吉川 徹朗
2019年度に黒田賞という栄誉ある賞をいただきました。大変光栄で嬉しく思っています。受賞から1年半以上経ってしまいましたが、これまでお世話になった関係者の皆様に深く御礼申し上げます。
寄稿の依頼をいただいたので、これまでの私の研究の経緯についてご紹介したいと思います。私が研究してきたのは、鳥類と植物との関係、特にその相利関係と敵対関係の複雑な絡み合いです。鳥たちが樹木の果実を食べたり花蜜を吸ったりする姿は身近な場所でよく見かけますが、彼らは種子や花粉を運ぶという、植物繁殖になくてはならない働きを担っています。このように植物と助け合いの関係にある「味方」の鳥がいる一方で、植物の種子や花を破壊する鳥もいます。こうした植物の「敵」になる鳥たちは、植物の繁殖にどのような影響を与えているのか?彼らも含めて考えると鳥と植物の関係はどうなるのか?こういったテーマに取り組んできました。
なぜそうした研究をすることになったのか?研究室に入った時のテーマの選び方は人によってさまざまです。(1)自分のやりたいことを確固として持っている人、(2)自力で計画を練り上げる人、(3)指導教官から与えられた課題を選ぶ人、(4)ノープランの人。私の場合は、鳥と植物の関係を研究する意思は堅いが具体的な計画はゼロという、(1)と(4)の混じったタイプでした。具体的なテーマに行き着いたのは研究室に入って随分経ってからで、大学植物園でイカルが大量の種子を破壊する現場に遭遇し、植物の敵としての鳥類に着目して研究することにしたのです。ただ、ほぼ誰もやっていないテーマを選んでしまったため、その後の研究ではさまざまな紆余曲折を経験することになります。数年の野外調査を経て、イカルが植物の繁殖を制限するという新しい発見を論文にできた(Yoshikawa et al. 2012 Plant Biology)ものの、研究の歩みはとても遅いものでした。
そうしたなか私がなんとか研究を発展させることができたのは、先人の残した文献記録や市民ボランティアの方が積み重ねた観察記録と出会ったのがとても大きかったです。とりわけ、当初行なっていた野外調査が行き詰まって研究の方向性に迷っていた時に、日本野鳥の会神奈川支部の方々が収集されてきた観察記録と出会えたことは決定的でした。この膨大なデータから鳥類と植物の繋がりのネットワークについての新しい発見をする幸運に恵まれました(Yoshikawa and Isagi 2012 Oikos; Yoshikawa and Isagi 2014 Journal of Animal Ecologyなど)。データを分析するなかで鳥と植物の繋がりが見えたときの興奮はよく覚えています。こうしたアマチュアの方による観察記録は、生態学や鳥類学にとって大きな財産であることは間違いありません。
こうして振り返ってみると、私の研究は有形・無形のさまざまな研究インフラに支えられてきたという感を強くします。こうした研究インフラ、研究を支えて育む「土壌」というものは数多くあります。文献や資料や標本を蓄積する図書館や博物館、市民の方の観察記録のアーカイブ、あるいは自由にアイデアを議論できる研究室や学会という場。そうしたさまざまな「土壌」の中で、観察を続けたり考えを巡らせたり人と話したりするうちに、(たとえ小さなものであれ)新しい発見や発想があり、それらが研究を進める原動力になる。研究に必要なのは、さまざまな豊かな「土壌」と、そこで生じるちょっとした偶然ではないかと思っています。実際の研究プロセスはさまざまな停滞や失敗や妥協を含み、それほど綺麗にまとめられるわけではありませんが、そうした流れが研究の理想的なモデルだと考えています。
現在進めているヤマガラと猛毒植物との相利関係の研究も、そのような「土壌」から生まれたものといえるかもしれません。ここでの「土壌」は、研究上の発見やアイデアを自由に話せる場のことを指します。この研究の最初の発端は、猛毒のシキミ種子を食べるヤマガラを大学植物園で偶然見かけたことでした。それから数年後、半ば忘れかけていたこの発見を立教大学の上田恵介先生の研究室で話したところ、多くの人に面白がってもらったのが、この研究を始めた経緯です。その後2年間の共同研究で分かったのは、ヤマガラだけがシキミの木から種子を運んでおり、またネズミ類も稀に地上に落ちた種子を運んでいるという予想外の事実でした(Yoshikawa et al. 2018 Ecological Research)。なぜヤマガラやネズミ類は猛毒に耐えられるのか?これらの動植物間の相利関係はどのように進化してきたのか?小さな発見から生まれたそうした疑問に導かれながら、また新しい知見を積み重ねて、研究を大きく育てていけたらと願っています。
(Yoshikawa et al. (2018) Ecol Resより. 上田恵介撮影)
また今後は微力ながらも、研究を育む「土壌」作りに貢献することができたらと思っています。私が研究の素材として使うことができた文献や標本、観察記録、またそのほかの多くの資料やデータも、数知れない方が膨大な労力を投じて収集・管理されてきたものです。こうしたものの価値は近年ないがしろにされがちですが、その凄さを感じさせる仕事を私はやっていきたい。そうした蓄積されたデータや資料の価値を引き出す成果を出して、「土壌」に何かを還元することができたらと思っています。
最後になりますが、なんとか私が研究をやってこられたのは、出身研究室の先生方やラボメンバーの支えがあり、学位取得後も研究仲間に恵まれたことにあります。皆さんに心からの御礼と感謝を申し上げたいと思います。