ポスター賞を受賞して
こんにちは、国立環境研究所・学振PDの澤田明です。このたびは日本鳥学会2021年度大会において「繁殖・生活史・個体群・群集」部門のポスター賞をいただき誠にありがとうございます。この研究は私の所属する研究グループが長期的に蓄積してきた南大東島のリュウキュウコノハズクの基礎データを用いたものでした。長期調査を立ち上げ維持してきた先生や先輩たち、一緒に野外調査をしてきた学生たち、いつも島で私たちを受けいれ応援してくださる島民の皆さま、研究費を助成いただいた複数の財団や企業さまにお礼申し上げます。また、鳥学会の運営の皆様、記念品をご提供いただいたモンベル様、サントリー様、日本野鳥の会様にもこの場を借りてお礼申し上げます。毎年私たちの調査研究に付き合ってもらっているリュウキュウコノハズクたちにも感謝いたします。
ポスターの概略
高次捕食者はしばしば保全の対象とされてきました。なぜなら高次捕食者はその生息地の生物多様性の指標として機能する可能性があったり、知名度の高さから保全活動の象徴的存在となったりするからです。フクロウ科は全世界に広く分布している主要な高次捕食者です。しかし、調査研究の進んでいる種はほとんどが、温帯から亜寒帯に生息する大陸の種で、科の大半を占める熱帯や亜熱帯の種は、保全対象としてあまり注目されていません。生息域のアクセスの悪さと,夜行性であることで調査がしにくいことが大きな理由です。しかし、特定地域や島の固有種である種も多く、それらは人知れず絶滅の危機に瀕している可能性があります。
保全の目的は個体数を把握し絶滅をしないように維持することなので、個体群動態解析は保全研究の中心的な仕事です。近年用いられている個体群動態解析にIntegrated population model (IPM)という手法があります。IPMは個体群動態に関わる様々なデータ(生存履歴、巣立ち雛数、性別、センサスで数えた個体数など)をひとまとめに用いて、個体群動態の様々なパラメータ(生存率,産仔数、個体数,個体群成長率など)を同時推定する手法です。複数のデータを用いてパラメータを一度に推定することにより,各データに含まれる情報が効率よくパラメータ推定に利用され、各パラメータをそれぞれの別のデータで個別に推定する場合よりも,優れた推定ができるとされています。
私は熱帯・亜熱帯・島嶼域のフクロウの個体群動態研究のモデルケースとして、南大東島のリュウキュウコノハズク(亜種ダイトウコノハズク)の個体群動態解析を行いました。ダイトウコノハズクは2002年から現在に至るまで繁殖モニタリングが継続され、特に2012年以降は島内の全個体を対象にした詳細な調査が毎年実施されています。今回の解析では2012年から2018年の間にのべ2526個体から得られた生存履歴、繁殖成績、性別、縄張り情報のデータを利用しました。
B:巣立ち目前の雛が捕食されたあと。巣立ちが近づくと巣の入り口に立って餌をねだるため捕食に会いやすいのかもしれない
ポスター賞を受賞して
このたびは2021年度の鳥学会ポスター賞をいただきまして誠にありがとうございました。
受賞の連絡を受けたのはカラスたちの世話をしようと家を出たところでした。まさか自分が選ばれるとは露ほども考えていなかったのでたいへん驚きました。
オンライン学会では、気軽な質問がしにくいというデメリットを感じたものの、過去の質疑応答が閲覧できたり、外部のより詳細な論文への誘導を気軽に行えたりというメリットが大きく、楽しい時間を過ごせました。鳥学会大会事務局の方々など関係者の皆様にお礼申し上げます。貴重な機会をいただきましてありがとうございました。
今回の発表の内容について
ハシブトガラスは都市や農村における代表的な害鳥です。カラスは嗅覚があまり発達していないため、食物の探索や物の認識には主に視覚を利用していると考えられています。カラスをはじめとした鳥類はヒトとは大きく異なる視覚機能を持つことから、カラスの物の認識の仕方はヒトと異なっている可能性があります。
これまでにハシブトガラスでは、ヒトの顔写真から男女の弁別ができることなどが報告されていますが、カラスが画像をどのように認識し、弁別を行っていたかは分かりませんでした。そこでこの研究では、「ハシブトガラスは画像に写っているものを認識するためにどんな手がかりを使っているのか?」を明らかにするために実験を行いました。
実験では、4羽のカラスに様々な鳥の画像を2枚1組で提示し、その中から正解となる特定の種の鳥の写真を選ぶように訓練しました。訓練を終えたのちに、カラスが見たことのない写真や、加工を施した画像でも正解を選択できるかどうか観察しました。その後、カラスがどのような画像を正解として認識していたのか、どんな手がかりを利用して画像を弁別していたのかを検討しました。
その結果、カラスの弁別は、「画像の色や模様の情報」と「鳥の形の情報」の二つを手がかりとして正解を選択していたことが示唆されました。この色や形の情報は、それぞれ単独では正解を認識するための手がかりとはならず、両方の手がかりを組み合わせて使用していたと考えられました。この結果は、カラスがハトとは異なった認知の方法をとっている可能性を示しています。
今回の研究は実験に参加した個体数が少なく、さらにそれぞれに個体差が生じているために、すべてのカラスでこの結果と共通の結果を得られるかどうかはわかりません。また、画像を実際の鳥として見ていたかどうかもわかりません。今後はそのあたりを明らかにするために研究を行っていきたいと考えています。
日本鳥学会ポスター賞[生態系管理/評価・保全・その他部門]を受賞して
この度は2021年鳥学会大会でポスター発賞を頂くことができ,大変光栄に思っております.
私は信州大学の鳥類学研究室の一期生であることに加え,時勢の影響もあり,先輩や他の研究者との交流が少ない中で研究を暗中模索する必要があり,とりあえず湖畔を自転車で巡る日々でした.そんな中でも,笠原先生や長野県環境保全研究所の堀田様をはじめ,様々な方にお助けいただき,何とか計画がまとまり,発表にこぎつけることができました.研究に協力いただいた皆様に心より御礼申し上げます.
今回のポスター発表に際しては,データの性質上粗くなってしまった研究結果をできる限り分かりやすく考察し,意見を頂くことに注力しました.そのおかげか,多くの方々に情報や指導を頂き,大きく成長できたと感じています.鳥学会の運営の皆様,審査員の皆様,ポスターをご覧いただいた皆様に感謝しております.
今回の受賞によってまた更に多くの方の注目と期待を頂いたことを自覚して,それに恥じないよう,今後とも研究に励む所存です.
ポスター賞の記念品として,mont-bell様からマウンテンパーカー,日本野鳥の会様からアホウドリの水筒,サントリー様からシャンパンを頂きました.前の二点は今後の調査で使い,シャンパンは論文投稿の祝いにとっておこうと思います.その頃にはもう少しコロナの感染状況も落ち着いているといいのですが…
ポスター発表の概要
ヨシ原は水辺の代表的な植物群落で,様々な生物の生息地ですが,近年の水辺開発による分断化が問題となっています.しかし,分断化されたヨシ原の中でも,条件によっては生育が可能な種もいます.本研究ではヨシ原を利用する生物としてオオヨシキリに着目しました.諏訪湖周辺において,分断化されたヨシ原を本種が利用する上で重要な環境要因について検討しました.
諏訪湖の湖岸には面積0.01~0.4haのヨシ原が点在するのみですが,5~8月の繁殖期にはオオヨシキリが盛んにさえずっています.そこで,彼らの個体数を目的変数,ヨシ原の面積や構成する植物等の環境要因を説明変数として一般化線形混合モデルで分析を行い,彼らの好む環境を解析しました.結果として,ほぼ全ての調査地点でオオヨシキリは記録されました.また,解析結果から,本種の個体数には繁殖場所となるヨシ原面積やヨシの被度が有意な正の効果を持ち,その重要性が示唆されました.一方でヨシの刈り取りは有意な負の影響を示し,好まれないことが示されました.また,ヨシ原だけではなく,マコモ等の水辺植物も個体数に有意な正の効果を示し,採食場所である可能性が示唆されました.また,特定の月にのみ影響を与える変数も見られました.
これらのことから,オオヨシキリの繁殖からみた湖岸のヨシ原管理では,主な生息地であるヨシの他,マコモなどのイネ科植物を採食場所として残すことが重要だと考えられます.
本研究では行動追跡や繁殖成功の調査は行えていないため,個々の変数の機能や重要性は不明ですが,現在の分断化されたヨシ原とオオヨシキリの関係を粗く広く把握することができました.今後,分断化されたヨシ原の研究の詳細な調査が発展することが期待されます.
