日本鳥学会2017年度大会自由集会報告:標本史研究っておもしろい ―日本の鳥学を支えた人達

企画:小林さやか(山階鳥類研究所),加藤 克(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター植物園・博物館)

演題1 趣旨説明
小林さやか
 日本の鳥類学に関わる方ならブラキストン線,オーストンヤマガラ,オリイコゲラといえば,ピンとくるであろう.これらはトーマス・ブラキストン,アラン・オーストン,折居彪二郎という人物たちの名から由来している.そして,今回の企画の主人公達である.彼らがどんな貢献をして,その名が付けられたのかご存じだろうか?
 日本産鳥類目録第7版から,彼らに関連する種を抜き出してみると,彼らが日本の鳥の命名に関わった偉業が垣間見える.そして,種の記載には標本が欠かせない.彼らが収集や採集した標本は山階鳥類研究所を始め,各地の博物館などに保管されている.
 近年,ブラキストン,オーストン,折居が採集や収集した標本の歴史研究の本や論文が出版された.本集会では,執筆者の方々にそれぞれの人物の標本の歴史研究について,お話いただいた.

演題2 標本が隠し持つ情報 ―ブラキストン標本を中心に―
加藤 克
 発表者は,日本国内で五指に入る鳥類標本コレクションを持つ博物館の標本管理者であるが,もともとは鎌倉時代の歴史を研究していた歴史学者である.発表者の観点からすると,生体としての鳥と異なり,鳥類標本は採集,標本化,採集者による研究,博物館における標本管理,のちの研究利用といった「歴史」を持っている歴史的存在である.そして,過去の分布や遺伝情報を求める現在の研究者にとってその「歴史」が重要な役割を担っているからこそ,標本は保存管理,活用される意義がある.
 しかしながら,その歴史を担保する標本ラベルの情報は破損・汚損や欠落などにより利用できなくなっている場合もあるし,現在必要としている情報が採集時点で重要とみなされていなかったために,その情報が記載されていない場合には,利用者にとって価値のない標本になってしまうだろう.しかし,歴史的存在である標本は,標本とそれに付属するラベルだけでなく,その標本に関わった人や博物館の歴史の中に存在してきたことから,周辺に残されている記録や情報を適切な考察・批判に基づいて利用することで,標本の情報を復元させることができる場合がある.これが「標本史」研究である.
 今回の発表では,トーマス・ブラキストン(Thomas W. Blakiston)のノートとラベル記載の管理番号を利用することで,詳細な採集情報が得られるだけでなく,ラベルが欠落した標本であっても情報を復元することが可能であることを紹介した.この復元された情報により,従来タイプ標本と認識されていた標本が記載以降に採集された標本であり,タイプ標本ではありえないと考えられること,同時に付属情報が不十分であったためにタイプ標本であると認識されていなかった標本をタイプ標本として指定しうる事例を示した.
 この他,従来北海道採集と公表されていた標本が旧樺太(サハリン)採集標本であったことが,標本史に基づく調査により示された事例を紹介するなど,標本そのものからは入手できない“正しい”情報を得るために標本史研究は有益であることを述べた.
 標本史の成果は,単に歴史学や鳥学史にとって重要なのではなく,生物学としての鳥類学においても,信頼できる情報,必要とする情報を得るために重要な役割を果たしうる研究分野であり,今後発展させてゆく必要がある.そしてそのためには標本だけでなく,研究者のノートなどの資料の保存に対する意識の向上とその保存を実現するためのアーカイブの重要性について触れた.

演題3 日本の動物を世界に広めた標本商 アラン・オーストン
川田伸一郎(国立科学博物館)
 明治から大正にかけて横浜に居住して貿易商を営んだアラン・オーストン(Alan Owston)は,多くの動物学者に日本周辺の動物標本を提供し,動物学の発展に貢献したことは有名である.特に鳥類や水産物に関してその寄与は著しいが,なぜモグラ研究者である発表者が興味を持ったかというと,その発端は,2004年10月に森林総合研究所(つくば市)のコレクションに含まれるモグラ標本を調査した時から始まる.
 森林総合研究所には「ハイナンモグラ」と同定された1点の仮剥製標本がある.この標本にはオリジナルと思える古いラベルが添付されており,採集場所・日付などの個体データが記されていた.標本は1906年11月に海南島の五指山で採集されたものである.「鳥ノ長サ」などの項目がラベルに印字されていたことも興味深く,鳥類用のラベルを転用したものだろうと思えた.この時は「面白い標本だな」と思ったに過ぎなかった.
 ところがその一か月後,標本調査のために英国へ渡航し,ロンドンの自然史博物館で標本調査を行ったことによって,このラベルへの関心が再燃した.ハイナンモグラのタイプ標本が保管されており,それに添付されているラベルが,森林総合研究所所蔵の上記ラベルと同じものだったのである.ハイナンモグラはオーストンが1906年頃送った標本をもとに,1910年に英国自然史博物館のトーマスが記載した種である.記載論文にはオーストンが現地で雇用した人物が個体を捕獲した,と書かれている.
 日英両国に保存されていたハイナンモグラのラベルについての探求は,『海南島の開発者 勝間田善作』という著作の発見により進展した.この本には,主人公の勝間田(旧姓石田)が,故郷の印野村でオーストンと出会い,地域の鳥類採集から始まって,琉球や海南島へと調査に行くよう依頼される様子が克明に描かれている.この本を足掛かりに,海南島の動物に関する多くの文献を収集し,また当時オーストンが英国の研究者と交流した書簡を調査したところ,この伝記に描かれた調査行はおよそ正確であり,勝間田がハイナンモグラの採集者であることは間違いないと思われた.ただし採集などが行われた年代は一部5 年ほどのずれが生じているようだった.
 オーストンは勝間田以外にも多くの採集人を日本で育成して,国内外で採集をさせている.しかしこれらの人物のうち,素性が判明している人物はほとんどない.中には英国で著名だった鳥類学者ライオネル・ウォルター・ロスチャイルド(Lionel Walter Rothschild)に提供され,記載が行われたような種もある.今後オーストン周辺の人物について更なる調査を継続したいと考えている.

演題4 日本の動物採集家~折居彪二郎
平岡 考(山階鳥類研究所)
 折居彪二郎は,鳥類学,哺乳類学が日本で確立してくる時期に大きな貢献をした採集人である.折居の採集人としてのキャリアについて,山階芳麿が『鳥』に書いた業績の紹介文(山階 1948)に従って3つの時代に分けられることを述べた.すなわち,横浜にいた標本商アラン・オーストンに依頼されて,採集人マルコム・アンダーソン(Malcom P. Anderson)と同行するなどして採集した時期,黒田長禮の依頼で,琉球列島で採集した時期,そして,山階芳麿の依頼で,東アジアから北西太平洋にかけて広く採集した時期である.
 発表の中心としては,「鳥獣採集家折居彪二郎採集日誌」に掲載した報告(平岡 2013)にもとづいて,折居の採集標本が山階鳥研の標本コレクションにどれだけあるかを,山階鳥研の標本データベースのラベル画像を見て数えた調査の結果を紹介した.この結果,556種8,845点の標本を特定することができた.東アジアから北西太平洋で幅広く採集していたこと,日本の主要四島での採集品がほとんどないこと,1920~30年代のものの点数が多いこと等がわかった.
 あわせて,日本の周辺諸地域から採集されていることで,日本産鳥類の理解のバックグラウンドとして重要といった,山階鳥研の折居の採集標本の特色について述べた.

