日本鳥学会2021年度大会自由集会W1報告:JOGA 第 25 回集会「新たな局面に入った!? 今後のガンカモ類研究の発展を目指して」

東アジア・オーストラリア地域渡り性水鳥重要生息地ネットワーク
(ガンカモ類)支援・鳥類学研究者グループ
企画者:澤祐介(山階鳥類研究所)・嶋田哲郎(宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団)・牛山克己(宮島沼水鳥・湿地センター)・神山和夫(バードリサーチ)

1.はじめに

 近年、東アジアではガンカモ類研究が飛躍的に進んでいます。その一端となったのは、中国の研究者らが中心となり、およそ1,000羽にもおよぶガンカモ類、ハクチョウ類を東アジアの広域レベルで大規模に追跡した研究で、その成果は2020年12月にWildfowl 特集号第6巻にまとめられました。まさにこれまで「線」であった渡りルートが「面」となった瞬間でガンカモ類研究は、新たな局面に入ったと感じました。

 一方、上述の大規模追跡には、シジュウカラガンやハクガンなどは含まれていませんし、まだまだ残っている課題もあります。これらの研究から、日本の地の利や研究ネットワークを活かした日本ならではの研究課題も改めて見えてきます。それらへの取り組みを進めていくため、どのようなことが必要になってくるのだろうか。本自由集会では、日本での研究課題に取り組むために必要な技術としての「捕獲・標識」に着目した、「EAAFPガンカモ類作業部会国内科学技術委員会」、日本の強みである全国の調査ネットワークを基礎とした市民科学促進を目指す「渡り鳥CEPAワーキンググループ」の取り組みを紹介しつつ、どう今後のガンカモ類研究を盛り上げていくか考えました。

2.東アジアのガンカモ類研究界隈で、今、何が起こっているのか(牛山克巳)

 世界中に水辺に分布するガンカモ類は,生態的多様性に富み,人との関りも深く,分類や進化,行動,野生生物管理などのモデル生物として,様々な学問分野の発展に寄与しました.

 ガンカモ類研究は社会的な関心も高い欧米で発展しましたが,日本においても1900年代初頭から黒田長禮氏や羽田建三氏による先駆的な研究がされ,1970年代からは地域ごとの生態や環境要因の解析,衛星追跡による渡り調査などの形で研究の裾野が広がってきました.しかし,それでもまだ比較的研究事例は少なく,国内におけるガンカモ研究はまだ発展途上にあると言えます.

 一方で東アジアを見渡すと,近年ガンカモ類研究の界隈で大きな変革が起きています.その中心は中国で,高病原性鳥インフルエンザ対策のための豊潤な研究予算,渡り研究にイノベーションを起こしたGPS発信機の開発,湿地保全への国家的な取り組みなどに後押しされて数多くの研究がされています.

 研究素材として有用で,研究を進める社会的背景にもめぐまれているガンカモ類の研究を,今後日本国内でも発展させていくためには,研究者がより手軽にガンカモを捕獲し,研究対象としての可能性を広げることが重要と考えられます.また,身近で目立つガンカモ類の特性を活かして,市民科学を拡充することもガンカモ類研究の可能性を広げる上で重要です.それらに関わる「ガンカモ類作業部会国内科学技術委員会」と「渡り鳥CEPAワーキンググループ」が両輪となり,ガンカモ類研究に新たなウェーブを起こすことができるのか...ご注目ください.

3.誰かいい名前を考えて!ガンカモ類作業部会国内科学技術委員会の紹介(澤祐介)

 東アジアで盛り上がっているガンカモ類研究ですが、日本のフィールドの特徴を活かした研究とはなんでしょうか?日本にはマガン20万羽以上が越冬する安定的な越冬地をかかえ、個体数カウントなどの調査ネットワークも整っています。さらには、コクガン、ハクガン、シジュウカラガンなど、日本が重要な中継地、越冬地となっている種がおり、東アジアで減少が著しいカリガネに関してはその個体数が増加してきています。まさに、日本が東アジアのなかでも「主」フィールドとして活躍する研究課題がたくさんあります。

 日本でこれらの研究課題を進めていく上で、制限要因になっていることは何だろうか?そのうちの一つは、「ガン類を捕獲し、標識することの難しさ」であると考えています。ガン類の捕獲には、罠を扱う技術、罠を仕掛ける場所の見極め、誘引、許可関係などなど、クリアしなければならないことも多数あります。これまで、捕獲は一部の技術者に頼ったものが多かったですが、それでは大規模追跡や標識数を増やしていくことはなかなか難しいと感じています。

 そこで私たちは、「捕獲・標識できる人を増やし、中長期的に研究が持続していく体制を整えること」を目的に「EAAFPガンカモ類作業部会国内科学技術委員会」を立ち上げました。この委員会の中では、ガン類捕獲に関連するマニュアルを整備したり、ガン類の主要渡来地で捕獲研修会を実施したりして、ガン類の捕獲ができる技術者を増やしていきたいと考えています。さっそく、2021年10月、2022年4月に宮島沼での研修会を実施し、5羽のマガン捕獲にも成功しました。

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罠の設置方法の研修
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マガンを罠で捕獲した様子

 ガン類の捕獲は、罠の取扱技術だけでなく、どの場所にいつ集まるのか?といった事前の下見や情報が重要です。罠の特性を知ったうえで下見をすることで、捕獲チャンスは格段にあがります。鳥を触ったことが無い方でも貢献いただけることはたくさんありますので、ご興味のある方はぜひ、今後開催される研修会にご参加いただけますと幸いです。

活動内容の詳細は下記のHPへ!
https://miyajimanuma.wixsite.com/anatidaetoolbox/awgstcjapan

4.カラーマーキング報告フォーム、はじめました(神山和夫)

 移動を調べるために首輪や足環を装着された野鳥がいます。首輪はプラスチック製、足環にはプラスチック製と金属製のものがあり、プラスチック製は色が付いているのでカラーマーキングと呼ばれます。観察した種や場所、日時などの情報を簡単に登録できるフォームがあれば記録が集まりやすいだろうと考えて、「ガンカモ類作業部会国内科学技術委員会」の活動の一環として、バードリサーチのWebサイトで2020年12月にガンカモ類を対象にしたカラーマーキングの報告フォームを公開しました。

 バードウォッチャーやガンカモ調査ボランティアの皆さんから情報が届くと予想していましたが、他にも野鳥写真家の皆さんからも多くの記録が寄せられ、2020/21年の越冬シーズンだけで105件の記録が集まりました。カラーマーキング報告フォームには、こちらのURLでアクセスできます。
https://www.bird-research.jp/1_katsudo/gankamo_hyosiki/index.html

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2020/21年にカラーマーキング個体が観察された地点と種別報告件数
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カラーマーキング報告フォーム

5.CEPAってなんやねん(牛山克巳)

 CEPAとは,communication, education, participation, awarenessの略語で,生物多様性の保全や持続的利用に,人々の理解と参加を求めるための手段全般を指します.もともとはラムサール条約において生まれた用語で,今では生物多様性条約やEAAFPにおいても取り入れられていますが,ラムサール条約ではCにcapacity buildingが加わったり,生物多様性条約ではconnecting, change of behavior, empowerment, policy instrument, actionなどを関連する用語として加えたりしています.

 ガンカモ類の保全管理におけるCEPA活動は,市民科学の拡充,サイエンスコミュニケーションの深化,ステークホルダーとの合意形成など,あらゆる面で重要です.そこで,CEPAに関する情報交換と協働取組を実施するため,2021年に渡り性水鳥の重要飛来地における自然系施設職員,関連NGO,研究者などがあつまって「渡り鳥CEPAワーキンググループ準備会」が発足しました.

 活動は始まったばかりですが,まずはYou tubeチャンネルを立ち上げて,月一で勉強会の様子を配信したり,Facebookグループをつくって情報交換を図り,交流を深めたりしています.引き続き,ガンカモ研究の発展につながるような広報・普及啓発活動や,研究者と現場関係者と市民科学の相互連携の強化などを進めたいと考えていますので,興味がある方はぜひご参加ください.

