会長退任のご挨拶

2015年12月31日
鳥学会会長 上田恵介

暮れも押し詰まり、いよいよあと少しで新しい年の始まりです。私の任期もあと数時間ですが、この場をお借りして、一言、ご挨拶を申し上げます。

会員の皆さま、この2年間、どうもありがとうございました。去年はIOCがあったので、学会のことをあまりじっくり考えるヒマもなく、1年が過ぎてしまいました。今年も大したこともできないまま、あっという間に過ぎてしまいました。

しかしいまあらためて鳥学会を眺めてみると、私や上の世代はもうほとんど運営メンバーにはいなくて、評議員会も各種委員会も、若い方々が活発に活動しています。この2年間、たしかに短い期間でしたが、私が会長をしたことで、少しは学会の若返りに弾みをつけることが出来たかなと思います。選挙制度の改革は、プロセスに少しごたごたがありましたが、それなりに新しい制度が発足し、新会長が民主的に選出されたことは喜ばしいことです(今後、毎回、複数の立候補者が出て、会長選挙が活発になるとうれしいのですが)。

大会規則の改定と若手向けの賞の創設もしたかったのですが、どうも私の段取りの悪さで、来年度に持ち越してしまったことについてはもうしわけなく思っています。西海新会長、どうかよろしくお進めください。

つい先日、元会長の山岸哲さんとお話ししました。「なんで鳥学会に出てこないんですか」という私の問いに、自分が出て行くと、どうしても若い人たちが発言を遠慮してしまうので、学会の運営にはよくないとおっしゃっていました。私も学会運営には今後は関わりませんが、研究は続けるので,若い方々に負けないようないい研究発表をしようと考えています(ポスター賞も年齢制限がなければ狙おうと思っていたのに・・・)。もちろん、私でお役にたてそうなこと(論文査読とか)はいくらでもお手伝いしますので、お申し付けください。

では、西海新会長と早矢仕副会長、新評議員のみなさま、それから山口事務局長と新しい事務局メンバーの皆さん。あとはお任せしますので、よろしくお願いします。

よいお年を。

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和文誌編集委員会の新たな試み

2015年12月14日
和文誌編集委員会委員長
日野輝明

会員の皆様には、日本鳥学会誌の論文の投稿や査読等でお世話になっております。

和文誌編集委員会では、今年から来年にかけて新しい試みをいくつか始めます。すでに開始しているものも含めて、まとめて紹介いたします。これからも、和文誌をより良い雑誌にしていけるよう会員の皆様からのご協力をいただければ幸いです。

1.日本鳥学会誌への投稿の際に共著者からの投稿の同意書が必要になりました。

すでにホームページ等でお知らせしていますように、責任著者は、和文誌への論文投稿の際に、共著者全員から投稿への同意が得られていることを示す同意書が必要になりました。同意書を論文査読・投稿システムからダウンロードいただき(http://ornithology.jp/osj/japanese/wabun/toko_doisho.pdf)、共著者全員による署名もしくは捺印の上、投稿原稿と一緒にPDFファイルや画像ファイルなどでお送りいただくか、郵送をお願いいたします(複数枚にわたってもかまいません)。この同意書がない投稿論文は受け付けませんので、ご留意ください。

この変更に合わせて、投稿規定の改正を行いました。「第2条 投稿資格」において、共著者の要件として「すべての共著者から、内容並びに投稿への同意が明示的に得られている必要がある」の条文を追加しました。

2.投稿の手引きに「著者の倫理的責任」を明記しました。

データのねつ造や論文の盗用などの学術論文の不正問題が次々と発覚し、研究者のモラルへの世間の目が厳しくなっています。本来あってはならないことですが、不正とは気づかずに無意識に行っていることもあるかもしれません。そこで、和文誌編集委員会では、「投稿の手引き」に「著者の倫理的責任」の項目を新たに設けて、科学規範についての記述を、下記の通り明記いたしました(10月発行の2号において、手引きの追加・修正の形で掲載し、来年4月発行の1号において改訂)。上記の共著者の同意書も、この規範に従って行うものです。一度目を通していただき、研究者としての責任を再度ご認識いただければと思います(http://ornithology.jp/osj/japanese/wabun/toko_tebiki.html#sofu)。

著者の倫理的責任
 著者は、研究とその公表についての誠実性を保つために、以下の科学規範に従わなければならない。
・原稿を2つ以上の学術誌に同時に投稿しない。
・原稿はその一部または全体が、過去に出版されたものではない。ただし、以前の研究を発展させた新たな研究の場合は除く。
・投稿数を増やすために、単一の研究を複数に分割していない。
・データ(画像を含む)は、ねつ造や操作されていない。
・他人のデータや文章、学説を、盗用していない(盗用)。他の研究の引用(要約・意訳したものを含む)は明記され、逐語的な転記には引用符が用いられている。
・著作権のある資料については、使用許可が確保されている。
・投稿前に、共著者全員、場合によっては研究実施機関の責任者から、投稿への同意が明示的に得られている。
・投稿原稿に名前が掲載されるいずれの著者も、その科学的研究に対して十分に寄与しており、従って研究成果に対する連帯責任と説明責任を共有している。

