この度は、内田奨学賞を頂き大変光栄に思います。論文の共著者、協力者、査読者の方々、賞の選考者の方々のおかげであり、深く感謝申し上げます。
私は猛禽類調査の仕事をしており、休日も春秋はタカの渡り、夏はサシバの繁殖モニタリング、冬は越冬ノスリなど、年中猛禽類の観察・調査をしています。今回は渡りの時にピンときたツミの換羽についての論文で受賞しましたので、その内容についてご紹介いたします。
鳥類にとって換羽は、繁殖および渡りと並ぶ重要なイベントですが、それらに比べ研究が進んでおらず、基礎的な情報にも未解明な部分が多く残されています。タカ科とハヤブサ科は換羽様式が異なると図鑑等にも記載されていますが、今から18年前に撮影したタカ科のツミがハヤブサと同じく初列風切の中央が最初に換羽していたのを見つけ(通常タカ科は内側が最初に換羽する)、これは面白い!と、その換羽様式を解明すべく研究を始めました。
換羽の順番を推定するにはいくつかの方法がありますが、1つ目の方法として個体の換羽状況を継続して記録していく方法があります。飼育されている個体の各羽根に印(今回は部位の番号)をつけて、毎日、抜けていく羽根をチェックしていきます。単純ですが非常に手間のかかる作業です。これは共著者の佐藤達夫さんと行徳野鳥観察舎友の会の方々のご尽力により、傷病鳥として保護されていた幼鳥の換羽を追跡することができました。幼鳥の前に成鳥にも同様の調査を行っていたのですが、上手く羽根が収集できず解析困難という失敗を乗り越えてのものでした。結果は期待に反して一般的なタカ科と同じ換羽をするというものでした(ツミが一般的な換羽をしている証明はされて無かったので、これはこれで重要な結果)。
2つ目の方法として、捕獲や撮影された個体等からその時点での換羽状況を記録し、集計していく方法があります。ただし、この方法は1個体から少しずつしか情報が得られないため、多数の個体から換羽状況を読み取る必要があります。捕獲は非常に困難であるため、今回は写真と標本からデータを収集しました。標本では十分なデータが得られず、協力者の方々に写真をお借りしたり、撮影数を増やすことでデータを収集していきました。しかし、撮影も比較的困難であり、データを収集するのに10年以上かかりました。得られたデータを全てごちゃ混ぜにして解析すると上手くいきませんでしたが、時期別に分けることで上手く解析できました。冬に(越冬地で)換羽を行った個体はハヤブサ科に似た換羽を(途中まで)行い、冬に換羽せず夏に(繁殖地で)換羽を行った個体はタカ科と同じ換羽をしていると推測されました。つまり、ツミは全ての個体が同じ換羽をするわけではなく、個体によって異なる2種類の換羽をしていたのです。種内で複数の換羽様式があるのは稀ですが、アカモズなどスズメ目でも見つかっています。なぜ複数あるのかはよくわかっていませんでしたが、ツミでは生態(換羽の時期や場所)が関係していることが示唆されました。ツミの換羽は更に複雑な可能性がありましたが、これは情報不足で本報では解明できませんでした。他にも面白い点があったのですが、長くなりますので論文を読んでいただけると幸いです。
実は論文が受理されるまで非常に困難な道のりがありました。データが揃ってようやく論文が完成した矢先に、先行論文が出て内容の一部について先を越され、大ショックを受けました。その論文で解明されていない部分もあったので、急遽、この論文を引用して形を変えて提出しましたが即席だったこともありリジェクト(却下)されました。続いて、先行論文には問題点があったのでその部分をどう扱うべきか悩ましく、それを指摘せずに避けて引用して再提出するも却下。3度目は文章構成が悪く査読されるまでもない、と却下。4度目の提出では先行論文の問題点を指摘しながら引用するという形で、ようやく論文が受理されました。
今回、世界的にも稀な例であるため共著者の三上かつらさんを頼りに英語論文にしました。しかし、私は国語が不得意で英語はなおさらなので①日本語で論文作成、②とりあえず英語化、③三上さんによる内容と英語の修正、④プロによる英語修正、という工程があったため、3度のリジェクトと相まって、論文作成に膨大な時間と手間がかかりました。もう英語論文はこりごりでしたが、今回、英語化が評価されたということでやって良かった、報われた感があります。いつか国外の方に引用してもらえたなら、なお嬉しく感じるでしょう。
換羽は研究の穴場で、生態や分類などと組み合わせて研究されていくと面白い発見につながるように思います。また、ツミ自体も換羽だけでなく渡りのルートや遺伝子解析などが研究途上で、かなりの謎が残された題材だと思います。私もツミの換羽の研究を続けますが、興味を持たれた方によって研究されることも強く望んでいます。