「渡り鳥CEPAワーキンググループ」のページ
https://miyajimanuma.wixsite.com/anatidaetoolbox/cepawg-japan

6.ついにシジュウカラ物語の本がでましたが、シジュウカラガンもハクガンも本格的研究はこれからですよ(呉地正行)

●アジアのシジュウカラガン回復

 ⽇本雁を保護する会は、シジュウカラガンの復活を願う⽇⽶ロの⼈々と協働し、約40 年をかけて千島列島から⽇本へ渡る群れを復活させた。

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日本国内でのシジュウカラガンの分布(日本雁を保護する会まとめ( ~ 2019/20)

 「シジュウカラガン物語」(京都通信社, 2021)は、シジュウカラガンはどのような鳥か、なぜ絶滅に追いやられ、どのように復活したのか、今後の課題など、その全史をまとめたモノグラフである。

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シジュウカラガン物語
(京都通信社, 2021)

 多数生息したシジュウカラガンは、20世紀初頭に繁殖地のアリューシャンと千島で相次いで始まったキツネの大数放飼のため、絶滅の淵へ追いやられた。
 
 アジアのシジュウカラガン回復計画は、⽶国の支援を得て始まり、1992年からは日米ロ3 国共同で実施し、熱い思いが運も味⽅につけ、約10,000 ⽻の群れの復活へと結びついた。

 近縁種で特定外来種のオオカナダガンも関連団体と協働し、野外除去に成功。農業者と協働し、「ふゆみずたんぼ」の普及も⾏い、大型水鳥の⽣息地保全・回復に貢献した。

 今後の課題は、DNA分析による個体群レベルの分類、 実施中のGPS送信機による繁殖地、渡りの経路、ホットスポットの特定。

●アジアのハクガン復元

 これまでの取組で、2,000羽程度にまでに復元できた。収集情報の冊子化を準備中。今後の課題は、実施中のGPS送信機調査拡充による繁殖地等の特定、モノグラフの完成。

7.おわりに

 本自由集会には最大115名の方々にご参加いただき、様々なご意見をいただきました。

 特に、これまで呉地氏を中心として日本雁を保護する会で実施してきたガン類の保護、復元の取組は、世界に誇る日本の成果であり、それらが下地となって現在の研究の盛り上がりがあることが言及されました。
 
 現在は、モニタリング、標識、衛星追跡、市民活動などすそ野が広がってきていますが、研究や普及啓発をどのような方向に向かって推進していくのかを示していくことが重要との意見がありました。特にガンカモ類の多くは現在、個体数が増加しており、その中での保全をどのように位置づけて考えるのかは今後の課題となりそうです。また、農業被害や高病原性鳥インフルエンザとの関わりも深いため、保全だけでなく、「管理」を含めて考えていくことも重要になってくるように思います。

 ガンカモ類研究は、皆さんから話題提供いただいた通り、たくさんの研究課題があり、最新技術の取り込みも行われています。今後、さらに多くの方がたにガンカモ類研究に携わっていただき、発展させていくことができればと考えています。

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東京農大北海道オホーツクキャンパス 野鳥研究会通信 その1

オホーツク野鳥研究会

日本鳥学会会員のみなさま,こんにちは。
日本鳥学会2022年度大会の開催地となりました,北海道オホーツクキャンパスの野鳥研究会です。網走で会員のみなさまにお会いできること,鳥に関するさまざまな研究発表に触れられることをたいへん嬉しく思っています。学会中の網走滞在がより充実したものになるように,これから,農大生目線でみた網走周辺の鳥見スポットやおススメの観光名所,食事処,注意点など、役立つ(かもしれない)情報を連載で発信していきたいと思います。大会に先立ち旅程を立てる際の参考にしていただければ幸いです。
さて、初回の今回は,気軽に訪れることのできる網走市周辺の鳥見スポット第一弾です。

<網走市周辺鳥見スポット第一弾>
●東京農業大学北海道オホーツクキャンパスフットパス:通称ファイン・トレール

オホーツクキャンパス内に作られた全長約5kmの散策路で,森林やオホーツク海などの自然景観と,農業の生産現場風景との共生と調和に関するプロジェクトの一環として,2002年に学生と教職員により整備されました。パッチ状に構成されるさまざまなタイプの森林内を巡るほか,一部は農場や家畜の放牧場に隣接します。天気が良ければ知床連山やオホーツク海を臨むことができ,開拓時代の遺産もあります。野鳥のほか,エゾリスやキタキツネなどさまざまな野生動物の生息地でもあり,学生の実習や調査に利用されています。また,動植物の四季の変化を楽しむことのできる,地域住民の憩いの場や散歩道としても親しまれています。
野鳥研究会は定期的にファイン・トレールで観察会を実施しており,学会開催時期には一時的に滞在するものも含めて,以下のような鳥たちを見ることができます。

[ファイン・トレールで会期中に観察できる可能性のある主な種]
トビ・オジロワシ(たまにとまる)・オオワシ(上空通過)・コゲラ・アカゲラ・クマゲラ(採餌)・ミヤマカケス・ハシボソガラス・ハシブトガラス・キクイタダキ・ハシブトガラ・コガラ・ヒガラ・シジュウカラ・ヒヨドリ・シマエナガ・ゴジュウカラ・キバシリ・ムクドリ・ツグミ・ハクセキレイ・カワラヒワ・マヒワ・ベニマシコ・シメ・カシラダカ・エミュー(飼育・鳥インフル感染防止のため現在非公開)

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ファイン・トレールでの冬の自然観察実習

ファイン・トレールには,どなたでも自由に立ち入ることができますので,学会プログラムの空き時間などに森の散策やオホーツクの風景をお楽しみください。また,大会期間中にはプチ・エクスカーションとして、ファイン・トレールにて朝の探鳥会を行います。私たち野鳥研究会の学生がガイドしますので,興味のある方は大会ホームページのエクスカーションのページをご確認ください。

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日本鳥学会2022年度大会:W6 みんなで作ろう!目録8版(その2)

西海 功*・金井 裕・山崎剛史・小田谷嘉弥・亀谷辰朗・齋藤武馬・平岡 考・池長裕史・板谷浩男・大西敏一・梶田 学・先崎理之・高木慎介
(目録編集委員会)
*E-mail: nishiumi[at]kahaku.go.jp
※送信の際は[at]を@に変えてください

 「日本鳥類目録」は,日本国内で記録されたすべての鳥類を列挙し,それぞれの分類上の位置づけを明らかにし,生息状況を記した目録です.市販の図鑑類や,各種の鳥類調査,行政や法律など各分野で参照される基本文献であり,分類や分布の新知見を反映して定期的に改訂することが,日本鳥学会の社会貢献のひとつとして重要です.第8版の2022年発行にむけて編集作業を進めていますが,従来とは違った次の改訂の方針の一つとして,できる範囲で学会員の意見を聞きながら改訂を進めています.2021年2月から4月には掲載種に関わる第1回パブリックコメントを実施しました.いただいた投稿数は18件で,意見総数は20以上となりました.様々な角度からの意見をいただき,編集作業では見落としていた情報の指摘もあり,編集への大きな力となりました.現在は地域記録の整理と各種の解説文の作成を進め,第2回パブリックコメントへの準備を行っています.そこで,2019年の自由集会に引き続き,2回目の自由集会を開催して,日本鳥類目録の意義と第8版に向けた改訂作業について多くの会員に知っていただくとともに,会員の皆さんからのご意見をうかがいました.

日本鳥類目録発行の意義と目的

西海 功(国立科学博物館)

 一言で意義と目的を述べれば,日本の鳥について分類・和名と分布・生息状況を示すことによって,生物学の基礎情報としての分類および分類群名の国内の統一を図って科学的議論をおこないやすくするとともに,生物多様性の観点から日本の鳥について把握し,評価しやすくすることと言えそうです.例えば,いつも庭に来る鳥が,何という名前の鳥でどんな分類なのかを決めて提唱していることになります.より実用的には,絶滅危惧種(亜種)に指定されたのがどの範囲なのかも示していることになります.例えば,「イイジマムシクイ」が伊豆諸島に繁殖分布する集団のみを指すのか,吐噶喇列島の集団も含むのかといったことです.さらには,日本には何種の鳥がいるのかといった生物多様性の基本的な疑問に答えるためにも不可欠な文献といえます.
 第7版の主な掲載内容は,分類(上位分類と学名),種と亜種の和名,種の英名,種と亜種の(世界の)分布域,亜種の国内分布と生息状況(ステータス)および生息環境ですが,掲載内容には一定の決まりはなく,初版(1922年)以降変遷があります(下表参照).例えば,初版では原記載情報やシノニムリスト(同物異名情報)がありましたが,世界分布や生息状況,生息環境は示されていませんでした.次の第8版では,第7版を引き継ぐ予定です.
 改訂の具体的な作業としては,大きく3つあり,1)上位分類と学名(種・亜種の名称や分布範囲)の検討,2)それらの標準和名の提唱と検討,3)日本での鳥の記録の検討です.前2者は分類担当委員が,3)は記録担当委員が主に検討しています.最新の研究成果に基づいて分類をアップデートする際に苦心しているのは,過去の版との継続性と世界のチェックリストとの整合性の兼ね合いです.

