日本鳥学会2019年度大会自由集会報告:W04 若手の会 presents「鳥類研究× IT」

・上沖正欣(鳥類学若手の会)
・竹重志織(放送大学大学院文化科学研究科)
・高田 陽(明治大学大学院農学研究科)
・井上 遠(東京大学大学院農学生命科学研究科)
・大隅梨央(島根大学生物資源科学部)

2014年、IOCが立教で開催された折に「生態学会若手の会(現:生態学若手の集い)のような集まりを鳥学会でも作ってはどうだろう」という話があった。特に学部生や院生にとって、学会以外で横のつながりを作ることはなかなか難しいが、特に若い世代においては異なる分野や所属先と交流することは、将来の研究の幅を広げ共同研究への発展にもつながるため重要な意味を持つ。そこで、2018年より鳥類学に興味がある35歳以下なら誰でも参加可能な「鳥類学若手の会」を立ち上げ、鳥類学を志す若手の活性化を目指してSkypeを活用した輪読会、論文執筆合宿、メーリングリストやSlackでの情報交換等をおこなっている。2019年現在、全国の大学の学部生や会社員含めメンバーは50名を超える程になった。この若手の会メンバー有志で、昨年度最初の自由集会「研究対象としての“鳥類”を考える」を開催し、2回目となる今回は「鳥類研究 x IT」と題して鳥類研究における自動化をテーマに議論した。近年、自動撮影装置やドローンといった便利な調査道具、またオンラインデータベースを活用することでデータ収集が楽になった反面、集まった膨大なデータの処理に困っている研究者が増えてきているのも事実である。本自由集会では、自動化技術を駆使している研究者やIT技術者を招き、どのように効率的なデータ処理を実現しているかを紹介してもらった。


はじめに ―アナログからデジタルそして自動化へ―
上沖正欣

まず、上沖が紙とペンを使ったアナログ時代から、PCとインターネットが普及したデジタル、そしてプログラミングを活用した自動化への流れを紹介した。特にスマホが普及しSNSを活用して個々人が情報発信するようになった2000年代以降、eBirdiNaturalistなど調査参加型アプリを活用した市民科学が発達してきている。またICレコーダーによる自動録音やGPS追跡技術の向上により、MoveBankXeno-cantoなど世界中の研究者がアクセスできる行動・音声データベースに蓄積されるデータ数は年々増え続けており、これらを有効活用するにはどうしたらよいか、問題提起をおこなった。

Imagination-based 画像検索システムと環境分野へのその適用
林 康弘(武蔵野大学データサイエンス学科)

次に、武蔵野大学データサイエンス学科の林康弘准教授より「Imagination-based 画像検索システムと環境分野へのその適用」と題して、提示した画像から類似画像を自動検索する「イメージ検索」において、どのような手法を用いて画像処理をおこない検索精度を高めているのか、その概要を噛み砕いて解説していただいた。実例として、画像に記録された位置情報とイメージ検索を併用し、ネット上にある画像から海岸のプラスチックごみの分布を明らかにする試みが紹介された。

LINNÉ LENS ―オンデバイス AI によるデータ収集と研究者向け機械学習プラットフォームの可能性
杉本謙一(Linne 株式会社)

Linne株式会社の杉本謙一代表取締役からは「LINNÉ LENS - オンデバイスAIによるデータ収集と研究者向け機械学習プラットフォームの可能性」と題して、スマホアプリLINNÉ LENSの概要と、研究者ツールとしての利用可能性を紹介していただいた。生物種の同定にはある程度の専門知識が必要だが、LINNÉ LENSを使えばスマホのカメラで撮影した生物を、AIにより瞬時に同定することができる。こうした種の識別を自動化するツールは、研究者にとって有用なだけではなく、生物に興味を持つ人の裾野を広げることも期待できる。会場では実際にその場でインストールして早速試してみた、という声も聞かれた。

openCV を使ってデータ起こしを自動化する
西條未来(総研大院・生命共生体進化)

総合研究大学院大学生命共生体進化学専攻の西條未来氏からは「openCVを使ってデータ起こしを自動化する」と題して、自身の博士研究で扱っている自動化技術について発表していただいた。西條氏はコアジサシのコロニー調査で各巣に定点カメラを仕掛けており、10秒ごとに親がいつ巣にいるか/いないかといった画像データを集めているが、膨大な量の画像を手作業で確認するのは大変なため、openCVPythonで自動的に判断するプログラムを独自に作ったということだった。ただ西條氏はこれまでR以外のプログラミングをした経験はなかったということで、苦労話を交えながら実際に試行錯誤している様子は、これから始めたいと思っている方にとって大きな刺激になったのではないだろうか。

