2021年度の黒田賞を受賞して

農研機構 農業環境研究部門
片山 直樹

 この度は日本鳥学会黒田賞という、大変栄誉ある賞を受賞できたこと、本当に嬉しく思っております。改めて、これまでお世話になった皆様に深くお礼申し上げます。また、先日の私の受賞講演をお聞きくださった皆様、本当にありがとうございました。

 私の研究は、受賞講演でご紹介した通り、農地生態系の鳥類をはじめとする生物多様性と農業活動の関係を、フィールドワーク、市民データ、システマティックレビュー、メタ解析や文化的データベースの活用など、多様なアプローチで探ることです。鳥類学が果たすべき社会的役割を評価していただけたこと、本当に光栄に思っています。私の研究内容の多くは、つい先日、応用生態工学会誌に出版された和文誌総説でも紹介していますので、興味のある方はぜひご覧いただければ幸いです。

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大学院の時から研究をはじめたチュウサギ

 今回は、黒田賞受賞を通じて私が感じたことや、ここ数年間の研究生活について、率直にお話ししたいと思います。まず、私が黒田賞を受賞できた要因を考えてみると、やはり「常勤職として10年近く研究を続けられたこと(テニュアトラック制の5年間も含む)」に尽きるのではないか、と思っています。私自身、博士号を取得してから3~4年間は、なかなかうまく論文が書けず、沢山のリジェクトを経験してきました。しかし5~6年目あたりから、特に明確なきっかけはないのですが、一つ壁を越えたような感覚を得ました。そしてその後、Biological ConservationやJournal of Applied Ecologyなど、ずっと憧れていた雑誌にも論文を出版できました。つまり、自分に特別な才能・能力があったのではなく、「継続は力なり」という格言の通りだったのだろうと思います。(もちろん、継続できた自分を少しは褒めてあげたいとも思っています。)

 そのように考えると、もし若手・中堅研究者の雇用問題が一気に解決して、安定した環境で研究を続けることができるようになれば、一体どれだけの魅力的な研究成果が生まれるのだろう、と想像せずにはいられません。もちろん、常勤職でなくても大変な努力と創意工夫をされ、素晴らしい研究成果を挙げてきた方々も、歴代の黒田賞受賞者を含め数多くいらっしゃいます。そうした方々には、本当に畏敬の念しかありません。しかし、如何に突出した研究者であっても、少数の人間だけでは鳥類学の発展は望めないと思います。なぜなら、様々な種の生態や進化を解き明かし、また保全につなげるには、多くの人間の協力が不可欠だからです。だからこそ、鳥を愛する一人でも多くの方が、安心して研究や活動に取り組むことのできる社会になることを願っています。こうしたメッセージを、黒田賞の受賞者から発信することに何かしらの意味があれば、と思っています。

 さて、ここ数年の研究生活についても、少し触れたいと思います。私にとって最も大きな出来事は、子どもが生まれたことです(現在、5才と1才になりました)。これによって、私の生活や価値観は劇的に変わりました。子どもたちが生まれてきてくれたのは本当に幸せなことですが、子育てに「休日」はないので、フィールドワークに行ける機会は相当に制限されます。そこで、自分の研究スタイルを大きく変えることにしました。フィールドワークの時間を大きく減らし、市民データの活用、文献レビューやそれを応用したメタ解析など、空き時間に進められる研究をメインにしました。この変化は、研究の幅を大きく広げてくれるなど、ポジティブな影響をもたらしてくれました。そう考えると、黒田賞を受賞できたのは家族のおかげかもしれません。

 しかし、得るものがあれば失うものもあります。研究と育児の両立には、本当に悩みました(今も悩みは尽きません)。この話を始めるとあと数千字は軽く書けそうですが、誰も読まないと思うのでやめておきます。一つ言えることは、鳥学会は子どもを持つ研究者に対してとても優しい、ということです。実際、今回のオンライン大会でも託児サービス利用料を補助していただき、そのおかげで安心して大会に専念することができました。大会事務局の皆様のご配慮に、この場をお借りしてお礼申し上げます。

 長々と、研究内容と関係ない話ばかりしてしまいました。来年は、コロナの問題が落ち着き、網走で皆様とお会いすることができるでしょうか。一年後、社会がどうなっているのか、私には全く想像もつきません。対面の良さ、オンラインの良さ、それぞれあると思います。それぞれの良いところを合わせ持った社会になることができるのでしょうか。希望を持って、一年後を楽しみに日々を過ごしたいと思います。

 このような雑文を最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。

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2021年度中村司奨励賞を受賞して

澤田明(国立環境研究所・学振PD)

皆様こんにちは、国立環境研究所・学振PDの澤田明です。このたびは中村司奨励賞をいただき誠にありがとうございました。本賞の基礎となる基金を創設くださった中村司博士、審査選考を行っていただいた鳥学会基金運営委員と評議員のみなさまにもお礼申し上げます。今回の受賞対象となった論文は、私が大学院生の間に国立環境研究所の安藤温子博士、北海道大学の高木昌興教授と共同で行った研究を記した論文でした。研究の立案から発表に至るまで、ご協力いただいた共同研究者のお二人にも改めてお礼申し上げます。

受賞対象の論文はJournal of Evolutionary Biology誌に掲載された「Evaluating the existence and benefit of major histocompatibility complex-based mate choice in an isolated owl population」というタイトルの論文です(https://doi.org/10.1111/jeb.13629)。この研究は、南大東島のリュウキュウコノハズク個体群(亜種ダイトウコノハズク)を用いて、免疫にかかわるMHC遺伝子にもとづく配偶者選択の存在と、その配偶者選択がもたらす適応度上の利益の検証を行いました。以下ではこの研究について始めたきっかけから今後の展望まで紹介いたします。

2015年、当時学部4年生だった私は高木先生に連絡をとり、大学院から高木先生のもとで沖縄での調査研究をしたいと相談しました。このとき研究計画を練るうえで、私は2008年に高木先生らが発表していたダイトウコノハズクの近親交配回避に関する研究に興味を持ちました。もともと動物の血縁者間の関係は面白そうと思っていたので、血縁や近親交配をキーワードにダイトウコノハズクでの研究を進めることにしました。ダイトウコノハズク個体群は南大東島という隔離環境に生息する小さな集団なので、必然的に集団内の個体は互いに血縁者という関係になっており、血縁に関する研究を行うには適した研究材料でした。

2016年の野外調査を終えて高木先生のもとで相談をしていく中で、配偶者選択に関わるとされる免疫系の遺伝子Major Histocompatibility Complex (MHC)を調べてみようということになりました。MHCは免疫系において細胞と抗原が結合する部分のタンパク質をコードする遺伝子です。抗原と結合する部分のアミノ酸配列には豊富な多型があり、その豊富さが多様な抗原と結合することに寄与していると考えられています。ゆえに、異なるMHC遺伝子を持つ相手とつがうことが出来れば、生まれる子は自身のMHC遺伝子と相手のMHC遺伝子の両方を兼ね備えることで多様な抗原に対処できるようになると考えられます。MHC遺伝子に関して異なる相手を選ぶことで近親者との交配が回避でき、かつ、その行動には次世代の子の病原体への抵抗性能向上という適応的利益があると考えられるわけです。

様々な分類群の動物で実際にMHCが異なる相手とつがう傾向があることが示されています。しかし、そうした配偶者の選択によって子の世代を介して生じる適応度の向上は,これまでほとんど検証されてきませんでした。なぜなら、それを検証するには個体の生涯を追跡して生存や繁殖を記録し続ける必要があり、野生動物に対してそのような調査は多くの場合困難なことだからです。しかし、本研究で用いたダイトウコノハズク個体群は,2002年から現在に至る約20年間にわたって繁殖のモニタリングが行われており、生存や繁殖のデータも得られています。すなわち,ダイトウコノハズク個体群はMHCにもとづく配偶者選択の適応度利益の検証が可能な貴重な系とえます。

