日本鳥学会2025年度大会自由集会報告 - W10 危機対応自由集会(対動物編)
黒沢令子(NPOバードリサーチ嘱託研究員)
野外での調査中にトラブルに出会う確率が増しているので、2024年度に行なった対人編に引き続き、2025年は危険な野生動物に対する対応を知る集会を行なった。そして、それぞれの動物の基本生態と、それに即して人間側が留意すべき対処法、さらに共存を探る方法などを語っていただいた。

話題提供者として、以下の講師を招聘した。(敬称略)
哺乳類(ヒグマ): 大石智美(北海道大学文学院)
昆虫(スズメバチ):丹羽真一 (さっぽろ自然調査館)
節足動物(マダニ):大杉祐生(北海道大学国際感染症学院)
鳥類(カラス): 中村眞樹子(NPO法人札幌カラス研究会)
大陸の状況紹介: 姜雅珺・盛雄杰(NPO法人バードリサーチ、雲南大学生物多様性研究院)
また、江指万里(北海道大学理学院)・姜雅珺に主催側のスタッフとしてお世話いただいた。この場をお借りしてお礼申し上げたい。
当日の参加者は20名前後で、アンケートの結果、講師を含め23名から回答を得た。参加者の内訳は、年代が、10~20代(人数:6)、30~40代(3)、50~60代(12)、それ以上(1)、未回答(1)だった。属性は、学生・大学院生(2)、研究者や指導者(6)、自然環境調査従事者や自然愛好者(13)、未回答(2)だった。性別は、男性(11)、女性(11)、未回答(1)、ふだんの活動地域は、九州以南(0)、四国九州(3)、中国近畿(5)、中部関東(7)、東北(2)、北海道(4)、未回答(2)だった。
このように、日本各地から幅広い年齢層の多様な立場の参加者を得た。特に男女比が同じであり、立場も多様だったのは、ジェンダーや立場を問わず活発である日本鳥学会のあり方を表しているといえるかもしれない。
集会では、まず付箋を使って参加者の経験や情報を書いてもらい、それを読み上げて全員で共有した。写真はその内容を紹介しているところ。ホワイトボード上に挙げられた主な分類群(件数)は、左からイノシシ(3)、カラス(0)、ハチ(8)、ダニ(6)、クマ(10)。2群以上にまたがる場合もあった。
アンケートの回答。
(1)これまでに野外で出会った危険な動物(見かけただけの場合も含む)
クマ類(13)、ハチ類(15)、ダニ類(7)、カラスや他の鳥類(1)
今回取り上げた以外で危険性のある動物
毒ヘビ(7)、イノシシ(7)、ヒル(3)、ブユ(3)、トビ、ムカデ、ネズミ、サシガメ、野犬、カモシカ
(2)これまで未知だったことや、興味を惹かれた内容
・クマの生態(類似5件)。糞や足跡、食痕の新しさを判定して、新しい場合は引き返す判断の材料とする方法など。
・スズメバチの中でもリスクの高い種類がいること。スズメバチの生態(2)
・オオスズメバチやクロスズメバチの巣は見つけにいこと。
・ハチアレルギーを事前に調べられること。
・マダニ媒介感染症の解説はためになった。(3)
・マダニによる感染症が多いのに、驚いた。(2)
・マダニの生態。マダニが宿主を変えること、鳥類がマダニやTBPなどの感染症を媒介・拡大させる可能性と、分散への寄与は初めて知った。(5)
・脳炎ウイルスのワクチンがあること。(2)
・カラスの行動の知識を再確認した。威嚇への対応は興味深かった(6)
・中国での危険生物(ヒルなど)の紹介は参考になった。野外活動時に、林床を枝等で探りながら歩けば、潜んでいた毒ヘビを先に逃がすことができること。
・事後の再検証を行うのは大切だと思った。
(3)今日の集会を経験して、行動に移そうと思ったこと
・ヒグマ対策。クマスプレーを買う(3)。EPA認証をクリアしている物を選ぶ。複数人で行動する。いざという時、身を伏して頭を守る防御姿勢をとる。(2)
・ハチ対策。皮膚科に行って、アレルギー検査をする(3)。ポイズンリムーバーを持参する。
・ダニ対策。ディートなどの虫よけを使う。Tick Twisterを持参する。(2)
・ハチ、ダニ対策。服の色で避けられる危険があるようなので、明るい服を選ぶ。(2)
・カラス対策。攻撃に対して、腕を真上に上げる、傘をさすなど(2)。威嚇されるような場面があれば、刺激をしないようにする。
・鳥について。神奈川県ではトビが大変危険。
・動物の本能を理解した上で対応を行なっていきたい。
・危険性のある生物の情報を把握する。注意する(3)。なるべく遭遇を避ける行動をとる。無理をしないで、危険回避を優先する。やばそうな時期を避ける。
・経験を共有することが重要だと思った。
・夏場の調査では熱中症対策が必要なので、ナイロン生地を使用しなければならないため、両立できるよう工夫をしていきたい。
・慣れすぎることは危険なので、油断しないようにしたいと思った。
(4)講師に伝えたいこと
・カラス対策(2)。自転車に乗る時は、ヘルメット着用が努力義務になったので対策として勧められるのではないか?