3. 電子版ダウンロード制限期間を1年間に短縮します。

和文誌に掲載された論文PDFのJ-stageでの公開は、平成19年より開始されて今年で9年目になります。その間、会員の方の権利を守るために、非会員による全文ダウンロードが可能となる制限期間を発行後2年間に設定してきました。しかしながら、論文は会員に限らず非会員も含めてできるだけ多くの人に読まれてこそ、その価値が発揮されるものと考えられます。また、和文誌に掲載された論文が、他雑誌で引用される頻度が増えていくことで、知名度も向上し、会員の増加にもつながることが期待されます。このような理由より、来年の1号から、和文誌では全文ダウンロード制限期間を1年間に短縮いたします。

4. EDITOR'S CHOICEによる注目論文を毎号選定します。

来年以降に発行される和文誌掲載論文のうち、1号につき原則1編の注目論文を編集委員会の協議に基づいて選出します(あくまでも原則のため、号によっては2編選出される場合もあれば、選出なしの場合もあり)。選出論文については、鳥学通信で紹介するほか、特典として、J-stageでのダウンロード制限期間なしに公開いたします。注目論文の性質上、発行前の選出が望ましいのですが、編集・印刷スケジュールの都合もあり、当面は発行後に1ヶ月くらいかけて編集委員全員で選考していく予定です。注目論文に選出されることは、論文を投稿する者にとって励みとなると考えられ、質のより高い論文が増えていくことが期待されます。

5. J-stage公開論文の年間アクセス件数ベスト10の論文タイトルを紹介します。

編集委員会では、2年前からJ-stageでの搭載論文について、アクセスの多い国、分類群、テーマ等を集計した結果を、総会において口頭で報告してきました。それによると、毎年1万件を超えるアクセスがあり、その半分は国外からであることなどが分かりました。要旨と図表の説明を和英併記していることの効用といえます。これらの分析結果については、これまで概要しか紹介できませんでしたが、来年からは鳥学通信で前年1年分の詳細な分析結果を紹介していく予定です。さらに、アクセス上位論文ベスト10も合わせて公表して行きます。ちなみに、昨年のベスト10については、ホームページの和文誌のページで紹介していますので、関心のある方は是非ご覧になってください(http://ornithology.jp/osj/japanese/wabun/top_access.html)。

6. 受理論文は、次号掲載予定論文としてHPに掲載します。

受理された論文は、次号掲載予定論文として、ホームページの和文誌のページに直ちに紹介いたします。これによって、著者は公表の時期を知ることができ、会員は次号の内容をあらかじめ知ることができます。この試みはすでに開始していますので、関心のある方は是非ご覧になってください(http://ornithology.jp/osj/japanese/wabun/next_issue.html)。

7. 和文誌でモノグラフ掲載を再開します。

しばらくお休みしていましたが、執筆依頼によるモノグラフの掲載を再開します。モノグラフは、ある鳥もしくは一つのテーマを対象にして、著者が長年に携わってきた研究成果をまとめたものです。すでに公表されている複数論文の成果を、未発表データも含めて、一気に読むことができることで、その分類群やテーマの総説として読むことができるばかりでなく、著者の研究史としても読むことができます。再開第1号は、江口和洋氏によるカササギ研究のモノグラフで、来年中に掲載される予定です。編集委員会から執筆の依頼がありましたら、ご辞退なさらずに、研究の集大成の良い機会と捉えて、お引き受けいただけると幸いです。もちろん、自主投稿も大歓迎です。

8. 投稿論文の統計については、専門の編集委員がチェックしています。

近年の統計分析方法の進展はめざましいものがあり、査読者だけではチェックできないものが増えてきています。そのため、統計の分析結果については、専門の編集委員が、査読者とは別に2年前からチェックを行っています。このプロセスによって、和文誌掲載論文の統計分析の甘さについては、解消されてきています。ただし、このことは統計分析が不十分でも投稿できることを意味している訳ではありません。逆に、統計分析の内容次第でリジェクトされる可能性が高まったということができます。論文投稿の際には、統計分析を適切な方法で誤りなく行っていただくようお願いいたします。

9. 大会時にも論文作成相談を行っています。

編集委員会では、周囲に論文作成の指導をしてくれる人がいない会員の方を対象にして、和文誌への投稿を条件に、論文作成相談を行っています。しかしながら、利用しづらかったのか、十分に活用されてきていませんでした。そこで、2年前から大会前に案内をして、大会時に担当の編集委員と直接会って相談を行う機会を設けました。その結果、すでに3編の論文が投稿され掲載されています。現在も2編の論文が進行中です。相談の依頼は、もちろん大会時でなくてもかまいません。研究成果をまとめて論文にしたいけど、相談する人がいなくて困っている会員の方、編集委員が懇切丁寧に指導いたしますので、遠慮なくご利用ください。