2017年春に安藤さんのご協力のもと、2016年に繁殖したつがいのMHC class II exon2 の配列を次世代シーケンサーで決定しました。実際のつがいのMHCに関する違い(2個体が持つアリルの可能な組み合わせのすべてで求めたアミノ酸置換数の平均値)を,ランダムに作出した仮想つがいのMHCの違いの分布に対して比較しました。その結果、実際のつがいのMHCの違いは,ランダム交配の場合に予想される値を逸脱し,ダイトウコノハズクはMHCが異なる相手とつがいになっていることがわかりました(図)。

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また, 2016年のつがいから生まれた子の2018年までの生存履歴データを標識再捕獲法で解析することで、それらの子の生存率に親のMHCの違いが寄与しているかを検証しました。その結果、親のMHCの違いが子の生存率向上に貢献している確証は得られませんでした。なお、2002年から2018年までの繁殖モニタリングで生涯の繁殖を追跡できた個体のデータから、長生きする個体ほど(つまり生存率が高いほど)生涯に残す巣立ち雛数が多いという傾向があることを確認しました。すなわち生存率が適応度指標となり得ることを確認しました。

以上の結果から,ダイトウコノハズクの親はMHCの異なる相手を選んでいるが,その配偶者選択により長生きで多産な子を残せるという従来仮説が仮定する適応利益を得ているとはいえないことが推察されました。これは子の世代の適応度要素データからMHCによる配偶者選択の利益を検証した世界的に貴重な研究事例です。

この研究をきっかけに大学院卒業後の現在は学振PDとして安藤さんに師事しています。リュウキュウコノハズクが島嶼個体群であるという特性を生かし、今年から新たな研究系として波照間島個体群の調査も立ち上げました。波照間島のリュウキュウコノハズク個体群も南大東島同様に小さな集団ですが、周辺には八重山諸島の他の島々があります。南大東島と波照間島で同じ点、異なる点を見出しそこから新たな面白い研究を展開できればと思っています。これまでの研究ではMHC遺伝子に絞った解析を行いましたがこれからはゲノム上の様々な遺伝子を対象に、鳥類の配偶者選択の研究を深めていきます。次は黒田賞を目指して研究に励んで参ります。

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日本鳥学会2021年度大会:標本集会へのお誘いと2019年度大会第3回標本集会報告

小林さやか(山階鳥類研究所)

今週末から開催される日本鳥学会2021年度大会で、第4回となる標本集会を企画しております。第4回へのお誘いとこれまでの復習を兼ねて、過去の集会報告を掲載いたします。

第1回「標本史研究っておもしろい―日本の鳥学を支えた人達」
第2回「標本を作って残すってどういうこと?―実物証拠としての標本」

皆様、ぜひお越しください↓
2021年度大会自由集会:9月17日(金)18:00〜20:00
W3:第4回「収蔵庫ってどういうところ?−標本収蔵施設の現状と問題点」

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日本鳥学会2019 年度大会自由集会報告

 

第3回 収蔵庫は宝の山!―標本の収集と保存を考える―
小林さやか(山階鳥類研究所)・星野由美子(島根県立三瓶自然館サヒメル)・岩見恭子(山階鳥類研究所)・川田伸一郎(国立科学博物館)・加藤ゆき(神奈川県立生命の星・地球博物館)

自然史標本は,生き物がその時,その場所に生息していた証拠である.安定して長く保存できる標本は,時間が経過してもなお,多くの情報を私たちにもたらしてくれる重要な研究資源である.標本の重要性は承知していながらも,管理する立場になると,増えていく標本にスペースが足りない,標本を整理するマンパワーが足りない,剥製に害虫が湧いたなど,悩みも多い.そして,これらの問題を担当者だけで抱え込んでいる場合もある.本集会は,標本の保存管理についての問題や対処方法を参加者と共有することを主目的に,3名の演者の事例を紹介した.(小林)

 

1.島根県立三瓶自然館の事例
―戦前の大コレクション「伊達鳥類仮剥製標本群」の困ったお話―

星野由美子

島根県立三瓶自然館が収蔵する標本数は,動物,植物,地質など各分野で18万点以上である.これらの標本は,館内スタッフだけでなく,館外の研究者や収集家が集めて寄贈されたものも多くある.このうち鳥類は約2,200点で,うち約1,600点が,戦前に集められた仮剥製標本群「伊達コレクション」であった.

伊達コレクションは,戦前にジャーナリストとして活躍した島根県出身の伊達源一郎氏(1874–1961)が趣味であった鳥類研究の一環で蒐集した標本である.5,000点以上あった標本は,第二次世界大戦後に接収された家屋とともに破却され,島根県安来市に疎開させたものだけが残った.そして1955年に当時の島根県知事が伊達氏より購入して本人に寄託した.その後,伊達コレクションは数回の移管を経て,1969年に島根県立博物館に保管転換され,1978年に日本産鳥類目録第5版に準拠して目録が発刊された.1991年には島根県立三瓶自然館に移管されたが,このときは整理済みとして標本の再整理などは行われなかった.

ところが2008年に,当館の企画展でこのコレクションを展示するにあたり,1978年に作成された目録と標本ラベルのデータを照合したところ,目録と標本ラベルとの間に,かなりの違いがあることが判明した.目録に記載されたデータが標本ラベルより詳細であったり,採集日が大きく異なったりしたのである.これらは単なる誤表記では無いと考えられ,別の資料が存在していたと推測された.また,標本ラベルの様式は複数あったのに,標本1体につき1枚のラベルしかなく,過去にラベルの付け替えが行われたことが示唆された.そこで,過去の目録を作成した際の資料等を探しながら再整理をはじめたが,何回もの移管により資料は散逸しており,根拠となる資料は見つけられなかった.さらに同年代に活動していた採集者の日記等の出版物などを参考に,採集日や採集地が合致するデータを照合してみたが,該当するデータを見つけるに至っていない.

現在も少しずつ再整理の作業を進めているが,鳥類担当職員は1名しかおらず,展示作成や解説,自然観察,野外調査などの業務もあり,標本の再整理にかけられる時間はほとんどない.業務の優先順位からも,標本の再整理は緊急性を理解されにくく,後回しになりがちである.加えて使わない資料は廃棄するなどの5S活動(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)なるものが声高らかに宣言される中で,博物資料の重要性を組織内部に説得することにも気を配らなければならなくなった.

ほとんど利用されない学術標本に時間と労力と経費をかけることには重要性の理解を得にくいため,その価値を理解する研究者に活用していただき価値を高めていただくことも必要なことかもしれない.とはいえ種名,採集日,採集地が正しいことが前提の学術標本群.これからも多くの方のご理解,ご協力を得ながら少しずつ整理を進めていきたいと考えている.

 

2.標本を残すためにできること―山階鳥類研究所の取り組み―

岩見恭子

山階鳥類研究所は国内最大の鳥類の標本数を保有し,研究に生かすべく日々模索している.山階鳥類研究所には約8万点の標本が保管されているが,現在でも毎年約600個体の冷凍鳥体と,約500点の剥製標本(2005–2018年の平均値)が寄贈,収集されている.特に,最近では個人所蔵の展示用本剥製の寄贈が増えている.これらのなかには,学術標本があまり収集されなかった1950年代以降に採集された剥製も多く,山階鳥類研究所のコレクションの中でも手薄になっている時代を埋める貴重な標本になっている場合がある.

個人宅で鑑賞されていた剥製は損傷や,汚れが見られることもあり,修復が必要なこともある.修復の際に剥製の中を確認すると,その作り方や材料から年代を推定することができる場合もある.ラベル情報のない剥製の製作年代を推定することは,多分野の研究に利用できるようになるため,学術標本としての価値を高めることができる.また,寄贈者に了解を得た剥製については,翼を切り離すなど形状を変化させることで,より観察がしやすく,研究が行いやすい標本に作り変える工夫もしている.これらの作業は全てデータベースに記録され,修復前の状況およびその後の形状が分かるようにしている.

近年では微量な組織サンプルから,絶滅した種の系統解析や,安定同位体比分析を用いた過去の餌分析など,標本を用いた様々な研究が行われるようになってきている.時代や地域を超えて収集された標本はまさに宝の山と言えよう.

