(目録編集委員会)
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「日本鳥類目録」は,日本国内で記録されたすべての鳥類を列挙し,それぞれの分類上の位置づけを明らかにし,生息状況を記した目録です.市販の図鑑類や,各種の鳥類調査,行政や法律など各分野で参照される基本文献であり,分類や分布の新知見を反映して定期的に改訂することが,日本鳥学会の社会貢献のひとつとして重要です.第8版の2022年発行にむけて編集作業を進めていますが,従来とは違った次の改訂の方針の一つとして,できる範囲で学会員の意見を聞きながら改訂を進めています.2021年2月から4月には掲載種に関わる第1回パブリックコメントを実施しました.いただいた投稿数は18件で,意見総数は20以上となりました.様々な角度からの意見をいただき,編集作業では見落としていた情報の指摘もあり,編集への大きな力となりました.現在は地域記録の整理と各種の解説文の作成を進め,第2回パブリックコメントへの準備を行っています.そこで,2019年の自由集会に引き続き,2回目の自由集会を開催して,日本鳥類目録の意義と第8版に向けた改訂作業について多くの会員に知っていただくとともに,会員の皆さんからのご意見をうかがいました.
日本鳥類目録発行の意義と目的
一言で意義と目的を述べれば,日本の鳥について分類・和名と分布・生息状況を示すことによって,生物学の基礎情報としての分類および分類群名の国内の統一を図って科学的議論をおこないやすくするとともに,生物多様性の観点から日本の鳥について把握し,評価しやすくすることと言えそうです.例えば,いつも庭に来る鳥が,何という名前の鳥でどんな分類なのかを決めて提唱していることになります.より実用的には,絶滅危惧種(亜種)に指定されたのがどの範囲なのかも示していることになります.例えば,「イイジマムシクイ」が伊豆諸島に繁殖分布する集団のみを指すのか,吐噶喇列島の集団も含むのかといったことです.さらには,日本には何種の鳥がいるのかといった生物多様性の基本的な疑問に答えるためにも不可欠な文献といえます.
第7版の主な掲載内容は,分類(上位分類と学名),種と亜種の和名,種の英名,種と亜種の(世界の)分布域,亜種の国内分布と生息状況(ステータス)および生息環境ですが,掲載内容には一定の決まりはなく,初版(1922年)以降変遷があります(下表参照).例えば,初版では原記載情報やシノニムリスト(同物異名情報)がありましたが,世界分布や生息状況,生息環境は示されていませんでした.次の第8版では,第7版を引き継ぐ予定です.
改訂の具体的な作業としては,大きく3つあり,1)上位分類と学名(種・亜種の名称や分布範囲)の検討,2)それらの標準和名の提唱と検討,3)日本での鳥の記録の検討です.前2者は分類担当委員が,3)は記録担当委員が主に検討しています.最新の研究成果に基づいて分類をアップデートする際に苦心しているのは,過去の版との継続性と世界のチェックリストとの整合性の兼ね合いです.
掲載予定種の分類の検討結果
鳥類目録に掲載される掲載種の分類が,どのようにして委員会内で検討されているのか,その方法について一通り概要を説明したのち,検討結果について,種レベルの変更,属名の変更,亜種レベルの変更の順に説明を行いました.
まず,種レベルでは,26種について種小名が変更されます.その中で注目すべき種として,キジ,シジュウカラ,トラツグミ等を取り上げ,詳細を説明しました.さらに,別種の亜種であることが分かった種や,近縁種と同種となった種など,4つの変更例について紹介しました.
次に,属レベルの再検討により,属名が変更となった77種について説明しました.そのうちの64種に関しては,新称の属和名が与えられます.
亜種レベルの変更に関しては,亜種そのものが無くなり,単形種となったのが15種,そのほか,亜種が種に昇格したり,他種の亜種になった例など7つの変更事例について紹介しました.また,2亜種については和名が変更されます.
最後に8版発行に向けての課題について言及しました.第一に,「種の分布域のチェック」です.これは,日本国外にも分布する種について,その分布域の一部で種の分割があった場合,種の分布域の記載を変更する必要が生じるという問題です.第二に,「新規掲載種の順番」ですが,これは新しく目録に加わった種をどの種との間にリストに差し込むかという問題などです.第三に,「記録に疑義のある種(亜種)の分類の検討」です.観察記録において,記録された個体がどの種や亜種と判定されるかについては,時としてその同定が困難な場合があります.その理由としては,記録そのものが不確実な場合と,その分類群の分類がまだ不確定なため,どの種(亜種)に同定してよいか判断が難しい場合があります.このような課題について,今後次版の出版までに検討しなければならない現状の問題点を紹介しました.
