【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(2)子連れ家族の鳥見事情

【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(2)子連れ家族の鳥見事情

熊田那央(バードリサーチ嘱託研究員)

皆さま、こんにちは。カワウを愛する熊田です。この連載は片山さんがオーストラリアに留学するにあたってその体験を綴るようにと依頼されたものですが、せっかく家族で渡っているのだからと、私も記事を書く機会をいただきました。研究の話は片山さんがたっぷり書かれると思いますので、私からは主に鳥好きの家族が子連れでブリスベンに行ったら、どんな暮らしをしているのかということを紹介させていただきます。

当地のカワウ愛が伝わる像

その前に、前回の記事の中で片山さんから渡航を決断するにあたって葛藤があったのでは、との話題が振られていましたのでそちらについてまず回答します。結論から言うと、特段の葛藤はありませんでした。片山さんのように職場の審査があるわけでもなく、ただついていけば海外で鳥見ができる、そんな美味しい話ですから、一も二もなく賛成です。私の雇用形態や職場の理解という面での状況的幸運はもちろんありましたが、それ以外の子供たちのことやお金のことといった心配事については、我が家の真面目に考える係(もちろん私ではありません)がいろいろ検討するでしょうしなんとかなるでしょ、という適当さです。海外旅行も数えるほどしか経験がなく、特に南半球には行ったことがなかったので、いくつかの留学先候補を聞いてはそこではどんなウや鳥たちが見られるかを夢想するくらいでなんとも気楽なものです。

そんなお気楽な人間ですので、自分1人だけ、もしくは大人だけの留学でしたら思いっきり現地の暮らしを適当に満喫していたのかな、と思いますがなにせ7歳と3歳の子供たちとの暮らしです。突然連れてこられた彼らにはできるだけストレスなく過ごしてほしいと考えています。鳥のこととは少し離れてしまいますが、彼らの暮らしについても少し紹介します。

7歳の長女は徒歩で通える地元の小学校に通っています。多様な人種が暮らす町にある学校のため、英語が話せない子の対応も慣れており、英語補習クラスの実施や、週に1度の日本人の先生のサポートなど手厚く対応してくださっています。とはいっても本人には大きな試練で、入った当初はほとんどの時間は全く理解できずぼーっと時がたつのをまっていたとのことでした。幸いにもクラスの友達が大変親切にしてくれ、学校にいる間はずっとついて回って面倒をみてくれているようです。数ヶ月がたった今では単語を少しずつ覚え、友達と遊ぶのを楽しんでいます。親としては日本と大きく違う点は毎日お弁当を持参する必要があることです。なんと、昼食の時間の前後におやつの時間があり、3食分用意する必要があります。こちらの学校の登校時間は日本の時より1時間遅く、帰ってくるのは早いので、学校にいる間の半分くらいは食べている時間なのでは、と疑いたくなりますが、1回の食事の時間は日本の給食に比べて圧倒的に短いらしいので、そこまでではないようです。そのため持っていくものはおにぎりと簡単なおかず、といった昼食におやつとして果物やお菓子を追加するといった適当弁当です。とはいっても日本の完全給食に甘やかされてきたので毎朝ひいこら言いながら用意しています。おかずが何品も入って、しかも日替わりで違う種類が詰められていたお弁当を当然のように毎日用意してくれていた親につくづく感謝、というかどういう修行をすればそうなれるのか。子供が日本で必要となってもとても用意できる気がしません。

制服にリュックと日本と異なる出で立ち。中には教科書はおろか筆記用具さえ入っておらずお弁当のみ!

次女はクイーンズランド大学の敷地内の保育園に通っています。日本の公立の保育園はどこも値段は共通でしかも大変安価に通わせていただいていましたが、こちらの保育園はそれぞれの園によって値段が違い、かつ短期間の滞在の外国人ということで全く補助がない我が家の場合、保育料はどんなに安くても1日1万円以上となかなかのものです。とても毎日預けるわけには行かないものの、次女は1人で遊んでくれるタイプではなく保育園に行っていただかないことには大人が仕事をする時間がとれないですし、こちらの暮らしにも慣れてもらいたい。葛藤の末現在は週3日通ってもらっています。大学内の保育園ということで先生が話せる言語の幅が広く、日本人の先生も何人かいらっしゃる恵まれた環境ですが、日本の保育園でもなかなか慣れず苦労した彼女にとっては大した助けにはならないようで、数ヶ月たった現在でもほぼ毎朝泣いてしがみついているのを先生に引き剥がされています。とはいうものの、少しずつ順応してきてはいるようです。登園するとすぐに最初のおやつの時間があるのですが、そこでは彼女の大好きな様々な果物が提供されることがよくあります。逆に全く食べたくない蒸し野菜がおやつの日もあり、好きなものはたくさん食べたい、いらないものは自分のお皿に乗せられたくない、という思いから、果物、野菜の名前はバッチリ覚えておかわりも要求しているようです。

保育園最寄りの駐車場にあるイシチドリの鳥注意看板

自分で望んだわけでもなく、英語が全くわからないまま小学校、保育園に放り込まれて頑張っている娘達。行っていない日や週末はストレスなく暮らしてもらいたいとは(実際はともかく)気持ちの上では思っています。そのため基本的に子供がいる時間は子供優先に対応し、残りの可処分時間を、まず現地の人との会話機会、次に日本から持ってきた仕事、最後が鳥見、という優先順位で振り分けています。これだと真面目に仕事をしているとなかなか鳥見にいけないので、仕事はほっておいて鳥見に行くのですね。というのは冗談としても(本当か?)、工夫しないとなかなか鳥見のチャンスがありません。

さて、小さい子供がいて両親とも鳥見が趣味の方達、どうやって鳥見していますか?各家庭でさまざまな葛藤や綱引きをしながら工夫されていらっしゃることと思います。是非その話題で盛り上がりたいところですが、キリがないので、現状我が家がオーストラリアでどうしているか結論だけいうと、基本的には全員で行けるところに子供と一緒に行くという方法で落ち着いています。それだと長距離を歩く場所や、早朝や夕暮れといった鳥見のゴールデンタイムでの実施は難しいですが、1年しかない滞在期間、少しでも見る機会を増やすには選り好みをしている場合ではないですからね。子供達にはお出かけして楽しく遊んだと思っていただきつつ、大人は鳥見ができる場所をいつもgoogle mapと相談しています。

ということで、以降は「超ニッチ!特に鳥に興味のない子供といくブリスベン近郊鳥見スポット3選」をお送りします。マニアックなようですが、子供2人をつれてのハンデ戦は、基本的に真っ昼間、時間を短く、大して歩かず、トイレがある、といった条件となるので、旅行にきて少しだけでも鳥見をしたい、といった人にも最適な場所選びになるのではないでしょうか。我が家があるToowongの街からどの場所も車で20分前後の距離にあり、公共交通機関を使ってもアクセス可能な近場の鳥見スポットです。

