シリーズ「鳥に関わる職に就く」:最後は起業って手も

2016年5月9日
NPO法人バードリサーチ 代表 植田睦之

シリーズ「鳥に関わる職に就く」では,嶋田さん,川上さん,濱尾さんがいろいろな立場から,研究者として就職するコツについて話してきました。でも「そうはいっても,そもそも自分に向いた公募が少ないんだよね」って思ったりしてません? そんな人にも最後の手があります。「職に就く」ではなく「職をつくる」起業です。ここは自由の国ジパング。誰でも社長になる自由があります。そして社長になれば自分のやりたいこと,好きにできます。でも,もちろん自由はただ(無料)ではありません。「社長という名の失業者」になりかねないリスクがもれなくついてきます。そうならないために,ぼくの経験を少し書きたいと思います。

ぼくが働いているバードリサーチは10年ほど前に3人でたちあげたNPOです。全国鳥類繁殖分布調査などの独自研究や環境省のモニタリングサイト1000カワウの保護管理や風車の影響や対策の委託研究などを行なっています。現在は,常勤スタッフ8名にまで増え,順調に活動しています。とは言っても小さい団体ですので,もちろん自転車操業。先はどうなるかはわかりません。

BR事務所.JPG

バードリサーチの事務所。雑然としていますが,中央の机にはお菓子が,冷凍庫にはアイスが常備され,福利厚生もバッチリ。

こうして自転車をこぎ続けていくために,ぼくが重要だと思うことがいくつかあります。それは人脈,楽しんでもらうこと,そして楽しむことです。

起業して最初の壁が「最初の仕事」をとることです。下請け仕事をとるのは,それほど難しくはありませんが,将来を考えると役所や研究所など公的な機関から,1つ仕事をとって,それを実績に仕事を広げていきたいところです。けれども実績のない団体へ公的機関が最初の仕事を発注をするのは容易ではありません。かなり発注側の担当者が骨を折ってくれないと,難しいのです。ぼくらの場合は,当時某研究所にいたN田さんや某省のS木くんが最初の仕事を発注してくれたのがきっかけで,今があります。起業を目指す人は,「○○くんが起業したのなら,仕事任せてみようか」と思ってもらえるような人脈をつくっておくことが必要です。そのためには嶋田さんが書いたような普段からの姿勢が大切なような気がします。

さて,1つめの仕事ができました。そしてそれを継続したり広げていくためには,どうしたらよいでしょう。「植田くんに頼んで正解だったね」と次の仕事も発注してもらえるように「一芸を持つ」ことも重要ですし,新しい仕事を開拓していくためには「受け身の達人」であることも重要だと思います。そしてそれに加え,調査の関係者に楽しんでもらうこと,楽しく仕事することが重要な気がします。

新しいことをするために,そして調査を続けていくためには,たくさんの外部の人の協力が必要です。糸目をつけずに謝礼を払える身分ではありませんから,その分,楽しんで調査してもらわなければ続きません。得られた成果をみんなに知ってもらって「やってよかった」と感じてもらえるようにしたり,調査中には下ネタをちりばめたり,そんな工夫をしています(ぼくの話は,ただ幼稚なだけではないのです)。そしてやはり自分自身が仕事を楽しむこと。辛気臭いのと一緒に調査したくないですよね。そして仕事を頼む側だって同じするなら楽しく仕事したいものだからです。

さあ,自分も起業したいなと思ったあなた。人生の選択肢として悪くないですよ。多くの人と関わり,そんな人の喜ぶ顔も見られ,やりたい研究もできる。こんな楽しい仕事なかなかないです。

といっても未経験でいきなり起業してうまくいく人はわずかでしょう。「いつかは一国一城の主」。そんな野望をいだいている方は,ご相談ください。バードリサーチでインターンでもしてもらって,ノウハウを身に着けてもらうこともできるかもしれません。「安い労働力を確保しようなんてブラックなこと考えているでしょ」なんて思いました? 鋭いですね。あるかもしれません。

お風呂.JPG

お風呂もあります。事務所に入居するときに大家さんにお願いして造ってもらいました。自分が必須と思うものを事務所に組み込めるのも起業の良いところ。

この記事を共有する

シリーズ「鳥に関わる職に就く」:一芸を伸ばす

2016年4月5日
独立行政法人 国立科学博物館動物研究部 濱尾章二

本シリーズ執筆者の中で(多分)最年長の私ですが、40歳を過ぎて学位をとり公募落選を繰り返したので、人並みの苦労をしています。大学によって異なる書式で業績をまとめ(なぜ出版年、査読有無などを一つ一つ別のセルに入れさせるのだ?)、職務に就いた場合の計画を作文することを繰り返しました。そのあげく、大学改組が認められなかったから公募を取り消すとの連絡を受けたこともあります。不合理、不公平と思えるしくみに落胆させられることがしばしばでした。

