W01 切っても切れない古生物学と鳥類学
〜古生物学者が見ている鳥の世界〜

青塚圭一(立教大学・東京大学総合研究博物館
E-mail: 5575391@rikkyo.ac.jp)
石川弘樹(東京大学総合研究博物館)
宇野友里花(東京大学)
多田誠之郎(福井県立大学)

1996年以降,羽毛の痕跡を持つ恐竜化石が相次いで発見されたことにより,恐竜と鳥類が極めて近い関係であることが明らかになった.今日では鳥類が恐竜から進化したとする学説は揺らぎのないものとして,広く知られるようになっている.しかしながら,恐竜が羽毛を持っただけで鳥類になるわけではない.恐竜から現生鳥類に至るまでの間には骨格形態はもちろん,機能的構造や生理面を含めた進化も起こっていたはずである.

この疑問を明らかにするために古生物学分野では日夜,様々な手法で研究を行なっているが,化石記録だけからそれらの疑問を説くことは不可能である.そのため,恐竜の直系の子孫である現生鳥類の生態,行動を理解することは古生物学的な疑問を解く上で欠かせないものであり,鳥類研究者と足並みを揃えて研究を行うことは,学際的な発展をもたらすものになると確信している.

そこで本集会は恐竜から鳥類への進化に関する古生物学研究の事例紹介をすると共に,鳥類研究の視点を含めた学際的研究の必要性を説くことを目的として企画した.本集会では趣旨説明を行った後,前半で中生代の鳥類に関する概要と古生物学研究における“鳥類”の定義に関する講演を行い,後半は演者自身の研究結果に基づいて,鳥類の翼を構成する前翼膜の進化に関する研究と,鼻腔構造から推察する恐竜の生理機能を推定した研究の紹介を行った.


中生代の鳥類の多様性

青塚圭一

中生代の鳥類というと始祖鳥が“最古の鳥類”として知られているものの,その他の鳥類の存在は一般的にあまり知られていない.しかし,これまでの化石記録から少なくとも白亜紀には鳥類の多様化が起こっていたことが明らかになっている.そこで,本発表では中生代の鳥類の種類や骨格的特徴について紹介を行った.

中生代に繁栄した鳥類には基盤的なものから順に孔子鳥,エナンティオルニス類,真鳥類などが代表的なものとして知られている.これらの鳥類化石はその骨格的特徴から現生鳥類とは異なる分類群のものとして扱われており,初めは長かった尻尾の骨が癒合して尾端骨を形成し,飛翔に向けた胸帯の発達,翼を構成する前肢の発達,そして大きな竜骨突起の形成へと徐々に現生鳥類と共通する骨格構造を進化させてきたものと考えられている.これらの鳥類の化石は世界中から報告されており,陸上性,潜水性のものも含まれていることから,中生代において鳥類は既に繁栄していたことが明らかである(図1).

図1

しかし,化石として残るのは骨の一部のみということが殆どであり,その生態の復元は極めて難しい.このため,化石として残されている骨格構造を現生鳥類のものと比較し,その骨格的類似に基づき,行動や生態を推定するというのが一般的である.その研究例の1つとして,白亜紀の潜水鳥類であるヘスペロルニスの水掻きがアビのような蹼足であったのか,カイツブリのような弁足であったのかについて足根中足骨の特徴に基づき推定した研究内容を紹介した.

昨今の鳥類進化の研究の大きな疑問として,現生鳥類のグループ(新鳥類:Neornithes)がいつ出現したのか?ということが挙げられる.現在のところ新鳥類は白亜紀末期には出現していたことを示す化石が知られているが,なぜこのグループだけが恐竜を滅ぼした大量絶滅事件を生き残れたのかについては大きな謎であり,今後の更なる研究が必要であると言える.

 

中生代の鳥類と現在の鳥類は同じ鳥?

石川弘樹

我々は日常的に「鳥類」という言葉を使っているが,実はその定義や範囲は様々である.“現在”という1つの時間面にのみ言及している限りは問題にならないが,長い進化の歴史を辿っていくうえでは混乱のもとになる.そこで,本講演では「鳥類」の定義を題材に,系統的な分類群の定義法や「鳥類」的な特徴の獲得の歴史を紹介した.

