このたび、山階鳥類研究所の森本元さん監修のもと、緑書房さんより「知って楽しいカモ学講座」を上梓しました。冬になると水辺を賑わすガンカモ類。識別のための図鑑は世にたくさんあります。一方で、何をしているのだろう、何を食べているのだろう、といった暮らしぶり、すなわち生態を記した書籍はほとんどありません。この本は、宮城県北部の伊豆沼・内沼を中心とした水域をモデルとして、これまでの研究によって私が明らかにした、カモ、ガン、ハクチョウといったガンカモ類の暮らしを主体とし、日本国内外の多くの研究結果なども活用させていただきながら、カモ学として体系的にまとめ、解説したものです。
ガンカモ類のほとんどは日本で冬を過ごす渡り鳥です。本書の前半では、水辺での暮らしに適応したガンカモ類の特徴的な生態や体の作りを記した後、繁殖、渡り、越冬と、彼らの一年の大きなイベントごとにその様子を紹介しています。特に読者がガンカモ類を目にする冬、彼らがこの時期を乗り切るために重要なことは、いかに食べるか、いかに安全に休むか、といった食住です。越冬期の暮らしでは、この点にしぼって種ごとの越冬戦略を紹介しています。
こうしたガンカモ類の食住は気象条件の影響を強く受けます。気温や積雪の変化に応じて、冬の間であっても越冬地の間を移動します。また、その変化が長期化することでもたらされる気候変動によって、もともと中継地であったところが越冬地へ変化することが起きたりします。
ガンカモ類は、林やヨシ原をすばやく移動しながら生活する小鳥と違って、水面に浮かんでのんびり過ごしたり、農地に集団でいたり、その姿は見やすく、鳥のなかでも観察しやすいグループです。また、農地に残った籾や大豆、畦の草本類を食べ、河川やハス田、休耕田などを利用する種もいれば、潜水して水生植物や魚類、甲殻類などを食べる種もいます。
このように、人の身近で生活するガンカモ類は観察しやすい上、地域の生態系の基盤を構成する多様な食物を採っています。このことは生息地の環境変化を受けやすく、生態系の変化を指標しやすい種群であることを意味します。生態系の指標としてのガンカモ類、そしてそれに基づく保全も紹介しています。さらにガンカモ類の調査のもっとも基本となるモニタリングについて、どなたでも明日から始めることができる調査方法から新技術を活用したモニタリングの最前線まで紹介しています。
この本は一般読者から研究初心者、熟練の研究者まで幅広い読者層を念頭に置いて書いています。一番難しい一般読者への伝え方を考える時、普及啓発も職場での仕事のひとつで、その経験を活かせるという利点が私にはありました。普段の自然観察会や講話などで必ず出てくる質問に答える形をとったのです。その説明によって一般読者の知りたいことを伝えられると考えました。本書のカギカッコで出てくる質問はそれに当たります。
本書ではすべての種は扱っていないものの、この一冊でガンカモ類の基本から専門的かつ最先端の幅広い知識を得ることができると思います。一般読者にはガンカモ類がどういうものかわかっていただき、興味の裾野が広がると思いますし、研究者には研究の到達点をおわかりいただけると思います。そのことは、ガンカモ研究の底上げにつながると私は考えています。ガンカモ類を研究しようと思ったとき、ゼロから論文を探さなくても、この本でその生態の概要を理解しながら、当たりをつけて深く掘り下げていくことができるはずです。ガンカモ研究へアクセスしやすくなることで、効率的に研究をすすめることができるでしょう。
この本をきっかけにガンカモ類への社会的関心が高まり、ガンカモ研究、ひいては鳥学がより発展していくことを願って止みません。
最後に蛇足ながら、表紙右下のイラストのモデルは私だそうです。