それでも、高校教員からの転職だったので、食べていけなくなるという心配はせずに済みました。定職に就いていない若手の方にとって、求職活動のストレスはたいへんなものと思います。ここでは、そういう方が少しでも気を楽に、元気に頑張ることができるようにと、研究職に就いてしばらく経った私が思い返して気付いたことを書いてみたいと思います。

選考では論文業績が優れていることが何と言っても一番重要、落選するのは業績や能力が不足しているからとお考えの方もあると思います。大講座を率いて博士課程の院生をガンガン指導していくポストではそうかもしれません。しかし、広く「鳥に関わる職」を考えると、そうではない場合も結構あるように私は感じます。それは、良くも悪くも、採りたい人について採用側の思惑があるからです。採用者に望む専門分野・活動履歴・年齢層などのいわば本音は、組織としては合理的な理由があるのでしょうが、公にする公募要項には書かれていないことが多いものです。

私が当初採用された国立科学博物館の附属自然教育園も、その名の通り教育活動が重要な仕事でした。また、同僚となった研究員の皆さんは一回り以上年上という年齢構成でした。多くの公募でマイナスだった(と思う)私の教員経験や年齢がプラスにはたらいたのではないかと思っています(想像ですが)。

自然教育園観察会_濱尾.jpg
自然教育園の観察会で解説する筆者(左)

ですから、不採用になっても、その理由は研究の実力の不足とは限りません。年齢など本人にはどうしようもない点で、相手の思惑を外れたからかもしれません。応募し続ければ、そのうち自分のもっているものが先方の思惑に合うという場合が出てくる可能性があります。

思惑と関係して、若い方には一芸を伸ばすことをお勧めしたいと思います。ある研究分野、ある研究手法、あるいはある地域、分類群については人に負けないものがあるというのは、公募で思惑に合う可能性を高めるでしょう。環境教育に強い、保全に明るいなどということも、公募によっては求めている人間像に合う可能性があります。よい論文を量産する研究能力とは別に一芸に秀でているというのは、公募で有利になるためというだけでなく、長い人生での研究生活を考えると、研究者のあり方としても意味があることだと思います(最後にあげる文献、サイトもご参照下さい)。

本稿が、鳥に関わる職に就こうという皆さんを少しでも励ますものになっていると幸いです。

(参考)
伊藤嘉昭 (1986) 大学院生・卒研生のための研究法雑稿.生物科学 38: 154-159.
lumely (2016) 学生に伝えたい,勉強・研究への取り組み方.ブログ図書の網

この記事を共有する

シリーズ「鳥に関わる職に就く」:受け身の達人

2016年2月17日
森林総合研究所 川上和人
バイクにまたがる筆者.jpg
黒いのがバイクで、赤いのが著者。

「このジョルノ・ジョバァーナには夢がある!」
彼は夢に向けて進み、見事ギャングのボスになる。海賊王、天下一武闘会、主人公達は熱い目的意識で未来に向かっていく。

しかしそんな明確で壮大な夢に突き進む主役級の人材は、現実には一握りだ。主人公への視線は憧憬であって共感ではない。私も大それた野望もなく、破廉恥なことばかり考えながら受動的で器用貧乏な半生を過ごしてきた。

受動的も器用貧乏も、ニュアンスは悪口である。しかしこれも処世術と心得たい。中途半端な受け身は身を滅ぼすが、とことん受けて立てばいつか達人の域に達し、器用大富豪になるはずだ。

大学三年の私は、恩師となる樋口広芳先生の研究室の門を叩いた。
「鳥類について學びたく、何卒御指導賜りたい」
「では君、小笠原でメグロを研究してみ給へ」
名前も場所もとんと聞いたことがない地名だったが、大志を抱かぬ私にとって師の導きは宇宙の真理である。
「仰せのままに」

さも自らの意志であるかのような顔で小笠原の土を踏み、以来20余年間そこで研究を続けている。同じく小笠原で研究を進める森林総合研究所のスタッフと出会うまで、長い時間は要しなかった。
メグロ.jpg
メグロ。この鳥のおかげで,今の私がある。

「君、森林総研で小笠原の研究をする気はあるかね」
3年ほど経った頃である。大学院在学中の私には、就職なぞまだ現実感のない2001年宇宙の旅のようなもので、とっくりと考えたこともない。
「それはもちろんでございます」
突如の質問にはとりあえずイエスで答える。ノーと言えない由緒正しい日本男児の姿を確と見よ。

急遽公務員試験を受け博士課程を中退し、現職に至る扉を開く。森林総合研究所は林野庁傘下の研究開発法人である。爾来、世のため人のため林野庁のため自分のため、鳥学に身を委ねる毎日である。
「君、カタツムリの調査をしてくれ給へ」
「君、予算をとってきてくれ給へ」
「君、恐竜の本を書いてくれ給へ」
「君、バイク雑誌の原稿を書いてくれ給へ」

依頼や勧誘を承諾し続けると、経験値も選択肢も拡大する。断り続けると縮小する。鳥学分野での就職難は最近始まったことではない。選択肢の拡大は重要な戦略だ。私が現職に誘われたのも、何でもやりますと二枚舌と八方美人を駆使していたからに他ならない。