修士課程に進学した現在は調査地を諏訪湖の水源でもある霧ヶ峰に移し,低木除去が鳥類に与える影響の研究を行っています.長野県には複雑な地形を人が改変し,共存してきた歴史があります.ここで人為的な操作に対する鳥類の応答の把握を試み,今後の研究や保全手法の発展につながる面白い研究をしていきたいと考えています.
日本鳥学会2021年度大会運営始末記
浅井芝樹
2021年度大会はCOVID-19感染拡大の影響を受け、日本鳥学会としては初めてのオンライン開催となりました。大過なく終えることができたようで、まずはほっとしていますが、ここに至る内幕や意見など散文調で書いてみたいと思います。
1)経緯など
2021年度大会の事務局は山階鳥類研究所(山階鳥研)でしたが、山階鳥研がある我孫子市とその周辺では適切な会場を用意することが難しく、東邦大学を会場とすることで話を進めていました。2019年の秋には東邦大学の長谷川雅美さんに奔走していただき、会場を抑える準備をしていました。ところが、2020年の初めごろからCOVID-19感染拡大に伴って多くのイベントが中止になり、各自然史系学会も延期・中止となっていくなかで、ついに日本鳥学会2020年度大会(東京農業大学北海道オホーツクキャンパス(網走))も5月に中止の判断となったのでした。2021年度の東邦大はそのまま進めるつもりでしたが、COVID-19感染は縮小の気配を見せず、多くの大学キャンパスの使用について目処がたたないままとなりました。大会実行委員会では2020年夏頃からオンライン開催やむなしという意見が上がり、オンサイト開催の可能性も残して同時並行に進めるのはコストが大きいため、完全にオンライン開催へと舵を切りました。
私自身は、2018年度より学会事務局長を務め、2020年度の東農大(網走)での開催提案、2021年度の山階鳥研(東邦大)による開催提案、東農大(網走)大会の中止判断、のすべてに関わっていました。2大会連続の中止だけは避けたいという思いがありました。2021年度は山階鳥研が大会事務局であり、自身が大会実行委員の一人ですから、オンラインでとにかくやるということを大会実行委員会内で自ら主張すべきだと考えていました。
幸い、大会実行委員会はすぐにオンライン開催でまとまったのですが、山階鳥研で果たしてオンライン開催ができるのでしょうか?そもそも学会事務局長として、山階鳥研が大会事務局となって開催すれば良いと判断した理由は、経験が多い学会員が多数いるということが理由だったのですが、多数いるにしても自分も含めて残念なぐらい「ネット」とか「デジタル」とかに弱いメンバーではないか?!
2020年度の鳥学会は中止となりましたが、バードリサーチが鳥類学大会2020をオンライン開催しました。そこでさっそくバードリサーチから神山和夫さんと高木憲太郎さんにスタッフへ加わってもらいました。また、学会ウェブサイトを切り盛りしている広報委員会から上沖正欣さん、普段からYouTubeでライブ配信を行っている我孫子市鳥の博物館の小田谷嘉弥さんにスタッフへ加わってもらってオンライン開催体制を整えました。
オンライン開催するために利用する配信システムの発注は、参加者数で見積もりする必要があります。そこで、急遽2021年1月に会員の皆さんへ参加・発表意思についてアンケート調査を行い、それに伴って予算策定し、参加費を確定しました。
オンライン大会をイメージしやすくするために、普段の大会で実施する発表形式をできるだけ再現することを目指しました。そのため、口頭発表とポスター発表などの区分を例年通りに設けました。ポスター発表に代わるものとしてLINC Bizというサービスを利用することは比較的早くに決まっていましたが、(その当時の大会実行委員会判断では)LINC Bizは大会実行委員会側でアレンジするところはあまりありませんでした。一方、口頭発表に代わるものとして選んだZoomというサービスは利用方法を選ぶ必要がありました。しかし、使いこなしたメンバーが少ない大会実行委員会ではぎりぎりまでどんなことができるのか、どんな問題が生じうるのかわかっていませんでした。実際に認識し始めたのは、9月になって直前シミューレーションをし始めてからではなかったかと思います。ぶっつけ本番だったわけです。大会実行委員会自体がそんな状態だったので、参加者は利用に苦労するのではないかと危惧して、利用の仕方を丁寧に説明するマニュアル作成をしなければならないのではないか、それでも結局わからずにたくさん質問が届くのではないか、ということを危惧していました。それにもかかわらず、事前マニュアルはZoomやLINC Bizが作成したものの流用や、バードリサーチ鳥類学大会で作成されたものの流用しか用意しませんでした。当日は、「質問はチャットへ」とアナウンスした上で、電話番、メール番を常に配置することにして待っていましたが、蓋を開けてみると質問対応することはありませんでした。参加者は特に問題なく会場にアクセスしてきたようです。考えてみれば、このウイルス禍の中でZoomを始めとしたオンライン会議に慣れていて、参加することに特に違和感はなくなっていたのかもしれません。
当日はどこの大会実行委員会でもそうだと思いますが、朝からずっと忙しい一方で準備してきたことを粛々とこなす以外のことはありません。その点はオンラインでも変わらないことです。
2)開催の利点・問題点
今回の大会は学会誌での事前説明がほとんどなく、内容が決まり次第ウェブサイトで周知するという態勢になりました。また、当日各会場への参加も参加者用ウェブページからリンクするといった方法を取りました。したがって、ウェブサイトの運営・編集が重要でしたが、スタッフとして参加してもらった上沖さんがスムーズにウェブサイト編集をしてくれたので大変助かりました。また、公開シンポジウムは会員外でも参加できるようにYouTube配信することに決めましたが、普段から利用している小田谷さんをスタッフに迎えたので、これも簡単にことが進みました。やはり、そういったことに強いスタッフが1人いるかどうかは大きな違いとなりそうです。
オンライン大会は(少なくとも今回の方式では)事前申し込みでしかできません。このことが大会当日受付を考えなくてよい、ということにつながりました。今回は初めてのオンラインだったので、例年実施しているけれども難しいと思われたことはしないことに決めました。要旨集は手渡しできないから印刷しない、現金以外の支払い法を確立することにコストが大きいからグッズ販売はしない、エクスカーションはしない、といったことです。これらのことは収入見込みを容易にすることと支出の縮小につながりました。
普段の学会運営を行う学会事務局と、大会運営する大会実行委員会は別組織です。普段の大会なら、評議員会や各種委員会、総会、各賞授賞式、受賞記念講演の開催は、大会実行委員会の企画ではなく、学会事務局が大会実行委員会から場所を借りて実施しています。2021年度の場合、各種委員会と評議員会はオンライン会議とするしかないので大会前に実施しました。総会は2020年度と同様に書面総会としました。これらのことによって大会実行委員会は会場管理の負担が減っています。今後、オンサイト開催が再びできるようになってからも考慮して良い事柄ではないでしょうか。
大会実行委員会のなかで一番大きな反省点として、口頭発表の質問対応が十分ではなかったということがあります。座長が時間内にチャット質問を取り上げることでしか対応できませんでした。時間がなくなった時はいつもなら「個別に議論してください」と言って次の発表に移るところですが、オンラインで「個別に・・・」ということはどういうことを指すのか、大会実行委員会でアイディアがなく、案内することができませんでした。これは配信システムを熟知して便利な機能を使えばできたかもしれません。
大会実行委員会ではできるだけ普段通りに実施するという方針で、展示ブースも用意しました。しかし、客の入りはよくありませんでした。Zoomで来店するのはやや敷居が高いらしいこと、来店しても売り物を直接見せることができないこと、支払いにワンクッション入ることなどが大きなハードルだったようです。
オンラインだと遠隔地のメンバーで運営できるという漠然としたイメージがありましたが、実際には集まらなければなりませんでした。今回、口頭発表では、発表者と直接やり取りしているのは座長1人でしたが、次の発表者をZoomウェビナー上で待機させる係、タイムキーパー(座長はチャット質問に集中しているので時間管理はしていない)、Zoomウェビナーの管理者(ホスト)の4人が連絡を取り合える1部屋に集まっていました(発表中にどのようなトラブルがあるか分からないので関係者は1部屋にいた方が良い)。口頭発表会場は2会場あるので2部屋8人が常時集まっていたのです。感染対策のために机配置を考えたり、消毒液を用意したりしていましたが、大会実行委員会はやや密だったと言わざるを得ません。
3)大会後の全体的な印象
