2020年度の黒田賞を受賞して

明治大学 研究・知財戦略機構
山本誉士 http://ytaka.strikingly.com

 この度、2020年度の黒田賞を受賞することができ、大変名誉に思っております。残念ながら今年度の受賞講演は延期となりましたが、鳥学通信の場をお借りして、関係者の皆さまへの御礼と受賞の感想を述べさせていただきたいと思います。

 まずは私の研究内容の概要について。私はこれまで動物装着型データロガー(バイオロギング)を用い、主に海鳥類を対象として、彼らの繁殖期の採餌や非繁殖期の渡りといった、海上での移動と行動を明らかにしてきました(e.g. Yamamoto et al. 2010 Auk, 2014 Behaviour)。そして、衛星リモートセンシングデータ解析などを組み合わせることで、海鳥類がどのような海洋環境を選択的に利用しているのか、また環境変動と関連して空間分布がどのように動態するのかといったメカニズムの理解に努めてきました(e.g. Yamamoto et al. 2015 Mar Biol, 2016 Biogeosci)。近年では、鳥類の環境利用の特徴を統計モデル化することで、環境情報から時空間分布動態の推定にも取り組んでおります(e.g. Yamamoto et al. 2015 Ecol Appl)。さらに、海鳥類の空間分布データの一部を用い、生物多様性保全に関わる保全海域の選定に還元してきました。

 一方、海鳥類は陸上で集団営巣するため、繁殖地での行動観察やモニタリングなどによって、様々な生態が明らかにされてきました。しかし、海上における行動観察の困難さから、これまで断片的なデータをもとに解釈されたり、理論が提唱されたりしてきました。この点において、データロガーを用いて海上での行動も捉えることで、よりシームレスに繁殖生態の特徴や個体数変動の要因などの解明に努めております(e.g. Yamamoto et al. 2017 Ornithol Sci, 2019 Curr Biol)。

 さて、このような機会ですので、私のこれまでの苦悩(?)についても、少し回顧させていただきたいと思います。そもそも、私がなぜ鳥類を研究対象に選んだのかというと、それは「たまたま」でした。元々は、なんとなくペンギンの研究をしてみたいなと思っておりましたが、いきなり海外で野生のペンギンを研究対象とすることは難しく、大学院時代の指導教官の勧めによってオオミズナギドリの研究に取り組みました。そのため、このようなことを申すのは少し気が引けますが、私は鳥についてすごく興味があるかと言えばそうでもありません。私が識別できる鳥の名前は海鳥類を含めても数少ないです。それ故、鳥に詳しい人々が集まる日本鳥学会は、学生の時分にはハードルの高い場所であり、少し引け目(劣等感?)を感じていました。また、「とりあえずロガーを付けてみる」という私のスタンスが、研究の基本である仮説検証型ではなかったことも理由の一つかもしれません。しかし、フィールド調査を通して自然の中に身を置くことで、現象を理解する面白さや、研究対象としての鳥類の魅力を感じてきました。また、データを解析することで、これまで予想していなかった行動を明らかにできるデータ駆動型スタイルも、ロガーを用いた研究の醍醐味の一つであると今は強く感じております(e.g. Yamamoto et al. 2008 Anim Behav)。ジェネラリストかスペシャリストか?仮説検証型かデータ駆動型か?鳥類に限らず、哺乳類も含めて、様々な動物種を対象に研究する私のようなスタイルはジェネラリストであり、一方で移動という側面から動物の環境適応の理解に取り組むスペシャリストでもあります。また、現在でもデータを解析することで特徴を見出すデータ駆動型の研究を推進しつつ、その過程においてフィールドで発見した疑問などを基に仮説検証型の研究にも取り組んでおります(Yamamoto et al. 2016 J Biogeogr)。研究ベクトルには様々ありますが、分野を越えて多様な手法を取り入れつつ、特にこだわらないというこだわりが私の研究スタイルであると、いまは自信を持っていえます。

 もしかすると、鳥学会に参加している学生さんの中にも、かつての私のように、鳥に詳しくないことで引け目を感じている人がいるかもしれません。また、自分に研究ができるか不安に思っている人もいるかもしれません。でも、きっと大丈夫です。学生の時の私は決して優秀であるとは言えず、劣等感の塊でした。今回、そんな私が黒田賞を授与されるに至ったことが、若い世代の人々の励みの一つになれれば嬉しく思っております。鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ(コピーライトマークK先生)。でも、今後も「楽しみながら」鳥類の研究に取り組むとともに、日本鳥学会のさらなる発展に貢献できるよう努めて参りたいと思っております。最後に、あまりに多すぎるためここでは述べることができませんが、未熟な私をこれまで根気強くご指導いただきました先生方や先輩方、またフィールド調査でお力添えをいただいた全ての方に、心より感謝と御礼を申し上げます。

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アルゼンチンでのペンギン調査の様子
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2020年度中村司奨励賞を受賞して

西田有佑(大阪市立大学)

 皆様こんにちは、大阪市立大学の西田有佑です。このたび、「モズのはやにえ」に関する私の研究成果に対し、2020年度の中村司奨励賞を頂けることになりました。栄誉ある賞で大変嬉しく思っております。今年はコロナ流行の影響で鳥学会の年次大会が中止となり、受賞した研究内容を発信する場が残念ながらなくなってしまいました。そこで、鳥学会の運営委員の方々にお願いしまして、鳥学通信の場をお借りして、この記事を掲載させていただきました。委員の皆様ありがとうございました。

 私が研究しているモズは、昆虫などを好む食肉性の小鳥です。ときおり捕まえた獲物を枝先などの鋭利な場所に突き刺し、そのまま放置することがあります。この串刺しの獲物を「モズのはやにえ」といいます。モズがなぜはやにえを作るのか、これまでたくさんの仮説が提案されています。大きな獲物を食べやすい肉片に引き裂くための行動、なわばりの領有権を主張するマーキング行動、なわばりの餌の豊富さや餌採りの上手さを誇示する行動などです。そのなかでも最も有力視されてきたのが「冬場の保存食」仮説です。モズは餌の少ない冬に備えて、はやにえをせっせと貯えているという主張です。いろいろ文献を調べてみると、おもしろいことが分かりました。簡単に調べられそうな仮説なのに、ほとんど検証されていないのです。誰でも思いつきそうな仮説なので、鳥類学者の興味をそそらなかったのでしょう。しかし、これは「はやにえ研究」の先駆者になれるチャンスです。というわけで、私は冬場の保存食仮説の検証に乗り出しました。

 はやにえが冬場の保存食ならば、気温が低く、餌不足に苦しむ時期にモズたちははやにえを一気に回収するはずです。その結果がこちら(図1)。モズの雄のはやにえの生産時期と消費時期を表したグラフです。生産のピークは10~12月で、モズは毎月約40個のはやにえを貯えるようです。比較的暖かく、餌の豊富な秋にはやにえを貯える傾向があると言えそうです。次に消費時期です。はやにえの消費量は気温が低くなるにつれてどんどん増えていき、消費のピークは1月だと判明しました。この時期は1年で最も寒い時期、平均3℃程度。どうやら予想通り、モズは餌の少ない冬に向けて、はやにえを貯えていると言えそうです。これにて一件落着!…でしょうか?