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本の紹介「身近な鳥の生活図鑑」

2015年12月7日
北海道教育大学 三上修

身近な鳥の生活図鑑 画像.jpg

本を新しく書きました。

これまで、2012年に「スズメの謎」(誠文堂新光社)を、2013年に「スズメ-つかずはなれず二千年」(岩波書店)に出しており、それにつづく本です。

今回は、新書です。新しく書いたのだから、新書で当たり前じゃないかと言われそうです。新書という言葉は、どうも紛らわしい言葉です。中古書の反対語としての新書という意味もあるし、版のサイズというかジャンルとしての新書という意味もあります。最近は、「新書=新書版」という気もしますが、広辞苑第六版によると、第一項目は、新しい本の意味で、新書版としての意味は第二項目でした。

それはさておき、今回のことを両方の意味で使えば、「新書を新書で出します」=「新しく書いた本を、新書版で出します」ということです。

肝心の内容は、町の中にいる鳥がテーマになっています。

町のなかで、ふと見る鳥を楽しんで欲しいという思いがあります。それから、町のなかの「奇妙さ」を知ってもらえればという思いがあります。普段、我々は町の中で生活しているので、これが日常だと思っていますが、町という環境は地球上の他の環境と比べて、とても「変てこ」なところです。「変てこ」なところで、どんな風に、鳥たちがうまく生活しているかということを知ってもらればと思います。

本書の紹介を「カラスの教科書」の松原始さんに書いてもらいました。残念ながら、その文章が読めるのは1月になってからです。

2012年に「スズメの謎」を出した時も、「カラスの教科書」とほぼ同時期でした。今回も「カラスの補習授業」と同時期ということになります。片利共生的に、私の本も売れると良いのですが。

前回は、松原さんと物々交換で、サイン入り「カラスの教科書」を入手したんですが、今回は書評のお礼で出版社から送っちゃったので、物々交換できそうにありません。自分で買って、サインしてもらうことにします。

そういえば、「カラスの教科書」は、雷鳥社でしたよね。私の今回の本にも「らいちょう」がでてきます。町のなかの鳥なのに、なぜ、「らいちょう」が出てくるかは、本書を読んでのお楽しみです。

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第6回黒田賞をいただいて~私の垣間見た「考古鳥類学者」黒田長久博士~

2015年11月30日
北海道大学総合博物館
江田真毅

今回、このような名誉ある賞をいただき身に余る光栄です。ことあるごとに「考古学者」をアピールしていろいろなものから逃げてきた私がいただいて良い賞なのか?正直、今でも疑問に思っています。が、日本鳥学会の懐の深さに甘えさせてください。改めて関係者の皆さまに厚く御礼申し上げます。

「考古鳥類学」という言葉は今回の受賞講演にあたって作った造語です。遺跡から出土した鳥骨から鳥類の生態を復原できること、そして復原された生態は分類や保全の研究にも生かしうることを認識していただきたいとの想いからでした。今回、私がこの賞をいただけたのは「遺跡資料を用いた鳥類学」という目新しさに起因するところが大きいものと思います。

しかし、日本における「考古鳥類学」の歴史はそれほど新しいものではありません。実は、黒田賞にお名前が冠されている黒田長久博士は遺跡から出土した鳥骨を分析した論文を執筆されており[1]、日本海におけるアホウドリの分布などについて考察されています。さらに、この論文は日本の考古学にも大きな足跡を2つ残しています。受賞講演でも少し触れましたが、私は黒田博士が逝去された後に畏れ多くもこの2つの足跡を再検討させていただきました。そして、同じ資料を分析することを通じて、黒田博士を垣間見てきました。

足跡の1つは、日本最古のニワトリの骨を同定されたことです。ともに壱岐島に所在する弥生時代中期~後期(今から約2,000年前)の遺跡である原の辻遺跡と唐神遺跡。両遺跡から出土した鳥骨を分析されたのが黒田博士でした。博士はこれらの資料群中にアホウドリやウミウ、オオミズナギドリなどとともにニワトリの骨を見出し、報告していました。

ニワトリの初期の拡散史を研究する中で、私はキジ科の骨標本を多数調査して同定基準を作成し、実際に黒田博士が分析されたニワトリの骨も再検討しました[2]。結果は、哺乳類の肋骨が1点混入していたのを除けば、黒田博士の同定を支持するものでした。
写真1.JPG
再検討した原の辻遺跡および唐神遺跡出土の鳥骨が包まれていた新聞紙

黒田博士が資料を分析された当時、国内の鳥類の比較骨標本は現在よりも著しく少なく、また遺跡からニワトリが出土した例はほとんどありませんでした。このような状況下で、キジ科のごく限られた標本と比較して種間の形態差を見出し、遺跡出土骨をニワトリと同定された黒田博士。その観察眼は目を見張るものがあります。今日では考古学界の定説となっている弥生時代におけるニワトリの日本への導入。その根拠となっているのは、紛れもなく黒田博士の同定したニワトリの骨なのです。

もう1つの足跡は「鵜を抱く女」の「鵜」の同定です。「鵜を抱く女」は山口県下関市豊北町(当時の豊浦郡神玉村)の弥生時代の墓地遺跡、土井ヶ浜遺跡から出土した1号人骨の別名です。この女性人骨が「鵜を抱く女」と呼ばれる由縁は、胸部から出土した鳥骨が黒田博士によってウミウの雛と同定されたことでした。女性人骨は「鵜」を伴って埋葬されたシャーマンとみなされてきました。2013年度末にこの遺跡の発掘調査報告書が刊行されることになったとき、この「鵜」の骨も再検討されることになりました。白羽の矢が立ったのは私でした。