何をするのも初めてだったというのが、大変さを感じた理由でした。これまでの大会実行委員会から引き継いだスケジュールもあまりあてになりません(あるいはあてにならないだろうと思ってあまり参照しなかった)。いろいろ考えてもそれがいい方向に向かっているのかどうか確信を持てないまま進めることになりました。どこまで進めても、何割進んだのか確かめる術がなかったのです。
一方、逆の印象としては、やってみればなんとかなる、ということです。これは学会事務局メンバーである私個人の話ですが、昨年はやはり初めての試みとして書面総会を実施しました。これもどこまで進めてもうまくいっているのかどうか確信を持てないまま手探りでした。結果としてはなんとかなったと感じています。今年も書面総会とさせていただきましたが、ずっと気楽に実施できました。今回のオンライン大会もよかったかどうかは微妙ですが、一応こなせたと感じています。今回大会の参加者からのお叱りは、これから多数集まるかもしれませんが、少なくとも同じ形式で次に誰かが実施するときの土台は作れたのではないでしょうか。今回大会は、例年のオンサイト大会へ参加した時のイメージにできるだけ近づけることを1つの目標としていました。しかし、オンライン開催ならオンラインに特化した開催方法も考えられるでしょう。例年通りじゃなかったというお叱りでも、オンラインらしくなかったというお叱りでもどちらでもかまいません。そういう声をいただければ、大会実行委員会に最後に残された仕事は、それらの声を整理して、次期大会以降へ引き継ぐことだと考えています。
日本鳥学会2021年度大会:標本集会へのお誘いと2019年度大会第3回標本集会報告
今週末から開催される日本鳥学会2021年度大会で、第4回となる標本集会を企画しております。第4回へのお誘いとこれまでの復習を兼ねて、過去の集会報告を掲載いたします。
第1回「標本史研究っておもしろい―日本の鳥学を支えた人達」
第2回「標本を作って残すってどういうこと?―実物証拠としての標本」
皆様、ぜひお越しください↓
2021年度大会自由集会:9月17日(金)18:00〜20:00
W3:第4回「収蔵庫ってどういうところ?−標本収蔵施設の現状と問題点」
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日本鳥学会2019 年度大会自由集会報告
第3回 収蔵庫は宝の山!―標本の収集と保存を考える―
小林さやか(山階鳥類研究所)・星野由美子(島根県立三瓶自然館サヒメル)・岩見恭子(山階鳥類研究所)・川田伸一郎(国立科学博物館)・加藤ゆき(神奈川県立生命の星・地球博物館)
自然史標本は,生き物がその時,その場所に生息していた証拠である.安定して長く保存できる標本は,時間が経過してもなお,多くの情報を私たちにもたらしてくれる重要な研究資源である.標本の重要性は承知していながらも,管理する立場になると,増えていく標本にスペースが足りない,標本を整理するマンパワーが足りない,剥製に害虫が湧いたなど,悩みも多い.そして,これらの問題を担当者だけで抱え込んでいる場合もある.本集会は,標本の保存管理についての問題や対処方法を参加者と共有することを主目的に,3名の演者の事例を紹介した.(小林)
1.島根県立三瓶自然館の事例
―戦前の大コレクション「伊達鳥類仮剥製標本群」の困ったお話―
島根県立三瓶自然館が収蔵する標本数は,動物,植物,地質など各分野で18万点以上である.これらの標本は,館内スタッフだけでなく,館外の研究者や収集家が集めて寄贈されたものも多くある.このうち鳥類は約2,200点で,うち約1,600点が,戦前に集められた仮剥製標本群「伊達コレクション」であった.
伊達コレクションは,戦前にジャーナリストとして活躍した島根県出身の伊達源一郎氏(1874–1961)が趣味であった鳥類研究の一環で蒐集した標本である.5,000点以上あった標本は,第二次世界大戦後に接収された家屋とともに破却され,島根県安来市に疎開させたものだけが残った.そして1955年に当時の島根県知事が伊達氏より購入して本人に寄託した.その後,伊達コレクションは数回の移管を経て,1969年に島根県立博物館に保管転換され,1978年に日本産鳥類目録第5版に準拠して目録が発刊された.1991年には島根県立三瓶自然館に移管されたが,このときは整理済みとして標本の再整理などは行われなかった.
ところが2008年に,当館の企画展でこのコレクションを展示するにあたり,1978年に作成された目録と標本ラベルのデータを照合したところ,目録と標本ラベルとの間に,かなりの違いがあることが判明した.目録に記載されたデータが標本ラベルより詳細であったり,採集日が大きく異なったりしたのである.これらは単なる誤表記では無いと考えられ,別の資料が存在していたと推測された.また,標本ラベルの様式は複数あったのに,標本1体につき1枚のラベルしかなく,過去にラベルの付け替えが行われたことが示唆された.そこで,過去の目録を作成した際の資料等を探しながら再整理をはじめたが,何回もの移管により資料は散逸しており,根拠となる資料は見つけられなかった.さらに同年代に活動していた採集者の日記等の出版物などを参考に,採集日や採集地が合致するデータを照合してみたが,該当するデータを見つけるに至っていない.
現在も少しずつ再整理の作業を進めているが,鳥類担当職員は1名しかおらず,展示作成や解説,自然観察,野外調査などの業務もあり,標本の再整理にかけられる時間はほとんどない.業務の優先順位からも,標本の再整理は緊急性を理解されにくく,後回しになりがちである.加えて使わない資料は廃棄するなどの5S活動(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)なるものが声高らかに宣言される中で,博物資料の重要性を組織内部に説得することにも気を配らなければならなくなった.
ほとんど利用されない学術標本に時間と労力と経費をかけることには重要性の理解を得にくいため,その価値を理解する研究者に活用していただき価値を高めていただくことも必要なことかもしれない.とはいえ種名,採集日,採集地が正しいことが前提の学術標本群.これからも多くの方のご理解,ご協力を得ながら少しずつ整理を進めていきたいと考えている.
2.標本を残すためにできること―山階鳥類研究所の取り組み―
山階鳥類研究所は国内最大の鳥類の標本数を保有し,研究に生かすべく日々模索している.山階鳥類研究所には約8万点の標本が保管されているが,現在でも毎年約600個体の冷凍鳥体と,約500点の剥製標本(2005–2018年の平均値)が寄贈,収集されている.特に,最近では個人所蔵の展示用本剥製の寄贈が増えている.これらのなかには,学術標本があまり収集されなかった1950年代以降に採集された剥製も多く,山階鳥類研究所のコレクションの中でも手薄になっている時代を埋める貴重な標本になっている場合がある.
個人宅で鑑賞されていた剥製は損傷や,汚れが見られることもあり,修復が必要なこともある.修復の際に剥製の中を確認すると,その作り方や材料から年代を推定することができる場合もある.ラベル情報のない剥製の製作年代を推定することは,多分野の研究に利用できるようになるため,学術標本としての価値を高めることができる.また,寄贈者に了解を得た剥製については,翼を切り離すなど形状を変化させることで,より観察がしやすく,研究が行いやすい標本に作り変える工夫もしている.これらの作業は全てデータベースに記録され,修復前の状況およびその後の形状が分かるようにしている.
近年では微量な組織サンプルから,絶滅した種の系統解析や,安定同位体比分析を用いた過去の餌分析など,標本を用いた様々な研究が行われるようになってきている.時代や地域を超えて収集された標本はまさに宝の山と言えよう.
3.無目的収集のすすめ
博物館にとって一番大切なものは標本である.標本があるからこそ,博物館の展示は成立するし,学習活動も行える.そして研究もできる.自分のためだけではない.博物館の標本は多くの人の研究を支える資源だし,外部に貸し出して展示などに利用することもできる.国立科学博物館は日本の標本蓄積の拠点だから,僕は自分の担当である哺乳類の標本を集め続けなければならない.そのスローガンとして「3つの無」という標本収集規範を心に念じながら日々の作業に励んでいる.
一つ,標本収集は「無目的」であれ.僕には多くの標本提供者がいるが,時に「何が必要か?」と問われる.僕は「なんでも受け入れますのでお願いします」と即答する.標本は何時どのような形で役に立つかわからない.だからなんでも大切に残しておかなければならない.例えば僕はモグラの研究者なので,モグラの死体を送ってくれるのは大歓迎だけど,それだけ集めていたら博物館の標本はモグラだらけになってしまい,僕は嬉しいけど他の人にとっては魅力を欠くものになってしまう.我々が希少種などと位置付けるようなものは多くの人にとって魅力的なものだから集めるのは当然.一方で外来種などと位置付けられるようなものは多くの人は集めようとしない.これこそ沢山収集しておけばいざという時に役に立ちそうだ.だからクロウサギだろうがマングースだろうが,僕は差別しない.人類はまだ標本の可能性を知り尽くしていない.
