シリーズ「鳥に関わる職に就く」:受け身の達人

2016年2月17日
森林総合研究所 川上和人
バイクにまたがる筆者.jpg
黒いのがバイクで、赤いのが著者。

「このジョルノ・ジョバァーナには夢がある!」
彼は夢に向けて進み、見事ギャングのボスになる。海賊王、天下一武闘会、主人公達は熱い目的意識で未来に向かっていく。

しかしそんな明確で壮大な夢に突き進む主役級の人材は、現実には一握りだ。主人公への視線は憧憬であって共感ではない。私も大それた野望もなく、破廉恥なことばかり考えながら受動的で器用貧乏な半生を過ごしてきた。

受動的も器用貧乏も、ニュアンスは悪口である。しかしこれも処世術と心得たい。中途半端な受け身は身を滅ぼすが、とことん受けて立てばいつか達人の域に達し、器用大富豪になるはずだ。

大学三年の私は、恩師となる樋口広芳先生の研究室の門を叩いた。
「鳥類について學びたく、何卒御指導賜りたい」
「では君、小笠原でメグロを研究してみ給へ」
名前も場所もとんと聞いたことがない地名だったが、大志を抱かぬ私にとって師の導きは宇宙の真理である。
「仰せのままに」

さも自らの意志であるかのような顔で小笠原の土を踏み、以来20余年間そこで研究を続けている。同じく小笠原で研究を進める森林総合研究所のスタッフと出会うまで、長い時間は要しなかった。
メグロ.jpg
メグロ。この鳥のおかげで,今の私がある。

「君、森林総研で小笠原の研究をする気はあるかね」
3年ほど経った頃である。大学院在学中の私には、就職なぞまだ現実感のない2001年宇宙の旅のようなもので、とっくりと考えたこともない。
「それはもちろんでございます」
突如の質問にはとりあえずイエスで答える。ノーと言えない由緒正しい日本男児の姿を確と見よ。

急遽公務員試験を受け博士課程を中退し、現職に至る扉を開く。森林総合研究所は林野庁傘下の研究開発法人である。爾来、世のため人のため林野庁のため自分のため、鳥学に身を委ねる毎日である。
「君、カタツムリの調査をしてくれ給へ」
「君、予算をとってきてくれ給へ」
「君、恐竜の本を書いてくれ給へ」
「君、バイク雑誌の原稿を書いてくれ給へ」

依頼や勧誘を承諾し続けると、経験値も選択肢も拡大する。断り続けると縮小する。鳥学分野での就職難は最近始まったことではない。選択肢の拡大は重要な戦略だ。私が現職に誘われたのも、何でもやりますと二枚舌と八方美人を駆使していたからに他ならない。

今もって具体的な目標はない。しかし、具体ではないが明確な目標がある。長期的に明るく楽しく鳥学に励むことだ。その経路もゴールも問うつもりはない。汚名も謹んで拝命しよう。

大志の成就を目論む者は、賢明にその道を進むがよかろう。しかし流され人生も恥じ入る必要は皆目ない。私と同じく破廉恥で自堕落な、ただし鳥学をこよなく愛する後進達には、受け身の達人を目指して八方美人な鳥学道を歩んでほしい。

そしていつか、上手に断れずにこんな原稿を引き受けてもらいたい。

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