Sandy Camp Road Wetland Reserve

私はまずここから紹介しないといけないでしょう。ウが見たいというと必ずおすすめされる場所です。海辺の工業地帯の中にある小さな保護区ですが、いくつかの池と、その周りの草地やユーカリ林に囲まれた多様性の高い環境のおかげで少し歩くだけでたくさんの種類の鳥が見られます。池とその周囲の木ではブリスベン近郊でみられるウとヘビウの5種全てが見られるだけでなく、サギ類、トキ類、バン類、カモ類やトサカレンカクなど多くの水鳥をみることができます。池にはベンチが置いてあり、運が良いとモリショウビン、ヒジリショウビンがすぐ近くにとまります。子供にそこで昼食やおやつを食べさせている間に親も鳥見の時間が稼げる素晴らしい場所です。体サイズの大きい水鳥は子供でも見つけやすく、鳥にあまり興味がない彼らもそれなりに楽しんでくれるようです。周囲の林では森林性の小鳥も数多くみられるので、普通種でよいからとにかく短時間でたくさんの種類を見たい場合にはとてもおすすめの場所です。

昼食を食べながら鳥見ができる。この日は定番のお持ち帰りFish & Chips

Oxley Creek Common

小川沿いに広がる放牧地と林、湿地からなる場所で、行くとなんとなく日光戦場ヶ原を思い出します。広大な放牧地のほとんどは立ち入りできないのですが、草地を横に見ながら林の中のトレイルを進むと様々なミツスイやハト、カッコウの仲間を見ることができます。林を抜けた先には放牧地と池が広がり、数多くの水鳥に加えてこちらのアイドル的立ち位置のオーストラリアムシクイの仲間が多い時で3種類見ることができます。オスが鮮やかな青や赤の装いで動きもかわいい小鳥達は(カワウびいきの私としては悔しいですが)人気があるのも納得です。草地、林、川、池と様々な環境が揃っているため多様性が高く、我々にウチワヒメカッコウの場所を教えてくれたおじいさんはこれで今日は70種目だと特別多いと思っている風でもなくおっしゃっていたので、しっかり早朝から見ればさぞかし充実した鳥見ができる良い場所だと思います。ただ、子供と行くには少々歩く距離が長く、知らずに行った初回は折り返し地点で疲れ果てた30kgと15kgをそれぞれずっと肩車して帰ることとなりなかなかハードな鳥見となりました。それでも何度も再訪しているくらい魅力的な場所です。

テコでも歩かない割に乗せると元気になる15kg

Mt. Coot-tha Reserve

標高300m弱の山とその周辺の保護区では、多くの森林性の鳥を見ることができます。バスでも行ける山頂はブリスベン全体が見渡せる眺望の良い場所で、売店やカフェもある観光地です。近くにねぐらがあるのかキバタンの群れが大声で鳴きながら上空を飛ぶのをみたり、ワライカワセミの笑い声を聞いたりしながらトレイルを下っていくと、ヒタキやミツスイの仲間の混群とところどころで会うことができます。山の小鳥は子供達にはなかなか難易度が高いのですが、ワライカワセミは声も存在感も大きくコミカルで、人をあまり恐れないのか近くに来ることもよくあるので喜んで見ています。この周辺はコアラの生息域でもあり、地元の人によるとトレイルが通っているようなところはほぼみられないとのことではあるのですが、もしかしたらいるかもね?という話をしながらの山下りはそれなりに子供も頑張ってくれるのがありがたいところです。降りた先にはおあつらえむきに遊具のある公園もあり、子供達に満足いただきながらも山で鳥見ができる良い場所です。

私でも写真がとれるワライカワセミ

まだまだ子連れ鳥見の良い場所を開拓していきたいと思っているので、他にも耳寄り情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら是非教えていただけるとありがたいです。

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【連載】家族4人で研究留学 in オーストラリア(1)留学のきっかけから渡航まで

片山直樹(農研機構 農業環境研究部門 農業生態系管理研究領域)

皆さま、こんにちは。私は今年の4月中旬から、オーストラリアのクイーンズランド大学において、1年間の研究留学を始めました。カワウを愛する熊田那央さんと、二人の子どもたち(7才・3才)も一緒に来ています。今回、鳥学通信で連載記事を書く機会をいただきました。そこで、私たち研究者夫婦それぞれの視点で、日々の研究や暮らしのこと、そしてオーストラリアの鳥についてもお伝えしたいと思います。第1回目の今回は、私が留学のきっかけから渡航までをお話しします。

私はこれまで、日本で田んぼの鳥やその他の生きものを研究してきました。今回の留学では、こうした生きものたちにとっての「田んぼ」という生息地の大切さを、世界中の論文やデータを使って明らかにしたいと考えています。田んぼはアジアを中心に世界中に広がっていますので、英語や日本語の論文はもちろんのこと、中国語・韓国語・スペイン語などで書かれた論文やデータが存在するかもしれません。また、世界各地の研究者との連携も欠かせません。そこで、多言語の研究に詳しいクイーンズランド大学の天野達也博士と協力して、研究を進めたいと考えたのがきっかけの一つです。

茨城県の田んぼでチュウサギの研究などをしていました

オーストラリアを選んだ理由は、それだけではありません。オーストラリアにも田んぼがあって、ニューサウスウェールズ州の田んぼには絶滅危惧種のオーストラリアサンカノゴイAustralasian Bitternなどの水鳥が生息しています。この鳥の保全プロジェクトを進めているMatthew Herring博士とお会いして、ぜひ共同研究を進めたいと考えています。実はすでに、この記事が完成する少し前に彼と会うことができて、12月頃に田んぼを案内してもらえることになりました。その様子についても、今後の記事でお伝えできればと思っています。

 

オーストラリア産のお米(2キロで7~800円)

さて当たり前といえばそうなのですが、オーストラリアでは基本的に英語で会話をしながら、日々の生活や研究をしなければなりません。海外留学に行くのだから、英語は問題なく話せるのだろうと思うかもしれませんが、私にとって「英語」は学生時代からとても苦手なものです。私はもうすぐ40才になりますが、海外経験も少ないし、国際会議での発表も片手で数えるほどしかありません。若い時から海外の研究室で活躍されている方々を見ると、本当にすごい努力を積み重ねたのだろうなぁと尊敬します。

そんな自分ですが、少しずつ英語学習(NHKラジオ英会話やレアジョブ英会話など)を続けたことで、学生の頃よりは英語への抵抗感もちょっと薄れてきました。そして一度きりの人生、一回くらい生まれ育った日本を離れてみたいと思うようになりました。今の自分の英語レベルでは、まだ海外で苦労することは分かり切っていますが、まぁそれも良い経験かなと思うようにもなってきました。