ロボット聴覚技術を用いた鳥の歌行動観測
松林志保(大阪大学工学研究科)

大阪大学工学研究科の松林志保特任准教授からは「ロボット聴覚技術を用いた鳥の歌行動観測」と題し、マイクを複数用いることでさえずっている鳥の位置を2次元もしくは3次元的に特定する試みを紹介していただいた。現在はICレコーダーにより自動録音が手軽にでき、いつどんな鳥が鳴いたかを記録することはそれほど難しくない。しかしながら、その音源を定位するには専用のシステムを構築する必要がある。そこで、松林氏らはロボット聴覚のために開発されたオープンソースソフトウェアであるHARKを活用し、鳥の姿が見えなくても鳥の移動を把握できるかどうか、また個体識別が可能かどうか、音声の自動観測とその精度向上について研究をおこなっている。鳥類の音声モニタリングには自動録音が幅広く活用されるようになってきているため、その次段階の技術として、先進的で非常に興味深い内容だった。

ビッグデータ解析のためのプログラミング入門 with R
北村 亘(東京都市大学環境創生学科)

最後に、東京都市大学環境創生学科の北村亘准教授からは「ビッグデータ解析のためのプログラミング入門 with R」と題し、Rの活用方法について話題提供していただいた。Rは今や研究者の間では知らない人がいないくらい有名な統計ソフトであるが、プログラミング言語としてRを使いこなしている人というのは多くない。エクセルでやりがちなデータ整理の段階からRを使うべき理由や、データ入力の際にはそのまま統計処理できるような形式とする利点や重要性の指摘があった。北村氏の講演内容およびRのスクリプトは、若手の会のウェブサイトで公開しているので、ぜひ活用していただきたい(https://ornithologywakate.wixsite.com/home/syukai)。


まとめ

ITをテーマとした自由集会ということで、演者が話している間にもリアルタイムに質問やアンケートをオンラインフォームで集める試みもおこなった。その中で、全て機械任せにするのはいかがなものか、という意見がいくつかあった。機械や自動化に頼りすぎるあまり、生物そのものを観察しなくなり、データの質が落ちてしまったり、見逃してしまうことがあるのではないか?というものだ。実はこうした意見は、自由集会開催前におこなった、若手の会の中でアンケートを実施した際にも出てきたものだった。つまりデジタル世代(1980年代前後以降の生まれ)であっても、諸手を挙げて全て自動化すればよいとは考えていないのだ。

しかし、自由集会で伝えたかったのは、データ収集から解析まで全てAIにまかせてしまおう、ということではない。あくまで質のよいデータを集め、解析結果に意味付けをするのは研究者自身であって、自動化技術やAIはその速度や精度を向上させるためのツールに過ぎない。PCが普及し始めた当初、仕事で使うべきかどうかという議論があったが、今やPCを使うべきではないと言う人はいないだろう。自動化の手法も、今後日常生活や研究に浸透していくはずで、自らが使いこなせなくとも、どのようなことが実現可能か、逆にできないことは何かをまず理解し、専門的知識を持った人と協力して研究の幅を広げることが、これからの研究者に求められているのではないだろうか。

また、感想の中には、鳥学会は他の学会と比較してデータ分析でプログラミングを使っている人や共同研究している人が少ないと感じる、という声もあった。文部科学省が実施した博士人材データベースを用いたキャリアパス等に関する意識調査(三木 2019)において、博士課程修了者が在学中に経験しておくべきだった事柄として「語学習得」「研究者間交流」「IT技術の習得」が上位に挙げられている。また、2020年から小学校でプログラミング教育が必修化されることなどからも、IT技術への理解を深める重要性が増していることは明らかである。この自由集会がきっかけとなり、演者や参加者同士が交流し、また少しでもデータ処理の自動化について考える場を提供できたのであれば、自由集会として、また若手の会としても、目的を果たせたかと思う。

最後に、お忙しい中講演して下さった演者の方々、諸々便宜を図っていただいた鳥学会実行委員の方々、そして当日参加して下さった皆様に、この場を借りてお礼申し上げます。

日本鳥学会誌 69(1): 126–128 (2020)より転載

 

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