系統的な分類群の定義には主に2つの方法がある.1つは,特定の分類群との系統関係に基づくもので,たとえばイエスズメとトリケラトプスの最終共通祖先を基準に「恐竜類」を定義する意見がある.「鳥類」の場合,ドロマエオサウルス類やアーケオプテリクス(始祖鳥)などを基準に定義したものを「アヴィアラエ類(Avialae)」,現生鳥類のみを基準に定義したものを「新鳥類(Neornithes)」と呼ぶ.基本的には,中生代の「鳥類」はアヴィアラエ類を,新生代の「鳥類」は新鳥類を指す.しかし,化石種は系統関係が不確定な場合も多く,アヴィアラエ類では系統仮説によって「鳥類」の範囲が大きく変わってしまうこと,現在では始祖鳥は必ずしも最古の「鳥類」とは見なされていないこと,あくまで系統的な定義であるため初期の「鳥類」がどの程度「鳥類」的だったかには注意が必要なことなどを紹介した(図2).

図2

分類群は特定の派生形質によっても定義でき,例としては「伸長した薬指」による「翼竜類」の定義などがある.鳥を鳥たらしめる特徴として羽毛や翼が考えられるが,これらの特徴は化石にはほとんど残らない.しかし,例外的に保存状態の良い化石の発見により,羽毛のような繊維状の構造が多くの恐竜類(ひょっとすると翼竜類)にも見られることが判明し,現生鳥類の羽毛の相同物がどこまで遡れるのかは議論が続いている.翼に関しても同様だが,少なくともマニラプトル類の一部の化石では翼状の構造が確認できる.

現生種だけ見ていれば「何が鳥か?」と迷うことはないだろう.しかし,鳥類らしい特徴が化石に残りにくかったり,連続的に変化していたりするせいで,誰もが納得する形で明確な指標を持って「鳥類」を定義付けることが難しいのが現状である.

 

恐竜はどのようにして翼を持ったのか?

宇野友里花

本講演では鳥類を特徴づける行動の1つである“飛翔”に関係する軟組織を化石の姿勢から推測した研究事例の紹介を行った.

鳥類は翼を羽ばたかせることで飛行時に揚力と推進力を得ているが,現生鳥類の翼の前縁を見てみると「前翼膜」と呼ばれる,肩から手首まで伸びる膜状構造が存在している.この前翼膜は羽ばたきの際,揚力を生み出す役割を果たしており,肘と手首の連動もサポートし,飛行において重要な役割を担っている.これまでの化石の研究から,現生の鳥類の翼を特徴づける多くの形質(例えば,前肢の指が3本であること,手首の骨や中手骨が癒合していること,風切羽を持つことなど)は,恐竜の段階で獲得されていたことがわかっているが,軟組織である前翼膜は化石として保存されにくいため,恐竜から鳥類への進化の過程でこの構造がいつ獲得されたものなのかは明らかになっていなかった.

図3

そこで,前翼膜が肘の角度を制限する構造であることに着目し,前翼膜を持つ鳥類では,肘が大きく伸びて化石化することはないと予想した.そして,新生代の爬虫類と鳥類の化石を調べ,肘関節の角度を測定し比較したところ,鳥類化石では,肘が優位に小さい角度で保存されていることがわかった.さらに恐竜化石の肘の角度を測定したところ,鳥類に近縁なグループになるほど化石として保存されている肘関節の角度が小さくなっており,特にマニラプトル類では,現生鳥類と同様の肘の角度が保存されていることが明らかになった.マニラプトル類は鳥に近縁な恐竜ではあるが,しばしば爪を使って狩りをしていたと考えられる陸上性の肉食恐竜である.つまり,現在の鳥の飛行において重要な役割をもつ前翼膜もまた,鳥の飛行の起源よりも前の恐竜の段階で獲得されていたと考えられるのである(図3).

 

恐竜の代謝能力は鳥か?爬虫類か?

多田誠之郎

一般的に爬虫類は外温動物であるのに対し,鳥類は内温動物である.恐竜は爬虫類であるが鳥類へと進化したとすれば,代謝に関わる生理機能の進化を伴っていたはずである.そこで,鳥類の祖先である恐竜類の代謝状態を推定するために,内温性の鳥類・哺乳類が独立に獲得した呼吸鼻甲介と呼ばれる構造についての研究を紹介した.

