2021年度中村司奨励賞を受賞して

澤田明(国立環境研究所・学振PD)

皆様こんにちは、国立環境研究所・学振PDの澤田明です。このたびは中村司奨励賞をいただき誠にありがとうございました。本賞の基礎となる基金を創設くださった中村司博士、審査選考を行っていただいた鳥学会基金運営委員と評議員のみなさまにもお礼申し上げます。今回の受賞対象となった論文は、私が大学院生の間に国立環境研究所の安藤温子博士、北海道大学の高木昌興教授と共同で行った研究を記した論文でした。研究の立案から発表に至るまで、ご協力いただいた共同研究者のお二人にも改めてお礼申し上げます。

受賞対象の論文はJournal of Evolutionary Biology誌に掲載された「Evaluating the existence and benefit of major histocompatibility complex-based mate choice in an isolated owl population」というタイトルの論文です(https://doi.org/10.1111/jeb.13629)。この研究は、南大東島のリュウキュウコノハズク個体群(亜種ダイトウコノハズク)を用いて、免疫にかかわるMHC遺伝子にもとづく配偶者選択の存在と、その配偶者選択がもたらす適応度上の利益の検証を行いました。以下ではこの研究について始めたきっかけから今後の展望まで紹介いたします。

2015年、当時学部4年生だった私は高木先生に連絡をとり、大学院から高木先生のもとで沖縄での調査研究をしたいと相談しました。このとき研究計画を練るうえで、私は2008年に高木先生らが発表していたダイトウコノハズクの近親交配回避に関する研究に興味を持ちました。もともと動物の血縁者間の関係は面白そうと思っていたので、血縁や近親交配をキーワードにダイトウコノハズクでの研究を進めることにしました。ダイトウコノハズク個体群は南大東島という隔離環境に生息する小さな集団なので、必然的に集団内の個体は互いに血縁者という関係になっており、血縁に関する研究を行うには適した研究材料でした。

2016年の野外調査を終えて高木先生のもとで相談をしていく中で、配偶者選択に関わるとされる免疫系の遺伝子Major Histocompatibility Complex (MHC)を調べてみようということになりました。MHCは免疫系において細胞と抗原が結合する部分のタンパク質をコードする遺伝子です。抗原と結合する部分のアミノ酸配列には豊富な多型があり、その豊富さが多様な抗原と結合することに寄与していると考えられています。ゆえに、異なるMHC遺伝子を持つ相手とつがうことが出来れば、生まれる子は自身のMHC遺伝子と相手のMHC遺伝子の両方を兼ね備えることで多様な抗原に対処できるようになると考えられます。MHC遺伝子に関して異なる相手を選ぶことで近親者との交配が回避でき、かつ、その行動には次世代の子の病原体への抵抗性能向上という適応的利益があると考えられるわけです。

様々な分類群の動物で実際にMHCが異なる相手とつがう傾向があることが示されています。しかし、そうした配偶者の選択によって子の世代を介して生じる適応度の向上は,これまでほとんど検証されてきませんでした。なぜなら、それを検証するには個体の生涯を追跡して生存や繁殖を記録し続ける必要があり、野生動物に対してそのような調査は多くの場合困難なことだからです。しかし、本研究で用いたダイトウコノハズク個体群は,2002年から現在に至る約20年間にわたって繁殖のモニタリングが行われており、生存や繁殖のデータも得られています。すなわち,ダイトウコノハズク個体群はMHCにもとづく配偶者選択の適応度利益の検証が可能な貴重な系とえます。

2017年春に安藤さんのご協力のもと、2016年に繁殖したつがいのMHC class II exon2 の配列を次世代シーケンサーで決定しました。実際のつがいのMHCに関する違い(2個体が持つアリルの可能な組み合わせのすべてで求めたアミノ酸置換数の平均値)を,ランダムに作出した仮想つがいのMHCの違いの分布に対して比較しました。その結果、実際のつがいのMHCの違いは,ランダム交配の場合に予想される値を逸脱し,ダイトウコノハズクはMHCが異なる相手とつがいになっていることがわかりました(図)。

図.png

また, 2016年のつがいから生まれた子の2018年までの生存履歴データを標識再捕獲法で解析することで、それらの子の生存率に親のMHCの違いが寄与しているかを検証しました。その結果、親のMHCの違いが子の生存率向上に貢献している確証は得られませんでした。なお、2002年から2018年までの繁殖モニタリングで生涯の繁殖を追跡できた個体のデータから、長生きする個体ほど(つまり生存率が高いほど)生涯に残す巣立ち雛数が多いという傾向があることを確認しました。すなわち生存率が適応度指標となり得ることを確認しました。

以上の結果から,ダイトウコノハズクの親はMHCの異なる相手を選んでいるが,その配偶者選択により長生きで多産な子を残せるという従来仮説が仮定する適応利益を得ているとはいえないことが推察されました。これは子の世代の適応度要素データからMHCによる配偶者選択の利益を検証した世界的に貴重な研究事例です。

この研究をきっかけに大学院卒業後の現在は学振PDとして安藤さんに師事しています。リュウキュウコノハズクが島嶼個体群であるという特性を生かし、今年から新たな研究系として波照間島個体群の調査も立ち上げました。波照間島のリュウキュウコノハズク個体群も南大東島同様に小さな集団ですが、周辺には八重山諸島の他の島々があります。南大東島と波照間島で同じ点、異なる点を見出しそこから新たな面白い研究を展開できればと思っています。これまでの研究ではMHC遺伝子に絞った解析を行いましたがこれからはゲノム上の様々な遺伝子を対象に、鳥類の配偶者選択の研究を深めていきます。次は黒田賞を目指して研究に励んで参ります。

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