 

3.無目的収集のすすめ

川田伸一郎

博物館にとって一番大切なものは標本である.標本があるからこそ,博物館の展示は成立するし,学習活動も行える.そして研究もできる.自分のためだけではない.博物館の標本は多くの人の研究を支える資源だし,外部に貸し出して展示などに利用することもできる.国立科学博物館は日本の標本蓄積の拠点だから,僕は自分の担当である哺乳類の標本を集め続けなければならない.そのスローガンとして「3つの無」という標本収集規範を心に念じながら日々の作業に励んでいる.

一つ,標本収集は「無目的」であれ.僕には多くの標本提供者がいるが,時に「何が必要か?」と問われる.僕は「なんでも受け入れますのでお願いします」と即答する.標本は何時どのような形で役に立つかわからない.だからなんでも大切に残しておかなければならない.例えば僕はモグラの研究者なので,モグラの死体を送ってくれるのは大歓迎だけど,それだけ集めていたら博物館の標本はモグラだらけになってしまい,僕は嬉しいけど他の人にとっては魅力を欠くものになってしまう.我々が希少種などと位置付けるようなものは多くの人にとって魅力的なものだから集めるのは当然.一方で外来種などと位置付けられるようなものは多くの人は集めようとしない.これこそ沢山収集しておけばいざという時に役に立ちそうだ.だからクロウサギだろうがマングースだろうが,僕は差別しない.人類はまだ標本の可能性を知り尽くしていない.

一つ,標本収集は「無制限」であれ.僕がこれまでに収集してきたものにニホンカモシカの頭骨14,000点という膨大な標本群がある.「そんなに集めてどうするの?」と問う人もあるが,今も集め続けている.かのチャールズ・ダーウィン氏も述べているように,生物には変異がある.変異のパターンは個体群内の違いの他に,性・齢・地理的なものもある.例えばある地域に生息する20 歳くらいが寿命のカモシカの頭の形をちゃんと知ろうとして,個体間のばらつきを調べるのに30標本くらい必要だとしたら,30×2(性差)×20(齢変異)=1,200標本は最小限必要となる.地域間での違いを考慮するとこの数倍のものが必要だし,年齢構成にもばらつきがあって,高齢の標本は少ない.狩猟によって頭骨が破損しているものも含まれると思うと,やばい,まだまだ足りない.もっと集めなきゃ.

一つ,標本収集は「無計画」であれ.標本の材料,すなわち動物の死との出会いは一期一会である.その時を逃しては再び出会えないかもしれない.常にそう思い続けて,即断,即動である.時には博物館で重要な展示会議がある日にそのチャンスはやってくる.しかし最初に述べたように,博物館にとって一番大切なものは標本である.だから会議の主催者は僕を標本収集の現場に送り出してくれる.そしてこの無計画な標本収集から,また新たな展示品を使用した展示計画が生まれることもあるのだ.

 

おわりに

事例発表の後,意見交換の時間を設けた.参加者からは,個人宅で所有していた,採集情報がなく,ワシタカ類の翼を広げた飾り用の本剥製の扱いはどうしているのか,収集していた標本を寄贈する際に標本のリストがあった方がよいかなど,様々な意見が出された.標準的な回答をいえば,標本はできるだけ残した方がよいし,寄贈されるときに標本リストがあった方がよいのだが,ケースバイケースで考えていかなければいけないであろう.しかし,会場から発言された方も,答える私たちも所属機関の内情は話しにくく,標準的な発言にならざるを得なかった感がある.それが本集会を開催してみての課題であろう.

標本を残すことは未来の研究を支えることである.それぞれの館で抱える問題は多く,標本を残すための環境が劇的に良くなる兆しはなかなかない.しかし,より多くの標本を残していく志を持ち続け,博物館同士が情報を共有し,互いに助け合える関係を構築していくことが大切だと考えている.本集会のようにそれぞれの情報を出し合って,共有することを続けていくことがその第一歩となるであろう.博物館関係者が集う場は他にも数多くあるが,鳥類標本だけに特化した事情もある.鳥類の専門家が集う鳥学会大会で集会を開くことで,今後も情報共有していきたいと考えている.

最後に鳥の学校や他の集会が平行して開催されるなかで,本集会に参加いただいた65名の方々にこの場を借りてお礼申し上げる.今後も引き続き関心を寄せていただければ幸いである.(小林・岩見・加藤)

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日本鳥学会2021年度大会:標本集会へのお誘いと2018年度大会第2回標本集会報告

小林さやか(山階鳥類研究所)

今週末から開催される日本鳥学会2021年度大会の自由集会で、第4回となる標本集会を企画しております。今回は、実際に博物館で標本の管理にあたっている方々から、各館の標本収蔵庫の紹介と、標本管理の悩みをお聞きする予定です。第4回へのお誘いとこれまでの復習を兼ねて、過去の集会報告を掲載いたします。第1回「標本史研究っておもしろい ―日本の鳥学を支えた人達」はこちらをご覧ください。

皆様、ぜひお越しください↓
2021年度大会自由集会:9月17日(金)18:00〜20:00
W3:第4回「収蔵庫ってどういうところ?−標本収蔵施設の現状と問題点」

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日本鳥学会2018年度大会自由集会報告
第2回 標本を作って残すってどういうこと?―実物証拠としての標本

加藤ゆき(神奈川県立生命の星・地球博物館)

筑波大学で開催された2017年度大会で,「標本」をテーマに自由集会が開かれたことをご存知でしょうか?主催者は山階鳥類研究所の小林さやかさんと北海道大学植物園博物館の加藤 克さん.お二人のほかに国立科学博物館の川田伸一郎さん,山階鳥類研究所の平岡 考さんが,標本の由来や収集の歴史を,標本ラベルや文献資料を手がかりに解明していく面白さについて,ご自身たちの経験を交えながら熱く語ってくださいました.

しかし,2 時間という限られた時間では足りるはずもなく,その後の懇親会でさらに熱く語り合ったことは言うまでもありません.そのときに,小林さんと「標本をテーマに来年度以降も自由集会を開催できればいいですね」,「いいですね.やりましょう!」と“約束”したことにより実現したのが,今大会の自由集会「標本を作って残すってどういうこと? ―実物証拠として標本」です.

私自身は県立の自然史博物館で鳥類担当学芸員として,標本の収集や管理,調査研究,展示や講座等の普及活動を行っています.標本収集といっても標本を購入するのではなく,検体を動物園や鳥獣保護施設等から入手し,検体の状態・博物館の収蔵状況や使用目的に合わせ,自分たちで加工して標本にします.このような日常業務をもとに自由集会のテーマを「標本を作って残すこと」としました.1回目の自由集会は標本史にまつわる演題でしたが,2 回目は「標本とはどのように作り保管するのか?」という原点に戻ろうと考えたのです.小林さんに2 回目の自由集会開催の旨を伝え,演者探しを始めました.

真っ先に思い浮かんだのが,山階鳥類研究所で標本収集や作製,管理をされている岩見恭子さんです.鳥類を専門とする研究機関である山階鳥類研究所には,はく製や骨格,巣,卵,液浸標本など約7万点の標本が収蔵されています.学術的に貴重な標本も多く,すでに絶滅した鳥や希少な鳥の標本,種の記載の基準となったタイプ標本も含まれています.このような施設で研究員として積極的に標本を収集,作製されている現状をお話しいただきたいとお願いしたところ,ご快諾いただけました.

次に浮かんだのが,標本士の相川 稔さんです.私の働く神奈川県立生命の星・地球博物館(地球博と略す)の鳥獣分野では標本作製のお手伝いをボランティアにお願いしています.その指導者であり,学芸員のよき相談相手でもある相川さんは,高校卒業後,ドイツの専門学校で標本作製の技術をまなび,ドイツの博物館で標本士として働いていた方です.「標本作製の技術を日本にも」と帰国され,博物館で標本を作ることにこだわりを持ち活動を続けてきました.相川さんにはヨーロッパでの標本作製の現状をお話いただきたいとお願いし,こちらもご快諾いただけました.