結論から言えば、1号人骨に伴って出土した鳥骨が何の骨なのか、私には特定できませんでした[3]。ただし、ウ科の骨も幼鳥の骨も資料中に含まれてはいないことは分かりました。さらに、動物考古学的なアプローチから、黒田博士が前提とされていた人骨に伴って埋葬された1個体の鳥に由来するという点にも疑問が生じました。

1個体の鳥に由来するという前提と十分な比較標本がないという制約の中、著しく骨表面の風化が進んだ骨を分析された黒田博士。特徴の一致しない骨が資料中に含まれることや比較標本が足りないことなどが論考中に記されており、苦心の跡が読み取れます。その後、結果のみが一人歩きして定着していった女性人骨の「シャーマン」としての位置づけや「鵜を抱く女」という別称。黒田博士はどのようにご覧になっていたのでしょうか。私の知る限り、1959年の論文以外に黒田博士が手がけた考古資料の分析はありません。その意味するところは一人の「考古学者」として今一度考え直すべきことと思っています。

黒田博士が十分な比較標本がない中で考古資料を分析した論文を執筆されてから、すでに55年以上が経過しました。今日までの日本の各博物館における学芸員の皆様のご努力を否定する意図はまったくありませんが、残念ながら鳥類の骨標本のコレクションはアメリカやイギリス、ドイツといった国々のものに比べて非常に少ないこともまた事実です。縁あって、私は大学博物館に職を得ることができました。担当は考古学です(本当です!)が、スタッフの不足のおかげ(?)で脊椎動物のコレクションも管理できる立場にあります。今後、次代の考古鳥類学者が比較骨標本の不足に悩まされることのないよう、精力的に骨標本を収集していきたいと考えています。

・・・そして何の因果か、来年度の鳥学会は北大で開催されます。私は、例によって「考古学者」をアピールして逃げようと画策していたのですが、事ここに至っては逃げ切れそうにないと覚悟しています。黒田賞受賞をお祝いして下さった皆さんからいただいたインディ・ジョーンズ公認のカウボーイ・ハットを被って(!?)、大会運営をお手伝いしていきたいと考えています。
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お祝いとしていただいたカウボーイ・ハット(インディ・ジョーンズ公認)を樋口広芳先生に被せていただく筆者(三上修氏撮影)

来年9月、皆様の札幌へのお越しを心待ちにしています!!

[1] 黒田長久 1959 「壱岐島及び山口県から出土の鳥骨について」日本生物地理学会会報 21:67-74
[2] 江田真毅・井上貴央 2011 「非計測形質によるキジ科遺存体の同定基準作成と弥生時代のニワトリの再評価の試み」動物考古学28:23-33
[3] 江田真毅・井上貴央 2014 「土井ヶ浜遺跡1号人骨に伴う鳥骨の再検討について」『土井ヶ浜遺跡 第1次~第12次発掘調査報告書 第3分冊 特論・総括編』下関市教育委員会・土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム、pp137-146

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全国鳥類繁殖分布調査に参加しませんか?

2015年11月18日
植田睦之(バードリサーチ)
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最近,鳥が増えたり,減ったりといった変化を感じることありませんか? 日本鳥学会誌にも八ヶ岳でジョウビタキの繁殖が定着していることスズメの減少など鳥の生息状況の変化について報告した論文が掲載されています。

地域の鳥の変化については,いろいろな研究がされていますが,全国的な鳥の分布の変化を示した唯一の情報が環境省が行なった鳥類繁殖分布調査です。この調査は1970年代と1990年代に行なわれ,アカモズやチゴモズ,ヨタカやシロチドリなどがレッドリストに選定されることにつながりました。またこのデータは研究の上でも重要な情報で,日本で減少している鳥の特性の解析(Amano & Yamaura 2007)土地利用が鳥へ及ぼす影響(Yamaura et al 2009)などこの情報を使って書かれた論文がいくつもあります。

1990年代に行なわれた最後の調査から,もう20年が経とうとしています。その間に,外来鳥の増加や,シカの増加による植生の変化,震災の影響など,鳥の状況には変化がおきていそうです。そろそろ3回目の全国調査が必要です。しかし,残念なことに,これまで調査を行なってきた環境省には,もうそれを行なう体力がないそうです。

では,どうするのか? 「みんなでやるしかないでしょ」ということで,NGO,省庁,大学,地方の研究機関,野鳥関係団体の合同調査として,第3回目の全国鳥類繁殖分布調査を実施しようと準備をはじめました。

期間は来年2016年から5年間。全国に約2,300あるコースでの現地調査や任意定点調査,アンケート調査の結果をまとめて日本で繁殖している鳥の分布図を描きます。

この調査に皆さんも参加しませんか? 現地調査を担当していただくのも歓迎ですし「この種は任せて」ということで種の情報収集やとりまとめを担当いただくのも歓迎です。また,解析WGグループというのもつくっていますので,調査全体の解析に係わりたいという方も歓迎いたします。

