日本鳥学会2024年度大会公開シンポジウム 「野生鳥類と高病原性鳥インフルエンザ:大規模感染に立ち向かう」を終えて

森口紗千子(日本獣医生命科学大学 獣医学部 野生動物学研究室

餌付け場所に集まるオナガガモやユリカモメ

日本鳥学会2024年度大会の公開シンポジウムでは、高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)をテーマとしました。日本で2003-2004年の冬、79年ぶりに発生したHPAI以降、日本鳥学会大会では、HPAIに関する口頭発表やポスター発表、自由集会、鳥の学校はあるものの、公開シンポジウムのような大きなイベントは初めてのことでした。

本シンポジウムを企画したきっかけは、北海道網走市で開催された2022年度大会の折に、本シンポジウムの講演者でもある外山雅大さん(根室市歴史と自然の資料館)から、根室市でHPAIによるカラス類の大量死が発生した際の対応について伺ったことです。HPAIによる大量死に初めて遭遇したにもかかわらず、地元の方たちで協力して監視体制を整備し、希少鳥類を守るための注意喚起まで実施した流れは、日本全国にあるカラスのねぐらを対象としたHPAIサーベイランスの見本となるだろう、と直感しました。その時一緒に話を聞いていた、本シンポジウムのコメンテーターでもある金井裕さん(日本野鳥の会)に、翌年(2023年)の金沢大会で自由集会でも企画しませんかと提案したところ、HPAIをテーマにするなら、ウイルスの専門家(獣医学者)も呼んだ方がいいからシンポジウムでないとね、と(いい意味で)一蹴されました。自由集会の講演者には、自腹で来てもらうしかありません。非会員の獣医学者をご招待するならば、交通費や謝金を支払えるシンポジウムを企画するしかない、ということです。

日本獣医学会野生動物医学会獣医疫学会などの獣医学系の学会では、毎年のようにHPAIに関するシンポジウムが開催されています。日本鳥学会でHPAIをテーマにする意義は、野生鳥類の観察や捕獲だけでなく、死体を拾い標本を作るような、野生鳥類に触れる機会の多い学会員の方々に、HPAIの問題や実際にHPAIサーベイランスに関わっている人たちの取り組みについて知ってもらうこと。そして、被害を受ける野生鳥類や、家きんや、動物園の鳥たちを少しでも減らすために、HPAI発生時の対応で大変な思いをする人を減らすために、力を貸してほしいという思いからです。幸い、その次の2024年度東京大会で大会実行委員となり、実行委員の皆さんにHPAIに関するシンポジウムの企画を受け入れてもらえたことで、実現に向けて始動することになりました。

本シンポジウムを開催することが決まり、もう一人のコーディネーターである牛根奈々さん(山口大学)に声をかけました。牛根さんは、私が所属する日本獣医生命科学大学出身の獣医学者です。彼女が博士課程の大学院生だった4年間、私が雇用されていた鳥インフルエンザと鉛汚染に関する環境研究総合推進費のプロジェクトで、野生鳥類専門の獣医師として支えてもらった仲です。大会実行委員に加わることも、二つ返事で承諾してくれました。そして、同プロジェクトでご一緒させていただいた、獣医学者の迫田義博先生(北海道大学)と山口剛士先生(鳥取大学)を講演者として招待しました。お二人は、環境省による野鳥HPAIサーベイランスで、ウイルスの病原性や亜型を確定する検査機関の責任者です。迫田先生からは、鳥インフルエンザの基礎について、ウイルスの特徴から北海道大学構内でのHPAIサーベイランス、HPAIに感染した希少鳥類の治療にいたるまで、様々な視点でやさしく解説していただきました。曝露されるウイルスが一定量に満たないと感染が成立しないため、感染防止にはウイルス量をいかに減らすかが大事であることを教えていただきました。山口先生からは、家きん農場に侵入するネコ、イタチ、スズメなど、養鶏場でHPAIを防ぐことが難しい現状について発表いただきました。HPAIウイルス(HPAIV)は、ニワトリに対して病原性が高いことで定義される、家きんの病気であることを強調されました。そして、野生鳥類の大規模なHPAI発生現場の声として、シンポジウム企画のきっかけとなった外山雅大さんに根室での取り組みを、そして以前より地域ぐるみでツル類をはじめとする野生鳥類のHPAIサーベイランスを続けている原口優子さん(出水市ツル博物館クレインパークいずみ)より、鹿児島県出水市における取組みと、出水市で発生したツル類の大量死について報告していただきました。私は、獣医学者と野生鳥類関係者をつなぐ役割として、鳥類生態学による鳥インフルエンザ研究事例について講演しました。総合討論では、鳥類学者代表として樋口広芳先生(慶應義塾大学)、野生鳥類関係者として鳥インフルエンザに精通する金井裕さん(日本野鳥の会)、家きんの鳥インフルエンザを担当されている唯野剛史さん(農林水産省)、過去に出水市でツル類の大量死が発生したシーズンに現場の環境省職員として対応にあたり、現在は本省で野生鳥類の鳥インフルエンザを担当されている木富正裕さん(環境省)もコメンテーターとして加わり、活発な議論が繰り広げられました。しかし、総合討論は当初予定していた30分では収まり切らず、1時間に及びました。それでも伝えきれなかったことがたくさんありましたので、この場を借りて残しておきます。