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掲載予定種の分類の検討結果

齋藤武馬(山階鳥類研究所)

 鳥類目録に掲載される掲載種の分類が,どのようにして委員会内で検討されているのか,その方法について一通り概要を説明したのち,検討結果について,種レベルの変更,属名の変更,亜種レベルの変更の順に説明を行いました.
 まず,種レベルでは,26種について種小名が変更されます.その中で注目すべき種として,キジ,シジュウカラ,トラツグミ等を取り上げ,詳細を説明しました.さらに,別種の亜種であることが分かった種や,近縁種と同種となった種など,4つの変更例について紹介しました.
次に,属レベルの再検討により,属名が変更となった77種について説明しました.そのうちの64種に関しては,新称の属和名が与えられます.
 亜種レベルの変更に関しては,亜種そのものが無くなり,単形種となったのが15種,そのほか,亜種が種に昇格したり,他種の亜種になった例など7つの変更事例について紹介しました.また,2亜種については和名が変更されます.
 最後に8版発行に向けての課題について言及しました.第一に,「種の分布域のチェック」です.これは,日本国外にも分布する種について,その分布域の一部で種の分割があった場合,種の分布域の記載を変更する必要が生じるという問題です.第二に,「新規掲載種の順番」ですが,これは新しく目録に加わった種をどの種との間にリストに差し込むかという問題などです.第三に,「記録に疑義のある種(亜種)の分類の検討」です.観察記録において,記録された個体がどの種や亜種と判定されるかについては,時としてその同定が困難な場合があります.その理由としては,記録そのものが不確実な場合と,その分類群の分類がまだ不確定なため,どの種(亜種)に同定してよいか判断が難しい場合があります.このような課題について,今後次版の出版までに検討しなければならない現状の問題点を紹介しました.

掲載予定種の記録の検討結果

小田谷嘉弥(我孫子市鳥の博物館)

 記録担当からは目録8版の掲載予定種の検討について,実際に行った作業の過程を説明し,今後の課題について議論しました.目録8版では正確性と検証可能性を重視する方針で,文献において十分な検討が行われていない観察例は認めないこととし,目録7版掲載種のうち31種を検討種に移すことを提案しました(これらの変更の詳細については,第一回パブリックコメントのファイルをご覧下さい).しかし,掲載種とならない見込みの種・亜種の中には,同定に誤りがないと考えられるものや,複数回の観察例があるものも含まれています.今後は,これらの種・亜種の記録について正確性と検証可能性を担保する文献として発表していくことが望まれます.

今後の進め方*

金井 裕(日本野鳥の会)

 目録8版は,来年の鳥学会大会前の9月初旬の発行を目指しています.現在は,分類について募集した意見の整理を終えて,10月末を目標に地域記録の集約を進めています.その後は1月末を目標として目録本文の原稿案を作成し,2月・3月で原稿内容の地域記録記載について,第2回目の意見募集(パブリックコメント)を予定しています.4月から7月にかけては,いただいた意見による記載の修正を行い,8月初めに原稿を完成させて印刷に入るというのが現在の予定です.スケジュールとしては,かなり厳しいのですが,来年の鳥学会大会の日程に合わせて作業を進めて行きますので,みなさんのご協力をお願いします.
(*「今後の進め方」でのスケジュールは2021年9月時点での予定を記しています.かなりの遅れが出て,現在第2回目の意見募集を鋭意準備中となっています.)

質疑応答
 以上,4名からの発表の後,発表内容あるいは目録全般に関してのご質問やご提案を参加者の皆さんから受けました。チャット機能を使って質問・提案をいただきつつ,できるだけ口頭でも補足いただきました.司会は平岡が務めました.
 分類に関連しては,目録改訂は現在10年ごとに更新されているが年々発表される分類変更に追いつかない場合があるため随時補遺を刊行することの提案,日本鳥類目録で用いている亜種の定義についての質問,シノニムリストの掲載の要望をいただきました.第8版出版後は目録編集委員会を常設委員会にして,目録の毎年のアップデートを和文誌等で示したいこと,亜種は形態的に区別できる異所的集団ととらえていること,シノニムリストの掲載は煩雑になるため古い版のPDFの公開でそれを補いたいことをそれぞれ説明しました.
 記録に関しては,目録の記録の目的は,「文献記録の整理」ではなく,「現在の日本の鳥類相を記録すること」なので,学術発表を原則としつつも,確実な記録は追加する柔軟性があるべきだとの指摘がありました.これについては,そもそも「確実な記録」かどうかを判断する際に文献主義を取るべきである,というのが目録編集委員会としての考えです.また,分布情報については全国鳥類繁殖分布調査の結果,博物館の標本情報も活用すべきという提案がありました.これについては,文献での検討が要求されるのは,国内初記録となるかの判断に関してであり,記録僅少種以外についてはそのようなソースも踏まえて都道府県別に収集した情報を反映していきたいと考えています.
 和名については,リュウキュウサンショウクイを別種とするに際して,新たな種サンショウクイの和名には修飾語をつけることが,従来からの観察記録との区別や,今後,分類変更が周知されるまでの観察記録を生かすために必要だという提案があり,再検討することになりました.また,タネコマドリでは,分類の改訂によって亜種和名が実際の分布と乖離することになるので,和名変更の提案があり,取り入れる方向で検討することになりました.さらにアホウドリという和名は蔑称にあたりふさわしくないとのご意見もいただきましたが,2021年3月の評議員会での議論の結果を紹介し,第8版では変更せず継続課題であることを説明しました.
目録における外来種の掲載位置について,キジやヤマドリなど,国内移入があって両方に分かれているのはわかりにくいとのご指摘があり,亜種不明の移入についても亜種が判明している移入(つまりIB)と同様にPart Aにも記載することを説明し,また,在来種と外来種を統一したリストの要望については,ホームページでの統一リストの公表を予定することにしました.
 分類,記録,その他の項目についてさまざまな質問や提案があり,時間を超過しての意見交換となりましたが,たいへん有意義なものでした.第8版で取り入れることが難しい提案についても今後継続して検討していきます.

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日本鳥学会2022年度大会:標本集会へのお誘いと2021年度大会第4回標本集会報告

加藤ゆき(神奈川県立生命の星・地球博物館)

11月3日から東京農業大学北海道オホーツクキャンパスで開催される日本鳥学会2022年度大会で、第5回となる標本集会を企画しております。本集会へのお誘いとこれまでの復習を兼ねて、過去の集会報告を掲載いたします。 詳細は要旨集にて。皆様、ぜひお越しください!
第1回「標本史研究っておもしろい―日本の鳥学を支えた人達」
第2回「標本を作って残すってどういうこと?―実物証拠としての標本」
第3回「収蔵庫は宝の山!―標本の収集と保存を考える―」
――
日本鳥学会2021年度大会自由集会報告

初めてのオンライン開催となった本集会では、全国の博物館、研究施設の共通の悩みである「収蔵庫」について話し合いました。標本の収蔵スペースが不足している、収蔵庫の適切な温湿度調整が難しいなど、設備的な問題はどの施設でも抱えています。それを解消するにはどうすれば?参加者が意見交換を行いました。

第4回「収蔵庫ってどういうところ?-標本収蔵施設の現状と問題点」
はじめに

 自然史標本は,生き物がその時,その場所に生息していた証拠である.良い状態で長く保存できる標本は,時間が経過してもなお,多くの情報を私たちにもたらしてくれる重要な研究資源である.標本の重要性は承知していながらも,管理する立場になると,増えていく標本にスペースが足りない,標本を整理するマンパワーが足りない,剥製に害虫・カビが発生したなど,悩みも多い.そして,これらの問題を担当者だけで抱え込んでいる施設等は多い.本集会は,標本の収蔵管理についての問題や対応方法を参加者と共有することを主目的に,5名の演者の事例を紹介した.(加藤)

1.神奈川県立生命の星・地球博物館事例
収蔵庫ってどういうところ? ―標本収蔵施設の現状と問題点
加藤ゆき(神奈川県立生命の星・地球博物館)

 神奈川県立生命の星・地球博物館は自然史の総合博物館であり,岩石や化石,動植物標本など約70 万点を収蔵している(2020年3月現在).しかし,開館から26年経過し収蔵スペース不足が懸念されるようになり,収蔵棚の充足率は 70%以上となり,分野によっては収蔵棚に置ききれずに,廊下や作業場所等に仮置きをせざるを得ない状態となっている.また,様々な標本種が混在して置かれており,標本害虫の生物標本への影響も懸念される.しかし,標本の保存のためにはその種類に応じた置き場所を確保,管理をすることが望ましい.当館では年1回の収蔵庫燻蒸,年数回の燻蒸装置での燻蒸(ともにエキヒュームを使用)と併用してIPM(総合的有害生物管理)により標本害虫やカビへの対策を行っている.また,標本の再配架や物品倉庫等を収蔵スペースとして活用している.分野によっては標本の形状変更や寄贈標本の受け入れ制限等を行っている.