掲載予定種の記録の検討結果
記録担当からは目録8版の掲載予定種の検討について,実際に行った作業の過程を説明し,今後の課題について議論しました.目録8版では正確性と検証可能性を重視する方針で,文献において十分な検討が行われていない観察例は認めないこととし,目録7版掲載種のうち31種を検討種に移すことを提案しました(これらの変更の詳細については,第一回パブリックコメントのファイルをご覧下さい).しかし,掲載種とならない見込みの種・亜種の中には,同定に誤りがないと考えられるものや,複数回の観察例があるものも含まれています.今後は,これらの種・亜種の記録について正確性と検証可能性を担保する文献として発表していくことが望まれます.
今後の進め方*
目録8版は,来年の鳥学会大会前の9月初旬の発行を目指しています.現在は,分類について募集した意見の整理を終えて,10月末を目標に地域記録の集約を進めています.その後は1月末を目標として目録本文の原稿案を作成し,2月・3月で原稿内容の地域記録記載について,第2回目の意見募集(パブリックコメント)を予定しています.4月から7月にかけては,いただいた意見による記載の修正を行い,8月初めに原稿を完成させて印刷に入るというのが現在の予定です.スケジュールとしては,かなり厳しいのですが,来年の鳥学会大会の日程に合わせて作業を進めて行きますので,みなさんのご協力をお願いします.
(*「今後の進め方」でのスケジュールは2021年9月時点での予定を記しています.かなりの遅れが出て,現在第2回目の意見募集を鋭意準備中となっています.)
質疑応答
以上,4名からの発表の後,発表内容あるいは目録全般に関してのご質問やご提案を参加者の皆さんから受けました。チャット機能を使って質問・提案をいただきつつ,できるだけ口頭でも補足いただきました.司会は平岡が務めました.
分類に関連しては,目録改訂は現在10年ごとに更新されているが年々発表される分類変更に追いつかない場合があるため随時補遺を刊行することの提案,日本鳥類目録で用いている亜種の定義についての質問,シノニムリストの掲載の要望をいただきました.第8版出版後は目録編集委員会を常設委員会にして,目録の毎年のアップデートを和文誌等で示したいこと,亜種は形態的に区別できる異所的集団ととらえていること,シノニムリストの掲載は煩雑になるため古い版のPDFの公開でそれを補いたいことをそれぞれ説明しました.
記録に関しては,目録の記録の目的は,「文献記録の整理」ではなく,「現在の日本の鳥類相を記録すること」なので,学術発表を原則としつつも,確実な記録は追加する柔軟性があるべきだとの指摘がありました.これについては,そもそも「確実な記録」かどうかを判断する際に文献主義を取るべきである,というのが目録編集委員会としての考えです.また,分布情報については全国鳥類繁殖分布調査の結果,博物館の標本情報も活用すべきという提案がありました.これについては,文献での検討が要求されるのは,国内初記録となるかの判断に関してであり,記録僅少種以外についてはそのようなソースも踏まえて都道府県別に収集した情報を反映していきたいと考えています.
和名については,リュウキュウサンショウクイを別種とするに際して,新たな種サンショウクイの和名には修飾語をつけることが,従来からの観察記録との区別や,今後,分類変更が周知されるまでの観察記録を生かすために必要だという提案があり,再検討することになりました.また,タネコマドリでは,分類の改訂によって亜種和名が実際の分布と乖離することになるので,和名変更の提案があり,取り入れる方向で検討することになりました.さらにアホウドリという和名は蔑称にあたりふさわしくないとのご意見もいただきましたが,2021年3月の評議員会での議論の結果を紹介し,第8版では変更せず継続課題であることを説明しました.
目録における外来種の掲載位置について,キジやヤマドリなど,国内移入があって両方に分かれているのはわかりにくいとのご指摘があり,亜種不明の移入についても亜種が判明している移入(つまりIB)と同様にPart Aにも記載することを説明し,また,在来種と外来種を統一したリストの要望については,ホームページでの統一リストの公表を予定することにしました.
分類,記録,その他の項目についてさまざまな質問や提案があり,時間を超過しての意見交換となりましたが,たいへん有意義なものでした.第8版で取り入れることが難しい提案についても今後継続して検討していきます.