呼吸鼻甲介は,鼻腔内に突出する渦巻き状の突起構造であり,鼻腔の表面積を大きくして熱交換効率を上げることで,内温動物が持つ大きな脳の温度維持に役立っていると考えられている.今回紹介した研究においても,内温動物が本構造を鼻腔内に包含することで,外温動物よりも大きな鼻腔サイズを持つことを示した.また,このパラメータに基づき非鳥類恐竜類に注目してみると,鼻腔サイズは現生鳥類ほど大きくなっておらず,鳥類程度に発達した脳の熱交換機能は有していなかったことが明らかになった(図4).

図4

代謝状態を含む生理学的特性を化石記録から直接明らかにするには難しい点が多いが,それらを形態の変化にすりかえてアプローチする方法は古生物学特有のものであるため,研究紹介を交えて本自由集会で紹介した.


4つの講演を終えた後,最後に総合討論として参加者との意見交換の時間を設けた.その中で,鳥類の骨学的進化や古生物研究に関する大変好意的な意見を頂くことができ,本集会で意図したことを参加者に伝えることができたと実感している.上述の通り,化石から読み解ける情報は過去の生物の残した証拠の一部に過ぎず,まだまだ検討の余地を多分に残しているというのが実情である.しかし,鳥類の遺体資料や行動データは外部形態や生態,行動の見えない古生物学研究にとって非常に意義のある情報をもたらせるものであり,鳥類研究者と共同で研究を行う機会を設けることは,双方にとって新たな知見を生み出す可能性を秘めている.本集会を機に今後,学際的な研究の発展に繋がっていくことを大いに期待したい.

(注:本記事に掲載されている図の著作権は各作者に帰属します。無断使用・転載を禁じます。)

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Ornithological Science 24巻1号が発行されました

Ornithological Science編集委員長 上野裕介

日本鳥学会会員の皆さま

日ごろから本誌の編集業務にご協力をいただき、誠にありがとうございます。
このたび、Ornithological Science 24巻1号が発行されました。
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/osj/-char/ja

ノゴマ
ノゴマに専用のプライヤーを用いて金属足環を装着する様子

今号は「標識調査」の特集論文8報を含め、計14本の論文が掲載されています。
ぜひ、ご覧ください。

引き続き、皆様からのご投稿をお待ちしております。

※ご注意:Ornithological Science誌は、昨年からオンラインジャーナルとなり、冊子体が廃止となっています。


SPECIAL FEATURE

One hundred years of bird banding in Japan
Taku Mizuta

Apparent annual survival rates of male Ryukyu Scops Owls on eight islands in the Ryukyu Archipelago
Masaoki TAKAGI, Akira SAWADA

Interspecific and individual differences in the tongue spots of three grasshopper warbler species in Hokkaido, Japan
Masaoki TAKAGI, Miho IWASAKI, So SHIRAIWA, Shohei FURUMAKI

Geographic variation in body size of Black-headed Gull Chroicocephalus ridibundus
Hiroshi ARIMA, Hisashi SUGAWA, Yusuke SAWA

Constant-effort mist net bird monitoring during the breeding season in a lowland deciduous forest in western Hokkaido, Japan
Noritomo KAWAJI, Shin MATSUI, Takayuki KAWAHARA, Tatsuya NAKADA

Survival and movement of the endangered Amami Woodcock Scolopax mira revealed through banding on Amami-Oshima Island
Hisahiro TORIKAI, Hidemi KAWAGUCHI, Taku MIZUTA

Variation in seasonal movement and body size of wintering populations of Black-headed Gull in Japan
Yusuke SAWA, Hisashi SUGAWA, Takeshi WADA, Tatsuo SATO, Hiroshi ARIMA, Norie YOMODA, Isao NISHIUMI

Knowledge gaps remaining in the spatial analysis of bird banding data: A review, focusing on use of Japanese data
Daisuke AOKI, Mariko SENDA

ORIGINAL ARTICLE

Non-native Red-billed Blue Magpie Urocissa erythrorhyncha expanded into lowland areas with moderate forest cover, with no significant impact on native common bird occupancy, in Shikoku, southern Japan
Hirohito MATSUDA, Kazuhiro KAWAMURA, Motoki HIGA, Shigeho SATO, Hitoshi TANIOKA, Yuichi YAMAURA