研究者,標本士とそろい,あとは博物館施設の職員や個人として取り組み事例を紹介していただける方を考えました.幸いなことに開催地である新潟県には,地球博に縁のある人材がそろっています.新潟県愛鳥センターにお勤めの高澤綾子さんと佐渡島在住の岡久佳奈さんです.高澤さんは地球博に8ヶ月ほど非常勤職員として勤務し,その間,鳥類標本の作製・管理を担当していただきました.新潟県に転居後は愛鳥センターに勤め,展示施設や講座などで使う本はく製や翼標本などを作製している方です.岡久さんは鳥獣の標本作製に興味をもち,地球博のボランティアとして活動しました.佐渡島に転居後は,地元で拾得される鳥獣検体を標本として残すべく個人で活動されている方です.おふたりとも二つ返事で引き受けてくださいました.

さて,準備が整ったものの要旨を出す段になり急に不安になりました.参加者が集まるだろうか?自由集会は夕方に設定されることが多く時間が限られることから,複数のテーマが同時に開催されます.例年開催されているガンカモ類やカワウなどはリピーターが多く,また人気の集会と重なると参加者が少なくなります.そこで相川さんに願いし“実演”を行うことにしました.

実は,前大会でも標本作製の実演を主とした自由集会が企画されていましたが,主催者都合により中止となりました.中止を惜しむ声が各所から聞かれていたことを思い出し,実演を入れることにしました.学会会場では数名から参加表明があり,「実演はいつやるの?」と聞く方もいて標本作製への関心の高さが伺えました.

当日です.はじめに,私が集会の趣旨説明を行いました.今回標本として扱うのは,個人宅などにある装飾を目的として作られたはく製ではなく,研究機関や博物館施設,個人などが研究や普及のために収集,保管している標本であること,標本にはいろいろな種類があること,自然史標本の重要性などを紹介し,岩見さんにバトンタッチしました.岩見さんは「学術標本を収集する意義 ―山階鳥類研究所での取り組み」と題し,研究所の概要や普段の標本作製の様子,収蔵状況を紹介し,学術標本がもつ重要性と保管し続ける意義についてお話いただきました.標本のリメイクや標本作製に関するデータベース,人材育成の取り組みについての紹介もあり,非常に興味深い内容でした.データベースは細かく項目が設定されており,採集データはもちろんのこと,検体の状態や製作段階,作製された標本種,配架場所などが一目で分かるようになっています.参加者は人材育成のための標本作製講習に注目していました.専門的な知識に基づいた講習は確かに魅力的です.

次いで相川さんからは「博物館標本の長期保存と幅広い活用を目指して」と題し,ドイツの博物館での標本士としての仕事紹介の後,標本士が行った下処理時の薬剤の違いによる虫害の影響についての発表がありました.かなり大胆な実験で,まったく薬剤を使用しないものから,現在主流で使用されている毒性の弱い薬剤を使ったもの,使用禁止になっている毒性の強い薬剤を使ったものなど,薬剤の種類や組み合わせを代えて作った標本を複数用意し,1 年間屋外に置いて虫による食害を調べたという内容です.その結果を元に,標本を残すための使用薬剤の重要性についてお話いただきました.

高澤さんからは「「使うこと」を前提に作る標本」と題し,愛鳥センターでの取り組みを紹介いただきました.新発田市にある愛鳥センターは傷病鳥獣の保護・治療施設で,広くはありませんが展示室があり,探鳥会などの普及活動も行っています.高澤さんはそこで活用することを前提とした標本を作っており,本はく製だけではなく脚だけの標本や翼標本など,触ることが出来る標本が多いのが特徴的でした.翼標本は展示だけではなく,探鳥会の説明資料や学校への貸し出し教材としても活用されており,人気の高さが伺えました.愛鳥センターには標本を収蔵できる設備はなく,また標本作製の人材も非常勤職員である高澤さんだけで,継続性に不安があるとのことでした.

岡久さんからは「動物を調べ 標本を作る 人材の育成計画 in 佐渡島」と題し,佐渡島でのご自身の取り組みについてお話いただきました.佐渡島にはサドモグラやサドカケスといった固有種・固有亜種が生息し,再導入事業により放鳥されたトキが身近な環境で見られるなど,多様な自然環境がみられます.しかし,島内には自然史を主とした博物館やビジターセンターなどの研究・情報発信施設がなく,島民が島の生物に慣れ親しむ機会はほとんどないようです.岡久さんは,佐渡をフィールドに研究をしている専門家を講師に迎え講演会や講座を開催し,簡単な生態調査を行ったり動物標本を作製したりすることにより,島内の身近な生き物の面白さや希少性に気付くきっかけ作りをしています.悩みは冷凍庫のスペースを大きく占める哺乳類の処理を優先するので,鳥類にはなかなか手をつけられないとのことでした.研究者を巻き込みながら標本作製の人材を育てていくという取り組みはユニークで,佐渡島の動物の記録を残すという点でも重要です.継続して事業をすすめて欲しいと感じました.

最後に地球博の哺乳類担当学芸員の広谷浩子から神奈川県で計画している標本作製にかかる博物館施設の連携について紹介がありました.全講演を通して,標本を後世に残す重要性が確認される一方,人材や設備についての問題が浮き彫りになりました.

いよいよ相川さんによる標本作製の実演です.短時間で出来るよう,あらかじめ胴部をぬいて下処理をしたアカショウビンを教材としました.取り除いた胴部には木材を糸状に削った木毛(もくもう)をまるめて胴体に代わるものを作り,針金を使って仮はく製へと仕上げていきました.今回は残念ながら途中で時間切れとなり,羽を整える仕上げまではできませんでしたが,30分ほどの実演は参加者の注目を浴び,多くの方が動画を撮影していました.

参加者は岩見さんのお話が始まる段階で52人,最後の実演が始まるときには60人を越えており,鳥学に関わる人たちの標本作製に対する関心の高さが伺えました.実演終了後,数名の方から地球博で鳥獣標本の作製に携わりたい,という希望も寄せられました.採集データ等の情報を持った標本は実物証拠として重要であり,後世に残していくべき“自然財”ともいえるものです.鳥学関係者の中には,標本を研究材料として活用される方も多いはずです.このような活用のためには,専門知識に基づいた標本作製ができる人材と適切な環境での保管が重要だと再認識をした自由集会でした.

最後になりましたが,今回の自由集会に協力いただいた演者のみなさま,時間ぎりぎりまで会場を使わせてくださった2018年度大会事務局のみなさま,参加してくださったみなさまにお礼申し上げます.本自由集会はJSPS科研費JP17K01219 の研究の一環として開催しました.

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日本鳥学会誌70巻1号 注目論文のお知らせ

藤田 剛 (日本鳥学会誌編集委員長)

日本鳥学会誌では、毎号の掲載論文から編集委員全員の投票で注目論文を毎号選んでいます。選ばれた論文は、掲載直後から J-stage でダウンロード可能になります。

で、今回は70巻1号の注目論文の紹介。

著者:藤井忠志さん
タイトル:クマゲラの生態と本州における研究小史
https://doi.org/10.3838/jjo.70.1

白神山地のニュースなどから、クマゲラが本州の森にもくらしているのをご存知の方も多いと思います。この論文は、本州に生息するクマゲラの研究の歴史をふり返りつつ、これまでの研究によって、本州に生息するクマゲラの生態と現状、保全上の課題などをまとめた力作です。

以下は、著者藤井さんからの熱いメッセージ。

本州では幻のキツツキ・クマゲラと関って40年が経過しようとしている。その間、小笠原暠先生からご教示を得て、先輩の(故)泉祐一氏からは生態や調査法の手ほどきを受け、白神山地を中心とする北東北のブナ林を駆け回った。白神山地が世界自然遺産指定になる前の調査では、私はじめ調査仲間が危うく命を失いかけたこともあった。そんな命がけの調査のデータや想いを70巻第1号に掲載できたことは大変うれしく、光栄に思う。