詳細は,全国鳥類繁殖分布調査のホームページをご覧ください。現地調査への参加はホームページから参加登録いただき,取りまとめに係わりたいという場合は,植田まで直接お問い合わせください。

皆様のご参加,お待ちしています。

主催団体:バードリサーチ,日本野鳥の会,日本自然保護協会,日本鳥類標識協会,山階鳥類研究所,環境省 生物多様性センター

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日本鳥学会2015年度大会自由集会報告:カワウを通じて野生生物と人との共存を考える(その18). - 河川における生息地環境管理 -

2015年11月2日
カワウワーキンググループ  
世話人 加藤ななえ(バードリサーチ)

カワウワーキンググループでは、1998年に北九州大学で開催された鳥学会大会から毎年継続して自由集会を企画し、新しい研究成果も盛り込みながら、カワウの保護管理の現況を鳥学会会員に提供してきました。2010年からは、マネージメントの3本柱である「被害対策」、「個体数調整」、「生息環境管理」をテーマとして取り上げることとしました。当時は鳥類では初めてカワウが対象となった「特定鳥獣保護管理計画技術マニュアル」が作成されてから7年が経ったところで、その後、このマニュアルは「特定鳥獣保護管理計画作成のためのガイドライン及び保護管理の手引き」として2013年に改訂されました。この企画は、間にいくつかのテーマを挟んだことで5年かかってしまいましたが、今年で完結します。今回はこのシリーズの最後のテーマです。カワウと人との共存を視野に入れた「河川における生息地環境管理」について、山本麻希さんと徳島から浜野龍夫さんをお迎えして、おふたりに話題を提供していただきました。

A:粗朶(そだ)を使った魚の隠れ家とは?
山本麻希(長岡技術科学大学)

「粗朶」とは、広葉樹の間伐材の枝を束ねたもので、北陸地方にはこの粗朶を用いて河川の護岸や河床の洗掘を防ぐ伝統工法があります。

カワウの遊泳速度は多くの川魚よりも速いため、コンクリート護岸されて魚にとって逃げ場のない河川環境下では、カワウによる魚への捕食圧はかなり大きくなります。このため、「魚の隠れ家」の提供は、魚にとってカワウの捕食を免れる機会を増やすことに繋がることから漁業被害の軽減にむけた対策として効果があるのではないかと期待されます。

これらを検証するために、粗朶沈床と木工沈床を組み合わせて作った魚の隠れ家(図)を、新潟県を流れる魚野川中流域に設置し、①隠れ家の物理的な強度や土砂の堆積状況、②魚の利用状況、③バイオマスを増加させるか?について調査をおこないました。

結果です。
①急流では隠れ家が崩壊し、流れが緩いと埋まってしまう。
② 多用な魚種が隠れ家周辺で確認された。
③ 流速の早いところでは底生生物の蝟集効果が高く、隠れ家があることでバイカモなどが繁茂する。
また、カワウの死体を隠れ家の近くを通らせてみると、魚が素早く隠れ家に入ることを観察することができ、魚の忌避反応も確かめられました。
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(図1)魚の隠れ家平面図

B:「水辺の小さな自然再生」でカワウと共存
浜野 龍夫(徳島大学)

「水辺の小さな自然再生」とは、生きものにやさしい水辺づくり活動のことです。ここでは次のような点に留意する必要があります。
(1)自己調達できる資金規模であること。
発案者や実施する団体が資金を調達できる範囲である。メンバーが無理なく(あるいはちょっと無理をして?)供出できる範囲のもの。大富豪がいればラッキーかも。
(2)多様な主体による参画と協働が可能であること。
みんなに発案チャンスがあり、ちょっとだけ手伝う人、がっちり参加する人など多様な関わり方がある。
(3)修理とか撤去が容易であること。

筋書き通りにできないことも多く、やってみないとわからないこともあるので。

たとえば、川底に浅い穴を掘ってそこに石を山のように積み重ねた「石ぐろ」を作ります。もとはウナギを獲るための漁法のひとつなのですが、カワウの食害を防ぐ方法として利用できるのではないかという意見が後押しとなり、平坦な河床に起伏をつける「小さな自然工法」として期待が広がってきました。

このような小さな工法は、地元の関係者を結びつけるだけでなく、すこぶる後味が良いワクワク感を得ることができるのです。
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(図2)水辺の小さな自然再生事例集

山本さんと浜野さんにはそれぞれの現場で多くのご苦労があったはずですが、その語り口からは、「楽しい!」「ワクワクする!」という気持ちがたくさん伝わってきました。
今回の自由集会の参加者は65名でした。なお、私事ではありますが、今回をもって私はカワウの自由集会の企画運営から卒業いたします。これからは若い方々が新しい発想でこの集会を継続されていくことを期待します。今までありがとうございました。
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(図3)会場のようす

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著書じまん「岩波科学ライブラリー ハトはなぜ首を振って歩くのか」

2015年10月19日
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人類学者を志しながらハトの首振りを研究テーマに選ぶのは、明らかにスタート地点からいろいろ間違っている。それくらい私だって気づいていたが、十数年も首振り研究にまい進してしまった。思い返すに、その責任の一端は、そんな研究を「面白い」と評価してくださった多くの鳥学会会員の皆様にある。みなさんの懐の広さが一人の若き研究者の人生をいかにたやすく狂わせ、その結果どこにたどりついたのか、ぜひ本書を一読していただきたい。