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会場のようす

おわりに
 本企画はフィールドサイエンスではなく,鳥学会では異端であろう「標本史」がテーマであったため,参加者がいなかったら,と不安があったが,夕方の自由集会しかなかった初日にもかかわらず,20名を越える方々に参加していただいたことは,企画者としてとても励みになった.司会の采配が悪く,質疑の時間が少なくなってしまったが,アンケートでは「標本ラベルや手紙,筆跡から書いた人を特定して採集年を推定することは地味ですが大切で,興味がわいた」などのコメントをいただき,「標本史」の一端を感じ取っていただけたことは企画者冥利に尽きる.これに懲りず,切り口を考えて,標本史研究のおもしろさを伝えていけたらと考えている.(小林)

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日本鳥学会2017年度大会自由集会報告: 鳥類学における統計学:計算より概念 ―P 値を出す統計,モデルベースの統計―

企画:島谷健一郎(統計数理研究所)

著者:森元良太(北海道医療大学),島谷健一郎(統計数理研究所)
1.統計を使うということ
 科学研究における統計解析という作業へのイメージとして,パソコンによる計算を抱く会員は多いだろう.そして,計算を終え数値を得たら,統計解析作業を完了したと思いがちである.しかし,科学研究において肝要なのは,統計解析に基づく推論と考察である.計算完了は中途の1段階でしかない.さらに,計算の大半をパソコンのソフトが行う今日,推論の立て方こそ時間と労力をかけて習得すべき課題である.それが本集会の表題にある「計算より概念」を優先する統計学習である.
 推論には大きく演繹と帰納がある.演繹は前提が正しければ結論が必ず正しくなる推論である.数学や物理学で多用されており,論理通りに流れていくため(数式は難解でも)推論としては習得しやすい.一方,帰納は前提が正しくても正しい結論が得られるとは限らず,おのずと限界をもつ.帰納はデータと統計解析を用いる科学研究では不可欠だが,しばしば論理の飛躍や逆転,屁理屈や当て推量を招く.
 このような統計解析に基づくとデータから何がわかるだろうか.仮説やモデルを受け入れるかどうか,信頼できるかどうか,支持できるかどうか,等々,さまざまなことがわかるのだが,それぞれの問いに対し,異なる考え方に基づく統計解析が対応する.データから何が言えるかは,統計解析をどう理解し使用するかによって異なる.
 そこで,そうした統計解析の意義に関する自由集会を企画した.帰納推論の背負う宿命や限界の認識が,遠回りだが統計解析の適切な理解や使用へとつながる.本稿では,森元の講演に沿って,頻度主義,ベイズ主義,尤度主義という3つの考え方の概要を紹介する(モデルベースの統計については,島谷(2012)などを参照).
2.有意性検定を用いる頻度主義
 最も普及している統計解析のひとつに有意性検定がある.有意性検定は,帰無仮説を棄却する基準をあらかじめ決めた上で実験を行い,データから求めたp値をその基準と比較して帰無仮説を棄却するかどうか判断する方法である.有意性検定は仮説検定とよく混合されるが,二つは異なる.相違点をみる前に,両者の共通点を確認しておこう.有意性検定と仮説検定はどちらも,実験を何度も繰り返して得られた頻度データが前提となっている.それゆえ,両者の背後にある哲学的な考え方は「頻度主義」と呼ばれる.頻度主義の統計解析では,一回こっきりの実験や調査からは仮説について何も言えない.
 では,有意性検定から何が言えるだろうか.この理論は多くの誤解を受けてきたので,ここでは考案者ロナルド・フィッシャーの意図を汲みながら解説する.「一般に有意性検定は,帰無仮説から計算される仮説的な確率に基づく.検定からは,現実の世界に関する確率的な命題は何もでてこない.ただ,検定する仮説を採択することに対する抵抗の,合理的な十分よく定義された尺度が導かれるだけである」(Fisher 1956, p.44).つまり,有意性検定は仮説をどの程度棄却するかを測っている.仮説を棄却するかどうかは研究者の行動決定に下す判断であり,仮説の真偽や実在性についてではない.有意性検定で言えるのは仮説の棄却に関する判断であり,それ以外の役割を課すことは木に縁りて魚を求むというものだ.
 ここで注意点がある.「個別に得られた有意な結果でも再現方法のわからないものは,さらなる調査まで未解決のまま保留にすべきである」(Fisher 1929, p.191).一方,「実験結果を判断するための有意性検定の妥当性を保証するには,ランダム化について簡単な配慮を行えば十分である」(Fisher 1935, p.24).ランダム化は標本内のどの個体にどの処置を割付けるかをランダムに決めることである.フィッシャーは一回の実験や調査で得られたデータを有意性検定にかけてもせいぜいその実験や調査の安定性しか測れないことを自覚しており,ランダム化を行わなければ「有意性検定は一切無効になる」(Fisher 1925, p. 250)と明確に述べている.昨今,p値を用いた有意性検定への批判が再熱しているが,批判の前に,自身の研究がきちんと実験計画されているかどうかを確認するべきだろう.
3.仮説検定を用いる頻度主義
 有意性検定とよく混同されるのが仮説検定である.仮説検定は,イェジ・ネイマンとエゴン・ピアソンがフィッシャー流の有意性検定を変形した理論である.先述したように,この背後にある哲学的な考え方も頻度主義である.仮説検定では,まず帰無仮説と対立仮説を立てる(ちなみに,有意性検定では対立仮説を立てない).そのため,いわゆる2種類の誤りが生じうる.仮説検定では次に2種類の誤りに優先順位をつけるのだが,その際にネイマンらは金銭面や倫理面を考慮する.例えば,効果がないにもかかわらず新薬の開発を進めると,金銭面や倫理面における損失は大きい.ネイマンらのこうした判断は経済や倫理の問題であり,論理や客観性の問題でも,仮説を信じるかどうかの問題でもない.ネイマンの言葉を借りれば,「2種類の誤りの重要性が同じでないことはごく一般的に生じる.多くの場合,誤りの相対的な重要性は主観的なものである.(中略)この主観的要素は統計学の外にある」(Neyman 1950, p.263).そして,仮説検定により「仮説Hを採択することは,行為Bよりも行為Aをとるよう意思決定することだけを意味する.これは仮説Hが真だと必ず信じるという意味ではない」(ibid., p.259).ネイマンらにとって仮説検定は意思決定の理論であり,仮説を採択するかどうかの行為を決めるものである.
 フィッシャーは,ネイマンとピアソンによる仮説検定を忌み嫌っていた.フィッシャーは科学の方法論としての検定理論を構築するため,論理的側面にこだわり,統計解析に非科学的要素を極力入れないようにした.倫理や経済など論外である.有意性検定だけでは予備実験のようなもので,実験計画法に組み込んでより科学的なものにする.それに対しネイマンとピアソンは,倫理・経済的な側面を重視した意思決定の手段としての検定理論を構築しようとしたのである.
4.ベイズ主義
 ベイズ主義は,確率や証拠,合理性などに関する問題に,ベイズの定理を用いた解釈を与える立場である.頻度主義とは異なり,1回の実験データからでも何かを言うことができる.ベイズ主義は,事前確率をデータが得られる前に仮説が正しいと信じる度合い,事後確率をデータが得られた後に仮説が正しいと信じる度合いと解釈する.そしてベイズの定理は,データが得られたときに仮説が正しいと信じる度合いを合理的に更新するルールとして解釈される.
 ベイズ主義では,データが得られたとき,仮説についての確率が上がれば(事後確率が事前確率より大きくなれば),仮説が「確証された」という.逆に,事後確率が事前確率より小さくなれば,仮説は反確証されたという.注意すべきは,確証や反確証は検証や反証と異なることである.検証はデータにより仮説の正しさを示すことで,反証はデータにより仮説の誤りを示すことである.ベイズ主義では,仮説の真偽には踏み込まず,あくまで仮説の信頼性を問題にする.
 ベイズ主義には古くから多くの批判が浴びせられてきた.事前確率の付与に関する難点が代表的である.事前確率を客観的に決められることもあるが,例えば,「ある鳥類の個体数減少の主要な要因は人為攪乱である」,「渡り鳥の渡来日が変化したのは地球温暖化のためである」といった仮説を信頼する度合いなど,客観的に決められそうにない.科学に主観性が入り込むことに懐疑的な研究者には,ベイズ主義の確証の理論は受け入れにくいかもしれない.
5.尤度主義
 仮説の尤度とは,その仮説の下で与えられたデータが得られる確率という数値のことである.尤度が高ければそのデータを生じやすいのだが,仮説を高く評価できるわけではない.一つの仮説の尤度からは何も主張できない.尤度は複数の仮説の相対評価にのみ用いる.尤度主義では,データが仮説1より仮説2を支持するのは,そのデータの下での仮説1の尤度が仮説2の尤度より大きいときであり,かつそのときに限られる.この尤度原理によると,尤度のより高い仮説は「データにより支持された」と解釈される.尤度主義から言えることは,ベイズ主義のような一つの仮説の信頼性ではなく,データによりどの仮説が支持されるかである.
 尤度主義は,ベイズ主義とは異なり事前確率を用いないので,主観性が紛れ込まなくてすむ.ただ,答えられるのは常に複数の仮説の間の相対評価でしかない.検討する仮説がどれも真理からほど遠いなら,それらを相対比較しても何も得られないという不安がつきまとう.
6.結語
 以上のように,統計解析の種類により答えられる問いは異なる.どの統計解析を用いれば,何がわかるのかを意識しながら使用しなければ,せっかく苦労して収集したデータも無意味になってしまう.
 ここまで読まれた方は,次のような疑問を抱いていないだろうか.
  • ランダム化を施していない野外の鳥類の観察データに有意性検定は使えない?
  • 仮説検定は意思決定のためで対立仮説の支持ではない?
  • 赤池情報量規準(AIC)などで行う仮説(モデル)の比較はどこに入る?
  • ベイズ主義に従ってモデルの信頼確率を求めている研究事例を本学会で見ないのはどうして?
 科学哲学はこうした疑問に答えようとしている.統計数値を得た後の推論を立てられないでいる会員や数学に苦手意識の強い会員は,一度,数式や計算でなく,科学哲学の視点から見た統計解析の考え方を学習してみてはどうだろう.教員はそんな教育機会を提供することを考えてはどうだろう.
引用文献
  • Fisher R (1925) Statistical Methods for Research Workers. Oliver & Boyd, London.
  • Fisher R (1929) The Statistical Method in Psychical Research. Proceedings of the Society for Psychical Research 39: 189–192.
  • Fisher R (1935) The Design of Experiments. Oliver & Boyd, London.
  • Fisher R (1956) Statistical Methods and Scientific Inference. Oliver & Boyd, London.
  • Neyman J (1950) First Course in Probability and Statistics. Henry Hold & Company, New York.
  • 島谷健一郎 (2012) フィールドデータによる統計モデリングとAIC.近代科学社,東京.
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日本鳥学会2017年度大会自由集会報告: ロボットやネットワークカメラ,ドローンを活用した湿地生態系の監視・管理システムの構築