・オジロワシでは、繁殖つがいがヒナを防衛する際に、通常攻撃はしない。警戒声、警戒行動のみである。(←種や生態によって違いがある件)
・近所の公園の木がカラスが営巣するという理由で伐られてしまった。仕方ない部分もあるが、共存を模索して欲しい。
・昨年の対人防御の話は実践する必要がなく済んでいる。
・「生息域にお邪魔している」という意識が大切というのに同意。
・皆、けっこう色々な動物に出会っていて、驚いた。
・各専門家の話をまとめて伺う良い機会だった。ためになった。面白かった。(3)
・正しい知識こそ危機対策だと思った。正しい理解が大切で、思い込みはよくない。(3)
〇質問
Q1:国産のクマスプレーの効果について質問。
A(大石): 「熊一目散 公式サイト | 安心の国産熊スプレー」は国産だが、成分濃度・噴射距離・噴射時間などEPAのガイドラインに準拠して製造されているため、EPA認証製品と同等の効果があると考えられる。従来の製品と比較して噴射までの手順が短いのも特徴である。自身が操作し易いものを選ぶとよいと思う。
Q2:ヒグマ対応。仕事上だと新しい食痕があっても引き返せないことが多く、悩ましい。
A(大石): ←基本の行動(音を出す、複数人で動く、クマ撃退スプレーを携帯する)などを抑えることが最も大切。クマによる攻撃は首から上が多いため、万が一に備えてヘルメットの着用もお勧め。また、食痕を見つけた際は周囲で足跡も探してみるとよい。足跡は雨が降ったり他の動物に踏まれたりして消え易いので残る時間が短い(私自身も足跡を見て、引き返すかどうかの判断基準としてきたことが多い)。危険性が高い場合 →明瞭な足跡がある、自分たちが進む方向に続いている、親子である場合(大きさの異なる足跡が一緒についている)。
参考
「秋田県庁HP」 クマに関するQ&A
「ヒグマの会HP」 ヒグマの生態や歴史
「知床財団HP」 ヒグマへの対処法(世界自然遺産「知床」にある公益財団法人)
Q3:スズメバチに襲われそうになったら、その場に静止しているのがよいだろうか?
A(丹羽): ←状況判断がすべて。
状況1)「まとわりつき飛翔」の場合。スズメバチは、飛翔動線上に見慣れないものがあったり、大型動物がいたりすると、点検するように飛び回る。基本的に単独の行動。
対応:←人間がじっとしていれば、数十秒から数分で立ち去る。ただ、袖口や襟元に入り込んでしまうと高い確率で刺される。こういう偶発的な事故的な刺傷を避けるためには少しずつ移動し、スズメバチから離れるようにするのがよい。
状況2)「襲われそう」なのが確かな場合。
対応:←巣が近くにある可能性が高いので、刺されなくても速やかにその場を離れるのが鉄則。
〇アゴをカチカチ鳴らすなど威嚇の段階だと、すぐには刺してこない場合もあるが、警報フェロモンに触発された働きバチが次々と集まってくるので、時間とともに危険度が増す。
対応: ←ゆっくり後ずさりしながら離れる。
〇地中の巣を踏んでしまった場合は、一斉に働きバチが飛び出してきて、腕や頭部を狙って刺そうとする。
対応: ←非常に危険度が高まっているので、直ちに走って逃げる。
スズメバチの行動パターンを実地で知っておくためには、実際のスズメバチの巣を使って、人間が近づいた時の反応や攻撃の仕方を体験するような、観察会(体験会)を開くとよいかもしれない(専用の防護服を用意しておく)。
参考文献
・『スズメバチはなぜ刺すか』(松浦誠 1988年)
・『フィールド調査における安全管理マニュアル』(生態学会 2025)
Q4:ハチアレルギー対策の薬エピペンの使用法について質問
A(丹羽):エピペンは、緊急対応用に特別に認可される薬なので、専門医に相談するのがよい。
参考文献
・「学校のアレルギー疾患に対する取り組みガイドライン《令和元年度改訂》」
・エピペンの公式サイト
Q5:ダニに刺されて病院に行った際に処方される抗生物質は、何に対して、どの程度の効果があるのだろうか?
A(大杉):
1)細菌性(ライム病や紅斑熱)←抗生物質が有効
2)ウイルス性(SFTSやマダニ媒介性脳炎)←抗生物質は効かない
マダニ刺咬後、(発熱や皮膚)症状が出た場合 → 皮膚科を受診し抗生物質を処方してもらう。
症状が出ていない段階で予防的に投与するべきか?という問題。
←医師間でも意見が別れる。
←北海道や本州中部でシュルツェマダニに刺されたのが明らかで、しかも発見時のマダニが飽血状態だった時は、ライム病の感染リスクがかなり高いので、予防的に抗菌薬を投与してもよいかもしれない。
参考文献
『マダニの科学』(朝倉書店) 2024 マダニの分類・生態から近年の研究、感染症やその対策まで、詳細かつ一般向け
国立健康危機管理研究機構HP : マダニ対策、今できること
厚生労働省HP: ダニ媒介性感染症
★マダニのサンプル募集中
鳥類につくマダニを入手したら、連絡下さい。
<ohsugi.yuki.b8@elms.hokudai.ac.jp>
要望1:カラス対策について。媒体を問わず、対策などを発信して欲しい(四国九州の調査者)。
カラスの攻撃行動の段階や、攻撃されそうになった時、人ができる対処法などが紹介されている。
札幌カラス研究会のサイト