今もって具体的な目標はない。しかし、具体ではないが明確な目標がある。長期的に明るく楽しく鳥学に励むことだ。その経路もゴールも問うつもりはない。汚名も謹んで拝命しよう。

大志の成就を目論む者は、賢明にその道を進むがよかろう。しかし流され人生も恥じ入る必要は皆目ない。私と同じく破廉恥で自堕落な、ただし鳥学をこよなく愛する後進達には、受け身の達人を目指して八方美人な鳥学道を歩んでほしい。

そしていつか、上手に断れずにこんな原稿を引き受けてもらいたい。

この記事を共有する

シリーズ「鳥に関わる職に就く」:タイミング,求めよさらば与えられん

2016年1月25日
公益財団法人 宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団 上席主任研究員
嶋田 哲郎

鳥学で仕事をする,本当に狭き門です.少ない席をめぐって熾烈な競争があります.私の話は,上には上がいる,と思ってもなおかつ鳥学で仕事をしたい人のための話です.私の同期(40代半ば)には優秀な鳥学者がたくさんいます.あいつにはかなわないなあ,と思う人が頭に浮かびます.また,和文誌編集委員などいくつかの学会役員をやらせていただきましたが,みなさん頭の回転が速く,仕事が速すぎます.

さて,こういう上には上がいる状況で,どうしたら鳥学の仕事につけるのでしょうか?それはタイミングです.最初から身も蓋もない言葉で申し訳ありません.でも続きがあります.タイミング,求めよさらば与えられんです.

修士2年の頃,博士課程にすすんで自分の研究を極める覚悟がなかったこと,経済的な事情もあり,修士で終えて就職しようと思っていました.鳥学会には学部のときから参加していました.私の同期の鳥学者は繁殖期の鳥をやっている人が多かったのですが,非繁殖期でガンカモというのは当時私くらいでした.そういう意味では競争相手は少なかったといえます.ガンカモをやっている数少ない若手として,学会を通じて多くの水鳥研究者と深く交流できたことは,就職につながる背景のひとつでした.

伊豆沼内沼サンクチュアリセンター.jpg
宮城県伊豆沼にある職場の伊豆沼・内沼サンクチュアリセンター

もうひとつ,どんなにつまらない内容でもできるだけ論文を書くようにしていました.自分が新しい発見しているのだという高揚感,そしてそれを論文にすれば自分の仕事が永遠に残るという事実は私にはたいへんな魅力でした.論文として少しずつでも結果を積み重ねていけば,見てくれている人は見てくれているものです.日本雁を保護する会の呉地正行さんから財団で職員を探しているよ,という連絡をいただき,その話に飛びついてから今に至ります.

私は学位よりも就職を選びました。一方で,同期がすばらしい業績を上げて博士号を次々に取得していく中,早く学位をとらなければという焦燥感にかられました.また,研究員という肩書きをもちながら博士号をもっていないことに引け目を感じていました.ようやくホッとできたのは,論文博士として博士号を取得できた,就職してから10年後のことでした.

鳥学で仕事をするにはいろいろな道があります.私の場合,就職はタイミングがよかったというしかありません.しかし,振り返ってみると,結果的にではありますが,タイミングをつかむための努力はしていたように思います.上には上がいる,という事実に幾度となく自信をなくしつつも自分のオリジナリテイを常に探っていました.そして,学会に出て見識を広めること,自分の実績を着実に残すこともしていました.そういうことが鳥学で仕事をするためのタイミングを引き寄せたのだろうと思います.見ている人は必ず見ています.

この記事を共有する

シリーズ:「鳥に関わる職に就く」の刊行

2016年1月24日
広報委員会 三上修

広報委員会からの新しい鳥学通信のシリーズの紹介です。
それは、タイトルのとおり「鳥に関わる職に就く」というものです。

現在、鳥学に関わらず、若手研究者の就職が厳しくなっています。
大きな理由は、1.不況、2.少子化、3.ポストポスドク問題の3つでしょう。
簡単に説明します。

1.不況によって、あらゆるところに余裕がなくなっていて、これまであったポストが、職についていた方が去ると同時にポストそのものが無くなる傾向にあります。
2.少子化に伴い、教育関連のポスト、とくに大学のポストが減少しています。
3.ポスドクを増やす政策が行われたあと、その受け皿がないままポスドクが増え、とてつもない競争状態に陥っています。

と、なかなか大変なことはありますが、鳥に関わる仕事で生きていく、それが楽しい、ということを若手研究者、あるいはもっと若い世代である学部生や、さらには高校生に伝えて、進学したり、進学せずとも鳥の分野に入ってきて欲しいという思っています。

そこで、鳥に関わる多様な職についている方に、どうやって、その業種に入ったのか、その苦労、楽しみ、職をつかむコツなど、書いてもらおうと思いました。

それによって、若手の希望になったり、なにか作戦を考えてもらえばと思っています。
これから、不定期に掲載していきます。

この記事を共有する