企画:嶋田哲郎(公財)宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団

 日本には50ものラムサール条約湿地があります.それらの湿地や全国に点在する湖沼は,ガンカモ類などの渡り鳥をはじめ,貴重な生物の生息場として機能しており,生物多様性の重要なスポットとなっています.また,水資源,防災,観光資源,環境教育などの生態系サービスを提供している貴重な自然資源でもあります.一方で,干拓や護岸工事,水質汚濁,外来生物の移入に見られる人間活動の影響によって,多くの湿地は消滅するか,消滅を免れても劣化が進行しており,生物多様性や生態系サービスの機能が失われつつあります.湿地の保全,再生のためには,絶えず変化する生態系をより広い視野で精密に監視し,その結果を順応的管理に迅速に反映させる必要があります.しかし,生態系の監視には,時間と労力という面で莫大なコストがかかることから,十分な情報が得られずに保全や再生の推進に支障をきたすことが多いのが現状です.
 近年,ロボットおよび情報通信技術の進歩は目覚ましく,それらの生態系監視技術への活用が注目を集めています.しかし,機器やアプリケーションの扱いが煩雑な上,かつ高価であることから実用化が遅れています.そのような障害をなくし,現場管理者や調査者と最新技術をシームレスに繋ぐためには,現地調査や機器開発,情報処理の専門家の連携によって監視・管理技術の開発を推進することが重要です.
 この研究では,1)低コスト化・効率化を実現するための生態系監視・管理技術の開発,2)安全で簡便な監視や管理を実現するためのガイドライン・マニュアル作成を行っています.これらによって,全国の湿地でのモニタリングへの展開が容易になり,保全・再生活動の促進に寄与できるものと考えています.現在,1)ロボットボートを用いた生態系モニタリングおよびマネジメント(東京大学),2)ドローンを用いた空中からの生物相モニタリング(酪農学園大学),3)センサネットワークによる地上・水面からの生物相モニタリング(北海道大学),4)モニタリング技術の適正運用に向けたマニュアル・ガイドライン作成(伊豆沼財団)の4つのテーマを設定して技術開発をすすめています.この自由集会では,現在の到達点を紹介し,フィールドで活躍する参加者と情報共有し,技術開発に向けた議論を行うことを目的に開催しました.

1 湖沼の植生管理用ロボットボートの開発
遊佐 健(東大院・農)

 ロボットボートは全長2.45m,全幅1.8mで,船首に取り付けた作業幅1.2mのバリカン型水草カッターにより水草を刈払いしながら船体中央左右に取り付けたパドルを駆動することで水面を航走します(図1).駆動系がすべて電動で通常稼働時における油漏れ等の環境汚染の懸念がありません.また,ラジコン用無線機による手動操縦とドローン用組み込みコントローラpixhawkによる自動操縦が可能です.
 自動操縦によって岸から400mの距離にある水面上の30×100mの試験区画において6月の生長初期および8月の最繁茂期のハスの刈払い作業に成功した結果,マガンのねぐらに必要な開放水面を確実かつ効率的に確保する手段の一つが示されました.質疑ではハス以外の植物種に対応できるようにするとよい,またロボットの規模感は適切なのか,という指摘がありました.植物種に関してはヒシ,スイレンの作業事例の報告のほか,ロボットの規模感については,ロボット自体の特性と合わせ,実作業やビジネスの要素の考慮が不足していたことが分かりました.

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図1.ハス刈りロボットボート.自動操縦によってパドルの回転で推進しながら,前方のカッターでハスを刈りとる.