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図1 モズのはやにえの生産量と消費量の季節変化と気温の関係。横軸の数値ははやにえ調査を行った月を、白の棒グラフは月々のはやにえ生産数(平均値±SD)を、赤の棒グラフははやにえ消費数を、青の折れ線は最低気温の平均値を表す。

 図1のグラフをみて、少し不思議に思うことがありました。はやにえの主な機能が冬の保存食ならば、1月と同じくらい気温の低い2月にももっと多くのはやにえが消費されてもよいはずです。しかし、はやにえの消費量は1月がもっとも多く、2月ではわずか。これは、はやにえには「冬の保存食以外」の機能も備わっている可能性を示唆しています。はやにえの消費がピークとなる1月は、モズの繁殖シーズンの開始直前であることを踏まえると、はやにえの新機能は繁殖となにか関係があるかもしれません?

 モズの雄は繁殖期になると、メスへ求愛するために活発に歌い始めます。私の過去の研究では、早口で歌う雄ほどメスにモテること、栄養状態の良いオスほど早口で歌えることが分かっていました。もしかすると、モズのオスは歌の魅力を高めるための栄養補給として、はやにえを食べているのでは?と大胆な仮説をたててみました。仮説を検証するため、まずは繁殖開始前のはやにえの消費量と繁殖期の歌の魅力度(=早口さの程度)の関係を調べました。結果がこちら(図2)。なんと!はやにえをたくさん食べていた雄ほど、早口で魅力的に歌うことが分かったのです!この結果は本当に正しいのでしょうか?念のため、実験もしました。
雄のなわばり内のはやにえをすべて取り除いた「除去群」(すまない!モズたちよ!)、はやにえの個数を操作しなかった「対照群」、大量の餌を与えた「給餌群」を用意。もしはやにえが歌声に影響を与えるならば、3つの実験条件で歌声の魅力(=早口さの程度)が異なるはずです。すると予想通り、対照群に比べて、給餌群のオスは早口で歌えるようになり、メスをすぐにゲットできたのに対して、除去群のオスはのろのろと歌い、繁殖期中ずっと独身のままでした。つまり、モズのはやにえは「歌声の魅力を高めるための栄養食」としての役割を果たしていたのです。

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図2 繁殖開始直前のはやにえ消費量と、モズの繁殖雄の歌唱速度の関係。歌唱速度の値が大きいほど、早口で雄は歌い、雌にとって魅力的な歌声であることを表す。

 モズのように餌を貯えるふるまいは、専門的には「貯食行動」といいます。貯えた餌は餌資源の不足を補うための食糧であるという解釈がこれまでの主流でした。モズのはやにえにも「冬場の保存食」の役割がありましたが、さらに「歌声の魅力を高める栄養食」の機能もあわせもつことを突き止められました。つまり、モズのはやにえは生きるためにも、恋を成就させるためにも重要な食料だったのです。

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日本鳥学会2019年度大会自由集会報告:小笠原で一番ヤバイ鳥:オガサワラカワラヒワを絶滅の淵から救う

南波興之1*・川上和人2・小田谷嘉弥3
1日本森林技術協会
2森林総合研究所
3我孫子市鳥の博物館
*t-namba@jafta.or.jp

はじめに
 カワラヒワChloris sinicaの亜種オガサワラカワラヒワC. sinica kittlitziは,小笠原諸島の固有亜種である.本亜種は,近年個体数が急激に減少しており,何らかの保全対策を打たないと絶滅する恐れがあるが,その対策はまだ十分に行われていない.さらにこの状況が一般に認知されているとは言い難い.そこで,オガサワラカワラヒワの持つ価値や個体群の現状,対策の必要性を日本鳥学会員と共有することを目的として,自由集会を開催した.以下,当日の発表内容を概説する.

話題1:オガサワラカワラヒワの絶望と希望

川上和人(森林総合研究所)

 川上は小笠原の鳥類の概要とオガサワラカワラヒワの分類,生態,個体数と減少の要因について説明した.オガサワラカワラヒワは,現在は母島列島の属島と火山列島の南硫黄島でのみ繁殖しており,各列島内での島間移動がある.個体数は,母島列島で100-300羽の間と推定されている.本亜種は主な食物資源として草本と木本の種子の両方を利用している.形態としては,大陸や本州に生息している他の亜種と比べて,体サイズが小さいわりに嘴が大きい傾向がある.遺伝的に本州の亜種カワラヒワと大きく離れていることを概説し,後続の発表者へと話を繋いだ.

話題2:オガサワラカワラヒワの系統的位置と分類学的再検討

齋藤武馬(山階鳥類研究所)

 齋藤は大陸と周辺島嶼,日本に生息するカワラヒワの8亜種について複数の遺伝マーカーを用いて分子系統解析を行った.その結果,オガサワラカワラヒワのグループとそれ以外の亜種のグループに分かれ,この2つのグループが分岐したのは,約106万年前に遡ることも分かった.この分岐年代はカワラヒワの近縁種である,キバラカワラヒワC. spinoidesとズグロカワラヒワC. ambigua間の分岐年代と比べて,約1.8倍も古いことも明らかとなった.
 さらに,上記の亜種間の形態学的差異についても調べ,亜種オオカワラヒワC. s. kawarahibaが最も体サイズが大きい一方で,オガサワラカワラヒワは他のどの亜種と比べても一番小さな体に一番長い嘴を持つことが分かった.これらの結果から,オガサワラカワラヒワは亜種ではなく独立種とすべきと結論された.なお,この内容は後述の通り2020年5月に論文として公表された.