クマゲラの減少も去ることながら、クマゲラ研究の後継者がほとんどいないことに危惧する昨今である。

NPO法人本州産クマゲラ研究会 理事長 藤井忠志
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クマゲラがすむブナ林 2015年5月9日 (撮影: 藤井忠志. 青森県鯵ヶ沢)

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巣口の雄 2010年6月12日(撮影: 藤井忠志. 秋田県森吉山))

ぜひ、ご一読を。

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女性リーダーが例外ではない社会を目指す ~第18回男女共同参画学協会連絡会シンポジウム参加報告~

中原 亨・山本麻希・堀江明香(企画委員)

2020年10月17日、新型コロナウイルス感染症の影響で対面での大きな会議ができない中、第18回男女共同参画学協会連絡会シンポジウムがオンラインで開催された。鳥学会からは毎年オブザーバーとして企画委員が参加しており、本年度は山本・堀江・中原の3名が参加した。今回のテーマは「女性研究者・技術者の意思・能力・創造性を活かすために~女性リーダーが例外ではない社会をめざして~」であった。

当日は、午前中に分科会と特別企画が行われた後、午後に4題の基調講演が行われた。分科会では、JAMSTECの原田尚子氏から南極越冬隊におけるリーダー像模索の体験談、(株)協和発酵の神崎夕紀氏からキリングループの取り組みとキャリア形成における体験談、そして前日までワークショップを担当されたニューヨーク州立大学ストーニーブルック校のLily Cushenberry氏から、心理学的側面から考えるリーダー像、革新的な試みを進める上での環境づくり、科学・技術・工学・数学分野(STEM)での女性のキャリア形成における課題等についての話題提供があった。その後、特別企画として第18回連絡会における提言・要望と、コロナ禍における研究者の活動実態に関する調査報告が行われた。

午後の基調講演の最初の講演者は東京大学の上野千鶴子氏。「男女共同参画はゴールかツールか?」というタイトルのもと、男女共同参画の実態と課題について話題提供があった。まず2003年に提示された男女共同参画目標の「202030」(2020年までに、指導的地位に女性が占める割合が少なくとも30%程度になるよう期待する)の数値目標を達成できなかったこと、そして雇用の面では女性の就業率は増えてきているものの、その約6割が非正規であり、男女の賃金格差が生まれていることなどが紹介された。女性研究者を取り巻く問題にも触れ、婚姻率が低いことや、女性研究者の生存戦略として、先端的な、男性とかぶらないニッチの、小規模なテーマを突き詰めていくことを実践している方が多いことなどが紹介された。さらに、「女性を増やすこと」がどういう意味を持つのか、という点に関して、ジェンダーと密接にかかわる言語が変わることによって学問が変わるという人文科学系研究者の意見や、性差医学が向上するという生命科学的側面など、具体的なメリットについての言及があった。最後に、男女共同参画を目的達成のためのツールとして考えるならば、「社会的公正」「効率性の向上」「社会変革」がその目的となりうる可能性があることが述べられた。そして、様々な社会問題が存在する中で持続可能性が叫ばれる現代において、安心して弱者になれる社会を創りたい、という内容で締めくくられた。
2人目のElyzabeth Lyons氏(米国国立科学財団NSF)からは、NSFが実施した、女性がSTEMに参加できるようになるための取り組みについての話題提供があった。早い段階からSTEM分野に興味を持ってもらうための、大学生までの女性向け教育プログラムを長年にわたって実施するとともに、組織のトップの考え方を変えていくためのプログラムを開始したことによって女性の個人向け支援から組織向けの支援へと広がりを見せたことが紹介された。

3人目の渡辺美代子氏(科学技術振興機構)からは、世界から見た現在の日本の男女共同参画の状況と、さまざまな調査事例・研究事例が紹介された。世界から見て現在の日本は、教育面では高水準であるのに対し、創造的・主体的人材の育成や女性の参画が不足していること、SDGs達成目標の「ジェンダー平等」が「達成に程遠い」とされる3か国に含まれてしまっていることが指摘された。一方で、高水準とされる教育面においても学力到達度の男女差が近年拡大していることも指摘された。男女差や男女混合チームについての興味深いデータも提示され、点数で評価される科学オリンピックでは男子の、口頭発表で評価されるSSHでは女子の受賞率が高いという違いや、男女混合グループの研究論文の評価や特許の経済価値が相対的に高いことが紹介された。さらには、無意識のバイアスの存在を理解することの重要性と、無意識のバイアスにとらわれないための女性限定公募の必要性についても述べられた。

4人目の栗原和枝氏(東北大学)からはまず、学協会連絡会の歩みについての紹介があった。連絡会立ち上げの経緯や、連絡会が実施した大規模アンケートに基づいて様々な提言が提出されたこと、それらの貢献等によりRPD制度が創設されたことなどが紹介された。次にご自身の研究歴と体験談の紹介があった。最後には若い世代に対して自分で限界を作らずに活躍してほしいとのエールが送られ、世代にあった男女共同参画のための活動をおこなうとともに、社会貢献を考えた研究活動を行ってほしいというメッセージで締めくくられた。

すべての講演が終わった後には、講演者によるパネルディスカッションが実施され、高校における文理選択の問題点の指摘や、ワークライフバランスについての講演者の意見紹介、男女の壁を越えるための仕組みづくりに対する意見紹介、女性研究者が増加することによる科学技術分野への貢献は何か、といった議論がなされた。オンラインで参加者間の顔が見えないシンポジウムであったが、多岐にわたった話題提供と議論がなされ、盛況のうちに幕を閉じた。

以下、講演を通して考えたことや感じたことを各参加者の言葉で綴り、参加報告とさせていただきたい。

今回初めてシンポジウムに参加する機会を得たが、視聴した講演の内容は「無意識のバイアス」を強く意識するものであった。無意識のバイアスとは、自分でも気づかないような、ものの見方や捉え方の偏りのことであり、以前の堀江さん藤原さんの記事でも触れられている。今までの組織は過去の男性社会の中で構築されてきたものが多く、その根底には男性の無意識のバイアスが存在する可能性がある。そうした中で構築されたルールや評価軸には、女性に不利に働いてしまうものもあるかもしれない。いかに公平に判断を下そうとしても、その基準となるルールや評価軸に男性の無意識のバイアスが反映されてしまっていたら、それは公平とは言えないだろう。しかし男性のみで構成されている組織であったら、そのバイアスに気づかないかもしれない。組織運営において適切な男女比率を達成することは、こうした問題を解決し真の男女共同を実現するために必要不可欠である。そして男性は自分では気づきにくいからこそ、過去に男性社会の中で作られた組織内では特に、無意識のバイアスの存在可能性を意識しながら動くことが必要であると感じた(中原)

中原さんが午後の内容を中心に書いてくださったので、午前中の感想を書きたいと思います。最初の講演の原田氏のお話しは、南極観測の隊長という重責を果たされたご経験のお話だった。南極という極限環境のもと調整型リーダーシップは女性の方が向いているかもしれないというお話があった。一方で、女性リーダーの下で働きたくないという偏見もあるという。昨今のコロナを見ると優秀な女性リーダーが目立つように思うが、どこでも女性リーダーを熱望されているのに、なりたいという人がいない中、勇気をいただいた体験談でした。あと、キリンホールディングスが行っている“なりきりんパパ、ママ制度”はとても面白いと思いました。体験したことがないと子供がいる人の苦労はわからないということで、バーチャルであっても“いきなり子供が熱を出したから帰ってくださいというシチュエーションが発生し、保育所から電話がかかってきて、その体験者はその場で仕事を止めて帰らなくてはならないという体験を通して、パパママの苦労を身ともって知るのだとか。そこまでやるんだと思う一方で、会社全体としてそのようなユニークな取り組みをしているキリンの本気を見た気がします。(山本)

「彩度対比」あるいは「明度対比」という目の錯覚をご存じだろうか?同じ色でも、鮮やかな、あるいは明るい背景色に重ねた場合はくすんだ暗い色に、彩度の低い暗い背景色に重ねた時は鮮やかな明るい色に見える。今回のシンポジウムのパネルディスカッション中で議論された「女性限定枠の是非」について、科学技術振興機構の渡辺美代子氏は、男性の中に混じると女性は一段、低く評価されるため(無意識のバイアス)、そもそも公募の入り口から男女を分けるべきだ、と主張した。男性ばかりの組織では男性が選ばれやすい(無意識のバイアス)。女性限定公募も、女性割合の目標も、これらのバイアスを効果的に排除するために設けられている。強制力のあるやり方以外で、男女平等を達成できた社会はほとんどない、と渡辺氏は強調した。今回のシンポで一番、みなさんに伝えたいと思った点である。感想としては、「なりきりんパパママ」はとても面白い取り組みだと感じたし、渡部氏には女性研究者のロールモデルとして強い魅力を感じたし、上野千鶴子氏の「男女共同参画はゴールかツールか」という問いかけにはハッとさせられた。心新たに、今後の情報に注視していきたい。(堀江)

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「ツバメのせかい」発売中!