2 ドローンを用いた水鳥のモニタリング手法の検討
松田亜希子(酪農学園大・環境共生)

 GPSによる自律飛行可能なドローンにカメラを搭載し,自動的かつ高精度に個体数の計測や識別を行えるセンサシステムを開発するため,北海道宮島沼を渡りの経由地とするマガンを対象に,水面でねぐらを取る個体を撮影し,数の検知と鳥種ごとの識別を目標としました.まず飛行撮影に利用できそうなカメラを比較し,熱赤外センサは水鳥と水面との温度差の検知が難しいため,空間分解能の優れた高感度カメラや可視カメラを重点的に利用することを検討しました.高感度カメラを安定的に飛ばせるようにMikrokopter社製の8枚翼ドローンを改良し,対象種ごとに必要な解像度を割り出した上で実用可能な撮影高度(100–150m)を定めました.ねぐらを取っているマガンの撮影には低い照度での撮影設定を探る必要があり,ISO感度を高く保った状態(1600 以上)で露出時間を長く取ったスローシャッター撮影(1/30 以下)が有効ということが判明しました.ドローン撮影で得た画像の解析は機械学習によるカスケード分類器の構築や,RパッケージのEBImageを用いたフィルタリング・2値化手法など,幅広く試験中です.また,これらの情報をもとに,ドローンシステムの生物相への影響や適正な運用方法の取りまとめを現在行っており,早期の保全活動への運用に向けて努力しています.

3 全天空監視システムの開発と画像解析を用いたマガン飛来数の推定
山田浩之(北大院・農学研究院)

 このシステムは,湖水面上などに設置した全天空カメラでねぐら入りするマガンのタイムラプス撮影を行い,撮影された画像を無線通信で約2km離れた基地局に送信した後,画像解析を用いてマガン個体数を自動的にカウントするもので,様々な解像度のカメラと全周魚眼レンズを試用した結果,マガンの検出には10Mpx以上の解像度が適していることがわかりました(図2).10Mpx以上の解像度で,数km間の大容量データの無線通信を可能とする市販のネットワークカメラがないため,解像度12Mpxの全周魚眼レンズ搭載カメラ,長距離通信向けのWiFi中継器,遠隔操作のための特定小電力無線機器を組み込み,レンズカバー洗浄用ワイパーも搭載した監視システムを構築しました.これにより,基地局のパソコンから撮影開始時刻やタイムラプス撮影間隔等を設定することで,撮影後の画像を自動で基地局にて受信することが可能となりました.画像解析による個体数カウントには,画像処理ライブラリを導入したMicrosoft R Open(Microsoft)を用い,マスク処理,二値化,ラベリング等の処理を採用した自動カウントスクリプトを作成しました.宮島沼での試験運用を行い,画像解析による自動カウントの精度を評価し,その結果,従来法で得られた個体数と概ね一致することがわかりました.今後は,宮城県伊豆沼・内沼での本格運用のための耐久性試験の実施と,画像解析法の改良を行う予定であるとの説明がありました.

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図2.マガンカメラ.ねぐら入りするマガンのタイムラプス撮影を行い,撮影された画像を無線通信で基地局に送信した後,画像解析を用いてマガン個体数を自動的にカウントする.

4 ドローンの接近に対するガンカモ類の反応
嶋田哲郎(伊豆沼財団)

モニタリング技術の適正運用に向けたマニュアル・ガイドライン作成では,システム作りに寄与するため,モニタリング対象となる生物種の環境情報収集などを行いました.すなわち,初期段階の試験運用でシステム運用に関する情報の収集を行ったほか,マガンやトンボ類,ハスの目視などによるモニタリングを行い,ドローンによる監視が水鳥などの野生生物に及ぼす影響を評価しました.これらについて,伊豆沼財団の嶋田が報告しました.水平に接近するドローンに対して,カモ類は50m以下の高度で,ハクチョウ類は60m以下の高度で遠ざかるまたは飛び去るといった逃避行動が認められました.ガン類は群れの位置によって反応が異なり,陸上では高い空域の150mでも飛び去ることがありましたが,水面にいる群れの場合には50mよりも高い高度であれば飛び去ることはありませんでした.垂直接近試験では,カモ類は水面では40m以下の高度で逃避行動が認められました.ハクチョウ類は,陸上では64m以下の高度で,水面では74m以下の高度で逃避行動が認められました.ガン類は,陸上では90m以下の高度で,水面では40 m 以下の高度で逃避行動が認められました.機体離陸地の遠近に対する反応については,カモ類は群れから151–593mの距離から,ハクチョウ類は群れから114–521mの距離から機体を離陸させましたが,機体の上昇中に群れが飛び去った事例は一度もありませんでした.それに対してガン類はしばしば反応し,全44例中22例(50%)で機体の上昇中に群れが飛び去りました.ただし,離陸地が群れから離れているほど,機体が上昇しても群れがその場に留まる傾向がありました.この結果から,カモ類やハクチョウ類は,離陸地は群れから150m以上の距離をとれば問題なく離陸可能と考えられ,ガン類は300m以上の距離をとることが望ましいと考えられました.

まとめ
 今回の自由集会では,40名の参加者に集まっていただき,こうした最新技術の,鳥類モニタリングや湿地保全への適用可能性などについて活発な議論が交わされました.社会的に人材不足が深刻化している中,これまでの生態系の監視,管理システムの維持が将来的に難しくなる懸念があります.最新技術による省力化,コストダウン化を図ることで,こうした問題に対応していかなければなりません.

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日本鳥学会2017年度大会自由集会報告:全国で増える都市のムクドリ塒問題を考える

企画:越川重治1・川内 博1・和田 岳2
1 都市鳥研究会,2 大阪市立自然史博物館

 ムクドリは,古くから水田や畑の害虫を食べてくれる鳥として大切にされてきたが,昨今は都市の駅前の街路樹や電線等に集団で塒をとり,その鳴き声の騒音,糞や羽毛などの衛生面などで社会問題化しつつある.住民からの苦情を受けた多くの自治体はいろいろな追い出しの対策を実施し,自分のところからいなくなれば,問題は解決したと考えている.しかし,ムクドリは塒場所を変えて,近くの自治体の駅前に新たな塒を作って移動し,都市塒は全国に拡大してしまった.この問題は,自治体の垣根を超えてより広域的に考えていかなければいけない問題となった.ムクドリの生態や行動を科学的に調べコントロールしていくことが大切だが,多くの自治体の対症療法的な対応は逆に塒場所を増やし,人工物塒への移動等により対応を難しくしている.その中でも特定の自治体は,専門家の話を聞きムクドリ問題に苦悩しながら,解決策を模索している.今回は全国に拡大し,より深刻化しているムクドリ塒の実態と,行政側から問題点をあげてもらい,鳥の専門家の皆さんとその問題点をまとめ,討論により,新たな方向性を見つけ出したいと考えこの自由集会を企画した.