Inter-annual, seasonal, and sex differences in the diet of a surface feeding seabird, Streaked Shearwater Calonectris leucomelas, breeding in the Sea of Japan
Chamitha DE ALWIS, Ken YODA, Yutaka WATANUKI, Akinori TAKAHASHI, Kenichi WATANABE, Satoshi IMURA, Maki YAMAMOTO

Habitat Selection by Chestnut-cheeked Starling during the Breeding Season in the Northern Tohoku Region
Ryutaro OIZUMI, Koharu IKEDA, Takashi KUNISAKI, Kiyoshi YAMAUCHI

Effects of microplastics on seabird chicks: an experiment using pellets with and without chemical additives
Koki SHIGEISHI, Rei YAMASHITA, Kosuke TANAKA, Mami KAZAMA, Naya SENA, Hideshige TAKADA, Yoshinori IKENAKA, Mayumi ISHIZUKA, Shiho KOYAMA, Ken YODA, Yutaka WATANUKI

The Coloration of the neck feathers of Large-billed Crows and Carrion Crows―The color variation observed in Large-billed Crows―
Chinami MANIWA, Nathan HAGEN, Yukitoshi OTANI, Amy OBARA, Masato AOYAMA

Baikal Teal Sibirionetta formosa wintering in South Korea use three distinct spring migration routes
Hyung-Kyu NAM, Ji-Yeon LEE, Jae-Woong HWANG, In-Ki KWON, Seung-Gu KANG, Hwa-Jung KIM, Yu-Seong CHOI, Wee-Heang HUR, Jin-Young PARK, Hyun-Jong KIL, Dong-Won KIM

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新潟大学佐渡自然共生科学センター教授公募のお知らせ

新潟大学佐渡自然共生科学センター里山領域/朱鷺・自然再生学研究施設 教授公募のお知らせです。

【職種】教授 1名(常勤,任期5年(更新可))
【専門分野】保全生物学,復元生態学,もしくは群集生態学
【応募資格】博士の学位を有すること。採用後は佐渡市内に居住可能であること。 国内外の大学・研究所等で共同研究に参画した実績があること。
【採用時期】令和7年6月1日以降のできるだけ早い時期
【応募締切】令和7年3月10日(月)17時必着
【お問合せ】新潟大学佐渡自然共生科学センター事務室
E-mail:sadojimu@adm.niigata-u.ac.jp ※「@」は半角に変更してください。
電話:0259-22-3885
FAX:0259-22-3990
〒952-0103 新潟県佐渡市新穂潟上 1011-1

【公募情報のリンク】
https://www.sices.niigata-u.ac.jp/cms/wp-content/uploads/2024/12/satoyama_faculty_recruitment_20241220.pdf
https://jrecin.jst.go.jp/seek/SeekJorDetail?id=D124121525

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(2025年2月7日 事務局)

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広島修道大学公募情報のお知らせ

広島修道大学公募情報のお知らせです。詳細は以下をご覧ください。

担当科目:「植物分類学」
採用時期:2027年4月1日
応募締切:2025年2月21日(金)必着
URL:https://www.shudo-u.ac.jp/koubo/20241217-1.html

担当科目:「生態学」
採用時期:2028年4月1日
応募締切:2025年2月21日(金)必着
URL:https://www.shudo-u.ac.jp/koubo/20241217-2.html

担当科目:「細胞生物学」
採用時期:2028年4月1日
応募締切:2025年2月28日(金)
URL:https://www.shudo-u.ac.jp/koubo/20241217-3.html

担当科目:「遺伝学」
採用時期:2028年4月1日
応募締切:2025年2月28日(金)必着
URL:https://www.shudo-u.ac.jp/koubo/20241217-4.html

担当科目:「発生学」
採用時期:2028年4月1日
応募締切:2025年2月28日(金)必着
URL:https://www.shudo-u.ac.jp/koubo/20241217-5.html

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(2025年2月7日 事務局)

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2025年度日本動物学会女性研究者奨励OM賞、動物学教育賞、茗原眞路子研究奨励助成金のご案内

公益社団法人日本動物学会からのお知らせです。

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日本動物学会は、2025年度の下記賞及び助成の公募を実施いたします。茗原眞路子研究奨励助成金は2025年4月より募集開始となります。詳細は下記URLよりご覧ください。皆様のご応募を、お待ちしております。