石川県立大学・客員研究員
長谷川 克(理学博士)

こんにちは!ツバメ研究家の長谷川克と申します。この度、森本元博士に監修いただき、「ツバメのせかい」という本を執筆いたしましたので紹介させていただきます。

本書は前著「ツバメのひみつ」の姉妹書です。前著では客観的に見たツバメの進化や生態について—例えば、ツバメの長い尾羽がどのように他個体に作用して進化してきたか、ヒトのそばで繁殖する意味など—幅広く扱わせていただきました。こうした客観的なツバメ観は個人の印象や思い込みに左右されずにツバメという生物を正確に捉えるのに必要不可欠な物の見方です。

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書影

でも、客観視することで相手を完全に理解できるかといえば、もちろんそんなことはありません。ツバメがどのように生き、どうやって進化してきたのか理解するには、ツバメ自身の物の見方、いわばツバメ主観的な世界を知る必要があります。例えば前述した燕尾についても、ツバメたちが物差しで客観的に長さを測定できるなどと考えるのはナンセンスです。むしろ、彼らにとっては「長く見える」燕尾をもつことが大事で、ヒトが二重や涙袋で目を大きく見せるように、ツバメも積極的に錯視を利用して尾羽を長く演出して、進化の仕方を変えていると考えられています。おまけに鳥類はヒトと違って紫外線や偏光まで見えるため、こうした視覚情報も日々の暮らしと進化に絡んできます。もちろん視覚以外の感覚、あるいは感覚器で受容された刺激がその後どうやって脳で処理されるかによっても、世の中の捉え方(と生き様)が変わります。

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飛翔中のツバメ

「ツバメのせかい」では、そうしたツバメから見た世界にクローズアップし、客観的な世界観だけでは扱いきれなかったツバメの生き様を扱うことを目的としています。今風に言えば、「推し」の世界観を紹介する本、といえるかもしれません。もちろんツバメの世界はツバメ1羽だけで成り立っているわけではなく、近隣個体や、同種他個体が織りなす社会、あるいは他種生物との様々な関わり合いによって構成されますので、本書ではツバメたちから見た物理環境と生物環境の両面から彼らの世界に迫ります(普段の観察では見落としがちな寄生虫や腸内フローラ等との相互作用も扱っています)。

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ツバメに関わる生物の例(下段右から2番目(C)佐藤雪太)

なお、私たちのように定住生活する生物では周りの環境もそうそう変わりませんが、「渡り鳥」として繁殖地と越冬地を毎年行き来するツバメでは、晒される環境も大幅に増え、目まぐるしく変わることになります。前著「ツバメのひみつ」では、ツバメの生活を繁殖地と越冬地で分けて別々に扱っていますが、「ツバメのせかい」では渡り自体に着目し、ルートの問題だったり、タイミングの問題だったり、ツバメにとっての(動的)環境を扱いました。

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ツバメの渡り

結果として、「ツバメのせかい」は前著とは違った切り口でツバメを扱った書籍になっています。あくまで続巻ではなく姉妹書なので、「ツバメのひみつ」を読んでいなくとも本書を楽しんでいただけますし、両方読んでいただければ切り口の違いも感じとっていただけると思います(どちらも共通して著者のダジャレが頻出しますが、これについては鼻で笑って受け流してください)。

本書「ツバメのせかい」はツバメに興味のある幅広い読者(ファン)層を対象としていますので、前著同様にわかりやすい表現で基本的なところから解説しています(監修の森本元博士や編集者の方々には大いに助けていただきました・・・というより偏屈な私に辛抱強くご対応いただいて感謝しかありません)。鳥学通信をお読みいただいている皆様には耳タコな話題もあるかもしれませんが、エピジェネティクスやソーシャルネットワーク等を扱った最近の知見も盛り込んでいますので新しい発見も必ずあると思います。ぜひこの機会にお手に取っていただき、ツバメの世界を覗いてみていただけますと嬉しいです。

図はいずれも「ツバメのせかい」より

【書籍情報】
長谷川 克(著)・森本 元(監修). 2020. ツバメのひみつ. 緑書房
長谷川 克(著)・森本 元(監修). 2021. ツバメのせかい. 緑書房

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一緒に鳥の研究しませんか?

北海道大学大学院地球環境科学研究院
助教・先崎理之

はじめに
鳥学通信には初めて登場させて頂きます。北海道大学の先崎と申します。縁あって2019年4月より北海道大学大学院地球環境科学研究院・環境科学院に助教として採用していただき、独立した研究室を運営しています。そこで今回は宣伝もかねて当研究室を紹介させて頂きたいと思います。

どんな研究をしてきたの?
まず最初に私自身の研究について簡単に紹介させて頂きます。私はこれまで主に鳥を対象として保全生態学的な研究を展開してきました。保全生態学とは平たく言えば「生き物を守るために必要な科学的知見を明らかにし実社会に還元する学問」のような感じでしょうか。保全は生き物への深い知識だけあれば進むと思われる節もあります。しかし、実はそんな簡単な話ではなく、金銭コストや見返り(効率)等の複数の科学的情報を統合しバランス感覚に優れた意思決定が不可欠な奥が深い学問分野です。

こうしたことから私は保全の意思決定に必要であるのに未解明だった問いに取り組んできました。例えば、我が国では根拠薄弱のまま行われていた多種の保全のための猛禽類の保全には利点と限界があること(Senzaki et al. 2015 Biol Conserv; Senzaki & Yamaura 2016 Wetland Ecol Manage)、象徴種(タンチョウ)の利用は保全活動への市民の金銭的支援を助長するベストな選択肢であること(Senzaki et al. 2017 Biol Conserv)、海鳥類、アカモズ、シマクイナ等の個体数ステータスや繁殖状況等を明らかにしてきました(Senzaki et al. 2020 Bird Conserv Int; Senzaki et al. in press Wilson J Ornithol; Kitazawa & Senzaki et al. in press Bird Conserv Int)。

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湿地や草地で暮らすチュウヒ

(チュウヒの保全は、似たような環境を好む鳥類の保全には効果的だが、草本や哺乳類の保全には役立たないことが分かった。)

また、ここ数年は感覚生態学(Sensory Ecology)という分野に精力的に取り組んでいます。具体的には、人為騒音や人工光といった感覚汚染因子が、フクロウ類の採食効率を低下させたりマクロスケールでの多種の繁殖成績を決める要因になったりすること(Senzaki et al. 2016 Sci Rep; Senzaki et al. 2020 Nature)、はたまた鳥類を中心とした多分類群間の相互作用(Senzaki et al. 2020 Proc R Soc B)や生態系機能(Senzaki et al. in prep)さえも変えることを野外操作実験とビックデータによる検証の双方から示してきました。これらから、現在は見過ごされているこうした感覚環境(Sensory environments)をありのままに保つことが鳥類の保全に大きく貢献するという仮説を検証しています。

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トラフズク
(騒音がうるさいと餌を見つけにくくなることが分かった。)