2.山階鳥類研究所の事例
収蔵庫ってどういうところ?山階鳥類研究所の収蔵庫
岩見恭子(山階鳥類研究所)

 山階鳥類研究所は鳥類学専門の学術機関であり,鳥類学の拠点として基礎的な調査・研究を行うとともに,環境省の委託を受けて鳥類標識調査を行っている.研究用の標本の収集と活用を進めており,現在,約8万点の鳥類標本を収蔵している.標本害虫やカビ対策として,燻蒸は二酸化炭素及びエキヒュームを使用,小型のものはチャック付ビニール袋に脱酸素剤を入れて対応している.標本の表面に発生したカビは,70%エタノールを使用して,手作業で除去している.

本発表では,動画を用いて前室での標本受け入れ作業や収蔵庫内での保管のための作業を紹介した.標本数は年々増加の傾向にあり,最近は展示用剥製の寄贈も多い.このように急増する標本の収蔵スペース確保は急務であり,引き出しの中を整理することで収蔵量を増やしたり,収蔵棚の上も活用したりするなど対策を進めている.さらに,インターメディアテク等の外部施設に標本の一部を寄託している.しかし,収蔵スペースは絶対的に不足しており,新しい収蔵施設の設置が望まれる.

3.豊橋市自然史博物館の事例
お隣は動物園!豊橋市自然史博物館の収蔵庫
安井謙介(豊橋市自然史博物館)

 1988年に開館した豊橋市自然史博物館は「豊橋総合動植物公園(のんほいパーク)」内にあり,動物園,植物園,遊園地が併設されている.演者はここで,哺乳類を中心に鳥類,両生爬虫類の標本を20名のボランティアと共に作製しており,年間約100点ずつ資料が増加している.豊橋市内はもとより愛知県内各地から野生動物の死亡個体を受け入れるとともに,併設している動物園の死亡飼育個体の受け入れも行っている.なお,動物園とは同一部局であるため,死亡飼育個体の譲渡は行政的障害なくスムーズに行われている.全館や収蔵庫の単位での燻蒸は,入園者への安全を考慮し実施しておらず,標本収蔵前に小型滅菌装置で酸化エチレンを用いた燻蒸を行っている.

当館でも所蔵資料が収蔵庫の収容力を大幅に超えているため,収蔵庫内レイアウトの変更や収蔵棚の増設を2018年度から逐次実施し,収容力向上に努めている.加えて収蔵スペース確保のため,新収蔵庫の増築,常設展示室の閉鎖とその収蔵庫への転用,プレハブ建築での代用など様々なケースに対応した予算要求を毎年行っているが,残念ながら未だ実現していない.

4.インターメディアテクの事例
商業施設内の展示空間 ~あなたが思うより無茶振りです~
松原 始(東京大学総合研究博物館)

 インターメディアテクはJPタワー/KITTE内にある公共施設で,東京大学総合研究博物館(UMUT)のブランチ施設として開館した.KITTEには80店舗が入り,うち飲食店は31店である.そのような商業施設にあるため,博物館事業を行うにあたり様々な制限がある.例えば搬入口が狭い,自由に使える空間が限定される,他店舗があるため燻蒸などの薬品類が使えない,照明や空調が個別に設定できないなどである.また標本の搬出入のための車両は地下の駐車場を使用しなければならず,利用時間も考慮しなければならない.さらに,KITTE の位置する旧東京中央郵便局舎は外装に手を加えることがほぼ不可能で,展示室には外光の入る作りとなっている.さらに,もともと収蔵という発想がなく,収蔵庫は2,996m2の施設全体に対し130m2と狭い.そのため,庫内にレコードと鳥類のはく製が同居する,といった状態になっている.

しかし,東京大学で使われた古い什器等を活用した展示空間としてデザインされた結果,KITTEの利用者がインターメディアテクにも入るようになり,結果として来館者増につながった.ここは,山階鳥類研究所の標本の一部を寄託されている.ガラス越しにそれらを閲覧できるようになっており,隙間スペースを利用して企画展も開催している.しかし棚が作り付けで,標本の交換や展示準備に技を要する.また,週に1回は清掃を行っている.

5.ドイツ ケーニヒ動物学研究博物館の事例
古いシステムの中で
相川 稔(ケーニヒ動物学研究博物館)

 1900年に開館したケーニヒ動物学研究博物館は,総面積18,048m2,スタッフ144名の大規模な博物館であり,現在も拡張工事が行われている.多くのヨーロッパの博物館施設と同様,ここでも剥製を含む標本作製は標本士が担当し,剥製の管理や研究は学芸員が行っている.施設で受け入れている検体は原則研究用であるが,教育目的の標本も必要に応じて作成される.受け入れた検体も,状態やデータの不備もしくは処理能力との関係でかなりの割合廃棄される.ドイツの法律の関係から,個人による死骸の持ち込みはない.骨格標本のうち交連骨格はごくわずかで近年製作されることはほぼない.タイプ標本は特別な場所で保管されている.標本作製には標本士6人が作業にあたっているが3年来新しい展示作成のため標本作製は滞りがちである.骨格の処理には晒骨機に分解酵素を用いて作製し,脱脂はジクロロメタンを入れた脱脂釜を使用する.小型動物は虫を使用することもある.燻蒸は薬剤ではなく冷凍(-40°C)で行っている.

収蔵庫はゆったりとした作りで,引き出しに仮剥製が並んでいる.一部入っていないところもあるが,これは収蔵棚制作時に「これから収集する」標本のためにあえて空けてあったところで,そのためわずかながらもスペースに余裕がまだある.本剥製は棚に入れているが,展示ケースを作り直したガラスケースに収蔵しているものもある.

おわりに

 今回の自由集会はZoomを利用して行われ,質問,意見等は随時チャットに入れていただき,発表後に意見交換の時間を設けた.参加者からは,収蔵施設の新設が難しいのであれば,プレハブ倉庫や貨物用のコンテナを利用してはどうだろうかといった意見が出された.また標本の寄贈の受け入れはすべて行っているのか,標本の脱脂方法や標本害虫・カビ対策の具体的な方法について教えてほしいといった質問が寄せられた.

プレハブ倉庫の活用例は,いくつかの研究施設,博物館施設でも実際に行われている.しかし,建物外に置くためセキュリティ面や調湿・調温を考慮すると,配架できる標本種が限られるだろう.寄贈標本に関しては,各施設がそれぞれの収蔵スペースを考慮しながら判断しており,またその標本の希少性,重要性,標本の状態等とも関連するため,ケースバイケースとなることが多いようだ.脱脂は密閉してジクロロベンゼン溶剤に標本を入れる,アセトンに浸すなど,有機溶剤を活用した方法が紹介された.この話題に関連して,ケーニヒ動物学研究博物館で使用されている脱脂釜にも高い関心が寄せられた.

標本を残すことは自然史の情報を後世に残し,未来の研究を支えることである.それぞれの館で抱える問題は多く,標本を残すための環境が劇的に良くなる兆しはなかなか見えない.しかし,より多くの標本を良い状態で残していく志を持ち続け,研究施設や博物館,そして鳥類学に関心のある人々が情報を共有し,互いに助け合える関係を構築していくことが大切だと考えている.本集会のようにそれぞれの情報や問題を出し合って,それらを共有することを続けていくことがその第一歩となるであろう.鳥学会大会は鳥類の専門家だけではなく,博物館関係者も集うため自然史資料について考える良い機会であると考える.最後に他の集会が平行して開催されるなかで,本集会に参加いただいた62名の方々にこの場を借りてお礼申し上げる.今後も引き続き「標本」に関心を寄せていただければ幸いである.