話題提供1 市川市でのムクドリ対策
田中榮一(千葉県市川市環境部自然環境課主幹)

 市川市におけるムクドリの飛来状況は,大きな波として2回ある.最初にムクドリが東京地下鉄東西線の行徳駅周辺に集団飛来したのは2004年である.駅前の街路樹や周辺の電線に,最大で5,000羽近いムクドリが飛来し,夜間を過ごすようになった.これにより駅前周辺では,鳴き声による騒音被害や大量の糞が落下するなど衛生面の問題が発生し,近隣住民や駅利用者から市に相談や苦情などが多く寄せられた.このため市では塒となっている樹木の強剪定,防鳥ネット掛け,職員によるサーチライトの照射や忌避音による追い払い,定期的な道路清掃などを行って対策を講じてきた.また東京電力にも協力を求め,電柱や電線へ「止まり防止の忌避装置」の設置を依頼し,共同で対策を進めたところ,2008年にはムクドリが分散し,塒が解消されたことで一定の成果が得られた.2回目の飛来は,2013年8月頃からで,再び1,000羽近いムクドリが行徳駅前のクスノキに集団塒をとるようになったため,クスノキの強剪定を実施したところ,ムクドリは忌避装置の付いていない電線に移動し,2017年も塒を形成している.
 このような状況により次の課題が見えてきた.ムクドリに対する強い追い払いは,他の人工物へ移動させるだけで,根本的な解決にはなっていない.対策を進める上で,関係課との連携が取れていないため対策が場当たり的になってしまっている.ムクドリの生態を踏まえた対策となっていないことも解決できない課題として捉えている.これらの課題を踏まえ次の3点について検討する必要があると考える.
 1)市川市のムクドリに対する「基本的な考え」を整理し,対策に反映させることが必要である.追い払っても他の場所へ移動するだけで,根本的な解決にはなっておらず,再飛来の恐れがあることから,都市部において,ムクドリと「どのように付き合うのか」を考えなければならない.このため,都市鳥専門家の意見を聞き,共存方法についての棲み分けをどのように進めるのか,具体的に示す必要があると考える.
 2)関係課との連携と段階的な応援体制を整える必要がある.これは対策場所により対応する部署が異なるため,市民からの苦情対応として安易に実施し,塒を分散させている可能性がある.関係課と足並みを揃え,効率的に進めるためにも連携体制は必要であると考える.
 3)現在の塒の追い出し方法と,塒としての居場所への誘導方法を検討し,状況改善の検討を進めることである.ムクドリの生態からどのような追い出し方が有効であるか,また,塒としての受け入れ方法をどのようにすれば良いのかを研究し,ムクドリの誘導を図ることで,適切な場所での人とムクドリとの共存が図れるものと考える.

話題提供2 大阪府周辺のムクドリの集団塒の状況
和田岳(大阪市立自然史博物館)

 2014年9月~2015年2月に,大阪鳥類研究グループによって,大阪府内のムクドリの集団塒の調査が行われた.調査には34名が参加し,ムクドリの集団塒が27カ所で確認された.
 一番規模が大きかった集団塒は,高槻市役所や堺市役所前で10月に確認され,1万羽を超えていた.大部分の集団塒は,樹木に形成されていたが,阪南市には電線に形成された集団塒が確認され,貝塚市では高速道路の高架に集団塒が形成されていた.それぞれの集団塒は,1–2回しか調査しなかったので,正確な季節変化は明らかにできなかった.しかし,10月から11月前半には駅前などのにぎやかな地域に形成された大規模な集団塒が多かったのに対して,11月半ば以降は駅から離れた場所に小規模な集団塒が報告される傾向があった.集団塒が形成された樹も,季節とともに街路樹から竹林にシフトしていた.1990~1991年度に日本野鳥の会大阪支部が実施した大阪府内のムクドリの集団塒調査の結果を見ると,集団塒の数や規模に違いはあまり見あたらないが,駅前の街路樹に形成された大きな集団塒が報告されていないことが特筆される.
 2015年9月13日–2017年9月12日の期間について,Twitterにおける駅前のムクドリの集団塒についてのツイートを調査した.「ムクドリ 塒 駅」「ムクドリ 大群 駅」「ムクドリ 集団 駅」「鳥 大群 駅」「鳥 集団 駅」で検索した結果,具体的な駅前のムクドリの集団塒の観察例と判断できるツイートが267件抽出できた.ツイートされた月をみると,10月がピークで,ついで9月,11月のツイートが多かった.これは駅前にムクドリの集団塒が形成される季節を,おおよそ示していると考えられる.ツイートの中身は,6.7%が肯定的,63.7%が中立的,29.6%が否定的だった.少なからぬ人々が,ムクドリの集団を「怖い・気持ち悪い」と感じていた.
 都市のムクドリの集団塒の問題を考える時,人々がムクドリの集団を「怖い・気持ち悪い」と感じることについての配慮が欠かせないと考えられる.

話題提供3 ムクドリの都市塒の増加と塒の成立要因
越川重治(都市鳥研究会)

 全国の都市塒を把握するため,各自治体へのアンケート調査,インターネット調査,文献調査などにより,確認された都市塒は2017年までに全国で350カ所以上みつかった.1980年代後半より増加しはじめ2000年以降は,新たな塒が急増した.都道府県別都市塒の数は,北海道,東北,四国,九州地方は比較的に少なく,関東,中部,近畿地方に都市塒が多かった.特に多いのは埼玉県,千葉県,東京都,大阪府,神奈川県,愛知県,福岡県,茨城県,長野県である.塒が作られた都市環境は,駅前(53.1%)や繁華街・官庁街(26.0%)が多く,両者で約8割になる.都市塒で使われた樹種は,ケヤキが多く,人工物では電線が多かった.自治体はムクドリを追い出すために樹木の強剪定,ネット掛け,ディストレスコール等の忌避音,忌避剤,爆竹,超音波・特殊波動,鷹匠(ハリスホーク)などにより追い出しを行うが,塒は郊外の林へは移動せず,都市環境に残り,他の自治体の駅前などに移動して小規模の都市塒が全国に拡大してしまった.
 ムクドリが駅前や繁華街に集まる要因はなんであろうか.これを解明するために千葉県,東京都,神奈川県,埼玉県の主な21カ所の塒で,2012年から2017年にかけて塒の明るさ,人通り,交通量,ビル壁の調査を行った.ビル壁とは,塒場所近くに存在する壁のように立ちはだかるビルディングのことである.その結果,明るさ,人通り,交通量ともに塒形成の決定的な要因とはいえなかったが,ビル壁は,調査した21カ所のすべてに存在した.1面だけのものから4面すべてにビル壁が存在する塒もあり,ビル壁により近い街路樹に塒をとる傾向があった.塒のある樹木や電線より高いビル壁が存在している所に都市塒は作られる場合がほとんどであった.
 ビル壁が塒形成の決定的な要因として考えられる例が2例ある.1例目は千葉県船橋市の新京成電鉄高根公団駅前である.ここでは公団住宅が取り壊され,壊されたビル壁沿いにあった塒が消失し,2017年はビル壁が残っている場所のみで塒が存在していた.2例目は千葉県市川市の東京地下鉄東西線行徳駅前である.2017年には,塒が存在するのは6 階以上のビル壁のある電線で,2階以下のビル前の電線には塒は存在していなかった.
 自治体の垣根を超えてより広域的に考えていくため2018年より広域的なムクドリ対策会議を千葉県から開催して行く予定である.

まとめ
 発表者からの「行政の立場だと共存策をとった場合,何羽くらいまで,どこの場所で,どのタイミングでなら共存できるのかを判断するのが難しい」という問いかけに対し,参加者からは「ヒト側の意識を「少しぐらいいてもええやないか」と変化させることを考えても良いと思う」,「問題になっている塒と,問題になっていない塒を比較すると何かが見えてくるのではないか」など,ムクドリの塒との共存を願う意見が多かった.
 全国に拡大しつつあるムクドリの都市塒の問題は,すぐには解決できる問題ではないが,行政の立場からの発表者を交えての討論と意見交換は,自由集会ならではのもので,ムクドリの塒問題の広域的な対策会議に繋がる,意義深いものとなった.