しかし、独身だった頃ならともかく、今は家族がいます。妻は国立環境研究所で働いていますし、子どもたちもいます。住み慣れた日本ですら子育てに右往左往している毎日なのに、海外で生活なんてできるのでしょうか。子どもたちは、現地の小学校や保育園に通えるのでしょうか。考えだすと、不安はつきません。こういう色々な思いを、妻に相談することにしました。彼女がもし反対すれば、留学は辞めようと思いました。ところがいざ相談してみると、「ぜひ挑戦してみたら?オーストラリアの鳥も見られるし」と言ってくれました。本当に勇気づけられました。もっとも内心では、色々な葛藤やトレードオフを考えたでしょうし、そのことは彼女自身が次の記事で話してくれるかもしれません。

オーストラリアの鳥についても、次回以降でお伝えします

私が働いている農研機構には、「在外研究制度」という留学制度があります。とはいっても誰でも自由に行けるわけではなく、理事の方々に研究留学の目的を理解していただくための書類やプレゼンが必須となります。農研機構は農業の研究所なので、農業における生物多様性の価値をきちんと伝えることが大切です。私も相当な時間をかけて資料を準備し、なんとか採択されました。採択者は、現地での滞在費と研究費の補助がもらえます。ただし、家族の費用は自腹となりますし、コロナ渦や円安によってオーストラリアの生活費は高騰しているので、相応の赤字は覚悟しています。

留学が決まってからは、たくさんの書類仕事が待っていました。何よりも大変だったのは、現地でのアパートの契約でした。近年のオーストラリアは、移住者がとても多く、空き部屋がすごく少ないです。そのため、人気の物件には数十人が内見にくるほどの競争率になっています(←内見しないと応募できない物件が多いです)。私の場合は、天野博士が代理で内見を行ってくれました。結局、7~8件ほど応募して、出発の二週間前になって、ようやく1つの物件が決まりました。入居可のメールが届いた時は、論文アクセプトのメールよりもうれしかったです。その後は、直前まで荷造りに追われました。子どもたちの持ち物が多いこともあって、スーツケース5個とバッグ2個の大荷物になってしまいました。

大荷物での移動は大変でした…

こうして4月15日の夜9時、成田空港からブリスベン空港に発ちました。最後に空港のレストランで食べた蕎麦が美味しくて、次においしい蕎麦を食べられるのは1年後かな…なんてことを考えました。機内では、家族4人がひと並びになる座席でしたが、子どもたち2人を少しでも広く寝かせてあげたいと思い、大人たちは狭いスペースに縮こまって、まともに寝ることができませんでした。それでも翌朝、快晴のブリスベンの地に降り立った瞬間、疲労感がどこかに飛んでいきました。これから、どんな出会いが待っているのでしょうか。長いようで短い1年間の、一日一日を大切にしたいと思います。

4月16日のブリスベンは快晴で、日中は汗ばむほどの暑さでした。
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2030年までに陸域と海域の30%を保全する30by30目標と渡邊野鳥保護区フレシマ

2030年までに陸域と海域の30%を保全する30by30目標と渡邊野鳥保護区フレシマ

田尻浩伸(公益財団法人日本野鳥の会)

私たち(公財)日本野鳥の会は今年3月に創立90周年を迎えた自然保護団体で、「野鳥も人も地球のなかま」を合言葉に、全国各地にお住いの会員の皆さんと都内事務局に勤務する職員が連携しながら活動しています。活動は自然の大切さを伝える普及教育的な活動や開発問題等への対応、政策提言や調査活動まで様々ですが、特徴的なものに野鳥保護区の設置があります。野鳥保護区とは、鳥獣保護管理法や自然公園法など法や条例によって保護されていない民有地をご寄付によって買い取ったり、土地を所有する個人や企業と協定を結んだりすることで希少種とその生息地を保護する取組で、1985年に静岡県沼津市に最初の野鳥保護区となる小鷲頭山野鳥保護区を寄贈いただいたことから始まりました。2024年5月現在、北海道を中心に約4,000ヘクタールの野鳥保護区を設置しています。

渡邊野鳥保護区フレシマ
フレシマの看板に止まるオオジシギ(写真:古山 隆)

さて、2022年12月、カナダのモントリオールで開催された生物多様性条約締約国会議COP15において「昆明・モントリオール生物多様性枠組*、以下枠組」が採択されました。この枠組では、2050年ビジョンを「自然と共生する世界」、2030年ミッションを「自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め反転させるための緊急の行動をとる」、いわゆるネイチャーポジティブ(自然再興)とし、さらにその下に23の個別のターゲットが設定されています。その中のひとつが2030年までに陸域と海域及び沿岸域の少なくとも30%を保全するという30by30目標です(ターゲット3)。

30%を保全する手法として、前述のような法や条例で保護された鳥獣保護区や国立・国定・県立公園等の保護地域指定がありますが、その指定には利害関係者の合意形成などに時間がかかることも珍しくありません。そこで大きな期待を集めているのがOECM(Other Effective area-based Conservation Measures)で、本来は保護を目的とした地域ではないものの結果的に高い生物多様性が残された地域を生物多様性の保全に活用していくというものです。OECMには自然観察の森やビオトープといった保全も目的とした地域はもちろん、企業緑地や里地里山、演習林や遊水地など本来は保全を目的としない様々な地域が含まれます。OECMに認定されると、国際的なデータベースに登録され、ウェブ上でその位置や様々な情報が公開されるようになります(https://www.protectedplanet.net/en/search-areas?filters%5Bdb_type%5D%5B%5D=oecm)。国内では、枠組採択に先駆けて2022年3月には2021年に英国で開催されたG7における約束に基づいて「30by30ロードマップ**」を閣議決定しており、2022年には自然共生サイトという名称で活動が本格化しました(当時は仮称)。2024年5月までに全国184か所が自然共生サイトとして環境大臣の認定を受けています。

タンチョウの営巣地を保護することを目的に当会が設置した渡邊野鳥保護区フレシマでは、タンチョウの営巣状況を把握するための繁殖状況調査、繁殖に影響を与える無断立ち入りなどに対応するための巡回監視や馬の放牧による植生管理などを継続しており、また過去には近隣での風力発電所建設計画に対応するためのオオワシ・オジロワシの調査などを行ってきました。生物多様性の高さと環境管理等を含めて自然共生サイトとして認定されたと考えています。