一つ,標本収集は「無制限」であれ.僕がこれまでに収集してきたものにニホンカモシカの頭骨14,000点という膨大な標本群がある.「そんなに集めてどうするの?」と問う人もあるが,今も集め続けている.かのチャールズ・ダーウィン氏も述べているように,生物には変異がある.変異のパターンは個体群内の違いの他に,性・齢・地理的なものもある.例えばある地域に生息する20 歳くらいが寿命のカモシカの頭の形をちゃんと知ろうとして,個体間のばらつきを調べるのに30標本くらい必要だとしたら,30×2(性差)×20(齢変異)=1,200標本は最小限必要となる.地域間での違いを考慮するとこの数倍のものが必要だし,年齢構成にもばらつきがあって,高齢の標本は少ない.狩猟によって頭骨が破損しているものも含まれると思うと,やばい,まだまだ足りない.もっと集めなきゃ.
一つ,標本収集は「無計画」であれ.標本の材料,すなわち動物の死との出会いは一期一会である.その時を逃しては再び出会えないかもしれない.常にそう思い続けて,即断,即動である.時には博物館で重要な展示会議がある日にそのチャンスはやってくる.しかし最初に述べたように,博物館にとって一番大切なものは標本である.だから会議の主催者は僕を標本収集の現場に送り出してくれる.そしてこの無計画な標本収集から,また新たな展示品を使用した展示計画が生まれることもあるのだ.
おわりに
事例発表の後,意見交換の時間を設けた.参加者からは,個人宅で所有していた,採集情報がなく,ワシタカ類の翼を広げた飾り用の本剥製の扱いはどうしているのか,収集していた標本を寄贈する際に標本のリストがあった方がよいかなど,様々な意見が出された.標準的な回答をいえば,標本はできるだけ残した方がよいし,寄贈されるときに標本リストがあった方がよいのだが,ケースバイケースで考えていかなければいけないであろう.しかし,会場から発言された方も,答える私たちも所属機関の内情は話しにくく,標準的な発言にならざるを得なかった感がある.それが本集会を開催してみての課題であろう.
標本を残すことは未来の研究を支えることである.それぞれの館で抱える問題は多く,標本を残すための環境が劇的に良くなる兆しはなかなかない.しかし,より多くの標本を残していく志を持ち続け,博物館同士が情報を共有し,互いに助け合える関係を構築していくことが大切だと考えている.本集会のようにそれぞれの情報を出し合って,共有することを続けていくことがその第一歩となるであろう.博物館関係者が集う場は他にも数多くあるが,鳥類標本だけに特化した事情もある.鳥類の専門家が集う鳥学会大会で集会を開くことで,今後も情報共有していきたいと考えている.
最後に鳥の学校や他の集会が平行して開催されるなかで,本集会に参加いただいた65名の方々にこの場を借りてお礼申し上げる.今後も引き続き関心を寄せていただければ幸いである.(小林・岩見・加藤)
日本鳥学会2021年度大会:標本集会へのお誘いと2018年度大会第2回標本集会報告
今週末から開催される日本鳥学会2021年度大会の自由集会で、第4回となる標本集会を企画しております。今回は、実際に博物館で標本の管理にあたっている方々から、各館の標本収蔵庫の紹介と、標本管理の悩みをお聞きする予定です。第4回へのお誘いとこれまでの復習を兼ねて、過去の集会報告を掲載いたします。第1回「標本史研究っておもしろい ―日本の鳥学を支えた人達」はこちらをご覧ください。
皆様、ぜひお越しください↓
2021年度大会自由集会:9月17日(金)18:00〜20:00
W3:第4回「収蔵庫ってどういうところ?−標本収蔵施設の現状と問題点」
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日本鳥学会2018年度大会自由集会報告
第2回 標本を作って残すってどういうこと?―実物証拠としての標本
筑波大学で開催された2017年度大会で,「標本」をテーマに自由集会が開かれたことをご存知でしょうか?主催者は山階鳥類研究所の小林さやかさんと北海道大学植物園博物館の加藤 克さん.お二人のほかに国立科学博物館の川田伸一郎さん,山階鳥類研究所の平岡 考さんが,標本の由来や収集の歴史を,標本ラベルや文献資料を手がかりに解明していく面白さについて,ご自身たちの経験を交えながら熱く語ってくださいました.
しかし,2 時間という限られた時間では足りるはずもなく,その後の懇親会でさらに熱く語り合ったことは言うまでもありません.そのときに,小林さんと「標本をテーマに来年度以降も自由集会を開催できればいいですね」,「いいですね.やりましょう!」と“約束”したことにより実現したのが,今大会の自由集会「標本を作って残すってどういうこと? ―実物証拠として標本」です.
私自身は県立の自然史博物館で鳥類担当学芸員として,標本の収集や管理,調査研究,展示や講座等の普及活動を行っています.標本収集といっても標本を購入するのではなく,検体を動物園や鳥獣保護施設等から入手し,検体の状態・博物館の収蔵状況や使用目的に合わせ,自分たちで加工して標本にします.このような日常業務をもとに自由集会のテーマを「標本を作って残すこと」としました.1回目の自由集会は標本史にまつわる演題でしたが,2 回目は「標本とはどのように作り保管するのか?」という原点に戻ろうと考えたのです.小林さんに2 回目の自由集会開催の旨を伝え,演者探しを始めました.
真っ先に思い浮かんだのが,山階鳥類研究所で標本収集や作製,管理をされている岩見恭子さんです.鳥類を専門とする研究機関である山階鳥類研究所には,はく製や骨格,巣,卵,液浸標本など約7万点の標本が収蔵されています.学術的に貴重な標本も多く,すでに絶滅した鳥や希少な鳥の標本,種の記載の基準となったタイプ標本も含まれています.このような施設で研究員として積極的に標本を収集,作製されている現状をお話しいただきたいとお願いしたところ,ご快諾いただけました.
次に浮かんだのが,標本士の相川 稔さんです.私の働く神奈川県立生命の星・地球博物館(地球博と略す)の鳥獣分野では標本作製のお手伝いをボランティアにお願いしています.その指導者であり,学芸員のよき相談相手でもある相川さんは,高校卒業後,ドイツの専門学校で標本作製の技術をまなび,ドイツの博物館で標本士として働いていた方です.「標本作製の技術を日本にも」と帰国され,博物館で標本を作ることにこだわりを持ち活動を続けてきました.相川さんにはヨーロッパでの標本作製の現状をお話いただきたいとお願いし,こちらもご快諾いただけました.
研究者,標本士とそろい,あとは博物館施設の職員や個人として取り組み事例を紹介していただける方を考えました.幸いなことに開催地である新潟県には,地球博に縁のある人材がそろっています.新潟県愛鳥センターにお勤めの高澤綾子さんと佐渡島在住の岡久佳奈さんです.高澤さんは地球博に8ヶ月ほど非常勤職員として勤務し,その間,鳥類標本の作製・管理を担当していただきました.新潟県に転居後は愛鳥センターに勤め,展示施設や講座などで使う本はく製や翼標本などを作製している方です.岡久さんは鳥獣の標本作製に興味をもち,地球博のボランティアとして活動しました.佐渡島に転居後は,地元で拾得される鳥獣検体を標本として残すべく個人で活動されている方です.おふたりとも二つ返事で引き受けてくださいました.
さて,準備が整ったものの要旨を出す段になり急に不安になりました.参加者が集まるだろうか?自由集会は夕方に設定されることが多く時間が限られることから,複数のテーマが同時に開催されます.例年開催されているガンカモ類やカワウなどはリピーターが多く,また人気の集会と重なると参加者が少なくなります.そこで相川さんに願いし“実演”を行うことにしました.
実は,前大会でも標本作製の実演を主とした自由集会が企画されていましたが,主催者都合により中止となりました.中止を惜しむ声が各所から聞かれていたことを思い出し,実演を入れることにしました.学会会場では数名から参加表明があり,「実演はいつやるの?」と聞く方もいて標本作製への関心の高さが伺えました.
当日です.はじめに,私が集会の趣旨説明を行いました.今回標本として扱うのは,個人宅などにある装飾を目的として作られたはく製ではなく,研究機関や博物館施設,個人などが研究や普及のために収集,保管している標本であること,標本にはいろいろな種類があること,自然史標本の重要性などを紹介し,岩見さんにバトンタッチしました.岩見さんは「学術標本を収集する意義 ―山階鳥類研究所での取り組み」と題し,研究所の概要や普段の標本作製の様子,収蔵状況を紹介し,学術標本がもつ重要性と保管し続ける意義についてお話いただきました.標本のリメイクや標本作製に関するデータベース,人材育成の取り組みについての紹介もあり,非常に興味深い内容でした.データベースは細かく項目が設定されており,採集データはもちろんのこと,検体の状態や製作段階,作製された標本種,配架場所などが一目で分かるようになっています.参加者は人材育成のための標本作製講習に注目していました.専門的な知識に基づいた講習は確かに魅力的です.