話題3:オガサワラカワラヒワ個体群の現状と存続可能性分析

南波興之(日本森林技術協会)

 南波は林野庁が行なっている小笠原固有森林生態系保全・修復等事業と小笠原諸島希少鳥類保護管理対策調査の概要について説明した.その事業で林野庁が収集していたオガサワラカワラヒワのモニタリングデータをとりまとめたところ,過去20年で年変動はあるものの,本亜種の観察個体数は減少を続けており,近年5年間では,母島で観察される事例がかなり限られている現状を説明した.また,一連のモニタリング調査で推測された野生下の寿命やクラッチサイズ等の生態的な情報を用いて存続可能性分析を行った.その結果,現状の個体数では,いつ絶滅してもおかしくない状況であることが明らかになった.そして個体群減少の要因を分析すると,外来ネズミ類による本亜種の卵や雛の捕食が強く影響している可能性を示唆し,母島属島の外来ネズミ類の対策の必要性を示した.

話題4:オガサワラカワラヒワとクマネズミ,ドブネズミ,トクサバモクマオウの4者関係

川口大朗(横浜国立大学)

 川口は所用で東京の会場に来ることができなかったため,Skypeによって父島から発表した.現地調査および操作実験により,外来ネズミ類によるオガサワラカワラヒワの樹上の巣における捕食可能性が,クマネズミRattus rattusが優占する母島とドブネズミR. norvegicusが優占する母島属島の向島では異なることを示唆した.この違いは,クマネズミは木登りが得意で,ドブネズミは木登りがあまり得意でないという外来ネズミの生態的特徴を反映していると考えられた.すなわち,木登りが得意なクマネズミが生息する母島では,オガサワラカワラヒワの巣のから卵や雛が捕食され,繁殖がほとんど成功せず,一方で向島では,ドブネズミが登ることのできない通直な樹形をしている外来樹のトクサバモクマオウCasuarina equisetifolia(以下モクマオウ)で繁殖成功している可能性を操作実験で示し,近年の観察ではモクマオウでのみで繁殖が確認されていることを報告した.ただし,モクマオウは小笠原諸島において侵略的外来種であり,生態系保全上の障害となっている.オガサワラカワラヒワが外来のネズミによって絶滅の危機に晒されながら,一方で外来のモクマオウに個体群の維持を依存しているといった,島嶼生態系の微妙な生態系バランスについて解説した.

 質疑では,個体群の減少に本当にネズミが関わっているのか,ほかの原因はないのか,また,母島属島でネズミを駆除した場合のリスク等について質問があった.川口と共同研究者の川上がそれらの質問に対して,現状明らかになっている知見から外来ネズミ類が大きい減少要因であることがほぼ間違いないことを回答し,外来ネズミ対策の必要性を訴えた.一方で,母島属島のドブネズミを駆除することでニッチの空きが生じ,新たにクマネズミが母島属島に侵入する可能性を解説し,モニタリングの必要性を論じた.さらにネズミ駆除以外の本亜種の保護の方法について質問があり,今後,域内・域外保全を進めるためには環境省による希少野生動植物種の保護増殖委員会の立ち上げも必要であることが議論された.

 最後に自由集会参加者には,オガサワラカワラヒワの保全活動普及を目的として川口が作成したステッカーが配布された.ステッカーのデザインは,切り絵をベースにオガサワラカワラヒワの特徴である嘴を大きめにした.さらに黄色い丸は,繁殖地の島の数(向島,姉島,妹島,姪島,平島,南硫黄島)を示しており,今後保全活動が進み,丸の数(繁殖する島数)が増えることを願いデザインされている.ステッカーは,100枚用意して94枚が配布されたため,途中で会場を中座した参加者を含めると100名以上参加していただいた計算になった.

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 総合討論の時間を設けていたが,川口の発表に端を発する活発な議論により,終了時間となり閉会した.

大会終了後の現在
 齋藤は,発表した研究成果をまとめ,「Cryptic Speciation of the Oriental Greenfinch Chloris sinica on Oceanic Islands」という表題で論文を発表した.その論文中で分類を再検討し,オガサワラカワラヒワは他の亜種と比べて進化的に独自の特徴を持つことから,カワラヒワと別種の独立種オガサワラカワラヒワ (英名Ogasawara Greenfinch,学名Chloris kittlitzi)とすることを提唱した.論文は,オープンアクセスとなっているため,誰でもインターネットから閲覧することができる(https://doi.org/10.2108/zs190111).なお,論文を掲載したZoological Science誌は,この論文の掲載号の表紙にオガサワラカワラヒワの写真を採用した(https://bioone.org/journals/zoological-science/volume-37/issue-3).

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Zoological Science Vol.37 NO.3号に掲載されたオガサワラカワラヒワの写真.小笠原諸島向島で向哲嗣 氏撮影.

 さらに齋藤と川上は,「日本固有の鳥が1種増える!? ―海洋島で独自に進化を遂げた希少種オガサワラカワラヒワ―」という表題で,それぞれ山階鳥研と森林総研から共同プレスリリースを行った.
http://www.yamashina.or.jp/hp/p_release/images/20200527_prelease.pdf
https://www.ffpri.affrc.go.jp/press/2020/20200527/index.html

 小笠原諸島に関わる研究者間ではこの鳥が絶滅するかもしれないという危機感が共有されていた.今回の自由集会や論文等によって全国の鳥類研究者,そして社会一般にこの問題が共有されることを願ってやまない.