どんな研究をできるの?
さて本題に入りましょう。出来立てほやほやの当研究室ですが、上記のような鳥の保全に関わる研究テーマに興味をお持ちの学生さんは当研究室で思う存分に研究が展開できます。北大には鳥を扱う優れた研究室が他にもありますが、保全を専門に扱える点は当研究室ならではと考えています。特に鳥を対象にした感覚生態学研究は、日本で専門に学べる研究室が他になく世界的な競争者もまだ少ないため、フィールド経験がそこまでなくても世界に通用する新規性の高いテーマに取り組める可能性を大いに秘めておりお勧めです。もちろん、他のテーマでも面白ければなんでも良いというのが個人的なスタンスですが、いかなる場合でも学術的に必要とされているかどうかを説明できるというのが当研究室におけるテーマ選定時の重要な規準です。

一方で、私は現役バリバリの鳥屋であり、その力量の向上には日々全力を注いでいます。日本列島の鳥は独特で面白く、また優れたアマチュア鳥屋も少なくないため、アッと驚く未解明の現象が身近に見つかる可能性が大いに残されています。こうした点から、フィールドから得た鳥の生態に関する面白い仮説を解き明かす研究や鳥屋的知的好奇心を満たす研究を長い目で続けていくことも目指しています。私自身は現在シマクイナの行動に関わる斬新な仮説の検証(手探りなため具体的内容はまだ秘密)と気象研究者で同僚の佐藤友徳准教授と古くからの鳥仲間である渡辺義昭さん・恵さん夫妻におんぶにだっこ状態でヒメクビワカモメのリアルタイム渡来予報開発などに取り組んでいます(先崎 2020 Birder)。とっておきの鳥類の行動や生態を研究してみたいという学生さんや、鳥屋的気づき・視点を生かした研究テーマをお持ちの学生さんは是非当研究室にお越しください。

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開発中のヒメクビワカモメのリアルタイム予報

(10日先までの知床半島における出現確率を自動で表示してくれる。まだ試作段階で画像の日付は本来の予測期間外。今年中には論文を執筆したい。)

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美しいヒメクビワカモメの成鳥

(北海道オホーツク海沿岸への渡来は少数の気象条件でほとんど説明できることが分かって来た。)

どうすれば入れるの?
環境科学院は学部を持たない大学院組織ですので、全ての学生が外部から進学してきます。毎年、修士課程は夏と春に入試を行っていますのでそれを受験し合格できれば入学できます。私の担当する専攻・コースは環境起学専攻・人間生態システムコースと生物圏科学専攻・動物生態学コースで、いずれからも学生を募集しています。

前者(起学)は鳥を対象にちょっと学際的なテーマに取り組んでみたかったり、ある程度は英語で研究を進めてみたい方にお勧めです。日本語を母語としない留学生が一定数おり、周囲の教員陣(露崎教授・根岸准教授・佐藤准教授など)はそれぞれ異なる分野を専門とする一流研究者ですので、様々な角度から研究を洗練させることができます。

後者(生物圏)はガチ勢鳥屋あるいはフィールドに身をささげたい方にお勧めです。私を除く同コースの教員陣(野田教授・小泉准教授・大館助教と副担当の揚妻准教授・岸田准教授・森田准教授)は群集・個体群・行動・進化など多様な側面から日本の動物生態学を牽引する一流研究者ですので、日本一のフィールド生態学的環境に身を置いて研究を進めることができます。

意欲と斬新なテーマをお持ちの学生さんをお待ちしております。もし当研究室に興味を抱いて頂いて頂けましたらお気軽にお問い合わせください。是非一緒に面白い研究をしましょう。

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なぜ、今「センカクアホウドリ」を提案したのか?

江田真毅(北海道大学)

 「尖閣諸島」。皆さん、この名前をニュースで一度は耳にしたことがあるでしょう。ここで繁殖するアホウドリが、実は鳥島で繁殖するアホウドリとは別種であるという論文を昨年11月に発表しました(論文はこちら)

 さらに、この内容について北海道大学と山階鳥類研究所から共同プレスリリースをおこない、これまでアホウドリの代名詞となってきた鳥島集団の和名を「アホウドリ」、尖閣諸島集団の和名を「センカクアホウドリ」とすることを提案しました(詳しくはこちら)
 実は、これらの鳥の学名はまだ決められていません。「なぜこのタイミングで和名を提案するのか?」と不思議に思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。日本鳥学会広報委員の某氏からこの論文について鳥学通信への寄稿の打診をいただいたのも何かのご縁。ちょっとここで心の内を打ち明けてみようと思います。

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伊豆諸島鳥島のアホウドリ成鳥

左から「アホウドリ」メス、「アホウドリ」オス、「センカクアホウドリ」メス、「センカクアホウドリ」メス。
「アホウドリ」は「センカクアホウドリ」より全体的に体が大きい(撮影:今野美和)。

 アホウドリは北太平洋最大の海鳥です。かつては日本近海の13か所以上の島々で数百万羽が繁殖していたと推定されています。19世紀末以降、各地の繁殖地で羽毛の採取を目的に狩猟されたため急激に減少し、1949年に一度は絶滅が宣言されました。しかし、1951年に再発見され、その後は特別天然記念物にも指定されるなど保全の対象となってきました。現在、個体数は6000羽を超えるほどにまで回復してきています。その主な繁殖地は1951年に再発見された伊豆諸島の鳥島と、1971年に個体が確認された尖閣諸島(南小島と北小島)の2か所です。

 私たちはこれまでも鳥島と尖閣諸島のアホウドリが遺伝的・生態的な違いから別種である可能性を指摘してきました(詳しくはこちら)。しかし、尖閣諸島での調査が困難なために両地域の鳥の形態学的な比較ができず、別種かどうかの結論は保留となっていました。今回の論文では、尖閣諸島から鳥島への移住個体が最近増加していることに着目し、これらの鳥と鳥島生まれの個体との形態を比較しました。その結果、鳥島生まれの鳥は尖閣生まれの鳥よりほとんどの計測値で大きい一方、尖閣生まれの鳥のくちばしは相対的に長いことがわかりました。そして、これらの形態的な違いとこれまでに知られていた遺伝的・生態的な違いから、両地域のアホウドリは別種とするべきと結論付けました。
 アホウドリのように絶滅のおそれがある鳥の種内において、このような隠蔽種(一見同じ種のようにみえるため、従来、生物学的に同じ種として扱われてきたが、実際には別種として分けられるべき生物のグループ)がみつかったのは、私たちが知る限り世界で初めてです。

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アホウドリの横顔

上:「アホウドリ」オス、下:「センカクアホウドリ」オス。
「センカクアホウドリ」のくちばしは「アホウドリ」に比べて細長い(撮影:今野怜)

 アホウドリの学名は Phoebastria albatrus です。鳥島と尖閣諸島のアホウドリを別種とする場合、どちらがこの学名を引き継ぐのかを決める必要があります。しかし、オホーツク海で採取された個体をタイプ標本として1769年に記載されたアホウドリでは、この作業が一筋縄ではいきませんでした。原記載の形態描写や計測は両種の識別には不十分でした。また、オホーツク海は両種が利用する海域であり、さらに肝心のタイプ標本がなくなってしまっている(!)ためです。
 2019年度の鳥学会大会で発表したように私たちはネオタイプを立てることでこの問題をひとまず解決したつもりではいるのですが、もう片方の種の学名を決めるためには19世紀に提唱された3つの学名とそのもととなったタイプ標本を一つずつ検討していく必要があります。コロナ禍の影響もあって海外での調査が著しく制限されている昨今。海外の研究者と連絡を取り合ってはいるものの、その解決にはもうしばらく時間がかかりそうです。