次いで相川さんからは「博物館標本の長期保存と幅広い活用を目指して」と題し,ドイツの博物館での標本士としての仕事紹介の後,標本士が行った下処理時の薬剤の違いによる虫害の影響についての発表がありました.かなり大胆な実験で,まったく薬剤を使用しないものから,現在主流で使用されている毒性の弱い薬剤を使ったもの,使用禁止になっている毒性の強い薬剤を使ったものなど,薬剤の種類や組み合わせを代えて作った標本を複数用意し,1 年間屋外に置いて虫による食害を調べたという内容です.その結果を元に,標本を残すための使用薬剤の重要性についてお話いただきました.
高澤さんからは「「使うこと」を前提に作る標本」と題し,愛鳥センターでの取り組みを紹介いただきました.新発田市にある愛鳥センターは傷病鳥獣の保護・治療施設で,広くはありませんが展示室があり,探鳥会などの普及活動も行っています.高澤さんはそこで活用することを前提とした標本を作っており,本はく製だけではなく脚だけの標本や翼標本など,触ることが出来る標本が多いのが特徴的でした.翼標本は展示だけではなく,探鳥会の説明資料や学校への貸し出し教材としても活用されており,人気の高さが伺えました.愛鳥センターには標本を収蔵できる設備はなく,また標本作製の人材も非常勤職員である高澤さんだけで,継続性に不安があるとのことでした.
岡久さんからは「動物を調べ 標本を作る 人材の育成計画 in 佐渡島」と題し,佐渡島でのご自身の取り組みについてお話いただきました.佐渡島にはサドモグラやサドカケスといった固有種・固有亜種が生息し,再導入事業により放鳥されたトキが身近な環境で見られるなど,多様な自然環境がみられます.しかし,島内には自然史を主とした博物館やビジターセンターなどの研究・情報発信施設がなく,島民が島の生物に慣れ親しむ機会はほとんどないようです.岡久さんは,佐渡をフィールドに研究をしている専門家を講師に迎え講演会や講座を開催し,簡単な生態調査を行ったり動物標本を作製したりすることにより,島内の身近な生き物の面白さや希少性に気付くきっかけ作りをしています.悩みは冷凍庫のスペースを大きく占める哺乳類の処理を優先するので,鳥類にはなかなか手をつけられないとのことでした.研究者を巻き込みながら標本作製の人材を育てていくという取り組みはユニークで,佐渡島の動物の記録を残すという点でも重要です.継続して事業をすすめて欲しいと感じました.
最後に地球博の哺乳類担当学芸員の広谷浩子から神奈川県で計画している標本作製にかかる博物館施設の連携について紹介がありました.全講演を通して,標本を後世に残す重要性が確認される一方,人材や設備についての問題が浮き彫りになりました.
いよいよ相川さんによる標本作製の実演です.短時間で出来るよう,あらかじめ胴部をぬいて下処理をしたアカショウビンを教材としました.取り除いた胴部には木材を糸状に削った木毛(もくもう)をまるめて胴体に代わるものを作り,針金を使って仮はく製へと仕上げていきました.今回は残念ながら途中で時間切れとなり,羽を整える仕上げまではできませんでしたが,30分ほどの実演は参加者の注目を浴び,多くの方が動画を撮影していました.
参加者は岩見さんのお話が始まる段階で52人,最後の実演が始まるときには60人を越えており,鳥学に関わる人たちの標本作製に対する関心の高さが伺えました.実演終了後,数名の方から地球博で鳥獣標本の作製に携わりたい,という希望も寄せられました.採集データ等の情報を持った標本は実物証拠として重要であり,後世に残していくべき“自然財”ともいえるものです.鳥学関係者の中には,標本を研究材料として活用される方も多いはずです.このような活用のためには,専門知識に基づいた標本作製ができる人材と適切な環境での保管が重要だと再認識をした自由集会でした.
最後になりましたが,今回の自由集会に協力いただいた演者のみなさま,時間ぎりぎりまで会場を使わせてくださった2018年度大会事務局のみなさま,参加してくださったみなさまにお礼申し上げます.本自由集会はJSPS科研費JP17K01219 の研究の一環として開催しました.
日本鳥学会2019年度大会自由集会報告:小笠原で一番ヤバイ鳥:オガサワラカワラヒワを絶滅の淵から救う
1日本森林技術協会
2森林総合研究所
3我孫子市鳥の博物館
*t-namba@jafta.or.jp
はじめに
カワラヒワChloris sinicaの亜種オガサワラカワラヒワC. sinica kittlitziは,小笠原諸島の固有亜種である.本亜種は,近年個体数が急激に減少しており,何らかの保全対策を打たないと絶滅する恐れがあるが,その対策はまだ十分に行われていない.さらにこの状況が一般に認知されているとは言い難い.そこで,オガサワラカワラヒワの持つ価値や個体群の現状,対策の必要性を日本鳥学会員と共有することを目的として,自由集会を開催した.以下,当日の発表内容を概説する.
話題1:オガサワラカワラヒワの絶望と希望
川上は小笠原の鳥類の概要とオガサワラカワラヒワの分類,生態,個体数と減少の要因について説明した.オガサワラカワラヒワは,現在は母島列島の属島と火山列島の南硫黄島でのみ繁殖しており,各列島内での島間移動がある.個体数は,母島列島で100-300羽の間と推定されている.本亜種は主な食物資源として草本と木本の種子の両方を利用している.形態としては,大陸や本州に生息している他の亜種と比べて,体サイズが小さいわりに嘴が大きい傾向がある.遺伝的に本州の亜種カワラヒワと大きく離れていることを概説し,後続の発表者へと話を繋いだ.
話題2:オガサワラカワラヒワの系統的位置と分類学的再検討
齋藤は大陸と周辺島嶼,日本に生息するカワラヒワの8亜種について複数の遺伝マーカーを用いて分子系統解析を行った.その結果,オガサワラカワラヒワのグループとそれ以外の亜種のグループに分かれ,この2つのグループが分岐したのは,約106万年前に遡ることも分かった.この分岐年代はカワラヒワの近縁種である,キバラカワラヒワC. spinoidesとズグロカワラヒワC. ambigua間の分岐年代と比べて,約1.8倍も古いことも明らかとなった.
さらに,上記の亜種間の形態学的差異についても調べ,亜種オオカワラヒワC. s. kawarahibaが最も体サイズが大きい一方で,オガサワラカワラヒワは他のどの亜種と比べても一番小さな体に一番長い嘴を持つことが分かった.これらの結果から,オガサワラカワラヒワは亜種ではなく独立種とすべきと結論された.なお,この内容は後述の通り2020年5月に論文として公表された.
話題3:オガサワラカワラヒワ個体群の現状と存続可能性分析
南波は林野庁が行なっている小笠原固有森林生態系保全・修復等事業と小笠原諸島希少鳥類保護管理対策調査の概要について説明した.その事業で林野庁が収集していたオガサワラカワラヒワのモニタリングデータをとりまとめたところ,過去20年で年変動はあるものの,本亜種の観察個体数は減少を続けており,近年5年間では,母島で観察される事例がかなり限られている現状を説明した.また,一連のモニタリング調査で推測された野生下の寿命やクラッチサイズ等の生態的な情報を用いて存続可能性分析を行った.その結果,現状の個体数では,いつ絶滅してもおかしくない状況であることが明らかになった.そして個体群減少の要因を分析すると,外来ネズミ類による本亜種の卵や雛の捕食が強く影響している可能性を示唆し,母島属島の外来ネズミ類の対策の必要性を示した.
話題4:オガサワラカワラヒワとクマネズミ,ドブネズミ,トクサバモクマオウの4者関係
川口は所用で東京の会場に来ることができなかったため,Skypeによって父島から発表した.現地調査および操作実験により,外来ネズミ類によるオガサワラカワラヒワの樹上の巣における捕食可能性が,クマネズミRattus rattusが優占する母島とドブネズミR. norvegicusが優占する母島属島の向島では異なることを示唆した.この違いは,クマネズミは木登りが得意で,ドブネズミは木登りがあまり得意でないという外来ネズミの生態的特徴を反映していると考えられた.すなわち,木登りが得意なクマネズミが生息する母島では,オガサワラカワラヒワの巣のから卵や雛が捕食され,繁殖がほとんど成功せず,一方で向島では,ドブネズミが登ることのできない通直な樹形をしている外来樹のトクサバモクマオウCasuarina equisetifolia(以下モクマオウ)で繁殖成功している可能性を操作実験で示し,近年の観察ではモクマオウでのみで繁殖が確認されていることを報告した.ただし,モクマオウは小笠原諸島において侵略的外来種であり,生態系保全上の障害となっている.オガサワラカワラヒワが外来のネズミによって絶滅の危機に晒されながら,一方で外来のモクマオウに個体群の維持を依存しているといった,島嶼生態系の微妙な生態系バランスについて解説した.