日本動物学会女性研究者奨励OM賞
https://www.zoology.or.jp/about/others/om
2025年度応募締切 2025年3月31日(月)正午

動物学教育賞
https://www.zoology.or.jp/about/others/education
2025年度応募締切 2025年3月31日(月)正午

茗原眞路子研究奨励助成金
https://www.zoology.or.jp/about/myoharafund
2025年度募集期間 2025年4月2日(水)~5月7日(水)正午

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(2025年1月18日 事務局)

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埼玉県職員採用選考(環境研究職)のお知らせ

埼玉県職員採用選考(環境研究職)のお知らせです。

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■公募概要
令和6年度 埼玉県職員採用選考(環境研究職(自然環境分野))
受付期間 令和6年11月5日(火) ~ 12月4日(水)(期間内消印有効)

採用予定人員
1人 (欠員の状況等により変更になる可能性があります。)

職務内容
埼玉県環境科学国際センターに勤務し、動物を中心とした生態学、保全生態学等の分野に関する調査研究及び生物多様性保全に関する地域協働や教育・普及啓発の取組に従事します。

採用予定日
令和7年4月1日

問い合わせ先
〒347-0115 埼玉県加須市上種足914
埼玉県環境科学国際センター 事務局 酒井、山崎
電話 0480-73-8331

【公募情報】
https://www.pref.saitama.lg.jp/cess/center/kenkyuin-bosyu20250401.html

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(2024年11月14日 事務局)

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日本鳥学会2024年度大会公開シンポジウム 「野生鳥類と高病原性鳥インフルエンザ:大規模感染に立ち向かう」を終えて

日本鳥学会2024年度大会公開シンポジウム 「野生鳥類と高病原性鳥インフルエンザ:大規模感染に立ち向かう」を終えて

森口紗千子(日本獣医生命科学大学 獣医学部 野生動物学研究室

餌付け場所に集まるオナガガモやユリカモメ

日本鳥学会2024年度大会の公開シンポジウムでは、高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)をテーマとしました。日本で2003-2004年の冬、79年ぶりに発生したHPAI以降、日本鳥学会大会では、HPAIに関する口頭発表やポスター発表、自由集会、鳥の学校はあるものの、公開シンポジウムのような大きなイベントは初めてのことでした。

本シンポジウムを企画したきっかけは、北海道網走市で開催された2022年度大会の折に、本シンポジウムの講演者でもある外山雅大さん(根室市歴史と自然の資料館)から、根室市でHPAIによるカラス類の大量死が発生した際の対応について伺ったことです。HPAIによる大量死に初めて遭遇したにもかかわらず、地元の方たちで協力して監視体制を整備し、希少鳥類を守るための注意喚起まで実施した流れは、日本全国にあるカラスのねぐらを対象としたHPAIサーベイランスの見本となるだろう、と直感しました。その時一緒に話を聞いていた、本シンポジウムのコメンテーターでもある金井裕さん(日本野鳥の会)に、翌年(2023年)の金沢大会で自由集会でも企画しませんかと提案したところ、HPAIをテーマにするなら、ウイルスの専門家(獣医学者)も呼んだ方がいいからシンポジウムでないとね、と(いい意味で)一蹴されました。自由集会の講演者には、自腹で来てもらうしかありません。非会員の獣医学者をご招待するならば、交通費や謝金を支払えるシンポジウムを企画するしかない、ということです。

日本獣医学会野生動物医学会獣医疫学会などの獣医学系の学会では、毎年のようにHPAIに関するシンポジウムが開催されています。日本鳥学会でHPAIをテーマにする意義は、野生鳥類の観察や捕獲だけでなく、死体を拾い標本を作るような、野生鳥類に触れる機会の多い学会員の方々に、HPAIの問題や実際にHPAIサーベイランスに関わっている人たちの取り組みについて知ってもらうこと。そして、被害を受ける野生鳥類や、家きんや、動物園の鳥たちを少しでも減らすために、HPAI発生時の対応で大変な思いをする人を減らすために、力を貸してほしいという思いからです。幸い、その次の2024年度東京大会で大会実行委員となり、実行委員の皆さんにHPAIに関するシンポジウムの企画を受け入れてもらえたことで、実現に向けて始動することになりました。

