2018年6月3日(Day 3)
“ジュニア~”と所長が叫ぶと長話が始まる,という共通理解ができました.福田さんも小笹さんを呼ぶときに“ジュニア~”と呼び始め,“ジュニア~”が頻繁に聞かれるようになってきた3日目,古釜布北の太平洋側の海岸を荒島目指してすすみます.荒島は海鳥の繁殖地として有名なところです.
がたがた道ですが,気持ちのよい海岸線.どこで降りてもオオジシギがさえずっています.古南さんがオオジシギの調査をやってみることになりました.野鳥の会で現在行っている調査で,定点で10分間にさえずっていたオオジシギを記録するというシンプルなもので,そのデータをマッピングすることで分布の濃淡がわかります.今後,国後島ではガリーナさんが担当してこの調査をやることになりました.国際協力による共同調査といえばおおげさですが,できる人がつながれば物事はすぐに動くのです.
途中,浅い川は無理やり車で渡りますが,どうしても渡れない川には,大きな土管のようなものを数本入れて流れを阻害しないようにしつつ,その上に砂利を敷いただけの道がありました.川を渡るという目的を最小限の労力で達成しています.大雨で流されても土管を再び並べて砂利を敷けばすぐに復旧できます.橋などのしっかりした構造物にしてしまうとかえって面倒くさいことになる気がします.不便なところだけ最小限の手を入れてなんとかする,本来の自然とのつきあい方をみた気がしました.
海岸沿いを引き続き北上します(写真12).
写真12.人工構造物のない海岸線.
ここでもアマモがたくさんみられます.国後島の北部太平洋側ではいくつかコクガンの位置情報を得られていますが,中央部ではありません.しかし,ここにも来ている可能性が十分にあります.岩場で鳥を観察していると,遠くからエンジン音が聞こえ,数台のバギーがやってきました.さっそく所長は話し始めます.所長は基本的に人が好きなのだと思います.調査中に出会う人たちと必ずといっていいほど話をします.バギーの人たちはハンターでした.なんと古釜布近くでシジュウカラガンを見たとのこと.実は昨日のエフゲニーさんのプレゼンで,シジュウカラガンは今年初めて国後島で記録されたと聞いたばかりでした.帰りにその場所に行ってくれるというありがたいお話です.
アザラシの群れが休んでいるのをみました.300頭くらいでしょうか(写真13).
写真13.アザラシの群れ.
“体の模様で丸に点があるのがゼニガタアザラシ,点だけのがゴマフアザラシ”と松田さんから明快な解説をいただき,すぐに識別できるようになりました.荒島が近づくについて,岩場が多くなり,慎重に歩く必要がでてきました.所長はそれでも遠慮なく“ジュニア~”と叫びますし,それに似た声で福田さんも“ジュニア~”と呼びかけます.列の前から後ろから“ジュニア~”を聞きながらすすみます.少し霧が出てきた中,見上げると少し恐怖を覚えるほどの高さの崖の下を足元に注意しながらすすみます(写真14).
写真14.崖の下を慎重に進む.
すぐそばは海です.あちこちで立派なコンブが打ちあがっています.ロシア人は海藻類を食べないとのこと.うーんもったいなあとつぶやきながら歩を進めました.
霧がだいぶ濃くなり,荒島は見えませんでしたが,海面にケイマフリがたくさん浮かんでいます(写真15).
写真15.ケイマフリ.
はじめて近くで見ました.英名でSpectacled Guillemot.黒い体に目の周りだけが白いめがねをかけたように白く,足は赤色.そして”フィーフィー,ピューピュー“ととても美しい声で鳴きます.とても可愛く,魅力的な鳥でした.その沖合いにはエトピリカ.贅沢な時間でした.しばらくすると少し霧が晴れ,荒島が姿を現しました.海鳥の一大繁殖地です.以前来たことのある福田さんは感無量のようでした.