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第5回日本鳥学会ポスター賞 澤田さん・小原さん・井川さんが受賞しました

日本鳥学会企画委員会 中原 亨

 オンラインで開催された日本鳥学会2021年度大会では、2019年度大会に引き続きポスター賞を実施いたしました。日本鳥学会ポスター賞は、若手の独創的な研究を推奨する目的で設立されたものです。第5回となる本年度は、厳正なる審査の結果、澤田明さん(国環研・学振PD)、小原愛美さん(東京農工大連合農)、井川洋さん(信大・理)が受賞しました。おめでとうございます。

 ポスター賞の審査区分は2019年度大会の後に再編を行い、分野の近いものをまとめて3部門へと変更しました。部門数が増えたことで、受賞の機会は以前より増加したと言えます。ポスター賞は30歳になるまで何度でも応募できますので、あと一歩だった方も、2次審査に残れなかった方も、是非来年再挑戦してください。
 
 最後に、ポスター賞の審査をご快諾して頂いた6名の皆様、記念品をご提供頂いた株式会社モンベル様、サントリーホールディングス株式会社様、公益財団法⼈⽇本野⿃の会様、ならびに大会実行委員の皆様にこの場をお借りして御礼申し上げます。

2021年日本鳥学会ポスター賞


応募総数:33件(繁殖・生活史・個体群・群集部門:8件、行動・進化・形態・生理部門:13件、生態系管理/評価・保全・その他部門:12件)

【受賞】
《繁殖・生活史・個体群・群集》部門
「メスの生存が南大東島のリュウキュウコノハズク個体群の運命を左右する」澤田明・岩崎哲也・井上千歳・中岡香奈・中西啄実・澤田純平・麻生成美・永井秀弥・小野遥・高木昌興

《行動・進化・形態・生理》部門
「ハシブトガラスによる画像弁別はなにを手がかりにしているか?」小原愛美・青山真人・杉田昭栄

《生態系管理/評価・保全・その他》部門
「長野県諏訪湖湖岸のヨシ原における繁殖期のオオヨシキリ出現に影響する要因の検討」井川洋・笠原里恵

【次点】
《繁殖・生活史・個体群・群集》部門
「亜高山帯から高山帯への資源補償と高山性鳥類の餌生物」飯島大智・村上正志

《行動・進化・形態・生理》部門
「海洋島に進出した陸鳥は島嶼適応として飛翔能力を維持することがある」辻本大地・安藤温子・中嶋信美・鈴木創・堀越和夫・陶山佳久・松尾歩・藤井智子・井鷺裕司

《生態系管理/評価・保全・その他》部門
「希少種アカモズの繁殖に好適な果樹園環境と個体数減少要因を探る」赤松あかり・青木大輔・松宮裕秋・原星一・古巻翔平・髙木昌興

【一次審査通過者】
《繁殖・生活史・個体群・群集》部門
「伊豆諸島新島に、シチトウメジロとホオジロは何羽いるのか」立川大聖・長谷川雅美
「二次草原で繁殖する開放地性鳥類群集と草原の管理方法、植生構造や節足動物相との関係」水村春香・渡邊通人・久保田耕平・樋口広芳

《行動・進化・形態・生理》部門
「モズの給餌様式を決定する要因」江指万里・青木大輔・千田万里子・松井晋・高木昌興
「リュウキュウコノハズクの広告声の血縁者間での類似性について」中村晴歌・澤田明・高木昌興

《生態系管理/評価・保全・その他》部門
「新潟県に生息するチゴモズの繁殖場所規定要因解明」立石幸輝・鎌田泰斗・高岡奏多・冨田健斗・関島恒夫

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ポスター賞を受賞して

澤田明(国環研・学振PD)

 こんにちは、国立環境研究所・学振PDの澤田明です。このたびは日本鳥学会2021年度大会において「繁殖・生活史・個体群・群集」部門のポスター賞をいただき誠にありがとうございます。この研究は私の所属する研究グループが長期的に蓄積してきた南大東島のリュウキュウコノハズクの基礎データを用いたものでした。長期調査を立ち上げ維持してきた先生や先輩たち、一緒に野外調査をしてきた学生たち、いつも島で私たちを受けいれ応援してくださる島民の皆さま、研究費を助成いただいた複数の財団や企業さまにお礼申し上げます。また、鳥学会の運営の皆様、記念品をご提供いただいたモンベル様、サントリー様、日本野鳥の会様にもこの場を借りてお礼申し上げます。毎年私たちの調査研究に付き合ってもらっているリュウキュウコノハズクたちにも感謝いたします。

ポスターの概略
 高次捕食者はしばしば保全の対象とされてきました。なぜなら高次捕食者はその生息地の生物多様性の指標として機能する可能性があったり、知名度の高さから保全活動の象徴的存在となったりするからです。フクロウ科は全世界に広く分布している主要な高次捕食者です。しかし、調査研究の進んでいる種はほとんどが、温帯から亜寒帯に生息する大陸の種で、科の大半を占める熱帯や亜熱帯の種は、保全対象としてあまり注目されていません。生息域のアクセスの悪さと,夜行性であることで調査がしにくいことが大きな理由です。しかし、特定地域や島の固有種である種も多く、それらは人知れず絶滅の危機に瀕している可能性があります。

 保全の目的は個体数を把握し絶滅をしないように維持することなので、個体群動態解析は保全研究の中心的な仕事です。近年用いられている個体群動態解析にIntegrated population model (IPM)という手法があります。IPMは個体群動態に関わる様々なデータ(生存履歴、巣立ち雛数、性別、センサスで数えた個体数など)をひとまとめに用いて、個体群動態の様々なパラメータ(生存率,産仔数、個体数,個体群成長率など)を同時推定する手法です。複数のデータを用いてパラメータを一度に推定することにより,各データに含まれる情報が効率よくパラメータ推定に利用され、各パラメータをそれぞれの別のデータで個別に推定する場合よりも,優れた推定ができるとされています。

 私は熱帯・亜熱帯・島嶼域のフクロウの個体群動態研究のモデルケースとして、南大東島のリュウキュウコノハズク(亜種ダイトウコノハズク)の個体群動態解析を行いました。ダイトウコノハズクは2002年から現在に至るまで繁殖モニタリングが継続され、特に2012年以降は島内の全個体を対象にした詳細な調査が毎年実施されています。今回の解析では2012年から2018年の間にのべ2526個体から得られた生存履歴、繁殖成績、性別、縄張り情報のデータを利用しました。

図_澤田.png
実際の捕食事例

A:捕食に会い、片方の翼をもがれてしまった雛。
B:巣立ち目前の雛が捕食されたあと。巣立ちが近づくと巣の入り口に立って餌をねだるため捕食に会いやすいのかもしれない
 解析の結果、個体数はオスが297個体、メスが273個体と推定されました。個体群成長率(ある年の個体数/前年の個体数)は0.98と推定され、個体数の減少傾向が確認されました。Life-stage simulation analysisという解析により、メスの年間生存率の低下が個体群成長率の低下をもたらすことも示され、メスの死亡が個体数変動に影響することが示されました。南大東島では人為移入されたネコやイタチによる繁殖中のメスや雛の捕食がしばしば確認されています(上図)。これらの捕食が個体群に悪影響を与えている可能性があります。本研究は熱帯・亜熱帯・島嶼域のフクロウ研究としては最も詳しい個体群動態の基礎データを提示しており、世界のフクロウ保護に貢献するものです。
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ポスター賞を受賞して

小原愛美(東京農工大連合農)

  

 このたびは2021年度の鳥学会ポスター賞をいただきまして誠にありがとうございました。

 受賞の連絡を受けたのはカラスたちの世話をしようと家を出たところでした。まさか自分が選ばれるとは露ほども考えていなかったのでたいへん驚きました。
 
 オンライン学会では、気軽な質問がしにくいというデメリットを感じたものの、過去の質疑応答が閲覧できたり、外部のより詳細な論文への誘導を気軽に行えたりというメリットが大きく、楽しい時間を過ごせました。鳥学会大会事務局の方々など関係者の皆様にお礼申し上げます。貴重な機会をいただきましてありがとうございました。

今回の発表の内容について
 ハシブトガラスは都市や農村における代表的な害鳥です。カラスは嗅覚があまり発達していないため、食物の探索や物の認識には主に視覚を利用していると考えられています。カラスをはじめとした鳥類はヒトとは大きく異なる視覚機能を持つことから、カラスの物の認識の仕方はヒトと異なっている可能性があります。