本シンポジウムを開催することが決まり、もう一人のコーディネーターである牛根奈々さん(山口大学)に声をかけました。牛根さんは、私が所属する日本獣医生命科学大学出身の獣医学者です。彼女が博士課程の大学院生だった4年間、私が雇用されていた鳥インフルエンザと鉛汚染に関する環境研究総合推進費のプロジェクトで、野生鳥類専門の獣医師として支えてもらった仲です。大会実行委員に加わることも、二つ返事で承諾してくれました。そして、同プロジェクトでご一緒させていただいた、獣医学者の迫田義博先生(北海道大学)と山口剛士先生(鳥取大学)を講演者として招待しました。お二人は、環境省による野鳥HPAIサーベイランスで、ウイルスの病原性や亜型を確定する検査機関の責任者です。迫田先生からは、鳥インフルエンザの基礎について、ウイルスの特徴から北海道大学構内でのHPAIサーベイランス、HPAIに感染した希少鳥類の治療にいたるまで、様々な視点でやさしく解説していただきました。曝露されるウイルスが一定量に満たないと感染が成立しないため、感染防止にはウイルス量をいかに減らすかが大事であることを教えていただきました。山口先生からは、家きん農場に侵入するネコ、イタチ、スズメなど、養鶏場でHPAIを防ぐことが難しい現状について発表いただきました。HPAIウイルス(HPAIV)は、ニワトリに対して病原性が高いことで定義される、家きんの病気であることを強調されました。そして、野生鳥類の大規模なHPAI発生現場の声として、シンポジウム企画のきっかけとなった外山雅大さんに根室での取り組みを、そして以前より地域ぐるみでツル類をはじめとする野生鳥類のHPAIサーベイランスを続けている原口優子さん(出水市ツル博物館クレインパークいずみ)より、鹿児島県出水市における取組みと、出水市で発生したツル類の大量死について報告していただきました。私は、獣医学者と野生鳥類関係者をつなぐ役割として、鳥類生態学による鳥インフルエンザ研究事例について講演しました。総合討論では、鳥類学者代表として樋口広芳先生(慶應義塾大学)、野生鳥類関係者として鳥インフルエンザに精通する金井裕さん(日本野鳥の会)、家きんの鳥インフルエンザを担当されている唯野剛史さん(農林水産省)、過去に出水市でツル類の大量死が発生したシーズンに現場の環境省職員として対応にあたり、現在は本省で野生鳥類の鳥インフルエンザを担当されている木富正裕さん(環境省)もコメンテーターとして加わり、活発な議論が繰り広げられました。しかし、総合討論は当初予定していた30分では収まり切らず、1時間に及びました。それでも伝えきれなかったことがたくさんありましたので、この場を借りて残しておきます。

オオワシ

総合討論では、出水市のツル類の餌付けが大量死の引き金となったのではないか、根室でもワシ類が観光目的で餌付けされているため、禁止できないのかということが話題の中心でした。出水市におけるツル類の大量死の前年に、イスラエルで発生したHPAIによる10,000羽ともいわれるクロヅルの大量死も、ツル類が餌付けされているフラ湖で発生しました(Lublin et al. 2023)。フラ湖で越冬するクロヅルの個体数は約50,000羽なので、越冬個体群の約20%が死亡したことになります(Pekarsky et al. 2021)。餌付けは過度に群れを集中させ、HPAIなどの感染症まん延のリスクを高めます。希少鳥類が大量に集まるほどの餌付けは避けるべきですが、出水市のツル類の餌付けは、観光目的だけでなく、周辺の農地における農業被害を防ぐ役割もあると考えられており、長年中止できなかった経緯もあります。一方で産・官・民・学の連携により、毎日ツル類を監視し、迅速に死亡鳥や衰弱鳥を回収し、ねぐら水の検査を定期的に実施するなど、ツル類の生息地を維持し、カラス類やトビをはじめとする腐肉食性の鳥類等への感染拡大を防止するとともに、多くのシーズンで周辺に散在する養鶏場でのHPAI発生を抑制してきたことも事実です。大量死が発生したシーズンに出水市のツル類から検出されたHPAIVの特徴として、ツルからツルへと感染が広がりやすかった可能性も指摘されています(Okuya 2023)。そして、同時期に出水市とその周辺地域の養鶏場で続発したHPAIのウイルス株は、当時出水市のツル類で大流行していたウイルス株とは異なっていました(高病原性鳥インフルエンザ疫学調査チーム 2023)。