 翻ってアホウドリが置かれている現状を考えてみると、アホウドリは1種の特別天然記念物あるいはIUCNの危急種などとして国内外で保全の対象となってきました。この鳥が2種からなるとすれば、これまで考えられてきた以上に希少な鳥であることは明らかです。今後、それぞれの種の独自性を保つことを念頭に置いた保全政策の立案・実施が必要と考えられます。
 尖閣諸島と鳥島の個体は別集団を形成しており、さらに集団間の遺伝的な差は他のアホウドリ科の姉妹種間より大きいことは私が博士論文をまとめた15年以上前からわかっていました。しかし、アホウドリを2つの「集団」としてその独自性を保つように保全する機運は高まることはありませんでした(ミトコンドリアDNA配列の重複の問題の直撃を受けて、論文発表に時間がかかったせいもあるのですが)。また、政治的問題から尖閣諸島での調査は2002年以降実施できておらず、同諸島におけるこの鳥の生息状況はよくわかっていません。
 尖閣諸島から鳥島に移住する個体が近年増加していることは、尖閣諸島における繁殖環境が著しく悪化していることの表れの可能性も考えられます。両地域で繁殖する別「集団」ではなく、両地域で繁殖する別「種」を保全するための調査。その必要性を訴えることができるようになった今、この尖閣諸島の調査の重要性を明示し、調査の機運を高めるうえでも、当地のアホウドリの和名に「センカク」を冠するのは理にかなったものと考えられるのではないでしょうか。

 「「アホウ」ドリという名前は差別的で気の毒ではないか?」という声のあることももちろん承知しています。しかし、「アホウドリ」や「センカクアホウドリ」をそれぞれの独自性を保って保全する道筋を立てることは、学名の問題が未解決である点や和名が適切とは言いにくい点があることを置いても、優先して進めるべき課題ではないかと私は考えています。学名や和名の問題は人間社会の問題であって、アホウドリには何の影響もないはずです。一方で、飼育環境下で隠蔽種が盛んに交雑してしまったチュウゴクオオサンショウウオの例で端的に示されたように(詳しくはこちら)、不適切な保全・管理は生物に多大なる影響を与える恐れがあります。

 来年、10年ぶりに日本鳥類目録が改訂されます。日本鳥類目録は、唯一の日本の鳥類目録として、その分類は国内の公文書にも広く利用されてきました。同目録に「センカクアホウドリ」が掲載されれば尖閣諸島におけるアホウドリ調査にも弾みがつくことになるでしょう。「学名も和名も決まっていないけど隠蔽種がいる」というよりは、「学名は決まっていないけど和名は提案されている」というほうが議論の俎上にも載せてもらいやすいのではないか?という下心もあったことをここに白状しておきます。

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2019年度の黒田賞を受賞して

国立環境研究所 生物多様性領域
吉川 徹朗

 2019年度に黒田賞という栄誉ある賞をいただきました。大変光栄で嬉しく思っています。受賞から1年半以上経ってしまいましたが、これまでお世話になった関係者の皆様に深く御礼申し上げます。

 寄稿の依頼をいただいたので、これまでの私の研究の経緯についてご紹介したいと思います。私が研究してきたのは、鳥類と植物との関係、特にその相利関係と敵対関係の複雑な絡み合いです。鳥たちが樹木の果実を食べたり花蜜を吸ったりする姿は身近な場所でよく見かけますが、彼らは種子や花粉を運ぶという、植物繁殖になくてはならない働きを担っています。このように植物と助け合いの関係にある「味方」の鳥がいる一方で、植物の種子や花を破壊する鳥もいます。こうした植物の「敵」になる鳥たちは、植物の繁殖にどのような影響を与えているのか?彼らも含めて考えると鳥と植物の関係はどうなるのか?こういったテーマに取り組んできました。

 なぜそうした研究をすることになったのか?研究室に入った時のテーマの選び方は人によってさまざまです。(1)自分のやりたいことを確固として持っている人、(2)自力で計画を練り上げる人、(3)指導教官から与えられた課題を選ぶ人、(4)ノープランの人。私の場合は、鳥と植物の関係を研究する意思は堅いが具体的な計画はゼロという、(1)と(4)の混じったタイプでした。具体的なテーマに行き着いたのは研究室に入って随分経ってからで、大学植物園でイカルが大量の種子を破壊する現場に遭遇し、植物の敵としての鳥類に着目して研究することにしたのです。ただ、ほぼ誰もやっていないテーマを選んでしまったため、その後の研究ではさまざまな紆余曲折を経験することになります。数年の野外調査を経て、イカルが植物の繁殖を制限するという新しい発見を論文にできた(Yoshikawa et al. 2012 Plant Biology)ものの、研究の歩みはとても遅いものでした。

 そうしたなか私がなんとか研究を発展させることができたのは、先人の残した文献記録や市民ボランティアの方が積み重ねた観察記録と出会ったのがとても大きかったです。とりわけ、当初行なっていた野外調査が行き詰まって研究の方向性に迷っていた時に、日本野鳥の会神奈川支部の方々が収集されてきた観察記録と出会えたことは決定的でした。この膨大なデータから鳥類と植物の繋がりのネットワークについての新しい発見をする幸運に恵まれました(Yoshikawa and Isagi 2012 Oikos; Yoshikawa and Isagi 2014 Journal of Animal Ecologyなど)。データを分析するなかで鳥と植物の繋がりが見えたときの興奮はよく覚えています。こうしたアマチュアの方による観察記録は、生態学や鳥類学にとって大きな財産であることは間違いありません。

 こうして振り返ってみると、私の研究は有形・無形のさまざまな研究インフラに支えられてきたという感を強くします。こうした研究インフラ、研究を支えて育む「土壌」というものは数多くあります。文献や資料や標本を蓄積する図書館や博物館、市民の方の観察記録のアーカイブ、あるいは自由にアイデアを議論できる研究室や学会という場。そうしたさまざまな「土壌」の中で、観察を続けたり考えを巡らせたり人と話したりするうちに、(たとえ小さなものであれ)新しい発見や発想があり、それらが研究を進める原動力になる。研究に必要なのは、さまざまな豊かな「土壌」と、そこで生じるちょっとした偶然ではないかと思っています。実際の研究プロセスはさまざまな停滞や失敗や妥協を含み、それほど綺麗にまとめられるわけではありませんが、そうした流れが研究の理想的なモデルだと考えています。

 現在進めているヤマガラと猛毒植物との相利関係の研究も、そのような「土壌」から生まれたものといえるかもしれません。ここでの「土壌」は、研究上の発見やアイデアを自由に話せる場のことを指します。この研究の最初の発端は、猛毒のシキミ種子を食べるヤマガラを大学植物園で偶然見かけたことでした。それから数年後、半ば忘れかけていたこの発見を立教大学の上田恵介先生の研究室で話したところ、多くの人に面白がってもらったのが、この研究を始めた経緯です。その後2年間の共同研究で分かったのは、ヤマガラだけがシキミの木から種子を運んでおり、またネズミ類も稀に地上に落ちた種子を運んでいるという予想外の事実でした(Yoshikawa et al. 2018 Ecological Research)。なぜヤマガラやネズミ類は猛毒に耐えられるのか?これらの動植物間の相利関係はどのように進化してきたのか?小さな発見から生まれたそうした疑問に導かれながら、また新しい知見を積み重ねて、研究を大きく育てていけたらと願っています。

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シキミ果実から種子を取り出すヤマガラ
(Yoshikawa et al. (2018) Ecol Resより. 上田恵介撮影)
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種子を取りにきたヒメネズミ

また今後は微力ながらも、研究を育む「土壌」作りに貢献することができたらと思っています。私が研究の素材として使うことができた文献や標本、観察記録、またそのほかの多くの資料やデータも、数知れない方が膨大な労力を投じて収集・管理されてきたものです。こうしたものの価値は近年ないがしろにされがちですが、その凄さを感じさせる仕事を私はやっていきたい。そうした蓄積されたデータや資料の価値を引き出す成果を出して、「土壌」に何かを還元することができたらと思っています。

 最後になりますが、なんとか私が研究をやってこられたのは、出身研究室の先生方やラボメンバーの支えがあり、学位取得後も研究仲間に恵まれたことにあります。皆さんに心からの御礼と感謝を申し上げたいと思います。

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