 これまでにハシブトガラスでは、ヒトの顔写真から男女の弁別ができることなどが報告されていますが、カラスが画像をどのように認識し、弁別を行っていたかは分かりませんでした。そこでこの研究では、「ハシブトガラスは画像に写っているものを認識するためにどんな手がかりを使っているのか?」を明らかにするために実験を行いました。
 
 実験では、4羽のカラスに様々な鳥の画像を2枚1組で提示し、その中から正解となる特定の種の鳥の写真を選ぶように訓練しました。訓練を終えたのちに、カラスが見たことのない写真や、加工を施した画像でも正解を選択できるかどうか観察しました。その後、カラスがどのような画像を正解として認識していたのか、どんな手がかりを利用して画像を弁別していたのかを検討しました。

井川.png
スズメの色をしたハトの画像をつついたカラス

 その結果、カラスの弁別は、「画像の色や模様の情報」と「鳥の形の情報」の二つを手がかりとして正解を選択していたことが示唆されました。この色や形の情報は、それぞれ単独では正解を認識するための手がかりとはならず、両方の手がかりを組み合わせて使用していたと考えられました。この結果は、カラスがハトとは異なった認知の方法をとっている可能性を示しています。

 今回の研究は実験に参加した個体数が少なく、さらにそれぞれに個体差が生じているために、すべてのカラスでこの結果と共通の結果を得られるかどうかはわかりません。また、画像を実際の鳥として見ていたかどうかもわかりません。今後はそのあたりを明らかにするために研究を行っていきたいと考えています。

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日本鳥学会ポスター賞[生態系管理/評価・保全・その他部門]を受賞して

信州大学 井川 洋

 この度は2021年鳥学会大会でポスター発賞を頂くことができ,大変光栄に思っております.

 私は信州大学の鳥類学研究室の一期生であることに加え,時勢の影響もあり,先輩や他の研究者との交流が少ない中で研究を暗中模索する必要があり,とりあえず湖畔を自転車で巡る日々でした.そんな中でも,笠原先生や長野県環境保全研究所の堀田様をはじめ,様々な方にお助けいただき,何とか計画がまとまり,発表にこぎつけることができました.研究に協力いただいた皆様に心より御礼申し上げます.

 今回のポスター発表に際しては,データの性質上粗くなってしまった研究結果をできる限り分かりやすく考察し,意見を頂くことに注力しました.そのおかげか,多くの方々に情報や指導を頂き,大きく成長できたと感じています.鳥学会の運営の皆様,審査員の皆様,ポスターをご覧いただいた皆様に感謝しております.
 今回の受賞によってまた更に多くの方の注目と期待を頂いたことを自覚して,それに恥じないよう,今後とも研究に励む所存です.

 ポスター賞の記念品として,mont-bell様からマウンテンパーカー,日本野鳥の会様からアホウドリの水筒,サントリー様からシャンパンを頂きました.前の二点は今後の調査で使い,シャンパンは論文投稿の祝いにとっておこうと思います.その頃にはもう少しコロナの感染状況も落ち着いているといいのですが…

ポスター発表の概要
 ヨシ原は水辺の代表的な植物群落で,様々な生物の生息地ですが,近年の水辺開発による分断化が問題となっています.しかし,分断化されたヨシ原の中でも,条件によっては生育が可能な種もいます.本研究ではヨシ原を利用する生物としてオオヨシキリに着目しました.諏訪湖周辺において,分断化されたヨシ原を本種が利用する上で重要な環境要因について検討しました.

図_井川1.JPG

 諏訪湖の湖岸には面積0.01~0.4haのヨシ原が点在するのみですが,5~8月の繁殖期にはオオヨシキリが盛んにさえずっています.そこで,彼らの個体数を目的変数,ヨシ原の面積や構成する植物等の環境要因を説明変数として一般化線形混合モデルで分析を行い,彼らの好む環境を解析しました.結果として,ほぼ全ての調査地点でオオヨシキリは記録されました.また,解析結果から,本種の個体数には繁殖場所となるヨシ原面積やヨシの被度が有意な正の効果を持ち,その重要性が示唆されました.一方でヨシの刈り取りは有意な負の影響を示し,好まれないことが示されました.また,ヨシ原だけではなく,マコモ等の水辺植物も個体数に有意な正の効果を示し,採食場所である可能性が示唆されました.また,特定の月にのみ影響を与える変数も見られました.

図_井川2.JPG

 これらのことから,オオヨシキリの繁殖からみた湖岸のヨシ原管理では,主な生息地であるヨシの他,マコモなどのイネ科植物を採食場所として残すことが重要だと考えられます.

 本研究では行動追跡や繁殖成功の調査は行えていないため,個々の変数の機能や重要性は不明ですが,現在の分断化されたヨシ原とオオヨシキリの関係を粗く広く把握することができました.今後,分断化されたヨシ原の研究の詳細な調査が発展することが期待されます.

 修士課程に進学した現在は調査地を諏訪湖の水源でもある霧ヶ峰に移し,低木除去が鳥類に与える影響の研究を行っています.長野県には複雑な地形を人が改変し,共存してきた歴史があります.ここで人為的な操作に対する鳥類の応答の把握を試み,今後の研究や保全手法の発展につながる面白い研究をしていきたいと考えています.

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日本鳥学会2021年度大会運営始末記

山階鳥類研究所
浅井芝樹

 2021年度大会はCOVID-19感染拡大の影響を受け、日本鳥学会としては初めてのオンライン開催となりました。大過なく終えることができたようで、まずはほっとしていますが、ここに至る内幕や意見など散文調で書いてみたいと思います。

画像3.png

1)経緯など
 2021年度大会の事務局は山階鳥類研究所(山階鳥研)でしたが、山階鳥研がある我孫子市とその周辺では適切な会場を用意することが難しく、東邦大学を会場とすることで話を進めていました。2019年の秋には東邦大学の長谷川雅美さんに奔走していただき、会場を抑える準備をしていました。ところが、2020年の初めごろからCOVID-19感染拡大に伴って多くのイベントが中止になり、各自然史系学会も延期・中止となっていくなかで、ついに日本鳥学会2020年度大会(東京農業大学北海道オホーツクキャンパス(網走))も5月に中止の判断となったのでした。2021年度の東邦大はそのまま進めるつもりでしたが、COVID-19感染は縮小の気配を見せず、多くの大学キャンパスの使用について目処がたたないままとなりました。大会実行委員会では2020年夏頃からオンライン開催やむなしという意見が上がり、オンサイト開催の可能性も残して同時並行に進めるのはコストが大きいため、完全にオンライン開催へと舵を切りました。

 私自身は、2018年度より学会事務局長を務め、2020年度の東農大(網走)での開催提案、2021年度の山階鳥研(東邦大)による開催提案、東農大(網走)大会の中止判断、のすべてに関わっていました。2大会連続の中止だけは避けたいという思いがありました。2021年度は山階鳥研が大会事務局であり、自身が大会実行委員の一人ですから、オンラインでとにかくやるということを大会実行委員会内で自ら主張すべきだと考えていました。

 幸い、大会実行委員会はすぐにオンライン開催でまとまったのですが、山階鳥研で果たしてオンライン開催ができるのでしょうか?そもそも学会事務局長として、山階鳥研が大会事務局となって開催すれば良いと判断した理由は、経験が多い学会員が多数いるということが理由だったのですが、多数いるにしても自分も含めて残念なぐらい「ネット」とか「デジタル」とかに弱いメンバーではないか?!