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遅い思考「システム2」を意識せよ!意思決定にひそむバイアス-男女共同参画シンポジウム参加報告-

大阪市立自然史博物館 堀江明香(企画委員)

2002年、プリンストン大学の名誉教授ダニエル・カーネマンは心理学者でありながらノーベル経済学賞を受賞した。ダニエル・カーネマンの専門は意思決定論および行動経済学である。彼は、我々が日常的に下している意思決定のしくみを、直感的・感情的な「速い思考(システム1)」と、意識的・論理的な「遅い思考(システム2)」という比喩を使って説明した。大変面白いので、2012年に邦訳された彼の一般向け著書「ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?(早川書房)」の一読をお勧めするが、かいつまんで言うと、我々は通常、直感的な「システム1」を自動運転させて意思決定を行っており、違和感や熟慮を要する事態になると「システム2」が論理的思考を開始するらしい。本書に載っている、以下の問題を考えてみてほしい。

・バットとボールは合わせて1ドル10セントです。
・バットはボールより1ドル高いです。
・ではボールはいくらでしょう。
即座に10セントという答えがひらめくのは「システム1」のおかげだが、もちろんその答えは間違っている。本書に記載された「システム1」の重要な特長は以下のようなものだ。
*認知が容易なときにそれを真実だと錯覚し、心地よく感じ、警戒を解く
*信じたことを裏付けようとするバイアスがある
*感情的な印象ですべてを評価しようとする
*手元の情報だけを重視し、手元にない情報を無視する
*難しい質問を簡単な質問に置き換えることがある

最後の項目は例えば、難しい質問「応募者に賞を与えるべきか」という問いの代わりに、簡単な質問「応募者に好感が持てるか」という問いに答えることで難しい質問の答えとしてしまう、といった置き換えである。

「システム2」は、この便利だけれど少し困った「システム1」の行動や決定を監視して制御することができる。ただし、その思考にはより多くの労力を要するため、基本的に「システム2」は怠け者らしく、往々にして「システム1」の決定を安易に承認してしまう。少し「システム2」を働かせれば、バットとボール問題の答えが5セントであることはすぐ分かるのだが、我々は往々にして頭に浮かんだ10セントという答えで満足してしまう。特に、認知的に忙しい状況(考えねばならないことが多いような場合)、空腹時、疲れているときには「システム2」を十分に働かせることが難しい。その結果、思い込みや安易な結論への飛びつき等、無意識のバイアスが我々の意思決定に混入する。

ダニエル・カーネマンの本は、主に企業の経営陣に向けたものだが、大企業のCEOでなくとも、すべての組織は日々、多くの意思決定に追われている。特に、優良な人材確保はどの組織でも最重要課題であり、研究の分野でも、大学や研究機関での採用人事、大きな共同研究の公募、学会では評議員や会長の選定や各種の賞の受賞者決定など、枚挙に暇がない。2018年に私が参加した第16回男女共同参画学協会連絡会シンポジウムのタイトルは「今なお男女共同参画をはばむもの」、テーマセッションでは意思決定にひそむ「Unconscious bias(無意識のバイアス)」について講演が行われた。

男女共同参画に絡む「無意識のバイアス」については、男女共同参画学協会連絡会のHPで公開されている「無意識のバイアス-Unconscious Bias-を知っていますか?」というリーフレットに詳しい例が出ているし、すでに企画委員(当時)の藤原宏子さんが、このリーフレットの紹介記事を鳥学通信に書いておられるので、詳しい内容は割愛するが、私の印象に残った事例は、「シンポジウムのオーガナイザーが男性だけだった場合、招待講演者は男性に偏る」という事実であった。これは日本の学会での例である。慣れ親しんだものや、自分に似たものに好感を抱くのは人として当然である。しかし、それが雇用や受賞の機会、研究の評価等に偏りを生じさせてしまっては、組織の健全な成長にブレーキをかけることになる。少数派が全体の選択に影響を与えられる人数構成の目安は3割なのだそうだ。評議委員会、教授会、賞や新任採用の選考委員会のみなさま、構成員の女性比率は3割に届いていますか?

テーマセッションを通して伝えられたメッセージの中で最も重要だと感じたのは、「バイアスは誰もが持っているもので、無意識であるがゆえに取り除くことが困難であり、組織がそのバイアスを排除できるようなルールを作ることが重要である」ということであった。これはいわば、思い込みを取り除き、「システム2」を呼び起こすためのルール作りである。組織のトップに女性を含む企業のほうが、男性ばかりの企業よりもリーマンショックからの立ち直りが早かったという事実もあり、大きな企業ではダイバーシティ戦略を組み込んだ経営ルール作りが当たり前になってきている。一方、大学や学会ではそのような対策が遅れがちであり、取り組みの濃淡は各大学・学会によって大きく異なる。

2018年の男女共同参画シンポジウムでは、学協会連絡会のロゴマークの発表も行われた。地球の上に立つ男女が手を取り合い、同じ組織で共に交じり合いながら科学の屋根を支えている、という意味を持つマークで、素敵なものだった。大規模アンケートで「自身で研究室を主宰したい」と答える女性研究者は増えてきており、男女問わず、研究者の意識は確実によい方向へ変わってきている。学会にせよ大学・研究機関にせよ、この流れを受け止めるためのルール作りが進むことを切に願っている。最後に、バイアスを排除するためのルール作りに役立つ情報をふたつ紹介する。後者に関してはいずれ書籍紹介の記事を書きたいと思っている。

  • 北東北ダイバーシティ研究環境実現推進委員が作成した、研究者採用ガイド「ダイバーシティの観点からの研究者採用を実施するために」
  • Iris Bohnet 2016. WHAT WORKS: Gender Equality by Design. The Belknap Press of Harvard University Press. (イリス・ボネット(著), 池村千秋(訳). 2018. WORK DESIGN: 行動経済学でジェンダー格差を克服する. NTT出版).
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日本鳥学会2019年度大会自由集会報告:大規模太陽光発電施設の鳥類への影響を考える

佐藤 重穂(森林総合研究所)*
北村 亘(東京都市大学)
金井 裕(日本野鳥の会)
浦 達也(日本野鳥の会)
北沢 宗大(北海道大学)
*E-mail: shigeho@affrc.go.jp

*本報告は同タイトルのフォーラムの記事(日本鳥学会(69(1):130-132)に画像とリンク先を追加したものである。

はじめに
 近年,大規模な太陽光発電施設の建設が国内各地でみられているが,それに伴い,環境保全上の問題も生じている.持続可能な社会の構築に向けて,再生可能エネルギーの利用の促進は必須だが,環境破壊や生態系への負の影響はできる限り回避する必要がある.しかし,太陽光発電施設が鳥類をはじめとする生態系にどのような影響を及ぼすのか,十分に解明されていない.
 そこで,鳥類保護委員の佐藤,北村,金井が中心となって,大規模太陽光発電施設が鳥類に与える影響をテーマに自由集会を企画した.本集会では,これまでの知見を総括するとともに,環境アセスメント制度の中での扱いについて情報を共有して,論点を整理し,さらに研究者にどのような研究が求められるかの意見交換を図ることを目的とした.