この踏査途中の海岸沿いに温泉があります.この温泉,1日目の行程説明で所長が力説していた場所で,2日目の別れ際にも入ってみないかと熱烈にお誘いいただいた場所でした.なんとしても温泉に入りたかったようです.私たちは温泉に入る時間があるなら鳥を見ていたいと思っていたので,遠慮がちな雰囲気を出していました.とはいえ,そのままスルーするのもどうかなという感じでした.というわけで帰る途中にちょっと立ち寄りました.日曜日ということもあって多くのロシア人が集っていて,食事をしながら楽しんでいました.手を入れるとちょうどいいくらいの湯温でした.日本人がめずらしいのでしょうか,さっそく松田さんや福田さんを囲んで記念撮影.
帰り道,ハンターからいただいたシジュウカラガン情報をもとに,シジュウカラガンを探しに行ってくれました.牧草地にいました!2羽のシジュウカラガンが草本を食べながら移動しています(写真16).
写真16.シジュウカラガン.
シジュウカラガンは一時絶滅の危機に瀕しましたが,1995年からロシア科学アカデミー,日本雁を保護する会,仙台市八木山動物公園との共同プロジェクトが始まりました.八木山動物園でシジュウカラガンを増やし,それをカムチャツカ半島にある増殖施設でさらに増やし,それらを捕食者のいない千島列島のエカルマ島で放鳥するというものです.近年,シジュウカラガンの個体数は増加傾向で,2017/18年には日本国内の越冬数が5,000羽ほどにまでなりました.しかし,エカルマ島付近で繁殖し,千島列島沿いに渡っていると思われるものの,繁殖地や中継地など渡り経路は不明のままです.2018年5月にシジュウカラガンが国後島で初めて記録されたこと,そして今回この調査でも観察できたことは大きな収穫でした.
シジュウカラガンは私たちを多少警戒しつつも,ゆっくりと草本類を食べていました.日本で観察しているシジュウカラガンとあまり変わらない警戒感に,日本にも滞在していたのかもと思いました.北海道と国後島の距離は20km程度,渡り鳥は十分に行き来できる距離です.コクガンやシジュウカラガン以外にも,国後島で捕獲され,GPS追跡されたタンチョウが北海道別海町に移動したこともわかっています.あらためて国後島は身近な島だと感じました.
夜は日本側がホストとなって,保護区の方々を招く夕食会.ロシア式の宴会は小さいグラスにウオッカを注ぎ,だれかが乾杯の音頭をとった後に飲み干し,しばらく会食した後に次にだれかが乾杯の音頭をとる,というようにすすんでいきます.酔いながらの通訳,たいへんだろうなあと思いましたが,“ジュニア~”が大活躍.ガリーナさんが“日の出ずる国の方々と交流できてうれしい”とおっしゃって下さいました.また,キスレイコ所長がただものではないということもわかりました.以前,北海道の知床と,ロシアの特別自然保護区3ヵ所(国後島,択捉島,小クリル列島にある自然保護区)を基盤に,「クリル・北海道統一自然保護複合体」を創設することを提案したそうです.私はこの考えにとても感銘を受けました.
2018年6月4日(Day 4)
この日,二日酔いだった私に書くべきことはありません.根室港に戻ってからの記者会見も二日酔いの気持ち悪さを我慢するばかりでした.ちゃんとしゃべれていたかどうか,自信がありません.ただ,中標津空港までお送りいただいた福田さんが飼われている馬をみせていただき,そして初めて馬に触り,癒されたことだけが強く印象に残っています.
今回の調査,私にとってたいへん貴重な経験となりました.お声がけいただいた団長の白木さんには心から感謝申し上げます.そして白木さんのお考えで,沿岸・海洋域の,しかも鳥類だけにしぼった専門家の編成であったことが,短い日程の中で効率的かつ中味の濃い調査を実施できた要因だと思います.すばらしい仲間との充実した旅でした.貴重な機会をいただいた者として,この経験を活かした活動をしていかなればなりません.
最後に,本調査は一般財団法人大竹財団の助成を受けた北海道鳥類保全研究会によるプロジェクト「北方四島における鳥類保全に向けた日露共同調査と協力体制の構築」の一環で,北方四島交流事業「特定非営利活動法人 北の海の動物センター 国後島鳥類調査専門家交流」として実施されたものです。