 2020年度の鳥学会は中止となりましたが、バードリサーチが鳥類学大会2020をオンライン開催しました。そこでさっそくバードリサーチから神山和夫さんと高木憲太郎さんにスタッフへ加わってもらいました。また、学会ウェブサイトを切り盛りしている広報委員会から上沖正欣さん、普段からYouTubeでライブ配信を行っている我孫子市鳥の博物館の小田谷嘉弥さんにスタッフへ加わってもらってオンライン開催体制を整えました。
オンライン開催するために利用する配信システムの発注は、参加者数で見積もりする必要があります。そこで、急遽2021年1月に会員の皆さんへ参加・発表意思についてアンケート調査を行い、それに伴って予算策定し、参加費を確定しました。

 オンライン大会をイメージしやすくするために、普段の大会で実施する発表形式をできるだけ再現することを目指しました。そのため、口頭発表とポスター発表などの区分を例年通りに設けました。ポスター発表に代わるものとしてLINC Bizというサービスを利用することは比較的早くに決まっていましたが、(その当時の大会実行委員会判断では)LINC Bizは大会実行委員会側でアレンジするところはあまりありませんでした。一方、口頭発表に代わるものとして選んだZoomというサービスは利用方法を選ぶ必要がありました。しかし、使いこなしたメンバーが少ない大会実行委員会ではぎりぎりまでどんなことができるのか、どんな問題が生じうるのかわかっていませんでした。実際に認識し始めたのは、9月になって直前シミューレーションをし始めてからではなかったかと思います。ぶっつけ本番だったわけです。大会実行委員会自体がそんな状態だったので、参加者は利用に苦労するのではないかと危惧して、利用の仕方を丁寧に説明するマニュアル作成をしなければならないのではないか、それでも結局わからずにたくさん質問が届くのではないか、ということを危惧していました。それにもかかわらず、事前マニュアルはZoomやLINC Bizが作成したものの流用や、バードリサーチ鳥類学大会で作成されたものの流用しか用意しませんでした。当日は、「質問はチャットへ」とアナウンスした上で、電話番、メール番を常に配置することにして待っていましたが、蓋を開けてみると質問対応することはありませんでした。参加者は特に問題なく会場にアクセスしてきたようです。考えてみれば、このウイルス禍の中でZoomを始めとしたオンライン会議に慣れていて、参加することに特に違和感はなくなっていたのかもしれません。

 当日はどこの大会実行委員会でもそうだと思いますが、朝からずっと忙しい一方で準備してきたことを粛々とこなす以外のことはありません。その点はオンラインでも変わらないことです。

2)開催の利点・問題点
 今回の大会は学会誌での事前説明がほとんどなく、内容が決まり次第ウェブサイトで周知するという態勢になりました。また、当日各会場への参加も参加者用ウェブページからリンクするといった方法を取りました。したがって、ウェブサイトの運営・編集が重要でしたが、スタッフとして参加してもらった上沖さんがスムーズにウェブサイト編集をしてくれたので大変助かりました。また、公開シンポジウムは会員外でも参加できるようにYouTube配信することに決めましたが、普段から利用している小田谷さんをスタッフに迎えたので、これも簡単にことが進みました。やはり、そういったことに強いスタッフが1人いるかどうかは大きな違いとなりそうです。
 
 オンライン大会は(少なくとも今回の方式では)事前申し込みでしかできません。このことが大会当日受付を考えなくてよい、ということにつながりました。今回は初めてのオンラインだったので、例年実施しているけれども難しいと思われたことはしないことに決めました。要旨集は手渡しできないから印刷しない、現金以外の支払い法を確立することにコストが大きいからグッズ販売はしない、エクスカーションはしない、といったことです。これらのことは収入見込みを容易にすることと支出の縮小につながりました。

 普段の学会運営を行う学会事務局と、大会運営する大会実行委員会は別組織です。普段の大会なら、評議員会や各種委員会、総会、各賞授賞式、受賞記念講演の開催は、大会実行委員会の企画ではなく、学会事務局が大会実行委員会から場所を借りて実施しています。2021年度の場合、各種委員会と評議員会はオンライン会議とするしかないので大会前に実施しました。総会は2020年度と同様に書面総会としました。これらのことによって大会実行委員会は会場管理の負担が減っています。今後、オンサイト開催が再びできるようになってからも考慮して良い事柄ではないでしょうか。

 大会実行委員会のなかで一番大きな反省点として、口頭発表の質問対応が十分ではなかったということがあります。座長が時間内にチャット質問を取り上げることでしか対応できませんでした。時間がなくなった時はいつもなら「個別に議論してください」と言って次の発表に移るところですが、オンラインで「個別に・・・」ということはどういうことを指すのか、大会実行委員会でアイディアがなく、案内することができませんでした。これは配信システムを熟知して便利な機能を使えばできたかもしれません。

 大会実行委員会ではできるだけ普段通りに実施するという方針で、展示ブースも用意しました。しかし、客の入りはよくありませんでした。Zoomで来店するのはやや敷居が高いらしいこと、来店しても売り物を直接見せることができないこと、支払いにワンクッション入ることなどが大きなハードルだったようです。

 オンラインだと遠隔地のメンバーで運営できるという漠然としたイメージがありましたが、実際には集まらなければなりませんでした。今回、口頭発表では、発表者と直接やり取りしているのは座長1人でしたが、次の発表者をZoomウェビナー上で待機させる係、タイムキーパー(座長はチャット質問に集中しているので時間管理はしていない)、Zoomウェビナーの管理者(ホスト)の4人が連絡を取り合える1部屋に集まっていました(発表中にどのようなトラブルがあるか分からないので関係者は1部屋にいた方が良い)。口頭発表会場は2会場あるので2部屋8人が常時集まっていたのです。感染対策のために机配置を考えたり、消毒液を用意したりしていましたが、大会実行委員会はやや密だったと言わざるを得ません。

3)大会後の全体的な印象
 何をするのも初めてだったというのが、大変さを感じた理由でした。これまでの大会実行委員会から引き継いだスケジュールもあまりあてになりません(あるいはあてにならないだろうと思ってあまり参照しなかった)。いろいろ考えてもそれがいい方向に向かっているのかどうか確信を持てないまま進めることになりました。どこまで進めても、何割進んだのか確かめる術がなかったのです。

 一方、逆の印象としては、やってみればなんとかなる、ということです。これは学会事務局メンバーである私個人の話ですが、昨年はやはり初めての試みとして書面総会を実施しました。これもどこまで進めてもうまくいっているのかどうか確信を持てないまま手探りでした。結果としてはなんとかなったと感じています。今年も書面総会とさせていただきましたが、ずっと気楽に実施できました。今回のオンライン大会もよかったかどうかは微妙ですが、一応こなせたと感じています。今回大会の参加者からのお叱りは、これから多数集まるかもしれませんが、少なくとも同じ形式で次に誰かが実施するときの土台は作れたのではないでしょうか。今回大会は、例年のオンサイト大会へ参加した時のイメージにできるだけ近づけることを1つの目標としていました。しかし、オンライン開催ならオンラインに特化した開催方法も考えられるでしょう。例年通りじゃなかったというお叱りでも、オンラインらしくなかったというお叱りでもどちらでもかまいません。そういう声をいただければ、大会実行委員会に最後に残された仕事は、それらの声を整理して、次期大会以降へ引き継ぐことだと考えています。

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日本鳥学会2021年度大会:標本集会へのお誘いと2019年度大会第3回標本集会報告

小林さやか(山階鳥類研究所)

今週末から開催される日本鳥学会2021年度大会で、第4回となる標本集会を企画しております。第4回へのお誘いとこれまでの復習を兼ねて、過去の集会報告を掲載いたします。

第1回「標本史研究っておもしろい―日本の鳥学を支えた人達」
第2回「標本を作って残すってどういうこと?―実物証拠としての標本」

皆様、ぜひお越しください↓
2021年度大会自由集会:9月17日(金)18:00〜20:00
W3:第4回「収蔵庫ってどういうところ?−標本収蔵施設の現状と問題点」

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日本鳥学会2019 年度大会自由集会報告

 

第3回 収蔵庫は宝の山!―標本の収集と保存を考える―
小林さやか(山階鳥類研究所)・星野由美子(島根県立三瓶自然館サヒメル)・岩見恭子(山階鳥類研究所)・川田伸一郎(国立科学博物館)・加藤ゆき(神奈川県立生命の星・地球博物館)

自然史標本は,生き物がその時,その場所に生息していた証拠である.安定して長く保存できる標本は,時間が経過してもなお,多くの情報を私たちにもたらしてくれる重要な研究資源である.標本の重要性は承知していながらも,管理する立場になると,増えていく標本にスペースが足りない,標本を整理するマンパワーが足りない,剥製に害虫が湧いたなど,悩みも多い.そして,これらの問題を担当者だけで抱え込んでいる場合もある.本集会は,標本の保存管理についての問題や対処方法を参加者と共有することを主目的に,3名の演者の事例を紹介した.(小林)

 

1.島根県立三瓶自然館の事例
―戦前の大コレクション「伊達鳥類仮剥製標本群」の困ったお話―

星野由美子

島根県立三瓶自然館が収蔵する標本数は,動物,植物,地質など各分野で18万点以上である.これらの標本は,館内スタッフだけでなく,館外の研究者や収集家が集めて寄贈されたものも多くある.このうち鳥類は約2,200点で,うち約1,600点が,戦前に集められた仮剥製標本群「伊達コレクション」であった.

