佐藤重穂(森林総合研究所)
風間健太郎(早稲田大学)
浦 達也(日本野鳥の会)
會田義明(環境省)
はじめに
近年,大規模な洋上風力発電施設の建設が各地で進められつつあり,さらに多くの洋上風力発電施設が計画されるようになっている.洋上の風力発電施設は陸上の風力発電施設と共通する課題もあるが,洋上ならではの課題もあり,それにどのように対応するかは再生可能エネルギー促進と鳥類の保全の両立のための重要な問題である.
日本鳥学会では2022年に鳥類保護委員会の下に風力発電等対応ワーキンググループを立ち上げて,こうした課題について議論を進めて,その結果,2023年8月に「洋上風力発電建設にかかる環境アセスメントガイドライン」を公表した.本集会ではこのガイドラインの作成と公表の経緯とその背景,および洋上風力発電と鳥類に関わる課題について,学会会員に対して説明することを目的として開催した.以下に各講演の要旨を記す.
1.主旨説明
風間健太郎
地球温暖化の一要因である温室効果ガスの削減は,全世界が取り組んでいる課題であり,その削減のためには再生可能エネルギーの利用が有効と考えられている.我が国では風力発電の導入が進められており,なかでも洋上風力発電の導入は今後加速することが予測される.現在,秋田県や長崎県で洋上風力発電が導入され,また,北海道から山形県の日本海沿岸と千葉県などで再エネ海域利用法に基づく促進区域および有望区域が多数設置されている.
総出力5万kW以上の風力発電事業は環境影響評価法の対象事業だが,事業の実施が環境にどのような影響を及ぼすか,あらかじめ事業者自らが調査,予測,評価する環境影響評価に際しては,できるだけ科学的根拠にもとづいてデータを取得し,鳥類への影響を適切に評価した上で,影響の回避や低減策を講ずるべきである.その実現を目指すために,日本鳥学会風力発電等対応ワーキンググループでは「日本鳥学会洋上風力発電建設にかかる環境アセスメントガイドライン」を作成,公開した*1.
このガイドラインでは,日本鳥学会員のほか,洋上風力発電導入に関わる電力事業者,環境コンサルタントやその調査者,あるいは自治体関係者等に向け,洋上風力発電が鳥類に及ぼす影響を適切に評価するために留意すべき点,導入すべき調査技術等について国内外の情報を収集,公開している.
本集会では,洋上風力発電が鳥類にどのような影響を与える可能性があるのかについて概説した上で,このガイドラインの内容について説明する.また,環境省で作成している「洋上風力発電所に係る環境影響評価手法の技術ガイド(案)」*2について環境省の担当職員から説明いただく.それらの講演を受けて,ワーキンググループで作成したガイドライン活用への期待や今後情報追加すべき点等について議論したい.
2.洋上風力発電が鳥類に与える影響
浦 達也
洋上風力発電所の建設適地と鳥類が好んで利用する場所は重なることが多く,立地選定によっては,そこを利用する鳥類にバードストライク(鳥衝突)や生息地放棄,障壁効果(風車が移動の妨げになることで,鳥が余計なエネルギーを消耗すること)などの影響を及ぼす可能性がある.日本では実験用のものを除けば洋上風車がほとんど建っておらず,鳥衝突等の発生に関する国内事例の蓄積は少ないため,ここでは海外事例を中心に,洋上風車における海鳥への影響事例を紹介する.
ベルギーのZeebrugge沿岸浅海域ではアジサシ類のコロニーと採餌海域の間の洋上に25 基の洋上風車が建っているが,2004 年から2014年の10年間調査を行った結果,のべでコアジサシ27羽,サンドイッチアジサシ100羽,アジサシ587羽が衝突死したと推測されている(Perrow 2019).バルト海で行われたBeoFINOプロジェクトでは,ヘリコプターで1年間に44回の死骸探索調査を行い,計442羽(風車1基あたり年間平均31.6羽)の死骸を回収した(Hüppop et al. 2006).イギリスのThanet洋上風力発電所では,ミツユビカモメ,オオカモメ,ニシセグロカモメなどが衝突していることが分かっている(Cook et al. 2014).日本でも政府の実証実験用の洋上風車および海岸に建つ風車において2023年1月時点で,アビ科15羽,ミズナギドリ科19羽,ウ科2羽,カモメ科68羽,ウミスズメ科26羽の海鳥の死骸が発見されている.
生息地放棄について,デンマークのHorns Rev洋上風力発電所では,発電所から半径2 -4km周辺海域で調査され,アビ科の鳥類とクロガモでは風車建設後3年間は風力発電施設周辺にはほとんど近寄らず,その後もアビ科は元の生息地に戻らなかった(Dong Energy 2006, Petersen & Fox 2007).同国のNysted洋上風力発電所では,発電所の建設予定海域内にあったコオリガモの生息分布が,建設後には建設海域から10–30km離れた4エリアに分散したと推測されている(Fox & Petersen 2019).
障壁効果について,Nysted洋上風力発電所ではホンケワタガモを中心とする渡り途中の水鳥が,天気の良い日には高い頻度で風車を避けて飛んでいた(Desholm & Kahlert 2005).イギリスのSheringham shoal洋上風力発電所がサンドイッチアジサシの繁殖コロニーと採餌海域の間に建設されたことで,建設海域での飛翔頻度が減少したことが報告されている(Perrow 2011).