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67巻1号の注目論文は小林さんのライチョウの論文に

和文誌編集委員長 植田睦之

気候変動や捕食者の増加などで,ライチョウは絶滅の危機にあり,保全のための取り組みが進められています。今回注目論文に選定された論文は,そのライチョウについての論文です。

日本鳥学会誌 67巻1号 注目論文
小林篤・中村浩志 (2018) ライチョウの群れ構成と標高移動動の季節変化. 日本鳥学会誌 67: 69-86.

この論文は,ライチョウの一年を通した群れサイズやその構成,標高移動などについて明らかにしたものです。高山での調査は,特に厳冬期は大変な苦労のもとに行なわれたものと思います。そしてその貴重な情報は絶滅の危機にあるライチョウの保全のために今後役に立って行くものと考え,注目論文として選定しました。

論文は以下のURLより,どなたでも読むことができます。
http://doi.org/10.3838/jjo.67.69

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2016年度大会から南富良野町への台風災害義援金に対する礼状

日本鳥学会2016年度大会事務局

 2016年度大会の際に,参加者の皆様から,南富良野町における平成28年台風10号大雨被害への義援金として,総額24,000円のご寄付をお預かりしました.昨年12月に配布が完了した旨の報告と礼状が,南富良野町から事務局宛に届きました.礼状が届いてから時間が経ってしまいましたが,ここに書面を公開し,ご寄付いただいた皆様へのご報告とさせていただきます.ご協力ありがとうございました.

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2018年度学会賞 応募締め切り迫る!

基金運営委員会

以下の3つの学会賞の応募は、3月30日(金)で締め切られます。
自薦・他薦いずれも可能です。ぜひ、積極的にご応募下さい。

・内田奨学賞:アマチュアの会員を励ます賞。過去3年間に発表した論文から審査。
・黒田賞:優れた業績を挙げ、これからの日本の鳥類学を担う若手・中堅会員に授ける賞。
・中村司奨励賞:2018年度新設。国際誌に優れた論文(1編)を発表した30歳以下の若手会員に授ける賞。

いずれの賞についても、対象者、応募方法等の詳細は、日本鳥学会誌66巻2号の学会記事、あるいは学会Webサイト(http://ornithology.jp/)の「学会賞・助成」に掲載された募集要項をご覧下さい。

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世界のどこで生物は減少しているのか?

天野達也(ケンブリッジ大学)

先月、Successful conservation of global waterbird populations depends on effective governance 「世界の水鳥保全の成否は各国のガバナンス有効性に依存する」と題した論文を発表しましたので、その内容と研究の経緯をここで紹介させていただきます。

論文の閲覧はこちらで、また日本語での解説はこちらもご覧ください。

「生物の数がどこでどのように変化しているのか」という問いは、研究を始めた学生の頃から一貫して興味の中心であったように思います。

私の生物保全に関する研究は、北海道の宮島沼でマガンの数を数えることから始まりました。その後研究を進めるにつれて、ヨーロッパではモニタリング調査で得られたデータの解析によって、様々な鳥類について詳細な個体数の変化が明らかにされていることを知りました。

このように生物の減少を明らかにすることは、科学者が生物多様性保全のために提供できる最も基礎的で根本的な知見のひとつと言えます。私も自然とそういった研究を志すようになりましたが、ヨーロッパ、特にイギリスで蓄積されたデータや知見は非常に豊富で、また当時は2010年目標に向けて世界の生物多様性変化に関する論文が盛んに発表されていたこともあり、「世界のどこでどのくらい生物が減少しているか」という問いは、既に解決済みのようにも感じられました。

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宮島沼に渡来するマガン

そのような認識を改めるようになったのは、世界の脊椎動物の個体数変化を示す指標であるLiving Planet Index(LPI)について、あるひとつの図(こちらのFig 5)を見たのがきっかけでした。この世界的な取組みでも、使われているデータは欧米のものに大きく偏っていて、他の多くの地域では未だ生物の数の変化は明らかにされていないということを、この時に強く実感しました。

そこでまず、日本の鳥類モニタリング調査から得られているデータを使って、鳥類の分布や数の変化を明らかにする研究を始めました。そしてこれらの研究を進めていく過程で、鳥類の中でも特に水鳥についてはInternational Waterbird Census(IWC)という枠組みのもと、世界規模で個体数の調査が長年継続されていることを知ったのです。とは言え、自分がこのデータに取り組むようになるとは、当時すぐには想像できなかったのですが、ちょうどこの頃イギリスで一年の在外研究を行っていたことで、共同研究者との議論や周囲からの刺激もあり、これまで自分が行ったことのない大きなことに取り組んでみたいという意欲も高まっていました。そうして、このIWCデータの解析に取組むプロジェクトを計画したのが2010年です。

Wetlands International(WI)が行っているIWCは、1967年にヨーロッパで始まり、今では世界180か国、5万地点にも及ぶ調査地で、毎年1月に水鳥の個体数をカウントする、まさしく「世界規模」の調査です。アジア、中東、南米など、先述したLPIでも十分にカバーされていない地域に多くの調査地が存在するのは驚異的で、このデータを用いれば「世界のどこでどのくらい生物が減少しているか」という、長年抱えていたシンプルな疑問への答えに、少しでも近づけるのでは、と直感したことをよく覚えています。

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IWCによる調査地(黄色:African-Eurasian Waterbird Census, ピンク:Asian Waterbird Census, 黄緑:Neotropical Waterbird Census, カリブ諸島で行われているCaribbean Waterbird Censusはここでは図示されていない)とChristmas Bird Countによる北米の調査地(水色)

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サウジアラビア(左)とオマーン(右)での水鳥調査の例(写真:Szabolcs Nagy)

共同研究者の紹介で、同年に行われたワークショップでWIとの共同研究の話を進め、翌2011年には同プロジェクトをテーマに掲げたJSPS海外特別研究員制度で本格的に渡英…と、ここまではとんとん拍子でした。しかしその後、何年にも渡って幾多の壁にプロジェクトの進行が阻まれることになります。

まず苦労したのは、世界中のデータを自分の手元に集めることでした。IWCはWIによって管理されてはいるものの、人員・資金不足などのため全てのデータが本部に集約化された形にはなっていませんでした。IWCを各地域で構成しているAsian Waterbird Census(アジア)、Neotropical Waterbird Census(南米)、Caribbean Waterbird Census(カリブ諸島)それぞれの担当者とデータ利用を交渉し、必要に応じて各国の責任者にも許可を取ってもらうというプロセスには膨大な時間がかかりました。さらにIWCではカバーされていない北米で利用できるデータを調べ、毎年IWCと同時期に行われているChristmas Bird Countのデータを用いるために、全米オーデュボン協会と共同研究を確立しました。

次に直面した壁は、手に入れたデータの質を管理する作業です。世界各国で集められた500以上もの種のデータを、一種ずつ既知の分布情報と照らし合わして明らかなエラーを排除し、また、国や団体によって異なる種名表記や亜種の扱いを統一していくといった過程は、地道で且つ時間のかかる作業でした。世界で絶滅に最も近いとされているある種が、とある国で数百羽も記録されていたのを見たときには、絶望的な気持ちになったものです…。

