2022年度日本鳥学会黒田賞を受賞して

国立環境研究所 生物多様性領域
安藤温子

 この度、日本鳥学会黒田賞という名誉ある賞をいただき、大変光栄に思います。改めて、これまで研究を支えてくださった全ての方に感謝申し上げます。また、今年の鳥学会大会は3年ぶりの現地開催ということで、対面形式での受賞講演をさせていただきました。開始前の緊張感や、会場の皆さんが笑ったり驚いたり、私の講演にさまざまな反応をしてくださることで生まれる一体感は、やはり体面形式の講演でしか味わえない醍醐味であり、そのような場に身を置けたことを大変嬉しく感じました。コロナ禍の困難な状況の中、準備に当たってくださった事務局の皆様にも深く感謝申し上げます。

 私は黒田賞の受賞に当たり、遺伝子解析を用いた島嶼に生息する鳥類に関する一連の研究業績を評価していただきました。私は卒業研究と修士研究において、マイクロサテライトなど種内多型を示す遺伝マーカーを用いて、鳥類の遺伝的多様性や集団構造を評価しました。博士後期課程からは、DNAメタバーコーディングと呼ばれる手法を用いて、鳥類の糞に含まれるDNAの塩基配列を次世代シーケンサー用いて解読することで、対象種の食物を明らかにする研究に取り組みました。修士課程から対象とした、小笠原諸島の固有亜種アカガシラカラスバトについては、対象種自身とその糞両方の遺伝子解析を行うことで、保全に必要な遺伝的多様性や集団遺伝構造、食物利用に関する情報を得ることができました。DNAメタバーコーディングを用いた食性解析においては、手法の精度に関する検証を行い、実験手法の解説などを行いました。当時最新機器だった次世代シーケンサーをいち早く研究に取り入れたことでも注目していただき、多くの方から共同研究の話もいただきました。

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調査地のひとつである伊豆諸島八丈小島の風景

 様々な遺伝子解析に取り組む一方で、私が研究を続ける上で強く意識してきたのは、積極的に野外調査に出ることでした。鳥の研究に伝統のある研究室であれば、野外に出るなど当たり前のことなのでしょうが、私が所属していた研究室に鳥を専門とする教員はおらず、遺伝子解析以外の研究手法については、ほぼ独学で学ばなければなりませんでした。遺伝子解析を行なった対象を野外で実際に見たい、調査したい、というのは鳥学会では一般的に理解してもらえる心理だと思います。しかし、私は鳥に関する野外調査のノウハウも伝手も乏しい環境にいましたので、この当たり前のような目的を達成するためにも、確固たる意思と時間が必要だったのです。

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大学院から対象としてきたカラスバト

 野外調査をするにも、初めのうちは何をどうしたら良いかわからず、とりあえず現地に行こうと、アホウドリの再導入プロジェクトのボランティアに応募したり、遺伝子解析の依頼をしてきたNPOの研修生として調査手伝いをしたりしていました。調査をするためにどうやって計画を立てて、許可申請などどのような段取りを経て現地に行き、データをどうまとめるのか…誰も教えてくれないので、極めて要領の悪い試行錯誤を繰り返していました。捕獲や計測の方法も全く知らなかったので、バンダーさんに師事し、2年かけて技術を身につけました。結局、論文に使える野外データを自分で取ることができたのは、観察データについては博士後期過程に入ってから、捕獲を伴うものについては、就職して3年経った2018年のことでした。

 遺伝子解析技術の確立自体も重要な研究テーマになりますし、何もしなくても分析の依頼がどんどん降ってくるような環境にいましたから、野外に出ず実験室に籠っていた方が、より多くの論文業績を上げていたかもしれません。しかし、自分にはやはり野外調査をベースにした研究がしたいという欲求があり、いわゆる分析屋からの軌道修正をすべく無理やり調査に出続けていました。結果として、自分独自のテーマや研究スタイルにたどり着くことができ、今回の受賞にも繋がったように思います。不安定だった研究者としての軸が、漸く落ち着いてきたという感じでしょうか。効率は悪かったですが、自分の意思で野外調査に取り組む過程で、調査の技術はもちろん、研究のアイディアや現地の人々との繋がりなど、かけがえのない財産を得ることができました。これまで、なんとなく義務感から遺伝子解析を続けていたのですが、一連の研究活動を通して、他者のニーズに応えるよりも自分自身が本心からやりたいこと、面白いと感じることをする方が長続きするし、結果的に自分も周りも幸せになるのではないかと思うようになりました。というわけで、これからは手法にこだわらず、島の鳥の研究を地道に続けていくつもりです。

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