オオワシ

総合討論では、出水市のツル類の餌付けが大量死の引き金となったのではないか、根室でもワシ類が観光目的で餌付けされているため、禁止できないのかということが話題の中心でした。出水市におけるツル類の大量死の前年に、イスラエルで発生したHPAIによる10,000羽ともいわれるクロヅルの大量死も、ツル類が餌付けされているフラ湖で発生しました(Lublin et al. 2023)。フラ湖で越冬するクロヅルの個体数は約50,000羽なので、越冬個体群の約20%が死亡したことになります(Pekarsky et al. 2021)。餌付けは過度に群れを集中させ、HPAIなどの感染症まん延のリスクを高めます。希少鳥類が大量に集まるほどの餌付けは避けるべきですが、出水市のツル類の餌付けは、観光目的だけでなく、周辺の農地における農業被害を防ぐ役割もあると考えられており、長年中止できなかった経緯もあります。一方で産・官・民・学の連携により、毎日ツル類を監視し、迅速に死亡鳥や衰弱鳥を回収し、ねぐら水の検査を定期的に実施するなど、ツル類の生息地を維持し、カラス類やトビをはじめとする腐肉食性の鳥類等への感染拡大を防止するとともに、多くのシーズンで周辺に散在する養鶏場でのHPAI発生を抑制してきたことも事実です。大量死が発生したシーズンに出水市のツル類から検出されたHPAIVの特徴として、ツルからツルへと感染が広がりやすかった可能性も指摘されています(Okuya 2023)。そして、同時期に出水市とその周辺地域の養鶏場で続発したHPAIのウイルス株は、当時出水市のツル類で大流行していたウイルス株とは異なっていました(高病原性鳥インフルエンザ疫学調査チーム 2023)。

カモメ類

趣旨説明で紹介したとおり、近年世界中でHPAIによる野生鳥類の大量死が発生しています。被害を受けている種は、越冬期のガン類やツル類だけでなく、真夏の海鳥の集団繁殖地や海獣類にまで拡大しています。大きな被害が報告されているのは、海鳥類ではカツオドリ類、トウゾクカモメ類、ウ類、アジサシ類、ペンギン類、ペリカン類、ウミスズメ類、海獣類ではオタリアやゾウアザラシの仲間など、多様な種の数百~数万単位での大量死が発生しています(CMS FAO Co-convened Scientific Task Force on Avian Influenza and Wild Birds 2023)。大量死が発生した海鳥には、カツオドリ類、ウ類、アジサシ類、ウミスズメ類など、日本に生息する分類群も含まれています。また、大量死の報告が少ないカモメ類は、カモ類と同様にHPAIに感染してもほとんど症状を示さず、遠くまでHPAIVを運び、他の海鳥類に感染を広げていると考えられています(Hill et al. 2022)。しかし、日本における海鳥類の鳥インフルエンザウイルス全般に関する研究事例は、ユリカモメなどごくわずかです(Ushine et al. 2023)。加えて、日本に生息する海鳥類の集団繁殖地の多くは無人島です。海鳥類を調査研究する鳥類学者が気づかなければ、HPAIによる被害があったのかどうかもわかりません。国内で繁殖する海鳥類の感染状況を明らかにするためには、海鳥類の調査に携わるみなさんに、対象種を注意深く観察し、調査していただくことが大切になります。また、カモメ類をはじめとする海鳥類の抗体検査を実施し、鳥インフルエンザウイルス全般がどの程度浸潤しているのか調査することも大切です。ご理解とご検討をお願い申し上げます。