またそうして集めて生データには、年によって調査が行われていなかったり大きな測定誤差が含まれていたりという、長期モニタリングデータが抱える典型的な問題が含まれていました。そのため生データを眺めているだけではなかなか個体数の変化を捉えることはできません。

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マガモの生データの例。円のサイズは観察された個体数を表す。

これらの問題を考慮するために適切なモデリングが必須でしたが、このモデル計算を行う過程も非常に時間のかかるものでした。この時ばかりは世界中膨大な数の調査地で収集されている水鳥データの存在に感謝しながらも、同時に若干恨めしくも思いました。何せ最もデータ数の多いマガモ一種だけでも、世界1万以上の調査地で12万件以上ものデータが集められているのです。マガモ一種のモデル計算を終えるのには2週間近くかかり、全体の計算時間は数か月以上にも及びました。しかしこういった作業の結果、ついに461種について、世界のどこで、どのくらい数が減っているのか、また増えているのか、明らかにすることができたのです。

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マガモの例。その他の種はこちらで公開しています:https://doi.org/10.6084/m9.figshare.5669827.v1

この時、プロジェクトの着想から既に5年近くが経過していました。2015年、当時のオフィスで初めて全461種の個体数変化の地図を重ね合わせ、水鳥全体での変化を表す地図を作製した日のことは、今でも鮮明に覚えています。渡り鳥の減少がよく知られているオセアニアや、生物多様性全般のホットスポットである熱帯地域で水鳥の減少が著しいと考えていたものの、予想に反して最も深刻な減少が見られたのは、イランを中心とした西・中央アジアでした。

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解析に用いた全461種の平均個体数変化

次の自然なステップとして、明らかになった水鳥の増減を何が説明するのか探索しました。国間での生物多様性損失の違いを説明する要因としては、経済発展のレベル保全に費やした予算などが挙げられていますが、サハラ以南アフリカよりも西・中央アジアで減少が著しいなど、経済レベルのみでこのパターンが説明できないことは明らかです。一方、同時期に関わった学生のプロジェクトで、各国のガバナンス(法律の施行などを通してどれだけ効果的に各国が支配されているか)が生物多様性保全に関わる様々なパターンを説明することが明らかになってきていました。そこで、湿地環境の変化、農地の拡大、気候変動などの人為的な脅威、保護区の存在やガバナンスの程度といった保全の効果に関わる要因、そして渡りの有無や分布域の広さ、体重など各種の特性、という3種類に区分される要因の影響を検証することにしたのです。

解析の結果、ガバナンスの重要性は明らかでした。水鳥群集全体で見た場合、最も減少が著しかったのは経済レベルが低い国ではなく、ガバナンスの有効性が低い国でした。また種間の傾向を見ると、保護区によって保全されている種ほど増加していましたが、この傾向はガバナンスが効果的な国(ヨーロッパ諸国など)のみで見られたのです。一方、ガバナンスの有効性が低い国では、保護区による保全は水鳥の増加にはつながっていませんでした。これらの結果は、ガバナンスという社会政治的な要因が、今や世界全体の生物多様性変化のパターンを作り出すほどに大きな影響力を持っていること、そして、保護区が本来の目的を果たすためには、ただ設置されるだけではなく適切に管理される必要がある、ということを示しています。

これらの結果を様々な人と議論した結果、特にイランを中心とした西・中央アジアでの水鳥に関する情報を、多く手に入れることができました。この地域では歴史的に水鳥の資源利用が行われてきましたが、近年伝統的な猟法に大規模な狩猟がとってかわり、局所的な推定でも毎年数十万羽の狩猟圧が、保護区の内外や種の保全状態を問わずあることが報告されています。

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イラン、Fereydunkenarにおける大規模なかすみ網猟 (写真:Petri Lampila)

また過度の水資源利用による湿地環境の消失も知られており(保護区に設定されているイランのLake Urmia のうち、京都府全域に相当する面積が干上がった例)、保護区が設置されていてもこれら複数の直接的な脅威が水鳥の著しい減少につながっていることが推定されます。

ガバナンスが世界的な水鳥の個体数変化を説明するというのは私自身にとっても意外な結果で、当初はなかなか確信を持てないでいました。しかし、上述したような結果をサポートする情報や、2003年にアフリカでの生物多様性とガバナンスの関係を発表し、同じ研究室に所属しているBalmford教授からも心強い意見をもらい、自信をもって論文を書き上げることができました。

その後、完成した論文の投稿直前に共同研究者からデータに含まれたエラーを知らされ打ちひしがれたものの、何とか気持ちを奮い立たせ、さらに再解析に数か月を費やしたのが一年前の年末年始。半年ほどの査読・改訂の期間を経て、ついに着想から7年が経過した昨年末、この論文を発表するに至りました。

この論文は幸運にもNature誌で発表することができました。10年前には自分の論文がNature誌に掲載されるとは考えもしていなかったので、純粋に嬉しく思っています。一方で同じ10年の間に、これら著名な雑誌で発表される論文は、世の中に存在する多くの重要論文の中で氷山の一角のような存在であることも実感してきました。数多くの論文の中から「海上に露出」するためには、運のような自分では制御できない要因も一定の役割を果たすでしょう。また、「海面下」(もちろん論文は世に出ている時点で全て「海上」なのですが)には、同様に重要で新規性の高い論文も数多く存在しています。自分の周囲の人たちがこういった雑誌に論文を投稿している過程を見て、また自分でも何度かその過程を実際に経験することで、海面というただ一つの境界線がその後の見栄えを左右する問題、またそういった論文に付随する著者の様々な思いも、身をもって実感してきました。共同研究者のSutherland教授からは、以前から「(これらの雑誌も)所詮話題性が欲しい雑誌の一つに過ぎないから」と言われていたのですが、今後少しでもそういった境地に達し、氷山全体を見渡す目をもって研究を続けていきたいと思っています。

無論、今回の論文の発表がこの研究の終わりではありません。IWCデータの利点を活かした研究は、共同研究者も含めて今後も推進していくつもりです。また幸いなことに、共同研究を行ったWIはラムサール条約などの関連会議や、各国の調査コーディネーターとも強いコネクションを持っています。この研究の成果を土台とした各地での保全活動の普及や政策への提案、また更なるモニタリング体制の確立など、次の動きは既に始まっています。先述したイランのLake Urmiaでは、日本政府からのサポートも含めた国際的な保全活動の結果、近年その水位レベルは回復傾向にあります。この事例は、暗鬱とした話題が多い環境ニュースのなかで、国際的な保全活動が成功している好例として、もっと注目を集めるべきでしょう。今後、環境変化の影響だけでなく、こういった保全活動の効果を評価する際にも、全世界の水鳥モニタリング調査は重要な役割を果たしていくはずです。

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トルクメニスタンの研究者と本研究の結果について議論するSzabolcs Nagy氏。

2010年にWIのワークショップに参加して、ヨーロッパにおける生物多様性変化を評価する取り組みに改めて感銘を受け、「次の10年で、日本を初めとしたアジアでもこういった取組みを進めていくために少しでも貢献していければ」と感じました。その成果を出すのにこの10年の大半を費やしてしまいましたが、今回の成果を弾みとして、8年前に立てた目標をさらにつき進めていきたいと思います。

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天野さんの論文がNatureに掲載され、その苦労話を書いてくださいとお願いしたところ、引き受けてくださいました