植生管理のため放牧を継続している馬
認定証を受け取った日本野鳥の会上田恵介会長。左は環境省白石自然環境局長。
令和5年度認定証授与式風景。関心の高さが分かる。

ここから少し分かりにくくなるのですが、自然共生サイトは必ずしもそのままOECMではありません。というのも、自然共生サイトは保護地域を含むことができる一方、OECMは保護地域を含まないものだからで、前述のデータベースに登録される範囲は「自然共生サイトのうち、保護地域を除いた範囲」になります。これは保護地域と重複する範囲を二重カウントしないようにするための措置です。

30by30目標達成のためには少しでも多くの地域がOECMとして保全されていく必要がありますが、自然共生サイトもしくはOECMに認定されると何かいいことがあるのでしょうか。もちろん、枠組の世界目標に貢献できる、生物多様性保全に貢献できる、そして貢献していることを対外的に広報できるといった側面もありますが、それだけでは多くの主体の参加は見込みにくいように思います。環境省が行った調査によると、企業の活用方法として自社技術の実証の場として活用しビジネスチャンスを期待する、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)による情報開示への活用を期待する、といった声があったようです。そのほか、企業が自然共生サイト申請主体を経済的に支援することで間接的に生物多様性保全に貢献する、いわゆる生物多様性クレジットとしての活用なども検討されています。この手法がグリーンウォッシュや開発の免罪符にならないよう、制度設計や運用状況に注視していく必要があると考えています。

現在召集されている第213回通常国会では、OECMに関連する取組を法に基づいたものとする「地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律」が可決され(4月12日)、19日に公布、施行されました。今後(来年度?)、この法に基づいて、申請者は「増進活動実施計画(自治体の場合は連携増進活動実施計画)」を策定し、環境大臣ほかの主務大臣に認定を受けると、活動場所が自然公園法や鳥獣保護管理法、種の保存法、都市緑地法ほかの手続きが必要である場合、手続きの簡素化等の特例を受けることができるようになります。また、自然共生サイトは現時点で生物多様性が高いことが求められますが、増進活動実施計画では劣化した環境の回復や創出をする場合も含めることができ、計画を実施した結果、生物多様性が高まればOECMに認定されることもできるようになります。この回復や再生は2030年までに劣化した生態系の少なくとも30%で効果的な再生を行うという枠組のターゲット2の実現に貢献します。

これらOECMに関する特例などは、鳥学会会員が野外実験や捕獲等を行う場合にはメリットとなる場合もあるように思いますが、正直なところ、生物多様性保全に関心が高い層以外からより多くの参加を得るにはちょっと弱いのではないかと感じています。私たちはメリットとして税制優遇(不動産取得税や譲渡所得税、固定資産税、相続税など)があると良いと考えていますが、なかなか難しいようです。

批判的になってしまった感がありますが、まだ課題はあるものの30by30目標による生物多様性の保全には高い効果が見込まれています。自然共生サイトはその認定にあたって面積による制限がないことから、個人でも認定を受けることが可能で、実際に自然共生サイトに認定された個人住宅のお庭もあります。皆さんも、枠組の世界目標達成に参加、またネイチャーポジティブへの貢献のため、調査を行っているフィールド等の所有者とともに申請***してみてはいかがでしょうか。私個人としては、ブランド農産物のように生物多様性保全に貢献する農地で収穫された作物として、他の作物との差別化に使ってみたいと思っています。

 

*:環境省による昆明・モントリオール生物多様性枠組パンフレットは
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/files/kmgbf_pamph_jp.pdf

枠組仮訳は
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/files/kmgbf_ja.pdf

枠組原文(英文)は
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/files/kmgbf_en.pdf

**:30by30ロードマップは
https://www.env.go.jp/content/900518835.pdf

***:自然共生サイト申請(前期は受付終了、後期は9月ごろ募集開始予定)は
https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/kyousei/

 

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研究室紹介:鹿児島大学農学部 森林保護学研究室

研究室紹介:鹿児島大学農学部 森林保護学研究室

鹿児島大学農学部
助教 榮村奈緒子

鹿児島大学農学部農学科・森林保護学研究室について紹介させていただきます。私はこの研究室に2018年から助教として勤務しています。

鹿児島大学農学部のある郡元キャンパスは、鹿児島中央駅から徒歩15分にあり、生活には便利な場所ですが、キャンパス内には植物園や水田もあり、多くの鳥に出会えます。農学部は2024年度から1学科に改編され、森林保護学研究室のある環境共生学プログラムでは、生物多様性の保全から農林業資源に関する分野まで、幅広く学べます。環境共生学プログラムの学生は、高隈演習林や屋久島などに行く実習が多く、自然が好きな人には楽しめると思います。本研究室が担当している森林生態学実習では、県内各地で動植物を観察しますが、万之瀬川河口に行ってクロツラヘラサギなどの野鳥の観察を行います。

実は、私は鹿児島大学の卒業生で、学生時代には野鳥研究会という大学のサークルに入っていました。学生の頃は、バードウォッチングや鳥の調査バイトで、トカラ列島、奄美大島、徳之島、沖縄本島、甑島など、いろいろな島に行きました。本土でも、万之瀬川河口や国分・加治木の干拓地等に鳥を見に行きました。冬は出水のツル、秋は金峰山でタカの渡りが楽しめます。このように、鹿児島は南北600キロもあり、鳥を見るのによい場所がたくさんあるので、鳥が好きな人が大学生活をすごすのによい環境です。私は学生時代のサークル活動がきっかけとなり、野鳥だけでなく、島の生活にも興味を持つようになり、学部卒業後は鳥を見るために小笠原諸島に移住しました。その後、研究者を志すようになり、今に至ります。

森林保護学研究室は、鳥類専門の研究室ではありません。鳥や哺乳類をはじめとした森林に生息する野生動物の生態や管理について研究をしており、特に私は動物と植物の種子散布の関係に昔から興味をもっています。また、他の研究室や他大学の研究者と共同研究として、マダニやアマミノクロウサギなど、様々なテーマに取り組んでいます。鳥類に関しては、主にフィールドワークを中心とした研究に取り組んでいます。最近は、奄美のプロジェクトで、鳥類の音声モニタリングを行っています。他にも、海岸植物のクサトベラの果実二型などの種子散布に関する研究や、森林被害をもたらすシカの高隈演習林での分布状況を継続的に調べています。本研究室には、私以外にキノコや共生菌が専門の畑邦彦准教授が所属しており、セミナーなどを一緒に行っています。

卒業後の進路は、県の林業職や民間の林業職に就職する学生が多いですが、大学院に進学する学生もいます。卒業生には、本研究室での活動を含めた環境共生学プログラムでの経験を、生物多様性に配慮した持続的で安定的な森林管理に活かしてほしいと思っています。

郡元キャンパスからの桜島

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スワンプロジェクトによる渡り追跡と市民科学の合体

スワンプロジェクトによる渡り追跡と市民科学の合体

嶋田哲郎(宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団)

宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団とドルイドテクノロジー(中国)が主催し、北海道クッチャロ湖水鳥観察館の協力、樋口広芳東京大学名誉教授を顧問とするスワンプロジェクトが2023年12月にスタートしました。これはオオハクチョウとコハクチョウにカメラ付きGPSロガー(スワンアイズ、図1)を装着し、渡りを追跡するとともに位置情報や画像を公開することで、市民によるハクチョウ見守り体制を構築する国際共同プロジェクトです。

図1. カメラ付きGPSロガー(スワンアイズ). 機器は全体で130g. オオハクチョウの体重を10kgとして体重の2%以下.