話題1: 集会の趣旨説明と鳥類保護委員の活動

佐藤重穂

 2019年7月に環境影響評価法施行令が一部改正され,太陽光発電施設も環境アセスメント制度の対象となることが決定した.しかし,一定規模以上の施設が対象となるため,それに該当しない施設は対象とならない.2019年6月に日本鳥学会鳥類保護委員会は環境省に対して,太陽光発電施設に関する意見書(鳥類保護委員会2019)を提出した.要望内容は,次の3点である.

1)太陽光発電施設のもたらす自然環境への影響の調査・研究の実施
 大規模太陽光発電施設の設置が,鳥類をはじめとする生物の生息および自然環境に対してどの程度の影響を及ぼすか,予測・評価をできるようにするために,調査・研究を推進すること.

2)鳥類への影響の回避措置の実施
 大規模太陽光発電施設の設置を行う場合,予防原則に基づき,鳥類への影響を回避もしくはできるだけ低減させるための措置を講じるようにすること.

3)環境影響評価法等の法制度の整備
 50ha以上の開発面積を伴う太陽光発電施設計画については,環境影響評価法の規制の対象とすること.50ha未満の計画についても,事前届出制度や公表の義務付けなど,必要な制度を早急に整備し,トラブルに繋がりそうな計画を早期に把握するとともに,行政指導を行うこと.

 以上のように,環境影響評価制度の対象となる発電施設の規模要件を厳しく設定することを求めるとともに,鳥類や生態系への影響調査,および予防原則に基づく影響の回避措置を求めている.
 なお,国の環境影響評価法施行令改正では,出力が4万kW以上である太陽電池発電所の設置の工事の事業を第一種事業とし,出力が3万kW以上4万kW未満である太陽電池発電所の設置の工事の事業を第二種事業とすることとなっているが,出力4万kWは100haに,3万kWは75haに相当する.大規模太陽光発電施設については,2020年から環境影響評価を義務づけることが2018年に閣議決定されたが,その際に対象となる事業の規模要件として100ha以上とされた.しかし,2019年現在,条例で太陽光発電事業を環境影響評価の対象としている自治体では50ha以上とするものがもっとも多かった.環境影響評価法の対象は埋め立て,干拓について50ha以上を第一種事業の対象としていることから,委員会の要望書では,太陽光発電事業についても50ha以上を規模要件とすることを提言した.

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自由集会での発表の様子.

話題2: 大規模太陽光発電施設が野鳥をはじめとする自然環境に与える影響

浦 達也

 気候変動の原因である温室効果ガスの排出量を大幅に削減することが喫緊の課題である.温室効果ガスの削減策の一つである再生可能エネルギーのうち,国内では太陽光発電の導入が進み,多くの大規模太陽光発電施設の運転が開始されている.近年,太陽光パネルの設置のために森林や草原が伐開されたり,太陽光パネルを池や沼の水面を覆うように設置するなど,野鳥の生息場所への影響が懸念される事例が多数みられ,各地で自然保護上の問題が発生している(環境省(2019)太陽光発電施設等に係る環境影響評価の基本的考え方に関する検討会報告書参照).そこで,大規模太陽光発電が,どのように自然環境に影響を与えるのかについて課題を整理した(浦(オンライン)大規模太陽光発電施設が野鳥をはじめとする自然環境に与える影響~問題点・課題・対策~参照).
 太陽光パネル設置が野鳥へ与える影響として,直接的な生息地の喪失,生息地の改変や分断,利用場所からの閉め出しの主に3つが挙げられる.設置場所が野鳥にとって魅力的ではない場所(例:都市環境,集約的な耕作地,整備された工業用地など)では,影響が小さいが,保護区やその近くなどに太陽光パネルが設置される場合は,野生生物にとって貴重な生息場所である可能性が高く,野鳥へ悪影響を与える可能性も高まる.放棄耕作地や生産力の低い農地,長期間放置された工業用地などでは,太陽光パネルの設置用地とされることが多い.しかしこれらの場所では,すでに希少な動植物種が生息するなどの理由で自然保護上の重要な場所になっていることがあり,太陽光パネルの設置によって希少な動植物へ悪影響を及ぼす可能性が高い.
 また,水鳥が光を反射する太陽光パネルを水域と間違い,衝突する可能性もある.カゲロウ,カワゲラのように水中に卵を産む昆虫は,光を反射する太陽光パネルを水域と間違えて太陽光パネルの表面に卵を産むことが確認されている.設置場所やその周辺が,そういった昆虫を重要な食物資源としている野鳥の生息地である場合,野鳥の繁殖成功度と食物入手の機会を減らす可能性がある.さらに,太陽光発電所を囲んでいる防護柵やフェンスは,野鳥の衝突の危険性を高める可能性がある.
 なお,太陽光パネル設置による環境や生態系へ及ぼす影響として,次のようのものがある.太陽光を地表が反射する割合が変化し,大気の温度に影響を与える.地表面温度と大気境界層の状況が変化する.土地利用や土地被覆の変化が生じる.外来植物の侵入や生物相の変化を促す.
 以上のように,さまざまな影響が生じることが考えられるので,それを避けるために,設置前に詳細な環境影響評価を行うことが必要である.

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採餌場所が減るチュウヒ(写真:日本野鳥の会岡山県支部).

話題3: 太陽光発電事業に係る環境影響評価について

森田紗世也(環境省環境影響評価課)

 令和元(2019)年の環境影響評価法の施行令改正により,令和2(2020)年4月から,100ha以上の太陽光発電施設が環境影響評価法による評価対象となる(環境省(オンライン)環境アセスメント制度:令和元年政令改正関係(太陽電池発電所の追加)参照).太陽光発電については,すでに日本国内の累計で43GWの発電施設が導入されている.日照条件が良ければ,どこでも設置できるという利点もあるが,建物の屋上などだけでなく,森林伐採のような開発行為を伴う事例も多い.また,地域住民に対する説明が不十分な事例もある.
 100ha以上(4万kW)が第1種事業,75ha以上(3万kW)が第2種事業となり,それよりも小規模な事業は自治体による条例での評価対象となることがあり得る.さらに規模が小さいものは,環境への影響に関するガイドラインを環境省が設定して,それに沿うように促すことを考えている.その場合は,自主的な簡易評価をしてもらうことになる.事業規模の要件については,他の種類の事業案件と同等にする必要性がある.
 太陽光発電事業はさまざまな場所に設置されることが想定されるので,地域特性を考慮すべきと考える.第1種事業は必ず環境影響評価をするが,第2種事業でのスクリーニングにあたっては,森林伐採,土地の安定性(土砂流出),水の濁りなどが懸念される場合に評価の対象とすることを想定している.

