2018年6月1日(Day 1)
根室駅前のえびす屋旅館を出ると,かなりな風.昨日の手続きで船は出ると決まったものの,大丈夫かという不安が出てきました.準備を終えて桟橋に行くと,目前に1000トン余りのえとぴりか号がドーンとあるものの,その沖では白波が立っていました.“最近珍しいほどの強風です”と古南さんのダメ押しのコメント.久しぶりの船旅の私はなるようにしかならないと思い定め,船に乗り込みました.
今回の国後島鳥類調査の目的は,1.生息状況や保全にかかわる情報交換,2.往復航路も含めた鳥類の生息状況調査と日露共同経済活動による風力発電候補地の視察,3.今後の鳥類の共同調査,および風力発電などの経済活動と鳥類保全との両立に向けた意見交換です.調査団は沿岸・海洋域に生息する鳥類を専門とする6名(団長の白木彩子さん(猛禽類),福田佳弘さん・西沢文吾さん(海鳥),古南幸弘さん(シギ・チドリ),嶋田(ガンカモ),松田実希さん(白木さんの学生でオジロワシを研究))に加え,小笹純弥さん(通訳),根上泰子さん(環境省・政府同行者)の2名を加えた計8名です(写真1).
写真1.えとぴりか号の前にて(左から根上,松田,西沢,福田,小笹,
白木,古南,嶋田).
調査はいたってシンプルで,行く先々で見た鳥をすべて記録します.根室港から国後島の古釜布港までの海上ももちろん調査します.白波立つ強風の海上で調査できるのかと思いきや,海鳥調査の猛者の福田さんと西沢さんはさっそく調査開始.見た鳥を記録係の松田さんにどんどん伝えていきます.普段海鳥を見慣れてなく,さらにこの高波,私は二人の発するウトウ○〇羽やボソ(ハシボソミズナギドリのこと)〇〇羽を頼りに水面に目を向けるもなかなか鳥を見つけることができません.そして西沢さんは調査しながらも合間に写真を撮っています.カシャカシャカシャという連写音を聞きながら,この状況でなぜ写真が撮れる!?と思ってました.
中間ライン(国境ではない)を過ぎ,国後島に近づくにつれてだんだん波もおさまり,私も少しずつ海鳥を見られるようになってきました.傍らで彼らが頑張って調査をしている中,私は純粋にバードウオッチングを楽しんでいました.しかし,鳥がどうしても遠い上にじっくり見られない,うーん,もっとしっかりばっちり見たいという思いでした.
古釜布港に近づくと全員,船室に入るように指示され,写真撮影は禁止されます.今回のビザなし交流は,墓参で択捉島へ向かう方々と国後島へ向かう私たち専門家チームに分かれていました.えとぴりか号は我々を国後島へ下したあと,択捉島へ向かうのです.ただ,入域手続き(入国ではない)は古釜布で行うようでした.
古釜布港は水深が浅いため,えとぴりか号は桟橋に横付けできません.沖合に停泊し,迎えの船を待ちます.事前準備の段階でGPSやスマホ,パソコンなど電子機器の持ち込みが厳しく制限されており,違反したら日本に帰れないのか!?とビクビクしている中での手続きです.書類の顔写真との照合の後,迎えの船(友好丸と日本語表記がありました)に乗り込み,無事に古釜布港に到着しました.結局,チェックといえば,その顔照合だけで,荷物検査もなくそのまま迎えの車に乗り込んで,保護区の事務所に向かいました.
途中,国後島での調査経験のある福田さんが道路がアスファルトになっていると驚いていました.以前はすべて砂利道の道路だったそうです.保護区の事務所に到着すると,すでにお茶の準備がしてあり,キスレイコ所長をはじめ,副所長のエフゲニーさん,数日前に赴任したばかりのガリーナさんとさっそく打ち合わせ開始.保護区側はジャムや卓上カレンダーなどのプレゼントを個別に準備くださっており,こちらも根室で準備した贈り物でまずはプレゼント交換.古南さんのご厚意で準備いただいた木彫りのフクロウ,通訳の小笹さんの機転で保護区あてが所長あてとなったという勘違いもありつつも所長はとても喜んで下さいました.結果オーライです.それでテンションが上がったのかもしれませんが,所長のマシンガントークが続きます.なんとなくこれからの旅の雰囲気を予感させるものがありました(写真2).
写真2.左からキスレイコ所長,エフゲニー副所長,ヤーコブレフさん,
ガリーナさん.
行程の確認をした後,白木さんのご提案で古釜布近くの風車建設予定地をご案内いただくことになりました.所長たちのご案内で徒歩で現場に向かいます.すれ違うロシア人の中にはニコニコしながら,”こんにちは”と”に”にアクセントをつけた発音で挨拶してくれる人もいます.私は前日に覚えたばかりのズドラーストヴィチェ(こんにちは)で返しました.2階建てのアパートの屋根にオオセグロカモメが営巣しているのを観察しつつ,町を抜けると海岸線に出ました(写真3).
写真3.アパートの屋根で営巣するオオセグロカモメ.
海食崖になっていてたしかに風況は良さそうです.しかし,こうした海食崖に風車を立てるとオジロワシがよく衝突することがすでにわかっています.それに人家にも近い.さらに雄大な爺爺岳を遠くに眺めるすばらしい景観.ここに立てなくもいいのに,と思いつつ散策しました.翌日の食料などを買い込んだ後,宿泊場所となる日露友好の家に戻りました.
翌朝,待ち合わせの時間通り所長さんたちが迎えに来てくれました.所長が”ジュニア~はどうした?”という身振りで聞きます.ジュニア?,純弥,ああ小笹さんのことかと合点がいきました.旅のキーワードとなる”ジュニア~”を聞いた最初の瞬間でした.