本書「岩波科学ライブラリー ハトはなぜ首を振って歩くのか」は、動くとは何か、歩くとは何かという基本的な問いかけを入口に、形態学、運動学、神経生理学、行動学などさまざまな視点から、鳥の歩行や首振りにまつわる数々の疑問に挑んでいる。挑んだ結果はねかえされているケースもあるが、首振り研究の歴史から今後の展望まで、平易な言葉を使いながら、しかし専門性を損ねることなく見事にまとめあげているあたり、さすがだ。岩波書店の方々の努力により、首振りの章の片隅にハトが首を振るパラパラがあり、秘蔵の首振り動画もネット閲覧できる念の入りよう。「21世紀科学における首振り研究の到達点」と呼ぶにふさわしい出来栄えになっている(誰が呼んでいるのかといえば、私が呼んでいる)。本書を読まずして、もはや首振りを語ることは許されないだろう。

ところで、ここしばらく首振り研究者としては目立たない灰色の人生を歩んでいた私だが、本書の出版が契機となり、デイリーポータルZさんの「ハトの目線を体験できるメガネ」開発に関わらせていただいた。本書では「鳥類ハト化計画」で首振りの章を終えたが、よもやその先に「人類ハト化計画」が待ち受けていようとは、人類学者として本懐を遂げたといっても過言ではない。(やっぱり道を間違えてないかというツッコミは、そっと胸にしまっておくといい)

…科学とは、1%のヒラメキと、あと99%は後先考えずにそれを実行しちゃう愚かさなのかもしれない。

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「人類ハト化計画」の打合せ風景(画像提供:デイリーポータルZ、加工:藤田)

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ココロに安らぎを、ポケットに首振りを。

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日本鳥学会2015年度大会自由集会報告:砂浜の自由集会を企画して

2015年10月14日
奴賀俊光(NPO法人バードリサーチ)

今回、初めて自由集会というものを企画しました。

砂浜という環境は、その環境自体が少ないこと、波浪や潮の干満、砂の流動等により環境変動が激しいことなどから、研究が盛んではない環境です。実際、鳥も魚もベントスも、砂浜海岸での調査研究例は少ないと思います。修士研究で砂浜のミユビシギの採食生態を調べた時は、文献の少なさに苦労しました。。。

現在、防潮堤建設、海面上昇、砂浜浸食などで、もともと少ない砂浜がさらに失われようとしています。しかし、そんなマイナーな環境でも、シロチドリ、コアジサシといった絶滅危惧種の主な生息環境となっているのに、全然注目されていません。10年以上続いていた環境省のコアジサシ調査もコアジサシの全貌をつかめぬままH23で終了してしまいました。シロチドリについても、激減していることが明らかとなり、現在も減少傾向が続いています。

本当に注目されていないのか、しなくて良いのか、危機的な現状を周知しなくては、ということから、一度、砂浜の自由集会を企画してみようと思いました。

初めての企画、マイナーな砂浜という環境をテーマにして、いったいどれだけ人が集まるのか、話題提供者の中でもビクビク不安に思いながら、準備をしました。学会プログラムが公表されると、なんと同時に8つの自由集会が開催されることを知り、さらに不安になりました。(今回のように自由集会が集中してしまった時には、事務局から、自由集会が少ない別の日に移ってもよい集会があるかどうか呼びかけたりして、可能なら分散させることはできませんか?)

IMGP9167.JPG

とりあえず、30人来れば上出来だと思っていたのですが、始まってみると、参加者36名。後に聞いた情報では、その他の会場はだいたい20名前後が多かったと聞いています。勝った!と思いました(笑)。

シロチドリ、コアジサシ、防潮堤と砂浜についての話で現状の情報を共有し、問題点や今後の展望なども共有、議論できればという目的でした。参加者がどう思っているか知るために、自由集会時に簡単なアンケートを行ったのですが、その結果を以下に掲載します。22名の方から回答がありました。ありがとうございます。

アンケート結果
Qこの集会を何で知ったか?
鳥学会HP:18人
バードリサーチHP:2人
鳥学会要旨:2人

Q興味があるものは?(複数回答あり)
砂浜:6人
シロチドリ:14人
コアジサシ:15人
防潮堤:1人
その他:6人
(奴賀感想:これまで研究例や話題の多いコアジの方が多いかなと思っていたのですが、シロチも同じくらいでした。防潮堤が予想より少なかった。。。)

Q砂浜のメーリスがあったら入りたいか?
参加希望:18人
参加したくない:0人
参加したいがメーリスが多すぎる:4人

Q感想、意見
シロチドリ、コアジサシの減少具合と、仙台の海岸の現状に驚いた等の感想がありました。他の地域の情報が知りたいとか、ネットワークに入りたい、自分の地域の情報を提供してくれたり、より関心を持ったというような感想がありました。