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林地に設置された太陽光パネル(写真:佐藤重穂).

話題4: 太陽光発電施設は鳥類の生息地として機能しているか? 北海道勇払平野での検証

北沢宗大

 生物多様性に対する脅威として,土地利用の変化と気候変動はどちらも重要な要因である.しかし,気候変動への対策である再生可能エネルギーの導入には,多くの土地が必要なものもある.大規模太陽光発電はその一つであり,野生生物の生息地の保全との間にトレードオフの関係が生じる.
 太陽光発電施設における鳥類の生息地としての価値は,これまで知られていなかったので,こうした施設を建設した場合,どの程度,価値が低下するかを正確に評価できなかった.そこで,鳥類の生息地としての価値を他の土地利用方法と比較するための研究を行った.
 調査地は北海道南部の勇払平野であり,22haないし62haの太陽光発電施設が3カ所建設されている.太陽光発電施設,湿原,耕作放棄地,牧草地,畑の5種類の土地利用について,鳥類の繁殖期の生息状況を調査した.その結果,種数,個体数は湿原や耕作放棄地に比べて太陽光発電では少なく,牧草地や畑と同程度であった.例えば草原性の種であるノビタキでは,繁殖成績と餌資源になる昆虫のバイオマスは,太陽光発電と他の土地利用との間で差はなかった.ただし,太陽光発電施設の中でも除草の場所を限定した施設では,生息する鳥類の個体数が多かったので,こうした配慮によって生息地の価値を多少高めることは可能かもしれない.
 この研究では北海道の一地域だけのもので,全国的な評価をするためには,広域かつ多地点の調査が必要である.また,今回の調査では草原性の鳥類を対象として扱ったため,森林性の鳥類への影響は不明である.今後のさらなる研究が求められる.

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太陽光パネルにとまるノビタキ(写真:北沢宗大).

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場所を限定した除草(写真:北沢宗大).

 以上の4名の演者による話題提供の後,企画者の一人である北村が,再生可能エネルギーの導入目標が政府によって示されている中で,今後も太陽光発電施設の増加が見込まれること,しかしながら,千葉県の山倉ダムでは水面に太陽光パネルが設置されたために水鳥の飛来数が減少した事例や,太陽光パネルを設置するために林地が伐採されたことで土砂崩れなどの問題が生じている事例などがあることを紹介した.その上で,研究者としては,効率的な調査手法や評価手法の確立,鳥類の生息地の視点から保全の優先順位の高い場所の提示,発電施設の望ましい管理方法などに取り組めるのではないかと提案した.
 これを受けて,会場の参加者との意見交換を行った.時間が不足して,討議が不十分だった感があるが,100名余りの参加者の方々が熱心に聞いてくれたことは,持続可能な開発と環境保全の両立という困難な課題に興味を持つ人が多いことの表れとも言える.研究活動が持続可能な社会の構築に役立つよう努力したい.

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自由集会の会場の様子.

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日本鳥学会2019年度大会自由集会報告:幕田晶子さんのイラスト作品の水鳥と湿地保全への貢献

呉地正行*・須川 恒 (日本雁を保護する会)
*E-mail: gan.g.kurechi@gmail.com
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*本報告は同タイトルのフォーラムの記事(日本鳥学会(69(1):128-130)に画像とリンク先、集会後の参加者からのコメントを追加したものである。

はじめに
 JOGA(注)の自由集会は,ガンカモ類の研究者と,その重要生息地ネットワークに関わる人々との仲立ちをする目的で始められ,1999年以降,鳥学会大会時に毎回開催されてきた.集会のテーマは,毎回ガンカモ類の生息地のネットワークを活性化し,現場での活動を支援するという視点で設定されてきた.しかし重要ではありながら,これまで項目から抜けていた課題がある.それは,水鳥とその生息環境である湿地の価値と保全活動・研究活動の重要性を普及啓発する活動である.その活動には,鳥学的な成果を文章や数値を用いずに可視化し、多くの人々が体感できるメッセージとして伝えるイラスト等の道具が不可欠となる。JOGAの関係者も多くのデザイナーやイラストレーターと連携して作成した道具を用いて,普及啓発を行ってきた.その中でも東北の地にあって,ガン類の最大級の越冬地である宮城県大崎市蕪栗沼のほとりに仙台市から移住し,「心地よい風景」の中で20年以上にわたり,心に響く多くの作品を手掛けてきたデザイナーの幕田晶子(1959—2018)さんの役割は大きかった.幕田さんは,残念なことに2018年12月に若くして亡くなられた.この功績を偲び,地域に広く周知する「幕田晶子回顧展」が2019年7月9—27日に,地元の田尻さくら高校さくらギャラリーで開催された.本集会は「水鳥と湿地保全への貢献」という切り口で,幕田さんの功績を関係者で共有することを目的に開催し,約20名が参加した.
 本集会では,冒頭に須川が趣旨説明を行い,次いで呉地が幕田さんの作品誕生の背景とその経過,及びその効果について,代表的な作品をスライドで紹介しながら以下のような講演を行った.
 なお,幕田さんの人となりの紹介および主要な10作品についてはJOGA23のサイトにファイルをリンクしてあるのでぜひごらんいただきたい.