2023年12月21日に宮城県伊豆沼・内沼において、各部位の計測後、オオハクチョウ10羽(オス5羽、メス5羽)にスワンアイズを装着し、すべての個体に愛称を付けました(図2)。コハクチョウは現在、北海道クッチャロ湖で捕獲&スワンアイズの装着がすすめられています。位置情報は4時間ごとに1日6回、画像は7時、9時、13時、17時に記録され、1時、9時、17時にそれらの情報を取得することができます。少しタイムラグがありますが、ほぼリアルタイムにハクチョウのいた場所を知ることができ、ハクチョウが見た景色を目にすることができます。

図2. スワンアイズを装着された6C08(愛称:ミホ).

位置情報と画像は多言語(日本語、中国語、英語)のホームページで公開されており(https://www.intelinkgo.com/swaneyes/jp/)、どなたでもアクセスできます。スマホのアプリも準備されており、スマホによる道案内でハクチョウのいた場所までたどり着くことができます。観察記録はX(ツイッター)に投稿する(#SwanEyes)ことで、記録が蓄積されていく仕組みになっています。

スワンアイズは私たちに何を見せてくれるのでしょう。これまで得られた知見を少し紹介します。図3は水田で採食しているアキラで、写っている顔はアキラ自身のもので、いわゆる自撮りです。図4はヒトシがみたねぐらの様子です。位置情報と画像がセットになっているため、いつどこで何をしているのかがよくわかります。飛行中のものもあります。ナツキが写した飛行中の仲間(図5)や、キヨシが秋田県から青森県へ移動したときのもの(図6)などです。

飛行中の画像をみると、ほかにもわかることがあります。図6の画像は7時のものでした。5時と9時の位置情報を結んだ移動軌跡は北東へ向かっていましたが、画像に写った場所の地形から実際は北上していることがわかり、その位置は軌跡より22kmも離れた海よりの場所でした。すなわち、位置情報を結んだ移動経路はあくまで推定上のものであるということです。そしてこれらの個体は本州から海を越えて北海道に渡りました。衛星追跡によるこれまでの研究で彼らが海を越えることは頭ではわかっていました。しかし、実際に渡っている画像をみると衝撃を受けました(図7a, b)。

スワンアイズのカメラには他種、他個体も写り、そこから見えてくるものもあります。ハルカのスワンアイズは残念ながら放鳥直後に通信が途絶えましたが、幸いにもヒトシとつがいでした。いつかヒトシのカメラにハルカが写るのではと期待していたところ、果たして約1ヶ月後にハルカが写りました(図8)。写真では標識番号は見えませんが、通信が途絶えたのがハルカだけだったこと、ヒトシの周辺には彼の位置情報しかなかったことから、ハルカと断定できました。通常、通信が途絶えた場合、その個体はそのまま行方不明となりますが、ハルカの場合は幸いヒトシとつがいだったこともあり、生存確認ができました。カメラのおかげです。ほかにもオオハクチョウと一緒に群れをつくることの多い、マガン、ヒシクイ、シジュウカラガンなどのガン類をはじめ、エゾシカが写っていた画像もあります。

図8. ヒトシのカメラに写ったハルカ(2024年1月30日, 北上市).

3月24日現在、スワンアイズを装着したオオハクチョウ10羽は、すべて北海道へ渡りました(図9)。石狩にはアサミとキヨシ、根室にはナツキ、それ以外はみんな十勝にいます。北海道に至るまでのオオハクチョウのくらしをみると、湖沼や河川でねぐらをとり、周辺の農地で採食するという基本的な行動パターンは変わりません。一方で、カメラに写った採食場所は、伊豆沼などの越冬地ではハス群落や水田だったものが、北海道ではデントコーン畑(図10)や麦畑などに変化し、地域によって異なるくらしが見えてきています。

図9. スワンアイズを装着したオオハクチョウの現在の位置(EPマーク, 2024年3月24日).
図10. ケンジが利用したデントコーン畑. ヒシクイも写る(2024年3月18日, 北海道上士幌町).

スワンプロジェクトは始まったばかりです。手探りですすめている部分もありますが、X(ツイッター)をはじめとする市民の方の反響に勇気づけられています。公開されている位置情報を頼りに多くの方が標識ハクチョウを探して下さり、X(ツイッター)に投稿下さっています。スワンアイズのカメラではその個体周辺しか写りませんので、群れ全体を俯瞰した投稿者の画像はたいへん参考になります。

このプロジェクトでこれから何が見えるのか、何がわかるのか、私自身ワクワクしています。スワンアイズを装着されたハクチョウたちへの感謝とともに、みんなで一緒にハクチョウを見守り続けることで、鳥ひいては鳥類学への関心が広がることを心から願っています。

 

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Rで描く地域メッシュを使った分布図

上沖正欣(広報委員・日本野鳥の会愛媛)

リュウキュウサンショウクイ
全国的に分布を拡大しているリュウキュウサンショウクイ(撮影:上沖)

これまで鳥学通信や鳥の学校では、Rを使った解析方法を紹介してきました。

統計解析ツールとしてのイメージが強いRですが、作図ツールとしても便利です。今回はRで下図のような地図を描く方法を紹介します。

Rを使って描画したリュウキュウサンショウクイの愛媛県内の記録地点
Rを使って描画したリュウキュウサンショウクイの愛媛県内の記録地点(会員の居住地に偏っていることに注意)

現在、鳥学会では日本鳥類目録8版の出版を目指していますが、私の所属している野鳥の会愛媛でも愛媛県鳥類目録を作成中です。会員から50年近く収集している野鳥情報が18万件ほどあり、3次メッシュを利用して記録を収集していたため、このデータを何とか活用できないかと考えました。

10年ほど前に調べた時にはRで地域メッシュを描画するには沢山コードを書かねばならず、GISでも操作が煩雑で、面倒臭がりの私はすぐ挫折してしまった記憶があります。しかし、2017年にjpmeshという便利なパッケージが公開され、簡単に地域メッシュをRで描けるようになりました(改良版のjpgridもあります)。