質疑では,個体群の減少に本当にネズミが関わっているのか,ほかの原因はないのか,また,母島属島でネズミを駆除した場合のリスク等について質問があった.川口と共同研究者の川上がそれらの質問に対して,現状明らかになっている知見から外来ネズミ類が大きい減少要因であることがほぼ間違いないことを回答し,外来ネズミ対策の必要性を訴えた.一方で,母島属島のドブネズミを駆除することでニッチの空きが生じ,新たにクマネズミが母島属島に侵入する可能性を解説し,モニタリングの必要性を論じた.さらにネズミ駆除以外の本亜種の保護の方法について質問があり,今後,域内・域外保全を進めるためには環境省による希少野生動植物種の保護増殖委員会の立ち上げも必要であることが議論された.
最後に自由集会参加者には,オガサワラカワラヒワの保全活動普及を目的として川口が作成したステッカーが配布された.ステッカーのデザインは,切り絵をベースにオガサワラカワラヒワの特徴である嘴を大きめにした.さらに黄色い丸は,繁殖地の島の数(向島,姉島,妹島,姪島,平島,南硫黄島)を示しており,今後保全活動が進み,丸の数(繁殖する島数)が増えることを願いデザインされている.ステッカーは,100枚用意して94枚が配布されたため,途中で会場を中座した参加者を含めると100名以上参加していただいた計算になった.
総合討論の時間を設けていたが,川口の発表に端を発する活発な議論により,終了時間となり閉会した.
大会終了後の現在
齋藤は,発表した研究成果をまとめ,「Cryptic Speciation of the Oriental Greenfinch Chloris sinica on Oceanic Islands」という表題で論文を発表した.その論文中で分類を再検討し,オガサワラカワラヒワは他の亜種と比べて進化的に独自の特徴を持つことから,カワラヒワと別種の独立種オガサワラカワラヒワ (英名Ogasawara Greenfinch,学名Chloris kittlitzi)とすることを提唱した.論文は,オープンアクセスとなっているため,誰でもインターネットから閲覧することができる(https://doi.org/10.2108/zs190111).なお,論文を掲載したZoological Science誌は,この論文の掲載号の表紙にオガサワラカワラヒワの写真を採用した(https://bioone.org/journals/zoological-science/volume-37/issue-3).
Zoological Science Vol.37 NO.3号に掲載されたオガサワラカワラヒワの写真.小笠原諸島向島で向哲嗣 氏撮影.
さらに齋藤と川上は,「日本固有の鳥が1種増える!? ―海洋島で独自に進化を遂げた希少種オガサワラカワラヒワ―」という表題で,それぞれ山階鳥研と森林総研から共同プレスリリースを行った.
http://www.yamashina.or.jp/hp/p_release/images/20200527_prelease.pdf
https://www.ffpri.affrc.go.jp/press/2020/20200527/index.html
小笠原諸島に関わる研究者間ではこの鳥が絶滅するかもしれないという危機感が共有されていた.今回の自由集会や論文等によって全国の鳥類研究者,そして社会一般にこの問題が共有されることを願ってやまない.
日本鳥学会2019年度大会自由集会報告:大規模太陽光発電施設の鳥類への影響を考える
北村 亘(東京都市大学)
金井 裕(日本野鳥の会)
浦 達也(日本野鳥の会)
北沢 宗大(北海道大学)
*E-mail: shigeho@affrc.go.jp
*本報告は同タイトルのフォーラムの記事(日本鳥学会(69(1):130-132)に画像とリンク先を追加したものである。
はじめに
近年,大規模な太陽光発電施設の建設が国内各地でみられているが,それに伴い,環境保全上の問題も生じている.持続可能な社会の構築に向けて,再生可能エネルギーの利用の促進は必須だが,環境破壊や生態系への負の影響はできる限り回避する必要がある.しかし,太陽光発電施設が鳥類をはじめとする生態系にどのような影響を及ぼすのか,十分に解明されていない.
そこで,鳥類保護委員の佐藤,北村,金井が中心となって,大規模太陽光発電施設が鳥類に与える影響をテーマに自由集会を企画した.本集会では,これまでの知見を総括するとともに,環境アセスメント制度の中での扱いについて情報を共有して,論点を整理し,さらに研究者にどのような研究が求められるかの意見交換を図ることを目的とした.
話題1: 集会の趣旨説明と鳥類保護委員の活動
2019年7月に環境影響評価法施行令が一部改正され,太陽光発電施設も環境アセスメント制度の対象となることが決定した.しかし,一定規模以上の施設が対象となるため,それに該当しない施設は対象とならない.2019年6月に日本鳥学会鳥類保護委員会は環境省に対して,太陽光発電施設に関する意見書(鳥類保護委員会2019)を提出した.要望内容は,次の3点である.
1)太陽光発電施設のもたらす自然環境への影響の調査・研究の実施
大規模太陽光発電施設の設置が,鳥類をはじめとする生物の生息および自然環境に対してどの程度の影響を及ぼすか,予測・評価をできるようにするために,調査・研究を推進すること.
2)鳥類への影響の回避措置の実施
大規模太陽光発電施設の設置を行う場合,予防原則に基づき,鳥類への影響を回避もしくはできるだけ低減させるための措置を講じるようにすること.
3)環境影響評価法等の法制度の整備
50ha以上の開発面積を伴う太陽光発電施設計画については,環境影響評価法の規制の対象とすること.50ha未満の計画についても,事前届出制度や公表の義務付けなど,必要な制度を早急に整備し,トラブルに繋がりそうな計画を早期に把握するとともに,行政指導を行うこと.
以上のように,環境影響評価制度の対象となる発電施設の規模要件を厳しく設定することを求めるとともに,鳥類や生態系への影響調査,および予防原則に基づく影響の回避措置を求めている.
なお,国の環境影響評価法施行令改正では,出力が4万kW以上である太陽電池発電所の設置の工事の事業を第一種事業とし,出力が3万kW以上4万kW未満である太陽電池発電所の設置の工事の事業を第二種事業とすることとなっているが,出力4万kWは100haに,3万kWは75haに相当する.大規模太陽光発電施設については,2020年から環境影響評価を義務づけることが2018年に閣議決定されたが,その際に対象となる事業の規模要件として100ha以上とされた.しかし,2019年現在,条例で太陽光発電事業を環境影響評価の対象としている自治体では50ha以上とするものがもっとも多かった.環境影響評価法の対象は埋め立て,干拓について50ha以上を第一種事業の対象としていることから,委員会の要望書では,太陽光発電事業についても50ha以上を規模要件とすることを提言した.
話題2: 大規模太陽光発電施設が野鳥をはじめとする自然環境に与える影響
気候変動の原因である温室効果ガスの排出量を大幅に削減することが喫緊の課題である.温室効果ガスの削減策の一つである再生可能エネルギーのうち,国内では太陽光発電の導入が進み,多くの大規模太陽光発電施設の運転が開始されている.近年,太陽光パネルの設置のために森林や草原が伐開されたり,太陽光パネルを池や沼の水面を覆うように設置するなど,野鳥の生息場所への影響が懸念される事例が多数みられ,各地で自然保護上の問題が発生している(環境省(2019)太陽光発電施設等に係る環境影響評価の基本的考え方に関する検討会報告書参照).そこで,大規模太陽光発電が,どのように自然環境に影響を与えるのかについて課題を整理した(浦(オンライン)大規模太陽光発電施設が野鳥をはじめとする自然環境に与える影響~問題点・課題・対策~参照).
太陽光パネル設置が野鳥へ与える影響として,直接的な生息地の喪失,生息地の改変や分断,利用場所からの閉め出しの主に3つが挙げられる.設置場所が野鳥にとって魅力的ではない場所(例:都市環境,集約的な耕作地,整備された工業用地など)では,影響が小さいが,保護区やその近くなどに太陽光パネルが設置される場合は,野生生物にとって貴重な生息場所である可能性が高く,野鳥へ悪影響を与える可能性も高まる.放棄耕作地や生産力の低い農地,長期間放置された工業用地などでは,太陽光パネルの設置用地とされることが多い.しかしこれらの場所では,すでに希少な動植物種が生息するなどの理由で自然保護上の重要な場所になっていることがあり,太陽光パネルの設置によって希少な動植物へ悪影響を及ぼす可能性が高い.
また,水鳥が光を反射する太陽光パネルを水域と間違い,衝突する可能性もある.カゲロウ,カワゲラのように水中に卵を産む昆虫は,光を反射する太陽光パネルを水域と間違えて太陽光パネルの表面に卵を産むことが確認されている.設置場所やその周辺が,そういった昆虫を重要な食物資源としている野鳥の生息地である場合,野鳥の繁殖成功度と食物入手の機会を減らす可能性がある.さらに,太陽光発電所を囲んでいる防護柵やフェンスは,野鳥の衝突の危険性を高める可能性がある.