企画者個人の感想としては、予想以上に参加者が多かったので開催してよかったと思いました。少数かもしれませんが、全国各地に関心のある人もいそうですし、また、他の地域の情報を求めている方が多いような感じがしました。砂浜の保全の問題は、鳥だけでなく、砂浜を利用する様々な方と協力していかなければならず、なかなか大変な事だという共有もできたと思いました。演者の方、参加者の方、ありがとうございました。

次回学会でも、何か違う地域の話、話題で、砂浜の集会があっても良いかなと思いました。砂浜の話をしたい方、一緒に砂浜について考えたい方、調査したい方、シロチドリ、コアジサシについて相談したい方、メーリス(今後作成予定?)に入りたい方は奴賀(nuka*bird-research.jp *を@に変換)までご連絡ください。

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日本鳥学会2015年度大会自由集会報告:鳥好きのためのGIS入門(その3)

2015年10月12日
企画者 上野裕介(国土交通省国土技術政策総合研究所)
文責 上野裕介・吉井千晶・前田義志

3回目を迎えた「鳥好きのためのGIS入門」,今回も60名を超える方々に参加いただき,GIS(地理情報システム)に対する学会員の関心の高さが感じられた。

冒頭で企画者から,今回の趣旨説明と過去2回の自由集会の内容について,過去の演者のスライドも交えた紹介を行った。最初に,第1回の2013年度大会(名城大学)で扱った“GISを使った環境データの集計・加工”と“植生図や地形図などのデータ入手法”,2014年度大会(立教大学)で扱った“様々な空間解析法を用いた鳥類の生息適地推定”の概略について,GISに触れたことのない方々にも伝わりやすいよう丁寧に説明した。その上で今回は「GISを使った鳥類研究を一歩先へ!」と題し,“脱”入門を目指すべく,GISでの研究をより深く,豊かにする最新技術や活用法について各演者から発表した。集会風景.jpg


GISを使った希少鳥類の保全策

「動的分布モデルを用いたシマフクロウの分散と生息地の将来変化予測」
吉井千晶(北海道大学大学院・農学院/現(株)建設技術研究所)

演者は,第1回の鳥好きのためのGIS入門(2013年度大会)時には,GISに触れたことすらなかった「超初心者」であった。しかし講演を聞き,第2回時には,なんとか鳥類の生息適地推定を行うことが出来るようになり,初心者の立場からGISの面白さや難しさについて発表する機会を得た。

今大会では,昨年発表した鳥類の生息適地推定の“続き”として,研究を発展させ実際の保全に役立てるにはどのような方法があるのか,一例として希少鳥類の将来的な個体群分散と保全策の提示について話題提供をした。

講演では,まず生息適地推定によって得られた「生物の生息ポテンシャルマップ」が,現在その環境に生物が飽和しているという前提で描かれるものであり,分散前の希少種や外来生物にはその前提が当てはまらないことを説明した。そのうえで,その前提が当てはまらない生物種の生息ポテンシャルマップを得るためには,生物の分散のタイムラグを考慮した“動的分布モデル”が有用であることを説明し,シマフクロウの分散を材料として,動的分布モデルを用いた分散予測の紹介を行った。

演者は,本自由集会での経験や研究室の諸先輩方の協力もあって, 2年間で生息適地推定から成果の提示,希少種保護の実務への活用まで進むことができた。一般に,未経験者にはGISは難しいという印象を持たれがちだが,講演を通じて多くの人に「はじめてでもここまでできるんだ」という安心感や希望をもっていただけたのではないかと思う。今後,一人でも多くの方々にGISを利用した鳥類研究に取組んでいただき,研究の発展と鳥類の保全につながることを願っている。

GIS技術の基礎と最新動向
「GISとリモートセンシングの裏と表,お話しします」
前田義志((株)パスコ)

GISを使った鳥類研究を進めるために,詳細な植生図や地形図を作成する上で不可欠ながら馴染みの薄いリモートセンシング(衛星・航空測量)技術の基礎と最新動向について話題提供した。

講演では,リモートセンシングとはどういうもので,どんな技術を用い,どのように測っているのかについて,リモートセンシングの基礎的な内容と,身の回りにあるリモートセンシング技術の活用例(天気予報など)を簡単に説明した。特に,リモートセンシングで得られるマルチスペクトル写真を例に,光学的に波長を分けてデータを取得することの利点を解説し,実際の利用例として地図や植生図の作成における簡易な植生判読や土地利用区分データの自作手法について紹介した。

あわせてリモートセンシングの最新動向として,衛星光学写真の高解像度化が進んでいることや,衛星からのマイクロ波や航空機からの地上レーザー,水中レーザーを用いた地上と水中地形の計測技術,これらのデータの入手法等を紹介するとともに,準天頂衛星やドローンなどの導入による更なる精度向上の可能性について言及した。

今後,リモートセンシングで得られるデータやGISを活用することにより,鳥類研究における解析精度の向上や保全技術の向上,訴求性の高いビジュアル資料の作成など,研究や実務の発展につながることを願っている。
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GISと“鳥の目”で世界を測る

「UAV(ドローン)を用いた空撮・3次元環境測量の紹介と鳥類学研究への応用」
上野裕介(国土交通省・国土技術政策総合研究所)