3.「洋上風力発電建設に係る環境アセスメントガイドライン」内容説明
風間健太郎
本講演ではワーキンググループが策定した「洋上風力発電建設に係る環境アセスメントガイドライン」(以下,ガイドライン)の内容を説明した.ガイドラインの趣旨は以下の3点である.①鳥類研究者,電力事業者,環境コンサルタントや環境アセスメント調査者,自治体関係者等向けに策定,②洋上風力発電が鳥類に及ぼす影響を適切に評価するために留意すべき点や導入すべき調査技術等について国内外の情報を収集,公開,③ガイドラインの活用による適切な環境アセスメントの実現や生物多様性保全と温室効果ガス排出削減の両立を期待.
ガイドラインの内容は以下の通りである.1)洋上風力発電と鳥に関する国内外の法制度および環境アセスメント体制,2)鳥類や生態系への影響低減に向けた立地選定に関する情報,3)環境アセスメントのデザインと影響軽減策の検討体制,4)推奨される事前(建設前)アセスメントの手法,5)事後(建設後)アセスメントの必要性,6)事前影響予測の不確実性への対応策の提案と実施について.
アセスメントにおいては,衝突リスクや分布変化などの洋上風力発電事業実施区域内における個別の影響の評価だけでなく,それらが長期間蓄積することで顕在化する個体群への累積的影響を適切に評価すべきである.その実現のためには建設前だけでなく事後(稼働後)の評価も不可欠である.また,海洋生態系の高い変動性に対応するために,長期,広域,高頻度の現地調査が推奨される.海外においては風力発電施設から最低20 km外側まで,あるいは事業実施面積の6倍を調査範囲とすることが推奨されており,鳥類の洋上分布調査は月1回以上の頻度,1回に数度繰り返し,2年以上実施されることが推奨されている.海外では事業者や政府から独立して環境アセスメントの各工程を審査する第三者機関が存在するが,日本においては環境アセスメントの各工程を中立かつ客観的に審査するための体制が確立されていないために今後制度の改善が望まれる.当面は現行アセスの中で中立かつ客観的に審査する場を設けることが必要である.
4.「洋上風力発電所に係る環境影響評価手法の技術ガイド(案)」の内容
會田義明
我が国の洋上風力発電は,平成31年4月に施行された「再エネ海域利用法」により,一般海域において大規模な風力発電事業を継続的に導入していくための枠組みが整備され,候補となる海域において関係者による協議会が開催されるなどの取組が進められている.また,これと並行して事業者による環境影響評価の手続が進められており,①同一海域において複数事業者が環境影響評価手続を行うことによる地域の混乱や社会的コストの増加,②洋上風力発電に関する環境影響評価の知見の不足といった課題が顕在化している.
これを踏まえ,洋上風力発電に係る新たな環境アセスメント制度の検討が進められており,本年8月に有識者検討会による取りまとめが公表されたところである.*3
風力発電は平成24年に環境影響評価法の対象となって以降,陸上の風力発電の環境アセスメントが数多く実施され,鳥類調査の技術手法やバードストライクに関する知見等が蓄積されてきたところである.一方で,洋上の風力発電は事例も少なく,海域の環境は陸域の環境と大きく特性が異なること,海域では調査の手法に制約があること等により,陸域における調査手法やアセスメントの考え方をそのまま海域に適用することは難しい.このため,現時点で,現行制度に基づいて行われる環境アセスメントに活用できるよう,技術ガイドを取りまとめた.*2
技術ガイドでは,洋上風力発電について30年にわたる実績がある諸外国の環境影響評価に関する考え方や取扱いを参考にしつつ,我が国特有の海域の特性や,これまでに行われた海域における環境影響評価の知見等を踏まえて,洋上風力発電所の環境アセスメントの考え方や技術手法を取りまとめた.また,参考資料として,国内外の調査結果やモニタリング結果等の情報も収録した.
今後,洋上風力発電の新たな環境アセスメント制度の導入に向けて,ひきつづき科学的知見の収集や技術開発等の取り組みを進めていく.
以上の講演の後に会場の参加者と意見交換を行った.50名余りの参加者が熱心に講演に耳を傾け,意見が交わされたことに,環境保全や鳥類の保全と再生可能エネルギーの促進の両立という課題に多くの関心が向けられていることを実感した.時間が不足して質疑の時間を十分に確保できなかったのは集会世話人の不手際であり,反省したい.この集会で示された課題の解決に向けた研究が進展し,持続可能な社会の構築に寄与することを切に願うものである.
*1 日本鳥学会洋上風力発電建設にかかる環境アセスメントガイドライン (暫定版ver.01)(2023)
https://ornithology.jp/materials/Windfarm/gudeline_v1.pdf
*2 洋上風力発電所に係る環境影響評価手法の技術ガイド(環境省大臣官房環境影響評価課・経済産業省産業保安グループ電力安全課、2023年12月)
http://assess.env.go.jp/files/0_db/seika/1062_01/guide_1.pdf
http://assess.env.go.jp/files/0_db/seika/1062_02/sankou.pdf
*3 洋上風力発電に係る新たな環境アセスメント制度の在り方について(洋上風力発電の環境影響評価制度の最適な在り方に関する検討会、2023年8月)
http://assess.env.go.jp/files/0_db/seika/1055_03/report.pdf