日本野鳥の会愛媛のウェブサイトにRで地域メッシュの地図を描く方法を公開したので、参考にしてみてください。統計知識不要、コピペして実行するだけで勝手にRが地図を描いてくれるので、Rはなんだかとっつきにくくて使ったことがない・・・という人がRを使うきっかけになれば幸いです。全国鳥類繁殖分布調査のデータも、メッシュデータが公開されているので(植田ら 2021)、このコードを少し改変すれば、調査報告書にあるような分布図を自分でも描けるようになります。

もしRでエラーが出たら、今話題のChatGPTGoogle GeminiなどのAIに何が原因か聞いてみてください。きっと的確に、そして親切にどこを修正すべきか教えてくれます(ネット上の膨大な情報を自分で探さなくてよいので、大学院でプログラミングの課題をこなしていた時に随分お世話になったQ&AサイトのStack Overflowはすっかり使用頻度が減ってしまいました・・・勿論AIの情報を過信してはいけませんが、本当に便利な時代になったものです)。

私自身Rを使いこなしている訳ではないので、もっとこうしたほうが良い、というコメントがあれば、是非 koho [at] ornithology.jp までお願いします。その他、研究に役立つコードやソフトウェア・調査道具の情報もお待ちしています。

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研究室紹介: 人間環境大学 岡久研究室

人間環境大学環境科学部フィールド生態学科
助教・岡久雄二

はじめに
鳥学会の委員の皆様から研究室紹介のバトンをいただきました。今回は、人間環境大学環境科学部フィールド生態学科の保全鳥類学研究室(岡久研究室)の紹介をさせていただきます。

人間環境大学環境科学部フィールド生態学科とは?
人間環境大学は2000年に開学した比較的新しい私立大学です。愛知県と愛媛県にキャンパスがあり、環境科学部フィールド生態学科は愛知県岡崎市本宿にある岡崎キャンパスのなかにあります。
“フィールド生態学”という学科名の通り、「野外調査」と「生態学」に力を入れており、森、川、海などのフィールドを舞台とした実験・実習で生態調査や環境保全の技術を修得するための教育を行っています。
岡崎キャンパスには演習林が併設されており、キビタキ、センダイムシクイ、サンショウクイなどの夏鳥を中心に50種程度の野鳥が観察できます。そのうえ、大学の向かいにある扇子山では毎年3,000羽以上のタカの渡りが観察できます。さらに、タカの渡りで有名な伊良湖岬へもすぐ行けるというバードウォッチングには適したロケーションです。野鳥が好きな学生の皆さんには、本当に魅力的な環境だと思います。

岡久先生ってどんな人?
私自身はキビタキの研究で博士号を取得しました。若かりし頃の姿については「はじめてのフィールドワーク〈3〉日本の鳥類編」(東海大学出版)などをご一読ください。現在は再導入生物学を専門として、トキ、アカモズ、シロハラサギなどの研究を行っています。
とくに、トキについては環境省野生生物専門員や希少種保護増殖等専門員として、7年間と少しの間、佐渡島におけるトキ野生復帰を主導してきました。日本のトキ野生復帰を成功させた研究者(実務者)の一人というのが、日本鳥学会における私という人物の評価だろうと思います。
佐渡島ではトキ保護増殖事業およびそれに紐づく計画管理、モニタリング、科学的評価、地域調整などを行ってきました。このなかで、トキの育成方法による繁殖行動の違い(Okahisa et al. 2022)、統合個体群モデルによるトキ野生復帰の評価法の開発(Okahisa & Nagata 2022)、トキ野生復帰が佐渡島にもたらす経済的影響の評価(岡久2023)などを論文としてまとめました。
また、こうした朱鷺保護活動のノウハウを他種の保全へ応用することを目指し、残り27羽まで減ってしまったブータン王国のシロハラサギ保全を目指した取組みや他の国内希少野生動植物種の再導入の科学的評価なども行っています。

佐渡島に再導入したトキ.JPG
佐渡島に再導入したトキ

岡久研究室ってどんなところ?
岡久研究室は、保全鳥類学研究室と名乗っており、「希少鳥類の保全を実践する研究室」を自称しています。院生の配属はなく、学部3・4年生のみを受け入れています。ただ、学部1・2年生や他の研究室のゼミ生であっても保全に対する熱意があれば一緒に活動しており、現在は約30名の学生が私のもとで希少鳥類の保全に取り組んでいます。
研究室の最も大きなプロジェクトはアカモズの保護増殖です。かつてアカモズは日本各地に広く生息していましたが、2022年時点において本州と北海道の一部地域に残り200羽程度の繁殖が確認されているのみです。当研究室の行ったシミュレーションに基づけば、本州個体群は2026-2030年にも絶滅すると予測されています。
このようなアカモズを救うため、国、地方公共団体、研究機関などと連携し、生息域内における捕食者対策の実施、巣の保護と救護、普及啓発を進めるとともに、緊急避難的措置としての生息域外保全、越冬地および渡り中継地での情報収集、細胞の保存等の取組みを行っています。

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アカモズ(提供:松宮裕秋氏)

当研究室ではこれらの取組みのうち、本州における保全を担当しています。アカモズの生息域内・域外保全の両者について、現場で生じた課題を評価し、解決方法を開発し、実用することで保全を前に進めていくということが私たちのミッションです。捕食者対策、ファウンダー導入を目指した卵移送方法・育成方法など、様々な開発が必要です。その結果、工具を持った学生たちで研究室が溢れる日もあります。また、当研究室の重要なパートナーである豊橋総合動植物公園では学生たちがアカモズの行動観察、飼育補助や保全の普及を目指した展示作製等の活動を行っています。
保全鳥類学研究室は設立からまだ2年目ですが、熱意溢れる学生たちや学外の多くの関係者の皆様に支えられて、アカモズの育成に成功しました。

〇詳細はこちら⇒https://www.uhe.ac.jp/info/ntf/230828001786.html

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アカモズの人工育雛の様子

これらをファウンダー(始祖個体)として飼育下での繁殖を実施することで、飼育個体群を確保し、アカモズの短期的な絶滅の回避を目指します。また、生息域内での保全活動を一層強化することでアカモズの減少を止め、将来的に飼育下で生まれた個体を野生復帰させることで、アカモズの野生個体群が安定的に存続可能な状況に達することを目指しています。
「研究をして良い学術論文を書いて保全へ提言する」ことは研究者の重要な役割ですが、対象種の保全を成功させなければ意味はありません。そして、真に持続可能な保全の取組みを確立するためには、鳥類の保全を実践する専門家を継続的に育成していかねばなりません。こうした考えに基づいて、学生たちには研究目的の野外調査だけでなく、生息域内での保護活動や動物園での域外保全の活動、行政との調整などを実践してもらっています。当研究室での経験を活かし、他大学の院に進んで鳥類の保全を推進する研究者になったり、社会に出て生物多様性保全に貢献したりするような人材を育てたい、というのが一教員としての願いです。
鳥類の保全に熱意のある高校生の皆さんは、ぜひ当研究室で一緒に活動していきましょう。