カモメ類

趣旨説明で紹介したとおり、近年世界中でHPAIによる野生鳥類の大量死が発生しています。被害を受けている種は、越冬期のガン類やツル類だけでなく、真夏の海鳥の集団繁殖地や海獣類にまで拡大しています。大きな被害が報告されているのは、海鳥類ではカツオドリ類、トウゾクカモメ類、ウ類、アジサシ類、ペンギン類、ペリカン類、ウミスズメ類、海獣類ではオタリアやゾウアザラシの仲間など、多様な種の数百~数万単位での大量死が発生しています(CMS FAO Co-convened Scientific Task Force on Avian Influenza and Wild Birds 2023)。大量死が発生した海鳥には、カツオドリ類、ウ類、アジサシ類、ウミスズメ類など、日本に生息する分類群も含まれています。また、大量死の報告が少ないカモメ類は、カモ類と同様にHPAIに感染してもほとんど症状を示さず、遠くまでHPAIVを運び、他の海鳥類に感染を広げていると考えられています(Hill et al. 2022)。しかし、日本における海鳥類の鳥インフルエンザウイルス全般に関する研究事例は、ユリカモメなどごくわずかです(Ushine et al. 2023)。加えて、日本に生息する海鳥類の集団繁殖地の多くは無人島です。海鳥類を調査研究する鳥類学者が気づかなければ、HPAIによる被害があったのかどうかもわかりません。国内で繁殖する海鳥類の感染状況を明らかにするためには、海鳥類の調査に携わるみなさんに、対象種を注意深く観察し、調査していただくことが大切になります。また、カモメ類をはじめとする海鳥類の抗体検査を実施し、鳥インフルエンザウイルス全般がどの程度浸潤しているのか調査することも大切です。ご理解とご検討をお願い申し上げます。

人、動物、環境の健康を一つとみなす理念に基づくOne Healthアプローチでは、人獣共通感染症や薬剤耐性菌などの問題に取り組むため、関係各所が連携し、協力して対応にあたることが必要不可欠になっています。その第一歩として、関係者が同じ場所に集まり、顔を合わせて対等な立場で話をしていくことだと私は考えています。本シンポジウムも、獣医学者、鳥類学者、鳥類生息地の管理者、農林水産省、環境省という、HPAIの問題に実際に携わるそれぞれの現場の人たちが集まり、議論する場を作るべく、開催しました。登壇いただいた講演者やコメンテーターの方々はじめ、大会実行委員など多くの方々にご協力いただき実現できたことは、それだけでも一つの成果と思っています。

会場では229名、オンラインでは262名、合計491名にご参加いただきました。そのうち、234名(47.7%)よりアンケートの回答をいただきました。アンケート回答者の122名(52%)は非会員の方々です。そして223名(96.6%)の方から、本シンポジウムが有意義だったと回答いただきました。

総合討論では会場からの質問時間が十分にとれなかったため、大会ウェブサイトに、アンケートに記入いただいた参加者の質問に講演者らが回答したQ&Aを公開いたします。本シンポジウムが、野生鳥類にまつわるHPAI問題について理解を深め、得た知識をだれかに伝えたり、サーベイランスに協力するなど、HPAI問題の解決に向けた活動を始める一助となりましたら、これほど嬉しいことはありません。