なお,太陽光パネル設置による環境や生態系へ及ぼす影響として,次のようのものがある.太陽光を地表が反射する割合が変化し,大気の温度に影響を与える.地表面温度と大気境界層の状況が変化する.土地利用や土地被覆の変化が生じる.外来植物の侵入や生物相の変化を促す.
以上のように,さまざまな影響が生じることが考えられるので,それを避けるために,設置前に詳細な環境影響評価を行うことが必要である.
話題3: 太陽光発電事業に係る環境影響評価について
令和元(2019)年の環境影響評価法の施行令改正により,令和2(2020)年4月から,100ha以上の太陽光発電施設が環境影響評価法による評価対象となる(環境省(オンライン)環境アセスメント制度:令和元年政令改正関係(太陽電池発電所の追加)参照).太陽光発電については,すでに日本国内の累計で43GWの発電施設が導入されている.日照条件が良ければ,どこでも設置できるという利点もあるが,建物の屋上などだけでなく,森林伐採のような開発行為を伴う事例も多い.また,地域住民に対する説明が不十分な事例もある.
100ha以上(4万kW)が第1種事業,75ha以上(3万kW)が第2種事業となり,それよりも小規模な事業は自治体による条例での評価対象となることがあり得る.さらに規模が小さいものは,環境への影響に関するガイドラインを環境省が設定して,それに沿うように促すことを考えている.その場合は,自主的な簡易評価をしてもらうことになる.事業規模の要件については,他の種類の事業案件と同等にする必要性がある.
太陽光発電事業はさまざまな場所に設置されることが想定されるので,地域特性を考慮すべきと考える.第1種事業は必ず環境影響評価をするが,第2種事業でのスクリーニングにあたっては,森林伐採,土地の安定性(土砂流出),水の濁りなどが懸念される場合に評価の対象とすることを想定している.
話題4: 太陽光発電施設は鳥類の生息地として機能しているか? 北海道勇払平野での検証
生物多様性に対する脅威として,土地利用の変化と気候変動はどちらも重要な要因である.しかし,気候変動への対策である再生可能エネルギーの導入には,多くの土地が必要なものもある.大規模太陽光発電はその一つであり,野生生物の生息地の保全との間にトレードオフの関係が生じる.
太陽光発電施設における鳥類の生息地としての価値は,これまで知られていなかったので,こうした施設を建設した場合,どの程度,価値が低下するかを正確に評価できなかった.そこで,鳥類の生息地としての価値を他の土地利用方法と比較するための研究を行った.
調査地は北海道南部の勇払平野であり,22haないし62haの太陽光発電施設が3カ所建設されている.太陽光発電施設,湿原,耕作放棄地,牧草地,畑の5種類の土地利用について,鳥類の繁殖期の生息状況を調査した.その結果,種数,個体数は湿原や耕作放棄地に比べて太陽光発電では少なく,牧草地や畑と同程度であった.例えば草原性の種であるノビタキでは,繁殖成績と餌資源になる昆虫のバイオマスは,太陽光発電と他の土地利用との間で差はなかった.ただし,太陽光発電施設の中でも除草の場所を限定した施設では,生息する鳥類の個体数が多かったので,こうした配慮によって生息地の価値を多少高めることは可能かもしれない.
この研究では北海道の一地域だけのもので,全国的な評価をするためには,広域かつ多地点の調査が必要である.また,今回の調査では草原性の鳥類を対象として扱ったため,森林性の鳥類への影響は不明である.今後のさらなる研究が求められる.
以上の4名の演者による話題提供の後,企画者の一人である北村が,再生可能エネルギーの導入目標が政府によって示されている中で,今後も太陽光発電施設の増加が見込まれること,しかしながら,千葉県の山倉ダムでは水面に太陽光パネルが設置されたために水鳥の飛来数が減少した事例や,太陽光パネルを設置するために林地が伐採されたことで土砂崩れなどの問題が生じている事例などがあることを紹介した.その上で,研究者としては,効率的な調査手法や評価手法の確立,鳥類の生息地の視点から保全の優先順位の高い場所の提示,発電施設の望ましい管理方法などに取り組めるのではないかと提案した.
これを受けて,会場の参加者との意見交換を行った.時間が不足して,討議が不十分だった感があるが,100名余りの参加者の方々が熱心に聞いてくれたことは,持続可能な開発と環境保全の両立という困難な課題に興味を持つ人が多いことの表れとも言える.研究活動が持続可能な社会の構築に役立つよう努力したい.
日本鳥学会2019年度大会自由集会報告:幕田晶子さんのイラスト作品の水鳥と湿地保全への貢献
*E-mail: gan.g.kurechi@gmail.com
*本報告は同タイトルのフォーラムの記事(日本鳥学会(69(1):128-130)に画像とリンク先、集会後の参加者からのコメントを追加したものである。
はじめに
JOGA(注)の自由集会は,ガンカモ類の研究者と,その重要生息地ネットワークに関わる人々との仲立ちをする目的で始められ,1999年以降,鳥学会大会時に毎回開催されてきた.集会のテーマは,毎回ガンカモ類の生息地のネットワークを活性化し,現場での活動を支援するという視点で設定されてきた.しかし重要ではありながら,これまで項目から抜けていた課題がある.それは,水鳥とその生息環境である湿地の価値と保全活動・研究活動の重要性を普及啓発する活動である.その活動には,鳥学的な成果を文章や数値を用いずに可視化し、多くの人々が体感できるメッセージとして伝えるイラスト等の道具が不可欠となる。JOGAの関係者も多くのデザイナーやイラストレーターと連携して作成した道具を用いて,普及啓発を行ってきた.その中でも東北の地にあって,ガン類の最大級の越冬地である宮城県大崎市蕪栗沼のほとりに仙台市から移住し,「心地よい風景」の中で20年以上にわたり,心に響く多くの作品を手掛けてきたデザイナーの幕田晶子(1959—2018)さんの役割は大きかった.幕田さんは,残念なことに2018年12月に若くして亡くなられた.この功績を偲び,地域に広く周知する「幕田晶子回顧展」が2019年7月9—27日に,地元の田尻さくら高校さくらギャラリーで開催された.本集会は「水鳥と湿地保全への貢献」という切り口で,幕田さんの功績を関係者で共有することを目的に開催し,約20名が参加した.
本集会では,冒頭に須川が趣旨説明を行い,次いで呉地が幕田さんの作品誕生の背景とその経過,及びその効果について,代表的な作品をスライドで紹介しながら以下のような講演を行った.
なお,幕田さんの人となりの紹介および主要な10作品についてはJOGA23のサイトにファイルをリンクしてあるのでぜひごらんいただきたい.
幕田さんの作品について
幕田さんの作品は,微生物から宇宙まで多種多彩で膨大な数に及び,その思いの中核には,まず雁がいて,さらに雁が住む風景が残されている蕪栗沼がある.幕田作品の特徴は,雁のいる風景の中に住み,湿地とその生き物の鼓動を肌で感じながら,それをデザインして可視化していることだ.この現場へのこだわりが,普遍性があるメッセージとなっている.それを象徴しているのが,幕田さんが活動を開始する際にまとめた「theかぶくりサークル」の図である.そこには蕪栗沼を中心に,世界や宇宙にまで広がる円環と調和の幕田さんの世界観が示され,それがその後の全ての作品の底流となっていた.
幕田さんは立ち上げから関わってきた地元環境保護団体(NPO法人蕪栗ぬまっこくらぶ)のためだけでなく,ゴールを共有する関係諸団体や機関のニーズに基づき,生き物の息吹と現場感覚を感じられる作品を発信してきた.その連携先は,地元の農家,NGO,企業,市町村,県,国,大学など多岐に及び(一覧図),それらの作品は今も地域の自然資源を可視化する道具として様々な場所や場面に登場している.その一方でそれが幕田作品であることを知る人は多くはなく,優れたデザイナーの重要性について更なる周知が必要である.このことも本集会を企画した理由の一つである.
これらの作品の中には,地元NGOが編集し,環境省東北地方環境事務所から発行された「ふゆみずたんぼ」のパンフレット(図ふゆみずたんぼ)のように,未だに需要が多く,初版発行以来4回版を重ねているものもある.「ふゆみずたんぼ」という言葉は,冬期の水田に水を張り,新たな水鳥の生息地を創出するとともに,生き物の力を活かした持続可能な水田農業を可能にする農法で,宮城の蕪栗沼から全国へ発信し,現在は全国に普及した取り組みだが,その啓発普及の道具としてこのパンフレットは大きな力を発揮した.またふゆみずたんぼ農法に対応した3年間使える「生きもの3年カレンダー」を地元NGOと東北地方環境事務所と協働して作成したが,これもふゆみずたんぼの取り組みを後押しする大きな力となった.