幕田さんの作品について
 幕田さんの作品は,微生物から宇宙まで多種多彩で膨大な数に及び,その思いの中核には,まず雁がいて,さらに雁が住む風景が残されている蕪栗沼がある.幕田作品の特徴は,雁のいる風景の中に住み,湿地とその生き物の鼓動を肌で感じながら,それをデザインして可視化していることだ.この現場へのこだわりが,普遍性があるメッセージとなっている.それを象徴しているのが,幕田さんが活動を開始する際にまとめた「theかぶくりサークル」の図である.そこには蕪栗沼を中心に,世界や宇宙にまで広がる円環と調和の幕田さんの世界観が示され,それがその後の全ての作品の底流となっていた.
 幕田さんは立ち上げから関わってきた地元環境保護団体(NPO法人蕪栗ぬまっこくらぶ)のためだけでなく,ゴールを共有する関係諸団体や機関のニーズに基づき,生き物の息吹と現場感覚を感じられる作品を発信してきた.その連携先は,地元の農家,NGO,企業,市町村,県,国,大学など多岐に及び(一覧図),それらの作品は今も地域の自然資源を可視化する道具として様々な場所や場面に登場している.その一方でそれが幕田作品であることを知る人は多くはなく,優れたデザイナーの重要性について更なる周知が必要である.このことも本集会を企画した理由の一つである.

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 これらの作品の中には,地元NGOが編集し,環境省東北地方環境事務所から発行された「ふゆみずたんぼ」のパンフレット(図ふゆみずたんぼ)のように,未だに需要が多く,初版発行以来4回版を重ねているものもある.「ふゆみずたんぼ」という言葉は,冬期の水田に水を張り,新たな水鳥の生息地を創出するとともに,生き物の力を活かした持続可能な水田農業を可能にする農法で,宮城の蕪栗沼から全国へ発信し,現在は全国に普及した取り組みだが,その啓発普及の道具としてこのパンフレットは大きな力を発揮した.またふゆみずたんぼ農法に対応した3年間使える「生きもの3年カレンダー」を地元NGOと東北地方環境事務所と協働して作成したが,これもふゆみずたんぼの取り組みを後押しする大きな力となった.

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 またラムサール条約湿地関連では,地元NGOと大崎市が協働し,「化女沼,蕪栗沼・周辺水田」のパンフレットを発行したが,これらはすべて幕田作品である.
 また1983年以来その個体数回復事業を行っているシジュウカラガンに関しても多数の作品を残している.仙台市八木山動物公園,日本雁を保護する会が編集発行したパンフレット「COME BACK GEESE-仙台の空に再び」は同事業の普及啓発に大きく貢献した.
 また近縁種で特定外来種のオオカナダガンと,国内希少種のシジュウカラガンとの混乱を整理するために,環境省生物多様性センターと日本雁を保護する会が協働して作成した「似ているけど,違うのです」は,全国ガンカモ生息地調査関係者に配布され,その後,両種はきちんと分離して記載されるようになった.またこれと関連した「ふやそう四十雀雁,へらそう加奈陀雁」(図タペストリー)は稀少亜種であるシジュウカラガンと特定外来種のカナダガンを表裏1枚のチラシとすることで,その違いを明確に伝えるとても有効な道具となった.

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集会を開催してわかってきたこと
 呉地の講演後に参加者全員との質疑と意見交換を行い,また集会の参加票に多くのコメントを書いていただいた.参加者からは,これまで幕田さんの諸作品に接していたが,それらが幕田さん一人の作品であったことに驚いたというコメントが多くあった.
 幕田さんはどのように依頼者とやりとして作品をつくっていたのかとの質問が会場であった.幕田さんが依頼者の希望を直感的に理解してその場でラフスケッチを描いたやりとりが始まること,依頼内容が漠然としている場合は,納得できるまでやりとりが続くことや,慣れていない素材が対象の場合は,現場を見て自分なりのイメージを得てから作業を進めたことなどが紹介された.
 デザイナーが芸術家と異なるのは,自らの思いではなく,依頼者の思いを作品として可視化することだ.幕田さんが一人で多様な作品を多数生み出すことができたのは,様々な依頼者の思いを依頼者以上に深く理解し,それを多くの人の心に届く作品に仕上げる能力に長けていたからであろう.
 本集会では,ねらいであった湿地保全や水鳥保護の諸活動において,能力のある意識の高いデザイナーとの連携・協力がどれだけ大切なのかを再確認できたと思う.

おわりに
 幕田さんが亡くなって1年たつが,今でも幕田さんの作品と出会わない日は殆どない.そのたびにその作品作成のために議論をしていた当時の光景が思い浮かぶ.幕田さんの命は天に召されていったが,多様な幕田作品が発するメッセージは,今も多くの人々の心の中に生き続けている.集会後に参加者の一人が「デザイナーっていいなあ」とポツリと言った.この言葉を天上の幕田さんに送り,この報告を終えたい.

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=JOGAとは,Japan Ornithologist Group for Anatidae Site Network in the East Asian Flywayの略称.1999年に設立され,当時の日本語名称は,その支援対象のフライウェイの枠組みが,「東アジア地域ガンカモ類重要生息地ネットワーク」と呼ばれていたため,「東アジア地域ガンカモ類重要生息地ネットワーク支援・鳥類学研究者グループ」と呼ばれた.その後,2006年にその枠組みが変更され,「東アジア・オーストラリア地域フライウェイパートナーシップ」となったため,現在,JOGAの日本語名称を「東アジア・オーストラリア地域渡り性水鳥重要生息地ネットワーク(ガンカモ類)支援・鳥類学研究者グループ」と変更した.詳細はここを参照されたい。
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●集会参加者コメント一覧
・素晴らしい作品群を見せていただきありがとうございました。
・あらためてデザインの大切さがわかりました。ありがとうございます。
・作品の説明を見て思うのですが、幕田さんの作品ということは知りませんでした。とても、よくわかりやすいデザインで、一般の方にもわかりやすい目に見える化することは、とてもりっぱなことと改めて思いました。
・様々なグッズが普及に役立ったことがわかった
・デザインは、もちろん配色レイアウトは、どれをみてもデザイナーさんの仕事だということはわかります。そんな方がガンも描いていることはたいへん貴重な存在だったのがわかります。こういう方がまたあらわれてくれることを願っています。
・とても幸せな例だと思いました。人に伝えることは、デザイン・イラストの使命ですが、幕田さんと呉地さんの出会いは必然だったのですね!!と思いました。
・幕田さんの表現力に改めて感動しました。また、皆様のこれまでの活動を呉地さんの解説で振り返っていただき、大変勉強になりました。今後の活動の参考にさせていただこうと思います。
・幕田さんの作品は、シンプルで人に伝わりやすい絵を描かれていましたね。現場で実物をみているからこそ、多くのポーズを生き生きとえがけたかなと思いました。
・よくみたことのあるパンフレットやチラシをすべて同じ方が作っていたのを初めて知りました。
・専門の人も専門外の人もわかりやすいと思える良いデザインが普及啓発によく役立つのだろうと思いました。地図などの多くの人が見るものに環境や生物系のイラストが説明を入れることで、多くの人に関心をもってもらうことができたと思いました。環境や生物への理解や愛があったからこそクオリティーの高い良いデザインが出来上がったのだと強く思いました。
・幕田さんの多様な作品 もっとこれからも見たかったです。
・イラストデザインで、一人でも多い方に手に取っていただける、興味を持ってもらえることが各湿地には重要で、でも難しいことなので、幕田さんの活動は、とてもうらやましく感じました。