人、動物、環境の健康を一つとみなす理念に基づくOne Healthアプローチでは、人獣共通感染症や薬剤耐性菌などの問題に取り組むため、関係各所が連携し、協力して対応にあたることが必要不可欠になっています。その第一歩として、関係者が同じ場所に集まり、顔を合わせて対等な立場で話をしていくことだと私は考えています。本シンポジウムも、獣医学者、鳥類学者、鳥類生息地の管理者、農林水産省、環境省という、HPAIの問題に実際に携わるそれぞれの現場の人たちが集まり、議論する場を作るべく、開催しました。登壇いただいた講演者やコメンテーターの方々はじめ、大会実行委員など多くの方々にご協力いただき実現できたことは、それだけでも一つの成果と思っています。

会場では229名、オンラインでは262名、合計491名にご参加いただきました。そのうち、234名(47.7%)よりアンケートの回答をいただきました。アンケート回答者の122名(52%)は非会員の方々です。そして223名(96.6%)の方から、本シンポジウムが有意義だったと回答いただきました。

総合討論では会場からの質問時間が十分にとれなかったため、大会ウェブサイトに、アンケートに記入いただいた参加者の質問に講演者らが回答したQ&Aを公開いたします。本シンポジウムが、野生鳥類にまつわるHPAI問題について理解を深め、得た知識をだれかに伝えたり、サーベイランスに協力するなど、HPAI問題の解決に向けた活動を始める一助となりましたら、これほど嬉しいことはありません。

本報告を執筆するにあたり、牛根奈々さんには多くの助言をいただきました。厚くお礼申し上げます。


引用文献

  1. CMS FAO Co-convened Scientific Task Force on Avian Influenza and Wild Birds (2023) Scientific task force on avian influenza and wild birds statement on: H5N1 high pathogenicity avian influenza in wild birds - unprecedented conservation impacts and urgent needs.
  2. Hill, N. J., Bishop, M. A., Trovão, N. S., Ineson, K. M., Schaefer, A. L., Puryear, W. B., Zhou, K., Foss, A. D., Clark, D. E., MacKenzie, K. G., Gass, J. D., Jr., Borkenhagen, L. K., Hall, J. S., Runstadler, J. A. (2022) Ecological divergence of wild birds drives avian influenza spillover and global spread. PLOS Pathogens, 18: e1010062.
  3. 高病原性鳥インフルエンザ疫学調査チーム (2023) 2022 年~2023 年シーズンにおける高病原性鳥インフルエンザの発生に係る疫学調査報告書.
  4. Lublin, A., Shkoda, I., Simanov, L., Hadas, R., Berkowitz, A., Lapin, K., Farnoushi, Y., Katz, R., Nagar, S., Kharboush, C., Perry Markovich, M., King, R. (2023) The history of highly-pathogenic avian influenza in Israel (H5-subtypes): From 2006 to 2023. Israel Journal of Veterinary Medicine, 78: 13-26.
  5. Okuya K. (2023) High Pathogenicity Avian Influenza Outbreak among Vulnerable Crane Species in the Izumi Plain, Kagoshima, Japan. The 8th meeting of East Asia Wildlife Health Network.
  6. Pekarsky, S., Schiffner, I., Markin, Y., Nathan, R. (2021) Using movement ecology to evaluate the effectiveness of multiple human-wildlife conflict management practices. Biological Conservation, 262: 109306.
  7. Ushine, N., Ozawa, M., Nakayama, S. M. M., Ishizuka, M., Kato, T., Hayama, S. (2023) Evaluation of the effect of Pb pollution on avian influenza virus-specific antibody production in black-headed gulls (Chroicocephalus ridibundus). Animals, 13: 2338.
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