広報委員会(三上修)

CNS(Cell, Nature, Science)など世界のトップジャーナルに論文が掲載されることは、研究者としてはやはり目指してみたい目標です。Cellは、分子レベルあるいは細胞レベルに関する研究を掲載する雑誌なので、鳥の分野(少なくとも野外鳥類を対象とするような分野)はお門違いといえるかもしれません。しかし、NatureとScienceであれば、可能性はあります。

この1月に、そのNatureに、鳥学会員である天野さんの論文が掲載されました。天野さんは東大で学位を取得後、農環研を経て、イギリスのケンブリッジ大学に海外学振の特別研究員として着任、今も同大学で研究を続けています。

天野さんは昨年も海外での研究事情の記事を掲載してくださっています。

鳥学会に属する人の中では、天野さんは珍しくマクロな視点で研究をしています。ひとまずわかりやすいので、「マクロな視点」と表現はしましたが、天野さんの実態を表すにはあまり適当ではありません。「マクロな視点」というと、マクロレベルで観察されるパターンに着目しているような印象を受けてしまいますが、天野さんの視点は、個体レベルから生態系レベルまでを貫き、そして、そこに時間の変化と空間スケールも加えて、たぶん、本来の形に近い生態系を把握しようとしている感じがします。我々は、観察や理解しやすいので、ついつい個体レベルの現象とか、空間を区切ってものを考えがちです。それはそれで意義深いと思うのですが、天野さんのような視点をもった方がいることで、我々の研究もまた違う価値を持ってくるような気がします。

さらにもう1つ天野さんの研究視点として特別なのは、保全という人間の行為を科学的に見ていることだと思います。それは一見、科学哲学者の領分のような気もします。ですが、一昔前に、科学哲学者がやっていたことは、あたかも「窓越しから、何を言っているかわからない夫婦喧嘩を見て、論評していた」ようなものでした。それはそれで、面白い論評だったかもしれませんが、あまり何も生み出さなかったような気がします。対して、天野さんは、夫婦喧嘩を仲裁することを目的として、冷徹でありながらも、妥協策や落としどころを見つけるために科学的な視点で観察をしている気がします(保全活動と夫婦喧嘩を同列に扱っては大変失礼だと思いますが、意図はなんとなくわかってもらえそうなので許してください)。

今回の論文は、その天野さんの持つ2つの視点が組み合わさってできた論文のような気がします。この論文では、それぞれの国におけるガバナンスの強さ(法律の施行などが実効的にいきわたる度合)が、生物多様性の保全の有効性に強く影響していることを議論しています。生物多様性の空間的時間的変化をデータから解析しつつ、それをもたらしている人間活動を分析しているわけです。おそらく天野さんにしかできない研究です。

そこに至るまでの苦労や裏話を鳥学通信に書いてもらうよう依頼したところ、快く引き受けてくださいました。記事はこちらです。

天野さんの裏話を読んでみていただければわかりますが、掲載に対する強い意志を感じます。もちろん、研究者としての気概のようなものもありますが、義務感あるいは正義感のようなものもそれを後押ししているような気がします。

海外で研究をしようと考えている若手(だけでなくてかまいませんが)の研究者、トップジャーナルを目指そうとしている研究者、保全にかかわっている研究者の方には、特に興味深い内容ではないかと思います。そして、そうではなくて、もっと局所的な場所で、特定の種について研究をしている人たちにとっても、自分たちの研究をいつもと違った視点で見てみるきっかけになるのではないかと思います。

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無意識のバイアスーUnconscious Biasーを意識してみませんか

企画委員会(文責:藤原宏子)

 日本鳥学会2017年度大会(筑波大学)の受付近くに、「無意識のバイアスーUnconscious Biasーを知っていますか?」というタイトルのリーフレットが置かれていました。この質問に対する皆さんのお答えはどうでしょうか?この質問へのお答えが「いいえ」だとしても、働き方についての昨今のキーワードである「ダイバーシティ推進」ならば、「はい、知っています」とお答えになる方も多いかもしれません。
企業や大学において、女性をはじめ多様な人々が能力を発揮し共に働くことを推進していこうという動きがみられます。ダイバーシティを推進している組織は活力があり、強いともいわれています。そのダイバーシティ推進において、今、「無意識のバイアス(unconscious bias)」が注目されています。大会の受付近くに置かれていたリーフレットは、男女共同参画学協会連絡会が2017年に作成したもので、連絡会のホームページ上でも見ることができます(http://www.djrenrakukai.org)。
「無意識のバイアス」は鳥の研究に直接は関係しないかもしれません。けれども、長い目でみると、「無意識のバイアス」や「ダイバーシティ推進」に目を向けることは、鳥研究そのものを発展させ、日本鳥学会に有益なことなのだろうと思っています。

無意識のバイアスとは
 「女性は理系より文系が得意だと思う」など、人はそれぞれ何らかの偏見(バイアス)をもっています。このように、誰もが潜在的にもっている偏見を「無意識のバイアス」といいます。無意識のバイアスにはいくつかのカテゴリーがありますが、その一例として、リーフレットには次のような説明があります。

「ある属性(ジェンダー、職業、学歴、人種等)に基づいて人々を集団に分け、各集団の代表的な特徴(例えば、科学に強い・弱い、信用できる・できない等)を想定し、そこに属するメンバーは誰もがその特徴をもつと短絡的に判断してしまうことです。」

「無意識のバイアス」に関する研究
 社会科学や認知科学等の分野では、「無意識のバイアス」に関する実験研究や調査研究が行われてきました。リーフレットでは、このような研究も紹介されています。ここでは、その中の2つだけを簡単にご紹介しましょう。

人種についてのバイアス:雇用主が、同じ内容で写真がない履歴書による書類審査を行い、面接試験を行う人を選ぶ場合、履歴書の名前がアフリカ系アメリカ人の名前(ラキーシャやジャーマル)よりも白人の名前(エミリーやグレッグ)のほうを優先的に選ぶという結果がでています。

母親についてのバイアス: 「Getting a Job: Is There a Motherhood Penalty?」と題する論文があります(S.J. Correll, et al., 2007, Am. J. Sociology, 112, 1297-1338)。能力、学歴、職歴が同じレベルで、子どもの有無だけが違う採用候補者の男女に対する評価を、雇用主(研究協力者)にしてもらったところ、「母親だから」とみなす「無意識のバイアス」の存在が明らかになったのです。子どものいる女性は、男性や子どものいない女性に比べ低く評価され、初任給の額も低く見積もられました。

「無意識のバイアス」と上手く付き合おう
 「アフリカ系アメリカ人は~~だ」、「母親は~~だ」という「無意識のバイアス」は、雇用主の行動に影響を及ぼすことをご紹介しました。さらに、このバイアスを彼女たちがもつことにより自身の行動を縛ることになる可能性もあります。バイアスを持つこと自体は、人間にとって自然なことでしょう。経験に基づいて獲得された「無意識なバイアス」は、各個人が自分にとって有利な判断を素早く行う際の助けになっていると考えられます。しかし、バイアスのせいで、より良い選択肢を見逃している可能性もあります。実際の能力に見合った評価がされないことで、人材の多様化が進まず、組織やコミュニティにもマイナスとなるでしょう。「〇〇は~~だ」で終わらせずに、もっとじっくりと相手や自分自身について細かく情報を吟味することで、より良い判断をすることができると考えられます。 皆さんはどう思いますか?

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