以上
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科学・技術分野の次世代育成と環境づくりにおいて男女差をなくすために ―第17回男女共同参画学協会連絡会シンポジウムの内容を読んで―

上沖正欣(日本鳥学会企画委員)

 日本鳥学会は、自然科学系分野の男女共同参画を進めるために2002年に設立された男女共同参画学協会連絡会にオブザーバーとして参加しており、毎年開かれるシンポジウムに出席している。私は今年のシンポジウムに企画委員として出席予定だったが、2019年10月12日にお茶の水女子大学で開催予定だった「第17回男女共同参画学協会連絡会シンポジウム-科学・技術分野の次世代育成と環境づくり」は台風の接近に伴い中止となり、参加予定者への講演要旨集の送付と発表ポスター等の公開のみとなった。そのため、公開された資料についての所感を述べることで今年度の報告に代えたい。
 男女共同参画の実現が21世紀日本社会の最重要課題と位置づけられ、1999年6月に「男女共同参画社会基本法」が公布施行されてから20年以上経過しているが、日本における研究分野における女性研究者比率は15%程度と、30%を超える諸外国と比較して最低水準となっている。特にSTEM分野(Science, Technology, Engineering, Mathematics)と称される科学・技術・工学・数学分野において、学力や業績に男女差はないにもかかわらず女性研究者の比率が低いことが指摘されており、政府や大学、学会は採用方法の見直しや女性向け支援制度の創設、ワークショップ開催など様々な取り組みを進めている。女性比率の向上は、単純に性比が平等になるというだけではなく、女性をはじめとする多様な人材の活躍を推進し、社会構成や意思決定のダイバーシティが創出されるというメリットにもつながる。実際、企業においては、男性ばかりの均質な人材の組織よりも、女性がいる組織のほうがリスク管理能力や業績が向上し、イノベーションが起こりやすいという調査結果がある。
 発表資料を読んでいる中で、九州大学の女性枠採用のデータに目が留まった。年齢層の高い役職である教授は既婚率が高い(86%)反面、子供がいる割合が少ない(14%)が、准教授や助教クラスでは既婚率が50~70%程で子供がいる割合は50%前後ということだった。若い世代の職場環境やワークライフバランスが改善傾向にあることが指摘されていたが、恐らく社会的抑圧の緩和や女性自身の意識変化も関係しているだろう。その他、いずれの大学・学会の発表結果においても女性比率は年々増加する傾向が見て取れた。こうした流れは素直に喜ばしいし、今後も続いて欲しいと思う。しかし、全体の増加率は年1%前後とごく僅かであり、連絡会が掲げる2020年に女性研究者の比率を30%とする目標には遠く及ばず、更に10年以上かかってしまう計算になる。
 最大のボトルネックとなっていると思われるのが、大学院への女性の進学率の低さだ。科学技術・学術政策研究所がまとめた「科学技術指標2019」によると、学部生の男女比はほぼ半々なのだが、そのうち修士課程に進学する男性が15%なのに対し、女性は7.6%と約半数になっている(その後の博士課程への進学率や職業選択に顕著な男女差はない)。つまり、研究職の女性比率を増やしたいのであれば、学部生のうちから対策を考える必要があるということだ。ただ、男女平等社会が実現されるほど、女性は科学や数学の道を選ばなくなるという「男女平等パラドックス」という問題もあり、科学分野で性比の偏りを解消することはそれほど簡単ではない。
 鳥学会が過去に「科学技術系専門職の男女共同参画実態調査」へ提供した2006~2010年のデータを見ても、この傾向が見て取れる。つまり、鳥学会学生会員の男女比はほぼ半々であるのに、一般会員における女性会員の割合は1/4程度と明らかに少ないのだ。対象年内で継続して会員になっている割合も、男性会員はほぼ100%であるが、女性会員は65%と4割近くが退会してしまっている。これは2015年の同シンポジウム報告でも、川上和人氏が問題点として挙げている点である。鳥学会としても、退会する際にアンケートを取ったり、将来の人生設計や職業選択をテーマに女性同士の意見交換会などを実施したりするのもよいかもしれない。鳥学会においても、より積極的に女性に働きかけなければ、男女差を縮めることは難しいだろう。
 また、個人的に気になったのは男女の意識差である。連絡会のウェブサイトで閲覧することのできる過去の大規模アンケート結果を見てみると、男女共同参画のために今後必要なこととして、男女共に「男性の意識改革」と回答した割合が一番多くなっており、女性では「育児介護支援策等の拡充」「男性の家事育児への参加の増大」がそれに続く。いずれの項目においても男性の回答割合は約5~10%低く、特に「男性の家事育児への参加の増大」は男性49%・女性63%で、差が15%と最も大きくなっており、男女間の温度差が感じられる。仕事と子育ての両立に対する苦労や不安が女性側にだけ偏るのは明らかに不公平だが、私自身男性として、そして身近な人の話を聞いていても、職場における男性への期待や家庭における男性の「甘え」があるように感じている。女性の社会進出を促すのであれば、まずは男性の意識改革をおこなって無意識のバイアス等を排除し、職場の育児支援制度を充実させ、男性が積極的に家庭進出するという、男性側の働きかけが何よりも必要であると思う。
 近年、働き方改革や男性の育休取得、ワークライフバランスが頻繁に叫ばれるようになっているが、こうした社会潮流との相乗効果により、研究職に限らず様々な社会において男女差が今後益々改善され、「次世代育成と環境づくり」への大きな推進力となることを期待したい。そして近い将来には、男性だから女性だからと言われない、個々の能力が真っ当に評価される、真の意味で偏見の無いジェンダー平等・公平な社会が実現されればよいと、切に願う。

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