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博物館での仕事とノスリの追跡研究

北九州市立自然史・歴史博物館(いのちのたび博物館)
中原 亨

私は現在、学芸員として博物館に勤務しております。はやいもので、現職についてから6年目になりました。このたび、鳥学通信の執筆依頼をいただきましたので、博物館の仕事と自身の研究について、少し綴らせていただきます。

博物館は「調査研究」「資料の収集・保存・管理」「展示」「教育普及」等、様々な役割を担っています。私たち学芸員は、研究に従事する傍ら、標本を作製したり、展示会の準備をおこなったり、講座やイベントを実施したりしています。繁忙期には来館者の列整理に出たりもします。
中でも大きな仕事の1つが、展示会の準備です。いのちのたび博物館では、春・夏・秋・冬に特別展を実施しており、そのうち春・夏に自然史の展示を行うことが多いです。特別展の準備では、まず学芸員間でどんなコンセプトの展示を行うかというアイデアを出しあい、その中から候補をいくつか選び、向こう数年間のおおまかな展示計画が決まります。担当者となり、特別展の時期の数か月前になると、本格的な準備が始まります。どの収蔵標本を展示するかの選定はもちろんのこと、他館に相談し、標本借用を行う場合もあります。使用する標本が決まれば、展示パネルの執筆に取り掛かります。そのほか、造作案を作ったり、事務方の職員と協力して広報戦略を練ったりもします。会期の数週間前になると会場造作が始まり、展示台やケースの位置が決まったら、標本を出して配置していきます。造作業者さんや他の学芸員と連携しながら、最後まで展示を作り上げていきます(例:2021年春の特別展の準備の様子 https://www.youtube.com/watch?v=dmvue9259Sw 私もちょくちょく映り込んでいます)。
特別展が始まってからも、関連イベントやマスコミ対応などの仕事が続き、会期が終わると、撤収作業と標本の燻蒸(害虫駆除等のための薬品処理)が行われます。このように、特別展担当者は会期を挟んだ数か月間、ほとんどかかりきりになります。私は2024年春、初めて特別展の主担当を務めることになりました。3月開幕ですが、すでに水面下で準備が始まっています。楽しんで学んでいただける特別展を目指して頑張りたいと思いますが、この先順調にやっていけるか、期待と不安が入り混じっている今日この頃です。

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特別展の展示ケース。パネルの執筆・標本やラベルの配置は学芸員が行う。

さて、私は数年前から、鳥類の遠隔追跡に関する研究に取り組んでいます。中でもメインとして行っているのが、ノスリを材料とした追跡研究です。ロガー等を用いた追跡は、渡り経路の解明だけではなく、選好環境の解析や行動生態学的な研究を行う上でも非常に有用です。私はもともと鳥類の追跡研究に興味があり、出身大学を離れたのを機に本格的に取り組み始めました。また、対象種としているノスリは比較的普通に見られる猛禽類であるにもかかわらず、注目されたことは少なく、まだまだたくさんの研究の可能性を秘めた魅力的な存在です。里山に生息するノスリは高い生物多様性を内包する二次的自然環境の指標種となるポテンシャルがありますし、渡りルートの異なる個体群間を比較することにより、鳥類の渡り行動がどのように個体群の分化に影響するのかを研究する上でもよい材料となります。これまでもいくつかの生物を研究対象として扱ってきましたが、ノスリの追跡に携わるようになって、ようやく一つの軸を得て研究を取り組めるようになったかなと思っています。
最近は、九州に渡ってきたノスリが越冬期に見せる個体間相互作用に興味を持ち、研究に着手しました。特定の個体同士の行動を追うためには、それらを狙って捕獲し追跡しなければならないという高いハードルがありますが、共同研究者をはじめ多くの方々にご協力いただきながら、そして今まで培ってきた経験をもとに試行錯誤しながら、チャレンジしています。学会や論文等で新たな成果を発表していけるよう、今後もノスリを材料とした研究に邁進していきたいと思います。

※これまでの一連のノスリ研究についてオンラインでご紹介する機会をいただきました(我孫子市鳥の博物館「鳥博セミナー」、2023年9月3日、詳細は https://www.city.abiko.chiba.jp/bird-mus/gyoji/event/index.html )。ご興味のある方がいらっしゃいましたら、是非ご視聴ください。

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研究対象種のノスリ。
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鳥の位置情報を記録するのに便利なスマホアプリ

広報委員 三上修

調査をするのはいいけれど、それをデータとして起こすのはなかなか気が重い作業です。私も、録音したものや、録画したもの、紙に記録したものがたまりがちです。

以前よりも楽ができることは増えています。たとえばICレコーダーで記録した音声を文字起こしソフトを使って書き出すとか、録画した画像を動きのあるところだけ抽出するとか。

ですが、なかなかそれができなかったのが、地図上に記録をしたものです。たとえば、観察した鳥や巣の位置を地図に記録したものです。

鳥の位置情報アプリ紹介サムネイル.png

どうにかできないかと、これまでいろいろなアプリを試してみたのですが、どうも自分のやりたいことができるものがなく、結局、野外で紙に記録して、それを持ち帰ってからパソコンに入力していました。何人か同じようなことをしている知人に相談したこともあるのですが、結局、みな紙に記入して、それをPCに入力するとのことでした。

しかし、今回紹介するスーパー地形というアプリは、良い機能がどんどん追加され、今のところ私のやりたいことが全部できるアプリになってくれています。

このアプリで何ができるかを話すために、仮に、都市部でカラスの巣の調査しているとします。これまでであれば、事前に調査する場所の調査地図を印刷し、現地に行ってその地図に記入し、巣の写真を撮っていました。そして後で、調査結果をパソコンに入力し、写真については何らかの方法で紐づけておかなければなりませんでした。これが面倒なのです。

しかし、今はスマホを持って行って、
 ・スーパー地形を起動
 ・地図上の場所をタップして、ポイントを記録する
 ・備考欄に、ハシボソガラスの巣 マツの木、と記入
 ・スマホで写真を撮る
これで、終わりです。

つまり、調査日(時刻)、位置、メモ、写真すべて一括で管理できるのです。そしてそれを保存用に外部に出力してPCで管理できます。ArcGISやGoogle Earth Proなどに表示することもできます。