近年の急速な小型UAV(ドローン)の進歩と普及は,研究や実務の現場を変えつつある。国内では特に防災分野での導入が進んでいる一方で,環境分野での活用は,まだまだ手探り状態にある。その原因の一つが,UAVに関する情報不足にあると考え,今回の話題を企画した。

講演では,まずUAVの歴史から構造,機種ごとの特徴と価格,国内外の開発動向を簡単に紹介した。次に,最新のUAVには,4kカメラと高性能のジンバル(カメラ取付用のアタッチメント),姿勢の自動制御機能(IMU)を搭載したものもあり,ラジコン初心者でも扱いやすく,簡単に空撮が可能なことを説明した。また演者が撮影した空撮画像をスライドに示し,高解像度のデジタル写真と滑らかな動画を撮影できること,それらの画像や動画を用いて植生判読や林冠図の作成,調査地などの現況把握を簡易に出来ることを紹介した。さらに,UAVで空撮した連続写真から,対象物の3次元構造を復元する写真測量技術(Sfm:Structure from Motion)を用いた立体測量の技術について解説し,野外での精度検証の結果を紹介した。最後に,UAV関する昨今の法規制の動向や運用ルールについてお話しした。

これまで空撮画像を得るには,高額な航空写真や衛星写真を購入する他なかった鳥類研究者にとって,安価で簡単に空撮を行うことができるUAVは大変便利な道具である。UAVという鳥の目を手に入れることで,新たな鳥類の生態解明や生息環境の把握,保護・保全につながることを願っている。
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鳥類学者の思考および表象の連鎖と自身の適応度の関係について、もしくは著作の宣伝

2015年10月11日
東京大学総合研究博物館 松原始

ちょうど3年ほど前、『カラスの教科書』という本を雷鳥社より出版させて頂いた。最初の「カラスの写真集に解説を書く」という企画が何をどう間違ったのか、ゆるふわ気味にカラスを紹介する本になったが、幸いにして望外の好評を頂いた。上司には「二匹目のドジョウ、早く狙いなよ」と言われたのだが、絞り尽くしてスッカラカンな頭からこれ以上どうやってネタを取り出せばいいのか。

しかし。鳥の話をすれば、どうしたって内容が展開して行くのを止められない、という経験はないだろうか?

例えば、オープンカフェでデート中、アイスラテを手にした彼女が飛び交うツバメを見ながら、ふと「ツバメって冬はどうしてるの?」と聞いたとしよう。その時、鳥類学者の脳内には「渡り鳥と留鳥」「シベリアツバメの越冬個体群」「沖縄での情況」「捕獲によるマーキングの重要性」「渡りのコース」「アルゴスはいいけど重くて高い」「ジオロケーターとGPSデータロガー」「渡りの起源」「鳥のナビゲーション」「ツバメの集団ねぐら」「夏鳥の減少」「コシアカツバメの比率」「サイト・フィデリティとメイティングの過程」「雄の魅力とハンディキャップ仮説」「尾の長さに関するメラーの実験」「フラクチュアル・アシンメトリー」「ストレスと白斑」「放射線ストレス」「巣の乗っ取りと子殺し」「適応度」「利己的遺伝子」「営巣場所の変化」「環境変化がツバメに与える影響」「アシ原の保全」「ツバメと人間の関係」「ツバメの名を関したあれこれ」「燕尾服と結婚式」など様々な話題が連鎖的に展開されるはずだ。

これこそ鳥類学。生態学や分類学という分野に基づくカテゴライズがあるにも関わらず、「鳥」という対象動物を軸として各分野に展開される、互いに関連しあった世界である。思い付くままに「そういえばね」「〜と言えば」とネタは続く。どこまでも続く。ふと気づいたら目の前に彼女はおらず、伝票だけが残っているだろう(註1)。

『カラスの教科書』を書いた時にも、カラスにまつわるエトセトラは色々と盛り込んだ。だが、内容は手加減したし、最終的には多くを削った。小難しすぎて一般受けしなさそうだったり、説明しだすと長くなりすぎたりしたからである。「世間一般」は学者が考える以上に、理論とかグラフが嫌いだ。うっかり持ち出すと内容以前に拒絶されるか寝落ちされる。

だが、削った部分には鳥類学の面白さの要点が含まれており、それ自体がネタの数々であって、それこそ「自然科学的な旨味」なのだ。「カラスちょっとかわいいかも」の次は、やっぱり、カラスをちゃんと鳥として見てほしいし、きちんと「鳥類という生物」として理解してほしい。その面白さも理解してほしい。ならば、普段、自分がついつい話してしまうように、「〜といえば」を展開してやろう。今回の本はどう工夫しようとも多少説明っぽくなるだろうが、「その先にある面白さ」を求める人に伝わるならば。

ということで、『カラスの補習授業』が雷鳥社より刊行予定である(11月中に出るかどうかだが、ひょっとしたら遅れるかも)。多分、今度も400ページくらいになる。前著に引き続き、「カラスくん」も全編に登場する。より科学っぽくお楽しみ頂けるものになっているか、削りカスを集めた糠団子にすぎないか、それは読者の判断に委ねるとしよう。

註1)この場合は「ツバメ? ああ、冬の間は水の中で冬眠してるよ」とでも答えておくのが、適応的な戦略である。

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