本報告を執筆するにあたり、牛根奈々さんには多くの助言をいただきました。厚くお礼申し上げます。


引用文献

  1. CMS FAO Co-convened Scientific Task Force on Avian Influenza and Wild Birds (2023) Scientific task force on avian influenza and wild birds statement on: H5N1 high pathogenicity avian influenza in wild birds - unprecedented conservation impacts and urgent needs.
  2. Hill, N. J., Bishop, M. A., Trovão, N. S., Ineson, K. M., Schaefer, A. L., Puryear, W. B., Zhou, K., Foss, A. D., Clark, D. E., MacKenzie, K. G., Gass, J. D., Jr., Borkenhagen, L. K., Hall, J. S., Runstadler, J. A. (2022) Ecological divergence of wild birds drives avian influenza spillover and global spread. PLOS Pathogens, 18: e1010062.
  3. 高病原性鳥インフルエンザ疫学調査チーム (2023) 2022 年~2023 年シーズンにおける高病原性鳥インフルエンザの発生に係る疫学調査報告書.
  4. Lublin, A., Shkoda, I., Simanov, L., Hadas, R., Berkowitz, A., Lapin, K., Farnoushi, Y., Katz, R., Nagar, S., Kharboush, C., Perry Markovich, M., King, R. (2023) The history of highly-pathogenic avian influenza in Israel (H5-subtypes): From 2006 to 2023. Israel Journal of Veterinary Medicine, 78: 13-26.
  5. Okuya K. (2023) High Pathogenicity Avian Influenza Outbreak among Vulnerable Crane Species in the Izumi Plain, Kagoshima, Japan. The 8th meeting of East Asia Wildlife Health Network.
  6. Pekarsky, S., Schiffner, I., Markin, Y., Nathan, R. (2021) Using movement ecology to evaluate the effectiveness of multiple human-wildlife conflict management practices. Biological Conservation, 262: 109306.
  7. Ushine, N., Ozawa, M., Nakayama, S. M. M., Ishizuka, M., Kato, T., Hayama, S. (2023) Evaluation of the effect of Pb pollution on avian influenza virus-specific antibody production in black-headed gulls (Chroicocephalus ridibundus). Animals, 13: 2338.
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長野県職員(環境保全研究所)募集のお知らせ

長野県環境部環境政策課より、長野県環境保全研究所の職員募集案内がありました。
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希少鳥類の保護・保全等にかかわる長野県職員の公募について

勤務予定機関:環境保全研究所(飯綱庁舎)

職務内容:鳥類生態に関する研究・普及啓発業務等
<具体的な職務>
・鳥類の生態、保護・保全に関する研究業務及び情報発信
・希少鳥類(ライチョウやイヌワシなど)の保護・保全に関する研究、施策の提案、支援等
・野鳥の会等との連携による鳥類の生息状況把握や情報収集
・野生鳥獣保護管理が必要な種(カワウやカラス類など)の生息状況把握や情報収集

採用予定人員:1名

受付期間:10月1日(火)~10月25日(金)

詳しくは下記の長野県HPをご覧ください。
https://www.pref.nagano.lg.jp/kankyo/kensei/soshiki/soshiki/saiyo/r6kanpoken_bosyu.html

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(2024年10月2日 事務局)

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滋賀県立琵琶湖博物館の学芸職員募集(動物生態学・鳥類)のお知らせ

滋賀県立琵琶湖博物館より、下記の通り学芸職員募集の案内がありました。

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採用職種:学芸員または学芸技師
採用予定人員:動物生態学(鳥類) 1名
採用の時期:令和7年4月1日
勤務先:滋賀県立琵琶湖博物館
受付期間:
令和6年9月30日(月)から令和6年10月30日(水)までの執務時間中。
郵送の場合は、令和6年10月30日(水)までの消印があるものに限る。

【問合せ先】滋賀県立琵琶湖博物館総務部総務課
〒 525-0001 草津市下物町1091
電話:077-568-4811
電子メールアドレス:de52●pref.shiga.lg.jp (●を@に変えてください)

詳細および必要書類は下記URLをご覧ください。
【滋賀県立琵琶湖博物館ホームページ】
https://www.biwahaku.jp/2024/10/post_218.html

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(2024年10月2日 事務局)

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日本鳥類目録改訂第8版の販売を開始しました

「日本鳥類目録改訂第8版」の販売を鳥学会ウェブサイトで開始いたしました。

ご注文は鳥類目録のページ「「購入申込フォーム」」よりお願い致します。

目録の編集にあたり、多くの皆様からご支援をいただきましたことに、心より感謝申し上げます。

目録編集委員会
委員長:西海 功
副委員長:金井 裕・山崎剛史
運営委員:小田谷 嘉弥・亀谷辰朗・齋藤武馬・平岡 考
委員:池長裕史・板谷浩男・梅垣佑介・大西敏一・梶田 学・先崎理之・高木慎介・西沢文吾・平田和彦

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(2024年9月30日 目録編集委員会)

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