今週末から開催される日本鳥学会2021年度大会で、第4回となる標本集会を企画しております。第4回へのお誘いとこれまでの復習を兼ねて、過去の集会報告を掲載いたします。
第1回「標本史研究っておもしろい―日本の鳥学を支えた人達」
第2回「標本を作って残すってどういうこと?―実物証拠としての標本」
皆様、ぜひお越しください↓
2021年度大会自由集会:9月17日(金)18:00〜20:00
W3:第4回「収蔵庫ってどういうところ?−標本収蔵施設の現状と問題点」
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日本鳥学会2019 年度大会自由集会報告
第3回 収蔵庫は宝の山!―標本の収集と保存を考える―
小林さやか(山階鳥類研究所)・星野由美子(島根県立三瓶自然館サヒメル)・岩見恭子(山階鳥類研究所)・川田伸一郎(国立科学博物館)・加藤ゆき(神奈川県立生命の星・地球博物館)
自然史標本は,生き物がその時,その場所に生息していた証拠である.安定して長く保存できる標本は,時間が経過してもなお,多くの情報を私たちにもたらしてくれる重要な研究資源である.標本の重要性は承知していながらも,管理する立場になると,増えていく標本にスペースが足りない,標本を整理するマンパワーが足りない,剥製に害虫が湧いたなど,悩みも多い.そして,これらの問題を担当者だけで抱え込んでいる場合もある.本集会は,標本の保存管理についての問題や対処方法を参加者と共有することを主目的に,3名の演者の事例を紹介した.(小林)
1.島根県立三瓶自然館の事例
―戦前の大コレクション「伊達鳥類仮剥製標本群」の困ったお話―
島根県立三瓶自然館が収蔵する標本数は,動物,植物,地質など各分野で18万点以上である.これらの標本は,館内スタッフだけでなく,館外の研究者や収集家が集めて寄贈されたものも多くある.このうち鳥類は約2,200点で,うち約1,600点が,戦前に集められた仮剥製標本群「伊達コレクション」であった.
伊達コレクションは,戦前にジャーナリストとして活躍した島根県出身の伊達源一郎氏(1874–1961)が趣味であった鳥類研究の一環で蒐集した標本である.5,000点以上あった標本は,第二次世界大戦後に接収された家屋とともに破却され,島根県安来市に疎開させたものだけが残った.そして1955年に当時の島根県知事が伊達氏より購入して本人に寄託した.その後,伊達コレクションは数回の移管を経て,1969年に島根県立博物館に保管転換され,1978年に日本産鳥類目録第5版に準拠して目録が発刊された.1991年には島根県立三瓶自然館に移管されたが,このときは整理済みとして標本の再整理などは行われなかった.
ところが2008年に,当館の企画展でこのコレクションを展示するにあたり,1978年に作成された目録と標本ラベルのデータを照合したところ,目録と標本ラベルとの間に,かなりの違いがあることが判明した.目録に記載されたデータが標本ラベルより詳細であったり,採集日が大きく異なったりしたのである.これらは単なる誤表記では無いと考えられ,別の資料が存在していたと推測された.また,標本ラベルの様式は複数あったのに,標本1体につき1枚のラベルしかなく,過去にラベルの付け替えが行われたことが示唆された.そこで,過去の目録を作成した際の資料等を探しながら再整理をはじめたが,何回もの移管により資料は散逸しており,根拠となる資料は見つけられなかった.さらに同年代に活動していた採集者の日記等の出版物などを参考に,採集日や採集地が合致するデータを照合してみたが,該当するデータを見つけるに至っていない.
現在も少しずつ再整理の作業を進めているが,鳥類担当職員は1名しかおらず,展示作成や解説,自然観察,野外調査などの業務もあり,標本の再整理にかけられる時間はほとんどない.業務の優先順位からも,標本の再整理は緊急性を理解されにくく,後回しになりがちである.加えて使わない資料は廃棄するなどの5S活動(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)なるものが声高らかに宣言される中で,博物資料の重要性を組織内部に説得することにも気を配らなければならなくなった.
ほとんど利用されない学術標本に時間と労力と経費をかけることには重要性の理解を得にくいため,その価値を理解する研究者に活用していただき価値を高めていただくことも必要なことかもしれない.とはいえ種名,採集日,採集地が正しいことが前提の学術標本群.これからも多くの方のご理解,ご協力を得ながら少しずつ整理を進めていきたいと考えている.
2.標本を残すためにできること―山階鳥類研究所の取り組み―
山階鳥類研究所は国内最大の鳥類の標本数を保有し,研究に生かすべく日々模索している.山階鳥類研究所には約8万点の標本が保管されているが,現在でも毎年約600個体の冷凍鳥体と,約500点の剥製標本(2005–2018年の平均値)が寄贈,収集されている.特に,最近では個人所蔵の展示用本剥製の寄贈が増えている.これらのなかには,学術標本があまり収集されなかった1950年代以降に採集された剥製も多く,山階鳥類研究所のコレクションの中でも手薄になっている時代を埋める貴重な標本になっている場合がある.
