長谷川 克(理学博士)
こんにちは!ツバメ研究家の長谷川克と申します。この度、森本元博士に監修いただき、「ツバメのせかい」という本を執筆いたしましたので紹介させていただきます。
本書は前著「ツバメのひみつ」の姉妹書です。前著では客観的に見たツバメの進化や生態について—例えば、ツバメの長い尾羽がどのように他個体に作用して進化してきたか、ヒトのそばで繁殖する意味など—幅広く扱わせていただきました。こうした客観的なツバメ観は個人の印象や思い込みに左右されずにツバメという生物を正確に捉えるのに必要不可欠な物の見方です。
でも、客観視することで相手を完全に理解できるかといえば、もちろんそんなことはありません。ツバメがどのように生き、どうやって進化してきたのか理解するには、ツバメ自身の物の見方、いわばツバメ主観的な世界を知る必要があります。例えば前述した燕尾についても、ツバメたちが物差しで客観的に長さを測定できるなどと考えるのはナンセンスです。むしろ、彼らにとっては「長く見える」燕尾をもつことが大事で、ヒトが二重や涙袋で目を大きく見せるように、ツバメも積極的に錯視を利用して尾羽を長く演出して、進化の仕方を変えていると考えられています。おまけに鳥類はヒトと違って紫外線や偏光まで見えるため、こうした視覚情報も日々の暮らしと進化に絡んできます。もちろん視覚以外の感覚、あるいは感覚器で受容された刺激がその後どうやって脳で処理されるかによっても、世の中の捉え方(と生き様)が変わります。
「ツバメのせかい」では、そうしたツバメから見た世界にクローズアップし、客観的な世界観だけでは扱いきれなかったツバメの生き様を扱うことを目的としています。今風に言えば、「推し」の世界観を紹介する本、といえるかもしれません。もちろんツバメの世界はツバメ1羽だけで成り立っているわけではなく、近隣個体や、同種他個体が織りなす社会、あるいは他種生物との様々な関わり合いによって構成されますので、本書ではツバメたちから見た物理環境と生物環境の両面から彼らの世界に迫ります(普段の観察では見落としがちな寄生虫や腸内フローラ等との相互作用も扱っています)。
なお、私たちのように定住生活する生物では周りの環境もそうそう変わりませんが、「渡り鳥」として繁殖地と越冬地を毎年行き来するツバメでは、晒される環境も大幅に増え、目まぐるしく変わることになります。前著「ツバメのひみつ」では、ツバメの生活を繁殖地と越冬地で分けて別々に扱っていますが、「ツバメのせかい」では渡り自体に着目し、ルートの問題だったり、タイミングの問題だったり、ツバメにとっての(動的)環境を扱いました。
結果として、「ツバメのせかい」は前著とは違った切り口でツバメを扱った書籍になっています。あくまで続巻ではなく姉妹書なので、「ツバメのひみつ」を読んでいなくとも本書を楽しんでいただけますし、両方読んでいただければ切り口の違いも感じとっていただけると思います(どちらも共通して著者のダジャレが頻出しますが、これについては鼻で笑って受け流してください)。
本書「ツバメのせかい」はツバメに興味のある幅広い読者(ファン)層を対象としていますので、前著同様にわかりやすい表現で基本的なところから解説しています(監修の森本元博士や編集者の方々には大いに助けていただきました・・・というより偏屈な私に辛抱強くご対応いただいて感謝しかありません)。鳥学通信をお読みいただいている皆様には耳タコな話題もあるかもしれませんが、エピジェネティクスやソーシャルネットワーク等を扱った最近の知見も盛り込んでいますので新しい発見も必ずあると思います。ぜひこの機会にお手に取っていただき、ツバメの世界を覗いてみていただけますと嬉しいです。
【書籍情報】
長谷川 克(著)・森本 元(監修). 2020. ツバメのひみつ. 緑書房
長谷川 克(著)・森本 元(監修). 2021. ツバメのせかい. 緑書房