伊達コレクションは,戦前にジャーナリストとして活躍した島根県出身の伊達源一郎氏(1874–1961)が趣味であった鳥類研究の一環で蒐集した標本である.5,000点以上あった標本は,第二次世界大戦後に接収された家屋とともに破却され,島根県安来市に疎開させたものだけが残った.そして1955年に当時の島根県知事が伊達氏より購入して本人に寄託した.その後,伊達コレクションは数回の移管を経て,1969年に島根県立博物館に保管転換され,1978年に日本産鳥類目録第5版に準拠して目録が発刊された.1991年には島根県立三瓶自然館に移管されたが,このときは整理済みとして標本の再整理などは行われなかった.

ところが2008年に,当館の企画展でこのコレクションを展示するにあたり,1978年に作成された目録と標本ラベルのデータを照合したところ,目録と標本ラベルとの間に,かなりの違いがあることが判明した.目録に記載されたデータが標本ラベルより詳細であったり,採集日が大きく異なったりしたのである.これらは単なる誤表記では無いと考えられ,別の資料が存在していたと推測された.また,標本ラベルの様式は複数あったのに,標本1体につき1枚のラベルしかなく,過去にラベルの付け替えが行われたことが示唆された.そこで,過去の目録を作成した際の資料等を探しながら再整理をはじめたが,何回もの移管により資料は散逸しており,根拠となる資料は見つけられなかった.さらに同年代に活動していた採集者の日記等の出版物などを参考に,採集日や採集地が合致するデータを照合してみたが,該当するデータを見つけるに至っていない.

現在も少しずつ再整理の作業を進めているが,鳥類担当職員は1名しかおらず,展示作成や解説,自然観察,野外調査などの業務もあり,標本の再整理にかけられる時間はほとんどない.業務の優先順位からも,標本の再整理は緊急性を理解されにくく,後回しになりがちである.加えて使わない資料は廃棄するなどの5S活動(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)なるものが声高らかに宣言される中で,博物資料の重要性を組織内部に説得することにも気を配らなければならなくなった.

ほとんど利用されない学術標本に時間と労力と経費をかけることには重要性の理解を得にくいため,その価値を理解する研究者に活用していただき価値を高めていただくことも必要なことかもしれない.とはいえ種名,採集日,採集地が正しいことが前提の学術標本群.これからも多くの方のご理解,ご協力を得ながら少しずつ整理を進めていきたいと考えている.

 

2.標本を残すためにできること―山階鳥類研究所の取り組み―

岩見恭子

山階鳥類研究所は国内最大の鳥類の標本数を保有し,研究に生かすべく日々模索している.山階鳥類研究所には約8万点の標本が保管されているが,現在でも毎年約600個体の冷凍鳥体と,約500点の剥製標本(2005–2018年の平均値)が寄贈,収集されている.特に,最近では個人所蔵の展示用本剥製の寄贈が増えている.これらのなかには,学術標本があまり収集されなかった1950年代以降に採集された剥製も多く,山階鳥類研究所のコレクションの中でも手薄になっている時代を埋める貴重な標本になっている場合がある.

個人宅で鑑賞されていた剥製は損傷や,汚れが見られることもあり,修復が必要なこともある.修復の際に剥製の中を確認すると,その作り方や材料から年代を推定することができる場合もある.ラベル情報のない剥製の製作年代を推定することは,多分野の研究に利用できるようになるため,学術標本としての価値を高めることができる.また,寄贈者に了解を得た剥製については,翼を切り離すなど形状を変化させることで,より観察がしやすく,研究が行いやすい標本に作り変える工夫もしている.これらの作業は全てデータベースに記録され,修復前の状況およびその後の形状が分かるようにしている.

近年では微量な組織サンプルから,絶滅した種の系統解析や,安定同位体比分析を用いた過去の餌分析など,標本を用いた様々な研究が行われるようになってきている.時代や地域を超えて収集された標本はまさに宝の山と言えよう.

 

3.無目的収集のすすめ

川田伸一郎

博物館にとって一番大切なものは標本である.標本があるからこそ,博物館の展示は成立するし,学習活動も行える.そして研究もできる.自分のためだけではない.博物館の標本は多くの人の研究を支える資源だし,外部に貸し出して展示などに利用することもできる.国立科学博物館は日本の標本蓄積の拠点だから,僕は自分の担当である哺乳類の標本を集め続けなければならない.そのスローガンとして「3つの無」という標本収集規範を心に念じながら日々の作業に励んでいる.

一つ,標本収集は「無目的」であれ.僕には多くの標本提供者がいるが,時に「何が必要か?」と問われる.僕は「なんでも受け入れますのでお願いします」と即答する.標本は何時どのような形で役に立つかわからない.だからなんでも大切に残しておかなければならない.例えば僕はモグラの研究者なので,モグラの死体を送ってくれるのは大歓迎だけど,それだけ集めていたら博物館の標本はモグラだらけになってしまい,僕は嬉しいけど他の人にとっては魅力を欠くものになってしまう.我々が希少種などと位置付けるようなものは多くの人にとって魅力的なものだから集めるのは当然.一方で外来種などと位置付けられるようなものは多くの人は集めようとしない.これこそ沢山収集しておけばいざという時に役に立ちそうだ.だからクロウサギだろうがマングースだろうが,僕は差別しない.人類はまだ標本の可能性を知り尽くしていない.

一つ,標本収集は「無制限」であれ.僕がこれまでに収集してきたものにニホンカモシカの頭骨14,000点という膨大な標本群がある.「そんなに集めてどうするの?」と問う人もあるが,今も集め続けている.かのチャールズ・ダーウィン氏も述べているように,生物には変異がある.変異のパターンは個体群内の違いの他に,性・齢・地理的なものもある.例えばある地域に生息する20 歳くらいが寿命のカモシカの頭の形をちゃんと知ろうとして,個体間のばらつきを調べるのに30標本くらい必要だとしたら,30×2(性差)×20(齢変異)=1,200標本は最小限必要となる.地域間での違いを考慮するとこの数倍のものが必要だし,年齢構成にもばらつきがあって,高齢の標本は少ない.狩猟によって頭骨が破損しているものも含まれると思うと,やばい,まだまだ足りない.もっと集めなきゃ.

一つ,標本収集は「無計画」であれ.標本の材料,すなわち動物の死との出会いは一期一会である.その時を逃しては再び出会えないかもしれない.常にそう思い続けて,即断,即動である.時には博物館で重要な展示会議がある日にそのチャンスはやってくる.しかし最初に述べたように,博物館にとって一番大切なものは標本である.だから会議の主催者は僕を標本収集の現場に送り出してくれる.そしてこの無計画な標本収集から,また新たな展示品を使用した展示計画が生まれることもあるのだ.

 

おわりに

事例発表の後,意見交換の時間を設けた.参加者からは,個人宅で所有していた,採集情報がなく,ワシタカ類の翼を広げた飾り用の本剥製の扱いはどうしているのか,収集していた標本を寄贈する際に標本のリストがあった方がよいかなど,様々な意見が出された.標準的な回答をいえば,標本はできるだけ残した方がよいし,寄贈されるときに標本リストがあった方がよいのだが,ケースバイケースで考えていかなければいけないであろう.しかし,会場から発言された方も,答える私たちも所属機関の内情は話しにくく,標準的な発言にならざるを得なかった感がある.それが本集会を開催してみての課題であろう.

標本を残すことは未来の研究を支えることである.それぞれの館で抱える問題は多く,標本を残すための環境が劇的に良くなる兆しはなかなかない.しかし,より多くの標本を残していく志を持ち続け,博物館同士が情報を共有し,互いに助け合える関係を構築していくことが大切だと考えている.本集会のようにそれぞれの情報を出し合って,共有することを続けていくことがその第一歩となるであろう.博物館関係者が集う場は他にも数多くあるが,鳥類標本だけに特化した事情もある.鳥類の専門家が集う鳥学会大会で集会を開くことで,今後も情報共有していきたいと考えている.

最後に鳥の学校や他の集会が平行して開催されるなかで,本集会に参加いただいた65名の方々にこの場を借りてお礼申し上げる.今後も引き続き関心を寄せていただければ幸いである.(小林・岩見・加藤)

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