もし複数の調査項目を記入したい場合は、備考欄に、項目ごとにスペースか何かで区切って記入すれば解決です。たとえば、先ほどのカラスの巣について、種、樹種、高さ、巣材、繁殖ステージの5項目について書くのであれば「ボソ マツ 15 人工物あり ヒナあり」とでも書いておいて、あとでエクセルか何かで取り込んでスペースごとにセルを分割してしまえばよいのです(gpxファイルをエクセルで無理矢理開いてしまい、スペースでデータを区切り複数のセルに分割する、など)。

データが一括管理できたり、PCへの入力の手間が省けるのはもちろんですが、このアプリを使ってみてよかったなと思うことが他にもあります。
 1.事前に調査地図や調査用紙を作る必要がない
 2.現在位置が分かるので、初めての場所でも迷わず記入できる
 3.天候が悪くても使える

3は思ったよりも便利でした。霧とか朝露で調査用紙がぐしゃぐしゃになった経験があるかと思いますが、そういうことを気にせずできます。

オフラインでも使えますので通信料の心配もいりません。ただし、オフラインの場合は、事前にネット環境下で、調査地する場所の地図を一度眺めておく必要があります。そうするとオフラインにしても地図が残っているので、それが表示されます。

私の場合は、電池の消耗を避けるためもあって、野外ではオフラインで調査をして、Wi-Fi環境のある場所に行ってから取ったデータをGoogle Driveに保存しています。これは写真があるからで、写真がなければファイルサイズは軽いので100地点の記録でも0.1 MBくらいですから通信料もほとんどかかりません。なおデータを掃き出す際のファイル形式は汎用性のあるものなので、万が一に、このアプリのサービスが終わっても問題ありません。

スマホの画面や文字が小さくてつらいという方もいるでしょう。私もアラフィフなので、老眼が少し入ってきました。そういう方はモバイル通信機能のないAndroidタブレットやiPadでもいけます。

問題はお値段ですが、なんと必要な機能は無料で使えてしまいます。ルートセンサスくらいならば無料でも問題ありません。ただし、有料のほうが制限なく使えてストレスがありません。しかも960円で買い切りです(毎年960円ではなくて1回課金すればよいだけです)。それに課金をすることで、アプリ製作者の方を応援することにもなります。もっと改善してくれるかもしれません。

授業でも使えるかもしれません。野外実習などで、それぞれ学生が撮影した動植物の写真を全体で一つの地図に表示したりすることもできるでしょう。いろいろ楽しみが多いアプリです。

紙での記入のほうが早くて便利な場面ももちろんあるので、結局は使い分けです。ですが、自分の記録方法に合うか、まずはお試しになってみてはどうでしょうか?

なお、普通にバードウォッチングの記録をしたりする場合は、バードリサーチが提供してくれているフィールドノートも便利です。

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ヨーロッパの大学に留学してみた④ 研究の話

(前回の③ドイツでの生活はこちら)
よくハリーポッターになった夢を見てしまう私にとって、マックスプランク鳥類学研究所はホグワーツ城と言ってもいい(ちなみに悪夢では、7割方ヴォルデモートにアバダケダブラされる)。建物の形こそ違えど、迷子になるほどの広さ、湖のほとり、フクロウ小屋ならぬ数々の鳥小屋、第一線で活躍する研究者の先生方、世界からやってくる人々。研究を志すひとにとって素晴らしい環境であることは間違いない。

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ラボの皆で鳥を見に行ってナベコウを見つけたとき。ドイツでは珍しいらしい。

私が所属していた研究室はHenrik Brumm先生のグループで、動物のコミュニケーションと都市の生態学をメインに研究している。メンバーは、先生、ポスドクの方、研究アシスタントの方と私のなんと4人だけ!というミニグループだった。つまり学生より指導者の数のほうが多い。おかげでそれはそれは手厚い教育を受けさせてもらっていた。

閉じた狭いコミュニティでは人間関係の円滑さが気になるところだが、私がここにきて最初の日に先生が「少しでも不快なことがあったら何でも言いなさい。全部解決しよう。」と言ってくださったのが本当に心強かった。言葉通り先生は違う文化圏からきた私のことを非常に気遣ってくださり、そして同時に素晴らしい指導者であり研究者であって、非常に尊敬できる人だ。来た時から私は先生のことを密かにダンブルドア先生のようだと思っている(というと先輩にそこまでお爺さんではないでしょうと言われてしまうのだが)。

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ドイツに熱波が来た日。皆で隣町まで行ってアイスクリームを食す。南ドイツは札幌並みに涼しいので、名古屋出身の私にとってはそれほどでもない。

さて、私がBrumm先生の元に来たのは、車や飛行機など都市の騒音のなかで、鳥がどのように音声コミュニケーションを行っているのかに興味があったからだ。きっかけは、留学前に『都市で進化する生物たち “ダーウィン”が街にやってくる』(メノ・スヒルトハウゼン著,草思社,2020)という本を読んだことである。

その本の第16章は「都市の歌」。2003年の研究によると、都市にすむヨーロッパシジュウカラのさえずりは、そうでない場所のものとは異なっているらしかった。街の騒音は、車の音に代表されるように、音程が低いことが多い。都市にすむシジュウカラは、自分のさえずりの音程を高くすることで街の低音ノイズにかき消されないようにしているとのことだった。

その辺にいるシジュウカラでも、実はその辺に「いられる」理由があってのこと。自分が住んでいるまちの周辺だからこそ面白い動物の現象が転がっているかもしれない。その章を読んでいた私の顔は、ハリーがはじめて箒に乗った時のようにキラキラしていたに違いない。あるいは最近のマイブームで例えるならば「アーニャ、わくわくっ!!」顔である。

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ヨーロッパシジュウカラ。日本のシジュウカラとは特にお腹の色が違う印象。

修論では騒音に対する歌行動の変化を研究することにした。カナリアを対象に、次々と離着陸する飛行機や往来する車をラフに模した断続的なノイズを聞かせてみた。予想としては、彼らはノイズが途切れるタイミングを学習して・あるいはノイズは待っていれば途切れるということを学習して、ノイズとノイズの間の静かな時間に歌うようになる、と考えていた。

ところが、ことごとくカナリアが予想に反した行動を示した。グラフを描き全体像としてはっきりとその結果を見たときには、俄かには信じがたいものがあった。驚いたと同時に、私は絶望した。ああ、はやく一本目の論文が欲しかったけど、これでは書けないのだろう、と。しかしBrumm先生は言った。「論文化しよう!」

ということで現在はその結果を絶賛投稿中である。レビュアーからの厳しいご指摘を読んでいると凹んでしまうこともあるが、大好きな共著者のみなさん、つまりマックスプランクの研究室メンバーに支えられてなんとか持ちこたえている。どうにかそのうち世に出せることを祈っている。

(続く?)
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