またラムサール条約湿地関連では,地元NGOと大崎市が協働し,「化女沼,蕪栗沼・周辺水田」のパンフレットを発行したが,これらはすべて幕田作品である.
また1983年以来その個体数回復事業を行っているシジュウカラガンに関しても多数の作品を残している.仙台市八木山動物公園,日本雁を保護する会が編集発行したパンフレット「COME BACK GEESE-仙台の空に再び」は同事業の普及啓発に大きく貢献した.
また近縁種で特定外来種のオオカナダガンと,国内希少種のシジュウカラガンとの混乱を整理するために,環境省生物多様性センターと日本雁を保護する会が協働して作成した「似ているけど,違うのです」は,全国ガンカモ生息地調査関係者に配布され,その後,両種はきちんと分離して記載されるようになった.またこれと関連した「ふやそう四十雀雁,へらそう加奈陀雁」(図タペストリー)は稀少亜種であるシジュウカラガンと特定外来種のカナダガンを表裏1枚のチラシとすることで,その違いを明確に伝えるとても有効な道具となった.
集会を開催してわかってきたこと
呉地の講演後に参加者全員との質疑と意見交換を行い,また集会の参加票に多くのコメントを書いていただいた.参加者からは,これまで幕田さんの諸作品に接していたが,それらが幕田さん一人の作品であったことに驚いたというコメントが多くあった.
幕田さんはどのように依頼者とやりとして作品をつくっていたのかとの質問が会場であった.幕田さんが依頼者の希望を直感的に理解してその場でラフスケッチを描いたやりとりが始まること,依頼内容が漠然としている場合は,納得できるまでやりとりが続くことや,慣れていない素材が対象の場合は,現場を見て自分なりのイメージを得てから作業を進めたことなどが紹介された.
デザイナーが芸術家と異なるのは,自らの思いではなく,依頼者の思いを作品として可視化することだ.幕田さんが一人で多様な作品を多数生み出すことができたのは,様々な依頼者の思いを依頼者以上に深く理解し,それを多くの人の心に届く作品に仕上げる能力に長けていたからであろう.
本集会では,ねらいであった湿地保全や水鳥保護の諸活動において,能力のある意識の高いデザイナーとの連携・協力がどれだけ大切なのかを再確認できたと思う.
おわりに
幕田さんが亡くなって1年たつが,今でも幕田さんの作品と出会わない日は殆どない.そのたびにその作品作成のために議論をしていた当時の光景が思い浮かぶ.幕田さんの命は天に召されていったが,多様な幕田作品が発するメッセージは,今も多くの人々の心の中に生き続けている.集会後に参加者の一人が「デザイナーっていいなあ」とポツリと言った.この言葉を天上の幕田さんに送り,この報告を終えたい.
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注=JOGAとは,Japan Ornithologist Group for Anatidae Site Network in the East Asian Flywayの略称.1999年に設立され,当時の日本語名称は,その支援対象のフライウェイの枠組みが,「東アジア地域ガンカモ類重要生息地ネットワーク」と呼ばれていたため,「東アジア地域ガンカモ類重要生息地ネットワーク支援・鳥類学研究者グループ」と呼ばれた.その後,2006年にその枠組みが変更され,「東アジア・オーストラリア地域フライウェイパートナーシップ」となったため,現在,JOGAの日本語名称を「東アジア・オーストラリア地域渡り性水鳥重要生息地ネットワーク(ガンカモ類)支援・鳥類学研究者グループ」と変更した.詳細はここを参照されたい。
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●集会参加者コメント一覧
・素晴らしい作品群を見せていただきありがとうございました。
・あらためてデザインの大切さがわかりました。ありがとうございます。
・作品の説明を見て思うのですが、幕田さんの作品ということは知りませんでした。とても、よくわかりやすいデザインで、一般の方にもわかりやすい目に見える化することは、とてもりっぱなことと改めて思いました。
・様々なグッズが普及に役立ったことがわかった
・デザインは、もちろん配色レイアウトは、どれをみてもデザイナーさんの仕事だということはわかります。そんな方がガンも描いていることはたいへん貴重な存在だったのがわかります。こういう方がまたあらわれてくれることを願っています。
・とても幸せな例だと思いました。人に伝えることは、デザイン・イラストの使命ですが、幕田さんと呉地さんの出会いは必然だったのですね!!と思いました。
・幕田さんの表現力に改めて感動しました。また、皆様のこれまでの活動を呉地さんの解説で振り返っていただき、大変勉強になりました。今後の活動の参考にさせていただこうと思います。
・幕田さんの作品は、シンプルで人に伝わりやすい絵を描かれていましたね。現場で実物をみているからこそ、多くのポーズを生き生きとえがけたかなと思いました。
・よくみたことのあるパンフレットやチラシをすべて同じ方が作っていたのを初めて知りました。
・専門の人も専門外の人もわかりやすいと思える良いデザインが普及啓発によく役立つのだろうと思いました。地図などの多くの人が見るものに環境や生物系のイラストが説明を入れることで、多くの人に関心をもってもらうことができたと思いました。環境や生物への理解や愛があったからこそクオリティーの高い良いデザインが出来上がったのだと強く思いました。
・幕田さんの多様な作品 もっとこれからも見たかったです。
・イラストデザインで、一人でも多い方に手に取っていただける、興味を持ってもらえることが各湿地には重要で、でも難しいことなので、幕田さんの活動は、とてもうらやましく感じました。
日本鳥学会ポスター賞を受賞して
この度2019年度大会でポスター賞をいただくことができ、大変嬉しく思っております。まだまだ実感がなく、だんだんと賞の重みを感じ始めているところです。
今回発表させていただいた私の研究は、できるだけ多くの標本を観察し、分析する必要のあるものでした。また、観察や分析を行う前に解剖を行う必要があり、作業1つ1つに非常に時間がかかりました。私1人で行うとしたら何年かかるか分かりません。そんな研究をこの半年で行うことができたのは、施設で亡くなった動物を快くご提供頂いたことや、先生方から手厚いご指導を頂けたこと、友人が時間を作って作業を手伝ってくれたこと、母がずっと応援してくれていたことなど色々な要因が全て揃う恵まれた環境にいたからだと思います。研究に関わってくださった方に心から感謝申し上げます。
これからも、多くの方々に助けられた上でこの研究が成り立っていることを忘れず、研究を深めていきたいと考えております。
最後になりますが、鳥学会の運営の皆様、ポスター審査員の皆様にこの場を借りてお礼申し上げます。研究をする学生として大きく成長させていただけた学会でした。
ポスターの概略
ペンギン類は骨内部を緻密化している事が先行研究によって知られています。このような骨内部の緻密化は哺乳類では体系的な研究が行われており、水中生活への適応であると考えられています。
そんな中で、先行研究ではペンギン種間や成長段階で内部構造に違いは確認されませんでした。また、他の水鳥(ウミスズメ科)においては骨の緻密度と潜水能力は相関しないという結果が示されていました。
しかし、このような骨内部構造の変化が水中への適応であると考えるならば、潜水深度の異なる種や遊泳開始前後で変化が確認出来るはずだと考えると共に、そもそも多くの鳥類がどのような骨内部構造をしているかを明らかにしなければ、内部構造の変化について評価することは難しいと私は考えました。
そこで私はCTスキャナーを用いて、鳥類18目24種の内部構造の観察をするとともに、ペンギン類9種での種間比較を行いました。さらに、レントゲンを用いて日齢の明らかな個体での成長観察を行いました。
ペンギン類と他の鳥類との比較の結果、多くの鳥類の四肢骨は骨密度の低い管状骨をしている一方で、ペンギン類のみ極めて緻密な構造をしていると分かりました。また、ペンギン類は四肢骨だけでなく全身の骨を緻密化しているとわかりました。
ペンギン種間での比較の結果、骨全体を緻密化している種とそうでない種が存在することが明らかとなりました。
成長観察の結果、ペンギン類の骨内部構造は成長段階で変化し、緻密化は遊泳開始前後で完了することが確認されました。
以上の結果から、ペンギン類は種間や成長段階で内部構造を変化させていることが明らかになりました。
また、他の鳥類との比較やペンギン種間の比較の結果から、ペンギン類の骨の緻密化は水中生活への適応の結果であり、その緻密度の違いは潜水能力の違いを反映している可能性が高いと推察されました。
今後はペンギン種間での内部構造の違いを比較するための要因を増やして分析していくと共に、化石種のペンギンを観察することも視野に入れて研究を進めていきたいと思います。