個人宅で鑑賞されていた剥製は損傷や,汚れが見られることもあり,修復が必要なこともある.修復の際に剥製の中を確認すると,その作り方や材料から年代を推定することができる場合もある.ラベル情報のない剥製の製作年代を推定することは,多分野の研究に利用できるようになるため,学術標本としての価値を高めることができる.また,寄贈者に了解を得た剥製については,翼を切り離すなど形状を変化させることで,より観察がしやすく,研究が行いやすい標本に作り変える工夫もしている.これらの作業は全てデータベースに記録され,修復前の状況およびその後の形状が分かるようにしている.
近年では微量な組織サンプルから,絶滅した種の系統解析や,安定同位体比分析を用いた過去の餌分析など,標本を用いた様々な研究が行われるようになってきている.時代や地域を超えて収集された標本はまさに宝の山と言えよう.
3.無目的収集のすすめ
博物館にとって一番大切なものは標本である.標本があるからこそ,博物館の展示は成立するし,学習活動も行える.そして研究もできる.自分のためだけではない.博物館の標本は多くの人の研究を支える資源だし,外部に貸し出して展示などに利用することもできる.国立科学博物館は日本の標本蓄積の拠点だから,僕は自分の担当である哺乳類の標本を集め続けなければならない.そのスローガンとして「3つの無」という標本収集規範を心に念じながら日々の作業に励んでいる.
一つ,標本収集は「無目的」であれ.僕には多くの標本提供者がいるが,時に「何が必要か?」と問われる.僕は「なんでも受け入れますのでお願いします」と即答する.標本は何時どのような形で役に立つかわからない.だからなんでも大切に残しておかなければならない.例えば僕はモグラの研究者なので,モグラの死体を送ってくれるのは大歓迎だけど,それだけ集めていたら博物館の標本はモグラだらけになってしまい,僕は嬉しいけど他の人にとっては魅力を欠くものになってしまう.我々が希少種などと位置付けるようなものは多くの人にとって魅力的なものだから集めるのは当然.一方で外来種などと位置付けられるようなものは多くの人は集めようとしない.これこそ沢山収集しておけばいざという時に役に立ちそうだ.だからクロウサギだろうがマングースだろうが,僕は差別しない.人類はまだ標本の可能性を知り尽くしていない.
一つ,標本収集は「無制限」であれ.僕がこれまでに収集してきたものにニホンカモシカの頭骨14,000点という膨大な標本群がある.「そんなに集めてどうするの?」と問う人もあるが,今も集め続けている.かのチャールズ・ダーウィン氏も述べているように,生物には変異がある.変異のパターンは個体群内の違いの他に,性・齢・地理的なものもある.例えばある地域に生息する20 歳くらいが寿命のカモシカの頭の形をちゃんと知ろうとして,個体間のばらつきを調べるのに30標本くらい必要だとしたら,30×2(性差)×20(齢変異)=1,200標本は最小限必要となる.地域間での違いを考慮するとこの数倍のものが必要だし,年齢構成にもばらつきがあって,高齢の標本は少ない.狩猟によって頭骨が破損しているものも含まれると思うと,やばい,まだまだ足りない.もっと集めなきゃ.
一つ,標本収集は「無計画」であれ.標本の材料,すなわち動物の死との出会いは一期一会である.その時を逃しては再び出会えないかもしれない.常にそう思い続けて,即断,即動である.時には博物館で重要な展示会議がある日にそのチャンスはやってくる.しかし最初に述べたように,博物館にとって一番大切なものは標本である.だから会議の主催者は僕を標本収集の現場に送り出してくれる.そしてこの無計画な標本収集から,また新たな展示品を使用した展示計画が生まれることもあるのだ.
おわりに
事例発表の後,意見交換の時間を設けた.参加者からは,個人宅で所有していた,採集情報がなく,ワシタカ類の翼を広げた飾り用の本剥製の扱いはどうしているのか,収集していた標本を寄贈する際に標本のリストがあった方がよいかなど,様々な意見が出された.標準的な回答をいえば,標本はできるだけ残した方がよいし,寄贈されるときに標本リストがあった方がよいのだが,ケースバイケースで考えていかなければいけないであろう.しかし,会場から発言された方も,答える私たちも所属機関の内情は話しにくく,標準的な発言にならざるを得なかった感がある.それが本集会を開催してみての課題であろう.
標本を残すことは未来の研究を支えることである.それぞれの館で抱える問題は多く,標本を残すための環境が劇的に良くなる兆しはなかなかない.しかし,より多くの標本を残していく志を持ち続け,博物館同士が情報を共有し,互いに助け合える関係を構築していくことが大切だと考えている.本集会のようにそれぞれの情報を出し合って,共有することを続けていくことがその第一歩となるであろう.博物館関係者が集う場は他にも数多くあるが,鳥類標本だけに特化した事情もある.鳥類の専門家が集う鳥学会大会で集会を開くことで,今後も情報共有していきたいと考えている.
最後に鳥の学校や他の集会が平行して開催されるなかで,本集会に参加いただいた65名の方々にこの場を借りてお礼申し上げる.今後も引き続き関心を寄せていただければ幸いである.(小林・岩見・加藤)