです。私はもうすぐ40才になりますが、海外経験も少ないし、国際会議での発表も片手で数えるほどしかありません。若い時から海外の研究室で活躍されている方々を見ると、本当にすごい努力を積み重ねたのだろうなぁと尊敬します。
そんな自分ですが、少しずつ英語学習(NHKラジオ英会話やレアジョブ英会話など)を続けたことで、学生の頃よりは英語への抵抗感もちょっと薄れてきました。そして一度きりの人生、一回くらい生まれ育った日本を離れてみたいと思うようになりました。今の自分の英語レベルでは、まだ海外で苦労することは分かり切っていますが、まぁそれも良い経験かなと思うようにもなってきました。
しかし、独身だった頃ならともかく、今は家族がいます。妻は国立環境研究所で働いていますし、子どもたちもいます。住み慣れた日本ですら子育てに右往左往している毎日なのに、海外で生活なんてできるのでしょうか。子どもたちは、現地の小学校や保育園に通えるのでしょうか。考えだすと、不安はつきません。こういう色々な思いを、妻に相談することにしました。彼女がもし反対すれば、留学は辞めようと思いました。ところがいざ相談してみると、「ぜひ挑戦してみたら?オーストラリアの鳥も見られるし」と言ってくれました。本当に勇気づけられました。もっとも内心では、色々な葛藤やトレードオフを考えたでしょうし、そのことは彼女自身が次の記事で話してくれるかもしれません。
私が働いている農研機構には、「在外研究制度」という留学制度があります。とはいっても誰でも自由に行けるわけではなく、理事の方々に研究留学の目的を理解していただくための書類やプレゼンが必須となります。農研機構は農業の研究所なので、農業における生物多様性の価値をきちんと伝えることが大切です。私も相当な時間をかけて資料を準備し、なんとか採択されました。採択者は、現地での滞在費と研究費の補助がもらえます。ただし、家族の費用は自腹となりますし、コロナ渦や円安によってオーストラリアの生活費は高騰しているので、相応の赤字は覚悟しています。
留学が決まってからは、たくさんの書類仕事が待っていました。何よりも大変だったのは、現地でのアパートの契約でした。近年のオーストラリアは、移住者がとても多く、空き部屋がすごく少ないです。そのため、人気の物件には数十人が内見にくるほどの競争率になっています(←内見しないと応募できない物件が多いです)。私の場合は、天野博士が代理で内見を行ってくれました。結局、7~8件ほど応募して、出発の二週間前になって、ようやく1つの物件が決まりました。入居可のメールが届いた時は、論文アクセプトのメールよりもうれしかったです。その後は、直前まで荷造りに追われました。子どもたちの持ち物が多いこともあって、スーツケース5個とバッグ2個の大荷物になってしまいました。
こうして4月15日の夜9時、成田空港からブリスベン空港に発ちました。最後に空港のレストランで食べた蕎麦が美味しくて、次においしい蕎麦を食べられるのは1年後かな…なんてことを考えました。機内では、家族4人がひと並びになる座席でしたが、子どもたち2人を少しでも広く寝かせてあげたいと思い、大人たちは狭いスペースに縮こまって、まともに寝ることができませんでした。それでも翌朝、快晴のブリスベンの地に降り立った瞬間、疲労感がどこかに飛んでいきました。これから、どんな出会いが待っているのでしょうか。長いようで短い1年間の、一日一日を大切にしたいと思います。